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 二匹のモクリコクリと一匹の管狐は、線路の上を飛ぶ。今日も良い天気で、線路は日光を浴びて鈍く光っている。初めて村を出たマルは、横手に広がる田んぼや畑を見てはしゃいでいた。田畑など村にもあるのだが、いつもと違う空気に心を躍らせていた。

 その興奮が抜けた頃、マルは情けない声を出してシイを呼んだ。

「シイさまー、ちょっと速いです」

「なに言ってんだよ、大したことないだろ」

「おいらも疲れました」

 横を飛ぶイトの頭を、ぺちんと叩く。

「それより、後ろに気をつけろよ。電車にぶつかるぞ」

 後ろから迫りくる電車を見つつ忠告しながら、シイは思いついた。

 それは、電車の屋根に乗ることだった。

「きゃー、早い早い!」

「景色がびゅんびゅん飛んでいきます!」

 マルとイトが両側で興奮した声をあげる。シイも浮ついた気分になったが、この二匹の手前、はしゃぐわけにもいくまい。わざとすました顔をしながら、内心だけ飛び跳ねていた。

 電車は一つ、また一つとトンネルを抜け、橋を渡る。やがて椿姫の言っていた巨大な道路が見えてきた。がっしりとした柱に支えられた果てしなく長い道路が、山々を貫いている。

 シイたちは電車から飛び去り、巨大な道路の下をくぐった。目の前には鬱蒼とした山が連なり、昼の陽射しを受けている。

「おっきなお山ですねー」

 マルは限界まで首を上げて感心している。三匹は山に入ると、生い茂る木々の合間を縫って飛ぶ。道らしき道もなく、遠くを見やると、妖怪の気配を感じた一匹の鹿が踵を返して逃げていった。

「いったい、どこで修行をしているのでしょう」

 イトが呟いた。予想以上に広い山だった。この中にいるかもわからない陰陽師を探すのは、さぞ骨が折れるだろう。

「少し休憩するか」

 そう言ってシイは、苔むした岩の上に下りる。マルとイトも歓声をあげて、両側の岩にへたり込んだ。木漏れ日が差し込み、疲れた三匹の身体を風が優しく撫でた。

 地震か、とシイは思った。しかしすぐに揺れは収まり、マルたちも平気な顔をして毛づくろいなどをしている。はてと首を傾げた時、シイの乗る岩がぐらぐらと大きく揺れた。

 ごろごろと地面に転げ落ちる。「なんだなんだ!」驚いて振り向いた。二匹も目を丸くしてシイの乗っていた岩を見つめている。

 ふうと吐息のような音がした。岩に生えていた苔が揺れる。シイの背たけの倍ほどある岩は、腰を折るように僅かに湾曲し、上半分をシイの顔に近づける。

「ほほっ」しわがれた声が、シイの耳に届いた。「こりゃ、モクリモクリじゃな」

「モクリコクリだ!」

「こっちは管狐か。こりゃまあなんとも珍妙な組み合わせじゃ」

 シイに構わず、岩はイトを振り向いた。それはまるでずんぐりした岩の形の生き物のようで、生えた苔が喋るたびにわさわさと揺れた。

「おまえ、誰なんだ」

 問いかけると、岩はこちらを振り向いて笑った。苔の動きから、笑ったように見えた。

「わしゃあ、けうけげんじゃ」

「けうけげん?」

「最近の若いもんは、知らんのか」

 シイが視線を向けたが、マルもイトもぶんぶんと首を振る。岩、もといけうけげんは悲しそうにため息をついた。

「仕方ないのう。おまえさんらの爺さまの代なら、知っとるかもしれんけどなあ」

 わさわさと長い苔が揺れる。それは苔というより、緑色の毛のようだ。

「あの、けうけげんさん!」

 意を決した風に、マルが声を上げた。

「たちばなという名前の、陰陽師を知りませんか」

「おんみょうじい?」

「おいらのご主人なんです!」

 イトも縋るようにけうけげんに手を合わせる。はてなという顔をしているに違いないけうけげんに、シイは説明した。イトは村に運ばれた迷子の式神であること、元の家への帰り道がわからないこと、この山が陰陽師の修行場だと聞き、手がかりを求めてやって来たのだということ。

「残念ながら、その陰陽師は知らんなあ」

 しわしわの声に、うっかりイトの涙腺が緩む。やはりモクリコクリの里で暮らすしかないのか。

「他の陰陽師に聞いたらいいじゃろう」

 けうけげんはのんびりと言った。

「知ってるのか?」シイは思わず身を乗り出す。

「麓に向かう道を辿ってみい。先日、式神をつれた陰陽師が修行を始めておったわい。餅は餅屋じゃ。聞いてみたらよかろう」

 シイがこぶしを握ってガッツポーズを取ると、マルが嬉しそうに跳ねた。イトは涙を拭き拭き、希望に目を輝かせる。

「行ってみるぜ、ありがとな!」

 今にも飛び出しそうなシイに、けうけげんはぬっと顔を近づける。顔といっても緑の毛に覆われていて何も見えないが、見つめられているのがシイには伝わる。

「わしも、おまえさんらに頼みごとをしてもええかのう」

「頼みごと……?」

 ごくりとシイは唾を呑み込んだ。ふれ合う程にけうけげんの頭が近づく。

「わしを、風呂に入れてくれんかのう」


 先導するけうけげんについて行くと、ぽかりと木立が途切れた。山の中に現れた空間には川が流れ、岩がごろごろと転がっている。岩に囲まれた窪地には水が溜まっていて、不思議なことにそこからは湯気が立っていた。これをけうけげんは、「温泉」と呼んだ。

「きゃー、あったかいです!」

「ひゃあ、きもちい!」

 恐る恐る足を踏み入れたはずのマルとイトは、口々にそんな感想を述べた。シイも足先をちょんとつけてみる。心地よい温度の湯だ。ぴょんと湯の中に飛び込んでみる。温かな湯に包まれて、全身がとろけてしまいそうに気持ちが良い。

「なかなか、綺麗に洗えんでのう」

 そして、のそりとけうけげんが湯に浸かった。

 途端に毛にこびりついた泥が溶け出し、たちまち湯が濁っていく。シイたちは汚れた湯を両手で外にかきだした。そして川から流れてくる新しい湯が溜まるのを待ちながら、せっせと毛をこすって汚れを落とす。

「ああ、気持ちいいのう」

 けうけげんは心底心地よい声を漏らした。

 やがて、上から下まで綺麗に汚れを落とした頃には、三匹ともすっかり疲れてしまった。だが、温泉に浸かっていると、その疲れも岩の隙間から流れていく。身体が火照っても、風が頭を冷やしてくれるから、つい眠たくなってしまう。

「シイさま、マル、起きて起きて!」

 自身もうとうとしていたイトが、慌てて二匹を揺さぶった。

「あれれ、ここはどこ……?」

「マル、しっかりしてよお」

「山にこんな場所があるなんて、知らなかったぜ」

 大あくびをして、シイは温泉から這い上がった。二匹も後に続いて出てくる。けうけげんは毛の色こそ緑のままだが、その毛はさらさらになっていた。湯から出てぶるぶると身体を揺すると、まとわりついた水が四方八方に飛んだ。

「また会えるといいのう」

 顔の毛が動き、シイたちにはけうけげんが目を細めて笑ったように見えた。

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