Delighting World Break ⅩⅠ
廃草地。
ここを根城にしていた魔竜グリーディを失い現在は毒の沼やゾンビの魔物が徘徊する非常に危険な地域。
昔は隣接するジィル大草原と同じようにどこまでも広がる美しい草原だっと言われている。
そんな廃草地を拠点として活動する強盗団が今回のターゲットだ。
「クライド、気配は?」
ミアはクライドに尋ねる。
クライドは気配察知の魔法で廃草地の中を調べている。
廃草地から少しだけ離れた丘の上で意識を集中させる。
「…奥ではないみたいだ。それどころか廃草地とジィル大草原の境付近だから…奥まで足を踏み入れなくても良さそうだ。」
クライドはそう言う。
「流石クライドだな!俺は魔法とか全然からっきしだからよ、助かるぜ。」
ナグはクライドの肩を組んで笑う。
「離れろって。あとうるさい。」
「ひっで。」
クライドは嫌そうにしながらも無理矢理ひっぱがそうとはしない。そうしてもまたやられると分かっているからだ。
(そうだ、お前は少し黙るということを覚えろ。)
「あ!サベージまで!!」
通信端末からサベージの声が聞こえる。
「ったく、遊びに来てるんじゃないよ!アタシの魔物たちでかく乱させるからアンタたちはしっかり倒してくるんだよ。」
ミアはクライドとナグを見て言う。
「へへっ、誰に言ってんだ!全部俺がぶっ殺してやるぜ!クライドには負けねぇ!」
「勝負なら勝手にしてろ。」
クライドはそう言い、丘をジャンプで飛び降り、魔物たちと並んで廃草地を見つめる。
「いいね~やる気満々ちゃんってか?生憎俺の方がやる気だけどな。」
「分かったからさっさとやるぞ。」
「へいへいっと。」
(まずはミアの魔物でかく乱。その後ナグとクライドはなるべく多く強盗団の数を減らすんだ。ミアは魔物たちと後で加勢だ。良いな?)
「「「了解。」」」
(では作戦開始。)
サベージの声でミアは「行け!」と魔物たちに指示を出し、狼型の魔物が10匹走り出す。
その後ろに続く獅子型の魔物が3匹走る。
そして更にその後ろには3匹のラプター。
そのうち2匹のラプターの背にはクライドとナグが乗る。もう1匹のラプターは待機している。ミアをあとで乗せていくためだろう。
「へへ、心がワクワクするなぁ!」
「…今日も月が綺麗だ。」
「あん?」
「俺はこれからも上を向き続ける。それでいいんだろ、ギール。」
クライドはそう呟き、ラプターの速度を上げるように促す。
ラプターは勢いよく走っていく。
「時々意味わかんねぇこと言うなぁアイツ。」
ナグはそれを後ろから追いかける。
最初の狼型の魔物たちが廃草地に入った。
入って数分したところに廃村がある。
そこが強盗団たちの根城のようだ。
「…あ?なんだありゃ。」
廃村の入り口を監視している人間の強盗団が2名。
奥から何かが来ていることに気がつくが…
「魔物だと?」
「っておい、待てあんな大勢ってマジかよ!しかも…ありゃ普通の魔物じゃねぇか!」
あまりに唐突なことに驚くが…
――速い。
慌てている間に、狼型の魔物たちは疾風の如く突き抜けて行った。
そして後続を走ってきた獅子型の魔物が人間たちに襲い掛かる。
「なっ!嘘だろ!?」
「やべぇぞこれやべぇって!なぁ!!」
「ボ、ボスにほうこグギャッ」
魔物の怪力に人間はあまりに無力だ。
爪の一振りで1人身体が複雑な形に曲り即死した。
「ヒッ!や、やめっギャアアッ!!」
その時間わずか10秒。
「そのまま突っ切るぜ!」
ナグとクライドがのちに追いかけてきて人間の死体など見向きもせずに狼魔物たちの後を追う。
廃村の中心ではすでに多くの強盗団たちが狼魔物と戦闘を行っていた。
実力はほぼ五分五分といったところで、強盗団も、狼魔物も多く命を落としていた。
人間は嚙みちぎられた者から首を噛まれて死んでいる者、魔物の方は斧や剣で切られて死んでいる者。
「お~やってるねぇ!よしクライド!やるぞ!」
「断る。」
「はっ!?」
クライドはスパッと断った。
「狙いはボス。ここは魔物たちに任せとけばいいだろ。後から獅子型も、ミアだって来る。俺たちは親玉を叩く。」
クライドは今にも突撃しそうなナグを掴んで説明する。
「あァなるほど、そういうことか!いよっし行くぜクライド!」
