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-ADS-【警視庁 対ダンジョン化症候群対策室】  作者: すくらった
The Sorrow Of The Past

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第三話 白野美術館①

宵闇の中を、ヘッドライトを点けた一台の装甲車が駆け抜けていく。

「規制線、きっちり貼られてたな。サポートの奴ら仕事がはええわ。おかげで快適なドライブが楽しめるってもんよ、なぁ」

鮮やかな紫色の髪をした黒い戦闘服の女が、上機嫌でハンドルを握っている。

「もう、アオイ。遊びに行くんじゃないのよ」

助手席の、同じく黒服に身を固めた深緑色のロングヘアの女性が、運転席のアオイと呼ばれた女をたしなめる。一卵性双生児らしく、二人の顔はよく似通っていた。



「わぁってるって。ところでさミドリ、今日から女の新人がADSに着任するんだってさ。夜来るって話だったから、任務がなきゃあたしらもツラぁ拝めたのによ」

「もう、アオイはまたそんな言葉遣いして。でも本当?あの地味……じゃない、静かな職場も少しはにぎやかになるね」ミドリは顔をほころばせる。

「まぁ新人は会って確かめるとして……問題はクロにぃだな」

「あの事件からもうすぐ半年、か。黒崎さん、ずっと裏方してたけど、そろそろ……」

「そんな簡単に立ち直れはしねぇと思うけどね。でもなぁ、室長の考えはよく分かんねぇけど、あの人にずっと裏方させんのももったいないよな」

「うん、強いもんね黒崎さん」

「ああ……っと、着いたぜ」



アオイは車を停めた。闇の中、霧に囲まれた美術館が不気味に浮かび上がっている。

「ふぅ、相変わらずゾワゾワする嫌な霧だぜ」

言いながらアオイはトランクを開け、身の丈程もある巨大な絵筆を取り出し、背負った。

「ほんじゃ、今日もいっちょ頼むぜ『綺羅星の筆』サン」

「『守護星のパレット』さん、頑張ろうね」

ミドリがトランクから取り出したのは、上半分が巨大な美術の「パレット」、下半分がメイクの「パレット」という変わったアーティファクトだった。ミドリはそれを盾のように腕に装着する。

「ほいじゃ」

「星川姉妹、任務開始します」

通信をいれると、二人は正門ゲートを軽々と乗り越えて美術館の敷地に進入した。



「なぁんだこりゃ……」

「まぁ……」

美術館の入り口までやってきた二人は絶句した。

建物入り口の、自動ドア。通常であれば一つ、もしくは二つ程度であろうそれが、外観の壁面を覆い尽くすように並んでいる。しかも上下左右、霧の中、どこまでも『入口』が無限に続いているように見える。

「あたしら、歓迎されてねぇみてぇだな。間違った入り口から入ろうもんなら何が起こるか分からねぇ」

「うん、完全に拒絶されてるね」

「ま、でもな」

アオイは背中に背負った巨大な筆を、両手で持って構えた。

「こっちも仕事なんでね、悪いけど通らせてもらうよ」

アオイがすうっ、とゆっくり息を吸うと、彼女の身体、そして絵筆からオーラが立ちのぼり、筆先が赤い絵の具のようなもので染められていく。

「そらよっ」

彼女が絵筆を横に薙ぐと、無限に続くような『入り口』一つ一つに赤く輝く「✝」が次々とマーキングされていく。

「破っ!」

続いてアオイが気合を入れると、本物の入り口だけを残して「✝」がメラメラと燃え上がり始め、偽の入り口を一気に焼き尽くす。気がつくと、二人の前にはたった一つだけ、本物の自動ドアが残っているのみだった。

「ほんじゃ、お邪魔しまーす」

アオイとミドリはそれぞれ自動ドアの左右をつかみ、力を込めてガラスの扉を開く。

ガラガラと音を立ててドアが開き、二人は美術館内部に滑り込んでいった。



入ってすぐの正面ホールは、ぼんやりと不気味な紫色に発光していた。

「うええ……いつ来ても慣れねぇな、ダンジョンってやつは」

「慎重にね、アオイ」

「分かってる」

二人が歩を進めた瞬間、バサバサバサと大量の紙がはためく音とともに、闇の中から『順路⇨』と書いた張り紙が大量に出現した。

壁、床、受付カウンター、果て知れぬ天井までびっしりと、『順路⇨』の紙で視界が覆い尽くされる。

「ちいっ!」アオイが再び筆を振るい、先程のように『✝』をマーキングする。大量の紙が燃え上がる轟音の後、奥へ続く通路を示す一枚の『順路⇨』だけが残った。

「さっきと同じトラップのように見える、が……」アオイが呟く。

「今度は『誘われてる』ね」

ミドリの言葉にアオイが応じる。

「間違いねぇ。うちらとやり合う気になったようだな」

「行こう」

二人は「順路⇨」が示す通路の先に向かった。



『第一展示室』

通路の先はやや広い部屋になっていて、部屋の入口にはネームプレートが掲げられている。

二人は警戒しながら第一展示室に踏み込んだ。

「……ふん、パブロ・ピカソ、『泣く女』か」アオイが呟く。

「こっちはクロード・モネ『ポール・ヴィエのセーヌ川』」

「それにヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『ひまわり』……その他多数。いちいち名前挙げていたらキリがねえ。本来なら、ここにあるのは全て本物。白野美術館の目玉である『芸術の殿堂』だった」

