第十一話 ハート・キューン・ワールド④
その頃、黒崎とレミは「2人の人物」のマークが描かれた通路を抜け、アトラクションの一つ、『ミラーハウス』に足を踏み入れた。薄暗い部屋の中、無数の鏡が壁、天井、床を覆い、乱反射する紫色を帯びた光で視界が歪む。
建物は直線と曲線を複雑に織り交ぜた形をしていて、床には傾斜がつき、さらには同じく直線と曲線で構成された無数の鏡の柱が平衡感覚を狂わせる。ひび割れた鏡の隙間から黒い霧が漏れ出し、空間全体が不気味な揺らぎに満ちていた。足音が反響し、方向感覚が狂う中、二人は周囲を警戒しながら探索する。
「先輩、この場所、なんかめっちゃ気持ち悪い
ですね……」
レミが共鳴銃を握りしめ、鏡に映る無数の自分を
警戒する。
「気をつけろ、新人。何が来るか分からないぞ」
黒崎も影刃を短く構え、鋭い視線で周囲を睨む。
鏡の奥で何かが揺らめく。
キシッ。
突然、ガラスが軋む音が響き、一つの鏡に映った二人の姿が不自然に歪んだ。鏡の中の黒崎とレミの姿が重なり合い、鏡面内で溶け合うようにして異形の存在が誕生し、鏡の世界からこちらに抜け出てきた。
「な、なんですか、あれ!?」
レミが息を呑む。
そこに現れたのは『影』――黒崎とレミの特徴を融合した、モノトーンの怪物だった。右手に青黒い光を放つ「黒い共鳴銃」を持つレミの、純白の右半身のシルエット、左手に眩く輝く「白い影刃」を持つ黒崎の、漆黒の左半身のシルエットが合わさった……『影』。顔は目も口もない滑らかな表面。液体金属のように流動する体は、黒と白の光沢を帯び、不気味なまでに静かだ。
影は一言も発さずに、後ろに下がると再び鏡の奥に消えた。一瞬後、その鏡が黒く輝く。
「後ろだ!」黒崎が叫ぶ。
彼女はそれが自分の「背後から」弾を撃たれたものと察知し、咄嗟に横に飛び退く。
黒い弾丸はレミの脇を逸れたが、弾は鏡に反射し、別角度から襲いかかる。
「くっ、反射する!でも弾速は遅いっ!」
レミは反射角から弾道を予測し、共鳴銃で闇弾を相殺したが、影はすでに別の鏡に移動し、今度は白い影刃を伸ばして黒崎の側面を狙う。黒崎は影刃で受け流し、火花が散る。
「新人、背中を合わせろ!死角をカバーする!」
黒崎が指示を出し、二人は背中合わせの陣形を取る。黒い霧が周囲を覆い、視界がより不明瞭になる。
キシッ。またガラスが軋む音がした。黒崎はそれを聞き逃さず、音のした方向に影刃を振りかざす。影刃が忍び寄ってきていた『影』の、『レミ』の部分を切り裂く。刃が命中した瞬間、青黒い光が炸裂し、『レミ』が白い霧となって散る。
「やった!先輩すごい!……なんか複雑だけど!」
「喜ぶのはまだ早い、新人」
その時異変が起こった。ガラスの軋む音と共に、『黒崎』の半身から白い光の奔流が溢れ出し、体を瞬時に編み直す。まるで時間が巻き戻るように『レミ』が復元する。
「ひゃっ!? 先輩からあたしが生えてきた!」
レミが目を丸くする。黒崎は舌打ちし、影刃を構え直す。
「ならばこっちだ」
刃が『影』の『黒崎』を捉えて切り裂き、その半身が霧散する。だが、瞬時に『レミ』の半身から青黒い光が迸り、霧を縫い合わせるように『黒崎』を再構築する。
「くっ、これならどうだ!」
黒崎は影刃を横に薙ぐ。
だが影刃は、『影』の輪郭を一瞬揺らしただけで、まるで幻を斬るように通り抜け、レミは驚きの声をあげた。少なくとも彼女の視界では、影刃が『影』を通過したようにしか見えなかった。
「先輩、今、刃がヤツをすり抜け……」
「いや、当たった」
三度の斬撃を受け流した『影』が、再び鏡の中に消えた。
「あっ、逃げた!」
黒崎は相手の消えた先を睨みつつ、しばし熟考する。
「……おそらくだが」
「はい」
「手応えはあった。だが、斬った瞬間に修復している。奴の半身が互いを守るように繋がってるんだ」
「なんですかそれ、ズルじゃないですか!」
「ただ、やりようはある」
「おお、さすが先輩」
「影刃が当たってから修復が始まるまで、一瞬のタイムラグがあった。ラグといっても俺の横薙ぎが右から左に抜けるくらいの時間差だが。そうだな、今までの経験上、大体ゼロコンマ2から3秒といったところか」
「つまり」
「つまり奴を倒すには、『黒崎』と『レミ』、寸分の狂いもなく同時に消滅させるしかない。さもないと奴は永遠に再生し続ける」
