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Delighting World  作者: ゼル
第一章 旅立ち編 ~まだ見ぬ地を目指して~
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Delighting World Ⅳ


キッカの身体を探し出す旅。情報を集めるために世界最大の都市、ヒューシュタットにやってきたビライト、ヴァゴウ、キッカの3人。


ヒューシュタットに配置されている転送装置を使い、中心部に辿り着くが、キッカが突然体調の不調を訴えた。

徐々に弱っていくキッカ。病院を探すがヒューシュタットの住民は全く相手にしてくれなかった。

そして、謎の獣人の登場。キッカを治す鍵になると、魔法使いであり人間の女性レジェリーを託されたヴァゴウは半信半疑でキッカのもとへと連れていく。

そしてレジェリーの協力もあり、無事に元気になったキッカ。

レジェリーも旅の仲間として加わることになり、いよいよビライトたちの情報収集が本格的に始まる。

ヒューシュタット中央部に存在する世界の知識と歴史が集う巨大図書館。

ビライトたちの最初の目的地である…


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「相変わらずみんな死んだ目をしてやがる」

ヴァゴウはやれやれと頭を抱える

「今のヒューシュタットは胸糞悪くて仕方ねぇ…」

ヴァゴウはどうやら今のヒューシュタットのような、親切もない、活気もない、ただ皆が死んだ目で労働に勤しんでいる。

そんな雰囲気にいよいよ嫌気がさしていた。昨日も散々嫌がられ、そして断られ続け、しまいには話しかけるなとも言われまくる始末。

誰だって良い気分ではないだろう。


「俺も昨日はキッカのことでいっぱいだったから気が付かなかったが…これはなかなかに…」

「でもこれがヒューシュタットの常識なんだね…」

世界にはいろいろなところがある。これもまた世界の一部である。

ビライトとキッカはそう考えていた。だが、困っている人に手を貸さない人たちしか居ないこの都市は、本当に気分の良いものではない。

複雑な想いを胸に秘めながらビライトたちは自力で図書館を探し出すことが出来た。


「ここが図書館…大きい…!」

まるで神殿のように縦にも横にも長い長い階段の先に、宮殿のような超巨大な縦長の建物。

入り口には人間の鎧をまとった騎士の石像が2体配置され、その手に持たれた燭台には火が灯る。


「しかし…人があまり居ないようだなァ…見るからに冒険者…って奴らが居るぐらいか。」

ヒューシュタットの人間はもちろんこんなところには足を運ぶことなどない。

だとしたらここに来るのは外からくる者だけだということだ。

そして現状のヒューシュタットならば、あまり行きたがらないだろう。故にこの客の少なさなのだろう。


「とにかく入ってみよう。」

ビライトたちはまずは図書館に入ってみることにした。



「うわぁ!」

キッカは入った瞬間につい声を出してしまった。

そう、広く、壁には見渡す限りの本、本、本。

中央に螺旋階段があり、それは見えなくなるほどに続いている。何階建てなのだろう。そう思うぐらいの螺旋階段。

その階段の壁にも本棚。

何万冊?いや、何十万冊あるのか。それほどまでにこの図書館には膨大な本が存在する。

さすが世界中の知識が集まる場所。シンセライズ、そして世界統合前の世界の数々の古い古い歴史を描く古文書だったり、料理の本から生物図鑑まで、数多くのカテゴリー。

まさに本の虫にはたまらない究極の場所。

知識を蓄えることが好きなキッカとしては、この場所はまさに理想の場所なのだ。


「凄い!凄いよお兄ちゃん!」

「あ、あぁ…これは驚いた…一体何冊あるんだ…?」


「さ、とにかく片っ端から情報を集めましょ。」


ビライトとキッカ、レジェリー、ヴァゴウで3手に分かれて図書館を探索した。


インフォメーションを見る限りだと、一部の特待人はデータベースから本を検索したり出来るらしいが、来たばかりのビライトたちにはもちろんそんなものは使えない。

手探りでとにかくしらみつぶしに見てみるほか、手立てはない。


レジェリーとヴァゴウはわりと手早く回れているが、ビライトはキッカがあれはなに?これはなに?と興味が絶えない為、なかなか進めずにいた。

「これ読みたい!」

「あーこれも読みたい~!」

キッカは物に触れることが出来ない。ビライトを通してでないと見ることが出来ないのだ。

「キッカ、俺は2人以上居ないぞ?」

「う~…分かってるけどぉ~…」

キッカは自分に物が触れたらと、ガッカリしている。

「どうしても読みたいものは俺が読んでやるから厳選してくれよな。」

「は~い」

「身体取り戻したらまた来ような。」

「うん、約束だからね!」


--------------------------------------------------------------------------------------------




