二の幻想 遠い異世界、それが身近になってしまったこと
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白い白い世界を落ちる。
またあの世界だ。しかし今回は感覚がぼんやりしている。これは夢だとはっきりと分かる。明晰夢というのは初めて見たが、なかなかに奇妙な感覚だ。
圭吾は手足にふと違和感を感じた。正確には、手足に感覚を感じるのだはなく、手足がおかしいと脳が認識している。なんとも言葉にはし辛い。
手足に目をやると、そこは黒く染まっていっていた。前見た時と同じ黒が、指先からゆっくりと、確実に広がっていっていた。
「やめろ……!?」
言葉で止まるのならば止まってほしかった。しかし、現状はそううまくはいかない。黒は着実に進行し、胸の辺りまで来ていた。
「やめろ…!?やめろおおおおおおお!!??」
夢であることも忘れて叫ぶ。その声は白い空間の中で反響もせずに空しく消えた。
それでも彼は叫び続けた。ついに首まで染まる。そこで黒は口を広げ、残った顔を……。
「うわああああああああああ!!!!???」
圭吾は思いっきり跳ね起きた。
目をパチクリさせる。あれは夢だったのだと認識し直すのに一瞬の時間を要した。
「あの、大丈夫ですか?ずいぶんうなされていましたけど」
目線を横に移すと少女がそこに座っていた。顔立ちは可愛らしい中に大人っぽさがあり、整ってはいるが美少女というほどではなく、素朴な感じというのが第一印象だ。淡い緑色のワンピースがより一層素朴さを際立たせていた。
「あ、はい。えっと、ちょっと悪い夢を見ていただけですから」
「そうですか。今、兄を呼んできますね」
そう言って少女は部屋を出ていった。
圭吾は周囲を観察する。現代日本ではあまり見かけることのない総木製の部屋のベッドに寝かされていた。ベッドの隣には小さなタンスのがあり、その上に花瓶が置かれ、色とりどりの花が飾られている。更に周りを見渡すとベッドはもう二つあり、三つ並んだベッドのうち、もっともドアに近いベッドに寝かされている。病室、それがもっとも相応しい感想だろうか。
廊下を歩いてくる音が聞こえる。さっきの子が兄を連れて来たようだ。
「失礼するよ」
澄んだ声が部屋に入ってきた。青年と少女が部屋に入ってくる。
「いきなり気絶した時はどうなるかと思ったが、怪我が無いようで安心したよ」
青年と少女はベッドの近くの椅子に座った。
話しかけてきた青年を見る。なるほど、さっきの子と兄妹だと言われて納得だ。しかし、素朴な印象で親近感を感じた彼女とは違い、彼は眉目秀麗でどこか近寄りがたい感じだ。神官のような服がそれを助長しているような気もする。
……、はて神官のような服?
圭吾はなんとなく見覚えがあるような気がするが、どこでだったかははっきりと思い出せない。
「ああ、自己紹介がまだだったかな」
圭吾の困惑の表情を読んで青年が言った。
「私の名前はクレービリス・ウェントゥス。この村で神官をやっているだ。君をあの騒乱の草原からこの村まで運んできたのも私だよ」
「あ、ありがとうございます。僕は朝倉圭吾っていいます」
圭吾は命の恩人であると分かった彼に対して礼をいい、頭を下げた。
やはりあそこであったことは真実で、助けてくれたのはこの人だったのか。クレービリスが助けてくれなかったらと思うとぞっとする。
「そしてこちらにいるのが……」
「妹のアンブラです。兄のお手伝いをしています。よろしくお願いしますね」
兄妹共々感じのいい人達だった。神官であるというのも頷ける。
「あの、すみません」
「なんだい?」
「騒乱の草原というのは……?」
圭吾はあまりにも物騒だと思った名前に質問をしてみる。
するとクレービリスは、なんということはなく気軽に答えた。
「ああ、それはこの村での通称だよ。あの草原は、魔力の濃度が他の所よりも濃くて、魔物が集まりやすいんだ。そこに勇者様がこぼれ落ちたとの伝書鳩が都から届いてね。行ってみたら君がいたという寸法だよ」
「え、あ、あの勇者というのは?それに魔物もいったい?」
普段の生活では聞き慣れないような単語に、圭吾は反射的に質問をしてしまった。アンブラが特におかしな反応もしていないようなので、ここでは普通のことなのだろうとは察せるのだが……。
一方、答え返すクレービリスの顔は一転して真剣そのものになった。
「魔物を知らない?……まあ、魔物のことは危険な種族と思ってもらえればいい。本題はここからだ勇者の圭吾くん」
クレービリスからおかしな言葉が放たれた。「勇者の圭吾」。自分がそんなふざけた存在であるはずがない、と圭吾は思った。
クレービリスは圭吾の反応など構いもせずに話を続ける。
「先日、我が国を含む三つの大国で大規模な召喚儀式が行われたんだ。勇者召喚。その昔、世界を救った勇者様を召喚した儀式の模倣だ。この世界はゲダスといういままでにない脅威にさらされている」
「ゲダス?」
