Delighting World Break Ⅷ
「師匠ー!」
「おう。」
今、あたしは師匠の元に来たところだ。
いつものようにかったるそうに返事をする師匠。
これはあたしの消えてしまった記憶。
あたしはこの光景を1度見ている。
この日、あたしは“死ぬ”。
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魔王城に辿り着いたビライトたちは魔王デーガの元に向かう城の中、アルーラと再会する。
魔王デーガの元に行く前に立ち塞がったアルーラは、レジェリーとクライドに自身の防御魔法を撃ち破ってみろと言う。
レミヘゾルに来てから違和感に振り回されてイライラしているクライドはあっけなくアルーラの術中にハマり、黒い球体に包まれて意識を失ってしまった。
レジェリーも間もなくアルーラに同じ魔法を撃たれてしまい、レジェリーも意識を失ってしまった。
目を覚ました2人はアーデンで自身の失われた記憶の世界に飛ばされてしまっていた。
アルーラは2人に隠された記憶を蘇らせ、そのうえで魔王デーガと対面させようとしていた。
2人の失われた記憶、隠された秘密が明かされる。
そして、レジェリーは一足先にその記憶の片鱗を覗くことになるのだった。
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「ねぇ師匠~いい加減あたしにもすっごい禁断魔法教えてよ~」
「…しつこいなお前は。禁断魔法ならある程度教えただろうが。」
「最初は大変だったけど今ではお茶の子さいさいよ!」
レジェリーは自慢げに言うが、デーガはため息をつく。
「あのな、お前が禁断魔法をポンポン使えるのはその髪飾りがあるからだ。それが無ければお前ごときの魔力だと精々1回が限界なんだ。」
デーガがレジェリーに詰め寄って右手の人差し指を差して言う。
「良いか?いくらお前が英雄の子孫だからと言ってもだ。所詮人間。今お前が使える禁断魔法よりももっと凄いもの使えばその髪飾りがあってもどうなるか分からん。」
「う…分かってるわよ~…」
「そもそもだ、お前は勝手に俺の禁断魔法を盗み習得しただろ。」
「げっ、何でそれを!」
「知らないとでも思ったか馬鹿が。」
デーガはげんこつをレジェリーにした。
「いたっ、もう…」
「もうじゃねぇ。しかもよりにもよってライフスフィアじゃねぇか、こんな禁忌ともいえるような魔法勝手に習得しやがって…それにコイツはスフィアレイズがないと意味ねぇんだよ馬鹿。」
「む~…だって、これがあれば死んだ命を救えるじゃない。スフィアは師匠が復元させればあたしと師匠で救世主に!なんて!!かっこいいじゃん~!なんで禁忌なのよ~!」
レジェリーはぶーぶーと文句を言う。
「ったく…お前らの命は唯一無二のものでかけがえのない大切なモンだ。それを人の都合で好きに生き返らせたりすんのは良くねぇんだよ。」
「なんでよ?」
「それだけ生物の命ってのは価値のあるもんなんだよ。有限だからこそ、取り戻せないものだからこそ輝くんだ。だから人を蘇らせる技術なんていらねぇの。間違ってもその魔法使うんじゃねぇぞ。」
デーガはレジェリーに念を押した。
「師匠の言ってることよく分かんない。」
「お前の為でもあんだよ。ライフスフィアの消費魔力は普通の生物が扱えるもんじゃねぇ。その髪飾りがあってもお前の魔力では扱いきれねぇんだよ。」
「じゃぁそれ使えるぐらいあたしも強くなるんだから、今日もお願いね!」
「…ったく、今日は帰れ。」
デーガはレジェリーをシッシと手であしらう。
「えーーっ!なんで!?」
「なんでもだ。今日は忙しい。1人でその辺の森で練習してろ。」
「けち。」
「うるせぇ。」
デーガはそう言い、最上階に向かって歩き出した。
「師匠、たまにこういうことあるけど…忙しいって何よ。どうせ暇なくせに。」
レジェリーはあーあとため息をついて辺りを見渡した。
ここは玉座がある場所だが、すぐ傍に最上階に続く階段があり、玉座のさらに奥には大きな扉がある。
その扉には強い封印がかけられており、デーガにしか解除できないほどのものだ。
最上階にはデーガの自室があるようだが、立ち入りは禁止されており、レジェリーも入ったことは無い。
「…師匠のばーか。」
レジェリーはそう言いながら、玉座の間で座り込み、あぐらをかく。
帰れと言われているのに帰らない辺り、すっかり図々しくなっている様子が見える。
(…あたしホント図々しいわねぇ…懐かしいと言えば懐かしいけどね…)
現在のレジェリーはというと、その光景をただ懐かしみつつも、少し怖い気持ちで見ていた。
このあと、自分は何をしたのだろう。何かしたからこそデーガから破門され、そしてこの日、レジェリーは…“殺される”。
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デーガは謎だらけの存在ではあった。
(…優しいところはちゃんと知ってるんだけどなぁ…でも、たまに師匠が師匠じゃない時もあるんだよね…それは大体あの時ね。)
レジェリーは基本的にはデーガにめんどくさそうにされているが、たまに「1人でやってろ」と放置することがある。
仕方なく1人でやっている時、たまに差し入れをくれる時がる。
しかし、その時は何故かデーガは姿を見せないのだ。
気づいたら何か食べ物が転がっていたり、気が付いたら横に魔力回復のエーテルが置かれていたりしている。
「…師匠?」
「…余りものだ。」
こういう時に聞く師匠の声はいつもと違う。普段の師匠よりもずっと低い声だ。
少しだけゾクッとする寒気を感じることがある。まるで、別人のようだった。
だが、その不気味さとは裏腹にそこには優しさや気遣いがあった。
考えても仕方ないのでレジェリーはデーガからの気遣いを素直に受け取り、その度に笑顔で見えないデーガにお礼を言っていた。
何故この時だけは姿を見せないのかは分からないし、レジェリーはあまり深くは考えてはいなかった。
ただ、時々だが他愛ない雑談につきあってくれることがある。
その時のデーガは本当に別人のようだった。
まるで…“デーガにはもう一つ人格があるのではないか”と疑いたくなるほどに…
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「あーあ、師匠が居ないと魔法の練習してもつまんない。」
レジェリーはしばらく練習していたがデーガが居ないからと飽きてしまい、周囲を暇だからと見渡すばかりだが…
ふと、目についたのは玉座の奥にある大きな扉だった。
強い結界が張られているのは目にみえて分かる。それだけ大事なものがその先にあるのだろう。
(あの扉の奥、何があるんだろ。)
前に聞いたことがあるが、その時は…
―――(師匠、あの扉の向こうって何があるの?)