室内には、世界各地の「名画」が整然と並べられていた。

アオイは絵に近づき、次々と見て回りつつ、じっと観察する。

「だが今のこいつらは白野の描いた『贋作』に置き換わっている。絵の具の塗りの稚拙さ、描線の癖の違い。専門家を騙せると思うなよ」アオイが言い放つ。



「……セモノニセモノニセモノニセモノ」

その声に応じるように、どこかから不気味なささやき声が聞こえてきた。

「ちっ、やっぱりエコーがいやがる。が、全部の絵がそうってわけじゃなさそうだな。どこだエコー野郎」

「任せて、アオイ」

ミドリがパレットを構え、「ふうう……」と息を吐く。

メイクパレットのミラーが輝きだし、展示された絵のうちの一枚が、鏡の輝きに呼応するように光り出す。

「アオイ、エコーはそこ!『泣く女』よ!」

ミドリがそう告げると同時に、『泣く女』の目の部分がギョロッと大きくなり、二人を睨みつける。

「ニセモノニセモノオオ」

泣く女はびゅっと目から液体を飛ばした。

「危ない!」ミドリがアオイの前に立ち、パレットから光の盾を展開して液体を弾く。

弾かれた液体は、じゅうっ、という音を立てて絨毯の床を焦がす。

「酸だと、マジかこいつ」

「ニセモノオオ」

『泣く女』は強酸性の弾をまるでショットガンのように飛ばしてくる。ミドリの光の盾に弾かれた強酸が、足元でジュッ、ジュッとカーペットを焦がす。

「アオイ」

「ああ、今度はこっちの番だ」

アオイがミドリの後方で呼吸を整えると、今度は絵筆の先が金色に光り出す。

「せいやぁ!」

一閃。絵筆を唐竹割りに振り下ろす。光の衝撃波が『泣く女』の中心を貫いた。

「二、セ、モノオオ」

巨大な目がシュルシュルと元に戻り、『泣く女』は静寂を取り戻した。絵には傷一つ付いていない。

「エコー反応、なし。沈黙」

「そんなに自分をニセモノニセモノ言うなって。模写にしてはまぁまぁよく描けてるからさ」

アオイは苦笑いしながら、少し傾いた絵を真っ直ぐに戻した。

「よし、次だ」



第一展示室を抜けた先は、細長い廊下になっていた。

二人は最大限の警戒をしながら、不気味に発光する通路を進んでいく。

「待って!」

ミドリが突然アオイを呼び止める。

「わっ、びっくりしたぁ。なんだよ突然?」

「ケガしてるじゃないアオイ。どうして言ってくれなかったの?」

先程の酸攻撃を受けた時だろうか。戦闘服の右腕が溶け、肌が少し赤くなっている。

「いいってこんなの、唾つけときゃ治るよ」

「そういうわけにはいかないわ!」

ミドリは強く言うと、パレットに向けて意識を集中させる。メイクパレットのカバーリングファンデーションを人差し指と中指でこすり取りアオイの腕に塗ると、ケガはすぐさま消えてなくなった。

