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Delighting World  作者: ゼル
Break 第一章 ドラゴンの集落編 ~レミヘゾルを目指して~
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Delighting World Break Ⅰ(第二部 開始)

世界はかつて不安定な7つの世界で成り立っていた…

その世界の神々と選ばれし英雄たちは世界を脅かす悪しき者と戦い、神々は手を取り合って新しい1つの世界を生み出した…


その世界はシンセライズと呼ばれる。


とある時代、とある場所。

これはとある兄妹の旅の物語。

突然身体を奪われて精神体になった妹キッカの肉体を探すため、まだ誰も知らない地を目指し青年ビライトと仲間たちは旅をしてきた。


キッカの身体が存在するというイビルライズ。それは未踏の地と呼ばれる謎多き場所にある、世界中の負が集まる場所…

まず未踏の地に行くためにはシンセライズの各王たちから許可書を貰わなければならなかった。


優しき竜人魔法国家・ドラゴニア、気高き獣人城塞国家・ワービルトから許可証を貰い、残すは人間の国であり、世界のどこよりも巨大な大都市・ヒューシュタットだけとなったビライトたち。


だが、最後の許可証があるヒューシュタットは魔族ガジュールの手によって支配されており、ガジュールは世界を支配しようと企んでいた。

ビライトたちはドラゴニアを襲撃したヒューシュタットと対峙し、多くの犠牲を経てガジュールを倒した。


のちにガジュールは世界に私情で負をまき散らすものとして、ビライトたちがトドメを刺せなかった際にのみ倒すことが認められる特例を行使し、世界のバランスを守る“抑止力”の1人である、魔王デーガによって殺され、結果的にシンセライズの世界に溢れる負の力を抑え込んだ。


ガジュールとの戦いにおいて、自身の進む道を導いてくれた大切な存在、ボルドー・バーンを失い、ビライトは激しい怒りと憎しみにより自身の中に眠っていたイビルライズを覚醒させてしまう。


ビライトとヴァゴウはその際、とある記憶を思い出す。


幼い頃、両親と共にヒューシュタットへの行商の道中事故に巻き込まれ、自身は死亡したということを思い出したビライト。


だがイビルライズがビライトに憑依し、ビライトを蘇生。そしてイビルライズは自身を“クロ”と名乗り、事故のことを知るヴァゴウを始めとするコルバレーの人々全員の記憶を改ざん。ヴァゴウや町の人々はビライトとキッカは事故に巻き込まれていないという偽物の記憶を植え付けた。


一方ビライトがイビルライズに憑依されたように、キッカにはシンセライズが宿り、蘇生された存在だった。

兄妹は世界の神々に憑依され、育ってきたのだった。


ヒューシュタットと戦いで妹と道を示してくれた人を失ったビライトは夢の中でシンセライズと守護神メギラと出会う。


そこでビライトは新たな力を授かり、そして今まで植え付けられていた記憶が偽物であり、自分とキッカに起こっていたことを全て知ったのだ。


そして、ボルドーと思われる声、更にシンセライズとメギラに背中を押され、目を覚ましたビライト。


だが、ビライトは夢でみたことをおぼろげにしてしまう。

夢でした決意も揺らぎ、ビライトは自暴自棄に陥ってしまう。


だが、ヴァゴウを始めとする仲間たちがビライトの手を引っ張り、ビライトは立ち直った。


ボルドーがレジェリーの機転により、まだ助かる可能性があること。


そして、これからビライトたちがキッカを助けるために“抑止力”を味方につけなければならないこと。


それらを未踏の地“レミヘゾル”出身だったレジェリーと、抑止力の1人である、神様、アトメント・ディスタバンスから聞いたビライトたちは、ヒューシュタットの本当の王であるホウ・ワルトから最後の許可書を貰い、ついに未踏の地へと足を踏み入れようとしていた。


まずはヒューシュタット北部、ドラゴンの集落を目指す。

その先に未踏の地へ入れる関所がある。その先はもう未踏の地だ。


まずは、レジェリーの禁断魔法“ライフスフィア”で宝玉となったボルドー・バーンを元に戻して復活させる禁断の蘇生魔法“スフィアレイズ”を求め、レジェリーの魔法の師匠であり、抑止力の1人である“魔王デーガ”の元へと行くことになったのだった。


物語はついに誰も見たことの無い未知なる大地へ。


妹を、世界を、大切な人を。

全てを助け、取り戻し救うため。

ビライトたちの冒険は続く。


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“さぁ、冒険を続けよう”




