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Delighting World  作者: ゼル
Break 第三章 アーデン編Ⅱ ~Episode クライド・ネムレス 赤き月光の夜~
72/139

Delighting World Break Ⅹ



―――17年前



ヴォールに入ってから、孤立気味で自分の正体もここに居る意味も分からず混乱し、急に気が動転してパニックを起こすこともあったクライド、当時9歳。

しかし、そんなクライドを孤立させず、手を差し伸べたのがナグ・ネムレスだった。



そして、それから1年後、クライドはナグと仲の良かった魔物使いの暗殺者の猫獣人、ミア・ネムレス。

そして、裏方専門の犬獣人サベージ・ネムレスと仲良くなった。


この4人はいつも一緒で、それぞれが支え合い任務をこなしていた。




―――ナグとミアはいつも元気いっぱいで、サベージはいつもそれに振り回されていた。

しかしサベージも嫌味は言うがまんざらでもないようだった。ずっと裏方で1人でいると気が滅入ってしまうのだろう。


そして、クライドもまた、ナグとミアの手に引っ張られて現在に至る。


この時のクライドは今のクライドとは違い、表情も豊かで笑顔もよく見せる少年だった。。

ヴォールに来たばかりの時は笑顔など忘れてしまったかのような無表情だったが、ナグとミアはそんなクライドの心を開かせるためによく絡んでいた。


いつしかクライドはナグたちと仲良くなることで、昔のことをどうでもいいと感じるようになって成長していったのだ…


時にはギールもクライドに暗殺者としてのスキルを教え、任務を達成した時は皆で宴を開く。

ヴォールは暗殺組織とは思えないほど明るく、活発な組織だった。


ギールは静かでクールな性格ではあるが、皆で楽しいことをすることに目が無い。

大きな依頼を達成した時は誰よりも早く宴を宣言する。

そして、酒を交わし、美味い飯を食う。それを明日以降の糧とする。



その時ギールはいつも乾杯の音頭で言う。



「我々暗殺組織は世界の闇だ。決して光に当たらぬ日陰者。だが、我々は世界の光を守る為の闇。闇で闇を狩る。我々は太陽の子ではない。この美しき闇夜を照らす月光の子だ。」


夜の月を眺め、酒の入ったジョッキを掲げる。

その言葉に乗じてヴォールの獣人たちは今日殺した者たちの魂が無事に世界の力となるよう願うのだ。


相手が誰であろうが依頼されれば対象は殺す。たとえそれが善人であっても。

いかなる理由があろうとも…だ。


それがヴォールという組織、ヴォールの正義である。



「殺した者の顔は忘れるな。そして、殺すということは我々も殺されるかもしれぬということだ。だが、決して恐れることなかれ。我々の死もまた世界の力となるのだから。」


白く輝く毛並みを靡かせギールは語る。


「だが、我々はそう簡単に死なぬ。この世に闇がある限り、我々はこの月光の空の元に赤き血を散らそう。我が同胞たちよ、誇り高きネムレスの名を冠する者たちよ。今宵も我々の生に感謝しよう。」


「「「おおおおおーーーっ!!!」」」




「すごい、これが…ヴォールなんだ。」

「そうだ、これがヴォールだ。そして俺たちの最高の親分、この頂点に立つ白狼の男…ギール・ネムレスだ。」



クライドにとって、このヴォールという組織はとても光輝いて見えた。

何も分からない、生きる意味も分からないクライドにとっては何もかもが新鮮だ。


最初に見ていた景色がヴォールでなければそれに惹かれていたかもしれないが、クライドはこのヴォールという組織を最初に見た。

だが、それだけではない。暗殺組織という明日生きているか分からない危険な場所でありながらも、皆が死を恐れずまっすぐに生きている。


ネムレスという名を冠する者として、ギールという白狼の獣人を先頭に、ここに居るわずか27人の獣人たち皆が輝いていた。

クライドには、そうやって見えたのだ。


28人目のヴォールのメンバー、クライド・ネムレスは今、ヴォールの獣人として、ネムレスの名を冠した暗殺者としての道を一歩、自分の足で、自分の意志で踏んだのだ。





(そうだ、俺はクライド・ネムレス。誇り高きヴォールの暗殺者。俺には――ここしか無かったんだ。ここが…俺が俺でいられた…俺の……最高の場所……だった。)



