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Delighting World  作者: ゼル
Break 第三章 アーデン編Ⅱ ~Episode クライド・ネムレス 赤き月光の夜~
74/139

Delighting World Break ⅩⅡ

両親を失い、記憶を失い、ギールに拾われ、ヴォールで過ごしてきた11年間は、俺にとっては夢のような時間だった。


行っているは暗殺業だ。だが、俺にとって大事だったのは、ここで培った仲間たちだった。

特に一緒にチームを組んでいたナグ、ミア、サベージの3人とはよく一緒にツルんだものだ。


そして何よりも俺を拾ってヴォールに入れたギール。

ギールは俺にとって最高の存在であり、憧れであり、夢だった。


それは俺だけではない。ギールはヴォールの仲間たちを家族のように思ってくれていたんだ。

だからこそ、俺たちもギールの為に頑張った。

依頼を成功させたとき、ギールに褒めてもらえることがとても嬉しかった。


―――俺は、もう下を向かない。

上を見ることが出来るようになった。前を向いて後ろを振り返らずに真っすぐに。真っすぐに。





だが、そんな俺の夢のような時間は…突然終わりを迎えることになるのだ。


あの赤き月の夜…ヴォールは壊滅し…ギールは…





--------------------------------------



「依頼主が分からない?」


「そうだ。」


ギールはヴォールのメンバーを全員集めていた。



ギールは、とある依頼がヴォールに来たことをメンバーに知らせるが、その依頼主が誰なのかが分からないという。

今まで依頼主の記載の無い依頼はあったが、過去にあった時は暗殺決行の日に初めて依頼主に会うことはあったという。


だが、今回はそのような記載も無かったため、完全に依頼主不明の依頼と言うことになり、最悪全て終わった後でも依頼主に会うことが無い依頼となる可能性まであった。


「依頼の内容は…境界の森を根城にしてワービルトの子供を誘拐して殺している奴が居る。そいつの処分だ。」


「ワービルトの子供を誘拐…?そんな話ワービルトにあったか?」

クライドは呟いた。この当時19歳。廃草地の依頼から実に7年の時間が経過している。


「聞いたことないねぇ。アタシはよくワービルトを出歩くけどそんな噂聞いたことないよ。怪しすぎやしないかい?」

ミアはギールに言うが…ギールは首を横に振る。


「内容は不明であれ、依頼は依頼だ。これの依頼を請け負おうと思う。」

ギールはこの依頼を承諾することを決める。

「だが、情報があまりに足りない故、情報を集めたい。」

ギールはメンバーの顔を一通り見て…


「あ、だったらボクが…」

声が小さかったためギールには届かなかったが、サベージが声を出していた。


「よし、良い機会だ。クライド。」

ギールはクライドに言う。

「お、俺?」

クライドは突然の名ざしに戸惑う。そして、それを見ていたサベージは特に血相を変えたように表情を複雑に変える。


「お前は現地情報を集めるのが得意であろう。任せても良いだろうか。」

「あ、あぁ!分かった!期待に応えるよ。」

「あぁ、期待しているぞ。」


クライドは嬉しそうな顔を見せた。ギールから個人で名指しを貰えた。これがヴォールの人々にとってどれだけ名誉なことか。


「良かったなクライド!」

「頑張れよ!」


多くのメンバーがクライドの背中を押し、応援してくれる。

しかし、その中で1人だけ立ち尽くしている者が居ることに誰も気が付くことは無かった。



だが…




(…サベージ…?)


この光景を見ているは現在のクライド。

過去の記憶を別視点で見ることが出来る状態にある現在のクライドはサベージだけが立ち尽くしていることを見落とさなかった。


また舞台が変わる。

大きな音と大きな言葉にならない声が聞こえる。


--------------------------------------




「ーーーー!!!!!!」



ガシャンと大きな音を立てて壊れるガラス器具。

ここはヴォールから少し離れた場所にある小さな洞穴。

そこにはまるで誰かが生活しているかのように一通りのものが揃っていた。


そこに居た1人の獣人は机に置いてあった実験用にガラス器具を叩きつけて割りまくっていた。

無数に散らばるガラスの破片が地面に散らばり、その破片でその獣人の手は血まみれだ。



「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!!!!!何で!!!!何でアイツなんだッ!!!!またギールはボクを!!!!ボクを選ばない!!!」


サベージだ。


狂乱しているその様はとても普段のサベージからは想像がつかないほどであった。

あらゆるものを蹴り、踏み、割り、壊す。

それによって逆に自分が怪我をしようが関係無しに全てを壊していく。


「……ギール…ボクだけのギール…あぁ、あはは…ボクは…ボクには君しかいないのにィ…」


涙を流しガラスを手に擦り付けるサベージ。

「あぁ、痛い、痛い。あはは。」





(な、なんだ、何なんだこの光景は…!)

こんな光景知らない。

サベージが自分の知っているサベージではない。今まで見てきた記憶の中でも最も衝撃的でかつ、最も意味が分からなかった。


(確かにサベージはヴォールが壊滅する1年ほど前から時々怪我をして帰ってくることがあった…だが…まさか…あれは全て自傷だとでもいうのか…!サベージ…どういうことなんだ…)


サベージの怪我は転んだ、料理の時に手を切ったなど、色々な理由をつけてきていたが…それは全て噓だった。


(サベージは…あの時自分を選んでもらえなかったことをこんなに…だというのに俺は素直に喜んで周りに期待されて、舞い上がっていた。)


―――




「サベージ、俺にもっと情報の集め方を教えてくれないか?」

「…あぁ、いいよ。」





サベージはあの後もクライドに情報収集のコツを教えていた。

サベージが内心どう思っているかも知らずに…


「ありがとう、サベージのお陰で今回の調査、うまくやれそうだ。」

「そうか、それなら、良かった…あぁ、良かったね。ギールに認められて。」


「あぁ、俺、もっとギールの役に立ちたい。ギールには一生かかっても返しきれないぐらい恩があるからな。」


「…ボクも、同じだよ…そう、同じさ。」


サベージも同じ気持ちだった。表には出さなかったがサベージにとってギールは誰にも負けないぐらい大事だったのだ。

だからこそ、きっとクライドを恨んでいたに違いない。クライドは最初からギールのお気に入りだった。

自分で拾ってきて、そこで才能を開花させた。

生き方を教え、導いてきた。均等に接しているつもりでも、クライドはやはりギールにとって特別であったように見えていた。

それを誰も咎めることは無い。ヴォールの皆はクライドを妬むことはしない。クライドもヴォールの仲間で、家族なのだから。



だが、サベージだけは違った










「あぁ!憎い!!!!憎い!!!!ギールに近づく奴らみんなが憎い!!!!!ギールと一番長く居るのはボクなのに!!!!!!ボクだってギールに拾われてギールと一緒に!!!育ってきたのにッ!!!なのに!!どうしてボクを1番に見てくれないッ!!!?どうして!!!!?あ"あ"!!!!?」