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Delighting World Break

第一章 ドラゴンの集落編 ~レミヘゾルを目指して~





未踏の地レミヘゾルへ行くため、3つの許可証を持って玄関口であるドラゴンの集落を目指すビライト、ヴァゴウ、レジェリー、クライドの4人と、道中を導く抑止力の1人であり、8人の神の1柱であるアトメント・ディスタバンス。

そしてヒューシュタットの王、ホウ・ワルト。

彼らは高速ドラゴン便のファルトに乗り、ドラゴンの集落の手前にあるヒューシュタットに向かっていた。



(相変わらず喋る余裕もないぐらい早いわね…!)

レジェリーはそのあまりにも速すぎるスピードに喋る余裕もない。ビライトたちもこの速さに身体を持っていかれないように身体にしっかり体重をかける。


ドラゴニアからヒューシュタットまではファルトのスピードなら半日程度だ。


旅立ち前にクライドの提案でヒューシュタットに着いたらここで1泊することになっていた。

「ヒューシュタットの様子を見ておきたいのもあるが…ホウ1人では王の不在を説明は出来まい。」

「そう、だな…私はずっと囚われていた…故に君たちの話でしかヒューシュタットの現状を知らぬ…」


ホウは事情を知らなさすぎる。故にこれまでのヒューシュタットを、戦い当時の状況を知っているビライトたちが居ることで、ヒューシュタットで王の帰りを待っている人々に説明がしやすいはずだ。