--------------------------------------


クライドの見る景色が再び変わる。

再び魔王城だ。

クライドは玉座に座る魔王デーガとアルーラが居るのを見た。


これは魔王デーガの記憶のようだ。



―――この記憶はクライドがヴォールに入って1年後。

現在から16年前。




「デーガ様。失礼いたします。」

「アルーラか。今日はどうした?」


ワービルトから足を運んできたアルーラは玉座に座るデーガの前に膝をついて頭を下げる。


「ルナール様と思わしき人物の情報を掴みました。」

「…!無事なのか…!」

デーガは玉座から立ち上がり、アルーラに言う。


「まだ確証はございません。これからワービルトの国全体での調査となります。」


「ワービルト全体で調査だと?どういうことだ…?」


「ルナール様は“とある組織”に拾われ、そこで暮らしている…という話が出ております。そこは…ワービルトでも度々話題に挙がる裏では有名な暗殺者の組織でして。」

「暗殺者……その組織の名は?」


「“ヴォール”。」


「…そこにルナールが…暗殺者だと…?」

顔をしかめるデーガ。ルナールが暗殺者に何かをされているかもしれない。

そう思うとゾッとする。


「デーガ様、新たな情報が入り次第お伝えいたします。デーガ様はここでお待ちください。」

アルーラは顔を上げてデーガに言う。


「…ッ…そう、だな…」


「貴方は抑止力。決して表に出て世界に干渉をしてはなりませぬ。ご理解ください。」

「…分かってる…」

デーガは拳をグッと握り、悔しそうに顔を歪ませる。


「して、デーガ様、ルナール様の住処が分かったら…どうされますか?」

アルーラは尋ねる。


「…連れて帰れとは言わねぇよ…ルナールがその組織でもし…一員としてやってんなら…それも悪くはねぇ。」

「暗殺を悪とは思わないのですね。」


「…俺だって多くの生物を殺したことがあるんだ。俺に何かを悪だ正義だという権利はねぇ。」

「…そう、でしたね。失礼いたしました。」


「いや、良い。だが…」

デーガは声を低くして言う。


「そのヴォールとかいう組織でルナールが酷い目にあってるってんなら…容赦はするな。」

「…かしこまりました。」

アルーラは再び頭を下げる


「…ついでにだ。夫妻の事故もより詳しく調査を任せる。そのヴォールってのが何か関わってるんだとしたら…例えそこがルナールの居場所であろうが…俺は許すわけにはいかねぇ。」


「…それがルナール様の居場所を壊すことになっても…ですか?」

「……そうだ。」


「…デーガ様…無礼を承知で言わせていただきます。彼は…ルナール様は…“ジャイロ”ではありません。」

アルーラはデーガの顔をしっかりと見て、その言葉を投げかける。

デーガは下を向き、歯ぎしりを見せる。


「分かってる。だが、俺は…」


「…デーガ様、ひとまず私はルナール様の行方と夫妻の事件を調べます。ルナール様の方はワービルト全体での捜査となるので、近いうちに判明するでしょう。夫妻の事件は私の内密での調査となりますが故、お時間を頂きます。ひとまずはそれでよろしいですね?」


「…あぁ、頼む。」

デーガはそれだけ言い、もう何も言わなくなった。


「失礼いたします。」

アルーラは察し、魔王城を出てワービルトに戻っていった。






「…分かってる。あいつは違う。だが…俺にそれを理解しろだなんてよ…ホントキツイわ。」






この会話を全て聞いていた現在のクライドは困惑していた。


(…魔王デーガは…俺のことを随分と気にしているようだ…それに…“ジャイロ”とはなんだ…?それは…人の名前なのか?俺のことを言っているのか…?…考えても分からんか…)



