第十二話 ハート・キューン・ワールド⑤
第十二話
黒崎とレミが外に出ると、他の二組は既に二人を待ち構えていて、口々にねぎらいの言葉をかける。
「おう、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「お二方、よくぞご無事で」
「お疲れ様」
アコが黒崎とレミに笑いかける。
「その様子だと大変な目に遭ったみたいね」
「ああ、正直抜けられたのは新人のおかげだ」
「えへへ」
珍しい黒崎からの褒めにレミが照れる。
「大変、レミちゃん怪我してる」
ミドリがパレットのファンデーションをすくい取って傷口に当てると、傷も痛みもキレイに消える。
「おー、ミドリさんすごい」
「ケガしたらいつでも言ってね、ケアしてあげる」
「さてと。全員『ゲーム』に勝ったみてぇだな。じゃ、あれが最終ステージってところか」
アオイが顎で示した方向を見て、レミは驚愕した。
「そんな」
『ハート・キューン・ワールド』で一番高い場所。真っ白でまるでUFOのような形をした『ハート展望台』。月光を浴びてその屋根の上に据えられていたのは、赤黒い、見慣れたあの『核』だった。
再合流したADSは、急ぎ、展望台の屋根に登る。
見間違いようがない。『核』だ。
「でもどうして……ここは事件や事故なんて一切起こってないのに」
「分からないが、新人、これに対処できるのはお前だけだ」
共鳴銃の紋章は白く輝き、これが幻想でも幻覚でもないことを示している。
「頼んだぞ」
レミが頷き結晶に触れると、視界が白く染まる。だが、いつもなら感情の残響や過去の記憶が広がるはずの空間は、ただの「白い空間」だった。静寂だけが響く。
「嘘……?何もない?」
レミが戸惑う。
瞬間、視界が揺れ、レミは強制的に現実世界に引き戻される。「うっ!」
よろめくレミを黒崎が支える。
「新人、大丈夫か?」
「はい、でも……核の中、何もなかったんです。いつもなら誰かの記憶や感情が映るのに……」
パチパチパチパチ。
月明かりの中に、拍手が響く。
暗闇の中から、ゆっくりと男が歩いてきた。白髪をオールバックにして、タキシードを着た60代前後の痩せた男性。背後には二つの黒く丸い球体が浮遊している。
「素晴らしい、ADSの皆さん。私の実験にここまで協力してくれるとはね」
「ああ……もしやとは思ってはいましたが……やはりあなただったのですね。あのメールも、この遊園地をダンジョンに変えたのも全て」
アコの声が震える。
「プロフェッサー・ナカタ」
「いかにも」
ナカタと呼ばれた男性は、薄く笑った。
「久しいな、愚かな弟子よ」
「ナカタ?誰だよお前」
アオイが敵対心むき出しでにらみつける。
「私に科学捜査の知識と解析技術を教えた……師匠よ」
アコが呟く。
「そして元科学捜査研究所所長でもある」
黒崎が補足する。
「おやおや、どこかで見た顔だと思ったらADSの若造か。相棒の『鎖のガキ』はどうした?」
ナカタは芝居がかった驚きを見せ、すぐにニヤリと笑った。
「ああー、死んだんだってな。それでそいつが補充要員と」
「日吉のことを……軽々しく口にするな!」
黒崎が珍しく怒気をはらませる。
「いや、若造とその相棒なんざ、生きてようが死んでようがどうでも良い。あとなんだか見るからにポンコツなロボもいるようだが、どうせ馬鹿弟子の作品だろう。たかが知れている」
ナカタの言葉に、イヌビスが唸る。
「そんなことより」
ナカタはレミのほうを振り向いた。
「熱川レミ、と言ったかな?君の核に『入り込む』能力、実に興味深い。私の作り出した人工核に、それでも反応を引き出した。素晴らしい実験データだ」
「なぜこんなことを?」
レミが叫ぶ。
「なぜこんなことを、だと?そりゃこっちのセリフだ」
老人は大げさに嘆いて見せる。
