Delighting World Break Ⅵ
「…ン…」
朝が来た。
レミヘゾルに来て初めての朝だ。
ビライトは朝早く目覚め、支度をしていた。
辺りを見渡すとまだ他の仲間たちは眠っている。
「…よし。」
ビライトは少しだけ離れた場所で大剣を取り出し、剣を振る。
「…」
(メギラ・エンハンス…確かに強力だし…発動中の負担はほとんどない。だけど…解除した時の疲労感が尋常じゃなかった。俺は…メギラの力を使いこなせていない。)
「…!」
ビライトは静かにメギラ・エンハンスを発動した。
全身から力がみなぎってくる。そして身体の負担も一切ない。
「…ふっ!はっ!やっ!」
ビライトはその状態を維持しながら大剣を何度か振る。
5分ほどそれを続けた後、メギラ・エンハンスを解く。
「…ッ…」
ビライトはガクッと膝をついた。
(…5分でもこれか…!)
確かに強力な肉体強化魔法だが、解除した後の疲労が強い。
自身の魔力が許される限りはエンハンスが途切れることは無いが…戦いが終わった後、もしくは魔力が切れてエンハンスが解除されてしまったとき、もしくはダメージを受けた時に解除されてしまった時の負担はとても重い。
エンハンスサードをメギラの恩恵無しで使っていた時に比べたらずっと楽ではあるが、今の現状だと連戦になってしまうともう使いものにならなくなってしまう。
ビライトの当面の課題はこの負担を抑えることだ。
ボルドーと修行をしたときは、上位のエンハンスを何度も使用することで身体を順応させつつ、身体を鍛え上げるという修行法を取っていた。
今回もそれが通じるかどうかは分からないが、ビライトはひとまずその手法を取ってみようと考えた。
「よう。」
「…アトメントか。おはよう。」
「おう。やってんな。修業だろ?」
「あぁ、昨日初めて実戦でメギラ・エンハンスを使って分かったんだよ。俺は全然これを使いこなせてないって。」
ビライトは喋りながら大剣を振る。
「まぁ俺ら抑止力にかなり近いレベルの力だからな。並みの人間だったらとっくに身体ぶっ壊れてるだろうしな。俺たちと違って脆いからなぁ~お前らは。」
「褒めてるのか褒めてないのか分からない言い方だなぁ。」
「一応褒めてるつもり。まぁ無理の無い程度にやっとけよ。お前らは俺と違って一度壊れたらすぐに治らねぇんだからよ。」
アトメントはそう言い、木陰に座り欠伸する。
「…アトメント。」
「んー?」
「俺さ、まだまだ力を使いこなせていない。半端だよ。なのに…ホントにやれるのか?この先…俺たちの力…本当に世界を救えるだけのものがあるのか?」
ビライトは訊ねる。
随分と自分の実力を認めてくれているようだが、今はこのザマだ。強い力はあっても、それを解除した時の反動が大きい。
これまでのエンハンスの修行の仕方と同じやり方が通用するかどうかも分からない。このような状況で大丈夫なのか。ビライトは不安になっていた。ザイロンからも背中を押してもらったビライトだが、やはりどうしても不安は過ってしまうのだ。
「お前ら次第だよ。多分な。」
「曖昧だなぁ。」
「けど、俺は信じてる。だからお前も自信持てってーの。ったく、お前だけじゃなくて他の奴らも不安になりすぎなんだっての。」
「俺だけじゃなくて…?」
「そーだよ、お前もレジェリーもクライドもヴァゴウも。元気そうに見えて見栄張ってんだよどいつもこいつも。」
「みんなも…」
レジェリーは時折落ち込むような、考え込んでいるような表情を見せていたが、クライドやヴァゴウも同じことを思っていることは知らなかったビライト。
自分だけではないのだ。だが、そうだからとそれを言い訳には出来ない。ビライトはついこぼれてしまう弱音に情けないと感じた。
「特にお前とレジェリーはホントにネガティブだな。そんなんじゃ誰も救えねぇぞ~?」
アトメントはヘラヘラ笑っているが、目は真剣に見えた。
「うっ…否定はできないけど…でも、そうだよな…」