(あ?アレか…ってアブねぇ…教えるかっての。)
デーガは教えそうになってしまった自分を静止して、レジェリーには何も言わなかった。
(何何!?気になる!)
(だっ!触んなッ!)
レジェリーはデーガにしがみついて目を輝かせながら言うが、デーガは頑なに教えようとはしなかった。
(とにかくだ!あの扉には強い結界が張ってんだ!解除しようたって無駄だし、何より…お前の為だ。絶対あけるんじゃねぇぞ。)
デーガは睨むような真剣な目でレジェリーに言う。その威圧感にその時は押されてこれ以上は何も言えなかったが…
―――
「…えへ。」
レジェリーはニヤリと笑う。
「あたしをほったらかしてる師匠が悪いんだから。」
レジェリーは扉に向かって歩き出した。
(あの扉…まさかアレが原因…!?)
冷静に考えたら、あれだけ開けるなと言われていたものを開けようとしている昔の自分が居る。
これは破門にされた理由と結びつくのではとレジェリーは考えた。
(だ、駄目よ!!駄目ったら駄目っ!!)
レジェリーは過去に自分に必死に訴えかける。
しかし、届くはずのない声は虚空へと消えていった…
破門にされた理由かもしれないというのはあるが、今なら分かる。
“あの扉はマズイ”
そう、嫌な予感がしていたのだ。きっとあの向こうには想像を超えたものがある。
レジェリーは思い出していた。
あの時、竜の鍾乳洞で見た記憶を。あの時自分が殺されていた場所は何処だったのかを。
そう、玉座の後ろだ。
目の前には玉座の背もたれが見えていた。
今、ちょうど昔のレジェリーが居る場所なのだ。
まもなくだ。あの記憶の部分が再現される…!
「ッ!」
バチッと手がしびれる感覚がするが、過去のレジェリーは集中して結界を解こうとする。
(あたしは天才魔法使いなんだから!こんなの余裕よ!ふふ、師匠驚くだろうな~)
レジェリーは気持ちが良くなっていた。そう、結界は解かれ始めていたからだ。
まもなく…結界が解ける。
そしてそのころ、魔王城の最上階、デーガの私室ではデーガが異変に気が付いていた。
「…!馬鹿な…結界がッ!?」
(デーガッ!)
「分かってる!クソッ!あの野郎ッ!!!」
デーガは急いで玉座の間に戻ろうとするが…
ドックン
大きな心音がデーガの左胸を襲う。
「ガッ…アグッ…!」
(デーガ!デーガッ!)
膝をついて蹲るデーガ。身体をがくがくと震わせて痙攣する。
(ッ…仕方あるまい!借りるぞッ!)
デーガの姿が変わっていく。
肩から棘がバキバキと音を立てて飛び出し、顔の形が刺々しく変形していく。
姿が変化しながらもデーガは立ち上がり、玉座を目指す。
(やはり間違っていたのか…?無関係者をこの城に招き入れるべきではなかった…?)
―――
「よーし、開いた。へへーん。ざまあみなさいっての!」
今、デーガが大変なことになっていることを何も知らない昔のレジェリー。
満点の笑顔で扉を開く。
ギィィと音を立てて開く扉。
「さぁ~師匠のお宝はな~んだ…って…ウッ、何よこれ…!?」
一瞬で感じた恐ろしいほどに汚れてしまった毒々しい魔力。
フラッと倒れてしまいそうなほどの強い毒素の入った魔力にレジェリーは気分が一気に悪くなり…
「ウッ、エッ、オエッ!?」
レジェリーはその場で嘔吐し、蹲った。
(あ、あ…)
それを見ていた現在のレジェリーは言葉が出なかった。
(嫌ッ!何よ…これッ!!嫌あぁっ!!!)