声が枯れる程に叫び、暴れるサベージを見てクライドは恐ろしさを感じた。

ここに対して向けている敵意や悪意、殺意すら感じる叫びは…ギール以外の全員に向けられている。


「あぁ、いけない…せっかくの新しい装置が壊れてしまう…フフッ、これが出来れば…ボクは今度こそギールに認めてもらえる…フフフ。」



(…サベージ……まさか…お前が…クッ、待て…まだだ…俺は…俺はまだ…この先を…見なくては…何も……何も分からない…)



--------------------------------------


その後、調査に乗り出したクライドはあちこちで情報を集めながら、場合によっては境界の森へと出向いて動き回った。

帰ってこない日もあるぐらいクライドは一生懸命ギールの期待に応えようとしたのだ。



「対象は境界の結界のすぐ傍に拠点を構えているようだ。建物を見つけた。夜だったから中までは見ることは出来なかったが人影を見つけた。」

「そうか、それが対象で間違いないようだ。」

クライドは調査で得た情報をサベージと一緒にギールに報告していた。


「サベージも手伝ってくれたようだな。」

「あ、うん。」


「補助をしてくれていたのだな。礼を言う。」

「い、いいよ…あはは…」

サベージは嬉しそうにしている。


「だが、その建物の中からとても強い力を感じた。只者じゃないのは間違いない。」


「フム…それはどのような力だ?」


「強い…魔力…だと思う。」

「魔力か…」

ギールは少し考える。


「生憎我々ヴォールには魔法に特化した者は居ない。故にこの依頼の暗殺は数が物を言うかもしれんな。」


「…集団で攻める作戦でいくべきだな。」

ギールは提案する。

「それって…全員出動ってことか?」

クライドは尋ねる。ギールは頷いた。


「サベージ、お前はここに残って全員のサポートを任せる。残りのメンバーと俺は境界の森で複数の隊を結成し拠点を一気に攻め落とし…対象を暗殺する。」


「わ、分かった。ボクに任せてよ。」

サベージは指名を受けて嬉しそうな顔をしている。クライドもそれを見て微笑んだ。


「今夜全員に通達をする。1週間後の満月の夜に作戦決行。それまでにクライド、ミアとナグの3人は俺と共に準備の手伝いをしてもらう。構わないな?」

「分かった。ミアとナグにも伝えておくよ。」


「よし、ではまた追って連絡をする。今日はいつもの仕事を頼んだぞ。」



ギールの指示により、今回の依頼は全員で行うことが決まった。

今までにない大規模な人動に驚きつつも、皆で挑む依頼を経験したことが無いクライドは少し楽しみであった。




クライドは嬉しそうに部屋を出る。


「サベージ。」

残ったサベージにギールは声をかける。


「ど、どうしたの?」


「ミアから最近お前が何も言わずに何処かに居なくなって…戻ってきたら何処かしら怪我をしていると聞いている。」

「そ、それは…」


「…言いたくないならば構わない。だが、何か抱えているものがあるならば俺に相談しろ。良いな?」

「う、うん。分かったよ。」


サベージはそう言い、部屋を出る。

そして…それを怪しい目で見つめるギールの姿があったが、その顔にサベージは気が付いていなかった。



「…クライドは立派に成長している。俺はその成長が喜ばしい。そして…これからも頼りにしているのだ。お前も、クライドを支えてやって欲しい。」


「…それ、ボクとどう違うんだろ。」

「…何の話だ?」

「ううん、なんでもない。じゃぁボクは準備にかかるから。」


「…あぁ。頼んだ。」



―――



(ギールに…指名を受けた…!ハハッ、ハハハッ!フフッ、ギール…ギール…このまま…ギールをボクだけのものにしてやるんだ…満月の夜が…ボクとギールの最高の日になるんだ!)



--------------------------------------




「へぇ、全員出動ねぇ。」

「それほど大きな依頼ってことだね。」

話はすぐにヴォールに広まり、各メンバーはそれぞれが色々な思いを語っていた。



「でも依頼主がまだ現れないんだろ?罠だったりしねぇの?」

「罠だろうが俺たちにはギールがついてるんだぜ。余裕っしょ!」


依頼自体も少し怪しいものではある為、不安になっている者も居るが、ギールも一緒に参加するということでその不安はある程度緩和されているようだ。


そして何よりも今回の事前の調査で大きく活躍したクライドは周りから褒められ、いい気分に浸っていた。


「聞いたよクライド。調査上手くいったようじゃないか。」

ミアはクライドを褒める。


「あぁ、ギールにも褒められた。サベージも手伝ってくれたんだ。」

「そうかい、サベージも嬉しそうにしていたかい?」

「そうだな。でもサベージの奴、最近姿を消すことが多いんだ。ミアは何か知ってるか?」


サベージの最近は少し変化を見せている。


「あぁ、アタシもそれは気になっているんだよねぇ…時々怪我して帰ってくるし…何やってんだろうね。」

「…何かに巻き込まれていないと良いんだが…」

サベージのことを心配するクライドとミア。


「サベージって何考えてるか分かんねぇとこあるからな~」

その裏ではナグが筋トレしていた。

「お前も何考えてるか分からん。」

「なにおう!言うじゃん!」


7年経ってもナグは相変わらず元気いっぱいで猪突猛進だ。

だが、7年前よりは喧嘩っ早くは無くなっている。



「よし、今日はナグに付き合うよアタシは。一緒に修行さ!」

「お!珍しいじゃん!やろうぜ!手合わせ!」

「へへん、アタシの身軽さについてこれるかい!?」


ナグとミアは組手を始める。

それぞれが攻撃を躱しながら攻守を繰り返す。

「やれやれ…俺はもう少し情報をまとめるとするか。」



依頼まで1週間。


ヴォールのメンバーたちはそれぞれがいつもの仕事をこなしながらも、満月の夜に向けて鍛錬に励んだ。

その間に編成チームも決まったようだ。


現在のヴォールのメンバーは30人。

クライドが28人目であったので、11年で増えたのは2人だけ。

それも、この11年で戦死した者、脱退した者も居た為、ある程度の増減はしているが、クライドはこの30人の中では未だ27番目の加入順だ。



今回のチーム編成は3組に分かれた。


ギールを中心とする部隊に15人。

ミアとクライドが居る部隊に7人。

ナグが居る部隊に7人。

そしてヴォールでの遠隔支援にサベージ1人。


合計30人だ。


ギールを中心とする部隊が中心となって対象を暗殺する。


ミアとクライドが居る部隊はギールの部隊を守る役割であり、周囲の援護と防御担当。


ナグが居る部隊は先行部隊だ。

道中の危険を処理し、安全にギールたちを奥まで連れて行く部隊となる。



準備は整った。まもなく、満月の夜が訪れる…


--------------------------------------




(ついに来たか…この時が…)

