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Delighting World  作者: ゼル
第九章 ヒューシュタット編~悲しみと憎しみの果てに~
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Delighting World ⅩⅩⅩⅧ

第9章 ヒューシュタット編~悲しみと憎しみの果てに~





「これより、弔いの儀を行います。」


時刻は夕方。

ドラゴニアにある墓地にドラゴニア国民達が集まった。

ここに来られない人々は、伝播魔法エコーウェーブによって音声が届けられることになった。


「今回の被害で亡くなった我が国の家族たちが安心して大地に還れるよう、祈りを捧げましょう。」


クルトが導き手となりその声と共にドラゴニア兵たち、そしてクルト、王族のベルガ、ボルドー、そしてメルシィとブランク。


多くの代表者が遺体が収納された棺に炎を送る。


大きな音を立てて燃え盛っていく炎。


それを皆が見届けた。悲しくて涙を流す者、必死に涙をこらえる者。そして、俺は大丈夫だからと涙を流しながら笑顔で送る者。

様々な人々がこの弔いの儀を見届けた。


「ここの弔い方は俺たちの街とは違うんだ。」

「そうだね、私たちの住んでたコルバレーは土葬だったし…」


「ドラゴニアは基本的には火葬なのよ。燃えた煙が魂となって空へ還り、燃えた肉体は灰となって大地に還る。世界中にその魂が浸透するようにっていう願いがこもっているのよ。」

レジェリーが解説してくれ、ビライトたちはなるほどと頷いた。


「でも昔のグリーディは土葬だったんだろ?今回はちゃんと肉体も焼いたみたいだけど…」

「グリーディはドラゴニア国民じゃないもん。」

「確かにそっか…でも今回は…」


「多分、ヴァゴウさんのお母さんだからよ。あんなひどい奴でも…ヴァゴウさんにとっては親だもの。」

「…オッサン…」





病院の方ではヴァゴウとゲキが葬儀の様子を見て、音声はエコーウェーブによって聞き届けられていた。


「…最初のグリーディの一撃であの中の半数が亡くなったって聞いてる。」

ヴァゴウが呟く。

「お前のせいじゃねぇよ。」

「そうだけどよ…やっぱ、他人事じゃねぇよ。生き残った人たちの中にはグリーディに家族を殺された奴らも大勢いたんだ。」


今回の襲撃でドラゴニア国民の2割弱程度の人が亡くなり、4割程度の人々が怪我をした。

中には生き残ったが身体をまともに動かせないほどの重症を負った人も大勢居る。


「…ワシはアイツの息子だ。その事実はどうあっても変わらねぇんだ。」


ヴァゴウは責任の取り方を考えていた。

どうすれば自分の親がやったことを許してもらえるのか。


いいや、許されることをしたわけではない。永遠に許されぬことなのだ。


「…考えても仕方ねぇわな…ワシはワシの責任の取り方を探すさ。」


「お前がグリーディの血縁者であることはほとんどの奴らが知らねぇ。お前の身を守るためだ。知ってるやつらも公表はしねぇだろ。」

事実、ヴァゴウがグリーディの血縁であることはほとんどの人が知らない。

そして、それは大勢の人々には知られてはならないことだ。


「…それで、いいのかって思っちまうけどな。」

「それでお前が恨まれちまったら責任取るもクソもなくなるだろ。最も、俺はお前が悪いなんてカケラも思っちゃいねぇし、お前が背負う責任でもねぇと思うけどよ。間違っても死んで詫びるなんてことは絶対許さねぇからな。」

ゲキはヴァゴウの肩を叩く。その目はとても真剣な目。本気でヴァゴウの身を案じてくれているからこその訴えだ。


「分かってるよ。ワシはもっと…生きたいって思えたんだ。アイツらに出会えたからな。」

ヴァゴウはビライトたちのことを思っていた。



「旅、終わったらドラゴニアに来るんだろ?」

「んあ?何で知ってんだよ。」

「昨日見舞いに来たビライトから聞いた。」

「へっ、口軽いでやんの。」


「いいじゃねぇか。ライバル店誕生だ。今から楽しみで仕方ないぜ。」

ゲキは拳をヴァゴウに出す。


「行くんだろ?ヒューシュタット。」

「…あぁ。行く。人の親勝手に生き返させられて更に罪を重ねられてよ…どうしようもなく悪いクソ親だったがそれでもワシの親だ。親を勝手に利用されて傷つけられて、黙ってられるか。それに…ヒューシュタットを止めることがワシの責任を取ることと繋がるしな。」

