Delighting World Break ⅩⅧ
―――魔族の王として、世界に仇名す悪として生まれた絶対悪、魔王・カタストロフ。
彼には心というものを与えられなかった。
ただ世界を滅ぼし、支配する。ただそれだけの為に生まれた存在であった。
これはその当時の世界の神であるレクシアにとってもイレギュラーな存在であった。だが、レクシアが直接カタストロフに手を下すことはしなかった。
その大きな理由、それは魔王と対立する存在、勇者が居たからだ。
勇者は魔王と戦い世界を救う使命を全うすべく戦った。
まさに、レクシアの世界代表とでもいうべきだろう。
勇者とは“勇気ある者”と読み、この世界に生きる人々ならば誰にでも可能性のあるもの。そして、この当時レクシアの者たち全員に等しく勇者になれる素質というものは存在していた。
その素質を持つ者が使うことが出来る力こそ“ブレイブハーツ”なのだ。
ブレイブハーツは人々の中にある心の強さを力に変える力であり、それを周囲の者たちに分け与えることができる一種の魔法のようなものだ。
その力は魔王すらも赤き光で包み込むほどに強く強大な力であった。
どんな悪でも滅ぼしてしまう誰もが持つ奇跡の力。その力を発現し、魔王を倒すために戦った者。
それら全てを勇者と呼んだ。
そして、魔王・カタストロフには一つだけ誰もが持たぬ力を持っている。
それが魂の移植だ。
魔王・カタストロフは勇者に倒されその肉体と精神を滅ぼされたとしても、魂だけは逃げ延び別の魔族の中に入り込むことができる。
魔王・カタストロフはそうやって何千年、何万年と生き延びてきた。
その世代の勇者が死んでも新しい勇者が生まれ、そして魔王もまた新しい器を見つけて生き延びる。
そうやって勇者と魔王は何千年もの長い歴史の中で対立してきたのだ。
―――しかし、そこに変化が現れたのはデーガの世代の一つ前。世界統合戦争が起こる手前の世代だった。
デーガの父であるラドウの存在だ。
そして堕落して血筋を途絶えさせ、世界からブレイブハーツの適正者が現れなくなった勇者だ。
魔王・カタストロフは何度も戦いを繰り返して疲弊していた。それを見透かしたラドウはカタストロフに対話を持ち掛けて、やがてカタストロフは善の心を覚え絶対悪を辞めた。
勇者は酒におぼれ、多くの女と性交し、腹互いの多くの子孫を残したが…その多くはロクな人生を歩まなかったと言われている。
生まれた子の中には重血の子も多くおり、その命は成人する前に消えていった。
魔王と勇者の関係はここで終止符が打たれたのだった。
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(…朝のようだ。)
「…あぁ…」
外からは小鳥の鳴き声が聞こえる。
良い天気のようだ。
城は真っ黒であるため、光を通しにくい。だが、鳥の鳴き声だけで外は明るい。良い天気だと分かった。
「…こんな日だが、俺たちにとっては―――俺たちが俺たちでいられる最後の日だ。」
(…)
「行こうぜ、カタストロフ。」
(…あぁ。)
この日、世界に大きな変化が訪れるであろう。
それは世界にとって―――大きな厄災となるだろう。
世界の敵、絶対悪。
かつてカタストロフが冠していたものに再びなろうとしていた。
抑止力として世界を守ってきた魔王・カタストロフとその器であるデーガ。
2人には抑止力としてのルールとして、力を行使することが出来ない制約を受けていた。
そのうえ、魔族は普通の生物と異なり、体内に溜まり続ける魔力が排出されない。
普通の生物は生理現象として魔力は勝手に身体から出ていく。
なので、持っている魔力が魔限値を超えるまで溜まり続けることは基本ありえないとされている。
だが魔族は違う。魔力を何処かで放出させなければそれは魔限値を超えて溜まり続け、毒となる。
魔族の持つ魔限値はどの生物よりも圧倒的に高い。
だが、魔王・カタストロフという強大な力を持つ魔族の王ともなれば、魔力が溜まる速度も他の生物とは格が違う。
ただ少し魔法を撃つだけでは少しの消費にもならないのだ。消費量よりも生産量の方が多い。
生産量が消費量を上回るには…ただひたすらに世界の大陸が消し飛ぶほどの魔力を定期的に放出しなければならないぐらいであった。
だが、抑止力となり世界を守るべき存在が世界の生態を崩し、大地を壊してはならない。当然のことだった。
だから彼らは溢れる瘴気の毒となった魔力をイビルライズに閉じ込めた。
しかし、イビルライズは意志を持った。
毒はイビルライズの栄養となる。
イビルライズという宛を失った2人はイビルライズの瘴気の毒も、これから作られ続ける瘴気の毒も自身の城に毒を溜め込み続けた。
そして…それももう限界だ。
2人はもはや毒を閉じ込める場所を失い、あとは毒によって身体を犯され―――心を壊され、絶望をまき散らし、その心は闇に染まっていく。
そう、絶対悪の復活という未来だ。
