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Delighting World  作者: ゼル
第十章 真実編 ~踏み出す、一歩~
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Delighting World ⅩⅩⅩⅩⅤ

Delighting World ⅩⅩⅩⅩⅤ







ドラゴニアに戻ってきたヴァゴウとクライドは、ベルガ、クルト、メルシィたちドラゴニアの人々にヒューシュタットで起こったことを全て打ち明けた。

ボルドーの死とその死の事実を覆せる希望が残されていること。

そして未だ意識の戻らないレジェリーとホウ。そしてビライトの3人。


今動けるのはヴァゴウとクライドのみ。


ヴァゴウはヒューシュタットでビライトの身体から現れた黒い影に包まれたことで、自身の記憶が改ざんされた。

真実の記憶では、ビライトとキッカは両親を失った事故に巻き込まれ、死亡していることが判明。

では、何故ビライトとキッカは生存していたのか。

そして、ヴァゴウ以外のコルバレーの人々の記憶はどうなっているのか。

ヴァゴウはビライトたちが目覚めるまでの時間を使い、一人、コルバレーへと帰ることにした。


クライドは余った時間を使い、更に自身の力を高めるために単身修行に励む…



-----------------------------------------------------



「本当にここまでで良いのか?」


「おう、ヒューシュタット山脈は高い山だからな。ドラゴン便で行くのには結構な体力を使う。そこまで無理はさせられねぇよ。」


「…分かった。では私はドラゴニアで待たせてもらうとするよ。」

「おう、ここまでサンキューな。じゃぁな。」

ヴァゴウはヒューシュタットに向かって歩き出す。


「気を付けてな。」

ファルトの声に手を挙げるヴァゴウ。




「さて…」


ヴァゴウはヒューシュタットを歩く。

ヒューシュタットには多くの人間たちが忙しそうに走っていたり、娯楽を楽しむ人間たちの姿が見えた。


「…人々に明るさが戻ってきてる。ホウが目覚めたら…きっとこの町は…以前のような活気を取り戻すはずだよな。」


ヴァゴウはヒューシュタットの北部を見る。

「まずは…あっちのスラムをなんとかしてもらいたいもんだけどな…」

ヴァゴウはそう呟き、転送装置を使ってヒューシュタット山脈の方へ一気にワープする。



ワープ装置を出てヴァゴウはヒューシュタット山脈の入り口に足を踏み入れる。


「…こっからコルバレーへ帰る時は…アイツらと一緒だと思ったんだけどな…」

ヴァゴウはコルバレーからヒューシュタットへ向けて旅立った最初の日を思い出す。


(そう、あの時は…)




―――




(ワシも着いていくぞ!ビライト!」)


(へ?はぁ!?なんでそうなるんだ!?)


(ワシだってよぉ、キッカちゃんがこんなことになってよ!何かできねぇかなって考えてたんだよ!そしたらなんだ!お前ってやつは!そんな大事なことにワシが付き合わねぇわけにはいかねぇだろう!)


(ヴァゴウさん、嬉しいけど…お店は)

(お店なーーんかどうだっていいさ!ワシはお前とキッカちゃんの手助けをする!決めたぞッ!)


―――



「…ヘッ、あの時はよ…今よりは結構ノリと勢いだったな…」


―――


(皆で旅、楽しみだね。)

(のんきだなぁ…)


―――


「楽しみ…か。そうだな。あの時はそうだった。最初は…不謹慎かもしれねぇが…楽しかった。」


順調に山を登っていくヴァゴウ。


その道で、次々と蘇っていくあの日、あの時の思い出…


「そう、あの時ワシは…自分が重血であることも隠してたっけなァ…」



山を登り翌日、3人で見た山頂に辿り着いたヴァゴウ。

時刻は夕方。


「…今日はここで一泊だな。」

ヴァゴウは魔蔵庫で宿泊道具を取り出し、野営の準備を始める。


ヴァゴウは3人で見た風景を今は1人で見る。そして…



―――



(わぁ…綺麗…!)


(良い景色だなぁ。)

(ヒューシュタットに山を登って向かう者の特権だなっ。苦労して登った先に絶景が待っている!ガハハ!良いもんだ!)


