Delighting World Break ⅩⅦ
幾多の死を乗り越え、魔王デーガの試練・死の宴を乗り越えたビライトたち。
死の宴の試練で死に、そして激しい魔力の乱用による作用で一時的に休眠したデーガの代わりに、デーガの中に眠るもう一つの魂である、魔族の始祖にして真の魔王・カタストロフが姿を現した。
カタストロフは何を語るのか。
そしてボルドーの復活、デーガとカタストロフの絶対悪化の運命はどうなるのか。
―――
「…カタストロフ…」
レジェリーが呟く。
「…レジェリー、強くなった。」
「…師匠と、あなたのお陰よ。」
カタストロフは頷き、そしてビライトたちを見る。
「カタストロフ、ブレイブハーツとはなんだ?俺たちのあの力は一体…?」
クライドはカタストロフに問う。
「…ブレイブハーツはかつて我々が暮らしていた世界、“レクシア”で生まれた“勇者の力”。」
「ゆ、勇者…だぁ?んなの…歴史書でしか…ってそっか、アンタら古代人だっけか…」
ヴァゴウはお伽話でしか出てこない単語に困惑するが、目の前に居るのは古代人だ。
なら彼らにとってはお伽話ではないのだろう。
「…だが、我はデーガほどブレイブハーツの知識は持ち合わせておらぬ。故に、デーガが目覚めてから直接聞くがいい。」
「…師匠は…あたしたちにそんなこと話してくれる?」
レジェリーはデーガの性格を知っているから故にカタストロフに訊ねる。
カタストロフは首を縦に振る。
「お前たちはデーガの試練を打ち破ったのだ。デーガも認めているだろう。」
「そっか…じゃぁ、師匠が目覚めるまで待たないといけないのね。」
「…そうだ。―――では、約束を果たすとしよう。ヴァゴウ・オーディル。」
「ワシ?」
「お前が持っているボルドー・バーンのスフィアをここへ。」
カタストロフは右手のひらを出し、そこへスフィアを持ってくるように言う。
「アンタがスフィアレイズを使うのか?」
「我もデーガもスフィアレイズの使用は可能だ。」
「…皆、良いか?」
ヴァゴウは一応皆に確認を取る。
「あぁワリィ、信用してねぇわけじゃねぇんだがよ。コイツは…ワシらの大事な…大事な命だからよ。」
ヴァゴウは気を悪くさせたのではとカタストロフに謝るが、カタストロフは「構わぬ。当然の確認だ。」と気にはしていないようだ。
「…俺はカタストロフのことをまだよく知らない。でも、俺は信じても良いと思ってる。でも決定はレジェリーとクライドに判断を任せたい。どう思う?」
ビライトはカタストロフと一番多い面識を持つレジェリー、そしてクライドに確認を取った。
「…うん、大丈夫。カタストロフは悪い人じゃないわ。あたしが保証する。」
「…信じよう。」
レジェリーとクライドは賛成した。
「分かった。オッサン、頼むよ。」
「おう、皆が信じるならワシも信じるぜ。」
ヴァゴウはボルドーのスフィアをカタストロフに渡す。
「…しばし待て。魂の情報、肉体、精神の情報を収集する。」
カタストロフは目を閉じ、意識をスフィアに集中する。
すると、スフィアが徐々に赤い光を発していき、カタストロフは更に深く意識を集中させる。
「―――ウム…そうか…」
時折何かを呟いている様子を見せるが、5分の時間が流れた。
「―――あぁ―――そうか―――良いだろう―――」
「結構時間かかるんだな…」
「あぁ…そうだな…」
「静かにしていろ。カタストロフ様は集中されている。」
アルーラは心配でざわついているビライトたちに注意を入れる。
「緻密な魔法なんだよ。なんせ命の復元だからな。」
アトメントはカタストロフを見てビライトたちに説明する。
「そうか…ボルドーさん…戻ってきて…くれるよな…?」
―――
「―――承知した、伝えよう―――」
そして更に10分が経過したところで、カタストロフは目を開く。
「カタストロフ…どうなの?」
レジェリーが尋ねるが、カタストロフの表情は変わらない。
「―――“一部”の復元は可能だ。」
「一部…?」
ヴァゴウは首をかしげる。
「一部とはどういうことだ?」
クライドはカタストロフに問うが、カタストロフは目を細める。
「―――本人がまだここに戻ってくることを望んでいない。」
「えっ…それってどういう…こと…?」