現在のクライドはついにこの日の真相を目の当たりにする。


ヴォールが壊滅するこの満月の夜…


魔王デーガとサベージという容疑者を抱えながらクライドはようやくここまでたどり着いたのだ。





この日の夜は雲一つなく快晴だった。


夜空には無数の星々は控えめに光っており、その分丸く巨大な白い月が強い輝きを大地に齎していた。


「…良い夜だ。」

ギールは呟く。


ここは境界の森の入り口付近にある丘の上。

そこにヴォールのメンバー29人が集まる。


「作戦を開始する。皆無事に生きて帰ることを絶対指令とする。」

ギールの言葉にヴォールの獣たちは皆、拳を胸に当てる。



「…どんなことでも全ては有限だ。大事な存在も、大事な仲間も、家族も…世界の存在でさえも全ては有限だ。故に…我々はこの全てが有限である今この時を“奇跡”と呼ぶ。無数の命が集まり奇跡を経て出会い、今我々はここに居る。」


ギールの言葉、それはヴォールのメンバー全員に強い力を与えてくれる。

ここに居る29人、そしてそれを通信で聞いているサベージ合わせて30人のヴォールのメンバーは、奇跡によってここで繋がっている。

その奇跡にギールはいつだって感謝し、そしてその思いをいつもこういう大事な時には語りだす。





しかし、いつもならばここで終わるのだが…今日は違った。


「それだけではない。いつか我々の有限が滅びゆく時が来ても、我々は何度でも出会える。何度でも新しい奇跡を作ることが出来る。故に…忘れるな。我々はヴォールで育った家族だが、いつだってお前たちは“自由”であることを。」


「…自由…」


少しざわつくメンバーたち。

何を言っているのかよく分からない者たちは困惑しているが…


「今は分からずとも良い。いずれ…分かることだ。」


このギールの言葉が、どういう意味を表しているのか理解出来た者はそう多くは無かったはずだ。


何故ならば、多くのメンバーにはヴォールでの生き方しか知らない者ばかりだったからだ。

当時のクライドもこの意味をよく理解はしていなかった。だが、いつか分かるときがくるのかもしれないと思っていたのだ。



(…ギール…)

現在のクライドも完璧ではないが、薄々この時ギールが何故こんなことを言ったのか、分かるような気がしていた。



ギールは、きっと何かを察していたのだ。

この日、何かが起こることを。それは良い予感ではないことを。




「…喋り過ぎたな。では、作戦を開始する。健闘を祈る。」


ギールは拳を夜空に突き上げる。


「「「ウオオオオーーーーッ!!!」」」


獣たちの叫びが丘から森に響き渡る。






(ついに…あの夜が始まる…俺は…この先を見届けなければならない…見届けなければ…俺は…これからも先に進めないような気がするのだ…)



クライドは目を閉じる。

舞台がまた変わる。





--------------------------------------



「…?」


クライドは目を開いた。が、辺りには何も無かった。

真っ暗で光もなく静かな空間。


「何処だ…ここは?まさか…ここで終わりだとでも…?」

クライドは周囲を見るが、何も見えない。何も分からない。




(この先を見る前に伝えるべきことがあってな。)


「その声は…魔王デーガ…!何処だ…!」

クライドは短剣を構える。


(そう警戒するな。何もしやしねぇよ)

「ふざけるな!俺にこんなものを見せて…どういうつもりだ…!」


確かにこれまでの記憶は自分にとっては黄金期の時間だった。

だが、もうその黄金期は終わっている。


現実にその場所は無い。それが分かっているから故の心の締め付けもあった。

そんなものを何故、今、このタイミングで見せられなければならなかったのか。今自分は…抑止力である魔王デーガに会うためにここまで来ている。

決して過去の記憶をもう一度見たいだの、楽しかった時間に戻りたいだの、そんな理由でクライドは今ここには居ない。


故に、クライドはこんなものを蒸し返してきたアルーラと魔王デーガに心底腹を立てていた。


(…フッ、いやはや…ホントだよな。俺も何がしてぇのか正直上手く説明出来ねぇよ。)

「何だと…!?」

(だが俺は…お前に伝えたかった。ギールが伝えたかったことをな。そして…お前は、ギールの託したものを受け取れていない。)

「…ギールが…俺に…?」

(そうだ。その瞬間をしっかり噛み締めて見ろ。その時お前はやっと…“ヴォールから卒業出来る”)


「…!」


(この夜の結末をしかと見届けな)


デーガの声のあと、視界は再び光に包まれた。



--------------------------------------




境界の森はワービルトの北部の山の上にある、巨大な森だ。

更に北へ進むと未踏の地・レミヘゾルへとそのまま足を踏み入れることとなる、まさに境界線にある森だ。


最も、未踏の地への道は結界で行けなくなっているので、ここに来たからと言え、未踏の地にはいくことは出来ない。



目標のターゲットはそんな境界の森の北部。未踏の地との結界のすぐ手前にある。が故に、距離はそれなりに遠い。



まず先陣としてナグの居る部隊が足を進めていた。


「魔物も大人しいみてぇだなここは。」

ナグが呟く。

「あぁ、だが油断するなよ。」

同じ舞台の獣人たちも気を抜かずに先へ進む。


「へへ、魔物だろうがなんだろうが関係なく俺がぶっ潰してやるぜ。」



辺りにはサベージが量産したドローンが飛んでいる。

通信機は代表してナグが持っており、サベージとはここでいつでも連絡を取ることが可能だ。


「目標まであと20分程度でしょうか。それに…」

目の前には滝が上から落ちている崖がある。


「ここを登らねば奥には行けないようです。」


通信機でサベージと連絡を取り、支持を仰ぐ獣人たち。


(待って、ここを東に回り込めばこの崖上に行けそうだ。遠回りになるが…)

「んなのめんどくせぇ!俺は登るぜ!うおりゃっ!」

ナグはサベージの言葉を無視して崖に手を掴み一気に登り始める。


「ナグ!勝手なことをするな!」

「お前らは回って来いよ!俺は先に行くぜ!」

ナグは笑いながら崖を登り続ける。


「全くアイツは…サベージ、ナグは先に行ってしまったが…」

(…アイツはほっとけばいいよ。君たちは安全に行こう。)

「了解。」





―――ここまでの光景を見ていたクライドは全てを察した。


(…ここでナグだけ別行動になった。だからナグは…生き残れたのか?)


