Delighting World ⅩⅩⅩ
Delighting World ⅩⅩⅩ
ワービルト王のヴォロッドは、未踏の地の許可証を渡す条件として、修行を経て強くなり、手合わせをして勝てという条件を出されたビライトたち。
これから5日間。ボルドーの導きと共に、修行を行うことになる。
ワービルト上層から北部に位置する境界の山脈。
未踏の地との境目にあることからそう呼ばれている。
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王に修行を言い渡された次の日から修行は始まる。
その日一行はそれぞれがワービルトを見守ったり、身体を休めたり、それぞれの過ごし方をした。
だが、ヴァゴウだけは修行に伴う形で武器工房に向かっていた。
「…と、いうわけなんだ。構わないか?」
「あぁ、あのヴァゴウさんの武器造りを見られるなんて光栄だ。」
そう、ヴァゴウは武器を作ろうとしていた。
それは自分の武器ではない。
ビライト、レジェリー、クライド。
3人の武器だった。
ビライトたちの少しでも役に立てばと思っているヴァゴウ。
それにヴァゴウは前にワービルトに着いたら武器を作ってやると約束をしていた。
「うっし、はじめっか。」
久しぶりに握る工具、久しぶりに感じる武器造りの空気。
ヴァゴウはやはり職人なのだろう。とても高まった気持ちを込めて、武器を作り始めた。
これから修行の合間を使い、ヴァゴウは5日以内に3人の武器を作ることを考えた。
(ワシに出来ることを精いっぱいやるんだ。それがワシに出来る…迷惑料だ。)
ヴァゴウは自身の潜血覚醒の事故のことを少しでも贖罪したいと思っているのだ。
誰も気にしないということは分かっていても自分の中でのケジメを付けたいと思っていたのだ。
元々してあった約束に、責任という重みを乗せて、ヴァゴウは武器を作る。
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そして修行初日。
洞窟に全員が移動し、いよいよ修行が始まろうとしていた。
レジェリーは自身の修行方法を分かっていたので、颯爽と洞窟の奥に向かって走っていった。
他のメンバーは入り口の建物に集合していた。
「私、魔法書読んでるね。」
キッカは魔蔵書庫から魔法の本を読み始めた。
魔法書は魔法を覚えるための教科書のようなものだ。
そこには魔法の発動の仕方や、覚え方などが記載されている。
勿論それに伴って必要なものは魔力。そしてそれを繰り返して覚えていく力だ。
「さて、じゃぁビライトとヴァゴウは俺様とだな。」
ボルドーはまずヴァゴウの方に顔を向ける。
「ヴァゴウ、武器はどんなもんがある?」
「おう、出そうか?」
「いんや、無理しなくていい。魔力使うだろ。名称で構わねぇぜ。」
「そうか。なら…」
ヴァゴウはメモ紙を取り出した。
そこにヴァゴウは今自分が所有している武器防具を描き始めた。
正確な数も大方把握しているようだ。
「さて、描いてる間にビライト。お前はやっぱりエンハンスが戦いにおいて必要な要素だ。俺様のエンハンスは1段階で大幅に強化できるタイプだが、ビライト。お前のタイプは重ね掛けをするタイプだな。」
「うん。でも今の俺には2段階までが限界だ。かけすぎると大きな負担がかかるから。」
ビライトは2段階目まで行くと大きく身体に負担をかけてしまう。
「しかしビライトのような重ね掛けをするエンハンスはどのエンハンスよりも強力だ。もし3段階まで重ね掛けすることが出来れば俺様以上に強力な力を引き出すことが出来るだろうよ。」
ビライトの現状は2段階まで。そしてその2段階を発動させるのにもリスクがあるという状況だ。
「そこでだ。ビライトはエンハンスに耐えられるだけの身体を作る必要があってことだ。」
「そっか…」
「よしビライト!お前は最初の3日間はひたすら身体を鍛えろ!魔物と戦うも良し。崖登るも良し。筋トレするも良しッ!残りはそん時にまた考えるぞ。」
「よ、よし!分かった!キッカ!俺外に出る!」
「あっ、うん!」