「気張れよ。お前らに世界がかかってんだからな。前にも言ったが…俺たち抑止力が持つ力だけじゃ世界は救えねぇ。俺たちの持つ力とお前たちの力が合わさって世界を救えるんだ。」
アトメントは相当自分たちを買っている。
だが、ビライトたちにはその自覚は無い。けど、神様が信じてると言うのだから…
それに、たとえ無理と分かっていてもビライトは行かなければならない理由がある。
そこに、大事な家族が居るから。
「まぁ、ネガティブになっちまうのもお前ら生物らしいっちゃらしいけどな!けどお前らなら出来る。自信持てっての。神様の御墨付だ。」
「…うん。ありがとう。」
「おう。」
(…キッカ、お前が居てくれたら…俺もこんなに後ろ向きにならなかったのかな…でも、前向けるように頑張るから。だから…待っててくれ。)
ビライトはまた心折れることもあるだろう。弱音を吐くこともあるだろう。
それでも、前に進む。
きっと皆もそうだ。それぞれ弱音を抱えながらも歩いて行く。それでも前に進んでいく。それが自分たちなのだ。
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「よし、アーデンに向けて再出発だ。アトメント、あとどのぐらいかかる?」
しばらくしてレジェリー、クライド、ヴァゴウも目覚め、再出発の準備が整った。
「あと半日もかからんだろうな。魔物の縄張りは回避して歩くつもりだからのんびりついてくればいいぜ。」
アトメントはそう言い、前に歩き出す。
「…」
ビライトたちが歩く中、レジェリーは浮かない顔をしていた。
「レジェリーちゃん?」
ヴァゴウが声をかける。
「えっ、あっ、何?」
「まーた考え事してんのか?」
「考え事っていうか、えーっと…夢、見たんだ。小さい頃の。」
「ほう?」
レジェリーはため息をついた。
「あたし、小さい頃は魔法使いになるのが嫌でね。英雄の子孫だからって道が敷かれているのが嫌で仕方なかったの。その時の夢。あと師匠に弟子入りした時のこととかね。アーデンで起こったことを夢に見たの。」
レジェリーは悲しい顔をして更にため息。
「破門…されたあの時のこととか…ね。」
「辛い思い出、ってことか?」
「そうね、師匠と過ごしてた時は楽しかったけど…それ以外はね。アーデンに戻る以上、お父さんやお母さんにも会わなきゃいけないだろうし…なんか気が重くてね~」
レジェリーは両親とはやはり仲が良くない様子。
「それに、あたし勝手にアーデンを飛び出したからさ。きっとたくさん怒られるな~って…」
「魔王デーガにも怒られるかも。親からも怒られるかも。なんつーか…大変だなぁレジェリーちゃんも。」
「あはは~…今までのツケがぜーんぶ帰ってきてる感じ~…」
レジェリーはまた、ため息。
「ま、安心しろよ。ヒューシュタットでも言ったけどよ。ワシらはお前を守るからよ。堂々としてなッ。なぁビライト!クライド!」
2人の話を聞いていたビライトたちも頷いた。
「…うん、みんなありがとう。」
しっかりしなくては。
これから行くアーデンでは自分次第で全てが変わるのだから。
少しでも前向きに、強気に行かなければ。
ボルドーも救えない。魔王デーガとも分かり合えない。両親とだって分かり合えない。
レジェリーにとっては今までで一番頑張らねばならない時だ。
だが、レジェリーの背中には仲間たちが…ビライトたちが居る。
うさんくさいが神様だっている。
(大丈夫。あたしは誰?天才魔法使い…魔女っ子レジェリーちゃんよ?こんなことで立ち止まってなんかいられない。あたしは…もう、色々背負ってしまったんだから。もう、手放したくない。)
ここに来るまでに何度泣いたか分からない。何度怖がったか分からない。何回ため息をついたか分からない。
何度決意してもやっぱり怖い。
それでも、レジェリーの歩みを誰も止めたりしない。皆が背中を押す。前に進めと働きかけてくれる。
