8話 英雄達の帰還
:東京帝国学園 第一蘇生管理室
「――んっ、ふぁ……♡」
桃色の粘液に満たされたカプセルの中で、少女が目を開ける。 彼女は先ほど、武蔵野のゲート前でグレネードを体に巻き付け、自爆して死んだはずのメーテル突撃隊員だ。
蘇生プロセスが完了し、カプセルのハッチが開く。 そこには、温かいタオルと甘いキャンディを持った上級生たちが、慈母のような微笑みで待っていた。
「おかえりなさい。痛かったでしょう?」 「ううん……気持ちよかったぁ」
少女は頬を紅潮させ、恍惚とした表情でタオルに包まれる。 この学園の蘇生システムには、蘇生直後の脳内に強力な脳内麻薬が過剰分泌されるよう調整が施されている。 死の苦痛は一瞬。その後に訪れるのは、この世のものとは思えない快楽と安らぎ、そして「よく頑張ったね」という絶対的な肯定だ。
「えらかったわね。貴女の自爆のおかげで、作戦は大成功よ」 「ほんとぉ? 先輩に褒めてもらえる?」 「ええ。貴女は英雄よ」
「わぁい! また死にたい! 次も一番に死ぬもん!」
少女はキャッキャと笑いながら、新しい黒のスーツに袖を通す。 死ねば死ぬほど気持ちよく、死ねば死ぬほど褒められる。 この「幸せな死への依存」こそが、メーテル突撃隊が恐れを知らず、笑顔で死ぬことができる洗脳の正体だった。
:大和会 役員会議室
勝利の熱気に包まれる学園の中で、一室だけ空気が凍りついている部屋があった。
「――申し訳、ありません」
情報長・如月零は、会長・神楽坂玲緒奈の前に膝をつき、深く頭を垂れていた。 その表情に、いつもの無感情さはない。あるのは、自らの不手際に対する激しい悔恨と、自分自身への怒りだ。
「第一副会長カエデ、および数十名の生徒の逃亡を許しました。第3ゲート周辺への彼らの到達時間が、第3ゲート周辺の制圧速度が、私の計算より10秒遅れました」
言い訳はしない。 「敵が予想外の抵抗をした」とも、「突撃隊が遊びすぎた」とも言わない。 全ては指揮官である自分の責任。
玲緒奈は紅茶のカップを置き、冷ややかな瞳で零を見下ろす。
「逃げた鼠は、何匹?」 「推定42匹です。……即座に追撃部隊を編成し、殲滅することも可能でしたが、ゲートがランダム転移だったため、捕捉に時間がかかります」 「零」 「はい」 「貴女らしくないわね」
玲緒奈の言葉が、鋭いナイフのように零の心を抉る。
「私の期待した『完璧な目』は、どこへ行ったのかしら?」
「……っ」 零が唇を噛む。その拳が震え、爪が掌に食い込む。 (甘かった。全てのゲートを、使用不能になるまで完全に破壊すべきだった。あの場での捕獲など考えず、あの場にいた全員を殺して蘇生させればよかった)
「……私の、能力不足です。破壊工作の徹底度が甘すぎました。次はありません。次は……」
零は顔を上げ、暗い炎が宿る瞳で宣言する。
「疑わしきは全て破壊します。可能性の芽は、根こそぎ焼き払います。……二度と、会長の手を煩わせるような失態は犯しません」
その悲痛なまでの忠誠心と、自分を責め続けるストイックさ。 玲緒奈はふっと笑みをこぼし、零の顎を指先で持ち上げた。
「いい顔よ。その『悔しさ』を忘れないで。……逃げた鼠たちは、恐怖を拡散する伝書鳩にしてあげましょう。下がっていいわ」 「……ハッ! ありがたき幸せ」
零は深く一礼し、部屋を出る。 その背中は、以前よりもさらに冷酷で、一切の隙がない「悪魔」へと成長していく。
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次回、9話 選別と生贄 です!
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