―――


また、あの時のことを思い出す。



「…ここを再び見るのも…旅が終わってからだと思ってたぜ…」


ヴァゴウはあの時から随分変わった。

最初はビライトたちが言うように、明るくて、気さくで、豪快で。ドがつくほどお人よし。

だが、ヴァゴウの本質はそこには無い。

ヴァゴウの本質は、陽ではなく陰。

自分の抱えていた重く険しい人生を隠す為のものでしかなく、本来のヴァゴウは今の影のある存在。


ヴァゴウはそうだと思っていた。


だが、そんなヴァゴウの心を理解し、受け入れてくれたのがボルドーを始めとする仲間たちだ。

ビライトはグリーディとの戦いで逃げずに戦えと怒ってくれた。

特にボルドーは自分の心の中にまで入り、その拳で自分の目を覚まさせてくれた。


そんなボルドーが今、生か死かの真実が分からないままいる。

しかし、その真意はレジェリーにしか分からない。

ヴァゴウは所有している赤い宝玉を見る。


「…ボルドー。お前は…ここに居るのか…?」


ヴァゴウは食事をしながら夜を迎えた空を眺める。


「…お前は変わらなかったよな……ワシは…今のワシも、昔のワシも…自分として受け入れることが出来ているだろうか。」

自分を見失っていたヴァゴウは少しずつ、今と昔の自分を少しずつ合わせ、それを自分の本質としようとしている。

いつか、本当の自分を見つけられるように。


そして、そんな自分を全て両手を広げて受け入れてくれる皆を助けたい。

ヴァゴウはだからこそ絶望しても立ち上がって前に進むのだ。



-----------------------------------------------------



翌朝、ヴァゴウは山を下り、コルバレー側に出ようとしていた。


「もうすぐ出口だな。」


「キャーッ!!!!」


「…!」

女性の声…悲鳴が聞こえる。ヴァゴウは声のした方へ向かう。すると、その先では魔物に襲われている竜人の女性が居た。

身長は大体メルシィと同じぐらいで、薄い黄色の肌を持っている。


「!やべぇ!」

ヴァゴウは咄嗟に走り出す。

相手はこの一帯に生息する狼型の魔物だ。相手は4匹。

だが今のヴァゴウにとっては大した強さではない。


「大丈夫かッ!」

「えっ!?」

ヴァゴウは武器を召喚して狼型の魔物を撃退する。


「おらっ!!」

ヴァゴウは次々と魔物を撃退していく。


「これで終いだッ!!」

ヴァゴウは魔物を全員倒し、周囲の安全を確認したが、もう隠れている魔物も居なさそうだ。


「大丈夫か?」

「え、えぇ…大丈夫…です。でも、立てないみたいです…」

竜人の女性は腰を抜かしていて立ち上がれないようだ。


「そっか…ならとりあえず落ち着ける場所に連れていくぜ。」

ヴァゴウは女性をおぶり、歩き出す。

「あ、あの…」

「良いから良いから。ここまで来たらもう乗りかかった舟だ。」

ヴァゴウは竜人の女性を背負ったままひとまずコルバレーへ向かうことにした。


「この近くにコルバレーって町がある。ワシの家もそこにあるからな。落ち着くまで休んでいくと良い。」

「そんな、悪いです…」

「構わねぇよ。お言葉に甘えときな。」



-----------------------------------------------------

コルバレーへとたどり着いたヴァゴウは、街の人々にも声をかけられ、歓迎された。


「お?ヴァゴウ!おかえり!」

「おう、ただいま。」

「…なんか、雰囲気変わった?」

「あー…色々あってな。」

ヴァゴウはちょっと説明がしにくそうだったのではぐらかそうとする。


「ん?その竜人の人…」


「あー!ワリィ!ちょっと急いでんだ!またあとでなッ!」


「え、お、おい!」


ヴァゴウは色々記憶のことなどの話を聞きたかったが、まずは女性を安静にさせる為、自宅へと足を運んだ。


「えーっと…鍵…あー…そっか…確か開けっ放しで出たけど…レジェリーちゃんが鍵かけてくれたんだっけ…」

しかし、鍵は自宅の中にある。


「さーて…どうすっか…」

とりあえずヴァゴウは武器で鍵を壊し、中に入る。


「…豪快ですね…」

「そうでもしないと入れなさそうだしな。」

無理矢理扉を開けて入るヴァゴウ。


「うはー…埃だらけだ…」

中は埃臭い。


「ワリィな。ワシも帰るのは久しぶりなんだ。」

「いえ、お気になさらないでください…」



ヴァゴウは部屋の埃を軽く払い、女性をベッドに寝かせた。

「ワリィな。オッサンの寝床で。」


「いえ、ありがとうございます。」

女性は丁寧にお礼を言う。


「しかし…なんだってあんな場所に一人で居たんだよ。普通はコルバレーから他へ行くときは南から遠回りするもんだが…」

「えっと、実は私…コルバレーへ行きたくて、ワービルトから来たんです。」

「ワービルト…?随分遠くから来たんだな。」

「ええ…」


「てことは…アンタ、ヒューシュタットから山脈登ってあそこまで来てたのか…!やるなぁ…」


「急いでいたので…でも運が良かっただけです。」

女性を見つけた場所はコルバレー側。


戦闘もままならない女性が山脈を超える手前まで来ていたということに驚いた。


「で、コルバレーに用事があったんだろ?ワシは一応この町で暮らして長いから大体の場所は分かるぜ。」

「えっと…ごめんなさい。多分ですけど…目的地…“ここなんです”…」


「へ?」


-----------------------------------------------------


竜人の女性はここで初めて名前を名乗る。


「私の名前は、“サーシャ・オーディル”と申します。」


「サーシャ…オーディル!?オーディルってまさか…!」


「…えっと、初めまして。ヴァゴウ・オーディルさん、ですよね?」

女性は微笑んだ。


「あ、あぁ…同じオーディルってことは…アンタ…!」


「私は貴方とは腹違いの兄妹…になるようです…私の父はドルグラ。母はアイリア。」

「ワシの父親はドルグラ・オーディル…なるほどな……」


ヴァゴウが助けた女性はなんと、腹違いの兄妹だった。

唐突な偶然にヴァゴウは驚きを隠せなかった。


「…驚いたぜ…だ、だが何故ワシのことを?」

ヴァゴウは自分を知っているということも驚いてサーシャに尋ねる。


「私は父をさらった魔竜グリーディについて調べていたんです。その為にドラゴニアに行き、調べたんです。すると…グリーディと父の間に子が生まれていて…ドラゴニアで育って…今はコルバレーに居る…というところまで突き止めたんです。」