レジェリーの戦いは間もなく始まるのだ。
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「歩くこと数時間…行けども行けども…」
「森ばっかりだな。」
延々と同じ景色の続くアーデンまでの道。
本当にこの道で合っているのか心配になってくるぐらいだ。
「でもよ、木の大きさがでかくなってんだよな。」
ヴァゴウは辺りの木を見ながら呟く。
「それが何か関係あるのか?」
「無いけどよ。何かの示唆だったりしねぇかなってな!」
ヴァゴウは笑いながら歩く。
「…」
クライドは辺りを見ながら黙りこくっている。
「クライド、大丈夫か?」
「あぁ。問題ない。」
ビライトがクライドに聞くが、クライドは即答で返す。しかし、何か考え事をしているようだった。
「…あんた、本当は何考えてんのよ。」
クライドは最後尾だ。少しビライトたちと離れている。
レジェリーがコソッとクライドの隣に行き、尋ねる。
「…お前には関係ないことだ。」
「何よ、心配してやってんのに。」
「余計なお世話だ。」
「ふんだ。じゃ一生悩んでなさいよ。」
レジェリーは「心配して損した!」と言い捨ててビライトたちを追いかける。
クライドはこの光景に既視感を覚えていた。
(…不思議だ。そして妙だ。俺は…この場所を…知っている…?)
クライドの疑問はやまないまま、しばらく歩いていると木々の間隔が広くなってくる。
「見えて来るぜ。そろそろアーデンだ。」
「「おお!」」
ようやく終わる密林に喜ぶビライトとヴァゴウ。
同じ景色ばかりで代わり映えが無かったが故に、久しぶりに違う景色が見れると喜んだ。
密林を超え、その先もまだ森の中。
だが、景色は一変した。
今までとは比較にならないほどの大きな大木が無数に点在しており、その麓に家が点在している。
森の隠れ里という名が相応しいと呼べるほど、森と共に共存した場所だ。
「…変わってないわね。」
レジェリーはボソッと呟いた。ビライトたちにとっては新しい場所で少しワクワクしてしまいそうだが、レジェリーにとってはそうではない。
「大丈夫か。」
「こっちのセリフよ。」
クライドの声にレジェリーは強がって見せて、歩き出す。
「うし、お前たちが目指す場所はこのアーデンから少し離れた場所なんだが…行くのは明日だ。今日はここで宿を取るぞ。」
アトメントが言う。
「宿があるのか?」
アーデンは閉鎖的だと聞いている。現に外から誰か来たということなのか、アーデンの住民たちはビライトたちのことを見ている。
だが、アトメントのことを知っているのか、アトメントを見るなり軽くお辞儀をしてそそくさと何処かへ行ってしまう。
中にはレジェリーの顔を見て驚きつつも、目を逸らす者も居た。
「ねぇけど、誰かさんの家があるだろ?」
アトメントはレジェリーを見る。
「えっ、まぁ…そうよね~…そうなるわよね~…」
ここにはレジェリーの家がある。そしてアトメントの存在、何者かをアーデンの人たちは知っているということは、アトメントが頼む=NOはあり得ないということだ。
だが、レジェリーにとっては乗り気ではないだろう。レジェリーは決して笑顔でこのアーデンを出たわけでは無いのだから。
「うし、さっそく行こうぜ。レジェリー、家まで案内してくれ。」
アトメントはレジェリーに了解も求めずにささっと決めてしまう。
「え、えぇっと…」
レジェリーはすぐに決断が出来ずたじろいでしまう。
「何だ?家戻るのが嫌なのかよ。」
アトメントはレジェリーに聞く。
「えっと…ホラ、あたし黙って勝手に出ていったし…その~…」
「んじゃお前は野宿すりゃいいじゃん。」
「なっ、それは言い過ぎじゃないのか!」
アトメントはさらっと言ってしまうが、ビライトはそれに反応してアトメントに言う。
「じゃお前らもそうするか?」
アトメントは何も動じていない。