「待て待て待て。」
今度こそ突撃しようとするナグをクライドは再び制止させる。流石に2度も制止されてラプターも混乱している。
「アんだよ!!!!」
「無策で突っ込むな馬鹿。」
「んだとぉ!?」
ケンカ腰のナグにクライドはため息をつく。
「…お前がそうなるなら…作戦変更だ。お前の馬鹿に付き合ってやる。」
「馬鹿にしてんのかよ!今ここで決着つけてもいいんだぜッ!」
「何故そうなる馬鹿。」
「また馬鹿って言ったな!?」
「やかましい!」
やかましいナグを一蹴し、クライドはまたため息をついて言う。
「特攻したければ好きにしろ!俺は背後から急所を狙う。それでいいだろ。」
「チッ、美味しいところ取るつもりかよ!?」
「作戦だ。俺とサベージでちゃんと作戦練ってるんだ。お前が馬鹿言い出した時の対策まで網羅している。」
「かーッ!サベージの奴まで馬鹿にしやがって!」
ナグは文句を言うが、一回軽く舌打ちして…
「ケッ、やってやらぁ。お前が裏でこそこそして狙い撃ちする前に俺がぶっ殺してやんよ。」
「フン、やってみろっての。作戦開始だ。」
クライドとナグはいつもこのような感じだ。
性格はほぼ正反対。
お互い年が近いということもあり、ライバル同士と意識している。
故に作戦中でもこのように意見の衝突が起こったりするが、正直クライドの方が頭が回る為ナグは大体うまく丸められることが多い。
―――
(ナグは元気で、馬鹿だが誰よりも元気だった。ヴォールのムードメーカーと言えばアイツだった。)
昔のナグはヒューシュタットで会った時のナグとは全然違う。ナグはクライドと並べるぐらいたくましく、賢く成長していた。
きっと、この先に訪れるヴォール壊滅…そこがナグにとっての転機となったのだろう。
確証はないが、クライドはそこには自信があった。何故なら…自分もそうだからだ。ヴォールが壊滅してから…すべてが変わったのだ。
(しかし…この時のナグも俺も…よく笑うしよく喋る…フッ、やはり今よりも青かった…ということだな。)
このような場面でも現在のクライドは心が落ち着いていた。
この先に訪れる悲劇を分かっていても、不本意で今自分はヴォール壊滅までの道のりを見ているはずなのに。
今すぐこれを見せているアルーラと魔王デーガを殴りたい気持ちでいっぱいだというのに、やはり…この時の、一番輝いていた時間が…クライドにとっては何よりの宝物だったのだ。
だが、クライドの落ち着きとはまた別で、クライドにはもう一つの気持ちがあった。
それは
(…もう…あの時は戻ってこない…そう、もう…俺には…何も残されてはいない。親も居ない、ヴォールも無い。ギールも死んだ…だというのに…俺はこの楽しかった時間が忘れられず…)
―――“俺は過去に縛られている”
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村の奥にひときわ大きな廃屋があった。
親玉が居る場所で間違いなさそうだ。
「俺は屋根の上に行く。お前は勝手に特攻してろ。」
「言われるまでもねぇ!」
ナグはラプターから降り、「おらああああ」と大きな声を上げて正面突破。
扉を思い切り蹴飛ばして突っ込んでいった。
「な、なんだてめぇは!」
「ボスは何処だボスは!俺と勝負しやがれッ!!」
強盗団たちとナグの声が響き渡る中、クライドは廃屋の裏に回り。高くジャンプして屋根上に登った。
クライドはそこから中の様子を確認する。
廃屋なので壁や屋根のあちこちに穴が開いている為、中は丸見えだ。
クライドは目でしっかり周囲を確認して、ボスの特定を急いだ。
さしずめ、親玉と言うのは入り口から一番遠くに居るものだ。
「…アイツだな。」
クライドは奥に居たひときわ目立つ大きな人間の男を見つけた。
この部屋の一番奥、そして何処から持ってきてのか分からない豪華できらびやかなソファに偉そうに座っている。
「おう何してやがる!侵入者は排除しやがれ!」
「はい!」
「ここに来たからにはタダでは返さねぇぞゴルァ!!」
ボスの命令で多くの強盗団がナグに向かって突っ込んでいく。
「へっ、足りねぇ足りねぇ。こんなんで俺が満足すると思ってんじゃねぇぞッ!」
ナグは両手に装備した爪でまるで踊るように切り刻んでいく。