「…そっか…自分で言うのもアレだけどワシはドラゴニアだと結構顔が広いからなァ…」

「ええ、貴方はドラゴニアにとても愛されているんだなって、すぐに分かりました。」

サーシャは微笑む。


「でも、会えて良かったです。先に逝った母も喜んでくれます。」

「?」

「旅立つ前、母が亡くなりました。」

「…!」

「廃草地の毒で病気を患ってしまい…ワービルトには廃草地の難民が多く移住して暮らしています。私たちもその一家族でした。」

ワービルトは廃草地の人々を受け入れて迎え入れていたのだ。


サーシャはその受け入れ民としてワービルトに暮らしていたのだ。


「母はずっと父を奪ったグリーディを憎んでいました。私も同じです。でもその間に生まれた子が居ると知って…母はその子に…つまり貴方には会いたがっていました。」

「ワシに…」

サーシャは話を続ける。


「父は命がけで貴方を守って力尽きたとドラゴニアの方に聞きました。母にそのことを伝えると、母は悲しみましたが…それでも貴方のことを聞いて笑ってくれました。どんな形であれドルグラが命懸けで守った子ならば、私の子でもあるから…会ってみたいと。」

「…だが、ワシの母親は…」

ヴァゴウは呟く。


「ええ、分かっています。でも貴方のことをドラゴニアで聞いた時、あなたはグリーディとは違うと私も母も理解しました。」

グリーディのことを許すことは出来ないが、ヴァゴウのことはそれとは別だと判断してくれていたようだ。


「私は、貴方と母を会わせてあげたかった。でも、母は私と共にコルバレーに行こうとした前日に病で急死してしまいました。だから…私だけでもと思い…」


「そうだったのか…タイミングが本当に良かったぜ。ワシもしばらく帰るつもりは無かったんだ。たまたま調べたいことがあってここに戻ってくる途中だったんだ。」

「本当に偶然ですね。」


自分に腹違いが居て、その子は自分をグリーディの子だと分かっていても受け入れている。

ヴァゴウは驚きはしたものの、少しほっとしていた。そんな存在が居たとしたらグリーディの子だからと恨みを買われる可能性だってあったわけなのだから。


「でも、本当に会いたかっただけか?」


「ええ。それだけで良かったんです。貴方が良い人だというのはドラゴニアで話を聞いた時にもう分かっていましたので。」

サーシャは言う。だがヴァゴウは首を横に振る。


「ワシは良い奴なんかじゃねぇよ。多分ドラゴニアで聞いたワシと今のワシは大分異なってるんじゃねぇか?」


「まぁ…そうですね…聞いた話よりは落ち着いてらっしゃいますね…」

「だろうな…でも今のワシが本当のワシなんだよ。」


「…色々と訳ありのようですね。」

「だな。話すと長くなるんだけどな…そんな感じだ。ガッカリしたか?」

ヴァゴウは小さく微笑んだ。


「いえ。そんなことはないです。だって、変わってない所はありますから。」

「そうか?」

「ええ、貴方は見ず知らずの私を助けてくれて…ここまで連れて来てくれた。とても優しい方だなって。それはドラゴニアで聞いたお話と同じです。貴方は誰かの為に力になれて、一生懸命になれる素敵な方です。」