ヴァゴウはゲキの拳に自身の拳を合わせる。


「友人としては止めたい気持ちだ。けどお前は行くんだろ。だったら止めない。だけど絶対死ぬなよ。ヴァゴウ。」

「死なねぇよ。ガジュールたちを倒し、そしてキッカちゃんの身体を取り戻すために未踏の地に行く。まだまだ旅は折り返してもない。こんなところで折れてたまるか。」


-------------------------------------------------------



炎が燃え盛る墓地では亡くなった人々の名前が1人ずつ呼ばれていた。


数千人を超える人々の名前を1人1人丁寧に呼び、その度にその人のかかわりのある人々は涙を流し、中には泣き崩れて声を上げて泣く人も居た。

我慢していた人たちも涙をボロボロと流し、泣きじゃくる。


それは数時間にも及ぶ、長い長い時間。


「ログ・シーリウ、ワヒリ・カラリア、ワース・リュヒ…」

名が呼ばれていく。


そして、最後の名が呼ばれた。



「フリード・バーン。」


フリードの名だ。

バーンの名を持つドラゴニアの象徴であった古代人。

この墓地にその遺体は無く、灰として天に、地に舞い散ったその姿を人々は思い、そして強く願った。






「ドラゴニアを守りしご先祖様よ、今多くの民が大地に還りました。その魂、このシンセライズの源となり世界に流れることでしょう。どうか、迎え、温かく、包み込んであげてください。」


ここに居る人々が両手を空へ上げ、高く広げた。


これが人々送る儀式なのだろう。

ビライトたちも手を大きく上げ、燃えて還る魂たちを見送った。


ドラゴニアの魔法使いたちが一斉に浄化魔法を放つ。

大地から青い光がまっすぐに天に向かって放たれる。

「これは…」

「綺麗…」

「光の浄化魔法ね…ここまで大勢の人で発動するのを見るのはあたしも初めてだわ。」


棺から青い光や赤い光、緑の光。色々な色の光が飛び、天に昇っていく。

その幻想的な光景にビライトたちは見惚れていた。


「…凄いな。」

「うん。」



ビライトとキッカは空に昇っていく光を見て呟いた。


そして、炎は燃え続けているがこれは自然に消えるまで燃え続ける。

今回は数が多いので1日は燃え続けたままになるかもしれない。


弔いの儀を終えた人々は挨拶を交わしながら各々戻って行く。


「ビライトさん、皆様。」


「ベルガ王。」

「クルトさんも!」

「弔いの儀、お疲れ様です。」

ビライト、キッカとレジェリーはクルトとベルガに挨拶をする。


「ええ、皆様もご参加いただき、感謝致します。」

「そなたたちはこの戦いにおいて大きく活躍してくれた。本当にありがとう。」


クルトとベルガは参加してくれたビライトたちに感謝をする。



「明日、ファルト殿がクライド殿を迎えに行かれるのですね。」

「明後日にはヒューシュタットに向かえると思います。」


「…ヒューシュタットはまだ何か隠し札を持っているかもしれません…それに、とても危険です。それでも行くのですね?」

ビライトたちは頷いた。


「許可証のこともあるけど…この状況になって見過ごすなんて出来ません。ヒューシュタットをなんとかしないと…ドラゴニアだけじゃない、ワービルトも、世界中の街が危ないから。」

「絶対に許されないです。あたしは…」


「…憎しみを持ってはならぬ。」

ベルガは言う。

「腹が立つであろう。悔しいであろう。それは私も同じだ。だが…それを憎しみとして力をふるうのであれば…それは無慈悲に暴力を行うヒューシュタットと何も変わらぬ。それだけは忘れてはならぬぞ。」