「な。なんだコイツは!」
「速いっ!?」
「足りねぇ!!足りねぇ!!!もっと暴れちまうぞ!?」
ナグは笑顔で周囲の強盗団を切り刻んでいく。
血が飛び交いなかなかの地獄絵図だ。
「アイツ容赦ないな…さて…」
クライドは気配遮断の魔法を発動し、物音を立てぬように静かに着地。
ボスの背後に回った。
「悪いな。」
クライドは小さく呟くが…
「おらあああああ!!!」
ナグの声が近づいてくるのが分かる。
「!」
ナグの爪がボスの腕を引き裂いた。
「っでぇ!」
ボスは咄嗟に傍にあった板で爪をガードしたが、後ろによろめき、その巨体はクライドに目掛けて倒れてきた。
「なっ!」
「どおおりゃああああ!!」
ナグはそのままボスを押し倒し、壁に向かって思いっきり蹴飛ばした。
「ぐうおおおっ!!!」
「ちょ、待ておま!!」
その巨体に巻き込まれてクライドも一緒に吹き飛んだ。
「お前にばっか美味しい思いさせねぇぞッ!」
「こンの…馬鹿がッ!」
立ち上がれないボスを前にしてナグとクライドは再び揉め合いを勃発させた。
「無策に突っ込むな馬鹿!俺まで殺す気か!」
「うっせぇ!コイツは俺が殺す!」
「お前と言う奴は…!」
「舐めやがって…!!」
ボスが立ち上がり、拳をクライドとナグに目掛けて振りかざそうとしているが、2人は揉めているのに集中しており気が付いていない。
だが、その時、ボスの額にナイフが突き刺さる。
「こ…の…!」
「ハイそこまで!アンタたち!ケンカしてる暇があったらさっさとやっまいなッ!」
後を追いかけてきたミアがボスを再び地面に倒れさせた。
「フン!」
「ばーかばーか!」
「子供みたいなケンカしてんじゃないよ全く!!」
げんこつで2人の頭を叩くミア。
「ッ!何故俺まで…!」
「いって!ミアてめぇ!」
「うっさい。」
「いでッ!」
ミアは手を出そうとするナグをサッと避けて足払いして転ばせた。
「…ハァ…すまないミア。助かったよ。」
クライドは冷静になり、ミアに礼を言った。
「いいさ、いつものことじゃん。」
ミアはボスを見て、呟く。
「ついてないねあんたたち。アタシたちに依頼されちゃうなんてさ。」
「て、てめ…ッ、か、身体が…動かね…」
「無駄無駄。さっきのナイフには麻痺毒仕込んであるからね。アンタはもう何も出来やしないよ。」
ミアはまるでゴミを見るかのような目でボスを見る。
「て、め…よく見たら…ヴォールのミアじゃね…か…」
「今更気づいたの?」
「依頼者だった俺たちがまさか…今度は暗殺対象になるとはな…!」
「言ったじゃん。ついてないねってさ。」
ミアはしゃがんで動けないボスに液体が入った瓶を飲ませた。
「ガフッ、てめ、何を…!」
「今度はちゃんと致死性のある毒。サベージに作ってもらったんだ。実験台になってね☆」
「て、め…ガフッ…ゴフッ…」
身体がブルブルと痙攣し、口から大量の血を吐くボス。
「あら、効果てきめん。」
ミアは呟いた。
「ごめんね。依頼だから…って、もう聞こえないか。」
ボスは既に息絶えていた。
(ボスを倒したみたいだね。)
サベージの声が通信機から聞こえる。
「えぇ、アンタの毒薬効果てきめんだったわよ。」
(それは何より。)
サベージはそれだけ言い、「帰るまで油断するなよ」と言い、通信を終えた。
「さ、撤収よ。」
ミアは笛で魔物たちを集め、ラプター以外を先にヴォールまで戻るように指示を出した。
「あーあ。ミアが美味しいところ持って行っちまった。」
「お前が一人で暴れ散らかすだろうが。」
「あん?」
「やるのか?」
「あんたたち…それ以上揉めるなら…」
ミアはギロリと2人を睨む。
「「ご、ごめんなさい…」」
そして、ミアとナグはラプターに乗る。
クライドは既に死んでいるボスの姿を見た。
「どうしたの?クライド。」
ミアは言う。
「殺した者の顔は忘れるな。ギールの言葉だ。俺は忘れない。」
クライドはそう言い、ラプターに乗る。
「そうだね、生きる為アタシたちは殺し続ける。それが例え世界にとって都合が悪くってもね。」
「そうだな。」
「おーいさっさと帰ろうぜ~腹減っちまったよ!」
「「…」」
少ししんみりしているところだというのにこの男は…と、クライドとミアは呆れてものも言えなかった。