「そう言われると照れるな…」

「本当のことですから。」


「貴方に何があったかは私には分かりませんけど…でも、貴方は貴方です。自信。持ってください。」

「…ありがとう。」

ヴァゴウは礼を言う。

この人も自分を受け入れてくれた。皆、自分を受け入れてくれる。本当に、良い奴らばかりだ。ヴァゴウは嬉しい気持ちで満たされていく。


「あー!とてもすっきりしました。私、やっと前に進めそうです。」

サーシャは笑い、ベッドから起き、立ち上がる。

「もう大丈夫か?」

「ええ、お世話になってしまいました。」

「いいって。それよりもよ。」

ヴァゴウはサーシャの顔を見て言う。

「ワシら、兄妹なんだろ。腹は違ってもさ。だったら堅っ苦しい喋り方はナシだ。な?サーシャ。」

「…うん。ありがとう。ヴァゴウ兄さん。」

サーシャとヴァゴウは握手を交わす。


そして…



「もう行くのか?」

「ええ。今度は山脈を南下してそのままワービルトに向かって帰ろうかなって。」

サーシャはヴァゴウと少し会話をしたのち、帰ることをヴァゴウに伝える。


「…会えてよかったよ。」

「私も。」

二人は再び握手を交わす。


「…えっとよ、今ワシは大事な人たちを助ける為に旅してんだ。それが終わったらワービルトに行く。でよ…もしサーシャが良かったら…一緒に行かないか?ドラゴニアによ。」

「…いいの?」


「あぁ、一人じゃ寂しいだろ。ワシな、ドラゴニアに引っ越そうと思っててよ。向こうにこの武具屋を移店するするつもりなんだ。」

「…そう、なんだ。」


「あぁ。サーシャが良ければ、だけどよ。どうだ?」


「…うん、分かった。私、待ってるね。兄さん。」


「危険な旅になるんだ。でも、待っててくれると嬉しい。」

ヴァゴウは少し恥ずかしそうにしているが、あくまで兄妹の会話だ。照れることは無いのだが、ヴァゴウは少し恥ずかしかったようだ。


「うん。」

サーシャは微笑み、店を出る。


「サーシャ!!」

ヴァゴウはコルバレーの外に向かって歩き出すサーシャに声をかける。サーシャは後ろを向き、ヴァゴウを見る。


「またな!」

「うん!またね、兄さん。」


ヴァゴウはサーシャが視界から居なくなるまで手を振り続けた。


「…兄妹…か…」

同じ兄妹であるビライトとキッカを思い浮かべるヴァゴウ。


「へへ、なんか嬉しいな。色々…吹っ切れたぜ!!」

ヴァゴウは久しぶりに心から笑顔になれた。


(ビライト、キッカちゃん。ワシが力になるからなッ!ボルドー!お前もだ!大事な人の為に一生懸命支える!ワシは今も昔もお人よしだ…だが、それがワシなんだ。)

失っていた自分を取り戻しながらヴァゴウは歩き続ける。



「さぁ、コルバレーの調査だッ!」


ようやくヴァゴウは本来の目的であるコルバレーの調査を始めることになった。


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街を歩いていると


「よう、ヴァゴウ!帰っていたのか!」

「おかえり!」


「おう、すぐにまた出るけどよ。」

街の人々は挨拶をしてくれる。


だが、そこで1つの違和感に気が付いたのだ。



(…妙だ。こいつら…誰も“ビライトとキッカの名前を言わねぇ”)


どっちにしても今日はコルバレーで宿泊する予定だったヴァゴウはまだ昼を回ったばかりだが、酒場へ足を運ぶことにした。

(情報集めはやっぱ酒場だよな。)


「らっしゃい、ってヴァゴウじゃないか。帰ってたのか。」

「よっ。」

ヴァゴウはカウンター席に座った。


「昼間から酒かぁ?」

「いや、酒は遠慮しとくよ。それより聞きたいことがあるんだよ。」

「なんだ?」


ヴァゴウはさて、何から聞くかなと考える。

少し変に思われるかもしれないが、ビライトとキッカの名前を出すか、ドラゴン便の事故の話を切り出すのが手っ取り早そうだ。


「ドラゴン便の事故?ああ、17年か18年前ぐらいの…アレか。」

「それそれ。それについてちょいと知りたくてな。」

「知りたくてって…アンタもその当時コルバレーに居ただろう?」

「そうなんだけどよ。」

ヴァゴウははぐらかしながら事件のことを聞く。


「まぁ…嫌な事件だったわな。生存者は誰も居なかったし…特にうちの取引先でもあったシューゲン夫妻は本当に残念だったよ。」


(よし。予想通りだ。)

この酒場はシューゲン夫妻との取引先の1つだった。

だからこそ、そこから入り込むのが一番理想的だった。


「あぁ、そうだな。ワシも夫妻とは取引相手だった。しかもアレだ。息子と娘も居たじゃないか。」

ヴァゴウはあえてビライトたちの名を出さず、しれっと息子娘の話に持ち出す。


「そうだな…まだ幼い子だったのによ。あんな事故で“死んでしまうなんて”かわいそうだよな」

「…だな。」


ビンゴだ。




(なるほど…やはり記憶の改ざんは…ワシだけじゃねぇみたいだ。)





これで確信を持てた。

やはりこのコルバレーの人々の記憶も改ざんされている。

いや、事実の記憶にすり替わっている。


旅に出る前は皆、ビライトとキッカの存在に違和感を感じてはおらず、普通に町の住民として接していた。

だが、今のコルバレーの人々は、事故でビライトとキッカは死んだことになっている。


それだけじゃない。これまで接してきたビライトとキッカの記憶も消えているようだった。この酒場のオーナーはビライトたちともかかわりのある人間だ。だが、今このオーナーは事故で“死んでしまった”と言った。