図書館は広い。レジェリーは図書館の2階。ヴァゴウは3階。ビライトとキッカは1階を探した。そしてこの図書館は5階建て。

最終的に5階で合流しようという形になった。

見渡す限り本、本、本。

この中からイビルライズにかかわるかもしれないものを探さなければならないのはとても骨が折れるが…

データベースが使えればまだ簡単だったかもしれないが、ビライトたちにはそんなものは使えない。


「…」(イビルライズ…それって…世界統合前からあるものなのか?それとも出来たばかりの何処かなのか?)

ビライトは考えた。もしイビルライズが太古の昔から存在しているものだとすれば、古い歴史の本がヒントになるかもしれない。

「…見てみるか。」

ビライトは歴史の本、それも世界統合前の歴史が書かれているようなはるか昔の歴史書をあたってみることにした。

数もさほど多くはないので探すのに手間取りそうだが、はるばるここまで来たのだから多少無理をしてでも成果をあげたい。小さなヒントでもノーヒントより遥かにマシだ。


「このあたりが古文書エリアかな。」

レジェリーは2階で、ビライトたちと同じく、古文書をあたっていた。

「…イビルライズか……ううん、まさかね。」

レジェリーは何かを考えているようだが、今は何も考えまいとしている。彼女には何か心当たりがあるのかもしれない。しかしそれを口に出すことはなかった。


(でもあたしの読みが正しいならきっと。)

レジェリーはそう思いながら古文書を見て回る。


3階のヴァゴウはシンセライズの歴史本を中心に探していた。ビライトとレジェリーは古代を。ヴァゴウは近代の歴史を探していた。

(フーム…難しくさーっぱりだぜ)

見ても文字だらけで頭が痛くなりそうだった。ヴァゴウはもともとこういうのは性に合わない様子。

(聞いたことがない名前だからなァ…もしかしたら…”未踏の地”に存在するものかもしれんな…)


3手に分かれてから1時間。4人はひとまず5階で合流した。

5階には本だけでなく、テラスがあり、そこで会話をすることができる。

もちろん本の持ちこみも可能だ。

ビライトたちはそれぞれ参考になりそうな本を複数冊持ち、皆で持ち寄った。


「俺とキッカは世界統合前の歴史を調べてみた。」

ビライトは統合前の世界の歴史が書かれた古い歴史書を数冊持ってきていた。

「イビルライズはいつから存在しているのか。それが気になったんだよね。」

「あぁ。だから古い歴史を知れば何かわかるかもって思ってな。」


「あたしもビライトと大体同じかなー。」

レジェリーもまたビライトと異なる統合前の歴史書を複数冊所持していた。


「ワシは統合後の方向で見てみたが…読むのは苦手でな。解析は任せる!!」

ヴァゴウは統合後の歴史や世界の地図など、地理的な本も混ぜて持ってきていた。


「よし、これらを見て何か参考になりそうなものはみんなで共有しよう。」



ビライト、キッカ、レジェリーは本を読み始める。

ヴァゴウも読もうと試みたがやはり性に合わないようですぐに飽きてしまい、フラフラとテラスをうろついて5階から見えるヒューシュタットの風景を見ては、歩く人びとの姿を見ては不機嫌な顔をした。



