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-ADS-【警視庁 対ダンジョン化症候群対策室】  作者: すくらった
The Sorrow Of The Past

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第五話 夜見ヶ丘病院①

非番明けの火曜日夕方。

出勤前に仮眠を取っていたのか、熱川レミはまだ眠気が抜けきらない様子でADS本部に出勤してきた。

「ふあー、おはようございますぅ……」

「ああ、おはよう熱川くん」

高峰室長がにこやかに迎える。

既に出勤していた黒崎は、レミをちらっと見ると軽く目を閉じ、視線をパソコンに戻す。

それを見て、高峰はおや、と軽く驚いた。

「黒崎君が新人の子に会釈するなんて珍しい。熱川くん、君は大分彼に気に入られたようだね。良かった良かった」

「え?気に入られ……ってか今の目を閉じたのが会釈なんですか?あんな一瞬のアレが?」

「わからんだろう。私もあいさつしてるんだなと気づくのに一年はかかったかな、ははは」

「……室長、大げさです」

「もーう、せんぱーい、わたしと仲良くなりたいならそう言ってくださいよぉ!でも女の子と親密になるには!まずはしっかりとしたあいさつからですよ。こう目をカッと開いて、しっかり見て、おはよございまーす!って」

「肘でつつくな。うるさい、顔が近い、顔がうるさい」

「ひどーい!」



そんな二人のやりとりを、アオイとミドリが自席で見つめている。

「すごいなレミは。バディ組んでるとはいえ、もうクロにぃとあそこまでの関係に。こりゃうかうかしてられないぜ」

アオイが唸る。

「私の目には仲良くなってるのかなってないのかさっぱりだけど……」

困惑したようにミドリが呟く。

「ミドリにはわかんねぇだろうな。でもあたしにはわかる。二度の任務を経て、二人の関係はぎゅぎゅっと急接近……くぅ〜」

「勘違い、じゃないかな……」

わいわいと言い合っている黒崎とレミを見て、双子も話が弾む。



「そういえば室長」

黒崎に絡んでいたレミが唐突に高峰に向き直る。

「おおう、何だい」

「わたし、休みの日は動画サイトで色んな面白動画見てるんですけど」

「あ、ああ」

「昨日色んなものの『仕組み』を扱った動画を見て回ってたんです。緊急地震速報の仕組みとか。それで気になったんですけど、施設が『ダンジョン化』するときにここで警報が鳴るじゃないですか。あれってどういう仕組みなんです?どうやってわかるんです?」

「ああ、あれはね……」

「ふふふ、その質問、私がお答えいたしましょうっ!」

まるでミュージカル俳優のような華やかな声とともに、勢いよく室長席の隣にある扉が開かれる。

「わわっ?」

現れたのは、ボリューミーな金髪を腰まで垂らした、白衣にラフなシャツ、ジーンズといういでたちの美女だった。180cmはあろうかという長身モデル体型の彼女が着ると、白衣までもが舞台衣装に見えてくる。



「やっほー、レミちゃん。こうして直接お話するのは始めてね」コツコツと安全靴の音を響かせてレミの前まで歩いてきた美女は、華のような微笑みとともにレミに語りかける。

(美術館の無線で聞いた声だ)

「その声は、もしかして水沢……アコさん?」

「そう。覚えててくれて嬉しいわ」

「へー、こんな綺麗な人だったんだ……」

「もう、おだてても何もでないわよ?」アコはふふふっと妖艶に笑う。

「そうそう、それで『ダンジョン化』の検知システムのことだけど、実は『シュレディンガー波動関数』を応用してるのよ」

「シュレディンガー……なんか猫のやつですか?」

「そうそう、猫で有名なやつね。で、空間っていうのは『こうである』って『現実』の状態と、『こうだったら』という『仮定』の状態が重なり合って、均衡を保ちつつ存在してるわけ」

「は、はぁ」

「でもね、もしある空間に、誰かの『こうだったら』という感情が強く残った時、『現実』と『仮定』のバランスが崩れて、現実が変容しちゃうの。そのバランスのズレを検知するのが、私の作ったダンジョン化検知システムよ。簡単に言うとこんな感じ」

「え?このシステム、アコさんが作ったんですか?」

「そうよ」

「このシステムで、ダンジョン化した施設へより迅速に到着することができるようになった。それまではパトロール班の連絡頼りだったからね。すごい発明だよ」高峰が頷く。

「すごーい……」

「それで、ダンジョン化の仕組みについては理解できたかしら?」

「ええ、まぁ、たぶん、なんとなく、それなりに……」

(わかってないなこれ)

(わかってないねこれ)

(言うてあたしらもわからんけどな)