ラプターに乗り、廃草地を抜けるクライドたちとラプター。
「ねぇ、クライド。」
「どうしたミア?」
「えっと、その…ゴメンね。あたしのせいで。」
「何がだ?ミアは何も悪い事はしていないだろ。」
「なんでも!とりあえず分かったって言っとけばいいの!」
「あ、あぁ…分かった。」
(今なら分かる。この時のミアのゴメンは…クライドの両親を殺した依頼はこの強盗団の依頼によるものであったこと、その依頼はミアの担当だったこと。依頼した強盗団を自分の手で滅ぼしたこと。こうすることでミアはやっと謝れたんだな…)
この光景を静かに見守る現在のクライドはこの時のミアの気持ちがようやく理解出来た。
ミアはずっと、クライドに対して罪悪感を抱えていた。
きっとこれからもずっと、あの最後の夜の時までその気持ちを抱え続けていたのだろう。
(そんなこと…俺には構わなかった…俺にはヴォールしか無かったのだ。それより前のことなど…どうでもいいんだ…どうでもよかったんだ。ミア…)
きゅっと胸が痛くなるクライド。
この依頼は現在のクライドにとっては少し胸の痛いものであったのだった。
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「よくやったな、クライド、ミア、ナグ、サベージ。お手柄だ。」
ヴォールに戻ってきたクライドたちの場面に移った。
ギールの部屋に先にサベージが待っており、クライドたちは後で合流した形をとった。
サベージの連絡により依頼の達成を聞いていたギールはクライドたちにも褒め言葉を与えた。
「へへ、大したことなかったよな!」
「まぁな。」
「あたしたちにかかればまぁ当然だね。」
「…あれだけ揉めといてよくもまぁそんなこと言えるもんだね。」
サベージはボソッと呟く。
「あっ、馬鹿サベージ!余計なこと言うなよ!」
「戦いの様子は録音済みだ。ギールは全部知っている。」
「マジかよてめ!」
「よせ。依頼は達成された。その事実だけで十分だ。」
ギールはナグを静止し、クライドたちを見て小さく微笑んだ。
「よくやったな。」
「あ、ありがとう。」
「へへ。」
褒められたクライドたちは素直に喜んだ。
「次の依頼も頼んだぞ。4人共。」
ギールはそう言い、今回の依頼の完了を告げた。
ワイワイと戻って行く3人。部屋に残ったサベージは一度だけギールを見て、遅れて外に出た。
その時、サベージの手はぎゅっと強く、握られていた。
「さぁて、明日までオフだし、これから町にでも繰り出さないかい?」
「おほっ、良いねぇ!メシ食いてぇ!」
「ま、別に良いけど…」
3人はこれからワービルトの街に出る計画を立てていた。
「サベージも来るかい?」
ミアは尋ねるが…
「いや、僕はこれから寝る時間だ。夜からまた仕事なので遠慮するよ。」
サベージは3人とは少し異なる時間を過ごしているようで、3人の誘いを断った。
「そうかい、じゃ、次も頼んだよ!」
「あぁ、任せておけ。」
サベージはそう言い、自室に入る。
「うおーっし、行こうぜ~!」
ナグは元気よく外に飛び出す。
「やれやれ、元気なことだな。」
「全くだよ。」
クライドとミアははしゃいでいるナグの後ろを、やれやれと言って追いかける。
―――
(…また、ボクの顔だけを見てはくれないんだな…ギール…)
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「サベージ?まぁ、変わった奴だよな~」
ワービルトの街で食事を取るクライドたち。
サベージの話題となり、話をしているクライドたち。
「なんというかね、生活リズムがアタシたちとは違うとはいえ…仕事以外だとあんまり絡まないようにしてるように見えてね…」
ミアはサベージの付き合いの悪さを気にしていた。
「サベージは昔からああなのか?」
日の浅いクライドはナグとミアに尋ねる。
「そうだね、サベージは昔からああだけど…ギールのことになると心なしか少しテンションが高い気がするね。」
「サベージはヴォールが出来た時から居た初期メンだって聞いたことあるぜ。」
サベージはギールがヴォールを結成した時の初期メンバーの1人。
「そして、初期メンはもうサベージしか残っていないそうだよ。」