「…このスフィアには確かに肉体・精神・魂…3つの情報は全て記憶されている。だが…完全に復元出来ぬ状態にある。」
「…それって…あたしがライフスフィアが失敗してるってこと…?」
レジェリーは自分のライフスフィアが不完全だったのではないかと動揺するが、カタストロフはすぐに「それは違う」と否定した。
「お前のライフスフィアは成功している。だが、このスフィアに保存されている肉体・精神・魂の一部が欠けているのだ。それは何者かの手によって“別の場所”に送られたようだ。」
「別の…場所…?何がなんだか…」
ビライトたちは困惑する。カタストロフの言っていることがよく分からない。
「――場所については詳しく話すことは出来ぬ。それよりも我はボルドー・バーンとの対話を試みた。そして対話に成功した。」
「ボルドーさんと話が出来たのか!?」
「然り。だが、本人が戻ることを拒んだ。」
「ど、どうしてだ!?ボルドーの奴…何を考えてんだ…」
ヴァゴウはボルドーが拒んだ理由が分からずに戸惑う。
「ボルドー・バーンにはやりたいことがあるようだ。それを成しえることが出来た時、その時は必ず戻ると――そう言っていた。故に、我がスフィアレイズでスフィアの中にある情報のみを復元させ、残りの情報はシンセライズの神々に伝え、ボルドー・バーンが帰還を望んだ時に肉体に戻ることが可能なようにしておいたが故、以降の事は全て八神の管理下となる。スフィアレイズ復元以後、我が出来ることはない…許せ。」
カタストロフは完全な復元が叶わないことを謝る。
「「…」」
「あ、謝ることなんてないさ。でもさ、カタストロフ、ボルドーさんのやりたいことって…それはなんなんだ?」
ビライトが訊ねるがカタストロフは首を横に振った。
「それは我からは言えぬ。だが…信じて待っていて欲しい…と言っていた。いつになるかは分からぬ――――では、再度問おう。お前たちはボルドー・バーンの帰還を信じ、このスフィアを復元するか?」
カタストロフはビライトたちに選択を求める。
「…」
ビライトは皆を見た。
「俺はボルドーさんを信じようと思う。」
「…うん、そうだね…ボルドー様が待ってて欲しいっていうのなら、信じなきゃ。」
「だな。何してんのか知らねぇけどよ、きっとでっけぇお節介でも焼いてんだろうよ。」
「…違いない。で、あるならば…俺たちに出来ることは信じて待つことだけだ。」
皆の意見は同じだった。
カタストロフはそれを見て微笑んだように見えた。
「―――では、復元を行うが…試練を乗り越えた褒美として1つ提案をしよう。」
カタストロフは人差し指を立てる。
「提案?」
「このままボルドー・バーンを復元したとて、その身体は抜け殻。抜け殻を旅に同行させるわけにはいくまい…故にここからが提案となるが、我は対象の者を瞬時に遠くに移動させる魔法を所有している。ボルドー・バーンをドラゴニアに転送することが可能だ。」
「ドラゴニアに?」
「ウム、だが突然ボルドー・バーンの肉体だけが転送されれば向こうの者はさぞ驚くであろう。故に、何か書置きをするが良い。送られた先で驚かれぬように。この魔法は一方通行。その上我自身は転送出来ぬが故、ボルドー・バーン単身を送ることしか出来ぬのだ。」
カタストロフは提案するが、現実的に考えればそれは願ってもないことだ。
ここで復元させてもただの抜け殻なのであれば、ボルドーが戻ってくるその時まで、ドラゴニアで眠らせてあげた方がメルシィやベルガ王たちも安心すると思ったからだ。
カタストロフは「決めるのはお前たちだ」と言う。
ビライトたちは話し合いをし、結論を出した。
「分かったよ。その提案を受ける。」
「承知した。奥にデーガの私室がある。書き物をしてくるがいい。」
カタストロフはデーガの私室を指すが…
「し、師匠の私室なんて勝手に入っていいの?」
レジェリーは一応カタストロフに訊ねる。
「…?何か問題があるのか?」
カタストロフは首をかしげる。
カタストロフにはプライベートがどうとかは分からないようだ。
人の許可なく私室に入るのは明らかにプライバシー侵害というものだが、カタストロフにとってはそんなことは関係ないというより、それが気が引けることだということが分からないらしい。
