20話:命の価値
忠誠ランキング1位の勝者、神奈川海洋学園。その会長室で、生徒会長『大河原ミナト』は、震えが止まらない手でタブレットを握りしめていた。
画面に映し出されているのは、帝国学園から配信されている、栃木中央学園の惨状だ。自爆した使節団。それに巻き込まれて死んだ生徒会役員たち。そして、破壊された蘇生機。
「ひっ、ぅ……ぅぇ……」
ミナトは嘔吐した。彼女は、民間施設を襲ってまで1位をもぎ取った、冷酷な女帝のはずだった。だが、今の彼女は、ただの怯える少女に過ぎない。
「――ご覧いただけましたか?」
東京帝国学園 第一副会長・西園寺 椿はカップを置くと、制服のジャケットのボタンを外し、その下にあるものを露わにした。そこには、栃木の使節団が着ていたものと同じ、プラスチック爆弾と鉄球がぎっしりと詰まった『自爆ベスト』が装着されていた。
それだけではない。椿の背後に控えている、可愛らしい笑顔の『メーテル突撃隊』の少女たちも、スカートを捲り上げ、太ももや腹部にダイナマイトをファッションのように巻き付けているのを見せつける。
「き、狂ってる……!」
ミナトは後ずさり、壁に背中を押し付けた。
「あなた達、頭がおかしいわ!交渉が決裂したら、自分も死ぬ気なの!?あなただって、死ぬのは怖いはずでしょう!?」
ミナトの叫びを聞いて、椿はキョトンとし、それから突撃隊の少女たちと顔を見合わせて、クスクスと笑い出した。まるで、幼児の的外れな質問を聞いたような反応。
「……ふふ。ミナト会長。貴女の認識は、あまりにも遅れていますね」
椿は立ち上がり、ゆっくりとミナトに歩み寄る。その指は、起爆スイッチに掛かっている。
「『死ぬ気なの?』ですって? ……それがどうしたというのです?」
「え……?」
「死など、蘇生ができるこの世界においては全くの無意味。ただの『一時停止』に過ぎません」
椿の瞳には、死への恐怖など微塵もない。あるのは、システムへの絶対的な信頼だけだ。
「私がここでスイッチを押し、貴女達と共に肉片になったとしましょう。……その時、何が起きるか想像できますか?」
椿は、子供に言い聞かせるように優しく、残酷な真実を語り始めた。
「私の魂は、即座に東京帝国学園の『緊急蘇生プラント』へ転送されます。そこは国家予算レベルの維持費が投じられた最新鋭設備。――わずか3分。カップラーメンが出来上がる頃には、私は傷一つない新しい体で目覚め、学園の休憩室で『ああ、少し痛かったわね』と新しい紅茶を淹れているでしょう」
ミナトの顔から血の気が引いていく。3分。ありえない速度だ。
「対して、貴女はどうですか?」
椿の冷たい視線が、ミナトを射抜く。
「貴校のような地方学園の資金力では、旧式の蘇生に急いでも3時間はかかる『蘇生プラント』ぐらいしか維持出来ないでしょう? 貴女の魂が、古臭い装置の中でモタモタと再構築されている3時間の間……。蘇生した私は、すぐに軍を率いてここに転移してきます。」
椿は、モニターの中の栃木中央学園を指差した。
「そして、貴女達が目覚めるはずの蘇生機を、粉々に破壊します。 ……そうすれば、貴女は永遠に『ロード中』のまま。二度と目覚めることはない」
これが、格差だ。 武力の差ではない。「死」という概念そのものの不平等。 帝国学園にとっての死は、タクシーで帰宅する程度の手間でしかないが、ミナトたちにとっての死は、本当の終わりのリスクを孕んでいる。
「私たちは『リスポーン地点』を確保し、そこでの復活速度で貴女たちを圧倒している。 この条件下で、『相打ち』なんて言葉が成立すると思って?」
椿が、起爆スイッチをカリカリと爪の先で引っ掻き手の中で弄ぶ。
「さあ、どうしますか? 今ここで爆死して、火の海になった瓦礫の中で、蘇生カプセルごと焼き殺されるか。それとも、賢明な『契約』を結んで、帝国の飼い犬として生き延びるか」
ミナトは、ガタガタと震えながら床に崩れ落ちた。 勝てるわけがない。 命の軽さが違う。覚悟の次元が違う。 彼女たちは、最初から同じ土俵にすら立っていなかったのだ。
「……のみ、ます」
ミナトは、床に額を擦り付けた。プライドも、抵抗心も、すべてが粉砕されていた。
「全ての条件を、飲みます……ッ!生徒も、お金も、権利も、全部差し上げます……ッ!だから……!」
彼女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、懇願した。
「私だけは……私たち役員だけは、殺さないでください……ッ!あんな風に、殺さないでぇ……ッ!!」
椿は、その無様な姿を見て、満足そうに起爆スイッチから指を離した。
「よろしい。契約成立です」
椿が指を鳴らすと、控えていた部下たちが、ミナトの前に「統治任命書」と「装飾付きの隷属チョーカー」を差し出した。
「おめでとうございます。本日より、貴校は東京帝国学園の『第一弁務学園』として再編されます。 貴女はその傀儡代表として、我々の命令通りに生徒を管理・出荷する名誉を与えましょう」
「あ、ありが……ありがとう、ございます……ッ!」
ミナトは、自ら進んで首を差し出し、チョーカーを嵌めさせた。 カチリ。 その音が、かつての「神奈川海洋学園」が死に、帝国の資源供給プラントとして生まれ変わった合図だった。
同様の光景が、残りの3校(千葉、北関東、茨城)でも繰り広げられた。 帝国学園が誇る「死の合理化思想」を見せつけられた各校の代表たちは、誰一人として抵抗することなく条約にサインし、帝国学園の弁務官を迎え入れた。
こうして、関東圏の学園はすべて、東京帝国学園の支配下に置かれた。 5位の栃木中央学園は「反逆者」として消滅。 1位〜4位の上位校は「弁務学園」として、搾取される側の管理職へ。 そして6位以下の学園は、すべて解体・奴隷化。
のちに『関東圏統一戦争』と呼ばれる戦争は、帝国学園の完全勝利で幕を閉じた。 だが、それは乙女たちにとって、より長く、より過酷な「終わらない冬」の始まりに過ぎなかった。
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次回、21話:ティータイムのスパイス です!
次回投稿予定時刻は2/7 12時です。 いよいよ1章最終話!!
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