「私の側近たちが殺されていなければ今頃私を探しているはずだ…早く戻ってやらねば…」

ホウはそう言っていた。

ヒューシュタットの国民たちはガジュールたちに操られていた。故にヒューシュタットの国民たちも何が起こったのかをあまり把握し切れていないはずだ。

むしろヒューシュタットの国民からしたら気が付いたら10年以上時間が流れていたという恐ろしい事態になっているのだ。


ただ、洗脳の時間が長すぎたのか、国民たちはその異常さにあまり恐怖することは無い様子。

ヒューシュタットが解放されたすぐにヴァゴウとクライドは元に戻りつつあるヒューシュタットを見ていたがパニックになるような兆しは何も無かったのだ。



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「ヒューシュタットに間もなく着く。」

ファルトの声にビライトたちは強い風に打たれながら正面を見る。

ヒューシュタットが見えてきた。


「着陸するぞ。」

ファルトは地面にゆっくりと着陸し、ビライトたちを下ろす準備を始めた。

「うう…相変わらず凄いスピードだった…」

「ねー…でもお陰でヒューシュタットまであっという間よ。ファルトさんありがとう~…」

フラフラしながらビライトとレジェリーは言い、ファルトにもお礼を言う。


「さて、ではホウと共に俺たちも行こう。そして明日、ドラゴンの集落に向かう。」

クライドは平気そうな顔をしているが…

「なんであんた普通なのよ…」

「もう慣れた。」

「あっそう…」


クライドは他の人よりもファルトに乗った回数が多い。だからこそもう慣れてしまったようだ。

「なぁホウさんよ。」

「なんだい…?」

ヴァゴウがホウに声をかける。

「ヒューシュタットの北にスラムが出来ちまってんだ。今も多分多くの国民が苦しんでる。真っ先にそこをなんとかしてやってくれねぇか?」

ヴァゴウはまずはスラムを何とかして欲しいとホウにお願いした。

スラムはホウが王だったときは存在していなかった。だがガジュールが王になってから出来てしまったものだ。


「分かった。まずはスラムの人々がヒューシュタット内に移住が出来るように手配をしよう。」

「頼むわ。」


ビライトは北の方を見て呟いた。

「あの家族…大丈夫かな…」

ビライトは最初このヒューシュタットに来た時に出会った家族のことを考えていた。


兄妹の兄がガジュールに殺され、母親は混血病で身体を動かせず、まだ小さい妹だけが動けるような壊滅状態に近い状況だった。

今もどうなっているか分からない。


「なぁ、ホウさんを送り届けて事情を説明出来たらさ。スラムに行ってみないか?」

ビライトが提案する。


「そうね、あたしもスラムは気になってたし。」

「だなッ!」

提案に乗ったレジェリーとヴァゴウ。


「クライドもそれでいいか?」

ビライトはクライドにも許可を求める。

「好きにすると良い。」

クライドはそれだけ言い、まだフラフラしているホウを抱えて歩き出す。


「ビライト殿、レジェリー殿、ヴァゴウ殿、クライド殿、アトメント殿。」

5人の名を呼ぶファルト。


「ファルトさん、ここまで本当にありがとう。ファルトさんが居なかったらどうなっていたか…」

ビライトはファルトにお礼を言い、頭を下げた。


「ファルトさんに会えてホント良かった。そう思うわ。」

レジェリーも笑顔で言う、


「ホント、世話になりまくったもんな。マジで感謝してる。」

ヴァゴウもファルトに礼を伝える。


「ファルト殿、ありがとう。また落ち着いたら…ヴォロッドにも会いたい。そう伝えてくれ。」

「えぇ、必ず伝えます。」

ホウもファルトに礼を言い、ヴォロッドに対する言葉も強く受け取った。


「ま、ここからは俺に任せとけ。」

「アトメント殿。族長によろしくお伝えください。」


「おう。元気にしてるって伝えといてやるよ。」

「ありがとう。」

頭を下げるファルト。


「そしてビライト殿、皆。君たちの役に立てたなら私は嬉しい。君たちはこれからもきっと大変な道を歩くのだろう…でも、私は信じるよ。君たちならきっとなんとかなると。」

「ありがとう、ファルトさん。」

ビライトは改めてファルトにお礼を言う。



「また会える時を楽しみにしている。その時は…キッカ殿も、ボルドー様も一緒に。」


「あぁ。必ず。」

ビライトの決意の言葉にファルトは頷き、空を飛ぶ。

ファルトに見送られビライトたちは歩き出す。


「君たちの旅に幸あれ、勇気ある冒険者たちよ。」

ファルトはヒューシュタットに向かって歩き出すビライトたちを見失うまで見届けた。







(ビライト殿たちを頼んだぞ、族長…いいや、我が家族よ。)








----------------------------------------------



街を歩き、ガジュールが居たビルを目指す。

歩いている道中、人間たちにホウのことを心配させることが何度かあったが、大体の人間はまだ頭がしっかりしていないのか、周りのことに無反応だ。


「まだ洗脳が完全に解かれていないのか。」

ヴァゴウが言う。

「いや、恐らく洗脳は解かれているはずだ。ただ洗脳されていた期間が長すぎてまだ思うように物事を考えられんのだろう。」


クライドは辺りの人間を観察しながら言う。

ぼーっとしている人が多いようで、交通の便もまだ回復していないようだ。


「私が囚われている間に…なんとも不甲斐ない王だな…私は。」

ホウは自分を責めるが…


「落ち込んでんなよ。これからだ。これからあんたがこの国を建て直せばいい。それが出来るのは王であるあんただけだぜ。」

ヴァゴウは励ましながらも厳しい言葉をかける。

「…そう、だな。そうだ。私次第だな…」


「そーそ。シンセライズのことはシンセライズで解決させんのが基本だからな。精々気張れよ。」

アトメントは笑顔で言う。

アトメントとしてはシンセイライズの人がやる気になって何とかしようとする姿勢は嬉しいのだろう。



やがてビルの前までたどり着いた一行。

入り口には人間の女性と男性が複数人、会話をしている。

そしてそれらはホウに気が付き驚いた顔を見せる。ホウもそれを見て驚く。


「ホウ様!ホウ様ではありませんか!」

人間の女性と男性が1人ずつ代表としてビライトたちの前に来る。

どちらも高身長でスラッとした体格をしていて、スーツをピシッと着こなしている。


「あぁ、カリア、ジグル…」

女性はカリア。男性はジグル。

2人はホウをよく知っている人物だろう。


「ホウ様、あなたの行方が掴めずにいましたが…ようやく出会えました。しかし…随分とやつれてしまい…」

ジグルはホウのやつれた顔を見て呟く。


「君たちは…今まで何をしていたか覚えているか?」

ホウは言う。

「いえ…それが何も…それに…あれから随分と長い時間が経っているようで…国民たちも何やら様子がおかしいようで…」


やはりヒューシュタットの人々は自分たちが洗脳されてからの記憶がおぼろげになっているようだ。

それに、長い時間が経っているというのにやけに冷静であった。

時間の感覚も曖昧なのだろう。



「やはりそうか…」

ホウは落ち込みながらも、ビライトたちに二人を紹介する。

「皆、彼らは私のサポートをしてくれていたカリアとジグルだ。2人は信用できる人物であるから安心して欲しい。」

ホウに紹介され、2人は会釈をする。

「貴方がたがホウ様をここまで連れて来てくださったのですか?」

カリアが尋ねる。

「あぁ、俺たちは…」


ビライトたちはカリアとジグルにこれまでのことを全て説明した。


ヒューシュタットは10年ほど前からホウに代わってガジュールが王となり、国を支配した。ホウは大戦争地に囚われ、そしてヒューシュタットの国民たちは徐々に洗脳されはじめ、スラム街が出来た。


