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Delighting World  作者: ゼル
第七章 ワービルト編 ~獣王の試練と修行の日々~
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Delighting World ⅩⅩⅨ

Delighting World ⅩⅩⅨ






ワービルトで一泊を過ごしたビライトたち。

時刻は早朝。周囲は機械の音もせず、静まり返っている。


宿の2階にそれぞれ部屋を取って過ごした夜。最初は機械の音が絶えなかったがしばらくしたら音は止み、静かになっていった。


朝早くにビライトは目を覚ます。まだ陽は登っておらず、薄暗い。

「ん~…静かだな…」

「おはよ、お兄ちゃん。」

「あぁ…おはようキッカ。」

キッカが声をかける。ビライトは少し眠そうに挨拶する。


「朝早いね。どうしたの?」

「うーん…なんだろう、何か目が覚めちゃったかな…散歩でも行こうか?キッカ。」

「良いね!今のワービルトはとても静かだし、見てみたいかも。」

「よし、支度してくる。」

ビライトはいつもの服に着替えて支度をする。


「でも本当に静か。てっきりずーっと動いているようなお店とかあるのかと思ってた。」

「俺もだよ。朝のワービルトってこんなに静かなんだなって。」


ビライトは支度を済ませてキッカと一緒に寝室を出る。

すると、ヴァゴウの居た部屋が空いていた。

レジェリーの部屋の扉は閉まっていて、ボルドーとメルシィの部屋の中からはほどほどないびきが聞こえる。


(ボルドーさんたちとレジェリーはまだ寝ているみたいだ。)