「…ま、いっか。何か文句言われたらカタストロフのせいにしとけばいいし。あたし取ってくるわね。」
レジェリーはデーガの私室へと足を踏み入れた。
「―――良いのかなぁ。」
「ま、カタストロフが良いって言ってんだ。良いだろ。」
ビライトは心配するが、アトメントはヘラヘラ笑っている。
「…気が回る。優しいなァ。アンタ。」
ヴァゴウはカタストロフに言う。
「――デーガにも言われた。我は魔王らしくないと。」
カタストロフは目を閉じる。
「だが―――良い。我は、こうでありたい。」
「…そっか。」
カタストロフは目を閉じたまま「――それが、我にとっての…贖罪なのだから。」と、聞こえない声で呟いた…
「…カタストロフ様…」
アルーラはその呟きを聞いており、悲しい顔をして小声で呟いた。
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デーガの私室に入ったレジェリーは…
「さて、紙とペンは…あった。」
あまり長居をしても仕方ないのでレジェリーはすぐにそれを持ち出そうと机の上に置かれていたペンのインクが出ることを確認し、紙を持って出ようとする。
「――これ、写真…?写真ってヒューシュタットの技術の一つよね…その場の人や風景を紙に残せるっていう…」
レジェリーは机の上に、あった写真たてを見た。
埃をかぶっていて中の写真が見えない。
レジェリーは埃を指で取り除き、写真を見た。
そこには満点の笑顔で仲間たちと映るデーガが居た。
「…師匠の…昔の仲間たちかな…」
デーガの右隣には兎の獣人の男の子、その右には大柄で鎧を着た橙色の竜人。
そしてデーガの左隣には頭から角が3本生えた人間の女性。そしてその後ろには深緑の毛と長い赤紙を持つクライドによく似た獣人が居た。
皆、笑顔だが、何処か寂しそうな表情をしていた。
「…師匠も…こんな風に笑っていたんだね…」
レジェリーはそう呟き、私室を出た。
「お待たせ。」
レジェリーはペンで、そのまま手紙をドラゴニア宛に書いた。
「―――っと、こんなもんで良いかな。」
「おう、良いじゃねぇか。」
「うん、いいと思う。」
レジェリーは書いた手紙をビライトたちに見せ、確認を取った。
「では復元を開始する。再び時間を要するが故、待っているがいい。」
カタストロフはボルドーのスフィアをかざし、意識を集中する。目を瞑り、宙に浮くカタストロフの下に赤く大きな魔法陣が出現する。
その大きさは従来の魔法で使われる1mあるかないか程度の直径ではない。
その3倍、いや4倍はあるであろう巨大な赤い魔法陣が地に不気味な光を出し、出現している。
「で、でかい…!」
「スフィアレイズは蘇生魔法。死者を蘇らせるという禁忌だ。そして複雑で難解だからな。」
アトメントはそう説明し、カタストロフを見る。
「カタストロフやデーガみたいに常識を覆すような膨大な魔力を持っているからこそ出来る規格外の魔法だ。ま、抑止力がどういうもんか、もうちょっと身に染みるんじゃねぇか?」
アトメントはよく見てろとビライトたちに言う。
ビライトたちはこれから起こることに緊張し、唾を呑む。
「―――宝玉に眠りし命の灯よ、我が声を聞くがいい」
カタストロフは手を大きく広げ、禁断魔法特有の詠唱を行う。
「我、宝玉に眠りし魂の鼓動を感じたり。我が権能の元、我は願う―其の魂を我が名の元に再生を望む」
魔法陣はより赤く輝きを放ち、スフィアも赤く強い光を放つ。
「其の肉体は強き力也、其の精神は強き鼓動也、その魂は命の輝き也。彼の者よ、死の淵より甦れ、我が名は魔王・カタストロフ、其の魂の名はボルドー・バーン」
スフィアは球体から形を変えていく。
「あ…!」
「スフィアが…!」
その姿が良く知っている竜人の姿に構築されていく。
「――輝かしき命の鼓動よその身に還れ、これは―――彼の者の、新しき未来の始まりである」
そして、それは更に大きな輝きを増し…
「禁断魔法――スフィアレイズ、解放。」
目を開き、カタストロフは両手を空に高く上げ、その手をスフィアに向けてゆっくりと振り下ろす。
「!」
「わっ…!」
「うおっ!」
周りが赤く激しい光に包まれ、目が開けられないビライトたちは目を塞ぐ。
