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「幼馴染みとの再開」

無限にも思える数の勧誘者達が少しでも部員を集めようと廊下を占拠するこの事件、実は今日に始まったことではない。

誰がいつ始めたか分からないほど昔からあるもので毎年その勧誘者の数と活気、騒がしさは増す一方で最近では「勧誘戦争」という名前までつき神騎高校の恒例行事の一つとなっている。

しかし恒例行事と言っても名前から分かるように内面は以外と過激で一人の部員をめぐって喧嘩したり生徒一人を集団で追いかけまわすなど

周りから見れば最悪な行事とも思えるが、これは今更誰が何と言おうともう止められない規模になってしまっているため。誰も口出しできないのである。

そんな勧誘者達の中にはただチラシを配るだけでなく、しつこく迫ってきたり目の前で色々な技を実践したりととにかく部員を集めたいがためにあらゆる手を施して勧誘していくのである。

そんな中他の勧誘者とは一段と違った方法で部員を集めようとしてる部があった。


とある女子生徒二人が廊下の角から顔だけを出し様子を伺っていた。

一人は金髪ポニーテールに青い瞳と、見るからに外人のパーツが揃うに揃ってはいるが顔立ちは完全に日本人そのものである。

もう一人の方は長い青髪の両側面を小さなリボンで結んでいる。

分かりやすく言うとツインテールとロングヘアーの合わさった髪型である。

二人は廊下の先をまじまじと見つめると一度顔を引っ込めた。

「いいですか?これから作戦をおさらいします」

先に口を開いたのは金髪の少女だ。

「我々は正攻法で新入生に勧誘しても意味はありません、私達にしかできない方法で部員を手にいれるのです!」

「はい!レイルさん!」

「まず始めに、ターゲットは男子生徒だけです。この作戦は相手が女子では意味がありません、もっとも百合の女子だったら話は別ですが。とにかく、廊下から歩いてくる男子生徒がこの角に差し掛かった瞬間、あなたがここから飛び出して見事に衝突!恐らく男子生徒は怒ってくるでしょうが、そこはあなたの演技力を駆使してその男子生徒を虜にするしかありません。がんばって下さい」

「ま、任せて下さいレイルさん!この「あまかみてんか」が必ずや成功してみせます!だからレイルさんはその・・・・・・少し小さめの大船に乗ったつもりで待っててください・・・」

青髪の少女=あまかみてんかは金髪の少女=レイルから視線をそらしながら言った。

「・・・・・・自信無いんですね?」

「だ、だってもしもぶつかった相手が超不良とかだったら絶対ぶつかっただけでブッ飛ばされますよぉ!「ってめ、女ぁ!!(激怒)」とか言って胸ぐら掴んで私の頬をバコーンドカーンって感じで!」

てんかは体全体を使って必死のジェスチャーを披露しながら言うも、それを聞くレイルの表情は一寸も変わっていない。

「そんなに心配ならぶつかる瞬間、こちらから先にドカーンバコーンってすればいいじゃないですか。一応あなたは合気道を習ってたんですから先手を打てば楽勝でしょう」

「いやいや!そんなことしたら絶対殺されますよ!」

「・・・・・・殴られるのが怖いならあらかじめ下着か全裸で飛び出すというのはどうですか?別の意味でドカーンバコーンになってしまうと思いますけど・・・」

「あーあー!!聞こえません聞こえません!私何にも聞こえません!人の声も足音も口笛も小鳥のさえずりも風の音も最近聞こえ始めた耳鳴りもーー!!」

てんかは顔を真っ赤にしながらその場でかがみこんだ。

そんなてんかの様子を見てレイルは微笑すると「冗談ですよ」と言いながらてんかの頭を撫でた。

「ではそろそろ作戦開始と行きましょうか」


それとほぼ同じ頃・・・


相馬優人こと俺は・・・・・・現在絶賛逃走中。

追っている人達はもちろん、勧誘者の先輩達だ。

「どうか釣り部へ!」

「いやいや!自然と感動を楽しめる山岳部へ!」

「男は度胸!体で語る柔道部へ!!」

俺の後ろから大蛇が迫っている・・・!そう考えてもおかしくない程の数の勧誘者達が俺一人のために集団で迫ってきているのである。

「すみませんけど俺!どの部にも入るつもりは全くないんであきらめた方がいいですよ絶対!!」

「「「そう言わずに!!」」」

先程から何度も何度も断っているのに「そう言わずに!!」の一点張りでいくらでも迫ってくる。強行手段にも程があるだろ・・・。

そんな時、俺の視界の先に十字路があるのが見えた。

(・・・・・・・そうだ!)

