第九話 ハート・キューン・ワールド②
「雷」のルートを進んだアコとイヌビスは、遊園地中央の広場に出た。踏み込んだ瞬間、背後で出口が閉ざされる音がする。コロシアムのように周囲を壁に囲まれる中、中央に君臨していたのは一台のメリーゴーランドだった。
奇妙なのはその大きさ。その回転木馬は、通常の2倍、いや3倍の巨大さを誇り、それを見つめるアコは、まるで自分の体が縮んでしまったかのような錯覚を覚えた。
「ふふ、随分と乗りにくそうなメリーゴーランドね。ちょっとはゲストのことを考えたらどうかしら?」
アコが皮肉な笑みを浮かべる。
「ギ……ギギ……」
メリーゴーランドが、錆びた回転軸を軋ませながらゆっくりと回りだし、徐々に速度を上げる。
「アコ様、来ます!」
イヌビスが警告する。
ガタンと音を立て、木馬や馬車が台座から外れた。
「ヒヒイイイイン!」
解き放たれた機械仕掛けの巨大馬達が、たてがみを逆立て、全身から放電しながらアコとイヌビスに突っ込んでくる。
「全能鍵盤!」
アコは脳内でメリーゴーランドの内部構造を思い浮かべる。クランク……シャフト……ギア……そして電気系統……
「はあっ!」
アコが手をかざすと、突っ込んできていた馬の関節部が火花を散らしてギシギシと鳴り、動きを鈍らせる。
「電流逆位相……吹き飛びなさい!」
掛け声とともに馬達が纏う電気が増大して爆発し、その体を一気に吹き飛ばす。
「はぁ……危ない……」
だが相手はゆっくりと起き上がると、今度は様子を伺うように距離を取ってアコと向かい合う。
「あの程度じゃ、倒れてくれないか……」
アコは苦笑した。こめかみを一筋の汗が流れる。
アコが格闘している間、イヌビスも馬を蹴り飛ばし、突撃してくる馬車と対峙していた。
「ぬおおっ!」
イヌビスが高速で転がってくるカボチャの馬車を正面から受け止める。ズザザッ、とイヌビスの足が地面を擦る。
「こんなものぉ!」
イヌビスが、全力をもって馬車を抱え上げる。
と、突然馬車が放電し、彼の体が青白い電光に包まれた。バチバチッ、と電撃の音が広場に響く。
「ぐああっ!ふんっ!」
イヌビスは感電しながらも、馬車をメリーゴーランドの台座に向かって放り投げる。
馬車は馬を巻き込んで台座に衝突し、爆発音とともに煙をあげたが、同時にイヌビスも白い煙を上げて膝をつく。
「イヌビス!」
アコが駆け寄る。
「このくらい、大丈夫です」
「よくもやったわね」
アコは『全能鍵盤』を手にメリーゴーランドの配電盤の位置を特定しようとする。連動したイヌビスは紫色の流線型ボディを低く構え、耳アンテナを細かく動かしながら周囲をスキャンした。
「……アコ様、配電盤はメリーゴーランドの台座にあります。前方300メートル。ですが、電磁気の嵐のようなこの環境では正確な捕捉が困難です」と報告する。
「ありがとう、イヌビス。十分よ。あの台座の回転を止めるわ。電気系統を押さえれば、奴らの動きも鈍るはずよ」
「ヒヒイイイン!」
二人に向かって、再び暴れ馬達が突進してくる。
「地下ケーブルの位置特定。放電!」
アコはトラップのように、ケーブルに沿って電撃を走らせる。
木馬は弾き飛ばされたが、放電がアコの白衣の裾をも焦がす。
「くっ」
「アコ様!」
「なんてことないわ。電気は常に人間の味方ってわけじゃないのよね」
ズドン!