「レジェリーの気持ちも考えろよ!嫌がってるじゃないか!もう少し考える時間を与えてあげてもいいんじゃないのか!」
「ビライト…」
ビライトはレジェリーが嫌がっていることを見てアトメントに意見する。
「んじゃ勝手にすりゃいいさ。明日の朝また合流だ。」
「まぁまぁ、落ち着けよビライト、アトメントも。な?」
ヴァゴウが間に立って仲裁しようとする。
「ちぇっ、めんどくせぇな。オールドの奴らは。」
アトメントはかったるそうに言う。
「オッサン…」
「なぁ、レジェリーちゃん。どうしても嫌か?」
ヴァゴウはレジェリーに聞く。
「…どうしても…じゃないけど…やっぱりちょっと不安っていうか。」
レジェリーは内心では両親のことは心配なのだろう。だが、元々あまり仲は良くない上に勝手に出ていってしまったのだから、何を言われるか分からないのが怖いのだろう。
「まったく、弱虫め。馬鹿かお前は。」
クライドが言葉を放つ。
「ムッ…!そんな言い方しなくてもいいじゃん!」
レジェリーは少しイラっとし、クライドに突っかかろうとするがそれをヴァゴウが制止する。
「お前がどうなろうが、どう言われようが俺たちはお前を守る。皆が協力関係にあるのだ。それを忘れるな。それも分からないならお前だけ野宿してろ馬鹿が。」
クライドはレジェリーに冷たい言葉を浴びせまくり説教する。いつもなら突っかかるレジェリーだが、ぐうの音も出ない。
「…分かったわよ。行くわよ。」
レジェリーはクライドにここまで罵倒されて、流石にこのまま立ち止まってなどいられなかった。
「それでいい。行くぞ。」
クライドはレジェリーの背中を押し、前を歩かせる。
「ムカつくけど…ありがと。」
レジェリーはそれだけ言い、家に向かって歩き出した。
「…これで良いのかな。」
ビライトは言う。
「いいんじゃねぇの?レジェリーちゃんなら大丈夫さ、いざとなったらワシらの出番だ。そうだろ?」
「そうだな。俺たちでレジェリーを守ってやらなきゃ。」
ビライトはレジェリーの背中を見ながら言う。
「あーあ、俺悪役じゃん。」
アトメントは呟く。
「悪役みたいな顔してそれを言うのか。」
クライドが呟く。
「うっせ。ったくよ、家族なら堂々としてろっての。迷ってるとか馬鹿みてぇ。」
「うっさいわね!こっちにも色々事情があんのよ!!」
レジェリーはアトメントにも馬鹿と言われて反撃する。
「へいへい。」
これ以上怒らせるとめんどくさそうだと思ったアトメントはこれ以上何も言わなかった。
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アーデンの人々の視線を気にしながらレジェリーを先頭に辿り着いたのはアーデンの外れにある大きめの家。
とても古い年季の入った木材の建物だ。
「ここよ。」
レジェリーは一瞬立ち止まりそうになるが、後ろを向いたらビライトたちは頷いた。
レジェリーはその顔に背中を押されたような気がした。
扉の前に立ち、ノックをする。
「はい、どなた?」
女性の声だ。
「あ、えっと…」
「!その声!!」
ドタドタと音がする。
扉を開ける音、そしてその先に居たのは人間の成人女性。
「レジェリー!」
「ひ、久しぶり~…あはは…」
「久しぶりじゃないわよ!今まで何処に…!!」
少しばかり感情的になり、身体を震わせるレジェリーの母親。
レジェリーと同じ赤系の髪色に腰まで伸びた長い髪。
スタイルも良く、とても美しい女性だった。
「え、えっと、ちょっと外まで。」
「外ってまさかあなた…ってやだ!お客様もって…アトメント様!?」
「あーっと、いったん落ち着け。な?」
あまりにも状況が急加速しすぎててついていけずにパニックになりかけているレジェリー母をとりあえず落ち着かせるためにしばらく時間を置いた。
「…どうぞ。」
外で待っていた一行を招き、レジェリーの家に入るビライトたち。
「ここがレジェリーの家か…」
「変わらないわね…」
玄関を抜けて居間へ通されたビライトたち。