つまり、このオーナーの記憶は改ざんされていることは間違いなかった。


「で、何だってお前そんなこと調べてるんだよ。」


「へっ、今のお前の言葉で大体分かったよ。サンキューな。」

「…はぁ?」


ヴァゴウは情報料として金を置いて、「邪魔したな!」と言い、店を出る。


「…なんだったんだ?」



ヴァゴウはその後、ビライトたちの家に行った。

「ここは以前と変わりなしみたいだな…」

家の裏には変わらずシューゲン夫妻の墓があり、家の中もビライトたちが生活していた痕跡がある。


(ここまで痕跡が残っているのにワシを含め、町の奴らの記憶だけが改ざんされている。そしてこのシューゲン家の違和感にも気が付いていない。)


ヴァゴウは記憶の改ざんが起こった際、すぐビライトたちの傍に居たこと、そしてビライトたちとの過ごした時間が長かった。


これらの影響があったから、これまでのビライトたちとの思い出も消えずに残ったのかもしれない。


そして、ヴァゴウ以外のコルバレーの人々はビライトたちは死んだことになっている。


この情報と、ビライトが目覚めた時のビライト本人からの情報を照らし合わせてまた何かが見えてくるかもしれない。


「ワシは…運が良かったのか。それとも、ビライトの意志でワシの記憶だけは消えなかったのか。何にしても…失わなくて良かったよ。」

ヴァゴウはそう呟き、自分の家に戻ることにした。


明日、コルバレーからドラゴニアに向けてまた戻る。


ここで得た情報を持ち帰る為に。

そしてヴァゴウはここで新たな道を歩き出すことが出来る。サーシャとの出会いがそうさせてくれたからだ。


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翌日、ヴァゴウがコルバレーを出て、ドラゴニアに戻る為に足を歩み出した同じ頃…