そして絶対悪を滅ぼす唯一の力、“ブレイブハーツ”。
この力は昔、デーガが勇者の最後の子孫から受け継いだ唯一無二の力となっていた。
デーガは長い時間を生き過ぎて、生物としての心の力をほぼ失っている。
故にブレイブハーツを使うことは出来ない。
使うことは出来ずともその形は体内に残っており、それによるブレイブハーツの力のお陰で毒をある程度抑え込めてはいたが、その力も弱ってしまった。
そこで目を付けたのがイビルライズを目指すビライトたちだ。
デーガは彼らに試練を与え、その中でブレイブハーツを分け与えて発現させることで、絶対悪となった自分たちを倒してもらうという作戦を考えた。
反対する抑止力も居たが、もはや絶対悪化はもう避けられない。ならば…もうこうするしかない。
デーガとカタストロフは決心を固めた。
そして、その時が今日、訪れる…
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「―――来たな。」
「…」
ビライトたち一行はデーガとカタストロフが待つ謁見の間に来ていた。
デーガは玉座に座ってビライトたちを見る。
「魔王デーガ…」
ビライトたちはこれから起こることに緊張している。
「ま、ヒリつく気持ちは分かる。」
デーガは立ちあがる。
「…身体の奥がザワつくんだよ、今にも衝動でどうにかなっちまうぐらいな。もう時間は残されちゃいねぇ。」
「師匠…あたしたちは…」
レジェリーはデーガに何かを伝えようとするが…
「いいよ、もう何も言うな。お前らには俺たちは救えない。」
デーガは相変わらず諦めていた。
「…」
「覚悟を決めな。デーガも覚悟してんだ。」
アトメントはレジェリーにそう言うが、レジェリーは手をぎゅっと握る。
「…師匠、カタストロフ…あたし…必ず、あなたたちを助ける方法を見つけるから。」
「…期待せずに待ってる。」
デーガはそう言い、後ろを向く。
「さぁ、覚悟を決めろ。もう死の宴も無い。お前らの命は1度きりだ。」
扉へ向かうデーガをアルーラは静かにみつめていた。
デーガはアルーラの頭に手を置き、小さく微笑んだ。
アルーラは頭を静かに下げた。
「…みんな、これからどうなるか分からない。でも…戦いは避けられないと思う。準備は良いか?」
ビライトは皆に声をかける。
「おう、いつでもいいぜ。けどよ、救う手段もワシは考えるのを辞めたくねぇ。」
ヴァゴウは武器出す。いつでも何が起こってもいいようにヴァゴウは防御態勢を取る。
「アトメント、策があるのだろう。」
クライドはアトメントに問う。
「まぁな。まずはアイツの動きを見守ろうぜ。」
アトメントはそう言うが…レジェリーだけはその会話に複雑な顔を見せていた。アトメントはそれに気づいているようでレジェリーを見てニヤついた。
「不安か?」
「…うん、でも…まだ手があるって…信じてる。」
「それでいい。」
アトメントは「さぁ、おでましだぞ」と呟く。
「俺たちの覚悟は決まった。でも勘違いするなよ!俺たちは…あんたたちに消えて欲しいなんて思わない。救える道を…探して見せる。」
ビライトはデーガに言う。
デーガはビライトたちを見ず、右手を上にあげた。
そして扉の前に立ち…あげた右手を扉に当てる。
「…始めるぞ。カタストロフ。」
(あぁ。)
デーガの右手が黒い光を放ち、そして扉が音を立てて開いていく。
するとそこからは黒い煙のようなものが漏れ出し、それはデーガの周囲を纏う。
「…ッ…グッ…」
ガクッと膝をつくデーガ。
「師匠ッ!」
レジェリーはそれを見て叫ぶ。
「グッ…アアアアアアアッ!!!!」
デーガにまとわりつく瘴気の毒はデーガの身体を蝕む。
「グアッ…グアアッ…グアアアアーーーッ!!」
悲痛な叫びをあげながら、デーガの身体がカタストロフ人格の姿になろうとしている。
絶対悪化の前触れだろうか。デーガは身体は音を立てて変わっていき、そして城が大きく揺れる。
「ッ…!なんて力だ…これが…絶対悪化なのか…」
あまりにも強い力に動けないビライトたち。
身体は地面に落ち、立ち上がることも許されないとてつもない圧がビライトたちにのしかかる。
今、立って居られているのはアトメントと…レジェリーだけだった。
「師匠…カタストロフ…!」
「レジェリーちゃん、無茶すんな!」
「ダメよ…あたしは…あたしは最後まで見届ける…絶対……屈しない!!」
レジェリー足をしっかり踏ん張って、瘴気の毒に侵され続けるデーガをしっかりこの目で見ている。
(…立派だな、我らの弟子は。)
「…へっ…そ、だな…クッハハ…だが…もう…それも…分からなく……なる…!」
力の暴走は止まらない。デーガにまとう瘴気の毒はまだ扉の奥から噴き出している。
(…へっ、もう、言葉も発せねぇ…カタストロフ……最後まで…一緒に居てくれてサンキューな…)
デーガは心の中のカタストロフに言葉を伝える。
(―――)
カタストロフは何も言わなかった。
(…カタストロフ?)