本を読み進めていく中で、ビライトは様々な歴史を知った。

統合前の世界には様々な困難や危機があり、その度に誰かがその絶望を救ってきた。

中には滅びてしまった文明や歴史も数多く存在し、その多くの歴史をたどってきた多くの世界が集まったのがこのシンセライズという自分たちの世界である。


「色んな歴史が重なり合って、一つの世界が生まれ…そしてその中でまた新しい歴史が生まれている。そうやってこの世界は生き続けているんだ。」

ビライトとキッカ読めば読むほど世界の歴史に深く入り込んでいく。

「ちょっとーなぁにその姿勢?ちゃんと正しく読まないと後で身体痛めちゃうわよ。」

「ん、あぁ。ごめんごめん。つい。」

レジェリーから見るとかなりの猫背気味になるほど読みふけっていたようだ。

それほどこの世界のことを知るのが楽しいのだろう。キッカもとても楽しそうだ。

「こんなに難しい歴史の本をあーんなに元気に読んでる人、なかなか居ないわよ。」


やれやれと、自分のペースで歴史書を読むレジェリー。


それからしばらくいろんな本を読み漁るが、イビルライズに関しての情報は皆無だった。

背伸びをしては読み、少し休憩しては読み、それでも情報は見つからない。そんな時だった。



「こんにちは。」

「?」


声が聞こえる。

ふと、顔を上げると、そこには竜人の女性。とても大人びた顔をしており、澄んだ水色の肌を持っていて、何処か普通の竜人とは違うような雰囲気を漂わせている。


「私はアリエラ。この図書館で働いているのだけど…あなたたち、とても真剣に調べ物をしているようだけど、何を調べているの?」

竜人の名はアリエラ。この図書館で働いているらしい。


「行かなければいけない場所があるんです。でもそれが何処にあるのか分からなくて…」

ビライトが言う。


「なるほど、それはどんなところかしら?」

「”イビルライズ”…っていうんだけど」

レジェリーがそう言うと、アリエラは少しだけ目を動かし、すぐに首を横に振った。

「…私も知らないわ。でもみんなが知らない場所って言えば…私たちの世界では何て呼ばれているかしらね?」



「…未踏の地?」

レジェリーが言う。

「そうね、誰も知らない場所ならば、それはきっと未踏の地の何処かにあるかもしれないわね。」

アリエラは、目の前に魔蔵庫を展開。


「あっ、魔蔵書庫。」

キッカは言う。

「あら、詳しいのね、精霊さん。」

「あっ、あはは。」

アリエラにもキッカが見えている。そして都合がいいことに精霊と思われている。


魔蔵書庫。

限られた人物しか持てない世界中の図書館の本を、登録されたデータベースを参照して好きに出し入れできる魔蔵庫。


「あなたたち、未踏の地について何処まで知ってる?」

「聞いたことはあるけどあんまり…オッサンやレジェリーはどうだろう。」

「ヴァゴウさんずーっとふらついててどっか行っちゃったわよ。」

落ち着きのないヴァゴウはふらふらと何処かへ行ってしまったようだ。

仕方なくレジェリーが答える。



「未踏の地ってのは名の通り、まだ私たち知的生物が踏み入れていない土地のことね。ヒューシュタットの北にドラゴンの集落があることは知ってるわよね。あそこより北は全部未踏の地よ。」

「そう、未踏の地にはとても凶暴で強力な魔物がたくさん生息している。だから未だその先は謎に包まれているの。あなた達が探している場所、もしかしたら…その先にあるんじゃないかしら?」

アリエラはその澄んだ水色の瞳でキッカを見る。


「そうだね。そうかもしれない。アリエラさんがそう言うと本当にそうかもって思っちゃう。」

「あら、あくまで憶測よ。それにしても…あなたたち面白いわね。私気に入っちゃった。」


アリエラはビライトの手に触れる。


「えっ、おっ?」

ビライトの手には魔法の紋章が出現していた。

これは紛れもなく魔蔵庫だった。

それもただの魔蔵庫ではない。魔蔵書庫だ。


「こ、これって魔蔵書庫じゃない!どうして!?」

レジェリーは驚いてアリエラに聞く。


「面白い話聞かせてもらったからそのお礼よ。貴方たちはこんなところで調べものばっかりしている人たちじゃないわ。旅の途中にでも調べ物が出来るように私からのプレゼントよ。」

アリエラは笑顔で言った。


「い、良いのか?これ、本当にわずかな人たちしか持ってないものなのに。」

「良いのよ。こう見えて私、この図書館の中では結構偉い人なんだから、フフ。」


「あ、ありがとうございます、アリエラさん!お兄ちゃん、旅の合間に色々な本、読みたいな!」

キッカが嬉しそうに跳ね回るものだから、ビライトもありがたく受け取るしかなく…

「わ、分かった。ありがたく受け取るよ。」


「素直でよろしい。とにかくまずは未踏の地を目指してみてはどうかしら?未踏の地に入るには条件があるから一筋縄じゃいかないけど。」

「条件?」

「あんたほんと何も知らないのね。」

レジェリーが解説してくれるようだ。


「未踏の地は危険な場所なの。だから必ず関所を通って入らないといけない。そしてその関所を超えるには必ず世界三大国家の王から許可証をもらわないといけないのよ。」


世界三大国家。

このシンセイライズにある大きな国3つを指す。


まずは今、ビライト達がいる”知識の都市・ヒューシュタット”。

そして南部にある”竜と魔法の都市・ドラゴニア”。西部にある”獣人貿易国家・ワービルト”