部屋中を赤い光が包み込み、激しい光は真っ黒な城を赤く染め上げる。
そして20秒ほど目を閉じていたビライトたちは、ゆっくりと目を開ける。
「…!」
そこにはスフィアだったボルドー・バーンの姿が…肉体が見えた。
カタストロフの広げた両手の間に包まれるようにその大きな身体がゆっくりと地面に仰向けで降り立った。
「ボルドーさん…!」
「ボルドー!」
ヴァゴウは真っ先に飛び出し、ボルドーの身体に触れる。
「あぁ…ホントに…お前なんだな…ガハハ…ホント気持ちよさそうに寝やがって…!」
ヴァゴウの目には涙が溜まる。
「ボルドーさん…良かった…本当に良かった…」
「うん、本当に…良かった…!」
ビライトとレジェリーもボルドーの身体に触れ、喜んだ。
「…ボルドーをドラゴニアに送ってやろう。手紙を。」
クライドはそう言い、レジェリーは手紙をボルドーの胸の上に置く。
「ボルドー・バーンはいつ目覚めるかは分からぬ。だが、少しの会話で我は分かった。彼の者は強く、優しい男だ。必ず約束を果たすであろう。」
カタストロフもまた、地面に降り立ち、そしてボルドーの身体に手を当てる。
「転送魔法・コーディナイト」
ボルドーの身体が青く光り出し、そして一瞬にしてその姿はフッと姿を消してしまった。
「…!ボルドーさんが…!」
姿を消したボルドーに驚くがカタストロフは「転送は完了した」と伝える。
「…驚くだろうな。」
「うん、だけど…あとはボルドーさん次第なんだろう?だったら俺たちは信じよう。」
ビライトたちは、ここからはボルドーの意志に委ねるしかない。
だからこそ、ボルドーのことを信じる他、もう出来ることは無いのだ。
「…この城には客人用の部屋が多くある。デーガが目覚めるまでまだ時間を要するが故、身体を休めるがいい。」
カタストロフはそう言い、玉座に座り目を閉じる。
「カタストロフ様はお一人になられたいようだ。我々はいったんここから出るぞ。」
アルーラはビライトたちと共に玉座の間から出ることになった。
そしてビライトたちはひとまず客間に案内された。
客間は縦に広く、大きな机とそれに並ぶ椅子。中央には不気味にろうそくの炎が燃えている。
「アルーラ、デーガはいつ起きるんだ?」
ヴァゴウはアルーラに訊ねる。
「分からぬ。だがデーガ様は多くの力を消耗した。早くとも深夜となるだろう。このフロアに客人用の部屋が10部屋ほどあるが故、好きな部屋で個々過ごすと良い。明日、再びデーガ様とカタストロフ様との謁見としよう。」
アルーラはそう言い、客間から出ようとする。そして扉を開ける前に一言。
「忘れてはならぬぞ。明日、デーガ様とカタストロフ様は全ての瘴気の毒を己の中に取り込むつもりだ。」
「…師匠…」
「ブレイブハーツを得たお前たちならばやれるはずだ。」
アルーラはそう言い、客間から出る。
そのあと、しばらくは静寂が流れるが…
「ブレイブハーツ…か…この力を使えば…イビルライズも…デーガとも渡り合えるんだよな。」
「…あたしは…師匠を殺したくない。師匠を助けるためにブレイブハーツを使いたい…アトメント、師匠を救う手段はまだ教えてくれないの?」
アトメントはデーガを救う方法は1つだけあると言っていた。
「まぁブレイブハーツが必要ってのは大前提だが…まぁ明日になれば分かる。アイツは“まだ隠してることがあるんだよ”」
「隠してる…こと?」
「明日になれば分かる。今日は各々でしっかり明日の為に備えときな。」
アトメントはそう言い、客間から出る。
「さぁて、その部屋が一番良いかね~」
そう言いながらアトメントはヘラヘラと笑っていた。
「「「「…」」」」
「…ここに居ても仕方あるまい。アルーラの言う通り、俺たちも休もう。」
クライドの提案でビライトたちはひとまず解散することになった。
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ビライトは早々に部屋を決めた。
椅子とテーブルが窓沿いにあり、ビライトは椅子に座り、肘をついて、窓の外からアーデンを見た。
「―――なんというか…色々あったなぁ…」
ボルドーを復活させるという目的は達成され、あとはボルドーの帰還を信じるだけとなった。