(デーガ。)
カタストロフは口を開いた。
そして、その次に放たれた言葉は、デーガの想像とは大きく異なる言葉であった。
(―――もう、お前に用はない。)
――――(…は?)
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バチッ。
部屋に紫の電流が走る。
「アッ…ガッ…ウ、ナニ…ヲ…!?」
「お、おい、様子が変じゃねぇか?」
ヴァゴウはデーガの異変に気が付いた。
「あ、あれ…あれは…なんだ?」
ビライトはデーガの背に注目した。
ビライトたちが見た光景。
そこには…デーガの背から別のものが飛び立とうとしている何かが居た。
「…!」
「…やはりそう出るか。カタストロフ。」
アトメントは呟いた。
「ア、アトメント!どうなっているんだ!」
クライドは何か知っていそうなアトメントに問うが…
「まぁもう少し見てな。直に分かる。」
デーガの背から現れたのは…カタストロフの人格時のデーガとよく似た別の姿の何かであった。
大きく身体を動かし、身体を震わせながら後ろへ反る。まるで脱皮をしているかのようにバリバリバリと大きな音を立ててそれはデーガの身体から飛び出した。
「…我が友よ。」
飛び出した何かはそう呟き。デーガの身体を後ろから静かに抱きしめた。
そしてもう一度、小声で呟いた。
「さらばだ」
「…っぐ…!?」
デーガの身体は次の瞬間大きな電流と共に扉からビライトたちの元まで一気に吹き飛んできた。
「!!」
「デーガ!おい!どうなってやがんだ!」
ヴァゴウはデーガに問うが…
「知るかッ!こんなの計画にねぇ…それに感じねぇ、カタストロフの魂を…まさか…アイツが…!?」
瘴気の毒を一身に受けながら、その何かはデーガを、ビライトたちを見る。
全身の瘴気の毒を纏い、うめき声を上げながら苦しむ様を見せるが、それはやがて収まり、瘴気の毒を纏いながらもその表情は平静を見せた。
「…我は…魔王…カタストロフ。この世界を―――滅ぼす者也…」
「…!」
ビライトは武器を構える。
カタストロフと名乗る者は宙に浮き、黒い毒の瘴気を纏っている。
その姿はデーガがカタストロフ人格になった時の姿そのままであった。
「カタストロフ…!てめぇ…何考えてやがるッ!約束がちげぇぞッ!!」
デーガは予想外の出来事に声を荒げる。
「カタストロフーーーか。もはやそのような名はいらぬ…我は…絶対悪だ。」
「ざけんなッ!一緒じゃなかったのか!俺たちは…2人で魔王デーガで…魔王カタストロフだろうが!」
「ど、どうなってるんだ…だって、魔王カタストロフは魂だけの存在なんだろ?肉体があるじゃないか!」
「どうなっている…!」
「おいおい、色々とおかしなことになってンぞ…どういうこった…!」
ビライトたちは聞いていた話と違うということにも困惑する。
「…」
レジェリーだけは目を顰めて無言で突っ立っていた。まるでレジェリーは何かを知っているかのようだった。
「…ご苦労であったデーガよ。我の器として長き時間を経て、我は肉体の自己修復を陰ながら行っていたのだ。」
「…ンだよ…それ…どういうつもりでそんな…俺じゃ駄目だってのか!俺が器じゃ…駄目だってのかよッ!答えろッ!!」
デーガは手を前に出し、闇属性の魔法を放つ。黒い球体がカタストロフ目掛けて放たれるが、カタストロフは表情を変えることなくその魔法を片手で受け止め、握りつぶした。
「―――然り。故に、もうお前は必要ない。否、この世界すらもいらぬ。」
カタストロフは開いた扉の前で手を大きく広げる。
そして、全てを受け入れるかのように全ての瘴気の毒を吸い上げる。
全身に黒く禍々しい靄がカタストロフの全身を覆い…カタストロフの身体がまた変化していく。
「グ、グウウウウウウッ!!!」
カタストロフの身体が変化していく。
左右の肩に赤い棘が2本ずつバキバキと音を立てて生える。
そして、胸の赤い文様が左右にめきめきと開いていき、その中央に鋭く細長い黒目…眼球が現れる。
「グゥォォォォォォォ…!!」
ググッと音を出しながら顔の刺々しい角もみるみる姿を変えていき、曲線を描く角へと変化していき、額には胸に出来上がった赤い眼球と同じものがまるで何かを破るように現れ、グリンと眼球が動く。
腕や背にも棘が無数に生え、カタストロフの姿はより禍々しく、恐ろしいものへと変貌していった。
「グゥゥゥ…ヌゥゥゥ…ッ!!ルァァッ!!ルォーーーーーーーーーッ!!!!」
カタストロフは衝撃波と共にその咆哮を轟かせた。
より刺々しく伸びた鋭い悪魔のような大きく細長い歯を強く噛み、唸り声を響かせる。
「きゃっ!」
その衝撃波でついにレジェリーも尻餅をついてしまう。
「…こ、これが…これが――――絶対悪…!」
「ウウウ…グルルル…」
「…ヘヘッ、コイツは想像以上だなァ…」
アトメントも冷や汗をかいている。
神様であるアトメントすらも驚くそのとんでもない力の前にビライトはただそれを見ることしか出来なかった。