再び景色は動く。

またクライドはヴォールでの思い出を追いかけるようだ。



--------------------------------------



のんきなものだ。

今、自分は過去の記憶を第三者の目で見ている。

この先に待ち受けているのは…この組織の崩壊。ヴォールの事実上解散。

そして俺は暗殺者をやめて情報屋になる。そしてアトメントからの依頼を受けてビライトたちと旅をする。

その道中でナグと再会するも敵対関係であった2人は戦い、そしてクライドが勝ち、ナグは自分の手で死ぬ。


そう、この先に待っているのはクライドにとっては良い思い出ばかりではないのだ。

そして、その良い思い出ではない記憶があるからこそ、今クライドは依頼の為、そしてナグの為にアーデンまで来ている。


この先の記憶は…目を背けることの出来ない、過去の地獄行きの切符だ。


だが、クライドは1つ、この記憶を見るうえで確信を持っている部分があった。


それは…“ギールが誰に殺されたのか”だ。


クライドは全てが終わったあの夜、ギールに突き飛ばされ崖下に転落した。

しかし、クライドは確かに見ていたのだ。ギールが次の瞬間、血を噴き出して倒れるところを。その返り血はクライドの顔に付着していた。


その下は川。クライドは川に沈んだ。

溺れる中、崖の上を必死で見ようとした。


(…曖昧だが…あの時、崖上から大きな音が響いていたような気がする…)


忘れるわけがない。ギールの姿はあれから見ていない。生存は絶望的だろう。



しかし、ここで今クライドは何故ギールが殺されたのかが理解できるかもしれないと思っているのか。

それはクライドはあくまで記憶を“第三者”として傍観しているからだ。



ヴァゴウが前に潜血覚醒を発現させたときに同様の魔法をかけられたときは、過去の自分の中に今の自分がいて、過去を体験する疑似体験が起こっていたという。

だが、今回のクライドの場合はそうではない。あくまで現在の自分は過去の自分とは別なのだ。

つまり、自分の知らない観点から過去の自分を見ることが出来るのだ。


だからこそ、先程も自分の知らないところで魔王デーガとアルーラが会話しているところまで見ることになったのだ。



つまり…これからクライドは、知らないことにも触れていくことになるのだ。

ギールが誰の手によって殺されたのか。あの夜の依頼は何だったのか。

そして、結局最後の瞬間すらも見ることが出来なかったミアやサベージの行方も。あの夜の出来事が起こるまでの知らないものを知ることになるのだろう。



(…そんなことを知ったところで…何が変わると言うのだ。俺に何をさせたいのだ…魔王デーガめ…)