それだけじゃない。この滝は。この川は。そしてこの場所は…忘れもしない。あの時、ギールに突き飛ばされて落ちた場所だ。

ここで全てが終わったのを察したのだ。


(…まだ、決まったわけじゃない。)


クライドの胸はドクドクと高まっていた。


クライドが考えていたのはサベージのことだった。

今回の事件の容疑者だ。彼が黒だとするなら、何処で手を下してくるのか…

そして、サベージだけではない。魔王デーガも、何処かで手を下してくるのだろうか。


この先、何かが起こるのは間違いないはずだ。それがいつなのか。そして…クライドはきっとギールに起こったことも知ることになるのだ。


胸の鼓動が激しく高まる。息苦しい。これから起こることを見届けるのが―――怖いのか。


そんなはずはないと良い聞かせるが、胸の鼓動だけは大きく鳴り響く。



--------------------------------------


一方、後方ではギールの部隊とクライドとミアが居る部隊がある程度距離を取って並走していた。


「妙だね、静かすぎる。クライド、アンタがここに調査していた時もこんなに静かだったのかい?」

ミアはクライドに尋ねる。


「ん、あぁ。静かではあったが…ここまででは無かったな。」

「気のせいだと良いんだけどね。アタシは…嫌な予感がするよ。」

クライドとミアの部隊は魔物の背に乗って移動している。皆、ミアが従えている魔物たちだ。




(ちょっと良いかい?)


「サベージ。どうしたんだい?」

サベージからミアに連絡が入る。


(ドローンが西方に妙な光を観測したみたいなんだ。)


「光?」


(あぁ、ボクが誘導するから君はそこを見てきてくれないか?)

「あぁ、分かった。」

(クライド、君はギールの部隊に合流してくれ。ギールには連絡してある。)

「お、俺も一緒に行かなくて良いのか?」

(大丈夫、ミアの実力は君も知っているだろ?)

「分かった…ミア、気を付けろよ。」

「誰に言ってんだい。すぐに合流するから!」


ミアと他の仲間たちはサベージの言う場所へと別行動することになった。

そしてクライドは単独で乗っている魔物と共にギールと合流することになった。






―――(今、思えばこの頃から違和感はあった)



その違和感の理由は間違いなくここだ。


「…おかしい、ギールたちの部隊と合流出来ない…?」


ギールたちの部隊といつまで経っても合流出来ないクライド。

方角は間違いないはずだ。もうずいぶんと長い時間かかってしまっている。数分で合流出来ように陣を取っていたはずなのにもう10分以上合流出来ずにいる。


「嫌な予感がする…!ミア、ギール…ナグ、みんなどこに居るんだ…サベージ、何か変だ―――」


サベージに連絡を取ろうとするが…


「ザーーー、ザーー…ーーー」



「サベージ…?」

サベージとも連絡が取れなくなっている。

辺りを、空を見てもドローンも飛んでいない。クライドは完全に孤立してしまっていたのだ。



「くそっ、どうなっている!」

クライドはとにかく魔物を走らせた。明らかにおかしい。そしてクライドに今までに無かった恐ろしさがのしかかる。


それは“孤独”だ。


クライドは今まで多くの仲間たちと支え合って生きてきた。だが、今クライドには誰も頼れる人が居ないのだ。

クライドに押し寄せる不安はクライドの心を絞め付けた。


「…落ち着け、落ち着くんだ俺。俺は…ここの情報をしっかり持っているはずだ。思い出せ。」

クライドはいったん停止して、気配察知、地形察知など、魔法を展開し現在地と目的地までの距離、そして他の仲間たちの居所を探った。


「…わずかだが…こっちに誰かの気配が…!」

クライドは意識を集中しながら魔物を走らせる。


--------------------------------------




一方、ナグたちの隊は崖を回り込んで崖上に行こうと歩いていた。


「険しい崖だ…!」

「もう少しだ。道も狭くなっているし、左右は岩肌だ。落石にも注意しろよ。」

道は人が1人通れるか分からないほど狭くなっていた。

だが、登り坂なのは間違いないので道は正しいはずだ。左右は岩肌であり、この岩肌が終わったら辿り着くのは崖の上だ。


「…ん?」


「…?」


何人かが立ち止まった。

後ろに居た獣人たちは首をかしげる。

「おい、どうした?」

「イヤ…なんだ、この先から変な匂いがするんだ。」

「変な匂いだと?」

「あぁ…なんというか…鼻をつんざくような…何かを腐らせたような…」


「…しかし、この先に行かないと目的地には行けないんだぞ。」

違和感を感じながらもゆっくり進んでいくが…



「ウッ…!?」

匂いはどんどん強くなり、やがて後ろの獣人たちもを巻き込んでいった。


「な、なんだこの匂いは!?」

「の、喉が痛い…!」

「く、苦しい…!」

「や、焼けるように…熱い!?」


強い匂い、焼けるように痛む喉。

そして…


「うあああ!?」

先頭に居た獣人は悲鳴をあげた。

その手は毛皮を溶かし、皮膚は赤くただれてしまっていた。それは全身に広がっていく。


「ぎ、ぐぁ…」

1人、また1人と倒れていくヴォールのメンバーたち。中には錯乱して崖から転落していった者たちも居た。

泡を吹いて倒れていく。まさに見えない何かに、理由も分からず苦しめられている。




(…!な、なん…これは…)

これを見ていた現在のクライドは絶句した。

言葉も出ないほどの地獄絵図。

最終的には誰も立てる者は居なくなり、1人ずつ息の根が止まる。


(どうなっている…!こんなこと…こんなことがあったなど…俺は…!)

現在のクライドは舞台が変わる前に辺りを動き回った。


すると、空にはサベージのドローンが飛び回っていた。しかし動き方が妙だ。





まるで“メンバーたちの頭上に何かをふりかけているようだった”





--------------------------------------




一方ミアたちの部隊はサベージの指示で光が見えたと言っていた場所にまでたどり着いた。


「…サベージ、着いたよ。だが…何もないじゃないか?」

「…」


「サベージ?」

ミアがサベージを呼ぶが返事はない。

故障かと思い、通信機をコンコンと叩くが、何も変化はない。



しかし、次の瞬間だ。

「!?」


先程崖付近で起こったのと同じ現象がここでも発生していたのだ。

急にあたりがとてつもない刺激臭に包まれた。


「うっ!?」

「な、なんだこの…にお、ヒッ!?」


さっきと同じだ。鼻をつんざくような、何かが腐ったような匂いが辺りに漂い、毛皮が溶け、皮膚が赤くただれはじめる。

「こ、こいつは…ッ…」

喉が痛い。身体中が焼けるように痛い。やがて呼吸も苦しくなるほどに酷い匂いが辺りを支配した。


「ど、どう、いう…」










(―――やぁ。気分はどうだい?)






