十四の幻想 時間短し、戦え男子
誤字脱字がありましたら報告お願いします。
感想や意見をくださると嬉しいです。
圭吾達はハエレティクスの村を後にした。
見送りの村の人達が、どんどん小さくなっていく。
今朝から、みんなの様子が違っているように見える。
アンブラは珍しく寝坊をし、どことなく上の空な感じだ。アンダークスは村を出るまでは笑顔だったが、村を出てからは暗い表情をしている。マフリは昨日の話し合いのときからそうだが、より一層険しい表情をしている。
全員が全員、なんらかの心情の変化があったのだろう。
圭吾も、この世界の政府と、昨日会った男について思うところがあった。
歴史の授業で地方に圧制を敷く政府があったことは知っている。授業中は遠いことのように感じていたが、目の前に苦しめられている人達を見て、その考えは変わっていた。あれでもマシな方だと考えると、さらに苦しめられている人達はどうなっているのだろうか。
そして、昨日の男のことだ。彼は、圭吾達の作戦などお見通しだったようだ。それに、恐らく自分達よりも強いだろう。そんな男ですら、小さな村へと追いやられていたのだ。ゲダスに対抗するには、どれだけの力が必要なのだろうか。
「うがああああ!!!」
突然のアンダークスの叫びに、馬車に乗っていた全員が驚く。
「こんなうじうじ悩んでたって仕方ねえ!みんな暗いんだよ!もっと明るくしようぜ!」
その言葉に、みんながぽかーんとする。マフリも馬車を止めて、荷台の方を振り返った。
アンダークスの言わんとしていることも分かるが、それで突然明るくしろと言われても無理があるだろう。
「どうしたの突然」
圭吾の問いかけに対して、アンダークスはビシィと指差してきた。
「俺は散々悩んだ結果、ここで悩んだってなんにもなんないことが分かったんだ。だから、とりあえずみんな、うじうじするのはやめようぜ」
アンダークスの意見ももっともだ。しかし、ここで「はいそうですね」と納得してしまうことに抵抗を覚えてしまう。それに悩むことを放棄するのは、思考停止することだ。それで本当にいいのだろうか?
「そんなこと言われたって、すぐに悩むのを止めるなんて……」
「じゃあさ」
圭吾が全てを言い終える前に、アンダークスが割り込んでくる。どうやら、このことでは、彼は引き下がるわけにはいかないようだ。
そういうことならと、圭吾はアンダークスの意見を聞いてみることにした。
「ケイゴ、俺と戦え」
「……は?」
そこで飛び出してきたのは、突拍子もないことだった。どうしてこの場で戦うということになるんだろうか。圭吾には理解できなかった。アンブラもマフリもこれには呆然としているので、彼の意図を理解できている人物はいないだろう。
「ルールはそうだな。武器を先に落とすか、降参した方の負けってことで」
「いやいや、なんで突然戦うってことになるのさ!?」
アンダークスが戦う段取りをしてしまう前に、圭吾が聞く。
それに対して、アンダークスは苦笑いをして、頬をポリポリと掻いた。
「それはだな。戦いをしたら悩みなんか吹っ飛ぶんじゃなかってのと……」
そこでアンダークスが言い淀んだ。
「それと何?」
そこでアンブラが口を開いた。今日は朝からずっと黙り込んでいたから、ここで話題に入ってくるのが少し意外だった。
「いや、散々悩むななんて言ったけど、俺の悩みはケイゴと戦ったら解決するんじゃないかなってさ」
確かに、悩むなと言った人物が、悩みを解決することを考えていては締まらないだろう。それでも、いやそれだからこそ、彼が立派に見えた。
圭吾にはどうして戦うことが悩みの解決になるかは分からないが、しかし、ちゃんと考えがあってのことなら受けるべきだと、そう思えた。
「分かったよ。その模擬戦、受けて立つよ」
圭吾が疾風のナイフを取り、アンダークスが剣を取って、馬車を離れた。
◆ ◆ ◆
「アン様はどちらが勝つとお思いですか」
マフリからアンブラへの問いかけは、どこか楽し気だった。先程まで気を張っていたことが嘘のようだ。
対してアンブラは、依然として暗い表情のままだった。しかし、それは戦う二人を案じるものに変わっているようでもある。
「私は、二人に戦ってほしくないです。危ないですから」
「アン様は優しいのですね。けれど、殿方は戦うことで友情を確かめ合うものだと、そう聞いていますわ」
そう言ったマフリの見つめる先には、向かい合う圭吾とアンダークスが立っている。
「ワタクシの予想では、ケイゴ様が勝つと思いますわ」
「どうしてそう思うの?」