「ヴァゴウさん、もう起きてるんだね。」

「みたいだな。」

ビライトは階段を降りて玄関へ。

「おや、お早いお目覚めで。」

宿屋の獣人が声をかけた。


「あ、おはようございます。目が覚めちゃって。」

「そうでしたか。同行されてた竜人の方も同じことを言って、先ほど出ていかれましたよ。」

「オッサンのことかな…ありがとう。」



ビライトとキッカは挨拶を交わし、外へ出る。


「ここの獣人たちは大体キッカのことは見えてるみたいだな。」

「そうみたい!誰かとお話出来るの嬉しいなぁ。」

ワービルトの中層は非常に静かで、歩いている人たちも数人程度であった。

住宅街は下層と中層の一部に集中的に集まっていて、今ビライトたちが居る場所は商業区だからまだ働く時間ではない早朝は静かなのだ。


「そういえば昨日行った展望公園行ってみるか?」

「うん、行く!」

ビライトとキッカは展望公園に向かった。

展望公園は上層にある公園だ。


上から一望できるいわば観光スポットのような場所だ。

背景には大きなワービルト城がそびえたっていて、展望地ではジィル大草原を一望できる。


--------------------------------------------------------

下層から中層までは階段を登って移動する。

しかし、中層から上層は鋼鉄製の移動リフトに乗って移動する。

ヒューシュタットで見た移動リフトによく似ているが、機械では動いていないようだ。道理はビライトたちには分からないが、何にしても凄い技術だ。


ビライトたちはそれに乗り上層に向かう。


「上層も静かだな。」

「ここにはお店も住宅街も無いけど、城の方からは音がするね。」


ビライトたちは展望公園に向かう。

上層は円形になっていて、リフトは上層の南部に移動する。

城の東部と西部にそれぞれに展望公園がある。そしてワービルトの北部は未踏の地の境目にあたる境界の山脈がある。


「昨日は西部の方を見たから今回は東部の方に行ってみるか。」

ビライトたちは東部の展望公園に向かって歩き出した。


東部の展望公園に向かって歩いてる途中、見たことのある姿の竜人が。

「オッサンだ。」


「ん?おお、ビライトにキッカちゃん。おはようッ」

「おはようオッサン。」

「おはようヴァゴウさん!気持ちいい朝だね。」

「おう。なんか朝早く目覚めてしまってなァ。ドラゴニアの方を見ていたのさ。」

ヴァゴウが見ている方角は南東の方角。


ちょうどドラゴニアがある方角だ。


「ワシはドラゴニアが好きだった。だが嫌いでもあった。」

ヴァゴウは自分の心を隠し、ドラゴニアを飛び出した。

感謝はしていた。それでも自分の特別を受け入れられず自分を知らない人たちの住む場所へ逃げた。


「けどな。今回の騒動でワシはボルドーやゲキに助けられたんだよな。」


ビライトたちもヴァゴウを取り巻いていた現状や、ヴァゴウの気持ちを全て聞いていた。


「なんつーかよ。ドラゴニアが恋しくなってきた!」

ヴァゴウが今まで複雑な気持ちでいたドラゴニアという国が今は本当に好きになれた気持ちがしていた。


「そっか…でもドラゴニアは本当に良い国だったからな。」

「うん、あんなに優しい国があったなんて知らなかったもの。」

ビライトとキッカもドラゴニアに滞在した数日間を思い出した。


それからベルガの依頼でフリードに乗ってサマスコールに行き、ヒューシュタットと対立したりもした。

ビライトは自分の弱い部分を知った機会にもなった。


期間だけでいうと長くはないが、その期間でビライトもキッカも多くの思い出を得て、成長をしたと思っている。


「ワシな、旅が終わったらドラゴニアに店を移動しようと思ってんだ。」

「ドラゴニアに?」


「おうッ、もっともっとあの国の力になりてぇって思ってんだ。ワシはもう自分が特別であることを思わないようにしようって思ったんだ。んでよ。」

ヴァゴウは続けて語る。


「みんなが対等に接してくれてよ、ゲキやボルドーが居て…こんな幸せに暮らせる場所はやっぱドラゴニアなんだって思っちまったんだよ。ワシの故郷はやっぱりドラゴニアしかねぇんだって。」