見ているだけで分かる。これはマズイ。ヤバイ。心臓が激しく鼓動する。身体の震えが止まらない。怖い。涙があふれて止まらなかった。
「し、しめ、しめな、きゃ…」
身体を震わせながら立ち上がろうとするが上手く立ち上がることが出来ない。このままだとマズイ。レジェリーは命の危険を感じたが、レジェリーの背後には別の命の危険があることをまだ知らなかった。
―――
一方玉座に向かおうとしていたデーガ(?)もまた階段を降りる途中で蹲ってしまった。
「…グッ…いかん…この……ま、ま、で……は……ッ…世界が……レミヘゾ…ルが……シンセ…ライズがッ……」
言葉すら上手く出せない。
(…魔力を解放する。)
「…ま、て…そんなことを…すれば……我は……アイツを……」
(…俺が…全ての責任を取る。)
「…もはや…それ…しか…ナイ…カ……」
(行くぞ。)
その声と同時にデーガの身体から紫色のオーラが噴き出し、周囲に激しい衝撃を響かせた。
「グ…グウウウッ!?アガッ、ガアアアアッ!?」
身体を震わせながらも天井を見上げ…
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
高く、激しい咆哮を響かせた。
全身から闇の黒いオーラを纏い、そして全身を紫色の雷のようなものがはじけ飛び、その悪魔のような刺々しい様は、紫の左目と赤の右目をギロリと光らせた。
―――
「っ、このっ…」
レジェリーはやっと立ち上がった。
ふらり、ふらりと歩き、扉に触れようとする。
(お願い!早く閉めてッ!!)
現在のレジェリーはこの記憶に干渉できない。昔のレジェリーが早く扉を閉めてくれることを願うしかなかった。
「も、すこ…し…」
扉に触れ、力の限り扉を押す。
そして扉はバタンと大きな音を立てて閉まった…
「…ッ…なん…だったのよ…これ…」
毒々しい魔力が充満してしまい、まだ気持ちが悪い。レジェリーはこのまま振り返ることすら出来ない。身体が完全にマヒしてしまい固まってしまったような状態になった。
(…流石に…これは…ヤバイわね……)
レジェリーは頑張って振り返ろうとする。
しかし…“それ”はもう背後に立っていた。
「…!」
ドスッ
ビシャッ
鈍い音がした。
胸に走る衝撃。
レジェリーは恐る恐る自分の胸を見た。
そこには赤黒く染まった黒い爪が3本。レジェリーの胸を貫通していた。
「ア…エ………ッ…」
コボッと口から赤く染まった血が吐き出され、胸はあっという間に赤黒い血で染まる。
(あ、ああ…)
それを見ていた現在のレジェリー。
同じだ。竜の鍾乳洞で見た記憶と全く同じ。やはり自分はここでデーガに…
「し、ししょ…ど、し…テ……」
「グゥゥッ…グウウウウウッ…フゥッ、フグゥッ……」
低い唸り声をあげ、全身から紫のオーラと雷を纏いながら荒い息をしているデーガ。
やがてその胸を貫いた爪を真下に切り裂き、レジェリーの身体が無残にも引き裂かれてしまった。
(ヒ、イヤアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!!!!)
あまりにも凄惨な自分の殺される様に現在のレジェリーは恐怖した。
竜の鍾乳洞で見た記憶よりももっと酷い殺され方をしていた。その後は記憶通り、ぼろ雑巾のように振りほどかれ、宙を舞う。
壁に叩きつけられて地面におもちゃのように雑に落下した。
もはや息は無い。完全に肉体が死んでしまっていた。
精神と肉体の消滅は魂の消滅に繋がる。すなわち、まもなく魂も消え、本当の死が訪れる。
「ウ、アアア…レ、ジェ、リ…グオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
(キヤアアッ!!!?)
デーガは完全に暴走しているようだった。
力が一気に暴発し、城が大きく揺れて崩れ出す。
城は崩壊し、レジェリーの遺体は地へ落ちていく。
(…ッ、変われッ…!!変われッ!!!)
暴走を抑え込むようにもう一つの声がデーガの身体の支配権を奪う。
身体が元の姿に戻って行き、デーガは落下していくレジェリーを目掛けて飛び降りる。
「うおおおおおおおおおおおっ!レジェリーーーッ!!!!」
レジェリーの身体を抱きかかえ、自身の身体を地面に向け、強く叩きつけられるデーガ。
黒い城の瓦礫が落ちてくる中デーガは落ち着くまで瓦礫に当たりながらもレジェリーの身体を庇い続けた。
そして、しばらくして城が崩れ終わり、落ち着いたのを見て、デーガは血まみれになったレジェリーの身体を地面に置いた。
「…レジェリー……何故…何故扉に手を出した…!」
(…ッ…)
「…大丈夫か。」
(…あぁ……だが…我はやはり…)
デーガはレジェリーを見て呟く。
「すまない…許してくれとは言わない…だが…お前の命だけは失わせない…」
そう言い、レジェリーに魔法をかける。
赤い光がレジェリーの身体を包む。
(これは…今見たら…分かるけど…禁断魔法…)
現在のレジェリーはこの様子を見て納得した。デーガの禁断魔法ならばレジェリーを蘇生させるぐらいわけない。
ライフスフィアとはまた違う完全回復魔法…とでもいうべきだろうか。
レジェリーの腹部がみるみるふさがっていき、顔色も良くなって、気持ちよく眠っているだけになっていた。
息を吹き返し、レジェリーは死からよみがえったのだ。
(すまない…我のせいだ)
「いいや、俺がコイツを受け入れたからだ。俺はやはり…永遠に孤独であるべきだったんだ…」
(…すまない。)
「謝るなよ…俺たちは…いつまでもこうなる運命なんだ。これからも…な。」
―――
(…これから、どうするつもりだ。)
「…城はすぐに戻せる。そして…コイツから今日の記憶を全て消す。」
(記憶操作…それも我々にとっては禁忌であるぞ…)
「もう既に禁忌を犯しちまったんだ。“瘴気の毒”をレミヘゾルに撒いちまった。直に抑止力が来る。たっぷり怒られるだろうな…」
デーガは小さく笑って見せた。目は笑ってはいないが…
(…デーガ、我々は…もう限界なのではないか。これ以上毒を溜め続けると…)
「…そうかもな。だが…俺たちはこうすることでしかこの世界を守れねぇ。抑止力になった時から決めてるんだ。」
(…いつか、我々の毒をまとめて打ち払う者が現れるのを待つしかないと言うのか…!)