「サ、サベ…ジ…ア、アンタ…な、に、を……」


(君はしぶといねミア。本来ならもうとっくに致死量は超えてるんだけどなぁ。見ての通り君以外はもう息が無さそうだ。)


「!」


倒れ、動けないミアは仲間たちと魔物たちを見るが、もう誰も息をしていなかった。

泡を吹き、ぴくぴくと身体が痙攣しているが、やがてそれは動かなくなり、皮膚はどんどん赤く膨れ上がり、元の原型をとどめられなくなるほど…ゾンビのようになっていく。


「グッ…アンタ…なんで…こ、んな…」


(フフ、これから死ぬ君には関係ないさ。)

「裏切り…か…ッ…!仲間、だ…と……信じてたのに…!!」

(仲間ねぇ…悪いけどボクの仲間は…ギールだけだよ…アーーーーッハハハハハハハハハハ!!!!!)


高笑いをするサベージ。その音声を最後に通信は切れてしまった。




「…」

喉が焼けてしまい言葉が出ないミア。身体は赤く腫れあがり破裂しそうだ。

全身の毛が溶けてしまいもはや一目で誰か分からなくなってしまうほどだった。


そして命が終わろうとしている。

薄れゆく意識の中でミアにはもうサベージに対しての恨みなど、そんなものは無かった。

ただ頭に過っていたのは、クライドとギール、ナグのことだけだった。


(ナグ…アンタとは本気で決着つけたかったよ…ギール、最後まで一緒にいられなくて…すまないね…)








(…クライド…アンタの両親を殺したアタシには言う資格なんてないのかもしれないけど…アンタのこと、結構好きだったよ……)







―――どうか、生きて。生き抜いて。









―――(ッーーーハッ、ハッ…ハッ…)

なんて恐ろしいものを見せつけてくるのだ。これが現実なのか。

あまりにも恐ろしい光景に現在のクライドは動揺を隠せなかった。


(こんなの、こんなの…嘘だッ…!こんなのはデタラメ…そうに決まっている!!)


クライドは知らなかった過去の恐ろしさを受け止めることが出来ずに居た。



(ミア…ッ…)




--------------------------------------



そしてナグはというと…


「おいおい、何処だここ…」


運が良かったのか、ナグはサベージの罠で何かが充満する前にそのエリアを走り抜けていたのだ。

故にナグだけは目的地に一番近く、一番安全な場所に辿り着いてしまったのだ。


「おーい、サベージ!」


サベージからの返事はない。

「んだよこれ壊れてんのか?ちぇっ、こうなったら俺1人で対象をぶっ殺してやる!」

ナグは方角も分からぬまま前に進むことにした。

そのうち目的地に着くだろうという安直な考えではあったが、この行動がナグを生存させた大きな理由になったのであった。







―――そして、ギールはというと…








「…止まれ。」


ギールたちは滝と崖の所まで辿り着いた。

だが、そこで違和感を覚えたため、部隊を停止させた。

「どうしたギール?」

「感じないか。妙な感じがするのだ。それに先程からサベージからの応答がない。そしてミアたちは何処へ行った?」


いつまで経っても合流はないどころか気配すらも無いミアたち。

そして崖下から既に危険予知を働かせて停止させる辺り、ギールの勘は鋭いようだ。


「!」


辺りを見渡す中で、ギールは上を向いた。

そこにあったのは異質な光景。

そして、ギールの危険予知はその光景を危険と判断した。



「分散しろ!罠だ!!」


「何!?」



上には無数のドローンが動き回っていたのだ。


そして…



「ッ!」

「グアッ!」

「なッ!?」



合計10台のドローンから一斉に光線が放たれる。


「ぎああっ!?」

「ぐああっ!」

無数の光線は後方の獣人たちを次々と打ち倒していくが、それは綺麗にギールだけは狙わず、残るメンバー全員を光線で焼き尽くした。


「…やめろ!!」

ギールは光線から仲間をかばおうとするが、光線はギールの目の前に現れるとフッと消えてしまう。

そして違う角度から仲間を撃ち殺した。


「ッ!!」

ギールは腰に装備してあったナイフを投げ、ドローンを打ち落としていく。

5体のドローンを打ち倒したギールは崖を登り空中に身を投げ、残りのドローンを倒していく。

「しっかりしろ!大丈夫か!?」

地面に着地し、倒れる仲間たちに声をかけるが…



「…ッ…」

もう誰一人息は無かった。綺麗に全員心臓だけを打ち抜かれていたのだ。



「…サベージ!!!出てこいッ!!!」

ギールは怒りの形相を浮かべて叫ぶ。


その声は森中に響きわたるほどに、重く強い咆哮であった。



「やぁギール。」

「サベージ…!」


サベージは空から現れた。

1人乗れるほど大きなドローンに乗ったサベージが不敵に微笑んでいる。


「サベージ、どういうつもりだ…!何故…我が仲間たちを…家族を殺した!?」

ギールは怒りの形相でサベージにぶつける。


「何故って、ハハッ、決まってる。君をボクだけのものにしたいからさ。」

「何だと…!?」



「ま、話は上で聞いてあげるよ。登ってきてよ、ギール。」

サベージは笑いながらドローンで崖上へと逃げる。

「待てッ!」

サベージは崖に手を掴み、崖を登る。


「完全に怒りで注意が疎かになっているね。でもそんな顔も見てみたかったよギール。」

サベージはギールを煽り、笑い続ける。


「貴様ッ…!」



崖を登り続けるギール。登り切った先にはドローンから降りて立つサベージが居た。

「ご苦労様、よく来れたねぇ。さしずめ…無理してた?」

「…ッ…」


ギールの身体が変だ。身体が重く、全身に酷い倦怠感を感じる。

「罠か…!」


「ボクの挑発に乗ってアッサリ来るんだから笑っちゃうよね。あ、一応言っとくと…これはボクの開発した猛毒ガスだよ。ヒューシュタットで開発された“オウスイ”と呼ばれる金属をも溶かす液薬を改造したものさ。あらゆるものを溶かし、生物なんかも簡単に殺せちゃうんだ。ボクには効かないように作ってるんだけどね。フフフ。」


「…!!」


サベージが指をパチンと鳴らすと、奥から無数の大きなドローンが現れた。そしてその1機1機にはヴォールのメンバーたちの変わり果てた遺体が乗っており、それを目の前に山積みにしていく。


「…皆…!」

そこにはミアの姿もあった。

「チッ、使えねぇな。1人足りねぇじゃねぇかよ。実質2人だけどアイツはボクの手で直接殺すとして…あと1人はまぁ後で殺してやるか。」

今まで使ったことのないような口の悪さで悪態をつくサベージ。


「…」

ギールは辛い光景ながらも分析を欠かさなかった。

(クライドとナグが居ない…アイツらだけは無事のようだ…)


「この依頼を出したのはボクさ。魔力を集めた結晶を森の奥に置いて暗殺対象の擬態として使った。そして魔力に長ける者が誰も居なく、差出人も未知数。そうなればギールはきっと全員で依頼に臨む。ボクの計算通りさ!」