ドラゴニアでは変化が起きていた。



「フッ、ハッ!」

クライドは近くの森林にて、身体を鍛える為修行をしていた。

「クライドさん!」


「…どうした?」

クルトが荒い息でクライドに話しかけてきたのだ。

「レジェリーさんとホウ殿が目を覚ましました。」

「…!そうか…会話は出来そうか?」

「レジェリーさんはまだ集中治療が必要なので不可能ですが…2・3日もすればそれも終わるでしょう。ホウ殿は短時間ならば会話は可能かと。」


「分かった。まずはホウから話を聞こう。」

「ではご案内します。」

クルトはクライドと共に病院へ向かう。





「…ホウ殿、あなたを助けてくださった方の1人、クライドさんを連れてまいりました。」


「…君が…私を…」

すっかりやつれた白髪で初老の人間。

ホウの声を初めて聴いたクライド。とても弱い声だ。長い間眠っていた弊害か、うまく声が出ないのかもしれない。


「クライドだ。ヒューシュタット王、ホウ。」


「…クルトさんから話は聞いた…私の…国を救ってくれてありがとう…そして…今はこんな状況で会話をすることを許して欲しい。」

ホウはベッドで寝たまま頭を小さく下げる。


「そんなことは構わない。その礼は未踏の地へ行くための許可証で良い。」

「…そうか、君たちは…未踏の地を…目指しているのだったね…私のこの身体が動かせるようになったら…すぐに出そう。」

「あぁ、よろしく頼む。」


許可証を貰えることを約束してもらえた。

ここまで本当に長い道のりだった。死線を乗り越えてついに…

クライドはホッとし、クルトに「もう大丈夫だ」と言う。


「では戻りましょう。ホウ殿、何日か安静にしていれば身体も動かせるようになるでしょう。」

「あぁ…すまないね…」

「いえ、私たちはこれからヒューシュタットとも友好関係を築ければと考えておりますので。それでは。」


クルトとクライドはホウと別れ、城へと戻ってきた。


「レジェリー殿も目が覚めたようだな。」

ベルガの部屋に来ていたクライドたち。

そこにはメルシィとブランクも居た。


「ええ、ですが、まだ意識が朦朧としていて会話できる状態ではありません。」

「そうか…ボルドーのことを早急に知りたいところだが…もうしばし待たねばならぬようだな。」

「…」

メルシィはやはり元気がない。

すれ違ってもどこか上の空のようだった。


「メルシィ、酷くやつれている。大丈夫なのか。」

「心配かけてごめんなさい、私のことは…心配無用ですわ…」

メルシィはそう言い、頭を下げた。

「…あぁごめんなさい。ブランクにご飯をあげなくちゃ。」


メルシィはブランクの世話の為、部屋へ戻って行ってしまった。


メルシィはやはりボルドーのことが気がかかりであまり眠れていないようだ。

ブランクの世話と相まって相当疲弊しているようで、ベビーシッターの人に応援を頼むことが増えている。


「あと数日は待つ必要がありそうですね…」



-----------------------------------------------------



それからも数日間、クライドはレジェリーとホウの回復を待ちながら修行を続けた。


ヴァゴウがコルバレーに向かってから5日。

予定ではヴァゴウはあと1・2日で帰ってくる。


クライドはクルトに病院に呼ばれ、病室に来ていた。


「…あ、クライド…」


「…随分遅い目覚めだったな。」

「えへへ…ゴメン…身体はまだあんまり動かせないけど…会話は全然出来るよ。」


レジェリーとようやく面会することが出来たクライド。


「レジェリー、色々聞きたいことが山ほどある。話してくれるか。」

「うん…そう、だよね………クライド。あたしをベルガ様とメルシィ様の元に連れて行って。」


「では車いすを出しましょう。」

クルトがレジェリーを座らせ、一行は城へと向かう。


「あんた…その見た目…ガジュールと戦ってた時から変わってないけど…」

「…ヴァゴウと同じ潜血覚醒の後遺症だ。それも中途半端に押し殺したせいで容姿の変化も消えずに停止した。俺の弱さが招いた結果だ。」

クライドの容姿が変わっていることを気にするレジェリー。


「痛くないの?」


「右目の視力があまりない。」

「…そっか…」


「…ナグは、俺たちネムレスの掟に従って死んだ。幸せそうな顔をして…な。」

「…幸せ…かぁ…」


「俺は…そのようなことを認めたくはなかった。だから俺は…取り乱した。都合の良い話だ。俺はこの手で殺した。殺しておいて取り乱す資格すらないのにな…」


クライドはこの手で殺めたことを後悔しているのかもしれない。

元は暗殺者だ。命を殺して生きてきた。

だが、今は違う。もう暗殺者として殺しをしないとしていたが、またその手を汚してしまった。


「…あんたは…悪くないわよ。」

「…お前に励まされるとは心外だ。」


「素直じゃないんだから。ばーか。」

「フン…」






城に着いたクライドたち。クライドはレジェリーを屋上へと連れていき、クルトはベルガとメルシィを屋上へと連れて行った。

ファルトもその場におり、全員でレジェリーの話を聞くことにした。



「レジェリー殿、まだ身体が動かせない中ここまで来てくれて礼を言う。」

「いえ、あたしも…すぐに言えなくてごめんなさい。でも、あたし、ちゃんと…全部話します。あたしの正体とか、ボルドー様のこととか…全部話したい。」


ベルガ、クルト、メルシィとブランク、そしてクライド、ファルトが居た。

ゲキは後でヴァゴウと一緒に聞くと言っていたのでここには不在だ。


ここに一同が集まり、ついにレジェリーの口から明かされる。


-----------------------------------------------------



「まず…あたしの正体だけど………あたしの名前はレジェリー・ウィック。」

「ウィック…まさか…貴方は!」

クルトが驚きを見せる。


「はい、あたしは…かつてのドラゴニアの英雄王、オルセルド・バーンと共に戦った英雄トナヤと英雄ウィックの子孫にあたります。」


英雄として冠された当時、まだ少年少女だった英雄トナヤと英雄ウィックは戦いの後、大人に成長し、そして結婚したと言われている。

そしてその2人の間に生まれた子たちはこれまで子孫を残していた。


「英雄たちの末裔…ということなのか。」

「はい。」


「英雄の…子孫…」


「そして、あたしの生まれた場所は…未踏の地“レミヘゾル”にある村、“アーデン”。」


「未踏の地…レミヘゾル…だと…?」

驚愕を隠せないベルガたち。


「知らないのも無理はないです。あたしたちレミヘゾルの民はみんなの暮らしているシンセライズとは全く異なる大地だし…そもそもレミヘゾルの人々は皆、このことを黙ってシンセライズに来ているから」