突然この状況を打破するための作戦が頭に浮かんだ。成功の確率は低いが一か八かでやるしかない。

俺は十字路に差し掛かった瞬間、右の道に視線を動かすとその先を勧誘者達に見えるように指差した。失敗すれば捕まるが成功すれば!

「ああー!!向こうに楽しい部活がないかとことん迷ってる一年生があんなにたくさん!!みなさんチャンスですよ!俺一人追うより集団を勧誘した方がいいですよきっと!!」

もちろん嘘だ。人混みはいるにはいるがそれらが部活を探している一年とは限らなければ一年生とも限らない。

「集団で部活を探しているだと!?こうしてはいられない!!」

「すぐにそちらに向かわなければ!!」

「全員右折だぁ!!」

ただの馬鹿の集団なのか部員を集めたいが一心で思考がおかしくなったのか、誰一人疑うこともなく勧誘者達の大蛇は見事に十字路を右折してくれた。

しかし彼らのことだ。異変に気づけばすぐにでも引き返してくるかもしれない。

その可能性を恐れた俺は勧誘者達とは逆方向、つまり十字路を左折し全力で走った。

「廊下は走っては行けません」が有効なのは小学生まで、今俺は高校生だ。そんな掟はとうの昔に破っている。

とにかく今は少しでも早くこの戦場から脱出し、自分のクラスに向かわなければならない。

そんな時、また俺の前に十字路が現れた。そこにも依然として勧誘者で溢れているがここを抜ければクラス表受け渡しの場所へ着くことができるのだ。

あと少し・・・!あと少しだ・・・!

そんな希望が知らず知らずのうちに俺の足を速めていた。

しかしそれがいけなかったのだろう。

突然十字路の角から一人の生徒が飛び出して来た。

もちろん俺は止まることもできず・・・


ドンッ!


「あぅっ!」

「うあっ!」

俺は見事にその生徒とぶつかり・・・正確に言うと渾身の体当たりを決めてしまった。

何たって俺は今運動会で100メートルを走るときとほぼ同じスピードで走っていたのだ。自分で言うのもなんだがその勢いは半端ではない。

ぶつかった相手は一瞬宙を舞うとズザザザザァっと背中で摩擦による急ブレーキをかけながら停止した。

「・・・・・・・・・っ!」

実に情けないことに相手は女の子だ。不慮の事故とはいえ女の子を全力で吹っ飛ばしてしまった。

「う・・・・・痛ったぁ・・・せ、背骨・・・背骨がいったぁ」

想像以上に相手は重症だ。周囲から変な誤解をされる前に何とかしなければ・・・!

「お、おい!大丈夫か!?」

急いで寄り添ってきた俺に相手の女子生徒はぴくっと反応した。

しかし顔を上げてくることは無かった。

「な、なぁ大丈夫か?」

「大丈夫です、怪我はありませんから・・・でも、女の子にいきなり体当たりを決め込んでくるなんて随分恐ろしいことを・・・し、してくるんですね・・・も、ももも、もしかして、不良だったりします?」

うわーやばいよ、この子めっちゃびびってるよ・・・。

完全に声と体ブルブル震えてるし、さっきから一度も顔こっちに向けてくれないし・・・。だが一人でも多く俺が不良でないということを知ってもらわなければ!

「俺は不良じゃない!女には絶対手を出さない!これは本当だ、だからさっきのは不慮の事故なんだ。信じてくれ・・・俺は信じる価値のある男だ!」

知らない相手に何を言ってるんだ俺は・・・。

「・・・「俺は信じる価値のある男だ」・・・?」

何故かその女子生徒は今の言葉を確認するかのように俺の言葉を言った

んん?俺を不良でないと信じてくれたということだろうか・・・。

「!!」

今までうつむきっぱなしだった女子生徒が突然バッと顔を上げた。

「うわっ!」

驚いた俺はそのまま腰をぬかしてしまった。

しかし女子生徒はそんなことは気にせず顔を近づけ俺の顔を凝視してきた。近い近い!!