そしてつい先日、ビライトたち一行がホウを助け出し、多くの犠牲の元にガジュールをこの国から追い出したこと。洗脳は解かれているがまだ頭が上手く回らない国民が多いこと。



「―――私たちの知らぬ間にそんなことが…やけに身体が馴染まないのも…10年と言う長い時間が流れているからなのかもしれませんね…」

カリアは驚きを隠せなかった。

自分たちの国がいつの間にそんなことになっていたのかと。


「カリア、ジグル。私はすぐにこの国を再建させなければならない。北のスラム街を始め、ヒューシュタットは長い間随分と差別が激しくなり、技術の変化を受けてきたようだ。私の知らないことも多い。故に…力を貸して欲しい。」

ホウはカリアとジグルに頭を下げて頼む。


「…かしこまりました。我々が全力でサポートします。な、カリア。」

「ええ。勿論です。」

「ありがとう。」


ホウはカリアとジグルに支えられ、これから再び王としてこの国を元の姿に戻していくことになるだろう。


「ビライト殿、レジェリー殿、ヴァゴウ殿、クライド殿、アトメント殿。ここまで本当にありがとう。君たちには感謝をしてもしつくせない。」

ホウはビライトたちにも改めてお礼を言う。

「いえ、それはいいんです。でも…ここであったことは決して忘れられないから…だから、絶対元のヒューシュタットに戻してください。ここは…俺たちの大事な人が命を懸けて守った場所だから…」

ビライトはそう言い、ホウは「胸に刻んだよ」と答えた。


「ではカリア、ジグル。空き住居の確認と整備。そしてスラム街の人々の移住を進めたい。」

「かしこまりました。」

「お任せを。」

カリアとジグルはビライトたちに軽く頭を下げ、さっそく他の人間たちを連れてビルの中へ。


「皆さん、本当にありがとう。我々もこの国の為、ドラゴニアに対する罪滅ぼしの為…命をかけてこの世界を良き未来へと導けるよう努力する。だから君たちも…これから行く未踏の地で君たちに出来ることをやって欲しい。」

「あぁ、このままイビルライズを放置していたらヒューシュタットもドラゴニアもどうなるか分からないからな。」


「大丈夫だ。俺がちゃーんと見込んだ奴らだからな。なんとかなるってな。」

アトメントは自信満々で応える。


「では、私はこれで…」

ホウは頭を深く下げ、ビルに入っていく。

早速カリアやジグルに指示を出して行動に移し始める姿を見て、ビライトたちはホッとした。


「これからヒューシュタットは、元の姿に戻って行くんだな。」

「時間はかかるかもしれねぇがな…」

ビライトとヴァゴウはビルの上を見つめる。

「ボルドーさん、ヒューシュタットはこれから進みだすよ。だから…今度は俺たちがボルドーさんの時間を取り戻すから。」

ビライトは空に向かって決意した。

「キッカ、待ってろよ…!」

そして更にその先で待つキッカも取り戻す。また隣で一緒で笑い合えるように。共に笑顔で世界を旅する夢を目指して。


「うし、宿を取ったらスラムに行ってみようぜ。」

「そうね。」


ビライトたちは近場に会った宿で受付を済ませてスラムへと足を運ぶ…。



----------------------------------------------

スラムは初めてヒューシュタットに来たときは何も変わりはなかった。

相変わらずここに居る人々は元気がなく、死んだ目をしている。

だが、その苦しみもすぐに開放されることだろう。


「相変わらず寂しい場所ね…」

「あぁ、でもホウさんがきっと何とかしてくれるよ。」

「そうだね。」


ビライトとレジェリーの足は自然とあの家族の家に向かって歩き出していた。


あれから1度も会っていないが、現状はどうなっているのか。クライドとアトメント以外の3人は気になっていた。


「あ。」


右側から声が聞こえる。女の子の声だ。


「あっ!」

レジェリーがその声に反応し、右側を見る。そこにはあの時ガジュールに殺された子供の妹が立っていた。

前と変わらぬボロボロの服で、容姿も特に変化も無い。あの時と変わらない姿がそこにあった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじさん。」

