第八話 ハート・キューン・ワールド①
ADS解析室の壁時計が午前2時を刻む。他のメンバーが帰宅した後も水沢アコは本部に残り、熱川レミに届いた2通の不審なメッセージの解析を行なっていた。
「まだ続けていたのかね」
高峰静流が解析室に入ってきて、机の上に缶コーヒーを置いた。
「ありがとうございます、室長」
「頑張ってくれるのは嬉しいが、体調を崩しては元も子もない。適当な時に切り上げるのも大事だよ」
「室長の言う通りです、アコ様」
一緒に解析しているイヌビスも同意する。
「で、どうかね。何か分かったことは」
「……発信元は完璧に隠蔽されています。並のハッカーではこんなに完全な暗号化はできません。私もネットワーク上での追跡技術にはかなりの自信を持っていましたが、悔しいことに手も足も出ません」
「すると、全くのお手上げというわけか」
高峰がモニターをのぞき込む。
「いいえ、逆です」
「というと?」
「この私を相手にここまで逃げおおせる人物なんて、私の知る限りひとりしかいません」
「誰か特定の人物を思い浮かべているのですか?」
イヌビスが尋ねる。
「ええ、ただ確証があるわけではないので、今は何も言えない、ということにしておいてください」
「分かった。あまり根を詰めすぎないようにね」
高峰はそう告げると、部屋を出ていった。
アコは室長から差し入れられたコーヒーを一口、口に含むと、再びモニターに向かった。
「私の予測通り、これがあの人の仕業だとすると……一体なぜ……」
キーボードを叩く音は、その後もしばらく解析室に響き続けた。
翌日夕方。
紫色に輝く流線型ボディ、脈打つように光る水色のLEDライトがADS本部室でひときわ異彩を放っていた。イヌ頭のカメラアイが皆を捉え、耳のようなアンテナがピコッと動く。
「かっけぇ」「かわいい」
「アオイ様、ミドリ様。科学技術の粋を集めたこのイヌビスのボディ、心ゆくまでご堪能ください」
イヌビスがポーズを決める。双子はそのメタリックな巨体を興味深げに見回し、高峰も室長席から視線を送る。
「いやはや、改めて見ると見事なものだ。水沢くんが、急に彼を連れてきてダンジョンに行く許可を求めてきた時は驚いたがね」
高峰はその瞬間のことを思い出し、苦笑する。
『室長、これから緊急で夜見ヶ丘病院に向かいます!』
『待ちなさい水沢くん、ダンジョンに向かうなら二人一組が鉄則だよ』
『バディなら!ここにいます!』
『えっ、そのロボットは一体』
『バディです!急ぐんです!いいですよね!』
『あ、ああ……』
「その節は、ご心配とご迷惑をおかけしました」
アコが頭を下げる。
「いやいや、結果的にイヌビス君。君のおかげで無事ダンジョン化を解除出来た。ありがとう」
「お役に立てて何よりです。これからもアコ様のバディとして、精一杯尽くしてまいります」
イヌビスが丁寧に返答し、アコも誇らしげに微笑む。
「ありがとうございます、室長。半年かけて造った甲斐がありました」
アオイがイヌビスのボディを指で突っつく。強靭さと柔軟さを兼ね備えた特殊鋼の感触が指先に伝わる。
「おお、すげえ!このボディ、めっちゃカッコいいじゃん!イヌ頭のデザインも芸術的でめっちゃイケてるし。戦闘モードのド派手なアクション、見たかったなぁ!なぁアコさん、こいつ貸してくれよ。次の任務で一緒に暴れたいぜ!」
アオイの興奮した声に、イヌビスが耳をピコピコ動かす。
「アオイ様、ありがとうございます。私のビーストクロー、ぜひ又の機会にご覧ください。大迫力でございますよ!」
ミドリはアオイの後ろから控えめに近づき、イヌビスの頭部を優しく撫でた。カメラアイが柔らかく光る。
「ふふ、かわいい……。この耳みたいなアンテナ、動くのね。忠実で頼りがいがありそう。アコさん、すごいわ。私たち姉妹みたいに、イヌビスはアコさんと響き合うパートナーなのね。私も一緒に任務やりたいわ」
ミドリが微笑むと、アオイがイヌビスの肩を叩く。
「だろ?ミドリも気に入ったみたいじゃん!おいイヌビス、あたしたち姉妹の舎弟になれよ!」
イヌビスが頭を軽く下げ、「光栄です、アオイ様、ミドリ様。残念ながらあなたがたの舎弟になることは難しいですが、できる範囲でいつでもお手伝いします」と応じる。
「いや、そんなに真面目に返されても……」
アオイがバツが悪そうに頭をかく。
高峰がそんな皆を見て頷いた。
「よしよし、これでADSの戦力も強化されたな。みんな、休憩したら次の準備だ。イヌビス、君ももう立派なADS隊員だよ」
部屋に優しい笑い声が広がり、イヌビスのカメラアイが輝いた。
「おはよございまーす、お、イヌビス」
レミが入室し、その後に続いて黒崎も部屋に入ってくる。
「……!」
アオイの目が大きく見開かれる。
「え?いや、違いますよアオイさん!たまたまそこのところで一緒になっただけで……ねえミドリさん!」
「ん?さぁ、どうかしらね」
「もーう、すぐそうやって……」
ビー!ビー!