と、突然、遠くから銃声が響き、アコの足元の地面に弾丸が食い込んだ。彼女は咄嗟に身を伏せ、霧の向こうを見やる。崩れかけたジェットコースターの上に、人型の何かが立っていた。
「あれは?」
「ズーム!」
イヌビスのカメラアイが霧を突き抜け影の正体を突き止める。
それは、ライフルを構えた猿の人形だった。
古びたライフルを構え、赤く光る目でアコを睨みつけ、口を歪めて「キーキー! 」と嘲笑う。サルの動きに合わせてレールが軋み、ジェットコースターが不気味に揺れる。
「どうやらサルの人形のようです」
「サルがジェットコースターに乗ってライフルを撃ってくるですって。悪夢だわ」
アコの額に汗が浮かぶ。ライフルは玩具のようなチープな作りだが、その弾丸は鋭く、霧を切り裂いて再び飛んでくる。彼女は鍵盤から電磁シールドを展開して弾丸の軌道を逸らすが、今度は馬たちが隙を突いて迫ってくる。
「イヌビス、 あのサルの人形をお願い! 私はメリーゴーランドを止めるわ!」
アコが叫ぶ。声に緊張が混じるが、決意は揺るがない。
「了解、イヌビス・ザ・グレート、格闘モード!」
イヌビスの腕から液体金属が迸り、ビーストクローが現れる。耳のアンテナが激しく動き、ジェットコースターに向かって跳躍する。
「アコ様、こちらはお任せを!」
イヌビスが霧の中に去ると、アコは深呼吸し、全能鍵盤に神経を集中させた。メリーゴーランドの回転がさらに速くなり、鉄の馬たちが牙を剥く。放電の嵐が戦場を包み込む。
「聞こえますか、いや、聞いているのでしょう」
アコは何者かに向かって話しかけた。
「『あなた』はこう考えている。水沢アコはずっと解析班に所属していた後方支援の人員。戦闘を補助するパートナーさえいなければ、倒すなどたやすい、と。そして遠距離射程のエコーを用意し、相方をそちらに向かわせれば、全能鍵盤があるとはいえどうにでもなるだろう……」
アコは白衣からセーフティゴーグルを取り出して装着し、ジェットコースターの方角を見る。ジェットコースターとアコの相対距離はまだ変わらない。
ゴーグルに赤い警告が点滅する。「オーバーロード・パルスは、電子機器・AIに深刻な影響を与える可能性があります」
暴れ馬が突進してくる。アコは回避しきれず、吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ぐ……やっぱり戦闘は苦手だわ」
馬たちは、アコを追撃しようと猛突進してくる。同時にジェットコースターがカーブを曲がり、霧の向こうに消えていく。
ゴーグルに表示されていたアラートが消えた。
「今だ!発動! EMPストーム!」
その瞬間、爆発的な電磁パルスが広場全体を飲み込んだ。木馬の目が白く輝き、台座の回転が異常に加速していく。金属の軋む音が悲鳴のように響く。台座が、そして機械の馬達がスパークを散らして崩壊していく。閃光が乱舞した後、メリーゴーラウンドは停止し、静寂が訪れた。アコは息を荒げ、鍵盤を握りしめる。髪の毛の端が焦げ、額に汗が伝うが、口元に自信の笑みが浮かぶ。
「私がイヌビスと距離を取ったのは、『あなた』の策にはまったわけではありません。ただ、あの子を巻き込みたくなかった、それだけです」
言い終わると、アコはその場にへたり込んだ。
「これで……電気系統は押さえた。イヌビス、大丈夫かしら?」
一方、ジェットコースターの上では、イヌとサルの激闘が繰り広げられていた。サルはライフルを連射し、「キーキー! 」と笑いながら器用にバランスを取って車両を乗りこなす。霧が渦巻く中、弾丸がイヌビスの肩をかすめ、紫色の装甲に火花を散らす。
「ハウリングキャノン!」
だがサルはレールの曲がり角で身を翻して音波をかわすと、跳躍してライフルの銃床を叩きつける。イヌビスの肩が軋み、LEDラインが赤く点滅する。
「ぐっ、だが貴様の攻撃など、このイヌビス・ザ・グレートの前では無力!」
イヌビスが咆哮する。
「ウキーッ!」
サルが爪を立て、イヌビスの装甲を掻き毟って火花が散る。車両が揺れ、イヌビスがバランスを崩す。サルが銃弾を放ち、イヌビスはクローで弾くが、車両から転落し、霧の中に消えていった。
「キキキ……キー!」
サルは勝ち誇ったように鳴くと、ライフルを降ろした。
と、頭上から声が響く。
「あなたがライフルを降ろすのを待っていました」
「キィ?」
落ちたかと思われたイヌビスは、レールにクローを引っ掛け、反動を利用して空中に飛び上がっていたのだった。
「くらえ、ビーストクロー!」
クローが青く輝き、サルの脳天を貫く。イヌビスはその勢いのままサルを地面に叩きつけ、邪悪な玩具は激しい衝撃で黒い煙となって砕け散った。レールの残骸がバラバラと落ち、静寂が訪れる。
「アコ様、標的を破壊しました」
「お疲れ様、こちらもメリーゴーランド撃破」
中央広場で二人は再会した。アコはイヌビスの肩の傷を撫で、「ありがとう。あなたがいなかったら、危なかったわ」と微笑む。
イヌビスは耳アンテナをピコピコ動かし、「はい! 次も一緒に、どんなエコーも必ずぶっ飛ばしてやるぜ!」と返す。
「……あんまりアオイちゃんの言葉を学習しないでね」
アコが苦笑する。
「りょうか……ううっ」
イヌビスがふらつく。
「大丈夫?イヌビス。……やっぱりまだEMPストームの影響が場に残っていたようね。気軽に使える技じゃないわ……」
カシャン、と音がして、広場の壁が開き、通路が現れた。
「さぁ、早く出ましょう」
二人は通路をくぐり抜け、広場を後にした。