「ある日突然、北の大陸から現れた怪物さ。正体不明。発生原因も不明。ただただ生き物を襲う怪物さ。名前は初めに目撃された町の名前からそう呼んでいる。出自についてもっとも有力な説は、研究者の一人が召喚してしまった別世界の未知の怪物というものだが、真偽のほどは定かじゃない。しかし、別世界のものであるということに目を付けた、この国の王とその臣下達は、こちらも別世界のものにゲダスを倒させようということになったらしい。それが今回行われた勇者召喚だよ」
「………」
壮大なファンタジーの話という印象しか残らない。相手が真面目に話している分だけ滑稽の思われるが、圭吾はオークを見たことによってそうとは思えなくなっていた。
「しかし、古い文献だけじゃ再現できなかったのか、儀式は失敗してしまったんだ。ここからは手紙に書かれていたことだから、僕がどれだけ正しいことを君に伝えられるか分からないが、それでもいいかい?」
「はい」
「何が原因なのかは不明だが、召喚には屈強な戦士ではなく、少年少女が召喚されてしまったらしい。召喚は儀式の強度が強ければ強いほど強力なものが召喚される。少年少女も特異な力を持っていたらしいが、これは本人達が元々持っていた力ではないらしいから、儀式の完全な成功を約束するものじゃない。そして極め付けが君だ」
「それはこぼれ落ちたっていう……」
「そういうことだ。儀式が終わる直前に騒乱の草原付近に勇者召喚と同様の魔力反応が起こり、そして儀式はちゃんとした終わりを迎えることなくそこで終了した。そのあとあの草原にいたのは君しかいない。だから、君がこぼれ落ちた勇者というわけさ」
「………」
圭吾は何も言えないでいた。頭に入ってこない。こんな話がスラスラと入ってくるのは、それこそ異常なことなんじゃないかと思う。
「これ、使ってもいいかな?一気に話したら喉が渇いてしまって」
「……っああ、いいですよ。まだ使ってませんから」
「助かるよ。あとでまた新しいコップを持ってくるからそっちを使ってくれ」
クレービリスは水差しを指差して聞いてきたので、いきなりの話の切り替わりに圭吾は慌てて答えた。 クレービリスはコップに水を入れて、それを一口飲み一息ついた。横を見ると退屈なのかアンブラがそわそわしている。彼女は圭吾が見ていると分かったのか姿勢を正した。
「こんな話をされて困惑するのは無理ないさ。君は異世界の人間だ。この世界の事情なんか知ったことではないのかもしれない。だが私達にとっては深刻な問題なんだ。だから君の……」
そこで突如廊下から大きな足音が聞こえてきた。アンブラが様子を確認しようとドアを開ける。
「んげっ!?」
ガツン、とあまりにも痛そうな音と悲鳴が聞こえた。ドアの影になっていて確認できないが、どうやら人がぶつかったらしい。ドアに人がぶつかった衝撃に、アンブラは驚いているようだ。
ドアの向こうから人影が出てくる。活発そうな少年だ。年はアンブラより少し幼い、いやアンブラが大人びて見えることを考慮して同年代だろうか。少年はなんだかとても慌てているようだ。
「アースくん?どうしたの?」
「ア、アンブラちゃん!?え、えっと、こ、こんにちわ!じゃ、じゃなくて……、ええと、クレービリスさん!」
慌てているが、その原因の一つはアンブラに会ったことらしい。彼女を見た瞬間、彼の顔色が一気に赤くなった。
その様子を見て、クレービリスは短く溜息をついた。
「とりあえず落ち着いてくれアンダークス。ほら深呼吸」
「は、ハイ!そうですね!フーフー、ふう」
少年は慌てていて早口になっていたが、一切噛むことはなかった。何気に凄いことだと思う。
深呼吸して落ち着いたのか、今度は普通に話し始めた。
「あのですね、騒乱の草原にオークの群れが出たんです。しかもなんか怒ってるみたいでして」
「そうだろうとは思っていたよ。すぐに行く」
クレービリスは立ち上がるって出ていこうとしたが、突然動きを止めて圭吾の方を向いた。
「……ケイゴくんだったね。ついて来てくれるかい」
言っている意味がよく分からなかった。
「それはどういう……」
クレービリスは一瞬だけ、悪戯を思いついた子供の顔になっていた。嫌な予感しかしてこない。
「勇者の初仕事、やってみる気はないか?」
このあと危険なことをさせられる、それだけは分かった。しかし、圭吾は勢いで頷いてしまったのだ。それに後悔するのは、頷いた直後であった。
今回は余裕を持って仕上げられました。
リニューアルして兄妹の名前が変わったことに違和感を持った方……はほとんどいないと思いますが、念のため言うと、前回書いていた話を消してしまったので作者が分からなくなっただけです。
新しく名前を考えるのに際して、ヒュムソルの人間はラテン語をもじった名前にしようと思いました。もじり過ぎて元が分からなくなったもの、そのまま使われているもの、元の言葉がなんだったか予想してみるのもいいかもしれません。
ではまた次回、次の金曜日に上げられるようにがんばります。