ビライトとキッカは遠くに離れることは出来ないので、キッカは魔法書を閉じてビライトについていく。
「出来たぜ。」
その同じころ、ヴァゴウは紙を描き終えてボルドーに渡す。
「フム、剣に斧に弓に盾に…おっ、銃もあるじゃねぇか。」
「おう、ヒューシュタットで買った。ちなみにビライトとレジェリーも銃を持ってるぞ。サマスコールで渡してやったからな。」
ヴァゴウはサマスコールでの市長の家に潜入するときに銃を買っている。それはビライトとレジェリーにあげていた。
ヴァゴウはヴァゴウでヒューシュタットで銃を購入していた。
「そうだな…ヴァゴウ、この魔法覚えてみる気はねぇか?」
ボルドーは魔蔵庫から本を取り出す。
そしてそれをヴァゴウに見せる。
ヴァゴウはそれを手に取り読み始める。
「…ふーん…なるほど…”物を浮かせて飛ばす魔法”…か。」
「おう。武器を一度に複数出して浮かせて敵に向けて放つ…面白れぇと思わねぇか?」
ボルドーはヴァゴウに新しい魔法を覚えるように提案した。
「お前の魔限値はあの潜血覚醒の時から更に上がってる。クルトがそう言ってたからな。今なら何十本と武器を同時に出すぐらい容易いだろう。」
「…みてぇだな。まぁもうあんな姿になるのは御免だがな。」
ヴァゴウは潜血覚醒を起こした時から更に能力が上がっているらしい。
潜血覚醒を起こした時のヴァゴウは魔力感知が出来るレジェリーやボルドーを驚かせるほどに強大な魔力の上昇を感じていた。
その影響で強制的に魔限値が底上げされたようだ。
今のヴァゴウはドラゴンと対等とまではいかないが、ドラゴンの次に魔力が高いと言われている人間と同じかそれ以上ぐらいの魔限値と魔力を所有している。
だがヴァゴウは迷っているのか、潜血覚醒という言葉が引っかかったのか少し複雑そうな顔をしている。
「思い出したくねぇか?だとしたら悪かった。」
ボルドーは少し迷うヴァゴウの顔を見て謝った。
「いや、そういうわけじゃねぇよ。気を遣わせちまった。あぁ、そうだよ。そういうわけじゃねぇんだ。」
「話してみろよ。」
「…だな。」
ヴァゴウは今考えていることを正直に話した。
「ワシは不本意だが確かに強くなってるのかもしれねぇ。それはワシ自身も感じてるのさ。」
「おう。」
ボルドーは頷く。
「けどな、ちょっと怖ぇんだ。またもう一度あの姿になっちまったらよ。もっと恐ろしいことになるんじゃねぇかってな。ガハハ、かっこわりぃけどよ。そんな弱気な気持ちになっちまうんだ。」
「そうか。話してくれてありがとよ。」
ボルドーは微笑んでヴァゴウの肩を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。どんなことがあっても俺様や、皆が居るだろ。」
「…だなッ。」
「それによ、お前に強い意志があればきっともうあんなことは起きねぇ。なんならあの姿を自分のものにしちまうぐらい強くなりゃいいのさ。」
「ワシに出来ると思うか?」
「おう、お前の強さを俺様が保証する。だからよ、頑張ってみねぇか?その力、誰かの為に役立ててみねぇか?」
ヴァゴウは少しだけ考えた。
だが、もう答えは決まったようなものだった。
「…」(だよな、怯えてても何も始まらねぇよな。)
「どうだ?」
「…いいぜ。やってみてやろうじゃねぇの。それに面白そうだしなッ」
ヴァゴウは少しだけ迷っていたようだが、ボルドーからの提案だ。ヴァゴウは笑ってその提案を受けた。
「ようし、この魔法書はくれてやる。そいつで魔法を会得しな。俺様はちょっくらメルシィにキッカの指導を頼めるか聞いてくるぜ。」
ボルドーはそう言って、建物を出て、そのまま洞窟の出口へ。ワービルト上層に戻って行った。
「…呪われた力…だが…それがアイツらの為に役立つなら…だよな。よっし、魔法書なんて読んだことねぇけど頑張ってみっか!」
ヴァゴウは自分の力を皆の為に使おうとすることを決めた。
例え呪われた力であっても、それを自分が使いこなし、そして誰かの役に立てればそれは儲けものだ。
ヴァゴウはそう考えるようにした。