クライドはそう思うと不愉快極まりないが、ただ…この時の、ヴォールで過ごしたこの時間を見ていると、クライドは穏やかな気持ちになった。


それだけ、クライドにとってヴォールで過ごした時間はかけがえのない宝だったのだ。



--------------------------------------



「依頼だ。各自確認して速やかに遂行しろ。」



ある日の出来事だった。

クライド12歳。ギールに拾われて3年後だ。


ギールが部屋にやってきた。クライド、ミア、サベージ、ナグの4人は共通の依頼を請け負った。


「…依頼先は…廃草地だと?」

サベージは目をしかめる。


「え~…あそこアタシ嫌いだわ。変な匂いが染みつくしィ…」

ミアは嫌そうにする。


「おいおい、依頼だろ?文句言うなよ!」

ナグはやる気満々だ。

クライドは静かに依頼書を見ている。


「…強盗団が廃草地を拠点にしてジィル大草原を通る行商人を殺して物品を奪っているのか。」


「あれ~?この強盗団アタシ知ってるわ。」

ミアは指を口に当てて呟く。

「だろうな。」

ギールはミアを見て言う。


「その強盗団は3年前我々に依頼をしてきた強盗団だ。そしてミア、お前が請け負った依頼のだ。」

「ふ~ん…あの時のねぇ~…」


ミアはチラッとクライドを見る。

クライドはそれに気が付いていない。

「皮肉なものだ。かつての依頼主が暗殺対象となるとはな…出来るな?」

ギールは4人に言う。


「おう!任せろっての!ササッと片付けてやる!」

ナグは拳を握って素振りする。

元気過ぎる姿にサベージはため息をつく。


「…では情報を探してくるよ。しばらく籠るからそれまでは勝手にしててくれ。」

サベージは怠そうに部屋の奥に閉じこもる。


「…サベージの情報集めが終わるまでしばらくかかりそうだな。」

ギールは呟く。そしてクライドを見る。


「クライド、少し付き合え。」

「え?あ、あぁ。」

クライドはギールについて部屋の外へ出る。


「…」

ギールについていくクライドを一回サベージは見つめる。

少し目を泳がせるが、それには誰も気が付いていない。

サベージはすぐに再び作業に戻った。


「楽しみだな。」

「あんたねぇ…」

楽しそうにしているナグにミアは呆れる。


そして…



「…巡り巡って…か。全く、クライドが覚えてなくて良かったよ。」

「あ?何か言ったか?」

「何でもない。」


--------------------------------------


「ギール、どうしたんだ?」


「…フム……」

ギールはじっとクライドを見る。


「な、なんだよ…」


「お前を拾って3年、出会った頃とは別人のようだ。」

「…何が言いたいんだよ。」

「成長した、ということだ。」

ギールは優しい声で呟いた。


「…自覚は…無い。」

「無くてもいいさ。お前は…上を見上げるようになったな。」

「…」





―――


(下ばかり見るな。上を見ろ。今は雨が降っていて何も見えぬが、雨はいつか止む。お前の心の中にある雨も、上を見ていれば晴れる。)


―――


「…そう、だな。」


クライドはまだこの時12歳。まだまだ子供だ。


だが、この3年でクライドはこのヴォールでの生活が自身の全てとなった。

記憶の無い昔のことなどすっかりどうでもよくなり、今このヴォールに居る人々に支えられてクライドは楽しく過ごしている。


暗殺者としての技術もギールに鍛えられ、毎日ナグと鍛錬をすることで立派な戦士としてその使命を全うしている。今ではナグと立派に任務をこなしている。


クライドとナグは共に動きの素早さに長けている。

ナグの爪技、そしてクライドの足技の連携はヴォールでも名物だ。


「お前の心に雨はもう降っていないようだな。」

「…多分。」

クライドはまだギールの言う雨のことがよく分かっていない。


だが、それが心の傷だと言うのならば、クライドにもうそれは無い。


別にあの雨の日を思い出すことがあっても時に何か絶望することもない。クライドにとってはヴォールこそが全て。ネムレスの掟こそが全て。


クライドの居場所は、ここだけなのだ。




「お前は暗殺者としてもたくましく成長している。」

「俺には…ここしかないんだ。もちろん、ギールのいつも言ってる…殺した相手のことも忘れてない。」

「それでいい。」


ギールはそう呟き、更にギールはクライドの顔を見て言う。


「クライド、お前はもっと世界を知ると良い。これからも依頼を経て、様々な景色を見て来るがいい。」

「え?あ、あぁ…」

ギールはそう言い、「話は終わりだ。依頼の成功を期待している。」と言い、どこかへ行ってしまった。


「…俺には、ここしかないんだ。ここが…ヴォールが俺の全部なんだ。」




(……そうだ。この時の俺は…本当にヴォールだけが全てだった。視野が狭いな…)

ここまでの光景を静かに見ていた現在のクライド。


まだ弱い12歳の獣人の少年は既に精神は大人に成熟している。

だが、この時のクライドは視野は非常に狭く、まだまだ成熟していない幼い部分も垣間見えていた。


だが、それは現在のクライドにも少し心当たりがあるようだった。


(…今の俺はどうだ?俺は…ヴォールはもう無い。ネムレスの生き残りも俺だけだ。だというのに…俺はまだネムレスの掟を貫き通すのか?)


クライドは思った。


(…俺は今も…視野が狭いのかもしれんな…)










そして、それを物陰から見ている者がいることに、現在のクライドも、過去のクライドたちも、気がついてはいなかった。



(…ッ、ギールと二人きりでそのような話を…気に入らないな…)