瘴気の毒は全てカタストロフの中へと入り、扉の奥の瘴気の毒は完全に消え去った。
「―我は悪、我は世界の滅亡を望む者也―――これより、世界滅亡の準備へと入る―――」
カタストロフはまるで意志がないかのような…機械的な言葉を発した。
「…アイツはもうカタストロフじゃねぇ…ただの、世界を滅ぼす為に生きる絶対悪だ。」
アトメントが呟くと、デーガは拳を震わせ地面に叩きつけた。
「――準備場所の探索を開始―――」
「くっ…!」
ビライトは大剣を握り、前に出る。
「ビライト…!」
「カタストロフ…あんたは…あんたは何が目的だ!」
カタストロフはビライトの声に一切耳を貸さない。
鋭利な歯をむき出したまま、表情を変えないカタストロフ。
「答えろ!カタストロフ!」
ビライトの呼びかけに反応しないカタストロフは呟いた。
「目的地をトーキョー・ライブラリへと変更する―――」
カタストロフは4枚の翼を大きく羽ばたかせる。
その風圧でビライトは後ろへ後ずさる。
「ま、待て!」
「…クソがっ!!」
デーガは何も出来ずにカタストロフを見ることしか出来なかった。
絶対悪となってしまったカタストロフには自分では相手にならないことを知っているからだ。
カタストロフは魔王城の天井を魔法で破壊し、空を舞う。
そして…
「…カタス…トロフ…」
レジェリーを見た。
カタストロフの顔が、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ表情を変えたように見えた。
そして、ビライトたちを見つめ…カタストロフは北を向き翼を大きく広げ、北へと去って行った。
「…っ…くっ、ううっ…」
レジェリーは涙を流し声を出して泣き崩れた。
カタストロフが何処かへ行ってしまい、少しだけ沈黙が流れた後、デーガは呟いた。
「レジェリー、アトメント…お前ら、何か知っていたのか。」
デーガはレジェリーとカタストロフを見て言う。
「…私、そしてアトメント殿、レジェリー…私たちはカタストロフ様のご意思を知っていました。お許しください、デーガ様。」
アルーラがデーガの前に出てきて、頭を深く下げた。
デーガの顔は完全に怒りの表情を見せていた。
「…レジェリー、カタストロフと何を話した。昨日こうなることを聞いていたんだろう。」
デーガの声がひどく低い。
「…あたしは…」
「答えろッ!!」
デーガはレジェリーの胸ぐらをつかみ、叫んだ。
「っく…うぐっ…ごめん、ごめん師匠…」
「やめろデーガ!」
「やめろよ!レジェリーを離せ!」
「おいッ!それ以上やるなら容赦しねぇぞ!」
クライドとヴァゴウ、ビライトがレジェリーを離すように言うが…
「黙れッ!こいつは…こうなることが分かってて黙ってやがったんだぞッ!!」
「デーガ様、それは私もでございます。レジェリーだけが悪いのではありません。」
「そうそう、俺も同罪だ。レジェリーを離してやれ。」
アトメントとアルーラも同じくデーガを説得する。
「…クソッ!」
デーガはレジェリーを放し、突き飛ばした。
レジェリーはふらつき、地面にぺたんと座り込んだ。
「…聞かせろ。昨日カタストロフと何を話した?」
「…あたしは…昨日カタストロフと2人きりで…話をした…その時…カタストロフからお願いされた…師匠には言わないで欲しいって…約束を…したの。」
レジェリーは涙を服の袖で拭きながら昨日の出来事を話した。
―――
レジェリーよ、お前に頼みがある。」
「え?…何…?」
「――デーガには内緒だ。今デーガは我らの会話を聞いていない。だからこそ、今我はお前にこの願いを聞いて欲しい――――デーガを頼みたい。」
「どういうこと…?」
「絶対悪は我だけでなる。」
「なっ…!何言ってんのよ!あなたは師匠と身体を共有してるんでしょ?」
カタストロフに肉体は無い。
カタストロフはデーガの身体を借りて姿を見せている。その身体はとっくに無く、魂だけの存在となっているはずだ。
つまり絶対悪になる為の身体が無い。故にデーガと一緒でなければならないのだ。
「我はこの時の為に自身のこの姿を模した肉体情報を構成していた。故に…我はデーガから分離することができる。」
「…それで…あなただけが絶対悪になろうっていうの…?」
「そうだ。我は絶対悪となる。そして…デーガやお前たちに殺されて終わりだ。」
カタストロフは淡々とレジェリーに明日、自分が行おうとしている計画を話す。
レジェリーは拳をぎゅっと握る。
「どうしてよ…!どうしてあなたが…あなただけが背負おうとするの…!」
「―――我はずっと探していたのだ、我に出来る贖罪を。どんなに善行を積んでも満たされぬ。故に、これこそが我に出来る最大の罪滅ぼしなのだ。我は、絶対悪となり殺されることで…この世界を毒す瘴気の毒ごと消える。我は―――死をもってその罪を償うのだ。」
「罪滅ぼしって…それは絶対悪だった頃のあなたに対する罪滅ぼし…だっていうの?」