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一方、先に修行に出かけたレジェリー。
(大分奥まで来たけど、魔物居ないわね…)
レジェリーは奥の方まで進んでいる。
「あら?」
レジェリーの前に現れたのは長い階段だ。
整備されているということはワービルトの手が加わっているということ。
「うーん…ここまで一歩通行だったし…魔物はもっと奥なのかも。」
レジェリーは階段を降りることにした。
随分と長い階段だった。
階層で言うと、ワービルトの上層から下層まで一気に降りていくほどに長く続く階段。
レジェリーはちょっと不安になりながらも階段を降りていく。
「それにしても…まさか”あの人”が居るなんてね…」
レジェリーが思い出していたのはアルーラのことだ。
レジェリーはやはりアルーラのことを知っているようだ。
(あたしもアルーラを見て反応しちゃったけど、あの人は無反応だったなぁ…)
アルーラもレジェリーを知っている。
だが、アルーラはレジェリーに対しては初対面のようにふるまっていた。
(表情が分かりにくいのが功を奏したのかしらね…アルーラってば、もしかしてあたしの事情、汲み取ってくれたのかな。)
レジェリーは何やら事情があり、アルーラの知り合いであることは伏せたい様子だった。
そしてアルーラ自身もそのような雰囲気をしている。
会話をしなくても、お互いが知り合いだけど無干渉でいようという気になっているようだ。
(でも、アルーラに聞きたいことはあるかも…師匠、元気にしてるか知りたいし…)
レジェリーの師匠。
レジェリーが竜の鍾乳洞で闇魔法を受けた時に回想で出てきたあの黒い竜人のことだ。
最も、そこで見た光景は思い出したくはないものではあるが。
アルーラとレジェリーの師匠は知り合いのようだ。
「二人きりになれたら聞いて見よっかな。」
レジェリーがは小さくつぶやき、階段を降り続ける。
降りること5分。
かなり長い階段のようだ。
「…これ帰るとき大変かも~…」
レジェリーはそう呟くが…その時だ。
カンカンと奥から音がする。
(…!誰かいる!)
「グオオオオオオ!」
魔物の鳴き声だ。
誰かと魔物が戦っているのか。魔物同士の争いか。
(…扉がある!…この奥から聞こえるわね。)
レジェリーは音を出さないように慎重に扉の前まで行く。
そして扉に耳をくっつけて奥の音を聞こうとする。
「ほう。なかなか手ごたえがある。」
(…人の声だ…魔物と誰かが戦っているんだわ。)
聞いたことのない声だった。
レジェリーはしばらく扉越しで様子を見ることにした。
しばらくはカンカンと音が聞こえていたが、次第に魔物側の声が大きくなっていくのを感じた。
「…新手か!」
魔物の数が増えたようだ。
(ど、どうしよう…見て見ぬふりは…出来ないわよね!)
レジェリーは扉を開けた。
「待ちなさーいっ!あたしが相手よーッ!!!」
大きな声を出しながら扉を勢いよく開けるレジェリーはすぐさま魔法を唱える。
「ボルケーノ!」
レジェリーの中級魔法、ボルケーノが発動。
大きな炎が勢いよく魔物に向かって放たれ、魔物の身体に直撃した。
「ガアアッ!」
声を上げて倒れる魔物。レジェリーは魔物と戦っていた人の元へ走り出す。
「だ、大丈夫ですか!?」
「お前は…いや、話は後だ。先にこいつを叩き潰す。今日の食事だ。」
「えっ、あっ!分かったわ!」
レジェリーは杖を構え、魔法の準備を始める。
見たところこの人は、獣人のようだ。クライドと同じ狼型の獣人。毛の色は濃い青色で、首に大きなスカーフを巻いていて、腕にはラインのはいった黄色い模様が浮かんでいるが、その腕は獣人の腕では無かった。
恐らくこの獣人は双血なのだろう。
ところどころに人間と似たような特徴が見られる。
顔にはなにやら宝石のような欠片が埋まっているようだが、それが何なのかは分からなかった。
武器は爪。手に鉄の爪が装備されている。
「良い修行相手になるかもね!」
レジェリーは獣人のことはひとまず置いといて、魔物と対峙することになった。
「相手はなかなか大きいわね…だったら!」