「人の恨み、嘆き、苦しみ、それらは『場所』にいつまでも執着し、残り続ける。そんな素晴らしい『エネルギー源』を、どうして君たちは除去しようとするのだ」
「エネルギー源、ですって?」
「そうだ、現実と理想のズレ、これをシュレディンガー……馬鹿に難しい事を言っても無駄だな。要はダンジョンからは半永久的にエネルギーを取り出せるのだ。時間がどれだけ経っても負の感情は残り続けるからな。永遠に。世界のエネルギー問題など一瞬で解決する、夢の技術なのだよこれは」
「亡くなった人たちの心を何だと思ってるんです!」
ナカタはそれを聞き、大げさにため息をついた。
「ああ、愚か愚か愚か。そこにあるのは単なる『残響』だ。現実に苛められっ子は死んでいるし、画家は失意のまま死んだし、医者は冤罪で自死したのだ。君は山で叫んで返ってくるやまびこと本気で会話するのか」
「それは……!」
「まぁ、これまでは君たちが何を思ってようが別に良かった。核を破壊しようが、負のプレッシャーがある限り、核とダンジョンは再び現れるからな。ところが」
ナカタはレミを指さした。
「君が来てから状況が変わった。なんせエネルギー源ごと消滅したんだからね」
「浄化、のこと……?」
「まったく余計なことをしてくれた。それで私は、この疑似アーティファクト『ダーククラウド』を使い、人工的にエコーと核を作り出したのだ。君たちの力量を試し、この老人がその愚かな行為を止められるか検証するためにね」
老人は、浮遊する球体を撫でる。
「それがあたしたちが戦ったエコー……」
「今回のテストでは残念ながら君たちを止めることは出来なかった。だが擬似エコー達の戦闘力は自然発生エコーをも凌駕した。これは思わぬ副産物であったな。兵器転用も可能であろう」
「そんなこと、させない!」
「少し褒めて調子に乗ったみたいだが、基本的に君たちは無力だ」
ナカタの横で浮遊する『ダーククラウド』が振動すると、現実空間にノイズが走
り
気がつくと、レミ以外が手足を縛られ、首に枷をはめられて寝かされている。その頭上には、重く鈍く光る巨大な刃物が据え付けられていた。
「ギロチン?!いつの間に?」
「現実と仮想のバランスを少し変える。それはこういうことだって可能になるのだ。最新技術の割にやることが少しクラシックだがね。単なる私の趣味だ。勘弁してくれたまえ」
「みんなを解放しなさい!」
「うーむ、君以外は別に必要ないので、今すぐ処分しても構わんのだが……」
ナカタは眉にしわを寄せた。
「ではこうしよう。今から君に、その『中身の存在しない核』を浄化してもらおう。くくく。それが出来たら解放、だが核を外部から破壊したり、浄化できないようなら、こいつらの頭は身体とおさらば、どうかね」
「そんな……」
レミの顔が蒼白になる。
「どうしよう……どうすれば」
「らしくないな、新人」
ギロチン台の黒崎が皮肉めいた笑いを浮かべる。
「いつもの、とりあえずやってみます!はどうした」
「そうだレミ、いつだってお前は何とかしてきたじゃねぇか」
「あたしもアオイと同じ気持ちだよ、レミちゃん」
「レミちゃん、悪いけど師匠、いや、このバカ老人の鼻を明かしちゃって」
「私なら大丈夫です。首と胴体が離れても、修理すればいいので」
「それが大丈夫なのはお前だけだよ」
アオイがツッコミを入れ、皆が軽く笑う。
「馬鹿かお前たち。自分たちの状況が分かっているのか」
「分かってるさ、分かってるからこうして笑ってるんだよ」
黒崎が自信満々に言い返す。
「熱川レミは、やる女だ」
その言葉を聞き、レミは核に触れる。共鳴銃の紋章が眩く光り出す。
レミは、白い部屋にいた。
相変わらず何もなく、誰もいない。レミは目を閉じて、精神を集中する。
(何も、何もない、でもなんとかしなくちゃみんなが)
「……?」
焦るレミの耳に、微かに何かが聞こえた気がした。より心を研ぎ澄ませ、耳を傾ける。
…ろかったな
……面白かったな