「…そうだな、その時は…俺たちはもう抑止力じゃねぇ。この世界に破滅をもたらす“絶対悪”となるだろうな。」
(…お前は、お前はそれでいいのか。我だけで…我だけで良いのだぞ。お前まで付き合う必要など…)
「…寂しいこと言うなよ。」
デーガは赤い光をレジェリーの頭にかける。
記憶を消しているのだろう。
「俺たちは二人で魔王デーガだ。これからも、ずっとだ。」
(…すまない。)
本当に申し訳ないという気持ちが伝わる寂しく低い唸る声だ。
デーガはそれを聞いて微笑んだ。
「いーんだよ。“絶対悪”になるときも、死ぬときも一緒。そうだろ?」
(…)
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「師匠…」
これが事の顛末だった。
レジェリーはずっとあやふやだった記憶の真実を理解した。
完全に自分のせいだった。
自分の好奇心と、師匠に対する図々しさと、禁じられていたことに手を出してしまった自分への無責任さ。
そしてオールドに来てからも禁断魔法を好きなように使い、ライフスフィアまで使用してしまった。
全て禁じられていたことだ。
だがレジェリーはデーガの事情も知らずに好きにやっていた。
全て良かれと思ってやった。
「あたしが…全部悪いんじゃないの…!あたしが…ッ!」
レジェリーは膝をついて泣きじゃくった。
「ごめん、ごめん…ごめんなさい…師匠ッ…」
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その事件の翌日、全てを忘れたレジェリーはいつも通りデーガの元へと行った。
魔法で戻したのか、城は元通りになっていたので、昨日起こった痕跡は何も残ってはいなかった。
「師匠、来たわよ…って、結界…?」
城の扉には結界が張られていた。
それも今までとは比較にならないほどの強化されたものだ。
「あたしを試してるのかしら?」
レジェリーは扉に触れる。
すると激しい雷がレジェリーの全身に走った。
「キャッ!?な、なによこれ、破れないッ…ちょっと師匠!?どういうつもり!?」
レジェリーは扉に向かって言う。
すると、声が聞こえてきた。
(レジェリー、もうここには来るな)
「えっ、何?なんで…?」
レジェリーは急にそんなことを言われたものだから驚いた。
「ちょ、なにそれ意味わかんない。」
(…破門だ。)
「…へ?」
(破門だと言っている。もう二度とこの城に入ることは許さん。無理やりにでも入ろうとするならば命は無いと思え。)
「ちょ、な、何を言ってんの!?どうしたの師匠!あたし何か悪い事したの!?昨日のこと、あんまり覚えてないんだけど…あたしが何かしたなら謝るから!ねぇ師匠!」
レジェリーは必死に呼びかけるが…
(ここに顔を見せることは許さん。とっとと帰れ。お前はこの世界に悪影響を与えた…このレミヘゾルから出ていけ。)
「な、な…」
レジェリーは城だけではない、レミヘゾルからも出ていくように言われてしまった。
デーガの自己管理が甘かったということもある。だが、このレミヘゾルに毒を撒いたのはレジェリーだ。この事件は世界にもかなりの悪影響を与えてしまったのだ。
イビルライズの活性化にも大きく貢献した事件でもある。
「なによそれッ!!!あたしは知らない!何も知らないわよ!なのに急に破門とか、出ていけとか!意味わかんないわよ!」
レジェリーは涙を流して訴えるが、デーガの気持ちが変わることは無かった。
(…俺を説得したいなら…説得できるだけの力でもつけてくるんだな…話は終わりだ。)
「なによ、それ…」
それ以降、デーガの声が聞こえることは無かった。
デーガは言った。力をつければ説得に応じてもらえると。
納得してもらえると。また師匠になってくれるかもしれない。
記憶を消されたレジェリーにとってはあまりにも理不尽なことだった。だが、レジェリーは心に決めた。
「…分かったわよ!あたしは…強くなる。師匠に負けないぐらい強くなって見返してやる!そうなったら…絶対…また弟子にしてもらうんだからッ!」
レジェリーは悔しい力をバネにして、アーデンに戻る。
そして…そのままレジェリーは家に戻ることは無く、森を走り続ける。
家に戻っても両親からは敷かれたレールを歩かされるだけだ。
そんな魔法使いになっても師匠を超えることなんて出来ない。
「絶対!!絶対!!!あたしは世界一素敵な魔法使いになってやるッ!!!師匠に…認めてもらうんだッ!!!」
レジェリーは涙を流しながら、森を何日も彷徨って、森を抜け…オールドへとたどり着く。
レジェリーは決意した。必ず誰よりも素敵な魔法使いになると。
両親もデーガも何も言えなくなるぐらい凄い魔法使いになるんだと…
ドラゴンの集落でザイロンと会話し、レジェリーはついにオールドの大地を踏んだ。
世界中を旅して、そして力を付けてドラゴニアに行く。
先祖も通っていたという魔法学校に入学して、力をつけて師匠と両親を見返してやる。
レジェリーは強い決意を持ってオールドへやってきたのだった。