この3つが世界三大国家と呼ばれている。


「王から許可を貰うのか…それって結構大変だよな…そもそも王様とどうやって会うんだよ…」

最もだ。ただの冒険者が国の王に会えるなど、なかなか考えにくい話だ。

「まぁそうよね。だったらまずはドラゴニアを目指すといいわ。」

アリエラは提案する。

「ドラゴニアの王はとても寛大よ。きっと話を聞いてくれるはず。きっと間違いないわ。」

同じ竜人だからわかるのか、アリエラは太鼓判を押すように自信をもって言う。


「でも、俺たち今ヒューシュタットに居るんだからヒューシュタットの王に先に会えるように行動したほうが良いんじゃないか?」

ビライトは言う。


「うーん…それはやめたほうが良いかも。」

アリエラは表情を曇らせて言う。

「あなたたちも見たと思うけど、今ヒューシュタットは様子がおかしいの。人々の目は死んでしまい、この図書館のテラスも人でにぎわっていたのに、今は冒険者がたまに訪れるぐらい。この国は何かがおかしいの。それはきっと王が何かをしている。」

アリエラはヒューシュタットの王が居る建物の方角を見つめて言う。

「つまり…今の現状許可証を貰うのは難しいってことね。」

「そう。そしてドラゴニア王と上手く取り合うことができれば、ワービルトやヒューシュタットの王とコンタクトが取れるかもしれないわ。」

「なるほど、同じ立場から交渉すればうまくいくかもしれないってことか。」

「ご明察。」


方向性が決まった。


まずイビルライズがある場所は未踏の地かもしれないということ。

誰も聞いたことがない。本にも載っていない。それならば未踏の地の可能性が高いこと。

そして、その未踏の地へ行くには世界三大国家の王からそれぞれ許可証を貰わなければならないということ。

まずは南部にあるドラゴニアを目指し、アリエラ曰く寛大な王からまず許可証を貰い、そのつながりで他の王にもコンタクトを取れるようになるかもしれないということ。


「決まったな。まずはドラゴニアを目指そう。」

「うん!楽しみだね!」


「フフッ、元気があって良いわね。」


「でもアリエラさん、どうして私たちにここまでしてくれたの?」

レジェリーはアリエラに尋ねた。

見知らぬ自分たちに魔蔵書庫をあげたり、情報を提供をしたり。

レジェリーは疑うわけではないが、不思議に思っていた。


「さぁ、どうしてかしらね。そうやって一生懸命に頑張ってる子を見ると、応援したくなっちゃうのかしらね。」


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「方向性が決まったし、魔蔵書庫っていう思わぬ収穫もあったし、早速ドラゴニアを目指そうか。」

「そうね、でもその前にヴァゴウさん探さないと。」

「オッサン、何処行ったんだ?」


ビライトはあたりを見渡す。しかし、このフロアには居ない様子。

「オッサン、もう外で待ってるかもしれないな。」

「1階に降りてみようよ。」

「そうだな、アリエラさん、魔蔵書庫ありがとうございました。」

ビライトたちは立ち上がってアリエラを見てお礼を言う。

「気を付けてね。貴方たちならきっと辿り着けるわよ。」

アリエラは笑顔で言う。

そしてアリエラはキッカの傍へ。





(キッカちゃん、貴方の身体はきっと無事。イビルライズに負けないように頑張ってね。)



「えっ…?」


キッカにしか聞こえないほど小さな声。

その小さな囁きを聞いたキッカはビライトの身体が離れると同時にアリエラから離れていく。



「フフフ、なかなか面白い子に目を付けたわね…イビルライズ。でも。」






”あんたの好きにはさせない”




アリエラの透き通る目が汚れていく。その目はまるで邪神のようなするどく厳しい目。

その瞳はこれから旅立つ青年たちを見送った。


「頑張りなさい。”イビルライズとシンセライズに選ばれた者たち”。」




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キッカのアリエラを気にする姿は誰も気にすることなくビライトたちは1階へ。

