Delighting World Break ⅩⅢ
「“お前は俺のなんなんだ”」
「――あぁ、話してやるよ。完全なる自分を得たお前なら…きっと受け止められるはずだ。」
アルーラの魔法により過去の記憶をさかのぼり、自分の失った幼い頃の記憶、自分の出身地、両親の姿。
そして暗殺組織ヴォールに入るまでの時間…
更に、ヴォール壊滅までの時間を別視点で見ることになったクライド。
ヴォール壊滅の真相、そしてギールが遺したクライドへの言葉。
それはこれまでのヴォールの生き方、そしてネムレスとしての掟。既に存在していないものに縛られて生きてきたクライドに、解き放ちと自由を与えることとなった。
自分はネムレス、クライド・ネムレス。
ギール・ネムレスの名を受け継ぐヴォール最後の生き残り。
だが、それは全て過去の話だ。ギールを亡くしてもその背中を見続けていたクライド。同じ仲間であったナグを掟に従い殺したことへの後悔。
これらのクライドを前に進むことを阻害していたものはクライドの中に大切にしまい込み、これからは自分自身の、クライドという一人の獣人として人生を進んでいくこととなるだろう。
これまでの記憶を見せた魔王デーガに対してクライドは素直に感謝を述べる。
だが、まだ分かっていない謎がある。
――魔王デーガにとって、クライドはどういう存在なのか。
ルナールという名で生を受けたクライドを特別な目で見て、そしてクライドとしてヴォールで生活をし始めてからも、アルーラを経由して様子を見守っていた。
そして、ギールとも接触を図り、クライドのことを任せていた。さらには、クライドの唯一の居所であり、大切な場所であったヴォールを壊滅させ、ギールを殺したサベージを殺したこと。
これらは全てクライドの為に行われた魔王デーガの行動であった。
アーデンで生まれた子供とはいえ、その扱いは誰よりも特別なものであった。クライドと魔王デーガにはどのようなかかわりがあるというのか。
そして、クライドにはこれだけではない、まだ分かっていない謎がある。
それは、クライドがここ最近感じている身に覚えのない感覚だ。ビライトたち仲間たちと触れ合ううちに湧き上がってくる身に覚えのない懐かしさ、身に覚えのない大切な気持ち。身に覚えのないうっすらとした記憶。
魔王デーガはそれも全て知っているのだろうか…
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「…俺は、お前のことが心配で仕方なかった。だから幼い頃からヴォール壊滅までの時間、アルーラを経由したりしてお前の様子を伺っていたことはもう分かっているな?」
「あぁ、だからこそ腑に落ちん。俺はアーデンで生まれたただの獣人だ。たったそれだけの存在であるはずなのに、お前は何故俺をそこまで気にかける?ギールに接触してまでもお前は俺の身を案じていたように見える。」
「その通りだよ。俺はお前の身に危険があるような組織であれば容赦なくぶっ潰してお前の記憶を魔法で無理矢理思い出させてアーデンに連れ帰るつもりだった。」
デーガの目は本気だった。ヴォールがクライドにとって本当にかけがえのない場所であったからこそ、そのようなことにはならなかったが、もしもヴォールが劣悪な環境であ
れば、とっくにヴォールはデーガによって壊滅していた上に、クライドも今のクライドでは無かったであろう。
「…もう一度言うぞ。お前は俺のなんなんだ。」
クライドは再度、デーガに尋ねる。
デーガは少し間を置き、口を開く。
「――ルナール…いんや、クライド。お前は……“俺の大切な仲間の魂を受け継ぐ者”なんだ。」
「…なんだと…?」
デーガは何を言っているのか。クライドは頭を混乱させる。
「…ま、無理ないか。自覚あるやつの方がすくねぇって“トーキョーライブラリ”にも記されてたしな。」