「はい…分かっている…つもりです。」

ビライトたちには確かに憎しみの感情はある。だが、ベルガはそれを見透かしていたようだ。


「最も、あのバカ息子はどうにもならぬほどの重みを背負いすぎているようだがな…」


ベルガは、今もまだ燃える炎を見続けていたボルドーとブランクを抱いているメルシィを見た。

ボルドーの目はとても強く、鋭い目をしていた。

身体が小さく震えているのが分かる。今こうやって多くの人々が亡くなっている。そんな悲劇がまた起こるかもしれない。

ヒューシュタットを絶対に許すわけにはいかないと思っている。


「ビライト殿、皆。恐らくあやつもそなたたちの戦いに同行するであろう。あのバカ者が無理をせぬように見ておいてはくれぬか?」

「…ボルドーさん…ちょっと、気が張りめてるような感じする…」

キッカは少し怖がっている。


「あやつは無関係者は誰も殺さずヒューシュタットを叩くつもりだ。いいや、むしろガジュールすら殺さず捕らえるつもり…といったところであろう。だが、奴の力は未知数だ。あやつ1人では敵わぬかもしれん。」

「グリーディを配下にするほどですからね…一筋縄ではいかないでしょう…」

確かにガジュールの力は未知数だ。ヒューシュタットで一度会っているが、その時もとてつもない強さを目の当たりにしている。


「故に、そなたたちに頼みたい。ボルドーを…我が息子を頼む。」

ベルガは頭を下げた。


「頭をあげてください。俺たち、ボルドーさんに家族だって言われたんです。ボルドーさんは誰かの為に涙を流せる優しさがあって、強くて…尊敬できるボルドーさんを俺たちは大好きだから。」

「うん、だからあたしたちはボルドー様を全力で支えます!」


「ボルドーさんには私が見えてないけど…でもみんながお世話になってるから…少しでも、支えになりたい。力になりたいから。」


「…良い家族を持ったな。我々は。なぁ、クルト。」

「えぇ、ベルガ様。素晴らしい事です。」


「皆、ありがとう。」


-------------------------------------------------------


「…メルシィ。」

「はい。」


「演説で言ってました…どうしても…行くんですよね。ヒューシュタットに。」

「あぁ。」

「…本当は行って欲しくないです。」

「…ありがとよ。でも俺様は行く。行かなきゃいけねぇんだ。」


燃える炎を見ながらボルドーはメルシィに言う。


「信じて待っててくれるか?」


「…はい。でも絶対帰ってきてください。私とブランクを置いていかないで。それだけは約束してください。」


ヒューシュタットにはメルシィは連れていけない。

メルシィも自身は足手まといになると思っている。故に、今回はブランクと共にこのドラゴニアで待つことになる。


だが、メルシィはボルドーがこれまでとは比較にならないほど、危険な場所に行くことを無論承知だ。


だから、必ず帰ってくるように約束させる。


「おう、ブランクの成長を見られずに死んでたまるか。それに…この国を立て直さなきゃならねぇしな。それによ。それだけじゃねぇ。」

ボルドーはメルシィを優しく抱いた。


「あなた…」

メルシィは一滴の涙を流す。ボルドーはメルシィに向かって言う。


「お前を絶対に置いていかねぇからよ。ずっと隣で歩いてて欲しいからよ…手を繋いで歩き続けたいから…だから、これからもお前とブランクと…手を繋いで歩くための戦いなんだ。約束する。どんなにボロボロになっても必ず帰る。必ずだ。」


「…はい…っ、約束、ですからね。」


「あうあ~」

「おうっ、ブランクもな。待っててくれるな?」

「あう!」

「へへっ、ありがとな。受け取ったぜ。」

メルシィとボルドーはお互いにブランクを囲んで抱き合い、必ずここに戻ることを約束した。






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場所は変わり、ここはヒューシュタット。


守護獣の森の入り口でファルトから降り、クライドはヒューシュタットの街を隠密魔法を使用しながら情報収集をしていた。


ヒューシュタットは世界で最も広い大都市。

全てを回るのは不可能だが、そのうちの5割は市街地。そこはマークせずに、都心部分を中心に調査をしていた。


「…相変わらず人々は死んだ目をしている。それに…」


クライドが居るのは大きな工場。


今、ここでヒューシュタット国民の多くが働いているのだ。

それだけではない。スラム街の人々も操られたかのような死んだ目で工場に入っていく。


(…これは…オートマタの製造工場か…!)