そして、更なる目的、キッカをイビルライズから救い出し、そしてイビルライズの侵攻から世界を守ること。
ビライトたちの旅は世界を巻き込む大きな旅となり、そして自分たちが世界の命運を握っていることなど、コルバレーを旅立ったあの日は思いもしなかっただろう。
「…キッカ…」
必死だった。キッカを助けるために一生懸命無我夢中で旅をして、戦って…
いざ、こうやって暇な時間が生まれてしまうと良くないことばかり考えてしまう。キッカが無事なのか。イビルライズに酷いことをされているのではないか。
決意は固まっている。だが、焦りはどうしてもこういう何もしていない時こそビライトの心をかき乱す。
「…ダメだな。じっとなんてしてられないよ。」
ビライトは部屋を出た。
とにかくじっとしているのはあまりよくない。ビライトは廊下を歩く。
「…アルーラさん。」
「ビライトか。」
階段の傍にはアルーラが居た。
「カタストロフを見守っているのか。」
「それが私の使命だ。」
ビライトは階段の上を見る。
「アルーラさんは…1000万年以上、カタストロフとデーガと一緒に生きてきたんだよな。」
「そうだ。私も本来は寿命でとっくに死んでいる身ではあったが…神々に特別を頂きこうやって私は長い時を生きながらえている。」
「…途方もないよ。俺たちなんて100年生きれれば長寿だっていうのにさ。」
ビライトたちの物差しで測れないほどに長い時をアルーラはずっと見守ってきた。それがどれだけ大変だったかはとてもビライトには分からない。
「…私にとっては何の苦でもない。あのお方が居る限り、私は生き続けるのだ。」
「―でも、デーガは…」
「そうだな、お前たちに倒されることを望んでいる。」
アルーラは空を見て呟く。
「そうなれば―――私も。」
「そんなのって…ヴォロッド王はどうなるんだよ。」
「そう、だな…我が主は…1人では無かったな。すまぬ、忘れてくれ。」
アルーラは小さく呟き、ビライトに言う。
「デーガとカタストロフを救う手段があるかもしれないんだ。アトメントがそう言っていた。」
「…知っている。だが、可能性は低い。」
「…何とかするよ。」
「…フッ、期待している。」
アルーラは小さく微笑み、ビライトは再び廊下を歩く。
(…あんたの死は…誰も望んじゃいない。俺たちになんとか出来る可能性があるなら…―――少し…身体を動かそうかな…)
ビライトはそう思い、城の外へと足を運んだ。
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「はっ、やっ!」
ビライトはメギラエンハンスを発動させ、剣を振るっている。
城の外で修行するビライト。全身から力を引き出し、そして…
「…ハッ!!」
より意識を集中させ、身体全体の力を細部まで流し込み、そして集中。
「ようビライト。」
「オッサン。」
「お前がなんか思いつめた顔で出ていくもんだから気になっちまった。」
ヴァゴウがビライトの元へやってきた。
「…オッサン、肩…」
ヴァゴウの左肩の装備は死の宴の時に砕けてしまったため、今のヴァゴウは防具を失っている状態だ。
そして、右肩と左肩には服を貫通して何やら岩の棘のようなものが複数見えている。
「ん、あぁ…まぁ、隠しても仕方ねぇわな。」
そしてヴァゴウもまた身体に力を込めて見る。
すると腕が大きくなったのだ。
バキバキと音を立てて腕に岩の棘が生える。
「オッサン、それ…」
「潜血覚醒だよ。なんつーかよ、ドラゴニアで発現してから妙に心がざわついてよ。レミヘゾルに入る前ぐらいからより敏感になっちまってな。ちょっとでも油断したり力を入れるとこうなっちまう。」
「死の宴の時も発現してたけど…平気なのか?」
「おう。制御はある程度はなんとかな。けど長いこと発現させてねぇと身体が勝手に潜血覚醒しちまってな。もっと放置してっと暴れたくて仕方なくなってくンだよ。」
ヴァゴウは苦笑いをしながらビライトに自分の身体のことを語る。
「まぁなんだ、このブレイブハーツとやらの力がワシの力の抑制に働いてるらしくてな。大分楽になってるみてぇなンだ。」
「そっか…ブレイブハーツにはそんな力もあるんだ…」