「トー…なんだ?」
「あーまぁこっちの話だ。」
デーガは話を変える。
「そうだな、お前は突然“身に覚えのない懐かしさ”や“身に覚えのない記憶”を感じたことは無いか?」
「―――ある。」
クライドはその答えを否定することは出来なかった。
クライドは時折、記憶の無い何処かで、仲間たちと旅をして…仲間たちとの絆を大切にしていた気がしている。これは自分が生まれるよりずっとずっと昔のような感覚をしていた。
――まるで“前世の記憶”であるかのように。
「それだよ。ま、お前も同じ境遇のモンには出会ったことがあるはずだ。もう分かったよな。」
「…転生者…か?」
クライドは尋ねる。デーガは首を縦に軽く振った。
「…で、俺はお前の大事な仲間の転生者だと。」
「…そうだ。」
「…くだらん。」
「…」
デーガは顔を顰める。
「聞こえなかったか。くだらんと言った。俺がお前の仲間の生まれ変わり?だから俺を守っていたと?」
「…そうだ。」
「ふざけるなよ、魔王デーガ。俺はクライドであり、ルナールだ。断じてお前の仲間ではない。」
「ま、そういう反応になるわな。」
デーガは分かり切っていた反応だったのか、納得はしたようだ。だが表情は険しい。
「全く、俺だって分かってはいたんだがよ…いざ面と言われるとちとキツイ。」
「お前にとっての俺は俺ではない。俺の中に居るどこぞの誰かということか。全く…くだらん。」
「ま、そう言ってられるのは今のうち…だぜ。」
デーガの言葉の意味を理解できずにいるクライドは首をかしげる。
「…どういうことだ…」
「そろそろかな。」
「何ッ…!?」
デーガが呟くと、クライドの身体に異変が起ころうとしてた。
ドクドクと鳴る心臓。
そして、頭の中が真っ白になるかのように揺らぐ視界はクライドを混乱させた。
「な、なんだこれは…」
「同調だよ。」
「なん…だと…」
「お前が転生者であることを俺が自覚させた。人格が入れ替わろうとしてんだよ。」
デーガは呟く。クライドは確かに心が塗り替えられていくような感覚を感じた。
「お、お前の狙いは…なんだというのだ…!俺を消して…お前の仲間として生きさせるとでも言いたいのか…!!」
「逆だよ。」
デーガは即答する。
「…どういう…」
「アイツを引っ張り出してお前と対話させる。んで、お前が勝て。お前の“大事なもの”を思い出す為だ。」
「言ってる…意味が…わか、らん…!!」
意識が飛びそうだ。そんな中でもクライドはデーガに理由を尋ね続ける。
「ま、しばらく眠っててくれよ。あとは俺に任せろ。」
「待っ……―――」
クライドの意識は暗闇に閉ざされた。
意識が、入れ替わっていくような。
消えていく意識の中、何かが自分をすれ違っていくのを感じた。
緑色の毛並みをした、赤く長い髪を持つ獣人が、クライドを見つめながらも、前を向き歩き出すのが見える。その先はクライドの心の核だ。
今、クライドの人格は完全に別の何か…そう、クライドの中にあった転生前の別の誰かへと切り替わった。
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「…」
「俺が分かるか?」
デーガはクライド(?)に声をかける。
目を瞑り立ち尽くしていたそれは目を開ける。
「…あぁ、分かるさ。懐かしい顔だ。」
「―会いたかった、ジャイロ。」
「俺もだ。デーガ。」
ジャイロ。それがクライドの転生前の名前だ。
今、身体はクライドだが、その心は完全にクライドと入れ替わり、ジャイロとして今ここに居る。
―――
「姿違えど、その魂は本物のようだ。」
「…みたいだな…」
クライド…いや、ジャイロは自分の身体を見る。
それは自分の知っている姿ではない。あくまで今この肉体はクライドの肉体だ。