クライドが見たのは広大な広い広い工場すべてがオートマタ生産の為の工場であったということだ。

ここで何百、いいや、何千ものオートマタが作られているのだ。


(人々は会話すらしていない…これはあまりにも異常だ。やはり操られているというのが自然な答えだ。)


ともかくこのまま放置しているとすぐにオートマタは数を回復し、いつドラゴニアに再進撃してもおかしくない。一刻の猶予も無いことが分かった。


(…しかし、会話が無さ過ぎて情報が集まらん…ならば…)

クライドはガジュールが居ると思われるヒューシュタットの城を見た。


それは城というよりはビルと呼ばれる鉄骨の建物に近いのだが、明らかに高く異質な情景を見せつけている。


(…ヒューシュタットの技術が俺に仕えるかはわからんが…奴らはデータと呼ばれる情報を媒体として、コンピュータと呼ばれるものに保管していると聞く。)

クライドはまずはヒューシュタットの技術を理解せねばならないと判断し、ヒューシュタットの図書館に向かった。


世界の知識が凝縮したこの場所ならばヒューシュタットのテクノロジーを理解出来るかもしれないと思ったのだ。




図書館に入るクライド。

ここは気配を抑える魔法を使い、正面から堂々と入ることにした。

何故ならばここには客と呼べる存在はほとんどいないからだ。

今、ヒューシュタットのほとんどがあのオートマタの製造工場で働いている。

ヒューシュタットの国民と、スラム街の人々も駆り出されている。つまりここにはこの図書館の従業員しかいないに等しいのだ。

そしてその従業員もわずかしかいない。一部の人々はオートマタの製造工場に居るのだろう。


「…ヒューシュタットのテクノロジーを探すには…」

クライドは広大な図書館で資料を探す。



「何かお探しかしら?」

「!」

声を不意にかけられたクライドは咄嗟に後ろに下がる。


「あら、ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったのだけれど。」

「…いや、すまない、この国はどうも苦手だ。つい警戒してしまった。」


「あら、そうなの。で、お話を戻すけど。」

「あ、あぁ…ヒューシュタットのコンピュータ技術について調べている。」


よく見るとそこに居たのは竜人の女性だった。綺麗な髪をした薄い水色の肌をしている美しい姿。


「それなら…こっちね。ついてきて。」

女性はその資料がある場所に案内してくれた。


「…竜人がここで働いているなんて珍しいな。それに…」

「それに?」


「…いや、知り合いの匂いがした。だが気のせいだ。」

「ふーん…まぁ良いわ。ホラ、ここよ。」

女性はヒューシュタットの技術がまとめられた資料がある本棚へと案内をしてくれた。


「…あんたはあの工場に働きに行かないのか?」

「私は竜人ですもの。私なんかお呼びになんてならないわよ。」

(…そういえばあの工場には人間しか居なかったな…なるほど…見下している他種族も寄せ付けないか…慎重だな…)


クライドは本を何冊か手に取り

「助かった。」

と女性に礼を言う。


「いいのよ。」


そう言い、女性は去る前に最後、一言だけ発した。


「前王は大戦争地の大型廃屋に居る。まだ生きているわよ。」

「!!」


その言葉を聞いた時にはその竜人はもうそこには居なかった。


「…大戦争地…」

大戦争地は、ヒューシュタット山脈とヒューシュタット都市部の間にある広大な荒野だ。

そこはビライトたちがコルバレーからヒューシュタットに行く際にも通過した場所だ。世界統合前に大戦争があり、そこで出来た戦争地がそのままシンセライズに統合されたと聞いている。