子供の頃、よく親に連れて行ってもらったよ。マスコットのハートくんがなんか怖くてさ、親に抱きついて泣いてたよ。
もうないんだね、ちょっと残念。大学のころ、当時の彼氏とデートした思い出の場所だわ。
ショップで買ってもらったペタルくんのキーホルダー、もうどこかに行っちゃったけど、嬉しかったなぁ。帰りの車の中でずっとニコニコしてたよ。ああ、もう一度行きたいなぁ。オヤジもおふくろももう亡くなったけど……もう一度……
キラキラと光る粒子が集まり、『小さな子供』の姿を形どる。
(これは……ほんの少しの哀しみ、ほんの少しの失望、
そして)
レミは立ち膝の姿勢を取り、『光の子供』と目線を
合わせる。
(たくさんの過去の喜び)
おねぇちゃん、僕、寂しいよ。
遊園地で、また遊びたいよ。
その言葉に、レミは柔らかく笑う。
「大丈夫だよ。遊園地はなくなっても、楽しかった思い出は、ずっとずっと一緒。消えないよ」
『光の子供』がレミの言葉にこくんと頷くと、光が、優しく広がっていく。
気がつくと、レミは展望台の屋根に戻ってきていた。
目の前の核は消え去っていた。
「バカな……いや、そうか」
ナカタは驚きの表情を浮かべたが、すぐに大声で笑い出した。
「何がおかしいのよ!」
「検知されない程度の微量の失望や哀しみ、それらを集めて増幅した上で浄化するとは……実に、実に面白い」
「あんたのデータ取りに協力したつもりはない!みんなを解放しなさい!」
「ああ、これは失」
礼
ノイズが走り、ギロチンが消える。
「レミ!」
「レミちゃん!」
「お前ならやると思っていた」
仲間たちがレミのもとに駆け寄る。
「面白い、面白いぞ」
ナカタはうわ言のように繰り返している。
「さぁ、覚悟!」
レミの一言で全員が武器を構える。
「ああ、まだその時ではないよ。私はこれから今の事例を分析するのでね、失礼」
老人の体が光学迷彩のように半透明になる。
「逃がすか!」
黒崎が影刃を振るうが、すでにナカタの存在はそこになかった。
「事件事故がなかった場所に表れるダンジョン、それが私の実験の合図だ。楽しみにしていてくれたまえ」
ナカタの声の残響だけが、虚空に響いた。
朝日が登る。遊園地は元の廃墟となり、寂しく陽の光を浴びていた。遊園地で一番高い場所の、屋根。6人は、そこでしばし日の出を見つめた。
「逃がしちゃいましたね……」
「ああ、だがよくやった」
「……帰りますか!」
アコの言葉に皆は一様に頷き、入り口に戻ると装甲車に乗り込んだ。車の助手席で、レミは無言で『ハート・キューン・ワールド』の廃墟をじっと見つめていた。
本部に戻ると、レミのPCに新たなメッセージが入っていた。「勝利おめでとう。だがこれは始まりに過ぎない」
発信元は依然不明。アコが即座に解析を始めるが、
「また完璧に暗号化されてる。間違いなくナカタの仕業ね」と呟く。
高峰に報告すると、彼は珍しく感情を昂らせ、泣きそうになりながら「よかった。君たちが無事でよかった。ナカタについては引き続き調査していこう。君たちは本当によくやった」と一人一人の手を取って握手した。
ふと、レミが黒崎に尋ねる。
「先輩、私たちの仕事、意味ありますよね?」
「ふん、もちろん。考えすぎだ。新人らしい悩みだな」
黒崎が小さく笑う。
「レミちゃん、あなたはあなたの考えを貫きなさい。自信を持って、ね」
アコがウィンクする。
「よーし、次も派手に暴れるぜ!……って、あの幻覚のこと、絶対誰にも言うなよ」
アオイが顔を赤らめて小声でミドリに伝える。
「はいはい、アオイ……」
ミドリは苦笑いした。
レミは新たな決意を胸に、ナカタを追う覚悟を固めた。
「みんなの過去の想いを、好き勝手にはさせない」
熱川レミは、熱く、熱く呟いた。
俺たちの戦いはこれからだ!
(第一章完結、第二章に続く)
ここまでご愛読ありがとうございました。