遠くで双子が頷きあう。

「それはよかったわ。このシステムのこと、誰も気にしてくれないから寂しかったの。あなた、解析班にこない?そんなに興味があるなら……」

「あ、いえ、現場出るほうが好きなんでアハハ」

「そう、残念ねぇ」

アコは眉にシワを寄せる。

「あっ、そうだ、あなたの『共鳴銃レゾナンスガン』調整しといたわよ」

アコはレミに銃型アーティファクトを手渡した。

「ありが……レゾナン……何ですか?」

「レゾナンスガン。共鳴する銃ってことよ。アーティファクトの調整も私の仕事でね。管理のために名前を付けてるの。別に「カタナタイプ001」とか「銃タイプ001」とかでもいいんだけど、味気ないかなと思って」

「じゃあ『影刃』とか『綺羅星の筆』とか『守護星のパレット』も……」

「そ、全部私の命名よ」

「センスがない」黒崎が呟く。

「あらぁ黒崎ちゃん。カ・ゲ・ハ、なんてセンスなくてごめんねぇ。じゃあ今からでも別候補の『のびちぢーむソードブラック』に……」

「影刃でいい」

「アコさんもアーティファクト持ってるんですか?」

「もちろんよ」

アコはポケットから小型のパソコンキーボードのようなデバイスを取り出す。

「これが私のアーティファクト、『全能鍵盤パーフェクトキーボード』よ。私が対象の内部構造を把握しているという条件付きだけど、これを握って念じれば半径2m以内の電子機器を自由に操れるスグレモノ。たとえ電気が通っていなくても動かせるわ」

「エアコンのリモコンが見つからない時に水沢くんに言えば、電源入れたり設定温度上げ下げしてくれるから便利だよ」

「室長、そろそろリモコンの場所は固定してくださ……」



ビーッ!ビーッ!

突然、耳をつんざく警報音が鳴り響き、レミたちの和やかな雰囲気を打ち砕く。隊員たちの動きが慌ただしくなる。

「ダンジョン化現象発生です」

隊員の一人が高峰に告げる。

「場所はどこかね」

「夜見ヶ丘廃病院です」

「ふむ、では黒崎君、熱川くん、早速向かってくれ」

「了解」「ラジャー!」

二人は急いで本部を飛び出して行った。



夜の闇を切り裂き、装甲車が廃病院へ急行する。

「夜見ヶ丘病院。聞いたことはあるか」

運転しながら黒崎が尋ねる。

「はい、確か数年前の特定の時期に医療ミスが頻発、十数人にわたる患者さんが亡くなった事件ですね。一連の手術を担当したと思われる医者は全て同じ人物。彼はマスコミや世間から責められ、病院で自死。遺書には事故に対する謝罪の意が述べられていた。その後病院は廃院になってます」

「よく調べているな」

「そんな、えへへ(昨日たまたま事件の動画見てて良かった)」

「おそらく核となっているのはその医者の自責と後悔。見つけ次第、新人、お前が核と『対話』してダンジョンの解除を狙う。」

「おっけーです。頑張って語りかけます」

装甲車が病院に到着する。

「よし、突入するぞ」

二人は施設内部に入っていった。



廃病院内部は消毒液と血の匂いが充満していた。蛍光灯がカチカチと不気味に点滅し、ウネウネとうごめく壁には血管のように有機的な管が這い回り、拍動し、赤黒いシミが不気味に広がっている。二人が施設に入った途端、『共鳴銃』のグリップの紋章が突然強い光を放ちはじめた。

「あれ、もう反応が」

「あれか!」

黒崎が指さした先、病院の玄関を入ってすぐの「中央待合ホール」と呼ばれる場所。そこに鎮座していたのは、あの高校で見たような巨大なクリスタルだった。

「『核』だ。あんなところに」

「……私の銃が反応してる、多分本物です」

「新人」

黒崎の視線に、レミはこくんと頷き、『核』に接近する。

彼女が『核』に触れると同時に、閃光がホールを満たしていく。



光の中に、こちらに背を向け、一人の白衣の男が座っている。

「こんにちは。あなたが、その、事故を起こしてしまった……」

「私のせいだ……」

「そんなことないよ。あなたは、精いっぱい患者さんを救おうとして……」

「君に何が分かる」

男はレミに背を向けたまま呟く。拒絶されている。そう感じたレミは、男に手を伸ばした。

「待って!あなたは」

「私の、せいだ」

眩い光が二人を包み、二人の距離を無限に引き離す。



気がつくとレミは、待合ホールに戻されていた。

「どうした、新人」

「……接触に失敗、しました」

「そうか」

黒崎は俯く。

「ならば仕方ない。破壊しよう。室長に連絡を取る」

「すみません……」

「失敗は誰にでもある。次を考えろ」

黒崎の目が一瞬優しく揺れる。突き放したような言い方の中に、レミは黒崎の気遣いを感じ、思わず唇をかむ。どうして私の声、響かなかったんだろう。あの人の声は聞こえていたのに。レミの目頭が思わず熱くなり、涙がこぼれそうになる。