自分を受け入れて育ててくれたドラゴニアという国に負い目を感じていた今までの自分はもういない。

今まで後ろを向いてきたドラゴニアに戻り、ヴァゴウはまた新たにスタートをしたい。そう考えていたのだ。


「そっか…オッサン、コルバレーを離れちゃうんだ。」

「でもヴァゴウさんが決めたことだもんね。」

ビライトとキッカは少し寂しそうな顔をする。


「お前たちも来るか?」

ヴァゴウはビライトたちに提案するが、ビライトは少し考えた末に首を横に振った。


「ううん、俺は残るよ。やっぱり俺たちの家はあそこなんだ。父さんと母さんの家が俺たちの家だよ。」

「そうだね。私たちの帰る場所、だもんね。」


あんなに小さかった子供たちが青年になり、自分たちの家を守ろうとしている。


幼い頃から面倒を見てきたヴァゴウにとってはまるで巣立ちをしていく息子と娘のようだった。

それは我が子の自立と言っても良いだろう。ヴァゴウとビライトたちは家族のような関係だが、ヴァゴウはビライトが自立心を見せてくれたことに喜んだ。


「いっちょまえに言うようになったなァ!何か嬉しいぜ。」

ヴァゴウはビライトの頭をガシガシと撫でた。


「あはは…」

「まぁ安心しな!新しい仕事は紹介してやっからよ!それにな、時々遊びに行くからよ。約束だ。」

ヴァゴウは微笑んでビライトに手を差し伸べる。

「あぁ、でもまずはこの旅を無事に終えてコルバレーに帰らなきゃな。」

「おう!キッカちゃんの身体戻して帰ったらよ。皆で素材集めでも行こうなッ。」

「うん!楽しみ!」


ビライトはヴァゴウの手を掴み、握手を交わす。


「お、見ろよ。朝日だぜ。」

ヴァゴウは朝日が昇っていく水平線を指さす。


「わぁ…高いところからだから凄く綺麗に見えるね!」

「そうだな…ヒューシュタット山脈で見た朝日を思い出すよ。」


旅が始まり最初に見た朝日を思い出すビライトたち。


「あの時は俺とキッカとオッサンだけだったもんな。」

「そうだな。今はレジェリーちゃんやクライド、ボルドーにメルシィ、ブランク…随分と増えたもんだな!」

「でも、楽しいよね。」

ビライトたちはこれまでの旅を思い返しながら笑いあう。



しかし、ヴァゴウはまだ完全に自分の中で自分の気持ちに決着をつけられずにいた。







--------------------------------------------------------

景色を眺め、中層に戻ってきたら、既に町に活気が出てきていた。


人々は仕事の準備を始め、あちこちから機械の音や金属音が聞こえ、煙や火柱が煙突から出てくるようになった。


「いつものワービルトになってるね。」

「あぁ、俺たちも宿屋に戻って城に行く支度をしなきゃな。」


ビライトたちは宿屋へと戻った。

宿屋に着いた時にはレジェリーもボルドーたちも起床していた。


「おはよう~…早いのね…」

レジェリーは起きたばかりのようで髪の毛もぼさぼさだ。

「おはようレジェリー。」

「おはよ~…」


「なんだ、散歩でも行ってたのか?」

ボルドーが尋ねる。

「おう、ちょっとな。」

ヴァゴウとビライトたちは笑いあった。

「ふーん、なんか胸のつっかえが取れた…って感じするな。」

「おう!」

ヴァゴウは元気を取り戻しつつあった。

一応本人はあまり不安にさせたくなくて気丈に振舞っていたようだが、徐々に元のヴァゴウに戻ってきている。

ボルドーはそう感じている。


「よし、支度を済ませようぜ。そうしてたら城の誰かが訪ねてくるはずだ。」

一行は朝の支度を済ませ、城の者が来るのを待っていた。


支度を始めて30分程度経った時、宿屋にとある獣人が尋ねてきた。


「失礼、こちらにドラゴニアのボルドー殿が宿泊しておられるとお聞きしたが。」

「あぁ、これはアルーラ様。ええ。いらっしゃいますよ。」

「ではあがらせてもらおう。」

その獣人は他の獣人と異なり、毛皮も無く、硬い甲殻も持ち合わせていない。

ツルツルな肌を持ったあまり見慣れないタイプの獣人であった。


その容姿は、どちらかといえば魚に近い。

背に大きなヒレがあり、尻尾も太く、先は二つに分かれている。

顔には白い斑点模様があり、目は小さく、その斑点の下の方にあるようだ。


「失礼、ボルドー殿はこちらかな。」


居間に入りながら声をかける。


「んん?おぉ、アルーラじゃねぇか。」

「お久しぶりです、ボルドー殿。」


1階の居間にビライトたちは集まっており、獣人はボルドーに挨拶をした。




(…あっ。)