ビライト、レジェリー、ヴァゴウを見て言う。


「おお、無事だったかッ。」

ヴァゴウは微笑んだ。

「元気そうだね。」

ビライトはしゃがんで、目線を合わせて話をする。

「うん。」

「大丈夫か?何か変わりはあった?」

あったのだろうが、あえて細かい部分は言わずに話を進めることにしたビライト。


「えっと、えっとね…お兄ちゃんたちとお別れしてしばらくしてね、ついこの前までのこと、何もおぼえてなくて…」

きっと洗脳のせいだろう。ガジュールはスラムの人々もオートマタの生産に利用していた。この少女も働かされていたのだろう。


「でね、でね…ぐすっ」

少女は泣き出してしまった。


「ど、どうしたんだ?大丈夫か?」

ビライトは突然の涙に驚いてしまう。


「ゆっくりでいいよ。話してごらん。」

レジェリーもしゃがんで少女に言う。



「…おかあさん、目を覚まさないの。」

「!」

ビライトとレジェリーは険しい顔になる。

「…嬢ちゃん。家、入っていいか?」

ヴァゴウが尋ねる。


「…うん…」



ここまでの話で既に嫌な予感がしていた。

だが、ビライトたちはこのまま少女を置いていくことは出来ない。

まずは現状を確認することが最優先だと判断した。


ビライトたちに重い空気が走る。クライドとアトメントはこの少女とは無関係ではあるが、ビライトたちの後ろを黙ってついていく。



----------------------------------------------



少女の家に着いたビライトたち。


少女の記憶が無い期間はビライトたちと別れたあの日からすぐだ。

だとしたらかなり長い。


もし、この間ずっと少女が働きに出ていたとしたら―――考えたくなかったが…


悪い予感は的中した。


家の中から漂っていたのは普通ではない臭い。

ゴクリと息を呑み、扉を開け、中に入るビライトたち。

「…!」


「…ッ…」



「おかあさん、動かないの。」

少女の言葉が重い。その声が震えていた。少女も分かっていたようだった。



「…ビライト、レジェリーちゃん。」

ヴァゴウが身体を震わせる2人に声をかける。


「……」

ヴァゴウは目を開けたままになっていた母親の目を閉じてあげ、ビライトは奥の部屋で横になっている女性の手を両手で掴んだ。


「…ごめん…俺たちがもっと早くガジュールをなんとか出来ていれば…」

そう呟き、ビライトは涙を流した。

「…お前が悪いわけじゃねぇよ…」

「…それでも…悔しいよ…」

「…そう、だな…悔しいな…ッ…」

ビライトとヴァゴウは母親に身体を震わせながら、涙を流して謝った。


「…ビライト…ヴァゴウさん…弔ってあげようよ…」

レジェリーは涙をこらえて、ビライトの肩に手を置く。

「…うん…」

「…だな…」


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ビライトたちは少女の母親を弔うため、火葬の準備をしていた。