「・・・・・・優人?」

「・・・は?」

いきなり女子生徒が初対面であるはずの俺の名前を口にした。

さっきは驚きと動揺のせいでよく顔を見なかったが、今は落ち着いて彼女の顔を見ることができる。

その彼女の顔は・・・・・・俺の幼馴染みの顔そのものだった。

「て・・・てん?・・・・・・お前、「あまかみてんか」か!?」

「わぁぁぁぁ!!いやぁぁぁぁ!!優人!!やっぱり優人!!嘘!ありえない!!優人なはずがない!!何で生きてんの!!?」

言葉と同時の刹那のうちに俺の幼馴染みは後ろに下がった。

俺は怪物か何かか

「勝手に殺すな!というか、それが小学生以来会ってなかった幼馴染みに言う言葉か!!」

「優人は死んだ優人は死んだ優人は死んだ優人は死んだ・・・!」

「変な疑心暗鬼始めてんじゃねぇよ!」

「な、何で優人がここにいんの!?もしかして・・・・・」

「何でって・・・俺がこの高校に入学した以外理由なんてないだろ」

「・・・・・・ああ、うん・・・そうだね」

彼女の名は「あまかみてんか」通称「てん」。幼稚園から小学六年生までずっと一緒だった俺の幼馴染みだ。

知り合ったきっかけは単純に言うとてんを俺がいじめから守ったことにある、ちなみにこいつがいじめられる理由はただ一つ、名前だ。

「あまかみてんか」を漢字に変換すると見事に「天上天下」になってしまうのだ。何故親がこんな名前をつけたかは定かでないがこの名前が原因でてんは幼稚園、小学校でよくいじめられたのだ。

昔からいじめを極端に嫌ってきた俺はてんを毎日いじめから守り続けていた、いじめと言っても所詮イタズラ程度ではあったが。

そんなある日、てんが俺に「優人は私をいじめないの?」と聞いてくるときが何度もあった。

その時俺が決まって言っていた台詞が「俺は信じる価値のある男だ」というわけだ。

てんが突然顔を上げた理由はきっとこの言葉を覚えていたからだろう。

「えぇと・・・その、何て言うのかな・・・久しぶり」

「ああ、中学では一度も会わなかったから三年ぶりだな、久しぶり、中学校ではいじめられなかったか?

「多少はいじめられたけど、もう慣れっこだったからね!大した反応しなかったら知らないうちに誰も私のこといじめなくなってたよ!」

ニッコリと笑う天のこの顔は三年たっても変わっていない。

「ええっと、とりあえず立とっか」

「あ、ああ・・・・・・っ!」

立つまでは良かったが不意に天のスカートから出る綺麗な足を見て一瞬ドキッとしてしまった。

無駄のない綺麗なラインに真っ白な純白の肌。三年もたったのだから天も大人の階段を登り始めていてもおかしくはない。

「んん?・・・・・・ははーん、さては優人、久しぶりに会った幼馴染みの女としての成長っぷりに心奪われたってところかな!?」

「んな!?そんなことねぇぞ!」

「でも、三年前の私と比べて・・・・・・どう?」

俺は一度言葉を失った。普通に聞かれるとどうも恥ずかしくなってきてしまうのだ、しかし正直な所、驚く程見違えていた。

こんなかわいい女子が俺の幼馴染みとは思えないくらいに。

「・・・・・・かわいくなってるよ、お前」

「・・・・へへ♪ありがと」

天は少し顔を赤らめながらまたニッコリと笑顔を見せた。

さっきまで夢矢や緑先輩、無限の勧誘者達のせいでドタバタして大変だったが、幼馴染みと会ってようやく落ち着いて・・・・・。

「ゆぅぅぅぅぅぅぅくぅぅぅぅん!!!」


ドドドドドドドドドドドドッ!!


悪魔の雄叫びが俺の後方から轟音とともに聞こえてきた。せっかく天と会って落ち着けると思ったのに・・・。

「ゆーくん!!その子に近づいちゃ駄目だよぉぉ!!」

後ろを振り向くと悪魔=緑先輩が猛ダッシュで一直線にこちらに向かっているのが分かった。その子とは天のことだろうか?

「演劇部の手先めぇ!くらえ必殺!!私のこの手が緑に光る!邪魔者倒せと轟き叫ぶ!」

あの台詞を叫びながら緑先輩はポケットからわさびを取り出すとそれを右手に満遍なくつけた、なにがしたいんだあの人は・・・。

「瞬殺!緑フィンガァァァァァ!!!」

わさびがたっぷり塗られた右手を開きながらこちらに接近してくる。

まさかあれを天の顔にぶつける気か!?