「お父さんは?」
「近くの森で木材を集めてきているわ。」
「そっか。」
「ってそんなことより…レジェリー、あんたホント今まで何をしていたの?勝手にいなくなってもう1年以上…生存も絶望的だったから…生きてて良かったわ。」
「ごめん…あたし、どうしても外の世界が見たくて…他にも色々あったけど…でも、ここにはちゃんとした理由があって帰ってきたの。」
「…分かったわ。お父さんが帰ってきたら一緒に聞くから…皆さんも、アトメント様もしばらくごゆっくりなさっていてください。」
レジェリー母はお辞儀をして、席を外した。
「…レジェリー、良いお母さんじゃないか。」
ビライトは言う。心配していた様子がうかがえたからだ。
「…まぁ…人間的にはね。」
レジェリーは顔を逸らして呟く。
レジェリーは魔法使いになるように強制されて育ってきた。だからこそ、複雑なのだろう。良い人であることは間違いないのだが、自分のやりたいことは反対されてきたからだ。だからこそレジェリーは外に出たのだ。
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しばらくして、外から話し声。レジェリー母ともう一人男性の声。
「…帰ってきたみてぇだな。」
「あぁ。」
「…」
レジェリーは不安そうだ。さっきみたいなやり取りをまたするのだろうと思うだけでため息が出る。
「レジェリーちゃん。」
ヴァゴウが優しく声をかける。
「大丈夫。な?」
「…うん。」
扉を開ける音。
「レジェリー!」
男性の声だ。
ドタドタと音を立てて居間に入ってきた長身の男性。
まだそこまで年老いていない中年手前ぐらいの容姿をしている。
「お、お父さん。ただいま…。」
「ただいまって…ハァ…全く……1年以上も行方を眩ませておいて言うことはそれか…ッ…」
ため息をついて膝をつく父親。
「あなた、お客さんの前だから…」
「あ、あぁ、そうだ。すまない。」
取り乱すのをやめ、レジェリーの両親は改めてビライトたちに自己紹介をした。
「私はレジェリーの父、イノです。」
「母のフィアです。」
「このたびはうちの娘がお世話になったそうで…」
父のイノと母のフィア。2人は改めてビライトたち一行にお礼を言う。
「いや、俺たちはそんな…」
「その前に、ワシらもしっかり自己紹介だな。」
「そ、そっか。」
ビライトたちも1人ずつ自己紹介をして、レジェリーと出会ってからここまでのことを簡単ではあるが、話をした。
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「そうでしたか…今世界は、ドラゴニアもそんなことに…」
「あたしね、ボルドー様を助けたいの。だから…師匠のところに行くためにここに戻ってきたの。」
「デーガ様…か。」
「うん。」
「…デーガ様はこちらにも顔を出さない。そのうえ、城には結界が張られていてな…現状どうなっているのかが分からんのだ。」
イノが今の城のことを伝える。
「師匠が…結界を?でも、それはいつものことだし、誰かが用があったら師匠は顔を出していたじゃない。」
「それが今はめっぽうだ。呼びかけても“帰れ”の一点張りでね。私たちは何か悪いことをしたのではないかと思っているが…」
イノはレジェリーに目を合わせた。
「それがちょうどお前が何処かへ行ってしまってからだ。1年ほど前だからな。レジェリー。」
「…」
レジェリーには心当たりがあった。1年前、デーガから破門を言い渡された理由と何か関係があるかもしれない。
「デーガ様に聞いたのだ。お前が私たちに黙ってデーガ様の御前に行き、弟子入りしていたことは驚いた。だが、あの日、お前が居なくなった翌日、デーガ様は私たちの所に来て謝罪をしてきたのだ。“レジェリーを深く傷つけてしまった。アイツが居なくなったのは俺のせいだ。すまない”…とな。行方や安否は教えてもらえなかった。それ以来私たちはデーガ様にお会いしていない。」