「そう、なのか。」
「あァ、みんな離脱か戦死かしちまってるってよ。」
「そっか、サベージは…ギールのことを誰よりも思ってるのかもしれないな。」
サベージはギールのことを誰よりも古く知っている。が、故にサベージはギールを特別良く見ているのだろう。
そんな素振りは誰にも見せ合いが、内心ではそう思っているのかもしれない。
―――一方、ギールは、また別件でワービルトの街に来ていた。
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(全く…次々と舞台が変わるな…)
現在のクライドはシーンが変わるごとに色々な場所に飛ばされ、色々な光景を見ている。
しかし、今度はギールの姿が見えた。
(ここはワービルトだ…それも…あそこは軍の訓練場。ビライトたちがヴォロッドと腕試しをしたとき、修行の場に使っていた
場所だな…)
ギールの行先はワービルトの上層部。
城だった。
その裏手には大きな洞窟があり、そこは軍隊の訓練場となっている。
今、軍隊は全員で払っており、ここには誰も居ない状況だ。
そんな場所にギールはフードで顔を隠しながらやってきた。
「来たか、ギール・ネムレス。」
そこに居たのはヴォロッド・ガロル。ワービルトの国王だ。
「依頼は達成された。報酬を受け取りに来たぞ。」
「ウム、約束の報酬を与えよう。」
ヴォロッドは報酬をギールに与えた。中には高額な金と、多くの高級素材が入っていた。
「…少し多いようだが。」
「構わぬ。何も気にせず受け取るがいい。」
「そうか。ならばそうしておこう。」
ギールは特に何も聞かずに報酬を素直に受け取った。
「しかし…国王自ら暗殺の依頼を我らにするとはな。」
「フッ、我が軍が出るまでもなかったからお前たちに頼んだまでよ。あの強盗団には手を焼いていたのでな。お前たちの仕業ということにしておけば我々には何も問題ないのでな。ハッハッハ!」
どんな理由でも、どんな汚れた依頼でも請け負うのがヴォール。
故にヴォロッドは汚れ仕事をヴォールに丸投げした…ということになる。
「フッ、王のくせに暗殺依頼を暗殺組織に依頼する…全くお前は王とは思えんな。」
「綺麗ごとだけで勤まるものか。我々はドラゴニアのような平和主義ではないのでな。」
ヴォロッドはそう言い、笑い飛ばす。
「まぁ…そうだな。我々もお前たちのことは見張らせてもらっているが…」
ヴォロッドは呟く。
「お前たちは相当仲良くやっているようだが…そんな中でも闇は蠢いている。」
「内部分裂が起こるとでも?そんなことはあるはずがない。」
ヴォロッドはそう言うが、ギールはそれを否定する。
「さて、それはどうだろうな。まぁ長生きしたければ努々忘れないようにすることだ。ではな。」
ヴォロッドは忠告し、城へと歩いて行く。
「…内部の誰かがヴォールを狙っているとでも言うのか?くだらないな。俺たちは…ヴォールだ。皆、ネムレスの名を冠する俺の家族だ。誰一人そんなこと…考えてはいない。」
ギールはそう呟き、自分も洞窟を出ようとするが…
今度は周囲の様子がおかしいことに気が付いた。
辺りはかなり暗くなり、日中とは思えないほど暗くなっていく。
「…誰だ?」
気配を感じるそれもかなり強い気配だ。
(奥に来い。まぁもっとも、逃げられねぇようにしているから…来ざるを得ないけどよ。)
声が聞こえる。
その声の言う通り、洞窟の出口は何やら黒い靄のようなものに覆われていた。
「…」
ギールは警戒しつつ、奥に向かって歩き出す。
(なぁに、お前をどうこうしようってわけじゃないさ。少し話をしたかったんだよ。)
移動している間にも声が聞こえる。
ギールはそれに応えることは無く、奥に向かう。
しばらく歩いていると階段があった。それは下に向かって長く続いている。
「…降りろということか。」
ギールはそう呟き、1段1段を警戒しながら降りていく。
長い階段を降りた先には扉が1つ。
その扉に手をかけ、ギィと音を立てながらその扉を開ける。
「…お前が俺を呼んだのか。」
「そうさ。初めましてだな。ギール・ネムレス。」
そこに居たのは魔王デーガだった。
(魔王デーガ…!ギールとデーガは面識があったのか…!)
