五の幻想 それぞれの始まり
誤字脱字がありましたら報告お願いします。
感想や意見をくださると嬉しいです。
圭吾達は村に戻った後、村人達が嬉々として出迎えてくれるのを避けて、神殿へと戻ってきていた。
アンダークスは一度家に戻り、クレービリスとアンブラは別室で話し合いをし、圭吾は病室で待機していた。
あの戦いから、圭吾は自分が現実にいるのか不安になってきていた。
オークとの戦いの最中、最後に追い込まれるまで恐怖を忘れていた。ただ、目の前にいる敵を倒すことだけを考えていた自分。果たして自分は、ここまで非常になれる人間だっただろうか。
部屋に備え付けられている鏡を見る。そこにいたのは圭吾自身だ。鏡に映る学ランが、部屋の雰囲気から浮いていた。それに少しだけ笑みを取り戻す。
「だから何度も言っているだろう!お前は付いてきちゃいけないんだ!!」
突然大声が聞こえた。クレービリスがアンブラを叱っているようだ。圭吾はその迫力にビックリする。
家族が危険な場所に行ったら、それを叱るのは当然のことだろう。
「お父さんとお母さんが知ったらどうおもうんだろうな」
圭吾の両親が息子が異世界で化物と戦ったと知ったらなんというだろうか。圭吾と同じくゲーム好きの父は羨ましがり、母にいたっては異世界のお土産をねだってきそうな気がして、圭吾はなんともいえない顔をした。
「そういえば」
あの兄妹の両親は何をしているのだろうか。何かあったら悪いので、聞くことはできなさそうだ。
廊下を走ってくる音が聞こえる。音は部屋の前で止まり、勢いよくドアが開けられた。ドアの前には泣き顔のアンブラが立っていた。アンブラは圭吾と目が合い、気まずそうに部屋に入ってきた。
真っ直ぐ進んでいき、奥のベッドに座り込む。圭吾は様子が気になって、ちらちらとそちらを見る。
二人の間には沈黙が続いた。何も話さず、何も話せず、重い時間が流れていく。
「……すみません」
その沈黙を破ったのは、アンブラからだった。
「少し話を、聞いてもらってもいいですか?」
「……いいよ」
その声はあまりにも悲痛に聞こえて、圭吾にはそう答えるしかできなかった。
「約束を破ったら、怒られるのは当たり前ですよね。それが家族の間ならなおさら」
「そう、だね」
「でも、それが家族を守るためだったら、それでも約束は破っちゃダメなんでしょうか……?」
圭吾にはその言葉が何を意味してるか分からなかったが、それがとても重い問題だということは理解できた。
「僕には何が正解かなんて分からないけど、多分、約束を守って家族を失ったら、嫌だな」
「やっぱり、そうですよね……」
絞り出すような声だ。けれども、圭吾にはその奥に強い意志が感じられたような気がした。
「それでも、兄さんには私の気持ちが分かってもらえないんです……!兄の言っていることが正しいのは分かっているんです!でも、それでも……」
あまりの剣幕に、圭吾は何も言えなかった。
「少し、一人にしてください」
アンブラの声に、圭吾は無言で応えて、部屋の外に出ていった。
部屋から出ると、ドアの隣にはクレービリスが立っていた。彼は苦笑していた。
「聞いてたんですか」
「最初からね」
クレービリスに悪びれた様子はない。その様子に、圭吾は少しカチンときた。
「ならどうしてそんな態度でいられるんですか!アンブラさんはあそこまで気にしているんですよ!」
部屋の中にいるアンブラには聞こえないように、しかし怒気を孕んだ声でクレービリスに言った。その言葉を聞いて、クレービリスはフッと笑った。
「あんまりにも昔の私と似ていてね。私も昔は両親に魔物の退治に連れていくようによくせがんでいたさ。最初は興味本位で、途中からは家族を守るためにね」
「その、ご両親は……」
この兄妹の両親の話、気になっていた話題が出てきたので、思わず聞いていた。
「まったく、どこにいるんだろうね。死んでさえいなければ、どこかで人助けをしていると思うよ。いや、そんな話はどうだっていいんだ。……アンブラに付いてくるなと言っているのは、ただ危険だからというだけではないんだ」
「え?」
そう言ったクレービリスの顔からは、笑みが消えて真剣な顔になっていた。
「神殿の方に行こうか。話はそこでしよう」
圭吾とクレービリスは神殿の方へと向かった。
その後に少ししてからドアが開いたことは、二人は気付いていなかった。
◆ ◆ ◆
二人は祭壇の前で立っている。
「ここなら誰かが来てもすぐに分かる。話の続きをしようか」
圭吾はクレービリスの目を見る。真面目に人の話を聞く時の基本だ。
「あの子の黒い魔法を見ただろう?この世界の魔法はそれぞれに属性があり、その適正は人によって様々だ。だがその属性の中に黒の魔法なんてないんだよ」
「それって、どういうことですか」
存在しないはずの属性の魔法、それだけで問題が重要なことだというのは理解できる。『なにが』問題なのかを知るために、圭吾はクレービリスに話の先を促した。