「…師匠が…そんなことを。」
「デーガ様が直に謝られたのだ…お前の安否は絶望的だと思ったよ。だが…お前はこうして帰ってきた。それだけで私たちは嬉しい。」
「…お父さん、お母さん…ごめん。」
「良い。私たちにも責任はあった。お前を立派な魔法使いに育てるために色々なものを禁じてきたのだ。」
「でもあなたは魔法使いになった。私たちはもうそれで十分よ。」
イノとフィアは小さく微笑んだ。
「ただ。ひとつ腑に落ちんことがあるからお前に聞くが…お前、デーガ様に何をした?」
イノの目は至って真剣だった。アーデンの人々は抑止力に対して忠実だ。何か逆鱗に触れるようなことがあってはならない。
だが、デーガはあれからアーデンに姿を見せないでいる。
「デーガ様は優しいお方だ。面倒そうな素振りを見せつつも時折村に来ては子供たちと遊んでくれたり、我々の相談事を受けてくれたりしていた…だが…今は違う。そしてお前が居なくなったあの日からだ。レジェリー…知っているのなら教えるんだ。」
「えっと…」
アーデンの問題。レジェリーはきっとかかわりがある。だが、それはレジェリーにも分からない。だからレジェリーはどう言えばいいのか分からずにいた。
「レジェリーはあの時の記憶が多少おぼろげだと聞いている。」
クライドが呟いた。
「それも確かめにここに来た。そうだろう?」
クライドがレジェリーに言う。
「そ、そう。そうなの。師匠はあたしに何か隠してて…あたしが何かしたのかもしれない。だからそれを確かめたいの。」
言葉を詰まらせていたレジェリーが喋り出す。クライドの助け舟のお陰だ。
「…そうか。分かった。レジェリー、デーガ様に何かあったのなら力になれ。それが出来れば今回の家出の件は大目に見てやる。」
「お父さん…!」
「皆さん、お疲れでしょうから今夜は家で泊まっていってください。」
「あ、ありがとうございます。」
イノとフィアはお辞儀をして、それぞれの家事へと戻って行った。
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ビライトたちは今日はレジェリーの家で宿泊し、明日、デーガの元に向かうことにした。
「おう、ビライト。ちょっとアーデンを見て歩かねぇか?」
ヴァゴウはビライトに声をかける。
「え?でもアーデンの人たちよそよそしい感じだし…大丈夫か?」
「ん~まぁ、大丈夫だろ!護衛も連れてきた。」
ヴァゴウは後ろに居たクライドの後ろ首を掴んで連れてきた。
「…何故俺が…」
「ホントは気になってんだろ?顔に描いてるぜ?」
「…」
クライドは小さくため息をつく。
「そうなのか?」
ビライトは訊ねるがクライドはそっぽを向いてしまう。
「…ついていくから首を離せ。」
「おっし、行こうぜ。」
ヴァゴウはクライドを引きずって歩こうとする。
「オイ、離せというのに…ったく…」
「まぁまぁ!行こうぜクライド~!」
「話を聞け!行くから離せッ!」
「あはは…レジェリーはどうする?」
ビライトはレジェリーに聞く。
「えっ、あたし?えーと…あたしは…ちょっと部屋見ときたいし、遠慮しとく。」
「そっか、じゃちょっと行ってくるよ。」
「うん。」
ビライト、クライド、ヴァゴウの3人はアーデンを見て歩くことにした。
レジェリーは自分の部屋へと行った。
「…あんたはどうすんの?」
残ったアトメントにレジェリーは訊ねる。
「どうもしねぇよ。今日は自由時間だ。好きな様にすりゃ良いさ。俺はここでのんびり寛がせてもらうわ。」
アトメントは欠伸をしながらゴロゴロと寝転がっている。なんとも図々しい。
「…ここあたしの家なんだけど。」
「世界全てが俺の家だ。」
「何それ。変なの。」
レジェリーはちょっとムッとしたがその先の言葉をこらえる。
そして自分の部屋に向かう。
レジェリーは部屋に入りため息をつく。