美術館で感じた確かな共感。キジバトの鳴き声、川の冷気の思い出話。白野との心の交流。そういったものが、今は遠く感じ、レミは目を伏せた。



黒崎が通信機を取り出した瞬間、通信が入った。

「……水沢?」

スピーカーモードに切り替えると、アコの声が響いた。

「もしもし、黒崎ちゃん?もしかしてレミちゃん、『核』に拒絶されたんじゃない?」

「どうしてそれを?」

レミが驚く。

「研究室で『共鳴銃』の波動パターンをリアルタイムでモニタリングしてたんたけど、少し違和感があるのを発見したの。第二波動パターンが二重構造になってる。これは干渉が起き……」

「わ、わかりません!」

「ああごめんなさい。とにかく破壊は待って!いいですよね室長!いいって!とにかく今行くから待っててね!」

アコからの通信が切れる。

二人は顔を見合わせた。



「お待たせ」

数刻の後、息を切らせて戦闘服に白衣を着込んだアコが駆け込んできた。

「『核』は、どうなってる?」

「変化なしだ」

「ふむむ……」

彼女が手元の小型モニター、核、『共鳴銃』を見比べる。

「やはり何かが干渉している……」

「何かって、何がだ?」

「ごめん、まだはっきりとは分からない。でも妙なノイズが入っているのは間違いない。要はレミちゃんと『核』の対話を妨害する何かがこの病院にあるってこと」

アコは二人に向き直った。

「ねぇ、この病院、もう少し調査してみない?『核』が拒絶したのは、レミちゃんの能力不足なんかじゃない。なにか他の要因があるはずよ」

「水沢がそう言うのなら、あながち的外れでもなさそうだな」

黒崎が高峰に通信を入れる。

「黒崎です。水沢と合流……はい、院内を探索します」

通信を切る。

「行くぞ」

「あ、ちょっと待って」

アコが通信機に連絡を入れる。

「入ってきて、イヌビス」

そう声をかけると、ガラララとガラス扉を開け、2メートルはあろうかというイヌ頭の大型人型メカが現れた。

「わぁ…」レミが唖然とする。

その紫色の流線型ボディは、まるで液体金属のように滑らかで、関節部分には水色のLEDラインが脈打つように流れている。イヌを模した頭部は、輝くカメラアイと、ぴょこっとわずかに動く耳のようなアンテナが特徴的だ。無機質ながらも、どこか忠犬のような愛嬌を感じさせるその姿に、レミの目がキラキラ光った。

「かわいい……」

「はじめまして、みなさん。分析兼戦闘補助ヒューマノイド、イヌビス・ザ・グレートです。イヌビスとお呼び下さい」

「私が造った、全能鍵盤連動式ヒューマノイド、イヌビスよ」

「自分のバディを、造ったのか」

黒崎が感心したように呟く。

「私もそのうち現場に出る気がしてね。半年程前から暇を見てコツコツ造ってたの」

「半年……そうか、すまない」

「黒崎ちゃんは関係ないわ。私は私が思うまま動いてるだけ」

アコは微笑むと、イヌビスの顔を見あげた。

「で、この子がいれば、現場にいながら研究室並みの詳細な分析が可能なの。言うなれば動く研究室ね。きっと役に立つはず」

「でもこの子、ちょっと登場が地味でしたね。こういうヒーローっぽいロボットなら、もっとガラス戸を突き破ってガシャーンと」

「なるほど。レミ様、勉強になります」

イヌビスが頷く。

「それじゃエコーを呼び寄せてしまうだろ」

「黒崎ちゃんの言う通り、派手に音を立てて登場しちゃうと、エコーを呼び寄せる危険性があるの。今はステルス優先にするよう設定してて」

「うーん、でもこんなカッコ可愛いロボット、スッと入ってくるのはもったいないですよ。やっぱり次からはガラス戸を突き破ってガシャーンと」

「レミ様の提案をシミュレート。インパクト100%アップ。探索効率30%アップ。次回からの導入を検討」

「やめてねイヌビス」



その時、奥の廊下からカタカタカタと不気味な音が鳴り響き、床に散乱した注射器がかすかに震えた。四人は一斉に注目する。血まみれの車椅子が、ひとりでに動き、ぎちぎちと不規則に揺れながらこちらに向かってきている。

「ひえっ、気持ち悪い!」

「新人」

「はい!」

レミが光弾を車椅子に撃つと、車椅子型のエコーは黒い煙となって消え去った。

「確かに、この事件にはまだ裏がありそうだな。探索を開始する」

イヌビスを含めた四人は、病院の奥に続く薄暗い廊下へと踏み出した。

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