そして、オールドでビライトたちと出会い、ドラゴニアやワービルト、ヒューシュタットと、オールド各地を回り、そしてキッカを取り巻くイビルライズの事件、そしてボルドーをライフスフィアから解放する為、色々な因果があってレジェリーは再びこの城に入ることが出来たのだ。
ここまでの記憶を見終えたレジェリーの目は強制的に閉じられた。
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「…あっ…」
レジェリーが次に目を開けた時は、謎の空間だった。
意識ははっきりしている。しかし、まだアルーラの使った魔法の術下にいるようだ。
「……そっか、あたし……」
レジェリーは失っていた記憶を全て思い出して立ち尽くした。
全て、自分の好奇心やいたずら心。
本当に“知らなかった”ではすまされない大事件だった。
「あたしが言いつけを破ってあの扉を勝手に開けたから…」
レジェリーは後悔した。自分があの時おとなしく帰っていれば。変ないたずら心を芽生えさせなければ。
子供だった。馬鹿だった。
「…あーあ…ホント、あたしってバカだ。」
レジェリーは声を震わせながら呟いた。
「あぁ、お前は本当に馬鹿な奴だよ。」
「…そうだね、あたしは…本当にそうかもね。」
レジェリーは後ろから声が聞こえたので振り返る。そこには、懐かしい竜人の姿。黒く禍々しい鱗で鋭い目が懐かしい。
「師匠。」
「…久しぶりだな。」
「うん。」
アルーラの術下のあるが、目の前にいるのは間違いなく魔王デーガ本人だ。術を通じて会話をしている。
「師匠、ごめん…あたしが全部悪かったんだね。」
「そうだ。お前のせいだよ馬鹿。」
そんなことはない。とは言ってくれなかった。
デーガは甘やかすことをしなかった。それほど、レジェリーが行った行為は恐ろしいことだったのだ。
「まぁ…あの扉の向こうに何があるのかを言わなかった俺にも責任はあるが…俺は開けるなと言った。だがお前は結界を破ってでも言いつけを守らなかった。それだけは事実だ。」
「…うん。分かってる…あたし…大馬鹿だ。ごめんなさい…」
レジェリーは涙を流してデーガに謝る。
デーガはため息をつき、話を続けた。
「…さて、これが事の顛末だ。お前は開けてはならないものを開けた。あの事件でお前たちの追うイビルライズが大きく成長した。お前の仲間…ビライト・シューゲンとキッカ・シューゲンを取り巻く事件の大きな要因とも言える。」
デーガはレジェリーを指さして言う。
「…あたしが…ねぇ、師匠。あの扉の奥にあったアレはなんなの?」
レジェリーは扉の奥のものについて尋ねた。
「あれは“瘴気の毒”。」
「瘴気の…毒…」
「溜まり過ぎた俺の魔力が有害化したものだ。魔力は基本的には生物に蓄積され、魔限値を超えると自然に消化され、また吸収されていくもの。溜まり過ぎて溢れることは無い。」
基本的に魔力は個人で決まっている魔限値を超えて蓄積することは無い。
魔限値を超えると自然に外に吐き出され、そしてまた足りない分を吸収する。
基本的に生物は生きるための生理現象として魔力を使っている為、魔限値を超えるということ自体があまり無いのだが…デーガは別のようだ。
「だが俺の場合は魔力が魔限値を超えてもその魔力が外に吐き出されることは無い。これは…魔族特有のものなんだ。」
「魔族はみんなそうなの…?」
「そうだ。だから俺たち魔族は溜まった魔力を自分で使っていかなければならない。だが俺は抑止力だ。特例が無い限り戦いを禁じられている俺は魔力を発する場を設けることが出来ない。つまり…」
「魔力が溜まり続ける…」
デーガは頷いた。
「溜まり過ぎた魔力はやがて自身もを蝕み…最終的に力が暴発してこの世界を破滅に導く破壊衝動に襲われる。」
「で、でも…魔法の練習としてあたしの前で魔法を見せてくれたりしてたじゃない。あれは違うの?」
デーガは首を横に振る。
レジェリーはこれまでデーガの魔法を何度も見ている。
それに、日常生活でも魔法はよく使われるものだ。しかしデーガはそれを行っても無駄なようだ。
「あんな程度じゃ消化にもならねぇんだよ。それだけ俺の魔力が溜まるのは速い。もっとこう…大地が吹っ飛ぶような膨大な魔力を一気に解き放たないとダメなんだよ。」
「…そんなに…」
デーガの魔力はあっという間に溜まり、自然に消化もされず飽和していく。
「そして飽和してしまった魔力は腐ってしまうかのように毒…瘴気となる。溜まり過ぎた毒を俺は…イビルライズに流すことで自分の自我を保ってきた。」
「イビルライズに…?」
「そうだ。イビルライズはいわば負の力の掃き溜め…俺の瘴気の毒を流し、溜め込む場所として絶好だった。だが…イビルライズは意志を持った。」
クロのことだ。
イビルライズは意志を持ってビライトに憑依し、今は覚醒をして世界に暗躍している。
「…俺も含めて抑止力全員はイビルライズの活性化を妨害しなければならなかった。つまり俺は抱えきれなくなった魔力をイビルライズに送ることが出来なくなったんだ。毒は負の力だ。イビルライズの活性化に貢献しちまう。だから扉の向こうに特別な封印をかけて開かないようにし、そこに毒を溜め込み続けていた。」
