16話:緊急避難訓練
【午後 埼玉第四学園・体育館】
6,000人もの少女たちが集まった体育館は、不安の声で満ちていた。 1年生から3年生までの下級生たち。彼女たちは、まだ何も知らない。
「先輩、これ何の時間ですか?」 「『緊急避難訓練』だって。なんか、帝国学園が攻めてくるかもしれないから、素早く地下シェルターへ移動する練習だって」
3年生の少女が、不安がる1年生の手を引いている。 そんな健気な光景を、ステージ袖から美里は冷徹に見下ろしていた。彼女の手には、空調設備の集中制御タブレットが握られている。
「……ごめんね。でも、あなたたちは運が良かったのよ。『負け犬』として無惨に殺されるより、帝国の『資源』として有効活用されるんだもの」
美里は、震える指で【MAX出力】のアイコンをタップした。
シュゴォォォォォ……ッ!!
講堂の四方八方にある通気口から、白濁したガスが一気に噴き出した。
「えっ? なにこれ、煙……?」 「きゃっ! なんか変な匂い……!」
異変は瞬く間に広がった。 暴動鎮圧用ガス『スリープ・ミスト』。吸い込めば数秒で中枢神経を麻痺させ、強制的な昏睡状態に陥らせる兵器だ。
「げほっ、う、あ……」 「視界が……回る……」
バタバタバタッ!! 先ほどまで手を繋いでいた姉妹のような生徒たちが、糸切れた人形のように崩れ落ちていく。 悲鳴を上げる間もなかった。 6,000人の集団が、波打つように倒れ伏し、わずか数分で講堂は「死体置き場」のような静寂に包まれた。
「……作業開始!! 早くトラックを回せ!!」
ガスマスクをつけた4年生以上の生徒たちが、台車と「拘束用金属フレーム」を持ってなだれ込んでくる。 ここからは、時間との勝負だった。
ガシャン、ギュウッ。 カチャリ、キリキリキリ……。
広大な講堂が、巨大な「出荷工場」へと変貌する。上級生たちは、眠る後輩たちの体を機械的に処理していった。冷たい金属フレームの上に少女を仰向けに寝かせ、手足を広げさせ、四隅の拘束具に手首と足首を通す。 革ベルトを限界まで締め上げ、関節が外れんばかりに大の字に固定する。 そして仕上げに口にゴム製の猿轡をねじ込む。
「んぅ……」
時折、浅い呼吸と共に呻く少女がいても、構わず作業は進む。 制服のスカートがめくれ上がり、無防備な太ももや下着が露わになろうとも、誰も直してはやらない。彼女たちはもう「後輩」ではない。「60万ポイント分の貨物」なのだから。
体育館の外には、要請を受けた帝国学園の大型輸送トレーラーが、長蛇の列をなして待機していた。
【夕暮れ 輸送トレーラー荷台】
ガタンッ、ゴトン。
微かな振動と、閉塞感。 2年生の ミナ は、深い闇の中で意識を取り戻した。 頭が割れるように痛い。そして、息苦しい。
(……え? ここ、どこ……?)
目を開ける。しかし、薄暗い赤色の非常灯がついているだけで、周りはよく見えない。 体を起こそうとした。 だが、動かない。
「――っ!?」
手足が、何かに強く固定されている。 背中には冷たく硬い金属の感触。 叫ぼうとしたが、口の中に異物――ゴムの塊が詰まっていて、声にならない。
「んんっ!? んぐぅっ!!(なに!? なんで動けないの!?)」
パニックになり、必死に暴れる。 ガチャガチャと金属音が響く。その音で、目が慣れてきた。 そして、ミナは見てしまった。
自分の左右、そして目の前の棚に、同じように金属枠に張り付けにされ、猿轡を噛まされて眠っているクラスメイトたちの姿を。 まるで、本棚のように、整然と、隙間なく。
(嘘……みんな……? 避難訓練じゃなかったの……?)