「しかし…不思議な気分だ。俺はずっと過去に生きた者…だというのに、今俺はお前を見ている。」
「だな。俺も不思議な気分だよ。」
デーガの身体は少しだけ震えていた。
「…フッ、全くお前と言う奴は…魔王なのだろう?そんなことで涙を流すとは。」
「っせぇよ…今だけ、甘えさせろっての…」
デーガの目には涙がこぼれていた。
――少し経ち、デーガは涙を拭い「すまん、かっこわりぃモン見せた」と謝った。
「気にするな、1000万年以上ぶりだ。俺だって嬉しいさ。」
ジャイロはデーガを見て、目を閉じる。
「だが…お前は俺に会うためだけに俺を目覚めさせたわけではないんだろ?」
「あぁそうだ。これはアイツが…クライドが前に進むために必要なこと。だからお前を目覚めさせたんだ。」
ジャイロは目を閉じたまま胸に手を当てる。
「…必死に訴えて来てるのが分かる。返せ…とな。」
「だろうな…なぁジャイロ。」
「ん?」
ジャイロは目を開け、デーガは真剣な目でジャイロに言う。
「クライドの力に…なってやってくれねぇか。」
「…フム、俺に何かできることがあるのか?生憎俺は転生者というものはよく分からん。俺が目覚めることでこのクライドという獣人は何か変わるのか?」
「変わるさ。転生者は2つの魂を持つ。それが混ざり合うことでよりその力は輝くんだ。つまり…アイツは強くなれる。」
「混ざり合う…か。」
ジャイロはその言葉で理解した。
「つまりだ。俺はこれからクライドにその提案を持ち掛け…俺は“吸収される側”になるということだな。」
デーガは拳をぎゅっと握り、申し訳なさそうに頷いた。その目はとても苦しそうだった。
吸収される。それはつまりジャイロは二度とこのようにクライドの身体の支配権を握ることが出来ないということ。
いわば同化だ。そしてそこにジャイロの心、意志は存在しない。完全にクライドに吸収されてしまうのだから。
「…俺はよ、本当なら…お前にこのままで居て欲しい。そう思ってる。けど…そいつは叶わねぇんだ。」
「分かっている。俺はもう過去の者だ。それに、お前だって姿の違う俺など違和感しか無かろう。」
「はは、そうかもな…」
ジャイロは過去に生きたいわば死者のようなものだ。
本来、転生者が2つ目の心を目覚めさせてしまった場合、どちらかが支配権を得ることになる。
今回のように2つの心が対話出来るのであれば、お互いが納得いく形で成立する。
だが、過去に戦ったガジュールのように、気が付いたら支配権が変わっていたなどの事例もある。
今まで会って来たシルバーやブロンズも恐らくはそうであろう。
しかし、ファルトのようにしっかりと向き合ったことでお互いが納得した形で生きていく者も居る。今回のジャイロとクライドはこのパターンに該当する。
「…なぁデーガ。」
「ん?」
「身体、平気なのか。」
「相変わらず不安定だ。そして…もうすぐ限界だ。」
「そうか。」
ジャイロはデーガの身体の事情を知っていた。
これは恐らく世界統合戦争の時から言われていたことなのだろう。だからこそ、その場にいたジャイロもその事実は知っている。
「そうなっちまったらいよいよ俺は世界の敵として他の抑止力に倒されて終わりだ。」
「デーガ、道はきっとある。諦めるにはまだ早いのではないか?」
「いーんだよ。もうさ、俺も疲れちまったよ。」
デーガは小さくため息をついて、苦笑いした。
「の…割にはまだお前の目から光は消えていないように見えるがな。」
「…へっ、相変わらず観察眼のするどいこって。ま、お前らしいわ。」
笑いあう二人。デーガは今この時を幸せに感じている。
だが、もうすぐこの最初で最後の会話は終わる。
「もう一度だけよ、信じてみても良いのかもって思ってんだ。」
「今この世界に生きている人々の可能性か?」