「…あの女…そして似ている匂い……なるほど…」

クライドは先ほどの竜人の正体をなんとなくだが理解した。


「これは借りていくとするか。」

クライドは図書館にあるヒューシュタット独特の端末を使用し、ヒューシュタットの技術が載っている本を数冊借り、魔蔵庫にしまった。


「大戦争地…そこに前王が…」

ヒューシュタットの街は人気がほとんどない。

ほとんどの人がオートマタの製造工場に行っているからだ。


クライドは良い機会だからとワープ装置を使い、大戦争地へ向かおうとした。


だがその時…

「!」

クライドの後方から殺気を感じ、クライドはすぐに宙へ飛んだ。


クライドが避けたものは投げナイフ。

それが壁に突き刺さってた。


「流石だなクライド。」

「…!…お前…生きていたのか…!」


そこに居たのはクライドと同じく狼型の獣人。

それは、ワービルトでレジェリーが出会っていた獣人、ナグだった。


「ヒューシュタットから敵対者のリストを貰いそれを確認した時は目を疑ったがな。本当にお前だとはな。」

「…ヒューシュタットから…なるほど、お前…雇われたか。」


「その通り。俺はヒューシュタット四従士とやらの1人、ナグ・ネムレスとしてここに立っている。」

ナグは戦いの構えをせず、クライドに語る。


「クライド。ヒューシュタットから手を引け。」

「断る。」

クライドは即答した。クライドにはやらなければならない使命がある。達成せねばならない依頼がある。

そのためにガジュールを討ち、ホウを救い、未踏の地に行かなければならないのだ。


「…あぁそうかよ、まぁそうだ。お前もネムレスの名を冠する者。お前も譲れない依頼がある。譲れない使命がある。そうだな?」

「そうだ。俺たちはギールから教わったはずだ。受けた依頼は必ず成し遂げ、いかなる理由があってもそれを折ることは認められない…とな。」

クライドはナグが今は戦いの意志が無いと判断し、構えを解いた。


「…嬉しいよ。ギールの教えをお前はまだ守っているんだな。」

「当然だ。ギールは俺たちの全てだったのだ。例え暗殺者を辞めた今でも、ギールが死んだ今でも、その全ては決して消えることは無い。」


「…クライド、旧友に免じて今回は見逃す。どうせそのうち、ガジュールを倒しに来るんだろ。その時…俺の前にお前が居るならば俺はお前を倒す。」

ナグは爪を前に出し、クライドを指さす。

「…お前が俺の前に立ちふさがるならば…例え友でも容赦はせん。それが俺たちの生き方だ。」

「…へっ、久々の殺し合いだ。楽しみに待ってるぜ。」


ナグはここは見逃すことを選んだようだ。

「…そうだ、レジェリーだっけ?お前のツレ。」

「…レジェリーを知っているのか?」

「あぁ。伝えとけよ。“手加減無用でかかってこい”ってな。」


ナグは微笑んで、ヒューシュタットの城へと戻って行った。


「…ナグ・ネムレス…ヒューシュタットめ……厄介な奴を味方にしたな…」

クライドはワープ装置を使い、大戦争地へ向かった。これはビライトたちが使ったワープ装置だ。


ヒューシュタット山脈のすぐそばにあるワープ装置まで一瞬で移動が出来る。


-------------------------------------------------------


大戦争地に基本的には人は住んでいないし、通行人すらほとんどいない。

故にクライドにとってはとても移動しやすい環境だ。

クライドは周囲を見渡した。

あちこちに廃屋があるが、奥の方に大きなドームのようなものが見える。


(…アレかもしれんな。)

クライドは気配察知の魔法を使用した。

建物周りにはオートマタの熱を複数確認した。

ドームの中までは察知できないので、近づかないと分からない。


感知できる範囲には生命の気配は感じない。どうやらオートマタに警備を任せているだけのようだ。


クライドは自身の気配を遮断し、ドームに向かって近づく。



ドームの上に飛び、割れている窓ガラスから中を覗く。

ドームの中はボロボロで、中は瓦礫だらけだ。植物が伝っており、長い間人の手は加わっていないことが分かる。


(…人の気配は…)

クライドは再び気配察知の魔法を使う。


(…1人居る…)

1人気配を感じた。だが、そこに力をあまり感じない。眠っているのか。だが気配を感じるということは、生きているということだ。


場所を探り、見える場所へ回り込む。


「…見つけた。」

クライドは真下から1人の人間を見つけた。だが、その人間は培養器のような容器の中に閉じ込められており、鎖で縛られている。

体のあちこちに管のようなものが通されていて、その繋ぎ目の皮膚がひどくただれている。金属の管を無理矢理身体に接続されているようだ。

(…間違いない。ヒューシュタット前王…ホウ・ワルト。)


死んではいないようだが、かなり衰弱している。

死なない程度にあの金属の管に栄養が送られているのだろうか。

ガジュールが王になってからずっとここに居ると考えるとそれが自然だ。放置されているならばとっくに死んでいるはずだからだ。


何故生かしているのかも謎であるが、クライドは更に、罠察知の魔法を使う。

クライドのすぐ目の前から既にセンサーの罠がセットされており、そこに触れしまうと警報が鳴る。

そしてあちこちにはオートマタがウロウロしている。

クライド単身でここに入りホウを救うのは難しいだろう。

クライドはホウの居場所と、ホウの生存を確かめることが出来た。クライドはオートマタに発見される前にドームを後にし、再びヒューシュタット都市部へと帰還した。


そして誰も人が来ないであろう路地裏に行き、使われていない廃ビルに入る。

そこで借りた本を広げ、ヒューシュタットの技術力を知り、コンピュータの操作法、アクセス法などを熟知するために日が暮れるまでそれを読む。

-------------------------------------------------------


日が暮れて夜になる。

クライドは改めて生産工場に出向いていた。


しかし、夜になってもオートマタの生産工場からは誰も出てこない。

どうやら休む間もなくずっと働かされているようだ。


(…このまま過労死する人間が大勢現れても不思議ではないな…いや、何かしらの増強剤でも投与されているのかもしれん。)