プシュウゥゥ……。 トラックの側面が開いた。夕日が差し込み、ミナは眩しさに目を細める。 そこに立っていたのは、見知らぬ帝国学園の制服を着た兵士と、そして――ミナが慕っていたバスケ部の先輩だった。
「んーっ! んんーっ!!(先輩! 助けて! 私です、ミナです!!)」
ミナは必死に体をよじり、涙を流して訴えかけた。 フレームがガタガタと揺れる。 先輩なら気づいてくれる。助けてくれるはずだ。
先輩と目が合った。 しかし、先輩はミナを見ても、眉一つ動かさなかった。その目は、死んだ魚のように濁っている。
「……あ、この子、麻酔が切れかかってる。暴れると積み込みにくいな」
先輩の口から出たのは、心配の言葉ではなかった。
「ん……?(え……?)」
「ごめんね、ミナちゃん。……でも、じっとしてて。君たちが行ってくれないと、私たちが困るの」
先輩は、まるで壊れた機械のような虚ろな目で、ミナのフレームを掴んだ。 そして、トラックの荷台レールへ向かって、力任せに押し込んだ。
ガシャンッ!!
「んぐぅぅぅぅーーっ!!!(嫌だ! 行きたくない! 先輩、なんで!?)」
ミナの絶叫は、猿轡に阻まれて誰にも届かない。 レールに固定され、身動き一つ取れなくなったミナの視界に、次々と「梱包」された友人たちが積み込まれてくるのが見える。 1年生の小さな体も、3年生の先輩も、みんな等しく「モノ」として扱われている。
「積み込み完了。閉めるぞ」
帝国の兵士がレバーを引く。 油圧式の扉が、ゆっくりと降りてくる。 閉まりゆく隙間から、夕焼け空と、手を合わせて拝んでいる先輩の姿が見えた。
「ありがとね。……元気でね」
バンッ!!
完全な闇。 トラックのエンジンが唸りを上げ、動き出す。
「んんーッ! んぐ、ぅぅぅ……ッ!!」
暗闇の中で、ミナは泣き叫び続けた。 信頼、友情、未来。すべてがこの揺れるコンテナの中で粉々に砕け散った。 彼女たちはもう、埼玉第四学園の生徒ではない。 東京帝国学園へと運ばれる、ただの「新鮮な生体資源」だった。
【夜:埼玉第四学園・校門前】
ズラリと並んだ大型トレーラーの隊列が、テールランプを連ねて走り去っていく。 その数は50台以上。 6,000人の「資源」を積み込んだ車列は、まるで葬列のように厳かで、美しかった。
「……行ったわ」
高崎美里は、校門の前でその光景を見送っていた。 手元のタブレットには、帝国学園から送られてきた『受領書』が表示されている。
【受領:生体ユニット × 6,000体】 【確定ポイント:600,000 pt】 【総ポイント:631,500 pt】
「あは……あはははは! 見た!? 63万ポイントよ!!」
美里は夜空に向かって狂ったように笑った。
「これで勝った! 神奈川海洋なんて目じゃないわ! 私たちは生き残れる! 誰も奴らの奴隷にならなくて済むのよ!!」
彼女の後ろには、4年生以上の生徒たちが立ち尽くしていた。 彼女たちの表情は、安堵で泣いている者、虚ろに笑っている者、吐き気をこらえている者と様々だ。 だが、共通しているのは一つ。 彼女たちは売ったのだ。 自分たちが生き延びるために、自分たちを慕ってくれた6,000人の後輩を、あの鉄の箱に詰め込んで売り飛ばしたのだ。
「さあ、みんな! 今日は祝勝会よ! 今日は枕を高くして眠れるわ!」
美里の声が、誰もいなくなったガランどうの下級生校舎に虚しく木霊する。 埼玉第四学園は大量のポイントを手に入れた。 だが、その代償として、学園としての「明日」を失ったのだ。
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次回、17話:帝国の胃袋 です!
次回投稿予定時刻は2/6 23時です。
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