自分の飽和していく魔力を扉の奥に溜め込み、そしてそれは瘴気の毒となり、今もあの扉の向こうで蠢いている。
「今も俺の魔力は魔限値を超えて増え続けている。お前のやらかしで少し発散しちまったが…それも元の値にすぐ戻った。そしてまた扉の向こうに魔力を送って…を繰り返すことになるだろう。」
「でも、でもその扉の向こうにある魔力だって…ずっと溜め込めるわけじゃないんでしょ?」
「そうだな…俺はこの魔王としての力とは別に“別の力”も所有している。それを使うことで多少抑えが効いているが…もうそろそろ限界だろうな。」
別の力…それが何かは語らないデーガだが、デーガには魔王としての力とは別に何か特別な力を所有しているようだ。
「げ、限界が来たら師匠はどうなっちゃうの!?」
魔力が溜まり続けてしまったときの末路。本人は破壊衝動に襲われると言っているが…
「俺は魔王だ。本能として“世界を支配”“世界を滅ぼす”この2つの衝動に心を汚染され……俺は抑止力などではなくただの“絶対悪”として降臨するだろう。」
「絶対悪…だなんて…そんなのってない!師匠は悪なんかじゃない!あたしは…あたしは…破門にされたとしても、師匠があたしのこと嫌いでも…それでも師匠はあたしの師匠なんだ!厳しいところもたくさんあったけど、実はとっても優しくて世話焼きだって知ってる!そんな師匠が…世界の敵になるなんてあたしは嫌だ!」
レジェリーはデーガの元へと歩き出す。
「…レジェリー。」
「師匠があたしを殺したのはショックだったよ。でも命を繋いでくれたのも師匠だった。あなたの“内側に居る誰か”も…あたしを助けてくれたんでしょ。」
レジェリーは“デーガではない存在”には薄々気が付いていた。
だが、その存在を確信したのはさっきの光景を見てからだ。
デーガは目を瞑る。
「…直接話せばいいさ。」
そう言うとデーガの身体が変化していく。
レジェリーが過去の記憶で見た…レジェリーを殺した姿だ。
禍々しいその濃い紫色のオーラで全身を包み、刺々の紫色の角が肩に無数に生え、顔はより刺々しく鋭い角が生える。
羽が腰に2枚増え、尻尾がもう1尾増え、元々あった翼も大きく変化し、紫の左目と赤の右目を光らせた。
レジェリーが過去の記憶で見たものよりも少し容姿は異なる。
あの時は中途半端な姿で自分の力を抑え込んでいたのだろう。
だが、今の姿はまごうことなき完全な姿のようだ。
―――
「…我が名は“魔王カタストロフ”。かつて“レクシア”という世界で魔王として世界に暗躍していた最古の魔族である。」
その存在は口を開かずに会話している。
頭に響く様な声はテレパシーのようだった。
口でも会話は出来るようだが、魔王カタストロフにとっては今の会話が普通なのだろう。
「あなたが…師匠のもう一人の…」
レジェリーは魔王カタストロフの声に聞き覚えがあった。それはレジェリーがいつも1人で修行をしていた時に差し入れをしてくれていたデーガだと思っていた存在の声だった。
「あなただったんだ。時々話に付き合ってくれたり…いつも差し入れしてくれていたの。」
「…気まぐれだ。」
カタストロフは目を閉じる。
「…我は瘴気の毒に侵され力を暴走させた。すぐに扉が閉められたが故、我は絶対悪として覚醒することを免れた。」
「…でも、あたしを止めるために無理矢理解放した力と、扉の奥からあふれ出たものが重なって力が暴走…そしてその暴走を抑えきれなかった。その結果として…目の前にいたあたしは殺された…ってことでしょ。」
「…その通りだ。お前は我を憎むか?我を怖いと思うか?」
カタストロフは小さく目を開けて問いかける。その声は少し寂しそうだった。
「…怖くない…って言えばウソになるけど…それでも、あなたも優しいんだって…あたしは知ってる。だから憎いなんて思わない。」
「…そうか。」
カタストロフは少し安堵した様子を見せた。
見た目は恐ろしい悪魔と竜人を足したような禍々しい姿をしているが…見た目で判断は出来ないとはこういうことを言うのだろう。
「カタストロフ、あなたは師匠のなんなの?師匠とはどういう関係なの?」
「デーガは我の器だ。」
「器…?」
「そうだ。我はレクシアの歴史の中でも遥か昔、“勇者”と呼ばれる存在によって倒され肉体を失い…魂だけの存在となってしまった。それからは選ばれた魔族に憑依し共生することで我は生き延びてきた。そして選ばれし魔族の末裔がデーガだ。我はデーガを最後の依り代とし、デーガの命尽きるとき、それが我の死であるとして今、ここに在る。」
「つまり…あなたは師匠と一心同体みたいなものなんだ…」
「…そうだ。我らは2人で抑止力。2人で魔王デーガなのだ。我ら、この長き命を共に尽きるまで在り続ける。」
カタストロフはデーガを器として存在している、本当の“魔王”だった。
そして、デーガとカタストロフは2人で1つ。2つで1つの命を共有し、共に今日まで生き続けてきたのだ。抑止力として、魔族の王である魔王として。
「…あなたは…まだ世界を支配する魔王であろうと思っている…わけないわよね。見れば分かるもん。」
「…理解が早いな。」
「あなたもあたしの師匠だもん。悪いことなんてしない。」
「…お前は良い奴だ。」