レジェリーは叫ぶ。
「獣人さん!飛んで!」
「…!」
獣人はその声に反応してジャンプする。流石獣人なだけあり、そのジャンプは見事なものだった。
「まずはウオータートレット!」
レジェリーは中級魔法、ウオータートレットを発動。
大量の水が地面を流れていき、魔物の足もとに水が溜まっていく。
「そして!!大地よ凍りなさい!アイスバーン!」
レジェリーは中級魔法、アイスバーンを発動。
大地が、水がみるみる凍っていく。
魔物はその滑る地形と氷に足を滑らせて転倒した。
「今よ!」
「ハァッ!!」
獣人は上から勢いよく突撃し、鋭い爪で魔物を切り裂いた。
顔を狙い目を潰した獣人は続けて身体を爪で引き裂いていく。
「うっ…結構グロいかも。」
レジェリーはその現状を見て少しだけ気持ち悪くなったが、魔物はずたずたに引き裂かれて絶命した。
返り血をたくさん浴びた獣人は一呼吸置いてレジェリーの方を見た。
「…なんだ、その目は。」
「えっ、あーいやなんでもない!です!」
「フン、まぁ良い。何処の誰かは知らんが世話になった。」
獣人はその魔物を解体し、食材になりそうなものを魔蔵庫に閉まっていく。
「え、えっと、ここで何してたんですか?」
レジェリーはなんとなく悪い人じゃないかもと思い、獣人に聞いてみることにした。
「狩りだ。明日を生きるためのな。」
食材の為に魔物を狩ったということだろう。
「…一応助けてもらったのだ。飯ぐらいは恵んでやろうか?」
「え、えぇ。お腹すいてるし…頂いちゃおうかな~…」
なんだか断るのも悪い。
そう思ったレジェリーは獣人についていくことにした。
それからしばらく歩いた先、洞窟の出口が見えた。
「えっ、出口?」
「あぁ、ここからワービルトの東端に出ることが出来る。正確にはジィル大草原だがな。」
「えっ、ワービルトの出入り口ってあの検問だけじゃなかったの!?」
レジェリーは驚いて獣人に尋ねる。
「あぁ、ここはごく一部の奴らしか知らん隠し通路だ。境界の山脈からここに出られるというな。お前は境界の山脈から出てきたということは…ワービルトの関係者か?」
獣人は後ろを歩くレジェリーを見ながら歩く。
「あっ、あたしは違うの!その、境界の山脈で修行してて…!」
「なるほど、未踏の地に行く許可をもらうために、ヴォロッドが手合わせをすると言っていたのはお前とその仲間のことか。」
獣人は納得したがレジェリーは更に驚く。
「えっ、何であたしたちが王様と手合わせするって…」
「ここら一帯の情報はすぐに耳に入る。さぁ着いたぞ。」
獣人が案内してくれた場所はまさに野営地だった。この獣人はここを拠点にしているらしい。
「わぁ…野営地とは思えないぐらいしっかりしてるわね…!」
野営に必要な道具は一通りそろっており、寝床も草で作られた囲いになっている。
獣人は焚火に火をつけて魔物の肉を魔蔵庫から取り出し焼き始める。
「これ…美味しいのかしら。」
「あぁ、少し癖があるがなかなかいけるぞ。人間の口に合うかは知らんがな。」
レジェリーは相手が獣人であることを再認識した。
「ま、毒じゃなければいっかぁ…」
レジェリーは焚火の傍に合った丸太に座る。
「そういえば名前、言ってなかったわね。あたしはレジェリー。あなたは?」
「俺はナグ。世界各地を回って仕事をしている。」
獣人の名はナグ。
「世界を回る仕事かぁ~…1人でやっているの?」
「正確には1人になった…だな。」
ナグは肉を焼きながら語る。
「昔は大勢仲間が居たが全員死んだ…もしくは行方が分からなくなった。」
「えっ、そんな危ない仕事なの?」
レジェリーは尋ねるが。
「これ以上は言えん。お前には関係の無いことだ。」
ナグはここで語ることをやめてしまった。
「そっか…言えないことなら仕方ないわね。」
レジェリーもこれ以上は追及しないことにした。
「だが最近、とある人間に雇われることになった。俺は今日をここで過ごしたらそこへ向かう。」
「へぇ!新しい仕事ってわけね!」
「そうだ。おっ、そろそろ良いか。」
会話をしていく中で魔物の肉は少しばかりクセのある匂いを発してはいたが少し香ばしい匂いが漂う焼き肉になっていた。