「そうだな、根拠はねぇが…とことんまでお人よし軍団だからな。とはいえ…俺も抑止力の1人だ。世界の脅威に立ち向かえるだけの心があるか試させてはもらうけどよ。」
「そうか…」
ジャイロはデーガではない少し後ろの方を見て言う。
「いるのだろう。カタストロフ。」
ジャイロはここで初めてカタストロフの名を口にした。
(…あぁ。)
姿こそ見せないが、デーガの中からカタストロフの声がする。
「今までデーガと一緒に居てくれたこと、感謝する。」
(…まさかお前から感謝されるとは思わなかった。我はお前と、“お前の妻を殺した”のだぞ。)
カタストロフは世界統合前、力の暴走で世界を壊滅寸前まで追いやっている
その時、カタストロフはデーガとアルーラ以外の仲間を全員殺しているのだ。
「…そのことに関して許すつもりはない。だが…お前とアルーラの存在がデーガの心の支えになっていたことは事実だからな。」
(…そうか…)
「…デーガのこと、任せたからな。」
(…心得た。)
「…さて、デーガ。俺はそろそろ行く。」
ジャイロは言う。デーガは名残惜しそうな表情をするが腹をくくるしかない。
デーガは頷いた。
「…お前と話が出来て嬉しかった。」
「あぁ、俺も嬉しかった。」
「俺だけじゃなくて…皆で話がしたかったが…それは流石に贅沢と言うものだな。」
「そうだな…だが、俺の中にはみんなの顔、思い出もちゃんと全部欠かさず刻まれてる。忘れることは無い。これからもだ。皆は…俺の大切な親友だからな。」
「…ありがとう。」
ジャイロの目が閉じていく。ジャイロの心は内側に戻り、そしてクライドとの交わりが始まるのだ。
「ジャイロ。クライドを頼んだ。」
「あぁ。」
ジャイロは微笑み、やがてその身体は立ちながらも眠りについた。
「…ありがとな…」
デーガの目には再び一滴の涙が流れ落ちた。
それを内側に居たカタストロフは静かに見守るのだった…
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クライドの心の中ではクライドが必死に表に出ようとしていた。
見えない壁のようなものを叩き続けるクライド。
「くそっ、どうなっているのだ…!」
「無駄だ。そのようなことをしても何も変わらない。」
クライドが振り返ると、そこには黒い影。
姿こそ真っ黒だが、そこに居るのはジャイロだった。
「…俺をどうするつもりだ。お前はデーガと何を話した?」
クライドには、外でジャイロがデーガと何を話したのかは聞こえていない。だが、今までの間身体の支配権がジャイロになっていたことだけは分かっていたので、クライドはジャイロに問う。
「なに、約1000万年ぶりの再会だ。少しは大目にみてくれ。」
「…俺を、閉じ込めるつもりか。」
「デーガは逆だと言っていただろう。俺はお前の身体を奪うつもりはない。」
「…信用出来んな。」
「疑り深い奴だ。昔の俺にそっくりだな。」
ジャイロはクライドに向かって歩きながら言う。
「デーガは俺を目覚めさせてお前を強くしようとしている。デーガは俺だけを見ていたわけではない。お前のことも大事だと思っている。それは分かるか。」
「…だから、どうだというのだ。俺を強くすることに魔王デーガに何の得がある?」
クライドは尋ねる。
「…アイツは…口でこそ言わんが助けを求めている。」
「助けだと?」
「あぁ。」
ジャイロはクライドに、今デーガが置かれている状況を説明した。
瘴気の毒による絶対悪化、魔王カタストロフとの共生。
レジェリーにデーガが説明したことと同じことをジャイロは全てクライドに教えた。
「…で、俺にどうしろと?」
クライドはひとまず黙って全て聴き、そのうえでジャイロに尋ねる。
「デーガが言うにはお前が転生者として自覚して2つの心が一つになることでより強くなるらしい。つまり俺とお前は1つになるのだ。」
「…強さ…か。」