何やら憎しみがこもっている声が小さく呟かれた…



--------------------------------------


廃草地は現在と変わらず誰も近寄らない場所だ。


「26年前、ここを支配していた魔竜グリーディがドラゴニアの手によって殺され、この廃草地は誰も支配しない無法地帯となった。」


「おっそろしく強いドラゴンだったんでしょ?あらゆる男を誘拐して性欲を満たし、産んだ子を食らい成長していたっていう。ホントイカれてるわよね~」

ミアはぶるっと身震いする。

「無法地帯だからこそ、強盗団のような連中が巣にするには絶好の場所ということだ。」

淡々とサベージが説明を続ける。


「魔物も結構多いんだってな!殺り放題じゃんかよ。なぁクライド!」

「お前なぁ…」

いつだってやる気満々なナグにクライドはやれやれとため息をつく。


「油断していると痛い目を見るぞ。廃草地にはゾンビの魔物も多くいる。お前のように爪で攻撃するしか能のない馬鹿には不利だ。」

「んだと!爪技だけじゃねぇぞ俺だって!」

サベージの挑発に乗るナグは魔法を撃とうとする。


「よしなさいよ馬鹿ナグ。建物ぶっ壊す気?」


「フン!戦闘だったら誰にも負けねぇ!相手がゾンビだろうがドラゴンだって俺の敵じゃねぇっつーの。」

ミアに制止されてナグは文句を言いながらソファにだらしなく座る。

「…で、廃草地のどの辺りなんだ?」

クライドはサベージに話を続けるようにうまく誘導する。


「…あぁ、比較的入り口付近だ。奥にはより凶暴な魔物が徘徊しているらしいからな。入り口付近にしか隠れ家を作れなかったのだろう。」

サベージは目でクライドにお礼を言っているように見えた。



「フーン、じゃあんまり長居しなくても良さそうじゃん!アタシ魔物の準備してくるわね。」

ミアは魔物を操る暗殺者だ。

魔物を飼育している場所がヴォールの裏にある。ミアはそこで日々魔物の世話をしたり調教したりしている。


「通信機で連絡を取り合いながら行こう。」

サベージはクライドにミアの分と合わせて2つ、ナグに1つ通信機を渡した。


「しっかしまぁ、便利だよな。この通信機を持っている奴の居場所をここから特定できるなんてよ。」

ナグは通信機を服に着ける。


「これは僕らには開発不可能な技術だ。ヒューシュタットの技術だからな。だが…使い方さえ分かってしまえば僕でも扱える。」

サベージは自分の作業場にある機械を見ながら言う。

モニターと呼ばれる映像にはワービルト周辺の地図が移っており、通信機の位置…つまり今のクライドとナグの居る場所がピコピコと光っている。

「まだワービルトとジィル大草原の一部しか見ることは出来ないが…いずれどんどん拡大していけるだろう。最も…そのためには世界中のマッピングを行う必要があるけど、でもそれは…ブツブツブツ…」


「「…」」

サベージは一度語りだすと止まらなくなり最終的には自分しか分からない聞こえないような声でブツブツと独り言になっていく癖がある。


それがサベージとの会話の終わりになることが多い。


「…ま、とにかくだ。ミアにはあとで通信機を渡し、夕方に出発し夜に作戦開始。これで良いか?」

クライドはナグに聞く。


「クライドがそれで良いなら俺は構わないぜ。俺よりもクライドにはその辺任せられるしな~」

ナグは考えるのが苦手のようで、作戦や人員の配置、行動ルートは大体サベージとクライドの担当だ。

サベージはここから通信機の届く範囲であればサポートをし、クライドは現地での判断で行動し、作戦の計画を立てる役割だ。


主たる戦闘はナグ。それのサポートと戦闘にクライド。それに加えて陽動や混乱を引き起こす妨害の役割を担うのがミアとそれに従う魔物たちだ。


4人が連携して作戦を遂行する。ヴォールでも屈指の強力なチームとして名を馳せているのだ。



(…そうだ、俺たちは最高のチームだった。いつだってこの4人でどんな任務もこなしてきた。)