「うぐ、ちょっとテクニカルだけど、やったろうじゃないですか!先輩の剣の速度より短いラグで同時攻撃!」
レミの叫びに釣られるように、『影』が鏡から抜け出してくる。暗黒の弾丸を放ち、白刃で斬りつけ、鏡の中を自由自在に移動する『影』に、二人は防戦一方となった。攻撃を命中させても、同時攻撃のタイミングがわずかにずれ、半身がすぐに修復させてダメージを無効化する。
ついに集中力を切らしたレミの戦闘服を白刃が切り裂き、レミは鋭い痛みと、腕に生暖かい液体が薄くにじむのを感じた。
「痛いっ」
「新人、大丈夫か!」
「こんなもの、かすり傷です!」
レミが共鳴銃を構え直し、黒崎に視線を向ける。口では強がるが、彼女の顔にわずかな焦りが表れる。
(鏡から鏡へ……それはそうなんだけど……何か、何かを見落としてる気がする)
レミは目を凝らし、鏡の中で流動する黒と白の光沢を追う。
『影』がまた、こちらを翻弄するように音もなく
正面から現れる。
「来た!撃て!」
「はい!」
共鳴銃の青白い光と影刃の黒い閃光が炸裂し、『影』を一瞬切り裂くが、すぐに『影』は別の鏡に滑り込むように消える。
「ちっ、素早い」
黒崎が歯噛みする。
(何か……何か変だ。光弾を撃ったとき、ヤツの動きがほんの一瞬だけ乱れた気がする……)
そんなレミの思考を乱すかのように、眼前に再度『影』が
現れた。
「先輩、もう一回!」
黒崎が影刃をレミの光弾と同時に振り下ろす。
火花が散る。『影』は白い刃で影刃を受け止め、同時に闇の弾丸で光弾を相殺する。
「……」
異形が、返す刀で黒崎に白刃を振り下ろし、
レミに発砲する。
レミは緊急回避で弾丸を避け、黒崎は刃で刃を防いで火花を散らす。
「くっ、強い!」
「気圧されるな、新人!」
弱気になるレミに、黒崎の激が飛ぶ。
『影』は後退し、鏡に移動した。キシッ。ガラスの軋む音が響き、黒い霧が再び濃くなる。
(焦るな、焦るなレミ)
自分に言い聞かせるも焦りを止められないレミは、ミラーハウスの傾斜した床に足を取られ、転んでしまった。
「うわっ!」
ガチャン! レミの腰に付けたフラッシュライトが床に転がってスイッチが入り、直線状にミラーハウスを照らす。その瞬間、飛び出してきた『影』が異様な反応を見せた――黒と白の光沢が揺らぎ、慌てたように近くの鏡に逃げ込む。
「!」
レミの目が輝き、彼女は共鳴銃を握り直した、
「わかったよ先輩!アイツ、光を嫌がってる!」
「よし!光で追い込むんだ 新人!照明弾用意!」
黒崎の声に、レミは照明弾を天井に撃つ。
バン!
眩い光がミラーハウスを満たし、闇が薄れてゆく。鏡が光を乱反射し、暗闇が特定の場所に絞られていく。レミは天井に次々と照明弾を撃つ。闇が狭まってゆき、『影』を追い込む。最後に『影』は一枚の鏡に逃げ込んだ。
「ここだ!」
レミは追い討ちするように照明弾を撃ち、鏡の周囲を光で塞ぐ。「影」が閉じ込められ、黒と白の光沢が鏡の中で激しく揺らぐ。『影』はもはや移動することは出来ない。鏡の中の怪人と二人は、しばし睨み合う。
「追い詰めたよ、偽物」
「気を抜くな」
黒崎は、左手に影刃を持ち左半身を前に出して鏡の『影』に突きつける。
「右腕を俺の左腕に沿わせろ」
指示どおり、レミは右半身を前に出し、右手の共鳴銃を突きつける。
「お前のタイミングで撃て。俺がお前の弾丸の速度に
合わせる」
「いいえ先輩」
レミが力強く答える。
「合わせるとか合わせられるとかイヤです。タイミングを合わせて同時にやりましょう。こんなヤツ、二人で一緒にぶちのめさないと気が済まない!先輩だってそう思うでしょ?」
黒崎は少し驚いたように目を開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「そうだな……たとえ結果的には同じだとしてもな」
「というわけでいきます!」
「3」
「2!」
「1」
「シュート!」
レミが共鳴銃で『レミ』を、黒崎が影刃で『黒崎』を狙う。光と闇が交錯し、0.3秒のラグ内に二人の攻撃は同時にヒット、『影』が修復する間もなく砕け散る。館の鏡が一斉にひび割れ、黒い霧が消え去った。
「やった……!」
レミが息を吐き、傾斜の床にへたり込む。
黒崎は曲面鏡の破片を見つめ、眉を寄せる。
ガタン、と壁の一枚が外れ、外の光が流れ込んでくる。
黒崎とレミは頷きあうと、光に向かって踏み出した。