「ありがと。」
カタストロフは少しだけ微笑んだような気がした。表情が変わらないように見えるが、少しだけ口が動いたような気がした。
「レジェリーよ、我が友、デーガの頼みを聞いてやって欲しい。それが抑止力たる我らの試練だ。」
カタストロフはそう言い、元のデーガの姿に戻って行く。
「あ…えっと…」
何かを言う前にカタストロフはデーガの中へと帰っていき、元のデーガの人格へと戻った。
―――
「見た目に反して良い奴だろ。」
「…うん、本当に魔王なの?って思った。お節介なのね。」
「…そうだな…俺が昔はお節介だったからか…それが移ったのかもな。アイツも世話焼きだ。」
「師匠もカタストロフも…どっちも優しいよ。いつまでも優しい師匠たちで居て欲しい。あたしに…責任を取らせて。優しい師匠たちを絶対悪なんかにさせたくないの。救いたいの。だから…どうしたらいい?」
レジェリーはデーガの近くまで行き、デーガに尋ねた。
「…お前ってやつは…まぁいい。俺の中に眠る魔力、そして扉の向こうの魔力を解き放てばいい。」
「でも、それだとイビルライズが活性化しちゃうんでしょ?」
「そうだな…だからこそ…成長したお前らなら…出来るかもしれねぇと思ったんだよ。」
デーガは続けて言う。
「“俺たちを倒せ”」
「!」
「全ての毒を俺たちが自身で受け入れ、吸収する。そして俺は絶対悪となるだろう。その状態の俺を倒せばいい。そうすれば膨大な瘴気の毒は俺の中で消え、全てが無に帰す。」
「それって…2人を殺せってことじゃない!そんなの出来るわけ…!」
「ならこの話は終わりだ。」
「そんな…!」
「これしか方法はない。お前は世界全てと俺たちの命、どっちを選ぶ?」
決めるのが困難な選択だった。
レジェリーにとってはどっちも大切だ。決められるはずがない。
「…あたしは…」
「まぁ、すぐに決めなくてもいいさ。お前をアルーラの術中から解く。仲間たちとしっかり相談することだ。あぁ、ちなみにアトメントに聞いても無駄だぞ。アイツはお前らの意志しか尊重しねぇからな。」
「師匠…そんなのって…」
「いずれこうなるんだ。それが早いか遅いかの違いなんだよ。」
「…あたしたちが失敗すれば…世界は…どうなるの?」
「その時は俺を他の抑止力たちが殺すさ。俺が絶対悪になったとしても恐らく俺は負ける。それぐらいのバケモンが居るんだよ。」
「そんな…師匠たち抑止力は世界を守るための存在で…って…あっ…」
「…そういうことだ。世界に仇名す者は仲間であっても処理しなければならない。世界と個人の命を天秤にかけるまでもねぇってことだ。」
「―――ッ…」
「言葉も出ないか。ま、それだけお前が俺のこと心配してくれるってことで…一応感謝はしてるんだ。」
「えっ…」
「お前はホント勝手に人の城に上がり込んで図々しくて生意気で変に高飛車で…まったくもってうっとおしい馬鹿だった。」
「…」
いつもなら反撃したくなるが、今はそんな気分ではない。
「…だが、約1000万年を俺と…俺の内側にいるカタストロフだけで過ごした何も変わらない時間にほんの少しだけ違うものがやってきて…なんつーかよ。結構楽しかったんだぜ。」
「師匠…」
「だからよ、俺たちの為を思うなら…分かるな?」
「…」
「ま、その前に本当にお前らが俺を倒せるだけの力があるか、テストはさせてもらうけどな。」
「テスト…?」
「おう、言っとくが俺はお前が散々禁断魔法を使いまくったこと、ライフスフィアのこと。見過ごしてねぇからな。」
「…うっ、だよね…あたし…やっぱり処刑されちゃうの…?」
レジェリーは恐る恐る聞く。
「抑止力は特例がない限り生物を殺めることは出来ない。処刑なんて出来るかよ。」
「…そっか…でも、あたしは…」
「だからテストだ。腹くくっときな。もちろん俺がお前らを認めるに値したならばライフスフィアの件は不問にしてやるし、お前らの大事な仲間…ボルドー・バーンも蘇生させてやる。」
「…分かったわよ…ボルドー様の件、約束だから忘れないでよね。」
「わーってるよ。」
殺されはしない。だが、この感じだと間違いなく痛い目にはあいそうだった。
デーガの言うテストが何なのかは分からないが、レジェリーはひとまず自分の首が繋がることにホッとした。
まぁまずは仲間たちとクライド・ネムレスの帰りを待つことだな。」
「クライド、そうだ!クライドは?クライドはどうなったの?」
「詳しくは本人から聞けよ。話すとは思えねぇけどよ。まぁ最も…無事で帰ってこれる保証はねぇがな。」
デーガのその言葉を最後にレジェリーの視界が歪む。術が解けようとしているのだ。
「し、師匠…!」
「またあとでな。まぁ、次に会うときは…俺とお前らのぶつかり合いだ。お前が向こうで培ったモン、見せてもらうぜ。」
「待って!師匠!」
「俺たちを…救って見せろ。俺たちを…超えてみろ。お前は…天才なんだろ?」
その言葉を最後、レジェリーの視界は黒く閉ざされた…
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「……!」
レジェリーはぶるっと身体を震わせた。
「レジェリー!」