4人は作戦開始までそれぞれで時間を過ごし、時刻は陽が沈むころまで時は進む。






「準備は良いな?これより作戦を開始する。」

サベージは3人に言う。

「おう!さっさと片付けてやろうぜ。」

「行こう。」

「さぁいくわよアンタたち!」

ミアの指示で大きな獅子の姿をした魔物たちはクライドたちを背に載せ、廃草地目掛けて走り出した。


「…さて、僕もしばらくは画面とにらめっこだな。」

サベージは自室に戻り、通信機を見始めた。


「…ギールの為に。」



--------------------------------------


ヴォールはワービルトの下層にある。

ワービルトの出入り口は下層の正門のみであるが、ヴォールは下層の奥の方にあり、無理やり壁をこじ開けて洞窟を作り、そこからワービルトの外に出ていた。


洞窟は建物で隠れており、だれも確認することは出来ない。

ヴォールはワービルトの国にも知られていない秘密の組織だ。誰もその実態を知らない。




しかし、そのヴォールの実態を知り、探りを入れている者が居る。






現実のクライドは廃草地に向かう過去の自分たちを静かに見届けた。

しかし、舞台は変わらず、クライドはギールの傍に移動していた。

(…ギール…)


月光が光り輝く夜。屋上で月を見るギールの後ろに立つ者が居た。


「…お前は、アルーラ・ポットか。魚人と呼ばれる種族の最後の生き残り。そして…ヴォロッド・ガロルの侍従。」


「ギール・ネムレスだな。」

「だったらどうする?ヴォロッド・ガロルの名の元、俺を裁きに来たか?」

ギールは余裕の笑みを浮かべる。


「…私はお前を裁きに来たわけではない。ここに来たのもヴォロッド様の意志ではない。私の意志で私はここに居る。」

アルーラは独断でここに来た。


「ヴォロッド様はこの3年間でヴォールの存在には既に辿り着いている。とっくにな。だがあの方はあえてお前たちを放置している。」

「…ほう。王は俺たちを裁く気は無いと。」

アルーラは首を縦に振った。


「…フッ、あの王のことだ。自分が手を下さずとも悪を裁く俺たちが勝手に悪を裁いてくれるから気が楽で良い、故に放置しておこう…とでも考えているのか?」

「流石だな。ギール・ネムレス。ヴォールを束ねる者であることにも納得だ。」



(ヴォロッドの考えそうなことだ。ヴォロッドはこの後、“ヴォールと交わりワービルトの治安を悪くするものを捕らえてこい”などの依頼を俺たちヴォールに押し付けるようになる。悪も使いようということだ。あの王は利用できるモノはなんでも利用する。)


当時のクライドはヴォロッドが勝手に仕事を投げまくって非常に不愉快だった。

現在のクライドもそれを知っているからこそ、クライドは今でもヴォロッドのことはあまり好きではない。



「で、お前は何をしに来たのだ。」

ギールはアルーラに問う。



「人を探している。噂によるとその探し人は今ヴォールに所属していると聞いた。」

「…名は?」


「ルナール。ルナール・グルーブ。」

「グルーブ…いいや、知らんな。」

ギールは少し目を動かした。

「…嘘をついても良いことにならんぞ。」

アルーラはその一瞬の動きを見逃さなかった。アルーラは確信した。ギールはルナールを知っている。


「…フッ、そのルナールとやらを見つけたらどうするつもりだ?」


ギールはルナールがクライドのことであることを知っている。


これはギールが個人的に調査をして分かったことだ。そしてそれはミアとサベージも知っている。

ナグにも伝えようとはしたようだが、ミアとサベージに“アイツは口が軽いからダメ”と押されたため、ナグとクライド本人が知らないという状態だ。


故にギールはアルーラに質問する。



「様子を見たい。ルナール様がこのヴォールでどう過ごしているのかを観察し、主へ報告する。」

「妙な話だ。ヴォロッドにそのような話をして何になる。ルナール…いいや、クライドとヴォロッドには何の関係も無いはずだ。」

「…私にはもう一人主が居る。そのお方がルナール様の安否と現在の状態を知りたがっている。良くない状態であれば…」

「あれば?」

「…いや、なんでもない。今は良いだろう。」


アルーラはこう言おうとしていた。





“ルナール様に何かあれば我が主はお前たちヴォールの者たちを皆殺しにするだろう”





が、アルーラはその言葉を発することは出来なかった。


「…なら自分で確かめるがいい。最も、クライドは明日にならねば帰らんがな。」

ギールは自信に満ちていた。


「…明日の夜、再び様子を見に来る。そして以後、定期的にルナール様の監視を私は希望する。」


「…フン、良かろう。だが余計なことはしてくれるなよ。クライドは我らの家族だ。お前の主がクライドをどう思っていて、どれほど大事に思っているかなど俺にとっては知ったことではない。家族を勝手に連れ出すことは誘拐と判断し、俺はお前もその主も許さぬぞ。」