「私はその謎を知るために文献を調べ尽くした。そして見つけたんだよ。……黒の魔法、それは本物の魔法、人間のものでない悪魔が扱う魔法だったんだ」
圭吾はその発言に息を飲んだ。それはつまり、アンブラが普通の人間でない、いや、人間であるかも怪しい存在だということになりはしないだろうか。
「それは本当に確証を持って言えることですか?」
「古い文献に書いていたことだからね、もしかしたら偽りの情報かもしれない。しかし、アンブラの魔法の様子から、恐らく本当のことであろうと思う」
「だから」
「そうだ。アンブラには普通の女の子として暮らしてほしい。だから、私は魔法を使わせないために戦うことを禁じていたんだ」
クレービリスの家族への愛情は本物だ。これ以上他人が口出しできるようなものではない。そう思った圭吾は、別の話題を振ることにした。
「……勇者のことについて、お話ししたいんですが」
「どうしたんだい」
クレービリスの顔が優しげなものになる。家族を案じるものの顔から、迷える人に手を差し伸べる聖職者の顔に変わっていた。
「できるかどうか分かんないですけど、やってみようと思います」
「そう思った理由は?」
そう聞かれて、圭吾は返答に困った。本当になんとなくだ。いや、ゲームの主人公になった気分になっていたのかもしれない。
「本当に危険な旅になると思うよ。オークなんか比べ物にならない相手だって出てくるかもしれない」
オークに襲われたとき、そして戦ったときの恐怖を、圭吾はこのときまですっかり忘れていた。アンブラの話に気を取られていたせいか、それとも別の理由があるのか。
「それでも、行きます。僕が誰かの役に立てるなんてことが今まで無かったから、誰かに期待されているなら応えたい」
圭吾はその場で即興で考えたことを言った。この世界で苦しんでいる人々には申し訳ないが、圭吾自身、立派な理由など持ち合わせていない。考えた理由なんかは、本当の理由じゃないという言葉を、圭吾はどこかで聞いたことを思い出した。
「私も付いて行きます」
神殿の中に澄んだ声が響いた。
声の元にいたのはアンブラだった。
「な、なにを言っているんだ!それにいつからそこにいたんだ!?」
アンブラは無言で歩み寄ってくる。そして、遂にクレービリスの目の前に辿り着いた。
「兄さん達がここに来てからずっと話を影から聞いていました。兄さんの言いたいことも分かります。でも、もう私は知ってしまったから、普通になんていられません。だから」
アンブラはそこで深呼吸をする。そして、クレービリスと正面から向き合った。
「……だから、旅に出ます。文献なんかじゃない、本当の私を知る旅に」
クレービリスが何かを言おうとしていたのを、圭吾は遮った。
「僕も彼女が付いて来てくれると嬉しいです。彼女の魔法は強力だし、この世界の常識についても詳しい。僕に足りないことを補ってもらえる。なので、僕からもお願いします」
言葉が自然と口から出ていた。アンブラのことをなんとかしてあげたいと思ったら勝手に。
圭吾からの援護に、アンブラは嬉しそうな顔をする。対するクレービリスは不服そうで、なにか言いた気だ。
クレービリスが口を開こうとした瞬間、今度は神殿の正面玄関が勢いよく開かれた。
「お、みんな集合してる!ケイゴはこれから勇者として旅にでるんだろ?だったら俺も仲間に入れてくれよ。あの時のコンビネーションなら俺達もっともっと強くなれるって!!」
アンダークスの突然の来訪に、全員呆然としていた。
「な、いいよな?」
クレービリスが後頭部を掻き毟っている。それだけ一度に色々起こり過ぎて困っているっということだろう。
「ええい!好きにしてくれ!!三人共、どこへなりとも行ってしまえ!」
クレービリスは突き放したような言い方をしたが、そこまで怒っているような様子でもないようだ。
圭吾、アンブラ、アンダークスは互いに顔を見合わせる。
「これは、許しが出たってことでいいのかな?」
「そ、そうなんじゃないでしょうか」
「よ、よっしゃ…ていうかアンブラちゃんも来るの!?」
「う、うん。よろしくね?」
「こちらこそ!アンブラちゃんは絶対に俺が守るからさ!」
「それじゃ、みんな、よろしくね」
こぼれた勇者、正体不明の魔法使い、未熟な戦士の三人旅は、こうして始まったのだった。
本当にギリのギリで金曜日に終わりましたー。
今回の話はいかがでしたでしょうか。
主人公圭吾の動機付けが弱いと思った方。その感性は正常です。
その程度の動機だからこそ、これからの伸び白があるのです。
本当に人々のことを考えれるようになるか、自身の弱い決意に悩むのか、それは今後の物語次第です。
あれ、もしかして今回初めて物語の内容に触れた後書きになりました?やったー!
こんな素人作家ですが、見捨てずにいてくれたら嬉しいです。
次回も金曜日に上げられるようにがんばります。
次回からは、旅だったあとの村を離れた三人の物語が始まります。
それではまた来週にお会いしましょう。