「世界、そしてデーガを救うには必要な力だ。そして…今後のお前や、お前の仲間たちにとっても必要なことだろう。」
「…それについては同意出来る。俺はもっと強くならねばならない。」
クライドは自分の今の実力では力不足だと負い目を感じている。故に、ジャイロと同化することで強くなるのならば願っても無いことだ。
だが、クライドは…
「…だが、俺は…まだこれからの俺を決められずにいる。」
クライドの心は揺らいでいた。
「俺はこれまではネムレスの名を持ち、そしてヴォールの誇りと掟を掲げて生きてきた。今請け負っている依頼もこれまでの覚悟があったからが故に歩いてこれた。だが、俺はギールの言葉を聞いてしまった。俺は…もうヴォールの誇りも掟も全て過去に置いていき、自由に歩くと決めた。」
「だから…依頼を放棄して一人帰るというのか?」
「…そうではない…だが、俺はこれからどれだけの決意を背負って戦うことができるのだろう…そう考えてしまうのだ。」
迷っているクライドにジャイロはしびれを切らしたのか、構えのポーズを取る。
「…なんのつもりだ。」
「フッ、なに…迷っているのなら…身体を動かしてみてはどうだ?手合わせをしよう。」
ジャイロはクライドに提案する。
「手合わせと言っても勝負は勝負だ。本気で来い。そして、俺が勝ったらお前の身体を貰ってやる。」
「何だと…?」
「言葉通りの意味だ。お前のようなどっちつかずで悩んでいるようでは俺に支配権を奪われてしまうぞ。」
「ッ…ぬかせ…!」
クライドも構えを取り、足技をジャイロに当てようとするが…
「フッ、良い攻撃だ。」
ジャイロは短剣でその足技を受け止めた。
「短剣で俺の足技を受け止めるとは…!」
「こんなものではないだろう。躊躇などお前らしくない。」
「黙れ!知ったようなことを…!」
クライドは連撃を叩きこむ。右足を動かし、回し蹴りを何度もたたき込むが、ジャイロは全て躱してしまう。
「迷いがあるな。そんな蹴りでは…誰も守れんぞ!」
「ッ!」
ジャイロもまた、足技を見せた。回し蹴りの一撃はクライドの腹に命中し、クライドは吹き飛ぶ。
「ガッ…!」
「俺は死人だ。本来ならば俺が支配権を獲得することはあってはならぬことだ。だが…お前がそのような中途半端な気持ちであるならば…俺がデーガやお前の仲間を救ってやる。」
「何を…勝手な…!」
「俺にとってはデーガは大切な仲間だ。お前はどうだ?お前と共に旅を重ねたお前の仲間たちはお前にとってなんだ?」
「…」
クライドの脳裏にはビライト、ヴァゴウ、レジェリー、キッカ、ボルドー、アトメント。
今回の依頼を受けてから現在に至るまでに触れ合ってきた者たちの顔がよぎった。
「…俺は…」
「俺はお前の心に居るもう一つのお前だ。分かるぞ。もうお前にとってアイツらはただの依頼人でも同行者でもない。」
「…!」
「素直になれ。俺がデーガを想うように…お前には…同じように想える仲間が居る。大きな決意はもうお前の中にある。」
「…」
クライドは目を閉じる。
ビライトはいつだって自分を信じてくれた。
ヴァゴウはくじけかけていた時に支えてくれた。
レジェリーは…全くもってうるさい奴だが…だが、何度も声をかけ、心配していた。
キッカも、ボルドーも…
(俺はもう…1人ではないのだな…)
“過去に縛られず、上を向き飛んでいけ”
そんなギールの言葉を思い出したクライド。
そうだ、もう自分は自由なのだった。
で、あれば…自分の気持ちに正直になればいいのだ。
自分が今ここに居るのは何故だ。依頼の為か。もちろんそれもある。だが…もうそれだけではない。
自分の周りにはもう、ビライトたち仲間がいる。
そして、その後ろには…ギール、ミア、ナグ、ヴォールの仲間たちも居る。
だが、クライドはもう振り返らない。