「…それもある。しかしそれだけではない。我の存在そのものがこの世界には不要だからだ。我は世界を危機に陥れてしまうだけの存在…この世界に我の居場所はない。」
「不要だなんて…居場所がないなんて!そんなことない!!」
レジェリーは強く否定した。
「だって、あたしにとってあなたは恩人なのよ!世界が不要だって言ってもあたしは認めない!あたしにはあなたが必要だもん!師匠だってそうだよっ!」
レジェリーはカタストロフに訴える。必要ない存在なんかじゃない。カタストロフはレジェリーにとっても、デーガにとっても大事な存在だ。
「あなたがそんなに自分を否定するなら…師匠の気持ちはどうなるの!?あなたを想うあたしの気持ちはどうなるの!?あたしは…あたしはあなたが好きなんだよ!あたしに優しくしてくれたあなたも、あたし以外の誰かにも、みんなに優しいあなたが…好きなのに!」
カタストロフは目を細め、「すまない」とだけ言った。
「お前にしか頼めないのだ。レジェリー。我が死んだあとの我が友を…デーガを支えて欲しい。」
「嫌よ!あなたが支えればいいじゃない!それは…あなたにしか出来ないことでしょっ!?長い時間を一緒に生きてきたあなたたちだから出来ることじゃないの!?」
「…レジェリー。頼む。」
「…ずるいよ。そんなこと、あたしに頼むなんて…」
レジェリーは拳を震わせ、歯をかみしめるように言葉を発した。
「…頼む。我の最後の願いなのだ。分かって欲しい。我は絶対悪となればもはや何もかもを考えることが出来なくなる…お前たちのことも目に入った時、待っているのは死だ。絶対悪とはそういうものなのだ…我はこの手をお前たちの血で染めたくない。これ以上…デーガの心を傷つけたくないのだ…分かってくれ。」
カタストロフは頭を再び、深く下げた。
デーガはかつて、仲間をガジュールに殺されたことで怒りで我を忘れ、カタストロフを取り込み暴走して世界を壊滅に追いやったことがある。
しかし、それはカタストロフを取り込んだことによる力の暴走だった。
カタストロフは、自分さえいなければあの悲劇は無かったと考えている。
そして今回の瘴気の毒も同じだ。カタストロフという存在がデーガの魔力の溢れを激しく引き起こしている。並みの生物と異なる異常なほどに溜まるのが早い魔力だ。そして魔族特有の魔力が生理現象で消費しない特性。これらが重なった結果、今瘴気の毒で世界に悪い影響が及ぼうとしていて、デーガは苦しんでいる。
「我さえいなければデーガは魔王になることもなく、ただ1人の命として幸せに生きていたかもしれない。…すべては…我のせいなのだ。」
「違う!事実はそうかもしれないけど…それでも!自分だけを責めないで!あたしは諦めない!だから…あなたも諦めないで!」
「レジェリー…我は…」
「絶対悪になっても…きっとあなたの意志は負けないよ!負けないように心を強く持てば…きっと!」
レジェリーは希望を信じている。
今の…善の心を持つカタストロフならば、瘴気の毒に打ち勝ってくれると信じるレジェリー。
「…レジェリー、お前は…我に…生きろというのか。」
「当たり前でしょ!せっかくこうやって会えたのに…もうお別れなんて絶対嫌だ!奇跡を信じようよ!あたしは…きっと打ち勝てるって信じてるから!」
「…」
カタストロフの心は、レジェリーの必死の訴えで熱く燃えるようだった。
レジェリーがこうやって自分の為に必死で訴え、そして…自分を必要としてくれている。
(デーガ以外にも…このような者に出会えるとは思わなかった。)
カタストロフはついに身体を震わせ泣きだすレジェリーの身体を自分に近づけ、そして…抱いた。
「カターーー」
「お前は、強いな…。あぁ…本当に逞しくなった。」
「…」
「ありがとう。お前と出会えてよかった。」
「…ぐすっ…ばかっ…!」
レジェリーはカタストロフの身体をぎゅっと抱き、すすり泣く。
「…我も、信じてみよう。抗ってみよう。だが…それでも、それでも我が絶対悪の心に勝てなければ…お前たちの手で…我を殺してくれ。」
「…!」
「お前たちに殺されるのであれば…我は幸せだ。」
「…うん…でも、あたしは…そんな最悪の結末…認めないからっ…!」
「あぁ…我もその結末を否定できるように…力を尽くそう。お前の気持ちに応えられるように…だがもしもの時は…頼んだぞ、レジェリー…」
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「―――カタストロフがそんなことを…カタストロフはレジェリーやデーガの為に自らを…」
ビライトたちは絶句した。
自分だけが犠牲となることで、全てを終わらせようとしていたカタストロフの気持ちを知った。
カタストロフの持つ優しさから導き出された自己犠牲だった。
「カタストロフは信じてたよ…あたしたちのことを最後まで…大事に思ってくれたんだよ…」