「…お前からは只ならぬ気配を感じる。俺の力など蚊ほどに感じる程にな。」
「流石ヴォールの長と名乗るだけのことはあるな。」
「それほどの力があれば…どんなことでも力で解決できそうだな。俺もその力で屈服でもさせようとしているのか?」
ギールは冷や汗を流しながらもデーガに対して強気に言葉を投げる。
「いいね、肝が据わってら。まぁさっきも言ったがよ。お前と話をしたいだけなんだよ。あっ、ここでのことは内緒にしろよな。特にクライドとアルーラにはな!」
「アルーラと…クライド?何故アイツらの名がお前から出てくる…?お前は何者なんだ。」
ギールは尋ねる。
「そうだな、まぁ詳しいことは話せないが…まぁアルーラは俺の仲間だ。そしてクライドは…一方的だが俺の大事な存在…とだけ言っとく。」
ギールは鋭い観察眼を持っている。デーガの顔をよく見て、その言葉がどこまで信用できるかを分析する。
しかし、その目や立ち振る舞いには嘘を感じることは出来なかった。
「…なるほど、前にアルーラは俺の元に来てクライドのことを話していた。お前もそのクチか。アルーラの言っていたヴォロッドとは違うもう一人の主とは…お前のことだな?」
「ま、そんなところだ。」
デーガはアッサリと自分を嘘偽りなく言う。デーガも分かっているのだろう。ギールが優れた観察眼を持っていることを。
「…で、お前の話とはなんだ。クライドとかかわりがあるのなら…その件であろうが…」
「だな。ルナール…いんや、クライドはお前の元で確かに立派に成長しているようだ。アルーラからもそのことはよく聞いている。」
「そうか、それならばお前の望む通りにクライドは育っているということだろう。」
「まぁそうだな、そこは別に構わねぇ。むしろこれからもクライドはお前に任せたい。」
デーガは言う。
「…お前と言い、アルーラと言い、随分クライドのことを気にしているようだな。そこまで気になるのなら、何故お前たちはクライドとかかわりを持たぬのだ。」
ギールはデーガに問う。
「…色々あンだよ…それに俺はアイツに干渉することを自分で認めちまったら間違いなくアイツを引き取るぜ。それはクライドにとっては良くない。アイツは…ヴォールに居ることが一番の幸せになっているんだからな。」
デーガはそう言うが、ギールは顔をしかませた。
「…ヴォールだけがアイツの幸せ…か…それは俺にとっては都合が悪いのだがな。」
「あん?」
「どんな組織やどんな人、どんな国、どんな世界でも、全ては有限だ。無限などはあり得ぬ。いつかは無くなるのだ。1つの物事に全てを捧げることは…失った先の未来を自ら閉ざしてしまうことになりかねぬ。故に…ヴォールに、俺だけに依存することを俺は否定する。」
ギールはそう主張する。
「ハッ、胸が痛いねぇ…」
デーガはそう呟き、頭を掻く。
「クライドにはもっと広い世界を見るように伝えている。アイツはいつか…俺が消えた時この組織が消えてしまった未来があったとしても…前を向いて…上を向いて生きて欲しい。俺はそう思っている。クライドだけではない、ヴォールの皆全員だ。」
「組織の長がそんな考えでいいのかよ。」
「良いのだ。俺は皆の親代わりであろうとしている。そして子はいつか巣立つものなのだ。」
ヴォールの人々は皆天涯孤独だ。
故にギールはヴォールの者たちは皆家族と思っている。
暗殺という危険な仕事をさせているが、それでもギールにとっては皆が誰一人大切な家族なのだ。
「わーったよ。ま、俺から言いたかったのは1つ。“クライドを頼む”ってことだ。」
「保証しかねるな。俺たちは暗殺組織。常に命の危険に曝されている仕事…そんな場所なのだぞ。クライドに万が一何かあったら?」
「そん時は俺がヴォールも、クライドを傷つけた奴もまとめてぶっ潰してやるよ。」
デーガの目は鋭くなる。これは…紛れもなく本気の目だった。
「…脅しをかけているつもりか?」
ギールはその只者ではない気迫に後ずさりしそうになった。だが、ギールとて背を向けるわけにはいかない。
「いつだって命の危機と隣り合わせなんだ。1つぐらい増えたってかわりゃしねぇだろ?」
