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 一面の青空に、もくもくと入道雲が湧いている。木立では蝉たちの合唱が響き、山に流れる小川は日光を受けてきらきらと輝いている。川辺にはぽこぽこと大小の岩が鎮座していた。

 岩の一つに座り、シイはのんびりと団子を食んでいた。近くでは仲間たちが同じ団子を食べたり、自由に川遊びをしている。せり出した木々の葉で日差しが遮られ、時折ここちよい風が吹く。気持ちの良い夏の午後だった。

「うわーん」

 子どもの泣き声が聞こえるな、とシイが思った途端、茂みが割れて一匹のモクリコクリが姿を現した。イタチほどの大きさのシイより一回り小さなまだ子どもだ。マルという名のモクリコクリは、泣きながら一直線にシイの元へ飛んできた。

「シイさまー!」

「なんだよ、騒がしいな」

 シイは構わず、両手に抱えた大粒の団子をむしゃむしゃと食べる。仲間たちもなんだと顔を上げたが、すぐに川遊びに戻った。マルが騒がしいのはいつものことだった。

 黄金色の毛皮に、胴長の身体。短い手足と三角耳。そしてふさふさの尻尾。イタチによく間違われる彼らは、モクリコクリという妖怪だ。海にも山にも現れるとされるが、特にこの山裾にある田舎の村には、多くのモクリコクリが住んでいた。村のあちこちには、彼らを奉る祠が立てられている。今、シイが食べているのも、祠に供えられた団子の一つだった。

「シイさまシイさま、助けてください。ぼくのご飯がー!」

 泣き虫のマルは、そんなことを言って泣いている。

「飯がどうしたって」

「来てください、来てください!」

 マルは岩の上でぴょこぴょこ飛び跳ねている。らちが明かないことを悟り、シイは大きく口を開けて、団子の残りを飲み込んだ。「仕方ねえなあ」もぐもぐと咀嚼しつつ、短い後足で立ち上がった。シイ様は次の長となるモクリコクリだ。仲間の危機は救ってやらねばならないし、何より退屈しのぎになる。

 マルが飛んでいくのに続き、シイも川を離れた。興味を惹かれた何匹かが後ろをついて飛んだ。


 いくらもせずに到着したのは、山の中にある廃屋だった。人は住んでいないが、そばには祠が一つ建てられている。廃屋と祠の前には、十匹ほどのモクリコクリが既に集まっていた。彼らは顔を突き合わせてざわついている。

「何があったんだよ」

 マルでは話にならないので、シイは近くの仲間に尋ねた。なんでも、祠の供え物を勝手に食べていた輩がいたらしい。見つかった途端、そいつは慌てた様子で、廃屋の雨樋の中に逃げ込んだそうだ。

「ここです」

 軒先の下から、仲間が指さす方を下から上へ視線でなぞる。地面から雨樋がにょっきりと伸びていて、天辺には草が生えている。屋根の上では一匹の仲間が雨樋を見張っていた。この中に、泥棒が隠れているらしい。

「誰か中に入らなかったのか」

 ぐるりと見回すと、モクリコクリたちは短い首を左右に振った。

「長の助言を聞いた方がいいかと思って」

「マルがシイ様に助けてもらうって、一目散に飛んでいったんです」

 ふむとシイは両腕を組んだ。自分も長の倅である。親父の代わりに解決してやろうじゃないか。

「よし、オレさまがなんとかしてやる」

「ほんとですかー!」

 マルが嬉しそうに飛び跳ねた。シイは長いひげを指先でピンと伸ばした。

「そいつが上から逃げないか、気を付けてろよ」

 近くの二匹が屋根の上に飛び、計三匹が雨樋のそばに陣取った。シイは地面側の出入口に寄り、こんこんと雨樋を叩く。

「おーい」

 中に頭を突っ込んで呼びかける。やまびこのように声が反響するが、返事はない。

「今のうちに出てきた方が身のためだぞ!」

 その台詞にも、相手は応答しない。

「そっちが来ないなら、オレさまが行くからな!」

 そいつが身じろぎしたような振動が伝わる。シイは雨樋を通れるほどに身体を小さくし、暗い管の中に入り込んだ。見上げると、穴をふさぐ何者かの隙間から、細い日光が差し込んでいる。逆光になっていて、相手の姿かたちはよく見えない。

 突如、その黒い塊が上へ飛んだ。「逃げた!」シイは大声を上げ、自分も天井側へ飛び上がる。すぐさま雨樋から出ると、瓦の剥げた屋根の上で三匹の仲間が盗人を取り押さえていた。

 四匹で抱えて地面に下ろしたのは、小さな狐だった。

 白い毛色に、モクリコクリよりも更に細長い身体。背たけはシイの半分ほどしかない。ともすればネズミのようにも見える。そいつはモクリコクリたちに囲まれ、ぶるぶる震えながら縮こまっていた。もう逃げる気などさらさらないようだった。

「おまえ、誰だ? この村の妖怪じゃないよな」

 一歩前に出てシイが問いかける。チビの狐は身体を縮めたまま、こくんと頷いた。その口元には食べ物のかすがついている。

「なんて妖怪だ」

「……おいら、妖怪じゃないです」

 その口を、おそるおそる開く。

管狐(くだぎつね)の、イトといいますです」

 管狐、とモクリコクリたちは口々に言って顔を見合わせた。管狐は陰陽師の式神として知られている。だが、ここに住む誰もが、実物を見るのは初めてだった。この小さな村に陰陽師はいない。

「管狐ってことは、おまえ、式神だな」シイは、そいつの襟首をちょいとつまんで持ち上げた。「陰陽師になにか命令されたんだろ。何しに来たんだ」

 もしかして、よからぬことを……。ざわざわと周囲がざわめき、イトという管狐はぶんぶんと首を振った。

「ち、ちがうです」

「式神がこんなとこにいるなんて、ありえねえ」

「おいら、その……」

 もじもじと指を合わせ、イトは言い難そうにまごまごする。余程言えない事情かと思いきや、そのつぶらな瞳から涙がぽろりと零れ落ちた。

 ぎょっとしてシイが手を離すと、イトは地面に座り込み涙をふきふき言った。

「迷子になっちゃったんです」

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