「レ、レイルさーん!!」

「任せて下さい!緑ごときに邪魔はさせません!」

天の呼び掛けで現れたのは金髪の綺麗な女性だ。何故か制服ではなく赤いドレスに所々金色の甲冑が装備されている。

「私のこの手が輝き光る!緑を止めろと轟き叫ぶ!!」

ええ~・・・・この人もぉ??

「完璧!レイルフィンガァァァァ!!」


金髪の女性=レイル(多分先輩)は手に黄色のからしを満遍なくつけると緑先輩と対峙するように突っ込んでいった。

「むぅ!?レイル!!邪魔するなぁ!」

「こっちの台詞です!」

「てやぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁ!!」


バンッ!!


二人の手のひらが衝突し、どうでもいい戦いが幕を開けた。

しかしどういうわけか周囲の生徒達が集まってきている。

「おい見ろ!神騎高校名物の一つ「部長ファイト」だ!」

「すごい!しかも伝説の剣道部部長対演劇部部長じゃない!!こんなところでこの伝説の戦いを見れるなんて!」

俺がおかしいのか周りがおかしいのか全く分からなくなってきた・・・何だよ部長ファイトって、何だよ伝説の二人って、二人とも手のひらに辛いもんつけて手で押し合ってるだけじゃないか。

「うぐぅ!レイルー!!また天ちゃんを使ってよからぬ計画を画策していたね!?そうは行かないよ!!」

「私達演劇部が部員を手にいれるには正攻法では無理なのです!だから天の萌えるかわいさを使って部員を集めたっていいではないですか!」

「女の子の色気だけで部員を誘うなんて言語道断!!」

「そうは言いますが、緑!あなただって似たようなことを無意識のうちにやってるということに気づかないのですか!」

「・・・・・・え!なにそれ!?」

「ふふふ・・・一体新入部員の何割はあなたのその放漫な胸目当て何でしょうかね?」

「!!そそそそそんないかがわしいこと考えてる子なんて一人もいやしないよぉ!!」

「あなたが無意識に色気を使って部員を集めるならば!こっちは堂々と意識して色気を使い部員をて手に入れます!!」

「・・・・・・・・・・だからお前はアホなんだぁ!!!」

何故かバトルがヒートアップ、俺には一生理解できない、というかしたくない。

「がんばれレイルさーん!」

ちなみに天はさっきからこんな調子だ。

こいつも新入生のはずだがもう部活に入っていたのか・・・って、俺も似たようなもんか。

「ぬぁぁぁぁぁぁ!!」

「えぇぇぇぇぇぇい!!」

「おーおー、相変わらずやってんなぁお前ら」

俺にとって完全なカオス空間に現れたのは四朗先輩だ。

何だろう、この正義の味方が現れたときのような感動は。

「しーくん!これは私達の戦いだから邪魔しちゃ駄目だよ!!あ!でも加勢してくれるんならいいよ!同じ剣道部員として!」

「何を言っているんです!四朗君、加勢するなら私にお願いします!これ以上緑の横暴を許すわけにもいかないでしょう!?」

「・・・・・・お前ら、必殺技がどんなもんか知ってんのか?」

「「はい?」」

「ドゥモンしかり西方不敗しかり、必殺技には綺麗な終わりかたがある。しかしこの状態では拉致があかない、それに今めっちゃ手にわさびとからし染みてるだろ」

「めっちゃ染みてる!からしのせいだよ!」

「何を言っているんです!完全にわさびのせいです!」

そんな口論は下らんと言わんばかりに四朗先輩は二人の腕をそれぞれ掴んだ。

「「!!」」

「わさびもからしも手のひらにだから我慢できるが・・・それ以外の部分だとどうかね」

ゆっくりと四朗先輩の手によって押し合っていた手のひらにが離れていく。緑と黄色が上手く混ざって何か別の食べ物に見える。

「違う部分・・・・・例えば顔とかな」

「「え!?」」

「ほら、かっこよく決めろよ・・・ヒートエンド」

そして四朗先輩は二人の腕を自身の目の前で交差させるとそれぞれの手のひらを二人の顔面に直撃させた。

つまり緑先輩の緑フィンガー(わさび)はレイル先輩の顔面に、そしてレイル先輩のレイルフィンガー(からし)は緑先輩の顔面にもろ見事に決まってしまったのである。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ目がァァァァァ!!!」

「あぁぁうぅ!くぅぅ!これは・・・正直・・・・・あぅぅうう!」

緑先輩は目をふさぎながら廊下をゴロゴロのたうち回り、レイル先輩も同様に目を押さえながら膝をついた。

また四朗先輩に助けられてしまった。しかし、相変わらずこの人のやることは鬼畜すぎる。

「悪いな相馬、ほんと馬鹿なやつばっかりで・・・」

「バカなやつバッカり・・・ぷぷぅ!しーくんさりげなく上手いこといいますなぁ!・・・って冗談だよ?ね、冗談だよ??ちょ!鼻はダメ!わさび鼻だけはダメ!!ちょっ!やめっ!やめっ!ごめんなさい!ごめんなさっいやあああああ!!」

緑先輩の断末魔の叫びが聞こえた・・・今のが本当の必殺技なのでは?