このため息は少しの安心感…のようだった。
ここは自分の部屋なのだ。自分の居場所が残っていたことに対する安心感だ。
「…あたしの部屋…変わってない…綺麗に掃除されてる…」
レジェリーは1年間空けていたわりに部屋は綺麗で整理されていて掃除も行き届いているところを見て、両親の顔が浮かんだ。
「…いつ帰ってきても良いように…ってやつか…あたし…ホントに心配されてたんだ。」
レジェリーは本棚にある魔法書を取る。
表紙にはドラゴニアの英雄の2人の名、ティンク・トナヤとナナ・ウィックの名が描かれていた。
「…ご先祖様…か。」
レジェリーはハァとため息をついてベッドに背中から飛び乗った。
「あたし…みんなに心配かけさせてばっかり。」
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一方、アーデンを探索するビライト、ヴァゴウ、クライドの3人。
「おい、いい加減離せ。」
「お前手離したらすぐ1人でどっか行くだろ。たまにはワシらにも付き合えってのッ!」
「…ったく…」
「はは…で、何処行こうか。ここに向かう途中に広場があったよな。気になる石像もあったし行ってみないか?」
ビライトが提案する。
「オッ、いいね。じゃそこで決まりだ。良いよな?クライド。」
「…どのみち逃げられんから好きにしろ…」
クライドは諦めて全て同意することにした。
レジェリーの家から少し離れ、アーデンの中心に向かうビライトたち。
「自然豊かで気持ちいところだな。」
「だな、密林の隠れ里ってところだな。」
「…」
ビライト、ヴァゴウはもちろんだが、クライドは今までにないほど周囲を見ている。
「どうしたクライド、珍しいからって今日はやけに辺りを見るじゃねぇか。」
ヴァゴウがクライドに言うが、クライドは何も言わない。
(やはり…既視感がある…何故だ?)
「おいクライド?」
「…聞こえている。ただの見知らぬ場所への警戒だ。気にするな。」
クライドはそう言い、また黙り込んでしまう。
「あ、見えてきた。」
ビライトは広場の中心にある石像に指さす。
「この石像…人間の…女の子と、ドラゴン…かな。」
石像の前に立って見るビライトたち。
その石像は、長髪の人間の女の子と、大きなドラゴンだった。
「このアーデンの象徴か何かかもしれねぇな。」
「そうかもしれないな…それにしても…素人の俺でも分かるよ。ものすごい細かく作られてる。まるで…“生きたまま石像にされたみたいだ”」
「もしそうなら物騒すぎんだろ!ガハハ!」
「そ、そうだよな~ハハハ。」
そんな話をしていると…
「石像の台座に何かあるな。」
クライドが傍の石の台座に気づき、そこには何かが掘って刻まれていた。
「…世界統合戦争の英雄、少女“ノエル”、ドラゴン“グアロ”。」
「この人たちも世界統合戦争の英雄なんだ…」
「…グァバンという世界で世界を滅ぼす邪神にアーデンの安全と引き換えに石像となった…と書いている。」
「「……え?」」
つまり、本物がそのまま石になったということだ。
「マ、マジかよ、てことは生きてやがんのか!?」
ヴァゴウは驚き、石像をまじまじと見つめる。
「…世界統合戦争で無事魂となって還ったと書かれている。」
「…ホッ。なら一安心だな。」
「そうだな…安心だな。」
一時ホラーな雰囲気に包まれはしたが、これは今はただの石像だそうで、ビライトたちはホッとした。
「…しかし、ワシにはこの字は読めんぞ。ビライト、読めるか?」
「いや、俺も読めないよ。クライドは…読めたんだな。知ってる文字だったのか?」
「…何故読めるのか…俺にも分からん。それに…その文字はこのアーデンでもまだ使われている文字のようだ。」
クライドは辺りを見渡す。
よく見たら周囲の建物にも同じような文字が見える。
「ここはやっぱりオールドとは全然違う世界なんだな。」
「だな。それにしても立派だな。英雄様はよ。」
ヴァゴウは石像を見て言う。