クライドはこれ以上の監視は不要と判断し、ヒューシュタットの住宅街で空き家を探し、そこで夜を過ごすことにした。

移動の際、高いビルを伝って飛び越えながら移動する。


無人なのにあらゆる場所の明かりがそのままになっており、それがどこか他とは違う美しい情景を生み出している。


クライドは市街地にて、ボロボロの空き家を見つけそこで眠りにつくまで本を読み、一夜を過ごした。

明日はファルトが迎えに来る。


そして明日はガジュール達敵側の城の調査だ。




-------------------------------------------------------



翌朝、クライドが起きて周囲の様子を確認するが、人の気配はない。

本当に夜通し働かされているようだ。



(…まったく、どうかしているな。しかしオートマタがあれだけの数あるのもうなずける。)


クライドは気配遮断の魔法で城まで接近する。

城というよりはビルのようなものなのだが、その高さはヒューシュタットのビル群の中ではずば抜けて高い。


偉い奴は大体上に居る。そう相場が決まっている。故に下の方であれば潜入も出来るかもしれない。

だがクライドはまず周辺を調べることにした。どこか城に繋がる地下道かなにかがあるかもしれないと睨んだからだ。


クライドは周囲に複数のオートマタを確認したため、物音を遮断し、気配、熱、あらゆる感知されそうな要素を切り崩し、探索をした。


そして…

(…このマンホール、怪しいな。)

クライドが目を付けたのは大きいマンホール。

他とは大きさが違う。

クライドはオートマタが周囲に居なくなったことを確認してからこっそりとマンホールの中に入る。


「…なるほど。」

そこは下水道。かなり大規模なものだ。悪臭が酷いが、通路もあり、その通路は城の下にも通っている。どこかに潜入出来る場所があるかもしれない。

クライドは城の方角へ向かい、上部を確認しながら歩く。


「…獣人にはなかなか手厳しい。正直鼻が曲がる臭いだ。」

クライドは嫌そうな顔をしながらも、何処か潜入できる場所を探す。


すると、とある場所の上部に地上に通じる穴があることを発見した。


クライドはそっとその穴に接近し、蓋を開ける。


(…建物の中…距離を考えるとビンゴか…)

周りには誰も居ない。念のため、罠感知の魔法を発動させるが、罠らしい罠は見つからない。


「…」

クライドはこっそりと中を探索。どうやらここは物置のようだ。

「何か有用なものがあるかもしれん。」

クライドは物置を調べることにした。


大体は使い古されたよく分からないものや、誇り被った何かだが…


「…これは…この建物の図面…?」

クライドは奥に埃被った紙を見つける。そこにはこの建物の設計図が記されていた。

何百ページにも及ぶ分厚いものであったが、この建物の構造を知るには絶好のものだ。


だが、埃被っているということは古いものかもしれない。ガジュールがこの城を改造しているならば、あまり意味を成さないかもしれないが、参考資料としては上出来だった。

この倉庫の場所を把握。ここはもちろん1階だ。


この建物は設計図通りならば、108階まで存在し、城の裏には非常階段もある。

そしてこの倉庫の隣にはエントランスがあり、エレベーターと呼ばれる上層に行くための機械が設置してあるようだ。


「このエレベーターとやらに乗ることが出来ればあっという間に上層だな…気配遮断と罠回避だけでいけるか怪しいものだが…」

幸いにも人間など、生命の気配は感じない。

だが、熱の気配は感じる。オートマタが複数体で守っているのだろう。


それに、これまでは人型のオートマタとばかり交戦しているが、ここは敵の本拠地。

きっとこれまでのオートマタとは違う何かが居るであろうとクライドは踏んでいる。


(…もう少し情報が欲しいが…これ以上の散策は危険か…)

クライドは機械の操作手段をある程度本で把握したので、端末の操作も出来ればしたかったが、機械には人の識別能力があり、恐らくクライドが触れた時点で不正アクセスとみなし、警報が鳴るだろう。