ギールはアルーラを鋭い目つきで睨みつけた。その赤い目は殺意に満ちていた。


「言っただろう、私はあくまで観察するのみ。ルナール様がいかなる形であれ充実した人生を歩んでさえいれば私も主も手出しはせん。」

「…クライドは立派な戦士として成長している。安心するがいい。」


「…失礼する。」

アルーラはギールに背を向けずにそのまま建物から飛び降りて去って行った。


「…2年ほど前から気配は感じていたが…ようやく姿を見せた…と言ったところか。」

アルーラは随分前からヴォールを監視していたようだ。遠くからクライドの姿も確認していたらしい。





そして、その会話を聞いてた現在のクライドはこの時点で何か良くないものを察していた。


(アルーラは俺の状態をデーガに報告していたのか…そして俺に何かあった時は…アルーラは何を言いかけたのだ…?―――アルーラは…いや、魔王デーガは…ッ…考えても仕方ない…今俺には見ていることしか出来ぬのだから……)





(だが、魔王デーガとアルーラ…お前たちはヴォールの壊滅と何か関わりがあるのか…?まさか…な。)



ここまでの状況を見るに、ヴォールの壊滅に関わりがあるかもしれない人物は、魔王デーガ・アルーラ・ヴォロッドの3人に絞られている。


誰かが、誰かがあの夜…ギールを殺し、ヴォールを壊滅させたのだ。


そうに違いない。



それが誰だったとしても、クライドに降りかかるのは…きっと、激しい怒りだろう。





クライドにとって、ヴォールは暖かい帰るべき場所だったのだから…



--------------------------------------



時刻と舞台が変わる。


クライドが次に見たのは廃草地のすぐ傍。

ワービルトが建設したが今は誰も居ない観測地の建物の上にクライドとナグが居た。


そしてもう少し奥に行ったところにミアと魔物たちが待機していた。





【聞こえるな、クライド、ナグ、ミア。廃草地の魔物以外の生体反応を54人感知している。恐らく強盗団だろう。】


サベージは、ここでも誰も使いこなせない技術を駆使していた。

サベージが使っているのは、ドローンと呼ばれる小型の機械。

自由に遠隔操作して物を運んだり、薬品を撒いたり出来る優れものだ。


サベージはドローンに生体反応をサーチする機械をセットし、強盗団の人数を割り出しデータとして転送。それをクライドたちに口でサベージが伝えていた。


「54人か。へっ、腕が鳴るな。全員ぶっ潰してやろうぜ。」

「依頼だからな。」

ナグはクローを装備、クライドは短剣を持つ。



「無策につっこまないでよね。まずはアタシが混乱させたげるから、あんたたちは待機。」

「へーい。」


【可能な限りサポートはする。無事を祈る。】

サベージはそう言い、一回息を吸って吐く。






【では、任務開始】





ミアの指示の元、一気に魔物たちが廃草地に入り込んだ。その数10匹。

少ないように見えるが、1匹の戦闘力は強魔物よりも強い。10匹でもなかなかの脅威となろう。



「行くぜ。クライド。遅れるなよ~」

「俺の方が足が速い。ナグこそ遅れるなよ。」

「へへっ、どっちが多く殺せるか勝負だ。」

「遊びじゃないんだぞ全く…」



かつて記憶を失ったクライドの両親を殺すよう依頼した強盗団を暗殺することになったクライドたち。

しかしクライドはもちろん記憶を失っているのでそのような事実は知らない。


だが、それを知っているミア。


強盗団がヴォールに依頼をし、それを請け負ったのがミアだった。ミアは魔物をけしかけてクライドの両親を殺したことは事実だ。




それを知っているミアは誰にも聞こえない声で呟いた。




「…これで少しは、アンタに許してもらえるかな…クライド。」




白き月光の夜。



廃草地にてクライドたち4人は強盗団暗殺ミッションを開始した。






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