フラつくギールを見てサベージは微笑む。


「苦しい?でも今この場に蔓延している毒ガスはわりと薄くしてあるからね。じわじわと蝕むタイプさ。」

サベージは息切れしているギールに向かっても顔を歪め狂ったように笑う。


「貴様…こんなことをして…ただで済むと思うなッ!!!」

ギールはふらつきながらもサベージに向かって怒りをぶつける。


「ギールゥ、ボクはね。君だけは助けてあげようと思っているんだ。」

「なんだと…?」


サベージはギールの傍まで歩き出す。そしてギールの手が届かないギリギリとところでポケットに隠していた瓶を取り出し、その中にある何かをギールの身体に振りまく。


「グッ、何だ…これは…」

「麻痺毒だよ。君はこれで動けない。」

サベージは倒れて動けないギールをしゃがんで見つめる。


ベロを顔に当て、ペロリと舐め、ギールの顔にグッと近づく。


「ボクはね。ギールのことが大好きなのさ。ギールの背中を見て、ギールに褒められて、ギールに認めてもらって、ギールと一緒に頑張りたかったのさ。」

激しく呼吸するギールのことなどお構いなしに上目を向いてサベージは語り続ける。


「でもねぇ…君はどーんどん仲間を増やしてさ。挙句の果てにはお気に入りまで拾ってきてさぁ…随分可愛がってるじゃないかァ。」

クライドのことだろう。ギールはクライドのことを特別面倒見ていた。それは周知の事実であった。しかしそれを妬む者は居なかった。だが…サベージは別だったのだ。


「それの…何が悪い…」

「悪いさァ!!!!!」

「グァッ…」

サベージはギールの腹を蹴飛ばした。

何度も何度も腹を蹴り続けるサベージは叫ぶ。


「許せない許せない許せない許せない」

「グッ、ガッ、ァ…ッ…」

サベージはギールの頭を掴んで顔をぐっと近づける。


「ギールはボクだけ見てればよかったんだッ!ボクだけがギールのことを一番よく分かってる!ボクが一番君と付き合いが長いんだよ!?なのに!色んなやつをほめちぎってさぁ!ホントばっかみたい!ボクの方が良い仕事するのにさッ!ほら見てよボクのドローン軍団!そして見てよ!このゴミ共の数をさ!ボク1人でこれだけのゴミを殺せる!ボクこそがヴォールで1番ギールの役に立てる!」


「…ゴミ…だと…?」

ギールは低い声で唸るように呟いた。


「あぁゴミさ!ギールに近づく奴はみーーーんなみんなゴミ!ゴミなのさ!!」


「―――けるな。」

「えぇ?」


「ふ、ざけるなッ!!!!!」

出せるだけの大きな声でギールには叫ぶ。


「俺は…こんな汚い仕事でしか生きていけない者たちで力を合わせて…生きていける組織を作りたかった!いつか年老いて動けなくなったとしても、そうなっても皆で静かに笑って暮らせるような…そんな場所に…皆が帰るべき場所を俺は作りたかった!いつか誰かが組織を抜けて新しい人生を見つけたとしても、笑顔で見送ってやれるような…困った時に帰ってこれるような…本当の家のような場所を俺は作りたかった!!そんな“自由”を掲げる組織を作りたかった!こいつらと…皆で上を向いて空へと羽ばたきたかった…!だというのに…貴様のように俺だけに依存し、周りをすべて排除した!お前のような奴は…俺の家族ではないッ!!!お前は…ヴォールの全てを否定し、裏切ったのだ!!」


ギールは毒で身体が痺れている。身体をがくがくと揺らしながらサベージの考えを全否定した。


「…どうしてそんなことを言うんだい?」

サベージは拳をぎゅっと握った。


「おかしいな~ギール。こんなことを言うのはボクのギールじゃないなぁ~あはは!お前、偽物だな?」

サベージにはギールの訴えは一切届いてはいなかった。そのうえ、今ここにいるギールをギールと認めることすら拒んだ。




サベージは既に狂っている。



「偽物のギールもゴミだ。ここで死んじまえよ。」

サベージは毒の量を増やそうとする。


「ぐっ…おおおおおおおおおっ!!!」

ギールは全ての力を振り絞り、身体を動かし、サベージに体当たりした。


「がっ!」

毒の量を調整するリモコンを落とし、坂道をゴロゴロと転がり倒れるサベージ。


森の茂みに入り込み真後ろには滝に繋がる川がある。


ちょうど深い緑に隠れていて月の光もほとんど届かない真っ暗な空間だ。


「ハァ…ハァ…サベージ…お前がこうなるまで放置してしまった俺にも…責任がある…お前の業も俺が背負ってやる…」

ギールはフラッと歩き、ギールの元まで行って倒れたサベージの両腕を掴み、馬乗りになる。


「さ、触るな偽物!ギールと同じ顔して汚らわしい!」

「お前の目はもう真すら見られぬほど汚れてしまったのだな…」

ギールは腰に装備していた短剣を抜き、サベージを刺そうとする。


「た、助けて!助けてギール!」

「俺がギール・ネムレスだ。」

暴れるサベージをしっかり動けないように足で食い止め、ギールは短剣を突き立てる。


「終わりだ。」

「あああ!!」




「――ギール…?」


「!」


声がする。振り返るとそこにはクライドが居た。

「クラ…イド…」


「何をしているんだ…ギール…みんなはどうしたんだ…?」

クライドの様子からしてあの大量の遺体はまだ見ていない。


「クライド、これは…ッ!?」

ギールの腹に衝撃が走った。力が緩んだところをサベージに蹴られたようだ。


「ギール!誰かに襲われているのか!よく見えない!」

「ッ…!」

「死ねぇぇぇぇ!!」

クライドからしたら誰かは分からない。


だが、クライドはギールを守る為に声の主に足技を食らわせた。


「ハッ!!」

「ぐぎゃっ!!」

クライドはその正体がわからぬままサベージを川の中へ落とした。

そしてサベージはそのまま川に流され…


「うあああああーーーーーーーー!!!」

叫びと共に滝から崖下に真っ逆さまに落ちて行った。


だが、ギールは見逃さなかった。

サベージが落ちた時、大きなドローンが下へ降りていくのを。


--------------------------------------



「ギール、しっかりしてくれ!」

ギールは既に毒が回り完全に衰弱し切っていた。


「ハァ…ハァ…クライド…逃げろ…」

「逃げろって…依頼はどうするんだ!みんなは何処に…!」


「依頼は失敗だ。お前だけでも…逃げるのだ…!」

「ふざけるな!ギールを見捨てて行けるか!」


「俺の言うことを聞け…!クライド!」

「ギール…!」

ギールはかすむ目で必死にクライドに訴える。

だが、クライドはそれを聞こうとしない。ギールを見捨てるなど、クライドの中では絶対にありえないからだ。


「ほら、ギール。皆を探しに行こう。きっとみんな…あんたを待ってる。」

「…クライド…」


クライドはギールを抱え、森の外に出た。

崖下に勢いよく落ちる川の水。

そして輝く白い月。

「あぁ…見ろよギール。月が綺麗だ。」

「…そう、だな…美しいな…」

ギールの目には涙がこぼれていた。大事な家族を守れなかった。そしてサベージの心の変化にも気が付くことが出来ず、放置してしまった。

その結果、このような悲劇を招いてしまった。ギールは自分の中で重い責任を感じ、涙をこらえ切れなかった。夢だった暖かい場所も…もう作れない。ギールの夢は砕け散ってしまったのだ。