レジェリーが一瞬目を疑うような表情を見せる。

だが、それに気づいた者は誰も居ない。




「で、貴殿たちが王の謁見を希望する?」


「あ、はい。俺はビライト。こっちは妹のキッカで…あっ、見えてる…かな?」

ビライトはうっかりキッカを紹介してしまうが、キッカが見えているかどうかが分からない。

「…?見えているが…何か問題があるのか?」

獣人は首をかしげる。


「あっ、見えてるならいいんです!良かった。」

「フム…」


「あっ、あたしはレジェリー!」

「ワシはヴァゴウだ。ヨロシクな。」

「私はメルシィ・バーン。ボルドーの妻でございますわ。こちらは息子のブランクです。」


「貴女とこのお子様が。これはご丁寧に。」


獣人はメルシィとブランクに頭を下げる。

ブランクは勿論この意味を理解していないので、首をかしげている。



そしてビライトたちの方を向き自己紹介をする。


「私はアルーラ・ポット。ワービルトの王であるヴォロッド・ガロル様の侍従をしている。」

「侍従?」

ビライトとキッカは聞き慣れない言葉に首をかしげる。


「身の回りの世話をする人、従う者のことを言うんだ。」

「へぇ、なるほど。」

ボルドーの説明に納得し、頷くビライトとキッカ。


「門番から話は聞いている。王が謁見を許可した故、城へ同行してもらおう。準備は出来ているか?」


「はい!」

「よし、では行こう。ついてこい。」

アルーラは早々に外に出て行ってしまった。

表情の変化もほとんどなく、淡々としている感じだ。



「…やっぱり…よね。」

「レジェリー?」

「あっ、なんでもないの!さっ、行こっ!」


レジェリーはアルーラを見て何やら浮かない顔を見せていた。


キッカはそれに気が付いて声をかけるが、レジェリーはなんでもない素振りを見せてさっさと行ってしまった。



--------------------------------------------------------


「アルーラさんは変わった見た目をしているんですね。私、初めて見るかも。」

キッカがアルーラに尋ねる。


「私は今でこそ獣人と同じ扱いだが昔は”海人うみびと”と呼ばれる種族だった。そしてこの世に海人は私しか存在しない。」

「ほう、道理で見たことが無いわけだぜ。」

ヴァゴウはたった一人しか居ない容姿の獣人であることに驚く。


「でもそんなアルーラさんはどうしてこのワービルトで王の侍従を?」

ビライトは不思議に思い、アルーラに尋ねる。

「それを話すことは出来ん。さぁ、無駄口は慎め。ここからは城の中だ。静かについてこい。」


アルーラは詳しいことは話すことはなく一行は城へ入る。


(冷めてるなぁ)

ビライトは小さい声でボルドーに言う。

(昔からアルーラはこうなんだよ。カタブツなのさ。)