「……別によかったのに、このくらい」

不満そうにアオイがぼやく。

「だめ、小さなケガが大きなケガのもとに……」

「過保護」

「なんですって!私はあなたのためを思って」

スタスタと早足に歩いていく双子を、ミドリは急いで追いかけた。



「あたしは一人で大丈夫なのに」

「アオイは私がいないと危なっかしいの。一人で先走って、誰がエコーの攻撃を防ぐのよ?」

「避けられるよ、クロにぃみたいに」

「あれは黒崎さんだからできるの。アオイには……」

「無理じゃない!」

アオイは大きな声を上げ、ミドリは思わず固まった。

「……ごめん」

紫髪がわずかに揺れる。

「私こそごめん。アオイの力を認めてないみたいで。そうじゃないの。あなたは十分強い。でも私ね、あなたが痛い思いや怖い思いするのが、嫌で仕方ないの」

「分かってる」

うつむいたままアオイは答えた。

「ありがとう」

静寂を二人が包む。と、ズドドド……と足元がかすかに揺れ始めた。

「地震か?!」



「いいえ、あれを見て!」

ミドリが指さす廊下の先。鉄砲水が二人に向かって押し寄せて来ていた。

「冗談だろ!」

「アオイ!」

ミドリが前に出て、光の盾を展開する。

洪水がアオイの盾を直撃した。押し流されはしないが、あまりの水圧にミドリがじりじりと後退させられる。

「くっ、強い……」

「ミドリ!」

アオイが息を整えると、筆先に青い絵の具が充満していく。

「てやぁ!」

洪水に向かって青色の「▽」をマーキングすると、水の勢いが少しだけ弱まった。

「ありがとう!」

ミドリは流れくる濁流に向かい、力強く歩を進める。

「負ける……もんですか!」

少しずつ水を押し返し、突き当たりまで廊下を進んでいく。

「あれだ!」

アオイが指さした先に、荒れ狂う海の絵。水はそこから流れ出ている。

「こん……のぉ!」

渾身の力で光の盾を絵に叩きつけ、水を全て逆流させる。

荒れ狂う水は、光の盾の向こう側で勢いを失い、やがて静かになった。

ミドリが『守護星の盾』の光を解除すると、そこには何事もなかったかのように一枚の凪いだ海の絵が展示されていた。

「エコー……何でもありね」

「まさに芸術だな」

二人はさらに奥に歩を進めた。



次の部屋を見つけ、二人は部屋名のプレートを見あげた。

「『第二孤独室』……なんだこりゃ、変な名前」

「ダンジョン化による変容が進んでるようね」

部屋の中には、一つの壁面全体を覆うような巨大で豪奢な額縁が掛けられていた。額縁の中は真っ黒に塗りつぶされている。

「真っ黒に塗りつぶされた絵……どういうこと?」

ミドリが呟いた瞬間、額縁の中の黒い空間に、水に落とされた絵の具のように赤い円が広がる。

「!」

みるみるうちに円は立体化し、まるでチューブから押し出された絵の具のように、べちゃっと部屋の床に落ちた。

「この黒い絵、エコーを生み出してる……!」

「はぁっ!」

アオイが「赤絵の具」を金の衝撃波で切り裂き、消滅させる。

「アオイ……あれ!」

ミドリが指さす。黒い絵の中から次々に様々な色の円が生まれ、絵の具の塊のような実体となってにじり寄ってくる。

「カカセテ」「カカセテ」「カカセテ」

一つ一つが彼女たちの背の高さ以上ある、巨大な不定形の『絵の具』たちは、各々囁きながら、クレイアニメのような動きでじりじりと距離を詰めてくる。



「あたしらはキャンバスじゃねぇぞおい!」

アオイは筆を振り、『絵の具』達に「✝」をマーキングして焼き払おうとするが、一体も消えない。

「こいつじゃ消えないってことは、ダミー、ってわけではなさそうだな」

「だとしたら何て数……!」

「カカセテエエエ」

バッ、と一斉に『絵の具たち』が二人に飛びかかる。

「うおっ?!」「ああっ!」

複数体の体当たりをまともに受け、二人がふっとばされる。

「戦闘服が絵の具まみれじゃないの!このお!」

ミドリが立ち上がると、『護星のパレット』のカラーパレットに、金色の塗料が出現する。

「アオイ、これ!今のダメージをこっちでエネルギーに変換したよ!やり返しちゃえ!カウンター!」

「おお!」

アオイは絵筆で塗料をすくい取り床に叩きつける。金色の衝撃波が同心円状に床全体に広がり『絵の具』たちを一斉に消滅させた。

「今のうちに額縁を破壊しよう!ここにきっとコアが」


ドン。鈍い音がした。

振り返ると、入り口が巨大なキャンパスで塞がれてしまっている。

「何しやがる!おりゃっ!」

アオイが筆でキャンバスを突くが、びくともしない。

「硬いっ……!」

同時にぐおおん、と額縁がこちらに倒れてくる。

「しまった、この額縁、ただの『エコーを生み出す絵の飾り』じゃない!額縁それそのものがトラップ……!」

「させるかぁ!」

アオイが絵筆を額縁と床の間に挟み込み、つっかえさせる。

「ミドリ、すまねぇが救援要請を……!」

「こちら星川、美術館にてエコーと交戦中!至急応援頼む!至急応援頼む!」

しゃがみながらミドリが通信を入れる。

その隙に新たに湧き出た『絵の具』たちがグジグジとミドリのアーティファクトを包み込み、光の盾の展開を不可能にする。

「しまった、アーティファクトが!」

パキン、と嫌な音がして、アオイが支え棒にしていた絵筆が外れ、額縁が再度ゆっくりと倒れはじめる。姉妹が頭、肩、腰と黒いキャンパスに徐々にのみ込まれていく。

「く、クロにぃ……」

直後、ずぅん……と鈍い音がして、深夜の美術館に静寂が広がった。

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