レミヘゾル。それが未踏の地の本当の名前であり、レジェリーはその地にあるアーデンという村の出身。

今までレジェリーが明かさなかった素性が明らかになっていく。


「クライドは知っていたんだよね。」

「あぁ。全てアトメントから地名と出身地は聞いていた。だが、お前の口から出るまで黙っていた。半信半疑ではあったがな。」

クライドは知っていたが、最初からクライドは言うつもりはなかった。

クライド本人が半信半疑だったからということもあるが。


「そして、あたしたちアーデンの民たちは魔法使いの村。あたしはそこで…“ある人”と出会った。それがあたしの師匠です。」

レジェリーの口から度々出ていた師匠。その名がついにレジェリーの口から語られた。


「師匠は古代人でして、昔、師匠の種族が作り上げたと言われてる“禁断魔法”を所有しています。」

「禁断魔法…アルーラ殿もそれを使用していたが…」

ファルトが言う。


「アルーラは師匠の…うーん、配下?みたいなものかな……」


「配下…なのか?」

「一応、アルーラは我が主って呼んでるけど…あたしもあんまり詳しくは無いんだけど…」


「イヤ、それもそうなのだが…今古代人と?」

ベルガは困惑しながら言う。


「あっ、はい。師匠は古代人です。フリード様と同じで…あと、師匠はガジュールと同じで“魔族”って種族で…」


「…ま、魔族ですって…?」

「あの魔物を統率し…魔法の始まりを創り上げたと言われている…?」

「えぇ。」



「…」

「…」

次々と知らないことが出てきて、困惑する一同。

魔族、古代人。

普通はなかなか聞けない単語が飛び交い困惑する。


「えっと…」

困惑している一同にレジェリーは言葉を詰まらせた。


「あぁ、えっと、すみません!続けてください。」

クルトは場を再び進行させた。


「えっと…それで…“ボルドー様のことなんですけど…”」


ベルガ、クルト、メルシィの目つきが変わった。


この3人が一番聞きたかったことだろう。


「結論から言うと…」



ゴクリと息を呑む3人。











「ボルドー様は…まだ死んでいません。」


「「「!!」」」




-----------------------------------------------------





「…死んでない…!」

「あぁ…あなた…無事…なのですね…」

メルシィはガクッと崩れ落ちた。そしてメルシィの目には涙がこぼれる。

「レジェリーさん、詳しく。」

ベルガ、クルトは笑みをこぼす。そしてレジェリーに詳しい説明を求めた。



「ボルドー様は確かに一度死にました。でも…ボルドー様の魂が身体から離れてしまう前にあたしは“ライフスフィア”を使いました。」


「“ライフスフィア”…それは一体…」

ベルガが尋ねる。


「ライフスフィアは、[魔法をかけた対象の肉体情報・精神情報・魂を宝玉に保存する]禁忌とも呼べるものです。」


「…なるほど…我々生物の命を司る3構成である肉体・精神・魂。そして肉体と精神が死んでしまうと魂は離れてしまう。そして魂は生命の核。魂が離れることが“死”と定義される。」

「はい、そしてあたしは…ボルドー様の魂が身体から離れ、消えてしまう前に宝玉に封印したんです。」


「つまり…その宝玉の情報を蘇らせれば…」

「はい。ボルドー様を復元させることが出来ます。」


「だが…死んでしまった肉体と精神を復元させてもまた魂が離れてしまうのではないかね…?」

ベルガはレジェリーに問う。


「宝玉から元の身体に復元させる時、肉体と精神も復活します。だからそれはあり得ないと思います。」

「おお…!」

「なんということでしょう…そんな魔法が実在しているなんて…この私ですらも知りませんでした…!」


ベルガとクルト、そしてメルシィに希望が見えた瞬間だった。


「ただ、一つ問題があって…」

レジェリーは喜んでるところ申し訳なさそうに呟く。


「このライフスフィアを復元させる手段…それがあたしには無いってことです。」


「なんと…」

「そ、それではどうすれば…!」


「宝玉を復元する禁断魔法“スフィアレイズ”。それが使えるのはあたしの師匠だけ。だから…師匠に頼む必要があるんです。」

レジェリーは言う。


スフィアレイズを使える師匠に頼み、了承を貰えればボルドーを復活させることが出来ると。


「そうか…で、レジェリー殿、その師匠様はどちらへ。」

ベルガは尋ねる。


「アーデンに居ます。だから…レミヘゾルに入ったらまずはアーデンを目指し、師匠の元に行ければと思ってます。」


「そうですか…しかし、レジェリーさん。あなたはライフスフィアの影響で身体に深刻なダメージを負いました。そんな危険な魔法と同義であるスフィアレイズをあなたの師匠は易々と使ってくれるのですか?」

クルトは尋ねる。


「多分使ってくれないと思います…師匠にとっては大した魔力じゃないと思うけど…生命の蘇生は禁忌だから。それにあたし、もう破門されちゃってるし…でも。」

レジェリーは真剣な目で言う。


「あたし、師匠にお願いしてみます。その前に多分こっぴどく怒られるし…最悪禁忌を犯したからって処刑されるかもしれないです。」


「処刑…とな…?殺されるかもしれぬということか?」

レジェリーは頷いた。

「それだけのことをしたんです。あたし。でも…そうする覚悟を持ってでもあたしは、ボルドー様に生きて欲しかった。」


「レジェリー殿…」


「大丈夫です!なんとかします!師匠がスフィアレイズを使わないって言うならやり方を聞いてあたしがやります。」


「…レジェリーさん…しかし、あなたの髪飾りが魔力を肩代わりをしてもなお、重度の魔力欠乏を起こしたような魔法を何も対策なしに使ったら…」


「…そうですね…あたしもどうなるか分かんないです。だからそれはあくまで最終手段で。」

レジェリーは決意に溢れている目をしている。


「レジェリーさん…主人は…あなたの命を犠牲にして復活しても…喜びません。どうかそのようなことはなさらないで。」

メルシィはレジェリーに言う。


「えぇ。あたしもそうならないように師匠にお願いするつもりです。」


レジェリーは一呼吸置き…


「あたしが知ってるのはここまで。だからまずは…アーデンを目指したいです。ボルドー様をまたこのドラゴニアの王として立たせるために。そしてその先にきっと…ビライトとキッカちゃんが目指してたものがあると思うから。」

「…ウム、レジェリー殿。」

ベルガは膝をついて頭を下げた。


「我がバカ息子のことを…頼む。そして…必ず…私たち元へ…生きて帰ってきてくれ。」


「あ、頭を上げてください!あたしの力が足りなくて復元まで出来なかったんですから…それにあたし死ぬつもりなんてないから!絶対生きてやりますよ!」


「それでも、頼む。そして…ありがとう。」

「レジェリーさん…本当にありがとう。」


メルシィもクルトも頭を下げてレジェリーにお礼を言う。


「まだ、終わってませんから!だから、今は…あたしたちに出来ることをやりましょう!」


「はい…」

「ウム。」

「えぇ。」


「希望が色々と見えてきたようだね。」

「あぁ、そのようだ。」

ファルトとクライドも頷く。



(ボルドー様…あたし、必ずあなたをこのドラゴニアに帰してみせるから。だから…待ってて。例え師匠が怒っても、あたしはこの意志だけは曲げない。)