ボルドーはニヤリと笑う。

一瞬アルーラの視線を感じたが、ボルドーはよそ見をして口笛を吹く。


城に入りまっすぐ進む。

その先には大きな扉があった。


「王よ、アルーラです。」

アルーラは扉をコンコンと叩き、声をかける。

「ウム、連れて来たか?」

「ハイ、ボルドー殿と、謁見を希望している者たちをお連れ致しました。」

「通せ。」


奥から聞こえる低い声を聴き、アルーラは扉をゆっくりと開ける。



その先は王の座がある謁見の間。


「我がワービルトによくぞ参った。我こそはワービルトの王であるヴォロッド・ガロルである。」

玉座に座っていたのは獅子獣人の男。

身体はかなり大きい。ボルドーとヴァゴウの中間程度の大きさであろう。体長で言うならば2m50cm程度だろうか。

獅子獣人なだけあり、立派な鬣を持っており、王族のマントを着ている。


「ようヴォロッド。久しぶりだなァ!相変わらずカタブツ顔してんな!」


ボルドーは友達に久しぶりに会ったようなノリで声をかける。


「…全く、お前は変わらぬな。もっと王族らしく丁寧な言葉を使え。」

「分かってんだろ。俺様がそういうの堅っ苦しくて苦手だっつーこと。」

「…で、そちらがお前の?」

「おう、妻のメルシィと息子のブランクだ。」


「メルシィ・バーンと申します。ヴォロッド様。こちらが息子のブランクでございます。」

「あう?」

ブランクは不思議そうにヴォロッドの顔を見つめている。


「……まさかお前が本当に結婚しているとは…しかも子供まで…」

ヴォロッドは少しばかり驚いているように見える。

ホントかよみたいなジト目で見つめるヴォロッド。


「あんだよ、してなかったらいけねぇっての?」


「そうではない。ただ少々驚いただけだ。」


「ふーん、嫉妬すんなよ。」

「しておらぬ。」


ボルドーの気さくな態度に場を狂わされるヴォロッドだが、いったん咳ばらいをし、ビライトたちに顔を向けた。


「…まぁ良い。で、そなたたちが謁見を希望した者たちか?」


「あっ、はい!ビライト・シューゲンです!」

「あたしはレジェリーです!」

「ヴァゴウ・オーディルだ。」

キッカ以外の3人は挨拶をする。


「で、その者は変わった何かを感じるが…」

ヴォロッドはキッカを見る。

キッカは見えているようだ。


「あっ、私はキッカ・シューゲンです。ビライトは兄です。」

キッカはここでようやく自分が見えていることを確認できたので頭を下げて挨拶した。


「フム、まぁそなたのことは後で聞こう。ではビライト。」

「はい!」

「そなたは未踏の地を目指していると聞いた。理由を聞かせてみよ。」

「実は…」



ここまでの会話でビライトは感じていた。


ドラゴニアの王、ベルガとはまた違う威厳を感じていたのだ。

みたところヴォロッドはボルドーと同じぐらいかそれ以下程度の年齢だ。

だが、ベルガがその長い人生経験からなる偉大さであるならば、ヴォロッドはその大きな身体、そして満ち溢れてくる王の威厳、強さ。

そのようなものを強く感じていた。


故に、これはベルガと同じ。嘘をつくようなことはあってはならないと思ったビライトは今までの旅のこと、キッカのこと。イビルライズのことを全て話した。


--------------------------------------------------------


「フム…ベルガの文に書かれておる内容と同じであるな。しかしなんとも妙な話よ。」

ヴォロッドはベルガと同じような反応を示した。


ビライトたちは今までのことを話したあと、ベルガから貰っていた手紙をヴォロッドに渡した。

ヴォロッドはその内容とビライトたちの説明を照らし合わせ、納得した。


やはりイビルライズは誰も知らない場所のようだ…



「よかろう。」


「「えっ!」」

意外と素直な反応で驚く一行。


「ただし、条件がある。」


「ですよね~…」

レジェリーはボソッとつぶやく。



「なに、戯れだ。私は強きものと手合わせをすることが好きでな。故に私と手合わせをし、私を満足させることが出来れば許可証を授けてやろう。」

ヴォロッドの提案。それはすなわち…


「力を示せ。」


…ということだった。


「…まぁお前のことだからそう来ると思った。んで、どうする?ビライト。」

ボルドーは分かっていたかのように反応し、ビライトに聞く。


「許可証を貰うためなら…でも俺たちで今の王に勝てるのかな。」

ビライトは言う。


「自信がねぇのか?」

ボルドーが尋ねる。

「いや、そういうわけじゃないけど。実力は負けててもこの気持ちだけは絶対に負けないさ。」


「未踏の地が凶暴な魔物が多くいることは知っているだろう。この私に対抗出来るほどの力が無ければ犬死にするだけだ。つまりそなたたちが未踏の地に入った時、生き残れるかどうかを試す…という言い方をすれば聞こえは良いか?」

ヴォロッドは相当な腕の持ち主であることは伝わってくる。


「…確かにあたしたちが束になってもヴォロッド様には勝てないかもしれないわね…」

レジェリーは真剣な顔で言う。

「そんな…でも、私たちは…」


「王よ、言葉が足らないのではないでしょうか。」

アルーラがヴォロッドに言う。


「ん?あぁそうだな。そうだ。」

ヴォロッドは思い出したかのように言う。

「すぐにとは言わんぞ。」

ヴォロッドは言葉を付け足した。


「鍛えてこいってことか?」

ヴァゴウが言う。


「その通りだ。このワービルト上層の北部に未踏の地との境目である境界の山脈への入り口がある。ここから未踏の地に行くことは出来んが、未踏の地に近い位置にあるが故、強い魔物も多くいる。そして我々ワービルトが管理する安全地帯もある。」