「おう、そんなわけだからよ。ワシも前よりもじゃんじゃん皆の役に立てるってもんよ。」
ヴァゴウは前向きに考えている。
それもきっと、死の宴の中で自分の心を強く持って、仲間を信じ、自分を信じ、皆で立ち向かったあの時、ヴァゴウの心は強くなれたのだ。
「俺も負けてられないな。ボルドーさんが救えたんだ。だったら…キッカだって…」
「そうだな。ボルドーに胸張って再会するためによ、キッカちゃんと一緒に帰ろうぜ。」
「あぁ。必ず…!」
「よぉし、ワシもちょっと身体動かすかァ!ビライトッ!ワシも混ぜろッ!」
「わ、わわ!オッサン!」
ヴァゴウはビライトの肩を組み笑った。
「実は今魔法の練習してんだ!これが意外と楽しくてなッ、お前もなんか覚えてみろよ!」
「へぇ…俺も何か覚えようかなぁ…」
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時間は流れ、夜になった。
少し落ち着き、城を歩いていたクライドとレジェリーは何故か一緒に居た。
二人とも偶然カタストロフの居る謁見の間の扉の前でバッタリ会ったのだ。
「…なんだ。」
「あんたこそ。」
2人は顔を合わせて何で居るんだよと思うばかりの顔を見せる。
「カタストロフに何か用事?」
レジェリーはクライドに聞く。
「お前こそ。」
クライドもその言葉をそのまま返す。
「あ、あたしは別に…」
「そうか、なら俺はデーガと話がしたい。まだ起きてないかもしれんが確認をしに来た。用が無いならお前はさっさとどこかに行け。」
クライドはそう言い、扉を開けようとする。
「あっ、ズルい!」
「ズルいとはなんだ。何も無いのであろう。」
「あんたって人は…!ちょ~っと丸くなったなぁって思ってたのにッ!」
「フン。相変わらずうるさいなお前は。」
「もう!!あんたってば!!!」
「だーーーっ!!!うるせぇぞ!!!」
扉の奥から声が聞こえる。
扉が勢いよく開く。
そこにはカタストロフではなくデーガが居た。
「し、師匠!?」
「あ?なんだお前ら2人して…」
デーガはレジェリーとクライドを見て首をかしげる。
「師匠もう身体は良いの!?」
「あぁ、さっき目覚めたばっかだよ。ったく…まだボーッとしてんのによ…てめぇらがうるせぇから目ェ覚めちまった。」
頭を掻きながら呟くデーガ。それを見てレジェリーとクライドは内心ホッとしていた。
2人共デーガが心配だったのだろう。
「んで、2人共俺に用があったのか?それともアイツか?」
「あ、えーっと…あたしはカタストロフに…」
「俺は…お前だ。」
「あ~…は~…めんどくせぇ…ま、良いわ。ならレジェリーはここで待ってろ。先にクライドから話を聞いてやる。」
デーガはひょいっとクライドの手を掴んで扉の奥に引っ張り、扉をバタンと閉めてしまった。
「…行っちゃった…師匠元気そうで良かった。」
レジェリーは小さく微笑んで、扉の前で待つことになった。
―――
クライドを連れ込んでクライドの手を放す。
「んで?」
デーガは玉座に座り、小さくため息を吐く。
「…ジャイロと対話をした。」
「あぁ、しっかり同化出来てるみたいだな。宴の時もその力の片鱗を見せていた。そしてブレイブハーツもしっかり伝播されたみてぇだ。」
デーガは細目でクライドを見る。
「…そっくりだ。ジャイロにな。」
「一緒にするな。俺はクライドだ。」
「わーってるよ。」
デーガはため息をもう一度吐いた。
「…不機嫌そうだな。」
「んなことねぇよ。ただ、まだ少し身体が怠いだけだ。ったく…派手にやられちまったからなぁ…」
デーガは大きく背伸びをして欠伸をする。
「…俺はお前を救いたい。」
「あ?」
「お前なら知っているんだろう。お前自身が助かる方法を。」
「んなのねぇよ。アトメントが何か言ったか?」
「アトメントはお前を救う手段あるかもしれないと言っていた。」
デーガは目を閉じて更にため息を吐く。
「はー…ねぇっつーの。俺とカタストロフは瘴気の毒を取り込んで絶対悪となる。全ての瘴気を俺たちごと消し去って世界の脅威は消える。それで解決だ。」
「…アトメントの言うことが嘘だというのか?」
クライドが訊ねる。
「どうだか。俺の知らねぇ手段があるのかもしれねぇがな…だがもう良いんだよ。これでな。」