レジェリーはボルドーの背を思い出し、頷いた。



「ところで…ビライトは?ヴァゴウさんは?」


「…ヴァゴウはコルバレーに行っている。理由は後で説明してやる。ビライトはまだ眠っている。いつ目覚めるかも分からないようだ。」

「それに…キッカちゃんは?」

「…そうか、お前は知らないんだったな。」



クライドはこれまでのことを全て話した。


「キッカちゃんが…イビルライズに…」

「あぁ、だからビライトが動けるようになり、ホウから許可証を貰えたらすぐにレミヘゾルに向かう必要がある。」

「そうね…あたしもそれまでに身体、動かせるようにしなきゃ…」



レジェリーとホウが目覚め、ヴァゴウはもうじき帰ってくる。

3人が揃い、残すはビライトのみ。


ビライトはいつ目覚めるのか。

ビライトの意識は今、どこにあるのか。


ボルドーがまだ死んでいないという希望を掴んだドラゴニアのベルガたち。


あとはビライトが目覚めればいいのだが・・・・・・・




まだまだ一行はしばらく、ドラゴニアに在中することになりそうだ…



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「そうだ、レジェリー。アルーラから伝言だ。」

「えっ?」


「“今度会ったらお仕置きだ。覚悟しておけ”…だそうだ。」

クライドは先ほどの話を思い出していた。


「お前、アルーラからも処刑されるのか…」

「あー…多分ライフスフィア使ったから…かな?」

「“禁断”魔法と呼ばれているぐらいだ。そもそも使用を禁じられているのだろう…?」


「そ、その通り…はぁ、次にアルーラと会うのが怖くなっちゃうなぁ…まぁ…師匠に会うよりはマシなんだけど…」

レジェリーはため息をつく。

「お前の師匠はそんなに怖いのか…?」


「えっと…普段は気さくで元気で優しいんだけど…禁断魔法使いましたってなったら多分凄く…とっても…怒られそうかなぁって…」

「お前、結構な頻度で使っているではないか…」


「バレやしないと思って…」

「…なんだろう、アーデンとやらに行くのが不安になってきたぞ。」


「だ、ダイジョブ!なんとかするから!あはは!」

「ハァ…」



「それに…あたしの尊敬してて、大好きなボルドー様を助けるためだもん。無理でも押し通ってやるわよ。」


「…そうだな…そうでなくてはな…」

クライドは呟く。


「お前が処刑とやらで勝手に死んでしまうのは気分が悪い。仕方ないから処刑されそうになったら守ってやる。」

「な、なによ、気持ち悪いわね。」


「まぁ俺が助けなくても他のお人よし共がお前を守るだろうがな。」

「そうならないようにあたし、頑張って説得しなきゃなぁ……」


レジェリーは再びため息。


「意外と落ち着いてるな…死ぬかもしれんのだぞ。」

クライドはレジェリーに言うが、レジェリーは首を横に振る。


「怖いに決まってるわよ。でも…それを乗り越えてでも守りたい命だったんだもん。たとえ震えても逃げないわよ。」

「…そうか。」


「それに…怖くても…あたしは師匠のこと大好きだもん。」


「…お前、変態か何かか。アレか。“ドエム”というやつか?」

「んなわけないでしょ!うっさいっての!ばーか!」




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――――――暗い。


真っ暗だ。



ここはどこなんだ。

俺は何故こんな場所にいるんだ。

沈む。沈んでいく。


でも、なんだか気が楽だ。

このまま底も分からないままずっと身を任せ、沈んでいくのも悪くない。



「本当にそうかい?」



――――誰だ?





「君は、ここで終わってもいいのかい?上に向かって進まなくていいのかい?」




もう、いいんだよ。

だって、辛いじゃないか。このまま生きたって。



この世界は…楽しくなんてなかった。

ただ、辛いだけなんだよ。希望なんて…無い。





ボルドーさんは俺を庇って大怪我して、俺たちを自分の爆発から守るためにガジュールを道連れにして死んでしまった。


そして俺は大暴れして…めちゃくちゃにしたんだ。



それに俺は…もう死んでるんだよ。

思い出したんだ。全部。


俺は…クロの…イビルライズの器として生かされていただけの道具だったんだ。


「それは違うよ。」


違わない。俺は道具なんだ。


俺はさ…もう…疲れたんだよ。ほっといてくれないか。






「そうか、君は疲れてしまったんだね…でも…君はまだここでくすぶっている場合では無いんじゃないかな。」


「君の仲間たちは…前に進もうとしているよ。君は歩かなくていいのかい?」




――――さっきから何なんだ、あんたは誰だよ
















「僕かい?僕は…そうだな…今は…













“シンセライズ”って名乗っておこうかな。」




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