ヴォロッドは北を指差す。


「我がワービルト国の兵士たちは皆、そこで体を鍛え軍事力を高めている…ここまで言えばもう分かるな?」

アルーラがビライトたちに言う。


「…そこで修行して来いってことですね…?」

「そうよな…明日から5日間。5日間時間をやろう。今日は身体を休め明日から5日間それぞれの力を高め、私に挑め。以上だ。」


ヴォロッドは話を終わらせ、後は全てアルーラに任せる旨を伝えた。

ビライトたちは謁見の間を出た。

アルーラはビライトたちに案内をする前にヴォロッドに言う。


「ヴォロッド様、珍しいですな。貴方がこうもアッサリと手合わせを望むとは。」

「そうか?」

「そうですとも。いつもなら相手にならなそうだと申して、すぐに追い返すではありませんか。」

アルーラは小さくため息をつく。


「そうだったか。まぁ良いではないか。勿論ボルドーとメルシィ殿は参加を禁ずるがな。」

「当然でしょうな。彼らはあくまで同行人ですから。」


「まぁ奴らは多少は楽しめそうだと思ったのよ。あのベルガが手紙まで添えてやるというのならば尚更な。」


「ベルガ殿ですか。私は会ったことが無い故。」


「奴は優しく甘い男よ。だが、人を見る目は誰よりも長けておる。そんなベルガが手紙を添えて私に会いに来させたのだ。それにあのボルドーまで引き連れてな。」

ヴォロッドは上機嫌な顔を見せて笑う。


「ボルドー殿は道中偶然会ったと聞きましたが?」


「それもまた、運命ということよ。そういう星の元におる…ということよ。」

「フム…なるほど。」


「ウム。ところでアルーラよ。」

「はい?」

ヴォロッドはアルーラに尋ねる。

「そなた、あの赤髪の女と知り合いか?」

「!」

赤髪の女。レジェリーのことだ。

レジェリーはアルーラを見てまるで知っている人かのような反応を見せていた。

アルーラも一瞬肩を揺らす。


「…いえ。私は存じ上げません。」


「そうか、言えぬか。」

「申し訳ありません。」

ヴォロッドは頷いた。


「良い。さぁ、冒険者たちが待っている。案内を任せるぞ。」

「はっ、では失礼致します。」


アルーラは先に出て待っているビライトたちの元に向かった。



(…奴らがもし私が満足する相手であったとしたならば…あの国を…ヒューシュタットを救う鍵になるやもしれぬな…見せてもらうぞ…期待の冒険者たちよ。)






--------------------------------------------------------

入り口でビライトたちはアルーラと合流した。



「さて、王はああ言ったがどうする?お前たちにはこの地で修行する権利が与えられた。」

アルーラはビライトたちにどうするかを尋ねるが…


「もちろんやるよ。俺は…俺たちはイビルライズに行かなきゃいけないんだ。」

ビライトは即答した。

一行は頷いた。


「良いだろう。ならば境界の山脈の駐屯地まで案内しよう…だがその前に王からの命令だ。」

アルーラはそう言い、ボルドーとメルシィの方に顔を向ける。


「ボルドー殿、メルシィ殿。貴方たちは手合わせの際は参加を禁ずるとのことです。」


「だろうなァ~…」

「あら、私も?」

「だろうな。」


それを聞いてビライトたちは驚くが、ヴァゴウとボルドーはアッサリと納得した。

メルシィは参加するつもりだったのだろうか。首を傾げた。


「王はボルドー殿とメルシィ殿を除く者たちをまとめて相手にしてやろうと言っておられるのです。そこにヴォロッド様と同等の実力を持つボルドー殿が参戦されるのには多少頭を捻るものがありますが故。それにお二人はあくまでも同行人でありますので。」