「コイツは塩コショウをかけると美味い。」
ナグは魔蔵庫から調味料を出し、肉に振りかける。
「ホレ、食ってみろ。」
ナグは人間にも食べやすいように切り、レジェリーに渡す。
「い、いただきま~す…」
少し匂うが、レジェリーはそれを口に運んだ。
「あっ!美味しい!ちょっと口に臭みが残るけど…でも結構イケる~!」
「そうだろう。」
レジェリーは思った以上に美味しくて驚きながらも食事を進めていく。
「でもあたし、ちょっと手を貸しただけなのにこんなの頂いちゃっていいのかなぁ。」
レジェリーはナグに聞いてみるが、ナグはレジェリーを見て言う。
「なんだろうな、昔一緒に仕事をしていた獣人の仲間が居てな…ソイツと似た匂いがしたんだ。お前から。」
ナグはそう言い、小さく微笑んだ。
「ソイツは突然居なくなってしまってな。俺たちに隠れて危ない仕事を請け負っていた。…追いかけたんだが道中で無数の血痕を見た。かなりの大怪我だっただろう。もう生きてはいまい…」
「そっか…大事な人だったんだ。」
「あぁ。」
「でも、あたしもしかしたらその人と会ったことあるのかもね!獣人なんて色んな所に居るから勘違いかもしれないけどね。」
「だとしたら…アイツが生きているということになるから…それは俺も嬉しいもんだがな…フン、会って間もないお前にこんな話をするなんてな。」
ナグは微笑んだ。
「仕事、上手くいくといいね。」
「あぁ。今までにない大きな仕事だ。必ず成し遂げる。」
「成し遂げる…か。」
レジェリーはそう呟き、食事を続ける。
(クライドもそうだけど…みんな使命を持って生きてる。あたしはそういう縛られたものが嫌で村を出てきたけど…でも、そういう人たちも輝いてるんだ…)
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なんだかんだでレジェリーとナグは食事をしながら長い時間会話をしていた。
時刻は間もなく夕暮れ。
そろそろビライトたちの元に戻らないと心配されてしまいそうだった。
レジェリーはナグにそろそろ戻るということを伝えて、お互いに立ち上がった。
「色々ありがとう。」
「あぁ。ヴォロッドに認められると良いな。」
「うん。頑張らなきゃ。」
レジェリーは元気が出たようだ。
「あぁそうだ。お前の先ほどの氷魔法と水魔法、見事なものだった。ソイツを鍛えると良い。」
ナグはレジェリーにアドバイスを送った。
「あ、ありがとう!それじゃまたいつか会いましょう!」
「あぁ、旅先で会うかもな。」
レジェリーとナグは握手を交わし、レジェリーは再び境界の山脈に戻って行った。
(ナグさん…か。なんだかクライドみたいだったなぁ)
ちょっとだけ雰囲気がクライドに似ていたと感じたレジェリー。
(って、何考えてんのよあたし!クライドなんかとは大違いよ!ふんだ!あたしったら何考えてんのかしらっ!)
レジェリーはクライドのことをボロクソ言いながら、修行に戻って行った。
レジェリーを見送ったナグは、再び肉を食べ始める。
(…フッ、おかしな話だ…匂いが似ているか……それどころかソックリな匂いだった。なぁ、”クライド”。)
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ビライトはひたすらに身体を鍛えるために修行に励んでいた。
時々ボルドーが間に入って手合わせを行ったり、魔物を見つけて討伐したり、ビライトの経験値は確かに少しずつであるが蓄積していった。
そしてボルドーから言われていたことも実践していた。
「エンハンス!2段階行くぞっ!」
ビライトに積極的に2段階のエンハンスを使わせることだ。
ビライトの中に2段階のエンハンスは身体に負担がかかるという認識がある。それにより、いざという時にしか出さないという躊躇いが生まれている。
(まずはエンハンスの2段階を積極的に使って身体に刻ませるんだ。身体ってのはある程度痛めつけた方が成長するんだぜ?まぁほどほどにではあるけどな。筋肉痛だってそうだろ?)