街では火葬場があり、そこで遺体を焼いて骨にする。それを墓に納めるらしいが、このスラムには立派な墓など存在しない。


むしろここは死者が絶えない場所。集合墓地があり、そこに簡易的な墓を作って人々は弔いをしていた。



「失礼、我々の家族も混ぜてもらえないだろうか…」

火葬の準備をしているとこのような問いかけをしてくる人が後を絶たなかった。


少女が働きに出さされたのと同じタイミングで動ける者たち全てのスラム住民が駆り出されていたようだ。

そしてこの地は悪質な環境や混血病で寝たきりだった人が多い。そんな人々は皆…放置されてしまい、少女の母親のように亡くなってしまった。


最終的に集まったのは10家族。

うち、1家族は2人の犠牲者が出ていたため、11人の遺体が並んだ。

生き残った家族は皆、涙を流していた。


「しかし、火はどうやって起こす?魔法か?」

ヴァゴウが問う。


「そうなるわね…だったらあたしが」

「いや、俺がやろう。」

レジェリーが名乗りを上げようとしたが、そこで名乗りを上げたのはアトメントだった。

「アトメント…」


「良いか?」

アトメントの目はいつものチャラ気のあるものではなく、神様としての真剣な目だった。

「それは構わないけど…」

「あぁ、干渉してもいいのかって?大丈夫大丈夫。死者の弔いは干渉にはならねぇよ。」


アトメントが代表して炎魔法で遺体を火葬することになった。

「んじゃ、あんまり未練たらしく辛気臭いのは苦手なんでな。早速始めさせてもらうぜ。」


皆が同意し、アトメントは右手を前に出した。


「安心しろよ。生き残った民は力強く生きていく。だからちゃんと見守ってやるんだぞ。」

アトメントはそう呟く。その瞬間、一気に炎が燃え上がり、遺体はすぐに骨になっていく。とんでもなく高い温度にビライトたちは一瞬で汗が流れる程だ。


「ホレ。埋めてやりな。」

アトメントは火葬を終えて後ろに下がった。


家族たちは冷えるまでしばらく待ち、近づけるようになった後にそれぞれの亡くなった人たちの骨を拾い、柔らかい土に穴を空けて骨を埋めた。

そして石を置き、簡易的な墓を作成した。


「死んだ者はこのあとどうなる?」

クライドはアトメントに尋ねた。


「あぁ、死者の魂はこのシンセライズのエネルギーとして循環するのさ。消えちまうわけじゃない。」

「そうか…」


「ま、そんなシステムだからこそ転生者なんてモンが生まれちまうんだけどな~…」

アトメントは小さくため息をつく。


「転生者…か。」

「転生者が悪いわけじゃねぇよ。転生者は転生前の人格を自覚しちまったら最後、お互いの折り合いをつけて共存していかないといけねぇからな。それに失敗しちまうと人格が破綻してしまう。」


ヒューシュタットで戦ったブロンズがまさにそれだった。だが、シルバーやファルトのように折り合いをつけているものから、ガジュールのように完全に元の人格を消してしまった者までさまざまであった。


クライドとアトメントはそんな会話をしながら悲しむビライトたちを見つめていた。


―――



墓を作り終わって人々は解散していった。

残ったのはビライトたち一行と少女だけだ。


「…この世界はよ。悲しいこともある。」

アトメントは呟く。


「けど俺たちは悲しむために世界を創ったんじゃねぇ。誰もが根底には幸せな世界を望んでんだ。お前たち生物は悲しいことも辛いことも生み出しちまう。けどそれも“生きる”ってことなんだ。大切なのは生き残ったモンがどう生きていくかだ。」

アトメントは少女の目線に合わせて言う。


「強く生きろよ。」

「…おじさんの言ってることよく分かんない…でも、おかあさん言ってた。いっしょうけんめい頑張ればいつか幸せになれるって。」

少女は分からないなりに言葉を考えてアトメントにまっすぐな目で伝えた。


「強い子だ。母ちゃん喜んでるぞ。」

アトメントは少女の頭を優しく撫でて微笑んだ。


「さて、そろそろホウが動くころだろうよ。あとはこの国の問題だ。俺たちはこれからのことに目を向けるべきだ。そうだろ?」

アトメントは立ち上がり、ビライトたちに言う。


「うん。俺たちも…先に進まなきゃ。」

「そうね。あたしたちが目指す場所はこの先だもん。」

「だな。」



ビライトたちはこの先に進まなければならない。

悲しんでいる時間はもうおしまいだ。


ビライトたちは少女を家まで送った。

それと同時刻にヒューシュタットの街に住む人々がスラムにやってきて人々に新しい住処の手配、そして状況の確認のため視察に来ていることが確認できた。

少女を始めとするスラムの人々も間もなくこの暮らしから解放されるだろう。


この日、ビライトたちはヒューシュタットで一泊し、翌日にはドラゴンの集落を目指す。

そして、その先はもう未踏の地“レミヘゾル”だ。



レジェリーは出身だが、ビライトたちにとっては完全に未知なる世界。

何が待ち受けているのかも検討がつかない。レジェリー自身もアーデン以外のことはあまり知らないようで、知識としてはほぼゼロのようなものだ。


そんな地に足を踏み入れようとしている。

アトメントが居るとはいえ、不安な要素が圧倒的に多い。それでもビライトたちは進まなければならない。


キッカをイビルライズから助け出す為、そしてボルドーをライフスフィアから解放する為。

そして世界をイビルライズの脅威から守る為。


ビライトたちの新しい旅はまだ始まってすらいないのだ。



Delighting World 第2部


Delighting World Break 開幕。

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