アルーラは話を続ける。


「そしてメルシィ殿は次期王妃です。このような戦いに参戦することはお控えください。」

「あら、そう…残念です。」


メルシィはちょっと残念そうだ。


本当に一緒に戦う気だったのだろうか。ボルドーは「絶対やらせねぇけどな」とつぶやいた。


「…故にボルドー殿はビライトたちの修行の手助けをしろとのことです。」

「あ?そこは許可すんだな。」


「王は強きものと戦える楽しい手合わせを望んでおられる。相手が強くなるのであれば、ボルドー殿の介入は容易に許可できましょう。」


「分かった。ヴォロッドがそう言うなら仕方ねぇ。俺様はフォローに回ることにするぜ。」


ボルドーが手合わせに参加しない。

それだけでビライトたちには大きく不利に状況が傾くわけだが、ボルドーはかなりの実力者。


全員を相手にしようとしているのに、ボルドーがそこに関わると意味を成さないと判断したのだろう。

言い方を変えれば、ボルドーは未踏の地でも問題ないと判断できる実力者だとヴォロッドは認めているということなのだろう。


「では早速案内しよう。修業期間中と言えど、この国を自由に動き回ることは可能だ。好きにするといい。」

アルーラはそう言い、北部を目指す。


「あっ、ねぇビライト。クライドはどうすんのよ。」

レジェリーはクライドの存在を思い出してビライトに言う。


「あっ、そうか!」

ビライトたちはクライドをどうするかを考えていなかった。


「あぁ、連れが居るんだったな。では先に連絡をしてくると良い。その後で案内しよう。」


「メルシィとブランクはここで待ってな。下層は危ねぇからよ。」

「えぇ、分かりましたわ。」


「ブランク、大人しくしてろよ。」

「あう~」

ボルドーはブランクの頭を撫で、微笑んだ。



ビライトたちはまずクライドに連絡を入れてから修行場に向かうことにした。




--------------------------------------

「なるほど。ヴォロッドが考えそうなことだ。」


ワービルトの外。

中に入るのを拒み、待機していたクライドだが、ビライトたちに事情を聴きあっさりと納得した。


「あんたずっとここに居るつもり?ワービルトに入ればいいのに。」

レジェリーはクライドにそう言うが…

「断る。」

クライドは頑なにワービルトに入ることを拒んでいた。


「何よ、変な奴。」


「事情があるんだろ。なら無理強いは出来ねぇよ。」

ヴァゴウはクライドの事情は分からないが、「何かあったら無理にでも知らせて来いよ」と言う。


「探知魔法を常に展開してある。何かあればすぐに分かるようにはしてある。」

「心強いな。流石情報屋だ。」

ボルドーはクライドを褒めるが、クライドは「当然だ」と軽く返す。

「一応依頼者だからな。」


ビライトたちはクライドを残し、ワービルトへと再び戻って行った。


残ったクライドはラプターの傍に座り上を向く。

ラプターの顔を撫でながらクライドは呟く。

「…修行か。」


身体を鍛えることはこれまでもやってきた。

仕事の為、ということもあるがクライドは身体を鍛えなければならない理由があった。


(俺は自身を強くすることで生きてきた。いや、それしか無かった。それを身をもって教えてくれたのがこのワービルトだったな…だが、俺はもうここには戻らんと決めた。)


クライドは立ち上がり、短剣を持つ。


「食料でも取ってくるか。修業の一環だ。」

クライドは魔物を狩りにジィル大草原を歩く。





--------------------------------------------------------



円形の上層を歩き、北部にまっすぐ伸びる橋がある。

そこを渡った先に洞窟がある。

ここからが未踏の地の境にある山脈、境界の山脈である。


洞窟の中は入り口付近はかなり整備されており、建物が複数並んでいる。


「ここは我がワービルトの軍事力を高めるために利用されている修行の場である。洞窟は奥まで長く続いているが故、大暴れしていても特に問題はあるまい。」

洞窟は奥の方までずっと鋼鉄で補整されており、何か大きな衝撃があっても岩石が降ってこないようにされていた。

そして鋼鉄自体もかなり強固に作られているようで、上級魔法を打ち込んでも軽くススが付く程度であろう。


「では明日から5日間ここで修行をするがいい。洞窟の奥には魔物も存在するが故に注意しろ。宿は先日使用した中層にある宿屋を使うと良い。店主には話をつけておく。」

アルーラは淡々と説明をした。

「王は満足のいく手合わせを望んでいる。期待を裏切らぬよう。」

そう言い、アルーラはボルドーに軽く会釈し、洞窟を出る。


残されたビライトたちだが…


「と、いうわけだけど…修行ってどういうことをすればいいんだろう。」

「そ、そうだね…」

ビライトとキッカはまず修行の仕方が良く分からない感じだった。

これまで、大剣を使うために身体を鍛えたり、エンハンスの勉強をしてはいたが、それはいつも仕事の合間や休暇を使って行っていたもので、集中的に修行というものをしたことは無かった。