デーガは自分のこれからの生存を諦めていた。
「…本当にそう思っているのか。」
「あーそうだよ。」
デーガは本当は期待している。もしかしたら何とかしてくれるかもしれないと。
助かる根拠もない。ただ、可能性がもしあるのなら、それを見つけ出せるのならば、それを信じてもいいとは内心思っている。だが、そんなことはデーガは口が裂けても言いたくはなかった。
「俺も疲れたんだよ。この世界の為にずっと貢献してきたが…それと同時にこの世界にとっての毒を作り続けちまった。全ての神にも理解を得てはいたがハナからこうなる予定だった。お前らが俺を倒してくれりゃ御の字だが…そうじゃなくても俺は倒される。そしてこの世界の危機は1つ消えるんだ。素晴らしいことだろ?」
デーガはこうやって強がることしか出来なかった。
「素晴らしくなど…あるものか。」
クライドはデーガの言葉を否定した。
「お前にとってはそんなものかもしれんが…俺にとってはもうそんなもので片付けられん。本当に何もかもを放棄してしまうのか。」
「…ま、アトメントが何を考えているのか俺は知らねぇがよ。もし手段があるなら探してみろよ。」
「…分かった。その時は俺が必ずお前を救う。それこそ俺がお前に出来る恩返しだ。」
クライドはそう言い、部屋を出ようとする。
「クライド。」
「何だ。」
デーガはクライドを呼び止め、一呼吸置く。
「もし、もしもだ。俺たちがまだ死ねずに生き続けることになったとしたらだ…そんときはよ……――えっとよ…」
デーガは言葉を詰まらせてしまう。
「…なんだ、言いたいことがあるならハッキリ言え。」
「―――いや、なんでもねぇ。わりぃな引き留めちまって。」
デーガは言いかけたことを言わずにその話を終わらせてしまった。
「…レジェリーが待っている。カタストロフと変わってやれ。」
「…あぁ。」
クライドは玉座の間の扉を開け、部屋を出た。
扉を閉め、その奥から話声が聞こえる。
「終わったの?」
「あぁ、お前もさっさと済ませて寝ろ。」
「分かってるわよ。」
―――
「…やれやれ…あんな簡単なことが言えねぇとは俺も情けねぇな…おいカタストロフ。レジェリーが話がしたいってよ。」
(――あぁ…デーガ。頼みがある。)
「?なんだよ。」
(二人きりで話をさせてくれ。)
「あーはいはい。お前はレジェリーのこと大層お気に入りだもんな。いーよ。お前らの会話は聞かないようにしといてやる。」
(感謝する。)
カタストロフの声を聞き、デーガの姿がカタストロフ人格の姿へと変わる。
「レジェリー。」
扉の奥からレジェリーを呼ぶカタストロフ。
そして扉は開き、レジェリーが顔を覗かせる。
「あ、もう姿変わってる。」
レジェリーはそう言い、扉を閉め、カタストロフの元へと歩き出す。
「…久しぶりだね。2人で話するの。」
「…そうだな…」
「あ、でも面と向かって2人で会話するのは初めてだよね!」
「…あぁ。そうだったな…不思議な気分だ。」
カタストロフは玉座に座り、レジェリーは傍まで歩き出す。
「えっと、カタストロフ!改めてさ、あたしのこと…気にかけてくれてありがとね。」
「…気にするな。我が勝手にやったことだ。」
レジェリーがここで修行をしていた時からカタストロフはレジェリーのことを気にかけ、時折差し入れを贈ったり、会話に付き合ったりしていた。
レジェリーは全てデーガがやっていることだと思っていたが、カタストロフの存在を知り、それが全てカタストロフの気配りであることを知った。ここでの修行に耐えることが出来ていたのは全てカタストロフのお陰だった。レジェリーは改めてその感謝をカタストロフに伝えた。
「―――ねぇ、カタストロフ。」
「…なんだ。」
「本当に、本当にどうにもならないの?本当にあなたを救うことは…出来ないの?」
「…」
カタストロフは黙り込んでしまう。
「カタストロフ、あたしは…あなたの優しさに触れてきた、あなたが優しくしてくれたからあたしはここまで強くなれたのよ。師匠だって普段は厳しいし口悪いけど優しいところも知ってる。でも…本当の優しさに触れることが出来たのは…やっぱりあなたなんだよ。」
レジェリーはカタストロフを見て、涙をためて訴える。