ボルドーからそう言われ、ビライトはエンハンス2段階を積極的に使っては、身体にムチを入れていた。
「ハッ…ハッ…はぁ~…」
ビライトは汗だくになって壁に背中を預けて座り込んだ。
「大丈夫?お兄ちゃん。」
「大分疲弊していますね。私も手伝いましょう。」
傍にいるキッカとメルシィに少しだけ回復魔法をかけてもらい、大きな負担にはならないようにしてもらっている。
「あぁ…ありがとうキッカ、メルシィさん。」
「どういたしまして。」
「あまり無理しないでね。」
キッカが心配そうに言う。
「分かってるさ。でも俺、強くならなきゃヴォロッドさんに認めてもらえないかもしれないから。」
ビライトはこうやって修行し、休憩しを繰り返している。
ボルドープランではこれをあと2日行い、4日目からエンハンス3段階目をかける準備をしていく流れになるのだ。
ビライトはそこまで知らされてはいないが、ボルドーは最終的に3段階目を発動させることが出来るようにすることを考えている。
キッカはメルシィと一緒に回復魔法と補助魔法の勉強をしている。
キッカ自身も強い回復魔法を覚えてビライトたちの役に立とうと努力している。
「ようビライト。キッカちゃんもメルシィ。もう夕方だぜ。そろそろ終いにしねぇか?」
奥からヴァゴウがビライトを呼びに来た。
「もう夕方かぁ…分かったよ。」
ビライトはゆっくり立ち上がり、ヴァゴウとキッカとメルシィ、ブランクと一緒に入り口に戻る。
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「よう、お疲れさん!ビライト汗だくだなァ!」
「ははは…」
ボルドーはタオルをビライトにかけてやった。
「よく頑張ってんじゃねぇか。見てなくても分かるぜ。」
「ありがとうボルドーさん。」
ボルドーに褒められて嬉しくなって微笑むビライト。
「ところでレジェリーはどうした?」
「あぁ、ビライトたちよりも奥かもしれねぇなぁ」
時刻はまもなく夜になろうとしている。
「ごめんおまたせー!」
「おっ、来たな。」
奥からレジェリーの声が聞こえた。
「随分奥まで行ってたんだな。何か収穫はあったか?」
ヴァゴウが尋ねる。
「あ、あぁ~…うん、そうね。自分の魔法の強みを見つけられたかも!」
「ほ~!それはよかったじゃねぇか!」
「うん、あたしってばもっと天才になっちゃうかも~あはは!」
レジェリーは何かをはぐらかすように入り口に向かって歩いていく。
「今日はもうおしまいでしょ!ゆっくり休んで明日に備えましょっ!」
レジェリーはそう言い、宿屋に向かって走り出す。
「あっ、待てよレジェリー!行こうキッカ!」
「うん!」
ビライトとキッカはレジェリーを追いかけて走り出す。
「ガハハ、元気なこって!」
「だなっ。」
「フフッ、本当に。」
ヴァゴウ、ボルドー、そしてブランクを抱いたメルシィはそれを後ろから見守りながら歩き出す。
修行1日目が幕を閉じた。
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ワービル城。時刻は夜だ。
ボルドーは一人で城に来ていた。
「ようヴォロッド。」
「ボルドーか。」
ボルドーはワービルトに来た目的を果たすために一人ヴォロッドに会いに来ていた。
「何用だ?」
「俺様が何も用なくここに来たと思ってんのか?」
「…話してみよ。」
「まぁ言わずとも察するかもしれねぇが、ヒューシュタットのことだ。」
「…ヒューシュタットか…我が領土のすぐ隣に構えしヒューシュタットでは最近妙な動きを見せている、お前たちもここに来る途中襲われたようだしな。」
ヴォロッドもヒューシュタットの妙な行動には手を焼いていた。
「お前もそろそろ国に帰った方が良いのではないか?ベルガだけでは危なかろう。」
「俺様もそう思ってる。ドラゴニアの魔法部隊は自信を持って強い。けどそれを超えてくる可能性だって否定は出来ねぇからよ。」
ボルドーも近いうちにドラゴニアに戻るつもりで考えていた。
だがその前にワービルトと情報共有が必要だと判断したため、ワービルトでヴォロッドと情報交換をするためにボルドーはここに来たのだ。
「俺様が話せるのは最初に話したヒューシュタットのシルバーの件、そしてヒューシュタットはジィル大草原にも出現していた。ドラゴニアでもオートマタの襲撃があったとビライトたちから聞いている。オートマタは今や世界中に配属されている…ってことだ。」