そして…サベージはまだ死んでいない。

きっとドローンがサベージを回収し、また襲いに来るに違いない。


ギールはもう毒が全身に回り、恐らく助からない。自分がよく分かっていた。

ならば、やることは1つだ。


今、目の前に居る家族を…クライドを…



「クライド。後ろを向いていろ。汚れがついているぞ。」

「え?あ、あぁ。」

クライドが完全に後ろを向いた時、ギールは持てる力を全て使い、クライドを勢いよく押した。

ドンという音と同時にクライドの身体は崖から足を踏み外し、宙を舞う。


「ギールッ…!?何を…!」


落ちていくクライドを見てギールはかすれた声で言った。






―――「クライド、お前はヴォールから放たれ自由の身となった。過去に縛られず、上を向き飛んでいけ、我が愛する家族よ」



この言葉はクライドの耳に届くことは無かった。







そして…ギールの背後にはサベージがおり、鋭利なナイフで首を斬られ、勢いよく血が飛び散った。




その光景だけはクライドの目にしっかり留まり、ギールの血はクライドの顔や全身にも付着した。




(ギール…)


血は目にも付着し、クライドの視界は赤く染まった。


(月が…赤い………)


赤き月の夜…ヴォールのリーダー…ギール・ネムレスは、命を落としたのだった。



--------------------------------------




(…)

ここまでの光景を見ていた現在のクライド。

もはや何も言う言葉も見つからないほど絶句していた。


自分は何も知らなかった。自分の知らない間に全てをサベージに壊され、サベージによってギールは殺され…ヴォールは滅んだ。



(ッ、ハッ、ハッハァ…!)

苦しい。息が出来ないほどに苦しい。あまりにも恐ろしい地獄絵図にクライドは取り乱す。








やがてクライドは川に落ち、下流まで流される。


ここから先のことはよく覚えている。

全てを…クライドが全てを失ったこの瞬間だけは、この赤き月に向かって…


「ウオオオオアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」


涙を流し、叫んだ。


この記憶だけは絶対に忘れない。




絶対に、忘れない。





--------------------------------------







―――「ハァハァ、本物の…ギール…ギール…何処だい?ボクのギールは…」


ギールを殺したサベージはフラフラと歩き、森を歩く。


「ボクのギール…ゴミ共に絶対に渡すものか…あっはははは…」


笑いながら歩くサベージだが…次の瞬間サベージの目線がグラッと揺れた。


「あれ…」



動けない。

ドクドクと足が震えている。



サベージが下を見ると…

「ヒッ!!ヒャッ!!!」


なんと、サベージの右足が吹き飛んでいたのだ。

バランス感覚を失った身体はフラっと倒れた。

ドクドクと血が流れる。

「イ、グッ…ァッ…ガッ…な、何、何なんだよこれ…」


地面を這って進もうとするが、今度はサベージの左足が吹き飛んだ。

「イ"ッ、ウギャアアアアアッ!!!!」


痛い。全身に激しい痛みが襲い掛かるサベージはのたうち回る。


「ナ、ナンナンダヨ…コレェ…」


痛みで上すら見えずうつぶせで倒れるサベージの目の前に誰かが降り立った。


「ア、誰?タ、タスケテ!助けてヨ!」

サベージは誰かも分からない誰かに助けを求めた。




「…」


「ど、ドウシテ何モ言わないンダ!ボクを助ケロ!!」



この光景も、現在のクライドは目をそらさず見せつけられた。

そこに降り立っていたのは、殺意の形相に満ちた…魔王デーガその人だった。



「…こんなクソ野郎に…」

サベージの顔が捕まれる。


「ングッ、グッ…」

力を押し込まれ、地面にその顔がめきめきと埋め込まれる。

「ンギィィィッ!!イダイッ!!!イダイッ!!」


「てめぇは決して許されねぇことをした。」

「ングッ!グッ!」

その殺意に満ちた声はサベージの身体をブルブルと激しく震わせる。


「てめぇのクズっぷりに免じて俺たちが特別に最高の宴を開いてやる。」


デーガの言葉と同時にデーガの姿が変化していく。


肩に無数の棘が飛び出し、尻尾は1本増え、腰には翼が2本生え、元々生えていた翼も変形し刺々しくなった。

顔もより刺々しさを増し、まるで別物の姿へと、バキバキと音を立てて禍々しく変化していく。



(これが…魔王デーガの本当の力なのか…!)

その姿を見た現在のクライドは身体を震わせた。今まで取り乱していた自分を忘れる程に感じる恐ろしい力と重いプレッシャーはクライドの全身に重くのしかかった。

これをゼロ距離で体感しているサベージは、さぞ気を失った方がマシだろうと思える。



「…死の宴を始めよう。」


声が違う。今ここに居るのは魔王デーガではない。別の何かがその底辺の底辺とも言える低くドスの効いた声が響き渡る。




―――それからの光景は見ていることが恐ろしく、目を背けられるならば終わるまで見たくないほどに恐ろしいものであった。


言葉で説明したくないほど、喉が張り裂けそうなほどに響く悲鳴。

何度も何度も飛び散る赤黒い液体が周囲の緑も、周囲の土も、赤く、赤く染めていく。


まるでこの場にあるものを全て赤黒い血でべた塗りしたように、もはや赤以外の色が存在しないほどに…




(…)

だが、クライドは身体を震わせながらも、その光景をしかと目に焼き付けた。

クライドは、この光景から逃げなかった。



もはや、肉片の1つも無い。

綺麗に掃除されたゴミ屑は赤き血と共に完全に消え去った。




「…ギール・ネムレス。あんたの無念は晴らした。クライドも生きている。」

デーガの姿は元に戻り、ギールの遺体の傍に行き、呟いた。


「…最後までアイツを守ってくれてありがとな…安らかに眠ってくれ。」


デーガはそう呟く。



(デーガ、お前は世界に干渉できぬ抑止力。我々のルールを破るな。)

何処からか、また別の声が聞こえる。

「…わーってる。説教ならいくらでも聴いてやる。悪かった。」

(…全く…すぐに“神の領域”に来い。当分は出禁にしてやるから覚悟しろ。)