「…お前がどういう考えを持っているかは分からん。だが…クライドの命は俺が守る。傷つくことは保証できぬが…命の保証だけはしてやる。それが破られた時は…俺を殺すがいい。」
「…ヘッ、良い度胸だ。気に入ったぜ、ギール・ネムレス。」
デーガがそう言うと、辺りの様子がいつもの状態に戻った。もう妙な感じはしない。
「悪かったな。少し試した部分もあったが…俺はアンタを信頼するぜ、ギール。」
デーガはそう言い、フッと姿を消した。
「クライドめ、とんでもない奴に目を付けられているようだな…」
ギールは呟く。そして…
(アイツの秘めてる力は…世界すら滅ぼしかねん程の力だ…クライド、お前はそんな奴に守られている存在だというのか…俺に…俺にアイツを守り抜けるのか…)
ギールは少し考える。少し弱気になっているところもあるようだが、ギールはすぐにその弱音を払拭するように上を向いた。
「アイツも、ヴォールの仲間で、家族だ。」
ギールはそう呟き、傍にあった扉から出ていく。その先はジィル大草原であったので、ギールはそのままヴォールに戻ることが出来たようだ。
―――そして、それを物陰から見ていたアルーラは呟いた。
「…全く、不器用ですな…我が主たちは……だが…それは私も…か。」
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――そしてこの光景を見ていた現在のクライドは…
(魔王デーガ…アイツは幼い頃から俺をずっと気にかけている。何故なんだ…アイツは…どうしてそこまでして俺を気に掛ける…?俺に万が一のことがあればヴォールごと潰すなど……まさか、ギールを殺したのは…デーガなのか…?)
クライドはヴォール壊滅の容疑者としてデーガを考えた。
だが、まだ十分な確証はない。
(いいだろう、どのみちこの調子だと最後まで見届けることになりそうだ。見ていれば分かる…見ていればな…)
クライドの鼓動がドクドクと高まるのを感じる。
終わりの時は近い。
それを確信したのは、次に見る光景が…よく覚えている時だったからだ。
時は一気に進み、ここから約7年の時間が流れた。
クライド19歳。
あと1か月程度で20歳を迎えようとしてた。
舞台が変わる直前、声を聴いた。
それはよく知っている声と、また別の声。
“ヴォールの中から強い悪意を感じる。この悪意…どう対処する?”
“様子を見るが…最悪俺は行くぞ。”
この声はデーガだろうか。もう一人違う声が聞こえるような気がするが…
そして…
“ギール…何故、何故見てくれない。ボクだけを、見ていればいいのに。君はいつもそうだね…フフッ、アハハッ…”
この声は…聞き覚えがある。だが、確証が持てなかった。
クライドの予想とは異なる喋り方、声の高さ。
今までに聞いたことのない狂気に満ちた声と笑い声。
ヴォールにあの赤き月の夜、全てを失ったあの夜が…まもなく訪れる。
「さぁ!!!!粛清の時だッ!!!!!!」
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「夫妻の事件の犯人が分かりました。犯人はヴォール団員、ミア・ネムレス。ヴォールが
受けた依頼に従ったものとみられます。」
アルーラは夫妻の事件の調査を終え、それをデーガに報告していた。
「…そうか。皮肉な話だ…」
デーガはもしそれが低俗な賊によるものであれば容赦はしないと思っていたが、裏でヴォールが絡んでいたのならば、デーガには手出しが出来ないものであった。
「いかがなさいますか?」
「…ルナール…いや、クライドや夫妻には悪いが…この件はここで打ち止めのようだ。」
デーガは夫妻の事件の後始末を諦めることを決めた。
「ヴォールの長、ギールと話をしてきた。アイツなら…クライドを任せられると判断した。」
「…かしこまりました。主の御心のままに。」
アルーラはこれ以上は何も言わなかった。だが、アルーラはデーガの表情を見て思った。
(本当は自分の傍に置きたいと思っているでしょうに…だが、それはクライドのためにはならないと…堪えてらっしゃのですね…)
何よりもクライドの幸せを。
その為には自分の願いを押し殺すデーガ。
そこには誰よりもクライドのことを思う強い意志があるのであった。