「ケイゴ様は恐らく、非情になれるお方ですもの。もっとも、勝ち負けが決まるならの話ですが」
「え?」
「さあ、始まるようですわよ」
マフリが言ったように、二人は足を踏み出した。アンブラは、マフリの言葉が気になるものの、二人の戦いの行く末を見守ることにした。
二人はじりじりと、少しずつ距離を詰めていく。
先に動き出したのはアンダークスだ。対する圭吾は、その動きを見てその場で止まる。
まずは横薙ぎに一閃を繰り出すアンダークス。それを圭吾は風で弾き返す。その反動を利用し、アンダークスは一回転して反対側もう一撃を叩きこむ。それも圭吾は弾き返す。その応酬が続くことで、アンダークスの攻撃が加速していく。
圭吾はそれに限界を感じたのか、剣を弾いた反動で後ろへと跳んだ。その強烈な風に、アンダークスは一瞬よろめいた。
「お前はスゲーよな」
「え?」
アンダークスが突然言った言葉に、圭吾は怪訝そうな顔をした。
「ちょっと前まで戦いなんて知らなかった奴の動きとは思えねーな」
「……」
アンダークスの言葉に、圭吾は何も言い返すことができない。
実際のところ、一番驚いているのは圭吾だ。体が勝手に反応するのだ。しかし、それは戦いに慣れたというわけではない。自分ではない何かに体を操られているような感覚だ。その感覚は、今までも疾風のナイフを握ったときに感じていた。
けれども、本当に圭吾を驚かせたのは、そのことに今まで疑問を持たなかったことだ。
「俺はどうすればいいんだろうな。戦うことしかできないってのに、素人のお前の方が強くなってさ」
「……」
「だから俺はお前を超える!特別な力なんてなくても、この剣だけで!」
アンダークスが一気に距離を詰める。
繰り出してきたのは縦切りだ。圭吾の体が反応し、ナイフを上部に掲げる。
そこでアンダークスは足払いをした。予想外の攻撃に圭吾は倒れこんでしまう。そこに向かって剣が振り降ろされる。圭吾は腕に力を籠め、それに合わせてナイフから風が吹き出す。圭吾は剣を間一髪のところで回避する。剣は圭吾の頭にあったところに当たる寸でのところで止まった。本気で殺す気だったのなら、回避できなかったかもしれない。
圭吾もお返しとばかりに足払いをする。風による加速のおまけつきだ。アンダークスの踏ん張る力が強いのか、よろめかせるだけに終わってしまう。しかし、その隙に圭吾は立ち上がった。
「僕だって驚いてるよ。でも、体が勝手に動くんだ。自分の体じゃないみたいにね」
「それがどうしたってんだよ。強いことには変わんねーだろ」
「そうだね。正直不気味だけど、これから戦っていくためには必要なんだ!」
「俺は、そんな力じゃなく、俺自身の力で強くなる!」
アンダークスの一撃をナイフで受け止めようとする。今度の一撃には勢いが乗っている。足払いが来ることはないだろう。
片手だけで振るわれた剣は、手から弾き飛ばされ、圭吾の勝利に終わったように見えた。
(片手?)
剣が手から離れきる直前、アンダークスの拳が、ナイフを持つ腕を殴った。それによって、疾風のナイフが圭吾の手から離れる。
勝負は引き分けに終わった。
「そんな化け物ナイフ相手に、やってみるもんだなあ」
そう言ったアンダークスは尻餅をついて座り込む。その顔を充実感に満ちているようだ。
「うーん。やっぱり武器の性能に頼り切らないで戦えるようにならないと」
そう言った圭吾は、殴られた腕を押さえている。
「今度からさ、木剣とか使って模擬戦もするようにしようか」
「いいのか?ナイフ無しで俺に勝てるとおもうなよ?」
「ナイフ無しで勝てるようなにならなくちゃいけないんだよ」
「言ったな?俺は優しくないぞ」
戦いを通じて、二人は仲が良くなったようだ。
そして、二人は元々なんで悩んでいたかなんて意識の外だった。結果として、アンダークスの提案は成功に終わったのだ。
「勝ち負けが決まるならって、こういうこと」
「ええ。アンダークス様からは、勝ちたいという気迫が伝わってきましたもの。それに、やはり戦いの後に友情が芽生えましたわ」
アンブラは唖然としていた。マフリという少女は一体何者なのだろうか。
「マフリちゃんは未来でも見えてるの?」
問われたマフリは、首を横に振った。その目は、どこか遠くを見ている。
「未来など見えませんわ。ただ、良い可能性を信じてるだけです」
「良い可能性を信じる……」
なぜかその言葉が、アンブラの中にスゥーっと入ってきた。
女性陣の方でも、悩むことが止まり、アンダークスの提案は全員に効果があったのだった。
ザ・スランプ、というやつです。
また次回お会いしましょう。