「分かったよ…」


デーガは申し訳なさそうに言い、姿を消した。


--------------------------------------





夜は明け、朝になった。


残されたナグ・ネムレスは目的地にたどり着くが、そこには何も無かったため、仕方なく1人で戻ってきていた。


「ったく…なんだってんだよ。」


何も知らないナグだったが、この後ナグは…とんでもない地獄絵図を見ることになる。



―――



「…は?」




崖の所まで戻ってきたナグ。

目の前に広がっていたのはサベージが死んだ場所である赤黒い血の海。

そしてその傍には積み重なったヴォールの仲間たちの遺体の山。


そして…ギールの遺体だった。




「は?…はぁ…?な…ンだよ…これ…?冗談だろ…?冗談だって言えよ…!夢だろこれ…ハハ、夢だ。夢に…決まってるだろッ!!!!」


ナグは走り出す。


「うあああああああああああ!!!!」


ナグは崖に向かって叫ぶ。


「嘘だアアッ!!!こんなの俺は!!!!俺はァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!」





―――


ナグは涙を流しながらヴォールの仲間たち全員分の墓を作り、埋葬した。



「…みんな…いなくなっちまった…クライドもサベージも見当たらねぇ…俺は…一人になっちまったァぁぁ…」

ナグはギールの墓の前で涙を流す。


「俺は、俺はこれからどうしたらいいってんだ…」

ナグは泣きながらも考える。これから自分がどうすればいいのかを。

そして、ナグにはもう残されているものは1つしかないと悟った。



「そうだ、俺は…ヴォールのナグ・ネムレスだ。」

ナグは自分の爪を見て呟いた。


「そうだ、俺だけでも、俺だけでもヴォールの名を冠すればいい…俺はヴォールの…ネムレスの掟を…俺は守り続ける…俺は!俺はッ!暗殺者ナグ・ネムレスだッ!」


ナグは暗殺者の道を、ヴォールとネムレスの名を掲げる道を歩くことを決心した。

それはギールの望む道では無い。現実では掟に従い、クライドがナグを殺した。

この時もナグは掟にこだわっていた。


ナグはギールの意志とは違えど、自分で決めた生き方を最後まで貫き通したのだ。



--------------------------------------




全てを失った。


無意識にワービルトまで帰ってきたが、ヴォールにはもう誰も居なかった。



あの夜、みんな死んだのだ。


あの場にナグだけが居なかったことなどクライドは知らない。ナグが生存していることもクライドは知らない。

しかし、クライドはもうそんなこともどうでもよくなるぐらい絶望した。

もう何も無い。

自分にはここしかなかったのに。ギールは居ない。


いつも自分を引っ張ってくれた憧れの存在ギール。

優しくみんなの面倒を見てくれたミア。

ライバルとして高め合ったナグ。

他にも多くの仲間たちと楽しく過ごした11年間だった。






ヴォールの建物の外で雨に打たれながら絶望しているクライド。

目の前に2人、クライドの前に立った。


「こんなところでなにをしている。」

アルーラ・ポットと、ヴォロッド・ガロルだ。


「…放っておいてくれ。」

クライドはそう吐き捨てるように言った。


「…ヴォールは壊滅した。もう戻ってこない。」

アルーラの言葉にクライドは歯軋りを見せる。


「お前はいつまで下を向いているつもりだ。」

ヴォロッドが言う。


「お前を育ててくれたギールはお前のそんな姿を望むと思っているのか。」

「…うるさい…!!」

クライドは叫ぶ。

「何もしなければ生きてはいけない。お前は新しい道を歩まねばならぬ。それが生き残った者の責任だ。」

ヴォロッドはそう言い後ろを向く。


「忘れるな。お前は上を見続けなければならぬ。少しでもギールのことを思うなら…そうしてやれ。」

ヴォロッドとアルーラは去って行った。


「…俺は…もう暗殺者など…出来ない…なら…俺は…違う道を…探す…どうでもよく…生きてやる…」




クライドはその後、情報屋として活動し、最初は惰性で行っていた。しかし時間が経つにつれてそれをヴォールでやっていた暗殺の仕事のように真剣に取り組むようになっていった。

まるで、あの時の思い出を全てしまい込み、忘れてしまうように…




だがそんな中、クライドは出会う。

アトメントの依頼を経由し、ビライトたちと出会い、少しずつヴォールでの仲間と付き合うことの楽しさや、助け合い、支え合うことの喜び、楽しさを思い出していった。



しかしそれと同時にクライドは、旅を経て、昔の記憶を思い出したり、ナグとの会敵を経て、ヴォールとネムレスとしての掟、こだわり、生き方…これらに依存しようとしていた。

掟を貫き通したナグとのぶつかり合いでそれはより強固なものとなった。


だが、ギールは最後のあの日に…






“いつか我々の有限が滅びゆく時が来ても、我々は何度でも出会える。何度でも新しい奇跡を作ることが出来る。故に…忘れるな。我々はヴォールで育った家族だが、いつだってお前たちは“自由”であることを。”





“今は分からずとも良い。いずれ…分かることだ。”






“お前はヴォールから放たれ自由の身となった。過去に縛られず、上を向き飛んでいけ、我が愛する家族よ”










「そうだ、俺は…俺はもう…何者にも縛られぬ…俺は自由の翼を手にしなければならない。過去に縛られず…上を向いて歩き、飛んでいく…か。」


クライドは呟いた。




「ギール、お前の背を追いかけるのはやめだ。俺は…俺の道を歩く。クライドとしての道を歩くさ。だから…見ていてくれ。」





--------------------------------------





「―――ッ…」


次の光景は…少しだけ暗い何も無い空間だった。



「…終わり…のようだな…」


クライドはようやく過去の思い出から現実に戻ってこれたようだ。



「長い旅だったな。」

「…魔王…デーガ…」


現れたのは魔王デーガだった。



「さて、色々積もる話もあるだろう。もう少しだけ付き合ってもらうぜ。」


「…あぁ。」




ようやく現実で姿を見せた魔王デーガ。



クライドの長い長い11年間、いや、0歳から現在までの26年間の歴史をたどってきたが、クライドは自分の知らない仲間たちの物語も全てを見た。


そのうえで、クライドは本当の意味で、自由を掴み取ることに成功した。

ネムレスの掟、ヴォールの掟。ギールの背中。


いつまでも縛られる過去をクライドは全てを捨てることが出来た。

それは、聞くこと叶わなかったギールの最後の言葉を聞けたからだ。


「…正直、俺の気持ちは晴れている。ようやく自分が過去に縛られていたことに気が付き、本当の意味で前を向けるようになったのだ。感謝しているところもある。だが、まだ分からんこともある。」


クライドは魔王デーガを見る。






「“お前は俺のなんなんだ”」




「――あぁ、話してやるよ。完全なる自分を得たお前なら…きっと受け止められるはずだ。」




残された謎、クライドとデーガの関係が今、語られようとしている。




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