「レジェリーちゃん!」
ビライトとヴァゴウが目の前に居た。
レジェリーは無事に帰ってこられたようだ。
「…あたし…」
「大丈夫か?」
「あ、うん…平気。」
レジェリーは奥にある階段を見る。
(師匠…)
「レジェリーちゃん、何か見せられてたんだろ?」
ヴァゴウが尋ねる。
「…うん…クライドは?」
「…まだ、あのままだ。」
クライドはまだ動かずにいた。先ほどのレジェリーと同じく身体が黒くなったまま動かない。
クライドは何を見せられているのか想像がつかない一行だが、これもまた、クライドが戻ってくることを信じるしかなかった。
そしてレジェリーはさっきまで自分が見ていたことを全てビライトとヴァゴウに話した。
「…これがあたしの失われていた記憶。あたしが全部悪かったの。」
「レジェリー…」
「あたしがやったことでイビルライズが活性化した。そしてそれと強い繋がりのあったビライトとキッカちゃんにまであたしは迷惑をかけてたの…ごめん。ビライト。あたし…」
レジェリーはビライトに深く謝った。
「…気にしないでくれよ。遅かれ早かれキッカはイビルライズに奪われていたんだ。それが早かったか遅かったかの違いだよ。」
「…でもあたし…」
レジェリーは涙をためる。
「でもレジェリーはこの事実が無くてもあっても、俺たちに力を貸してくれたじゃないか。それだけで俺もキッカも嬉しいよ。だからさ、これからも俺に、ううん。俺たちに力を貸して欲しい。」
ビライトはレジェリーの手に触れる。レジェリーは身体を震わせ、ビライトの手をつかんだ。
「…ありがとう、ビライト。必ずキッカちゃんを助け出そうね。」
「あぁ!もちろんだ。」
レジェリーは責任を深く感じるが、ビライトはそれを責めることはしなかった。
遅かれ早かれ起こっていたことだ。だからこそ、ビライトはレジェリーを責めなかったし、これからも一緒に戦ってくれることを望んだのだ。
「良かったな、レジェリーちゃん。」
「うん…ありがとう…!」
「で…魔王デーガについてだけど…魔王デーガには2つの人格があって…2人で魔王デーガなのか…そして、その魔王デーガを倒す…」
「絶対悪か…ただでさえ抑止力っていうバケモンクラスだってのにこれ以上強くなったらヤバくねぇか?」
「あたしは…師匠を倒すなんて出来ないよ…でも、でも誰かがやらなきゃ師匠はどっちみち魔力を抱えきれなくなって絶対悪となってしまう。あたし…どうしたらいいの…」
八方ふさがりだった。世界を絶対悪となるデーガから救うにはデーガを倒すしかない。だが、レジェリーにとってはあまりに辛い選択だ。
「デーガはずっと抑止力としての役割を守ってくれた。己の命を危険にさらしながらもアイツはこの世界を守り続けてきたんだよ。」
壁に背を当てて立っているアトメントが言う。
「デーガを助けたいなら覚悟を決めることだな。」
アトメントはそう言うが、レジェリーはまだ悩んでいる。
「レジェリー…」
「…あたしね、師匠も、カタストロフも大好きなの。失いたくない。どっちも救うことは出来ないのかな。可能性が低くてもあたしはそれに賭けたい。」
レジェリーはそう言うが…アトメントは笑った。
「ヘヘッ、強欲だねぇ。」
「そうよ、強欲でいてもいいじゃない!あたしは…あたしは大好きな人たちを助けたいだけだもん!」
「…アトメント、何か方法があるなら教えてくれよ。俺もレジェリーに賛成だ。」
ビライトはアトメントに手段を質問する。
「だな。レジェリーちゃんの大事なモン、ワシらも守ってやろうぜ。アトメント、頼むぜ。」
アトメントは再び笑う。
「ハッハハ、やっぱお前ら最高におもしれーや。」
アトメントはそう言い、レジェリーたちに言う。
「そうだな、まずは…これから起こることが起こってからかな。もしその通りになったら手段が1つ生まれる。そんときにまた教えてやるよ。」
アトメントはそう言い、クライドの方を見る。
「まぁまずはクライドが戻るのを待つこった。」
クライドは微動だにしない。戻ってきそうな気配も無い。
「クライド…なんかレミヘゾルに来てからずっと様子が変だったけど…クライドはこのレミヘゾルに何かかかわりがあるのか?」
「さぁ…ワシらなんだかんだでクライドのことよく知らねぇからな。」
「…帰ってきなさいよ。あんたがわけわかんないの…すっごいムカつくんだから。」
デーガを倒す。
これから世界を危機に陥れるかもしれないところまで追い詰められていたデーガと魔王カタストロフ。それはイビルライズと同じように世界の抱える危機なのだ。
しかしイビルライズと異なり、他の抑止力だけで処理できる問題であるが故、まずはビライトたちの力だけでなんとかさせようと、他の抑止力は考えているのかもしれない。
そして、デーガもカタストロフ、どちらも大事なレジェリーは今もまだ、悩み続ける。
そして未だ戻ってこないクライド。
クライドが追いかける知らない記憶とは。
そして、ビライトたちはデーガと魔王カタストロフとどう向き合うのか。
そして、スフィア状態のボルドーを救うことが出来るのか。
先の読めない未来。
ビライトたちは…今はクライドが戻ることを待つばかりであった。