「だが…カタストロフは打ち負けた…!もうアイツを殺すしか選択肢がねぇんだぞ…!」
デーガは拳をぎゅっと握り、身体を震わせる。
「…でもよ…変じゃねぇか?」
ヴァゴウは口を開く。
「…あ?」
「絶対悪となったカタストロフは眼前の者を全て滅ぼすんだろ…?だったら何で奴はワシらを襲わなかった?」
「…確かにそうだ。カタストロフは確かに俺たちを見ていた。だが何故奴は俺たちを殺さなかった?」
クライドもヴァゴウの疑問に乗っかった。
「あいつまさか…!」
デーガはカタストロフが消えた方角を見る。
「まだアイツは絶対悪になり切れていない。ってことだろうな。お前の信じる気持ちがカタストロフに抗う力を与えたんだろ。レジェリー。」
アトメントはヘヘッと笑う。
「…まだ、救えるってこと?」
「さて、俺はカタストロフの自己犠牲までは知っていた。一つ予想外なことがあったとすれば、カタストロフがまだ絶対悪になり切れていない、抗っているってところぐらいだが…ここで俺の策を提示しよう。そのカギを握るのが“ブレイブハーツ”だ。」
アトメントは考えていた策をビライトたちに提示する。
「ブレイブハーツは勇者の力だ。んでだ。デーガ、お前がレクシアで暴走した時、お前を止めたのは何だったか…忘れたとは言わせねぇぞ。」
「―――リュグナ…」
「リュグナ?」
「勇者の子孫の名前さ。リュグナの所有していた勇者の力、ブレイブハーツを受けたデーガは自我を取り戻し、世界の崩壊は一歩手前で防がれた。ここまで言えば分かるな?」
アトメントはビライトたちに答えを求める。
「ブレイブハーツの力をぶつければカタストロフを絶対悪から解放出来るかもしれない…ってこと…?」
「ご名答~」
レジェリーの出した答えにアトメントは拍手をして笑う。
「…ブレイブハーツ…か…ハッ、よりにもよってだ…ホント最悪だぜ。俺はブレイブハーツは使えねぇ…つまりお前らに頼るしかねぇってことだ…」
デーガは長く生き過ぎた影響で生物としての心の力を失っている為、保有こそしているものの、行使することは出来ないのだ。
今、ブレイブハーツが使えるのはビライトたち4人だけだ。
「…」
デーガはビライトたちを見る。
「…俺には何も出来ねぇ。だが、お前らなら出来る。だったら俺は…お前らに託さなきゃらねぇ。歯痒いが…カタストロフを…あの馬鹿を助けてやってほしい。」
デーガはビライトたちに頭を下げる。
「か、顔をあげてくれよ!俺たちも同じ気持ちだ!」
「…」
「俺はカタストロフのこと、あんたたち程よく知らないよ。だけど、悪い奴じゃないことだけは分かるんだ。表情がほとんど変わらないから分かりにくいけど…カタストロフは…優しいんだよ。だからレジェリーは涙を流すし、あんたも悲しい顔をする。それに…俺たちの為に自己犠牲に走ったんだ…悪い奴はそんなことしない。」
ビライトは自分の意見をデーガに伝える。
「ビライトに同意だ。ワシも詳しい事情はよく知らねぇ。けどよ…レジェリーちゃんがこんなに悲しんでんだ。このままになんて出来るかよ。なァクライド。」
「だな…それに俺はアイツにも借りがある。これからその借りを返しに行くとしよう。」
「ビライト…ヴァゴウさん…クライド…」
レジェリーは皆がカタストロフの為に動いてくれることを嬉しく思い、涙が零れる。
「ありがと…みんな…あたしも、頑張るから…!カタストロフを追いかけよう!」
ビライトたちは頷いた。
「と、いうわけだ。お前はどうする?」
「デーガ様…まだ、諦めるには早いのではありませんか…?」
アトメントはデーガに問う。アルーラもデーガに問いかける。
しかし、次の瞬間にデーガの目は既に決意の目をしていた。
「俺もアイツを追う。ブレイブハーツは使えねぇが…俺の呼びかけには答えるかもしれねぇ…アイツがまだ…カタストロフでいるうちはだが…」
「…自己犠牲なんて認めねぇ。一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ。それだけだ―――それに、お前たちは試練に打ち勝ったんだ。俺もお前らに手を貸してやる。」
デーガは決意に満ちた表情で呟いた。
「あぁ!心強いよ!」
「へへっ、みんなで力を合わせて頑張ろうぜ。」
ビライトとヴァゴウはデーガと握手する。
「おう。カタストロフがいねぇ今、俺はただの古代人のようなモンだが…伊達に抑止力やってねぇからな。足手まといにはならねぇよ。」
「えへへ…師匠が味方になってくれるなんてホントに心強い。」
「ケッ。」
デーガは正式にビライトたちを認め、そして新たな抑止力としてビライトたちの味方になった。
「…水を差すようだが、カタストロフを救った後瘴気の毒はどうするつもりだ。」
クライドはデーガとアトメントに問う。
「「「あ…!」」」
ビライトたちは肝心な部分に気づき、口を大きく開ける。
「そいつはお前ら次第だぞ?」
アトメントがビライトたちに言うが、ビライトたちは首を傾げた。