「今でこそあたしは両親と分かり合うことができたけど…ここに修行で来ていた時、あたしは誰も信じられなかった。優しさも受けてこなかった。ずっと敷かれたレールを歩き続けるだけのつまらない人間だった。でも、あなたの優しさに救われて、師匠からは魔法の素晴らしさを教えてもらって…あたしの人生を大きく変えてくれた。あたしは…返しても返しきれないぐらいの恩を貰ったんだよ。ううん、それだけじゃない。あたしは…あなたのことが―――」
「レジェリー、我にそのようなことを言うべきではない。我は魔王、この世で唯一無二の純魔族であり、世界の魔物を統べる王であり抑止力…お前とは住んでいる世界が違うのだ。」
「ッ…」
レジェリーはそれでも、この気持ちを伝えたかった。
「あなたが拒んでも…あたしの気持ちだけは伝えたい!カタストロフ!あたしは…あたしは“あなたのことが―――好き”」
「――我も、お前のことは特別に想う。その心は…我だけのものだ。」
「カタストロフ…」
「…だが、すまない。我はお前の気持ちには応えることは出来ぬ。」
カタストロフはレジェリーに深く頭を下げ、謝った。レジェリーは首を横に振る。
「…いいよ。分かってた。でも…この気持ちだけは伝えたかった。あなたとお話しできるのが…もう最後になるかもしれないから…そう思うと、この言葉を一生言えないままなんてあたしには耐えられなかったの。」
「…ありがとう。だが―――レジェリーよ、お前に頼みがある。」
「え?…何…?」
「それは―――」
―――
―――
「――デーガには内緒だ。今デーガは我らの会話を聞いていない。だからこそ、今我はお前にこの願いを聞いて欲しい。」
「…ずるいよ。そんなこと、あたしに頼むなんて…」
レジェリーは拳を震わせ、歯をかみしめるように言葉を発した。
「…頼む。我の最後の願いなのだ。分かって欲しい。」
カタストロフは頭を再び、深く下げた。
「…あたしは、あたしは諦めないから。必ず…あなたに悲しい最後を迎えさせてなんかあげないんだから。」
「―――気持ちだけでも十分だ。ありがとう。」
カタストロフは微笑んだように見えた。表情は変わらないが、その言葉のトーンは少し穏やかで優しく感じる。
「気持ちだけじゃないこと、あたしが証明する。だから…カタストロフ、あたしを…ううん、あたしたちを信じて。あたしからもあなたにお願いする。」
レジェリーは真剣な目でカタストロフに訴えた。
カタストロフは少し言葉を出せず驚いた表情を見せるが…
「…分かった。信じよう。」
「ありがとう。あたし、頑張るから。だから、またお話しようね!約束!」
「…あぁ。」
レジェリーは微笑み、扉まで行って扉を開ける。
「カタストロフ、おやすみ。」
「あぁ…ゆっくり休むが良い。」
レジェリーは部屋から出て、自分の部屋に戻った。
「―――デーガ、もういいぞ。」
(んあ?もういいのか?)
「あぁ。」
デーガの姿が元に戻る。
「別れは済んだか?」
(…奴らは…諦めてはいないようだ。何度くじけても誰かがそれを立ち上がらせる。そうやってアイツらはここまでやってきたのだろう。故に…我もまた、信じようと思う。)
「そうか…ったくよ…俺たちが死んだあとの魔物統治は“ヴァジャス”が担ってくれる約束になってんのによ…俺にまだ働かせようってのか。ま、生きてるのも嫌いじゃねぇから俺も少しは信じてやっても良いけどよ…」
(素直ではないな。)
「やかましいっての。」
デーガは目を瞑り…
「…全く、あいつらは輝かしい…まるで昔の俺を見ているみたいだ。」
(…)
―――(頼んだぞ、レジェリー。デーガを…救ってやってくれ。)
明日、魔王デーガと魔王カタストロフはこれまで溜まってしまった瘴気の毒を一気に取り込み絶対悪…世界の敵となる。
全ての毒を抱え、そしてビライトたちに倒されることで毒ごと消滅しようとしている。
魔王デーガと魔王カタストロフはこのまま絶対悪となってしまうのだろうか。
しかし、アトメントにはデーガたちを救う策があるようだ。そしてそれはビライトたちのブレイブハーツ会得が大前提であったため、条件は満たしている。
アトメントが提示する策はいったい何なのか。
そして…カタストロフがレジェリーに託した願いとは…