静寂の住人
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
注意事項2
一番怖いのは、その事に無頓着なところかと。
車内で、子供の甲高い声が響き渡る。解読しようとも不可能な言葉の羅列。兎に角分かるのは、彼女が不愉快だと言うこと。言葉を知らないからこそ、感情的にぶつけることでしか思いを伝える事が出来ない。その事は分かっている。分かってはいるのだが。
瞳が点になる。口も点になる。それが段々と渦を巻く。分からないなら分からないと流せば良いものを、脳みそがそれを許さない。
突如、ふわりと体が浮き上がる感触。それからコツンと左肩が金属に当たった。目眩を覚えたと気が付くまで、数秒を擁した。
「気分、悪いのか? 一度降りるか?」
頭を振る。そうではなくて……そうでは……なくて、少し驚いただけだから。そう言葉にする前に彼は唇を寄せて、静かに囁いた。
「……車両、変えるか?」
……気が付かれた? 苦手なものに。それは有り得ない。だって表情には出ていないのだから。
私は静かに笑うと、また頭を振った。
彼とは今日初めて会った。そうして共に出掛ける事になった。所謂、デートである。それまでただの一度として、顔を合わせた事は無かった。突如決まった政略結婚故、当たり前と言えば当たり前だった。
父様は彼のことをよく知っている様で、デート前にこう告げた。『お前が好きな様に振舞って問題は無い』と。
だから一番気に入った場所へ連れて行く事にした。静かな街。声を張らずとも互いの声が聞こえる街。聞こえる物音と言えば、理知的な学生の会話と、頁を捲る音くらいだった。
書店街を歩く間、彼は一言も話さなかった。ただ寡黙に、武士の様に私の隣を歩く。しかし純文学が並ぶ文庫本の本棚を眺めて居る時は、ただただ熱心だった。熱く本に注がれた視線は言葉よりも雄弁だった。
気に入った本を幾つか購入し、行きつけの純喫茶へ案内した時もそれは変わらず。ただ文字を追う時のみ、熱を注ぐ。
歩く時に何も話さないでいてくれて安心した。歩きながら話すのも、相槌を打つ為に首を振り続けるのも、何方も向いていない。疲れ果てて、偏頭痛を引き起こしてしまう。本当に人としての強度が足りていない。でも……貴方が喧騒を望むなら。合わせようと思うの。
オマケ
女と喫茶を出て、街を歩く。そう言えば、歩いている時に話をしていないな……。何かした方が良いだろうか。
「どんな本を買ったんだ?」
「純文学。今まではネット上のものに目を通していたのだけど、最近は……」
話せば話す程に息が上がっていく。顔が青ざめて行く……様な気がした。心做しか息も上がっている様に見える。
「……悪いな。話したくないなら、話さなくて良いから」
「座ってから……続きを話しても?」
やはりかなりキツかったらしい。
初デートで分かったこと、将来の嫁は物音に関する全ての事象に過敏であるということ。
突然上がる声とか、マルチタスクが非常に苦手な子です。
何かに頭が一杯になると、他の事に意識が向けられない。
何かをしながら何かをするのが出来ない。
そんな子です。
だから気を取られないような静かな空間で、一点集中してます。
顔や行動をよく見てみないと分からない。
しかし初対面で気が付いた。気を使ってもらった。
それだけで良い。だから喧騒を好むならば付き合うよ。
という話。