「イビルライズだよ。イビルライズ。」
「イビルライズに瘴気の毒を流し込むのか?それだと俺たちがイビルライズを倒してもまた活性化してしまうんじゃ…」
ビライトはイビルライズの活性化を気にしてアトメントに問う。
「それもちゃーんと考えてる。今、意志を持っているイビルライズをどうにか出来ればその後のことは俺たち神々でどうとでもなる。カタストロフだけに重い負担を強いることはもうしねぇ。俺たち神々も考えを改めようとしてんのさ。」
アトメントは具体的なことは言わないが、デーガとカタストロフを救った後のこともしっかり考えているようだ。
だが、大前提として瘴気の毒をイビルライズに流す為には、まずビライトたちが今の意思を持ったイビルライズを倒し、キッカを救い出すことが必要となる。
イビルライズを何とかすることは、カタストロフやデーガを助ける道と繋がっているのだ。
「というわけだから安心しな。」
ビライトたちはアトメントの言うことを信じ、頷いた。
割と今の今まで胡散臭いことが多かったが、今回の件の解決策を提示したのはアトメントだ。
ふざけているようで、ヘラヘラしているようで、しっかりとこれからの世界のことを考えているのだと、ビライトたちはアトメントに対する見方を変えていた。
それでもまだ完全に信用出来ないのはもはやアトメントの性格の問題なのだが…
「じゃぁ…早速出発したいところだけどカタストロフは何処へ向かったんだ?」
ビライトはデーガに質問する。
「アイツは“トーキョー・ライブラリ”に向かうと呟いていた。」
「「「トーキョー…ライブラリ?」」」
聞いたことのない名前だった。
レミヘゾル出身のレジェリーも知らない場所のようだ。
「トーキョー・ライブラリはかつてアーチャルの世界に存在していた大都市だ。ヒューシュタットとはまた毛色の違う科学技術が発達したんだ。」
アトメントが解説を入れる。
「ヒューシュタットとは異なる技術…か。ワシらの知らねぇモンがたくさんあるかもしれねぇなぁ。」
ヴァゴウは「何か使える武器があったら儲けもんだな」と、未知なる何かでこれからの役に立てるかもしれないと期待した。
「似てる部分は多いけどよ。でもヒューシュタットの技術の大元はトーキョー・ライブラリから始まってんだ。技術の源泉…ってとこかな。」
「カタストロフはそこで何をしようとしてるんだ?」
ビライトはアトメントに訊ねる。
「流石にそれは俺も分からねぇ。デーガ、何か心当たりは?」
アトメントはデーガに問うが…
「…アイツはまだ絶対悪になり切れていないんだろ。だったら簡単だ。トーキョー・ライブラリは廃都市。生物は住んでいない。いるのは小さい動物と弱い魔物ぐらいだ。アイツは…人的被害を少しでも減らそうとしてんだろ。」
トーキョー・ライブラリは生物が済んでいない廃都市。故にカタストロフは自分の意志がまだ残っている限り、誰も居ない場所で抗おうとしているのだろう。
「…カタストロフは…あんな状態になってでも世界のことを…俺たちのことを考えて…」
「そういうやつだ。アイツはドがつくほど優しい奴なんだよ。魔王なんて肩書ある癖に…どこまでも馬鹿正直でお人よしだ。」
「つーわけで次の目的地はトーキョー・ライブラリ。ちょうど神の領域に行く道中になるからな。イビルライズに行く前に1回世界救っとこうぜ~」
アトメントは軽く笑いながらそう言うが…
「アトメントってホント分かんないわ…」
「ははは…」
先に謁見の間を出るアトメントをビライトたちは追いかける。
そして、最後まで残ったのはレジェリー、デーガ、アルーラの3人だが…
「師匠。」
「なんだよ。」
「ありがとね。」
レジェリーはデーガにお礼を言い、微笑んだ。
「何がだよ、俺は何もしてねぇぞ。」
「あたしね。師匠が一緒に来てくれるの凄く嬉しいんだ。」
「ケッ、お前らが俺の試練を超えやがったから仕方なくだっての。」
デーガはそっぽを向いて呟いた。
「それにカタストロフは…大事な相棒だ。勝手に出て行って勝手に死のうとしてるアイツを一発ぶん殴って目を覚まさせてやる。それだけだ。」
「それでも、ありがと。すっごく嬉しい。」
「ケッ、言ってろ…んで、アルーラ。お前はそろそろワービルトに戻った方がいいだろ。あとは俺たちに任せとけ。」
「お心遣い、感謝致します。」
アルーラはデーガに頭を下げる。
「アルーラは行かないの?」
「私が行ってもあまり役には立たんだろう。それに…私の王が待っている。」
「そっか。そうだよね…」
「そういうことだ。」
レジェリーとアルーラが会話している間にデーガは自室に向かって歩いて行くのが見え、レジェリーは声をかけた。
「師匠どうしたの?」
「忘れもんだ。」
「お手伝いいたします。」
アルーラはデーガについていき、レジェリーに「先に外に出ていろ」と伝える。
レジェリーはビライトたちと一緒に外で待つために玉座の間を出て、階段を降りた。