もし振り返るようなことがあれば、きっと後ろに居る皆がまた前を向かせてくれる。
クライドには後ろにも、周りにも、たくさんの仲間が居る。
クライドは目を開ける。
その目は先ほどのような目では無かった。
「クッ、ハハハ、ハハハハハッ!!!」
クライドは今までになかったほどに笑った。
「クライド…」
「あぁ、ホントに情けない!俺は本当に!こんな簡単なことに気がつけぬほど俺は愚かだったのだな!」
クライドは笑った。その目には涙が零れ落ちる程に。
「…あぁ、そうだな…俺は何を迷うことがあったのだろうな…そうだ。俺はもう悩むことなど無いではないか…!」
クライドは立ちあがった。
「…良い目だ。さぁ来い!!」
「ウオオオッ!!」
―――それからどのくらいたっただろう。
何度も、何度も拳を、足を、剣を交えた。
気が済むまでひたすらに自分の力をぶつけた。倒れるまで何度も何度も…
時間も忘れてしまったが、ついにクライドとジャイロは倒れ込み、仰向けになった。
「…あぁ、もう動けない。」
ジャイロはそう呟いた。
「俺もだ。」
クライドもそう言い、微笑んだ。
「クッ、ハハハ…」
「ハハハハハ…!」
2人は何故か笑いが込み上げてきた。全てを洗い流し、スッキリしたと言わんばかりに…
「もう、迷いはないな。」
「…どうだろうな。俺はまた悩むかもしれん。迷うかもしれん。だが…きっと大丈夫な気がする。」
「…そうだな。お前の仲間がお前を放ってはおかんだろう。デーガだってきっとお前の支えになってくれる。だから…デーガを頼むぞ。」
「…フッ、やれるだけやってやる。」
「あぁ。頼んだ。」
デーガの言っていた“大事なもの”。
それは…これからを歩む自分という存在の確立だ。
これまでずっと過去と後悔が先に進むことを阻害していた。
だが、クライドはこれから未来に向かって歩き出せるだろう。
例え立ち止まっても一緒に歩いてくれる仲間がいる、背中を押してくれる過去の大事な人々が居るのだから。
ジャイロの身体が光り出す。本格的に同調が始まろうとしているのだろう。
「ジャイロ…」
「俺はこれからお前と完全に融合を果たす―――お別れだ。」
「…そうか。」
クライドは少し寂しそうな顔を見せるが、ジャイロは首を横に振る。
「そんな顔をするな。俺はお前の命尽きる時までお前の力となり、お前の心に居る。」
「…」
「俺もお前の背中を押してやる。だから…頼んだ。」
「…あぁ。分かった。」
ジャイロは微笑んだ。そしてその身体に纏っていた光は粒子となり、クライドに吸収されていく。
「…これから…だな。」
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パキンと音が部屋に響き渡る。
「!」
「クライド!」
ずっと硬直していたクライドの身体が音と共にガクンと動き出す。
倒れそうになる足をグッと抑えるが、倒れてしまう。
それを即座にかけつけて支えたのはヴァゴウだった。
「大丈夫か?」
「あぁ…大丈夫だ。すまん。」
クライドはヴァゴウに支えられながら立つ。
頭を片手で抑え、まだ視界が安定しないのか、フラフラしているようだ。
そして次にビライトとレジェリーもクライドの所に駆け付ける。
「クライド!何もされてないか?」
「あんた、顔真っ青じゃない…!」
「…平気だ…だが…色々知り過ぎてしまった。」
上手く立てないようだったので、いったん壁にクライドは背を当てて座る。
「へへ、わりと堪えてるなァ。」
アトメントはそう呟くが、クライドはその言葉には乗らず、1つため息をついて、呟いた。
「…頼みがある。」
クライドはビライトたちを見て言う。
「魔王デーガを助けたい。」
「!あんた…!」
レジェリーはこの反応に一番に反応して驚いた。
「レジェリーは知ってるのだろう。魔王デーガの置かれている状況を。」