出口にはヴァゴウは壁に背中をつけて待っていた。


「よ、調べ物は終わったか?」

「あぁ、思わぬ収穫があったよ。」

ビライトはヴァゴウに起こったことを説明した。


「へぇ~このヒューシュタットにもまともな奴が居たんだな。この図書館で働いてる奴らもみんな目が死んでるやつらばかりだったが、マトモなのも居たのかァ。」

ヴァゴウはこのヒューシュタットの都市自体にとても辛辣である。

よっぽどこと都市の雰囲気が苦手で不快なのだろう。


「とにかく、ドラゴニアを目指そう。」

「そうだな、早くこの都市を出てェ。」


図書館を離れ、一行は都市の南へ向かう。

町を見ながら興味津々なキッカ。

何でも興味津々なのねとレジェリーは微笑む。

そしてさっさとここを出たくてたまらないヴァゴウ

あまり息はあっていない感じはするが、まずはドラゴニアへ。

ビライトたちは先を急ぐ。


が…



「…やばいぞキッカ。」

「えっ?何が?」


「迷った。」

「ええっ!?」

町に見惚れていたキッカは我に返りあたりを見渡す。

そう、ヴァゴウもレジェリーも居ないのだ。


「完全にやらかした…」


方向音痴という自覚は無い。だが今、ビライトたちは間違いなく迷子である。


気のせいか、方角も南ではなく北に向かっているような気がする。

しかし、方角もわからない以上、とにかく向かう先は真っすぐに。


この場でじっとしているのが得策だというのに、ビライトたちは慌てているのかどんどん前へ進んでいく。


そしてたどり着いたのは…


「ここは…」


ビライトたちがたどり着いた場所。

そこは今までの巨大なビルが並んでいるヒューシュタットとは大違いの場所。むしろ真逆だ。


ボロボロで今にも崩れそうな家屋が並び、道も舗装されておらず凸凹の道。

緑の草すら生えておらず、土は腐っているような色をしている。

悪臭もし、なんとも見ていられないほどに酷い場所だった。


そこにはうずくまる人、ヒューシュタットとは違う意味で目が死んでいる人々が力なく歩いている。


「ここ…スラム街…」

「…」

ビライトたちは何度見てもだが、スラム街を見てなんとも言えない気持ちになった。


「世界にはこんな場所も存在するんだな…それにここも同じヒューシュタットなはずなのに…」

ビライトとキッカがたどり着いた場所。それはヒューシュタットの北部に位置する場所。

ヒューシュタットの吹き溜まりであるスラム街であった。


2人はただこのスラム街のあり様に落胆するしかなかった。

山脈で見た美しい景色、そして図書館での親切な人。

そして生物の知識の結晶ともいえるこの高度文明の都市。

そんな世界には素敵なものがある中でこのような場所がある。

そこで人々が苦しんでいる。


そんな世界があるのだと。



「俺たち反対側に歩いていたのか…」

「じゃぁ反対側の道を歩き続けたら南に行けるね。急いでヴァゴウさんとレジェリーと合流しないと!」

「そ、そうだな。行こう。」


ビライトたちが反対側を振り向いた次の瞬間だ。


「いただきっ!」


「えっ!?」

「なっ!?」



ビライトが持っていた金銭が入った袋が無い。

目の前にはそれを持ち逃げる子供。

見たところ竜人のようだが、履いている半ズボンから見える下半身は獣人そのもの。

恐らく目に見えて分かる混血だろう。



「ま、待て!」

ビライトは追いかける。


「捕まるかよ!!」

子供は逃げる。

意外と速い。獣人の血が混じっているからであろうが、このままでは見失ってしまう。

「くっ、仕方ない!エンハンスだ!」

ビライトは魔力を開放。

力を高めたビライトの大剣の一振りで大地が小さな揺れを起こす。

「わわ!?」

「キッカ!」

「うん!」

キッカは速度が速くなる補助魔法をかけた。

ビライトは子供に飛び掛かり、動きを止めた。


「つっ…捕まえたぞ!」

「ち、ちくしょう!離せよッ!」


暴れまわる子供。

だがビライトの方が力は上だ。

子供を抑え込んで、金銭を取り返した。


「…スラムの子供か?」

「…」

子供は観念したのか暴れるのをやめた。


「理由はなんとなく分かるけど…人のものを奪うのは良くないだろ。」

「…ああ、そうだよ。お金が無いから人から奪った。」

混血の子供は素直に白状した。


「…お兄ちゃん、子供がしたことだから許してあげようよ。」

キッカは言う。

「そうだな、許してやるから理由を話してくれよ。そしたらこの拘束も解いてやるからさ。」

「…分かったよ…」

子供は納得し、ビライトは子供から手を離した。

「ここは目立つ、移動しよう。」

スラム街の人々が見ている。

ビライトたちはひとまず場所を移すことにした。


スラムで知り合った泥棒の混血の子供。

彼と出会ったことでビライトたちはさらにこの世界の深い闇を。そしてこのヒューシュタットで起こっている現実を目の当たりにするのだった…






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