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「…埃が払われてやがる…チッ、見られたか。」
「…懐かしい顔ぶれ…ですね。」
「…そうだな。」
デーガは昔の自分と、昔の仲間たちが笑顔で移っている写真を見て、微笑んだ。
そこにはアルーラも、まだまだ青かった自分が映っている。
なんとも腹の立つ笑顔だろうとデーガは小さくため息をついた。
「デーガ様、私事ですが…私は…あなたが今、ここに居ることを嬉しく思います。カタストロフ様の決断が無ければ…あなたは今ここにはいらっしゃらなかった。」
「アルーラ…」
「私の主よ…どうか、これからも私の主で居て欲しい。私の永遠の主であってください。」
アルーラは誰かに仕えることを生きがいとしている。
そして、それはヴォロッドだけではない。デーガとカタストロフも同じなのだ。
「あなたが役目を終え、命果てるその時まで…ずっとです。約束してください。命を…捨てないでください。」
アルーラは少し震えた声を出しながら、デーガの前に手を出した。
「…あぁ、悪かった。ありがとな…アルーラ。」
デーガはアルーラの手を取り、握手した。
必ずカタストロフを救い、2人でここに帰るため。そして…アルーラの願いに応えるために。
デーガはアルーラが持っていたギターを受け取り、魔蔵庫にしまった。
「持っていくおつもりですか?」
「あぁ。お守りだ。」
デーガはギターを壁にかけていた場所を見つめ…
「ブレイブハーツ…か。ま、俺にはもう無い力だ。」
デーガはそう呟き、アルーラと共に外に出て、自室の扉を静かに閉めた。
「…行ってくる。見守っててくれよな…グラド、ライチ、ロスト、ジャイロ、リュグナ。」
かつての友たちの名を呟き、そしてアルーラを見る。
「アルーラも。」
「――お帰りを…お待ちしております。我が主よ。お気をつけて。」
「あぁ。」
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「お、来た来た。おせーぞ~」
「わりぃ。」
アトメントは城から出てきたデーガに手を振った。
そしてデーガはビライトたちを見て…
「改めて、今はただの古代人みてぇなもんだが…一応抑止力の一柱、デーガだ。世話になるぜ。」
「あぁ!よろしく!」
「師匠!これからよろしくね!」
「せっかく一緒に行動するんだ!仲良くやろうぜッ!」
「…騒がしくなければ良いがな。」
ビライトたちは各々でデーガを歓迎する。
「…ケッ、足引っ張んじゃねぇぞ?」
(…デーガ様、このようなことを思うのは不躾かもしれませんが…どうか、楽しんで。あなたの凍り付いた心を溶かし…再び熱き心を燃やすことができる…かもしれません。)
アルーラはそう思いながら、ビライトたちの旅の出発を見送った。
「アーデンを出てしばらくしたら砂漠だぜ。過酷な環境が続くから覚悟しとけよ~」
「さ、砂漠か…確か…砂しかないっていう。」
「そ。陽が出ている時は死ぬほど暑いし陽が沈むと死ぬほど寒くなる。しっかり心を強く持てよな。でないと死ぬぞ~?」
アトメントはハハハと笑いながら陽気に歩く。
「砂漠か、また厳しいことになりそうだなァ。」
ヴァゴウはやれやれと足を進める。
「でも、あたしたちにはやることがあるもんね。」
「あぁ!ボルドーさんが救えたんだ。だったらキッカだって助けられる!カタストロフだって!」
「…行こう。」
ビライトも、レジェリーも、クライドも。皆が一つの目標を終え、次の目標へと歩き続けた。
(…ボルドーさん…ボルドーさんもきっと…俺たちの知らない所で頑張っているんだよな。俺たちも頑張るからさ…だから、ドラゴニアに帰る時には…笑顔で迎えてくれると嬉しい。)
ビライトはレミヘゾルの入り口の方角を見て遠くに居るボルドーを想う。
(お父さん、お母さん。行ってきます。あたし、立派になって帰ってくるからね。師匠と、カタストロフと一緒に。)
レジェリーもまた、アーデンを見て両親を想う。
(ボルドー、ビライトたちは必ずワシが守るからよ…だから安心しろよな。)
ヴァゴウもボルドーのことを想い、小さく微笑んだ。
(…俺は自由になった。だが…今は…こいつらと共に…仲間と、歩き続けると…俺の意思で決めた。全てが終わったら…また来る。)
クライドもまた、アーデンにある自分の家の方を見て、家族のことを想った。そして―――
(ギール、俺はこれからも上を見続ける。これからも、ずっと、ずっとだ。)
ギールを想い、足を前に一歩、また一歩と歩き出す。
そしてビライトは更に決意を固める。
(キッカ、待ってろよ…!必ずお前を…助け出してみせる。みんなと…仲間たちと一緒に。)
目指すはトーキョー・ライブラリ。
まずはカタストロフを救うこと。新たにやってきた世界の危機に立ち向かう為、ビライトたちは抑止力、魔王デーガを仲間に迎え、砂漠を目指す…
ビライトたちの旅は、まだまだ険しい道が続く…