(戻ろう。ファルトが迎えに来る。)


クライドは気配遮断を維持したまま、ヒューシュタットの外に向けて移動を始めた。




城を離れ、守護者の森付近に到着するクライド。これまでのプレッシャーがひとまず抜けきり、ホッとしていた。

「クライド殿。」


森の茂みから大きな影。ファルトだ。


「来ていたのか。待たせたか?」

「いいや、大丈夫だ。それよりも、情報は集まったかい?」


「完璧とは言えないが…“希望”は掴んだ。」


「そうか。では早速ドラゴニアに戻り、報告しなければな。」

「あぁ。頼んだ。」


クライドは気配遮断魔法をファルトにかけ、ファルトに乗る。

ファルトは自慢のスピードで一気にドラゴニアに向けて飛ぶ。



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半日ほど経過し、ドラゴニアに戻ってきたクライドは早速ビライトたちに報告を入れていた。


作戦会議室を利用し、そこにビライト、キッカ、レジェリー、ヴァゴウ、ボルドーの5人が集まった。




ホウが大戦争地で囚われていて、生存していること。

ヒューシュタットはオートマタの生産を24時間行っていること。


そして、城への潜入と城の構造。




クライドが持ち帰った限りの情報を提供した。




「…以上が調査結果だ。」


「凄い…この短時間でこれだけの情報があるなんて…流石クライドだな…」

ビライトは予想以上に大きな収穫で驚いている。


「俺だけの力ではない。助け舟を出してくれた竜人が居た。」

「それって…!」

レジェリーはハッとした。

皆は心当たりがあった。


恐らく、アリエラだろう。図書館で出会ったとのことであるならば、きっとそうに違いない。


「またアリエラさんに助けられちゃったんだね…」


「やはり知り合いか。奴は…いいや、やめておこう。」

クライドは何かを言いかけたが、話を戻す。


「城に関してはそこまで有意な情報は得られなかったが、どうにかこのエレベーターという機械に乗ることが出来れば一気に上まで移動出来るようだ。」


クライドはエントランスの図面の奥側を指す。このエレベーターでは、100階ぐらいまで一気に上がることが出来るようで、それより上層は階段を利用して昇っていく仕組みのようだ。

無論、ガジュールによって改造が施されていれば分からないのだが…



「まずは気配遮断で一気にエレベーターまで移動する。可能であればオートマタは避けて通るぞ。」

オートマタに見つかれば確実に警報が鳴る。そうなれば一気にオートマタに襲われてしまう可能性がある。あくまでも忍び込みによる作戦だ。


「なんつーかよ。サマスコールの時と一緒だな。」

ヴァゴウが言う。


「そうだ、サマスコールの時とは規模が違うがな。だが100階まで気づかれずに上がることが出来れば上出来だ。」



「大体の作戦が決まったみてぇだな。」

ボルドーも内容を聞きながら、把握をした。


「みんな、聞いてくれ。」

ボルドーの声にビライトたちがボルドーを見る。


「今回の戦いには俺様たち6人で潜入する。数が少ない方が目立たずに済むからな。だが一応確認しておきたい。」

ボルドーは皆の顔を見てから語りだす。


「人数は少なかれ、これは紛れもなく“戦争”だ。」


そう。これは戦争だ。既にドラゴニアは壊滅的な被害を受けている。

そして今度はこちらがヒューシュタットに攻める番だ。


「だが、俺様は誰も殺したくはないし、誰も死なせたくはないと思っている。残りの四従士もガジュールも全員とっ捕まえて我が国の法で裁き、罪を償わせたいと考えている。」


「―――だが、場合によっては…誰かを殺すことになるかもしれねぇ。それだけじゃねぇ。俺様たちの命の保証もねぇ。辞めるなら今のうちだぞ。」


ボルドーは今回の戦いは今までにないほど危険なものだと思っている。ビライトたちもそれは同じ気持ちであろうが、ボルドーは改めて皆に覚悟を聞いておきたかった。


「今更です。ボルドー様。」

レジェリーが言う。


「あたしはヒューシュタットを許せない。絶対に。だからこの手が汚れることになったって構わない。でも、ボルドー様が誰も殺したくないならあたしもそれを尊重します。」

レジェリーはボルドーに自分の気持ちを伝えた。

「レジェリー…」

「世界一素敵な魔法使いになろうとしてるのに、誰かを殺しちゃうなんてそれはそれで夢が遠のいちゃうし。」



「俺たちもヒューシュタットは許せないよ。このままにしておくなんて出来ない。俺たちのためでもあるけど…でも、ドラゴニアを守りたい。ワービルトを守りたい。この気持ちは絶対に変わらない。」

