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シイたちは高速道路を走るトラックの屋根に乗っていた。左右を青々とした山々が勢いよく流れていく。相変わらずマルとイトがきゃあきゃあと騒いでいる。
やがてトラックは減速し、広い駐車場に侵入した。向こうの平屋が薄暗い夜に煌々と灯りを投げかけ、近くのベンチでは人々が食べ物を口にしている。運転手が車体から下り、建物の方へと歩いていった。
「イトの言っていたのは、どこかのさーびすえりあだろうと主は言っていた」
「こういう場所が、高速道路にはあるんだな」
「いいにおいがしますねえ」
シイはしげしげと周囲を見渡す。確かに、最初にイトが説明していた風景と合致する。マルは屋台の方に鼻を向けてくんくんと動かした。
「ここ、ここです! おいらが水筒に入っちゃったのは!」
そして嬉しそうに跳ねるイト。しかし少しして落ち着くと、彼は首を傾げた。
「でも、ちょっと違う気もするです。建物は、もう少し広かった気がします。それに……」
マルのように鼻を上げてにおいを嗅ぐ。
「仲間のにおいがしないです」
イトは空気や地面に鼻を近づけて管狐の残り香を探していたが、やがて諦めた。せいぜい犬や猫、近くの山に住むイノシシらしいにおいがほんのり嗅げただけだった。
別のサービスエリアかもしれない。四匹は再びトラックの屋根に乗った。戻ってきた運転手は、無数の妖怪を乗せているなどとは露とも思わず、エンジンをかけてトラックを発進させた。
やがて訪れた二件目のサービスエリアでも、イトは首を振った。ぴょこぴょことあちこち跳ねまわって探したが、仲間のにおいは嗅ぎ当てられなかった。
乗っていたトラックが別れ道を曲がって高速道路を下りるので、四匹は別のトラックに乗り換えた。すっかり日は暮れ、行き交う車のヘッドライトが獣の目のようにらんらんと輝いている。空には点々と星が煌めいている。どこも同じような景色で、点在するサービスエリアも同じような風景だ。イトが一体どこから高速道路に乗ったのかわからないから、どこまで探し続ければいいのか見当がつかない。もしかしたら、イトは今進んでいるのと別の方角から来たのかもしれない。とにかく今は道なりに向かっているが、もしかしたらイトがにおいを見落とした可能性もある。シイや犬神はイトの求めるにおいを知らないから、手伝うこともできない。
五件目のサービスエリアでも、イトは仲間のにおいを見つけられなかった。もう随分と遠くまで来ている。まさかこのまま、全国の高速道路を走り続けるわけにもいかない。
「もしかすると、もうにおいが消えてるのかもな」
シイが言うと、イトは駐車場の真ん中に座り込んで、しくしくと泣き出した。マルも隣でわんわんと声をあげてもらい泣きを始める。
「お家に帰りたいよう」
小さな管狐は、小さなモクリコクリと抱き合って泣いている。それを見てどうするか考えるが、シイに妙案は浮かばない。そっちはどうだと犬神を振り返る。
カタカタと、犬神が首から下げている木箱が揺れていた。シイたちがぎょっとしていると、木箱の天井に空いた切れ目から、ひょいと一枚の紙が飛び出した。四本の簡素な手足が生えた胴に、丸い頭がくっついた紙は、犬神の前にふわふわと浮かんでいる。
「なんだこりゃあ」
「人形だ。主が手を施し、我に託していたのだ。管狐のにおいは探せないが、イト以外の管狐の存在を感知すると反応するように仕掛けたらしい」
「へえー、そんなことができるのか」呆気にとられるシイは、ぽんと両手を打つ。「じゃあ、近くに管狐がいるってことだな!」
うむと犬神が頷くと、人形はすうと動き出す。地面と垂直に立ったまま、犬神の目の高さを滑るように飛び始めた。あっという間に駐車場を抜けると道路の方角へ向かって行く。
「速いぞ、あいつ!」
「我に乗れ!」
思わぬ速さに目を丸くする三匹に、犬神が叫んだ。イトとマル、シイが縦一列に背中に乗ると、犬神はアスファルトを力強く蹴り飛ばした。
「ひゃあ、速いです!」
「犬神さん、速い!」
マルとイトが声をあげ、シイもヒゲが後ろに引っ張られるような風を感じた。犬神は車と並走し、かつ追い抜いていく。その前を人形がまるで引かれる磁石になったかのように、風を切って一目散に道路を滑る。
犬神の毛皮がほのかに白く光り輝いている。ちらりと見えた車の中で、子どもがこちらを指さしていた。きっとあの子には、白い大きな犬が光りながら走っている姿が見えているのだろう。車の間を巧みに縫い、人形と犬神ははるか遠くへ伸びる高速道路を突風のように駆け抜ける。
突如、暗い星空に流れ星が見えた。シイが流れ星だと思ったそれは、彼方からこちらへ向けて飛んでくる。光の玉が流星のように尾を引いている。それは一つではない。二つ、三つ。いや、数えきれない光の線が向かってくるから、眩しくて目がちかちかする。
いつの間にか、車は遠く後ろに列を作って止まっていた。子どもだけでなく大人たちにも、眩い光の塊が見えているらしい。今や道路を走っているのは自分たちだけだ。
そして、犬神と光が交差した。光の中には顔がある。手足と尻尾がある。それは、管狐のイトととてもよく似ている。
光の正体をシイが認識する前に、イトが犬神の毛皮を蹴って前に飛び出した。そのイトを、光の一つが包み込む。「イト!」と呼ぶ声が聞こえた。
「どこに行ってたの。みんな心配してたんだから!」
イトはもう少しだけ大きな管狐に抱きしめられていた。イトと同じ竹筒に住む、トミという名のつがいだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「無事でよかった。もう会えないかと思った」
泣きじゃくるイトと抱きしめるトミを、幾匹もの管狐が取り囲み、口々に安堵の台詞を口にする。「元気そうじゃないか」「見つかってよかった」「イト、おかえり」イトは彼らに撫でまわされ、もみくちゃになっている。
やがて落ち着くと、管狐たちはこちらを向いて深く頭を下げた。当初ほどではないが、彼らは今も淡く光を放っている。シイたちもつられてぺこりとお辞儀をした。
「シイさま、マル、犬神さん、ありがとう!」
イトの言葉にべそをかくマルの頭を、シイはぽんぽんと叩いてやった。