「そうだな、ここを守るために邪神に立ち向かうなんて…凄いと思う。」
「見習わねぇとな。」
「そうだな。」
ノエルとグアロ。英雄たちが守ったこの場所は今も続いている。そして、その永遠を残した英雄たちはきっとこのアーデンが大好きだったのだろう。
ビライトたちは邪神にも立ち向かった勇気を見習おうと思った。
ビライトたちもこれから勇気を振り絞って大きな闇と戦わなければならないのだから。
ビライトたちはアーデンを見て歩き、まだ見ぬ文化とまだ見ぬ世界に驚きながら1周し、レジェリーの家に戻った。
―――その日の夜はイノとフィアから食事をご馳走になり、温かい布団をかぶって眠ることが出来た。
部屋の数の都合によりレジェリー以外は皆、居間での宿泊になった。
レジェリーは自分の部屋から夜の星空を眺めていた。
「…」
あれからレジェリーは食事と入浴で顔を出しただけで、あとはほとんど部屋に閉じこもっていた。
夜も遅くなってきて、眠りにつく者も現れた頃…
コンコンとノックの音。
「…誰?」
「私だ。」
「お父さん、お母さんも。」
イノとフィアだ。
レジェリーは笑顔で対応する元気は無かったが、無理に笑って見せた。
「どうしたの?」
「…もっとお前の顔を見たくてな。」
「なにそれ。変なの。」
レジェリーはクスッと笑い、2人の元に。
「ビライトさんたちからもっと詳しく聞いたよ。レジェリー…お前はこれから危険なことをしようとしているのだろう。」
イノは真剣な目にレジェリーに言う。
「…うん。あたしはボルドー様を助けるために…友達のキッカちゃんを助けるために戻ってきた。でも…あたしは明日…この命が危ないかもしれない。」
レジェリーは禁断魔法で人を蘇らせようとしている。そして、その鍵としてライフスフィアを使った。
それは禁忌に等しい行為だ。それを魔王デーガは許さないかもしれない。レジェリーは処罰されてしまうかもしれない。
「…レジェリー。私たち親としてはね…もちろん…分かるわよね?」
フィアは涙目でレジェリーに言う。
「…うん、分かるわよ。でもね、あたしは…やらなきゃいけないの。」
「…レジェリー…」
レジェリーの身体は震えている。
「怖いんだろう?」
「…少しね。」
「それでも、やるんだな?」
イノが聞く。
「…うん。決めたんだ。絶対大好きな人たちを助けるんだって…それだけじゃないよ。それが終わったらあたしは世界一素敵な魔法使いになる為にドラゴニアにもう一度行く。そして魔法学園でたくさん勉強したいの。」
「レジェリー…でも…」
「決意は固いようだ。フィア。」
涙を流すフィアをそっと抱き寄せるイノ。
「レジェリー、私たちはお前にこの血を絶やさぬように色々なものを強制させてきた。だが…お前は私たちが敷いたものから飛び出した。そして…たくましくなった。」
イノは寂しそうに微笑む。
「立派になった。」
「お父さん…」
「私はもう何も言わない。だがレジェリー。お前の家はこれからもずっとここなのだ。だから全てが終わったら…またその顔を見せに来い。約束出来るな?」
イノはレジェリーに手を出す。
「…うん。約束する。」
レジェリーは手を掴んでイノとフィアに抱き着いた。
「勝手に出ていってごめんね。お父さん、お母さん。」
「私たちこそ、すまなかった。」
「ごめんね、レジェリー。」
レジェリーと両親の間にずっとあった蟠りが解けた瞬間だった。
レジェリーには帰る場所が出来た。その為にも、夢の為にも、大事な人の為にも。
明日、レジェリーは魔王デーガの城へと向かう。
ビライトたち仲間と共に。
これから待ち受けるであろう未知なる記憶との向き合い。そして大事な人を救うための命を懸けた交渉。
そして、抑止力の試練。
レジェリーに待ち受けるのは高い高い山。ようやくその山の麓に辿り着いたにすぎないのだ。
恐怖と戦いながらも決意を胸に抱えながらレジェリーは眠り…そして、運命の日がやってくるのだった…