「ほら相馬、こんな馬鹿ほっといてさっさと行け、あと天上、お前も一年だろ。相馬と一緒にさっさと行け」

「ああそっか、天も一年生だよな、なら急ごうぜ!早くいかないと遅刻になっちまう!」

「えぇ!?で、でもレイルさんが・・・」

天が心配そうに膝をついたままのレイル先輩を見ながら言った。その瞬間レイル先輩はちらりとこちらを見るとおぼつかない感じのピースをした。

「い、行ってください天。私なら大丈夫です・・・それにその人が噂の相馬優人君なら今がチャンスでしょう・・・だから行ってください!私の屍を乗り越えて!!」

屍じゃないじゃん。とはいえそろそろ冗談抜きで行かなければ本当にまずいため俺はオロオロしている天の手を強引に掴むと急いで走り出した

「え?ちょ!ゆ、優人ぉ!?」

「早くしねぇと本当に遅刻にしちまう!早く行こうぜ!」

「ちょっ!ちょっ!手、手が・・・!」

天がもごもごとなにかを言っていたが俺はそんなことも気にせず走り出した。


「えーと、クラス表クラス表・・・くっそ、まだか?」

俺と天は何とか走って勧誘戦争の戦場から脱出することに成功し、クラス表を受け取り場所まで進んでいる途中だった。

しかし何とか抜け出せたのは良かったものの、未だにその場所に到達できていないのだ。

国内最大規模の学校の広さを侮っていた。

先程地図をもらい、受け取り場所の位置は把握してるものの、極端に距離がありすぎるのだ。

「この地図見る限りならすごい近くにあるようにみえるんだけどな、地図からの距離の計算は宛にならないな・・・なぁ天?」

「あ・・・あの、ちょっ・・・・ゆ、優人・・・」

「・・・・・どうした?」

「て・・・手をそんなずっと握られると・・・ちょっと恥ずかしいというか・・・その、なんというか・・・」

「・・・・・あ」

その時俺はようやく天の手をずっと握っていることに気付いた。

「わ、悪い!つい癖で・・・!」

バッと慌てて天から手を離す。いかん、急に恥ずかしくなってきた。

「ご、ごめんね!嫌ってわけじゃないんだよ!?嫌ってわけじゃないんだけどさ・・・・・あれから三年も経つわけでしょ?その、色々と心の準備ができてなくてさ・・・なんというか、優人を三年前と同じように見れないっていうか・・・・・・その・・・す・・・すごく・・・私の想像以上に・・・・か・・・かっこ・・・かっこよく・・・なって」

段々と天の声のボリュームが下がってきた。三年前と同じだ。時折天は突然声が小さくなって何を言ってるのか分からないときがある。

その時、体は必要以上にモジモジしているし何故か顔は赤くなるのだ。

「か?かっこがなんだって?」

「わわ!?な、何でもない!何でもない!何でもないから!」

俺が顔を近づけると逃げるようにして離れる。三年前と全く同じだ。

「・・・・何か安心したな」

「・・・・・へ?」

「天が全然変わってなくて俺、何か安心したよ」

「・・・・・それを言うなら優人だって全然変わってないよ?無意識に女の子の手勝手につかんで走り出して・・・昔とおんなじ。私がいじめられてるとどこからともなく現れてさ、いきなり私の手をつかんで逃げ出すんだよね・・・でも結局毎回追い付かれて知らないうちに殴りあいになって・・・勝つときもあれば負けるときもあって・・・正直私ね、勝敗なんてどうでも良かったんだよね。ただ優人が私のために体張ってくれたことが一番嬉しかったんだよ?この人は私を守ってくれる優しい人って、そう思ったから友達になってあげたんだよ?感謝してよね!」