「ウム…ヒューシュタットでは最近多くの民が1つの大きな工場で働かされていると聞く。」
「…んだそりゃ。」
「私も小耳にはさんだ程度だがな。何を作っているかまでは分からぬが…可能性があるとしたら…」
「…オートマタか?」
ヴォロッドは頷いた。
「もし大量のオートマタが作られているのであればヒューシュタットは何か大きなことを企てているやもしれん。お前も気を付けろ。」
「分かった。忠告感謝するぜ。何かあったらドラゴン便で知らせてくれ。俺様もビライトたちの手合わせが終わったらドラゴニアに帰る方向で検討するぜ。」
「そうしろ。お前も一児の父なのだからな。」
「だな…ブランクを危険な目に合わせられねぇからな。メルシィもだ。」
ワービルトからヒューシュタットの情報を貰い、そしてボルドーもヴォロッドに情報を与える。
そして何かの時はドラゴン便で連絡を取り合うことを約束したのだった。
「そして、ヒューシュタットの現王、ガジュールにも要注意だ。奴がどういう理由で我が友、“ホウ”から玉座を奪ったのかは知らぬが…奴が王になってからヒューシュタットは変わった。国を丸ごとおかしくしてしまう存在だ。気を付けろ。」
「ガジュール…か。分かったぜ。サンキューな。」
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「…依頼人か。」
「ええ、こんばんは。ナグ・ネムレス…」
ジィル大草原。
ナグは明日からやることになる仕事の依頼者と出会っていた。
「光栄です。あなたのような優秀な”暗殺者”を雇うことが出来るとは。」
「そういうのは結構だ。仕事の内容を聞かせろ。」
相手は人間だ。
しかもその顔は、ヒューシュタットの人間の顔だ。
「まずは自己紹介を。私はヒューシュタットの王、ガジュール様に仕える2人の四従士の1人、“ブロンズ”と申します。」
人間はブロンズ。
彼はサマスコールで町長を狙っていたヒューシュタットの人間だ。
ビライトたちとも対峙している。
「は?四従士なのに2人とは笑えるな。2人も欠けているじゃないか。」
「“今は2人”というだけですよ。我々は常に先を見て行動しているのですから。そして3人目はあなたです。ナグ・ネムレス。」
「…俺は獣人だ。人間至上主義であるヒューシュタット様が獣人を四従士の1人にするのか?」
ナグは疑問に思い尋ねる。
「種族などどうでも良いのですよ。全ての種族はいずれガジュール様の前に服従するのですから。そしてあなたはどんな依頼でも確実にこなすことで世界からも注目されている有名人ですからね。我がヒューシュタットの為に役立ててもらおうと思いましてね。」
「…まぁ良い。暗殺対象は?」
ナグは問う。
「今回あなたにはヒューシュタット王を護衛していただくという役割に当たってもらいます。従って自ら殺人をする行為はしなくても良いのです。」
「…つまりそれは近いうちにヒューシュタットを狙う者たちが居ると?」
「そういうことです。ヒューシュタットに逆らう愚か者たちが近いうちにやってくるでしょう。その時、我が王を守って欲しいのですよ。その対立であれば相手は殺してしまっても構いませんとも。」
ブロンズはニヤリと笑った。
「…分かった。引き受けよう。報酬は前払いだ。」
「どうぞ。」
ブロンズは大量の金の入った袋を渡す。
「…なるほど。確かに。ではヒューシュタットまで案内してくれ。」
「ええ。もちろん。」
ブロンズは笛を取り出し、吹いた。
すると遠方からドラゴン便がやってきて、ブロンズとナグはそれに乗り、ヒューシュタットを目指した。
「あと1人はいつ加入するんだ?」
「フフフ、間もなく“復活”しますよ。“災厄の竜”がね。」
「災厄の竜…?」
「いずれ分かりますとも。」
ナグは知らなかった。
これからヒューシュタットを狙うかもしれないと呼ばれていた人物たちが、今まさにワービルトに居ることを。
ナグは知らなかった。
そこにはさっきまで共に魔物を倒し、肉を食べながら語り合った少女がその人たちの中にいることを。
ヒューシュタット四従士。
シルバー
ブロンズ
そしてナグが加わり、残り1人の詳細はまだ分かっていないが、この4人はいつかヒューシュタットの許可証を求めるビライトたちと会敵することになるだろう。
ヒューシュタットの許可証を手にするためには必ず王に会う必要がある。
だが、ビライトたちは完全にヒューシュタットから敵として認識されている。戦いは避けられない。
これからの旅に暗雲が立ち込める…