キッカも、魔法書を読んで回復魔法や補助魔法を勉強した程度である。


「そうねぇ…修行の内容は個人で異なりそうね。あたしはよく魔法の練習してたし、旅に出る前も修行ばっかりしてたからやり方は大体分かるけど。」

レジェリーはこういうことには慣れているようだ。


「ワシは小さい頃は身体が弱かったから強くなるために身体を鍛えることはあったが…これといって何か特別なことをしたことは無いなァ。」


思った以上に修行というものにピンと来ていない者が多いようだ。



「そうだな…とりあえずレジェリーはやり方分かってんならすぐに取り掛かる感じでよさそうじゃねぇか?」

ボルドーはレジェリーに提案する。


「そうですね!じゃあたしもっと強い魔法を上手く使えるようにする!まだ安定してない魔法とかもあるし、上級魔法も少ししか使えないから覚えてみる!」

レジェリーはそう言い、「魔物とでも戦ってこようかな!」と言いながら洞窟の奥に向かって走り出した。



「さて、あとはお前らだが…」

ボルドーはビライトとヴァゴウを見た。


「ヴァゴウは基本的に魔蔵庫から武器を出して切り替えて戦うんだよな?」


「あぁ、そんな感じだぜ。」

ヴァゴウは武器屋であるが故、大体の武器を使いこなすことが出来る。

状況によって武器や盾を出し入れしながら臨機応変に戦うのがヴァゴウの戦闘スタイルだ。


「なるほどな、ならお前は武器をもっと多く出せるようにしてみたらどうだ?」


「武器なら多く出すのは簡単だぜ?だけどワシは腕がたくさんあるわけじゃねぇぞ?」


「それに関しては心当たりがある。ビライト。お前の魔蔵書庫を後で貸してくれ。」

「あ、あぁ分かった。」

ビライトがヒューシュタットでアリエラから貰った魔蔵書庫。

そこにはヒューシュタットの図書館にある本を自由に出し入れできるもので、キッカはここ最近物に触れられるようになったので、よく本を読みふけっている。

そこにはもちろん魔法書もあるので、その中にヴァゴウを強くする魔法があると睨んだのだろう。



「で、ビライトは…エンハンスの強化と肉体強化が最も近道だろうな。」

「エンハンスの強化と肉体の強化か…」


「俺様にもエンハンスには心得がある。後で考えようぜ。」

ビライトは頷く。


「キッカは…っと、参ったな。俺様は回復魔法や補助魔法はあんま詳しくねぇ。」


「では、私で良ければお手伝いしますわ。」

メルシィが名乗りを上げた。


「お、メルシィは回復魔法や補助魔法に長けているからな。適任だわ。頼めるか?」

「えぇ、ブランクのお世話をしながらになりますが。」

「ありがとうメルシィさん!」


キッカの修行方針も決まったようだ。



「よぉっし!まずは修行の方針を決めちまおうぜ!」

ノリノリのボルドーにビライトとヴァゴウは顔を合わせ、首を傾げた後、ボルドーと一緒に先にあった建物へ向かった。



「ボルドーさん、なんだか先生みたいだね。」

「ははっ、そうかも!」

キッカの例えに微笑むビライト。


「なんだって~?」

「先生みたいだって。」

「おぉ~良いなァ!ボルドー先生って呼んでくれてもいいんだぜ~?」

ボルドーは嬉しそうにしている。

「へへっ、元々教えんの好きだもんな。お前。」

「おう、ドラゴニアでもよく武術とか魔法とかを兵士たちに教えたり勉強したりしてたからな。」


ワービルト王のヴォロッドは、未踏の地の許可証を渡す条件として、修行を経て強くなり、手合わせをして勝てという条件を出されたビライトたち。

明日から5日間。ボルドーの導きと共に、修行を行うことになる。


(この修行は今後の旅の大きな強みになるかもしれない…イビルライズに行くには…必要なことなんだ。)

ビライトはこの5日間で自身の成長を信じ、前に進むため、決意を固めた…




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