突如、ダンジョン化を告げるアラームが鳴り響く。
「まーたあたしが出勤した途端に警報……タイミング合わせてるんじゃないの?」
「……」アコの顔がこわばる。
「アコさん?どうしたんですか?冗談ですよ冗談。そんなわけないじゃないですか」
「え、ええ、そうね」
「発生地点はどこかね」
高峰に尋ねられた隊員は、焦った様子で答える。
「た、ただいま手動照合中です。しばらくお待ち下さい」
「ん?過去に事件や事故があった場所は全てデータベースに入っていて、すぐに特定できるはずだが」
「そ、それが……出ました!廃遊園地『ハート・キューン・ワールド』です!」
「あー、あそこかぁ。確かに心霊スポットとしては有名だけど……」
レミが指先を唇に当てて考える。
「確認したけど、遊園地開園から閉園、現在に至るまで、その場所で何かが起こったという公式な記録はないわね」
タブレットを叩きながらアコが答える。
「念の為遊園地が開園する以前の土地の利用も調べましたが、特に気になる記録はありません」
イヌビスも自身に入ったデータベースを元に回答する。
「ネットの噂では、アトラクションの事故で人が死んだとか、経営者が首を吊ったとか言われてるけど……」
「全てデマだ」
黒崎が冷静に否定する。
「ってことはだ、過去になんも起こってねぇ場所でダンジョン化現象が起こったってことか。逆に気持ちわりぃな」
アオイが唸る。
「ふむ、前代未聞のケースだ。ここは3チーム総出で向かってくれたまえ」
高峰が指示を出す。
「総出で?めっちゃ大がかりじゃないですか!」
レミが目を丸くする。
「それだけ異常な事態ということだ、新人」
「よっしゃ!派手に暴れてやるぜ!」
「暴れすぎないでね、アオイ」
ミドリがため息をつく。
「では全員出動!」
高峰の号令で、6人は2台の装甲車に乗り込み、廃遊園地『ハート・キューン・ワールド』へ急行した。
『ハート・キューン・ワールド』は、かつて家族連れで賑わった遊園地だったが、今は錆びた観覧車や崩れかけたジェットコースターが、不気味な静寂に支配されている廃虚と化していた。入口の看板には、ハートに手足が生えたマスコット「ハートくん」が色褪せた笑顔で描かれている。園の外壁は装飾が剥がれ、壊され、無数のスプレーによる落書きで汚れている。ダンジョン化の影響か、遊園地は黒い霧に包まれ、電灯とアトラクションの電飾だけが闇の中で怪しく光っている。
「よし、早速突入するぞ」
6人は入り口に張られたチェーンを越え、遊園地の中に入った。
「これは……」園内を見たレミが絶句する。
入った直後、一行を待ち受けていたのは縦横無尽に広がる大迷宮だった。園の敷地いっぱいに迷宮の壁が広がり、無限に続いているように見える。
「外から見たときは、こんなものなかったのに」
「またこれか……待ってな」
アオイが呆れたように呟き、背中の絵筆を持って構える。
「ふううう……」
彼女の呼吸とともに、絵筆の先が赤く染まっていく。
「それっ!」
絵筆を振ると、迷宮の壁全てに、燃え盛る「✝」がマーキングされる。
「破っ!」
アオイが気合を入れると迷宮の壁が一斉に燃え上がり、残っているのはいくつかのルートだけになった。
「さすがね、アオイ」
「アオイさん、やるっ!」
ミドリとレミが褒め称えるが、
当のアオイは渋い顔をした。
「気に入らねぇな」
「気に入らないって、何が?」
「見てみな」
アオイが筆で床を指差す。
ダミーが取り払われた迷宮の入り口は3つに分かれていた。それぞれの入り口の前に「雷」「ハートくん」「2人の人物」のマークが描かれている。
「おそらくあたしがここでこの技を使うのは想定済み、その上でルートを3つに分け、1ルート1チームで『攻略』するように、って指示だろう。誰だか知らねぇが、あたしらをゲームのコマか何かだと思ってやがる」
「この迷宮を避けることもできるけど……」
「いや、相手はおそらくここを抜けた先に、何らかの関門を用意しているのだろう。逆に言うとここを通らないと、ダンジョン化の謎は解けないようになっていると思われる」
黒崎が分析する。
「あたしもそう思うよ、クロにぃ。乗るしかなさそうだな」
「じゃあ、誰がどのルートを担当するか、だけど」
アコが「雷」のマークを指差す。
「このルートは電気に関する仕掛けがある、のかしらね。私とイヌビスの得意分野だから、私たちはここを行くわ」
「んじゃあたしたちはここだな」
アオイが「ハートくん」を指差す。
「マスコット、ということはイラストか着ぐるみが襲ってくるとみた。絵や造形物なら任せときな」
「では、私とアオイはこのルートを行きます」
ミドリも同意する。
「んじゃ、あたしたちは……」
レミは「2人の人物」の絵を指差す。
「なんだろこれ?」
「よく分からないが、だからこそ対応の幅が広い俺たちが向かうべきだな」
黒崎が告げる。
「それでは、作戦開始」
黒崎の合図で、チームはそれぞれのルートに突入した。