「えぇ…ビライトとヴァゴウさんにも話してる。」
レジェリーがそう言うと、ビライトとヴァゴウも頷いた。
「そうか…なら話が早い。不本意だったし、半ば強引でもあったが…俺はアイツに救われたのだ。だからその恩を返さねば気が済まん。」
「…うん、分かった。俺も協力する。」
ビライトが言う。
「…詳しく聞かんのか…?」
クライドは了解したビライトに言うが…
「クライドがそうしたいなら、俺はそれに応えたい。レジェリーだって魔王デーガを助けたい気持ちは同じなんだろ?」
「うん、あたしも師匠を助けたい。」
「だったら迷うことなんてないよ。俺たち仲間だもんな。なっ、オッサン。」
「その通りだぜ。それに、あのクライドがワシらに頼み事するンだ。それだけ…大事なことなんだろっ?」
ビライトとヴァゴウは詳しい事情も聴かずにクライドの頼み事を承諾した。
「フッ…全くお前たちは…まぁ良い。感謝する…」
「あたしからも。ビライト、ヴァゴウさん。師匠を助けるために力を貸して!」
ビライトとヴァゴウは快く頷いた。
「へへ、良いね。お前ら皆貪欲だ。ただ…まずはお前たちがデーガを助けられるだけの素質があるか…まずデーガ自身が試してくるぜ。死ぬかもしれないほどにそれは厳しい試練になってお前たちを襲うだろうよ。」
アトメントは一筋縄ではいかないことをビライトたちに告げるが…
「怖がって逃げてしまったらイビルライズは止められない。キッカも助けられない。ボルドーさんも救えない。世界も救えない。俺たちに逃げるなんて選択は…無い。」
ビライトたちはたくさんのものを背負ってここに立っている。逃げるという選択肢など、ありはしないのだ。
「ワシは皆とどこまでだって一緒に行くって決めてンだ。ビライトたちが行くならワシも行く。どんな脅威だろうがワシが守り切ってやらぁ。」
「あたしは…師匠を助けたい。ボルドー様を助けたい。キッカちゃんを助けたい。もう、逃げたくない。」
「…もう俺は後ろを向かない。俺の背には仲間が居る。俺の隣には…お前たちが居る。俺はそれに気が付けたのだ…だから俺は行く。」
ヴァゴウも、レジェリーも、クライドもそれぞれの心は決まっていた。
「気合十分ってか。へへ、ならご対面と行こうぜ。魔王デーガの元へな。」
「その前に少し休憩だ。クライドなんてまともに動けねぇじゃねぇの。」
ヴァゴウはクライドの顔色の悪さを気にして言う。
「…あぁ、すまん…少し休ませてもらう。」
「ん?…やけに素直だな?」
「…気のせいだ。」
前までのクライドならば「この程度大したことない」と言いそうなものだが、アッサリと素直に受け入れたものだから少し違和感を覚えたヴァゴウであった。
(身体が…怠い…だが、心の奥から感じるぞジャイロ…お前の力が…俺に浸透していくのを感じる…きっとこの怠さが終わった時、俺は…もっと強くなれる。そして俺は―――こいつらを…魔王デーガを…)
クライドの視界がゆっくり閉じていく。
「…少し…眠る…今ならば、良い夢が見れそうだ…」
クライドはそう呟き、目を閉じた。
「…しばらくはここに滞在だな。」
「だなッ。」
「へぇ、気持ちよさそうに寝てるじゃんクライドってば。」
今まで見たことのないほど穏やかな顔をして眠るクライドを見てレジェリーは微笑んだ。
「…師匠に色々助けてもらったのかな。詳しくアンタは教えてはくれないんだろうけどね。」
嵐の前の時間。
これから起こる抑止力から与えられる最初に試練にビライトたちは挑む。
ここで魔王デーガを認めさせることが出来れば…ボルドーを助けることが出来る。
そして、自らが命の危機に瀕している魔王デーガ自身をも救えるかもしれない。どう救うのかは定かでは無いが、手段があるとアトメントは言った。
それぞれが大きなものを背負い、最初の試練に挑む。
本当の戦いは、これから始まるのだ…