「・・・ああ、分かってるよ」

何一つ変わってない。昔の友達が三年経っても全然変わっていないとこんなに喜べるものなんだな。

「あ!変わってないって言うけどね!私もう昔みたいに泣き虫ではなくなったよ!?もうそうそう簡単に泣いたりしないからね!」

「・・・あの泣き虫天がか?どうだか・・・」

「なっ!!・・・じゃあ優人さ!ありとあらゆる手を使って私を泣かしてみてよ!私絶対泣かないから!」

えぇ?なにその無意味なゲーム・・・俺はサディストか。

「そう言えばさっきから言い忘れてたけど・・・」

「・・・・?」

「お前の後ろに蜘蛛いるぞ」

「キャァァァァァァァァアァ!!!!!?」

突然天が耳に響く高い悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。

ちなみに超涙。

天は昔から蜘蛛が大の苦手なのだ。どうやらそれは三年経っても克服できなかったらしい。

「蜘蛛・・・!蜘蛛・・・!蜘蛛はいやぁ・・・!!」

本気で怖がっている天を見て、少し大人げなさを感じてしまった。

「悪い悪い、嘘だよ嘘、蜘蛛なんかいないって・・・にしてもお前やっぱり蜘蛛はダメなんだな」

「蜘蛛は・・・!蜘蛛だけは勘弁してぇ・・・!」

「・・・・・・いい加減克服したらどうだ?何がそんな嫌なんだよ」

「全部・・・!」

「また随分とアバウトだな・・・」

「だってキモいじゃん!目はいっぱいあってキモいし、足もいっぱいあってキモいし、動き方も何かキモいし、口から糸はくとかも何かキモいし、それに罠にかけないと獲物を仕留められないとかただの卑怯者じゃん!騎士の時代に戦車使うようなもんだよ!」

例えがよく分からないのだが・・・まぁどっちも十分卑怯だけど。

「とにかくあいつらは地獄からの使者なんだよぉ・・・うぅ」

「悪かった悪かった・・・・それでだな、一つその・・・言いたいことがあるんだが・・・その、お前・・・・む、胸が・・・」

「へ・・・?・・・・・きゃあ!」

天は悲鳴をあげると突き飛ばす勢いで俺から離れた。

そう、天が抱きついてきた瞬間、天の大きくも小さくもない胸が締め付けるように俺の体に密着していたのだ。

三年前はもはや胸があったかどうかも分からないくらい小さかったのにまさか俺が意識してしまうほど成長していたとは・・・。

いかん、なんだか急に緊張してきたぞ。

「ご、ごごご、ごめん・・・!」

顔を真っ赤にしながら両手で胸を隠す天、別に俺は触ったわけじゃないぞ?

「い、いや・・・大丈夫だ・・・気にすんな」

「うぅ・・・・・私はちょっと気にするかも・・・」

気にしてないわけないだろ、俺の心臓の音を聞いてみろ!さっきからバクバクバクバク止まらないぞ!

「・・・・・・で、でもどう?せ、成長したでしょ・・・?」

「ああ・・・まぁ、確かにな・・・正直びっくりした」

「・・・・・・・・・変態」

「なんでだよ!!」

「そういう優人はどうなの?少しはたくましくなった?」

「ああ、まぁな・・・三年前とは比べ物にならないほど強くなってるってことは確実に断言できるな・・・・・そうだなぁ、またお前がいじめられるようなことがあったら全勝してお前を守ってやるよ」

「え?・・・・・ま、また守ってくれんの?昔みたいに?」

「いじめられたら、な」

「・・・・・・・・・・・いじめッ子見つけなきゃ・・・・」

「ん?何か言ったか?」

「な、なんでもないよ!それより急いだ方がいいんじゃない!?」

「・・・だな、よし!じゃあ、ほい」

そう言って俺は天に片手を差し出した。

「・・・・・は?え?え?・・・・手繋げってこと・・・?」

「俺さ、何か天と手を繋いで走った方が速い気がするんだよな、いじめッ子が追いかけてくると考えるから焦って速くなるんだよ。それに俺一人で全力で走ったらお前おいてかれちゃうだろ?」

「うぅ・・・・そ、それはそうだけど・・・・・・わ、わかった、よろしくお、お願いします・・・・・・ぅ」

天は俺から目をそらしながらそっと手を差し出した。

「決まりだな、それじゃあ行くぞ!」

「わ!?わわ!?・・・・・大胆すぎるよ・・・!」

俺は再び天の手を強引に掴むと全速力で走り出した。

大してスピードは速くはありませんでした。

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