「うん、みんなで守りたい。」

ビライトとキッカも自信の意志を伝える。

「ビライト…キッカも何か言ってるか?」

「みんなで守りたいって。」

「そうか。ありがとな。頼りにしてるぜ。」



「ボルドー、ワシらが行かなくてもお前は行くんだろ?」

「もちろんだ。」

「だったらワシも一緒だ。お前がワシを一人にしなかったように、ワシもお前を一人にはさせねぇよ。」

ヴァゴウは笑って見せた。

「へっ、嬉しいねぇ。ありがとうよ。」

ボルドーとヴァゴウは握手を交わした。


「それぞれの覚悟は決まっているようだ。では翌日、ファルトに乗りヒューシュタットへ向かう。作戦は――――――――――――」








戦いが始まろうとしている。

誰も死なない。誰も死なせないための少人数の戦争が明日、幕を開ける。


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決戦前の夜。

アルーラはドラゴニアの郊外を散歩していた。


そこに居たのには意味があった。


「…声が聞こえたから来てみましたが…何をされているのですか…見られたら大ごとですよ。」


「はは、悪い悪い。久しぶりだなポット。」


「そちらの名で呼ぶのはおやめください。わざわざ苗字にするのにも慣れましたがね…私はこちらではアルーラで通っていますので。」

「ハイハイ、アルーラね。」


アルーラは誰かと待ち合わせをしていたようだ。

その相手は黒い体色をしているため、夜の背景と同化していてよく姿が見えない。


「いよいよ、彼らがヒューシュタットに突入します。ガジュールを打ち倒すために。」

「そうだな…上手くいけばいいがな…このあり余り過ぎた力を使わなくてもいいなら、それが一番良い。」


「まさか…

“世界不干渉のルール”が解除されたのですか…!?」


「今回だけな。特例だ。だが条件を付けられたよ。奴らがガジュールを仕留めそこなって逃がした時のみ、特例が適用される。」


「…そうなった場合、あなたはガジュールを殺すことになる。」

アルーラは少し悲しそうな顔を見せる。


「構わないさ。どうせこの手は血で汚れている。1人2人殺したところで何も変わらんさ。」


「…相変わらず悲観的だ。私はもうあなたの手を血で染めさせたくはないのです。」

「―――ありがとな。けど、ガジュールには因縁がある。奴らが決着を付けられないなら…俺が手を下す。そのチャンスを貰えたんだ。」


黒い存在は小さく微笑んだ。

「…実行されるときはなるべく大ごとにならさらぬようにお願いしますよ。」


「それは“アイツ”次第さ。そうだろ?」

(―――善処する)

異なる声が低い声で小さく響く。


「…善処なさってください。あなたの存在そのものが“世界の抑止力”なのですから」



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一方ヒューシュタットでは



「ガジュール様、侵入者が居た模様です。」

「知っている。」


「は。申し訳ありません。」


そこに居たのはガジュールとシルバー、そしてブロンズ。



「私には全てが見えている。知っているうえで泳がせた。それに侵入者が持ち帰った物はここでは役には立たぬ。気にせずとも良い。」


「ありがとうございます。しかし、奴らは間もなく攻めてくるでしょう。どうなさるおつもりで?」

ブロンズがガジュールに言う。


「どう来ようが何も変わらぬ。ただ、迎え撃つだけだ。特に100階以上には全てのオートマタを結集させ、この城に配置しろ。厳重にだ。」


「畏まりました。ガジュール様。」

シルバーは早速、オートマタのコントロールを操作し始めた。


「ホウはどうされますか?奴らは彼の救出も考えていると思われますが。」

「放っておけ。どのみちここで全て処分するのだ。」

「畏まりました。」


「そしてお前たちも奴らを迎え撃て。ナグにも伝えておけ。」

「畏まりました。」


ブロンズは端末を使い、伝令を出す。


「誰が来ようと同じ事。私の計画に狂いはない。」

ガジュールは不敵な笑みを浮かべる。


「世界は我がものとなる。“かつての私”が出来なかった悲願、必ず果たしてみせる。」



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