Delighting World ⅩⅩⅦ
Delighting World ⅩⅩⅦ
「ワシは…もう、駄目なんだよ。」
力無く項垂れるヴァゴウ。
辺りは非常に静かだ。
風も止まっていて、夕日も沈まない。
まるで今ここに居るヴァゴウとボルドー以外の時間が全て止まっているようだった。
「駄目って…どういうこった?ヴァゴウ。」
ボルドーはヴァゴウに尋ねる。
「…分かんだよ…ワシはもう助からん。」
ヴァゴウは流れる赤い涙を拭い、ボルドーにそれを見せる。
「ワシは今、現実では何をしている?」
「暴れてる。だから俺様はお前を助けに来たんだ。」
「…助けたからってワシは助かるのか?」
ヴァゴウは顔をしかめてボルドーに言う。
ヴァゴウのこんな顔は初めて見た。
煩わしい、うっとおしい。放っておいてくれ。全てを諦めた。そんな気持ちがあふれ出るような顔。
だがボルドーはひるむことなくヴァゴウの顔を見て説得する。
「助けるさ。俺様が。現実で待ってる。みんながお前を「綺麗ごというんじゃねぇよ」
感情のこもってない無に近いような声でヴァゴウはボルドーの声を遮断した。
「信じてたよ。そりゃワシだって信じてたさ。けどな…疲れたンだよ。」
「ヴァゴウ、お前…」
「ワシはな、皆が言うような強い存在でもねぇんだ。いつだってそれを隠して、怯えて生きてきたんだよ。」
ヴァゴウは身体を震わせる。
「もうワシは、生きることを…望まねぇ。」
それすなわち、死んでもいいということだ。
ボルドーがそんなことを許すはずが無かった。
「…ばっかやろうがァ!」
ボルドーは項垂れるヴァゴウの首を掴み、壁に叩きつけた。
「てめぇ!生きることを諦めるつもりかッ!」
「…そう、言ったンだが?」
「ッ…本気で言ってんのか…?」
「…本気だ。」
「…!」
ボルドーはヴァゴウの頬を強く拳で殴りつけた。
「…ッ…」
殴られ、キッとボルドーを睨みつけるヴァゴウ。
「お前が何を見せられたのかは大方想像はつくさ。だがこれは全て過去のことだろうが!てめぇの未来は…まだなんにも決まっていねぇだろうが!!えぇ!?」
「…るせぇ…」
「あ?」
「うるせぇ!」
ヴァゴウはボルドーの顔を強く殴りつけた。
後ずさりし、よろめくボルドー。
「お前に何が分かる!」
ヴァゴウはボルドーを力強く押し倒し、馬乗りになって顔を何度も殴りつけた。
「ワシはずっと期待されて育ってきた!!ただ重血の生き残りだからと!!珍しいからと!そして…生きる力を強く持っているからと!!」
バキッ、バキッと鈍い音が鳴り響く。
「だがなァ!そんな生きる力なんて大層なもんワシには初めからねぇんだよ!お前もゲキをワシを特別扱いするのを辞めた!だけどなァ…ワシ自身がそれを辞められなかったンだよッ!!」
ボルドーは何も言わずヴァゴウに殴られ続けていた。
「それからも拒絶反応で何度も死にかけたさッ!両親にも捨てられて!何もかもドラゴニアが面倒みてくれたッ!これを特別だと思うななど…思えるわけがねぇだろう!!」
ヴァゴウが心の中で抱えていたもの。
ヴァゴウはそれを怒りと悲しみに変えて今ここで全てを吐き出そうとしている。
「自分1人でやっていくんだとドラゴニアを出てコルバレーで武器屋を作って生活した!ようやく拒絶反応も消えて特別が消えた!あぁそうだ!ドラゴニアには感謝してるさ!だがワシはまたこの“特別”に苦しんでいる!」
「そして知った事実がこのザマだッ!両親はワシを捨てたんじゃなかった!初めからワシは“餌”として産まれた!無理やり作られた呪われた子だった!」
ヴァゴウは両手の拳をボルドーの胸に叩きつける。
「ワシは…ワシはなぁ…生まれてはいけない存在だったんだ…ドラゴニアは…こんなワシを何で……見捨ててくれなかったんだ…もう、未来なんて…望んじゃいけねぇんだよ……」
ヴァゴウの目には赤い涙があふれ、流れ、それはボルドーの身体にぽたぽたと落ちていく。
「…ヴァゴウ。」
ボルドーはようやく口を開く。
「俺様は重血じゃねぇ。急にドラゴンに変身するようなモンでもねぇよ。だからお前の苦しみは分かんねぇ。理解も出来ねぇよ。だけどな。」
ボルドーはヴァゴウの手を掴む。
「俺様だって“特別”だった。」
ボルドーは王だ。
産まれた時からドラゴニアの王になることが決められていて、その為に育ち、今こうやって王になるための準備が整っている。
「いつだって国の為に動かなきゃならなかった。それに俺様は“出来損ない”だったからよぉ…特別な存在である王族の中でも更に特別だったんだ。」
ボルドーはバーン家の血はほとんど引き継ぐことは出来なかった。
故に出来損ないのレッテルを貼られることなど珍しくなかった。
「生きているのがアホらしかった。虚しかった。特別の特別で、出来損ないの自分なんて王になれない。王になれない自分は生きている価値などねぇ。そう思っていたさ。けどなぁ、同じ特別だったお前を見て…俺様だけじゃねぇって思ったんだよ。自分だけが不幸みたいなツラして生きてた自分を殴りたくなったぜ…そして…この世に特別なんてもんはそんなに大事なモンでもねぇって思ったさ。だって俺様も、お前も生きてるんだ。みんなでこの世界で生きている命なんだよ。そこに違いなんてねぇんだ。」
「…なぁヴァゴウ、覚えてるか?この病院の屋上で俺様と、お前と、ゲキの3人で話したことをよ…」
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シルバーによって塗り替えられた記憶ではない。確実にあった思い出。ヴァゴウはその記憶を思い出す。
「ほんとうのボクは、なにもない、からっぽで、なんのためにいきているのかもわからない、つよくもない。」
「からっぽ…か。だったらそのからっぽ、俺が埋めてやる。ヴァゴウ。」
「俺も!俺も埋めてやるぞ!」
ボルドーとゲキはヴァゴウに手を差し伸べる。
「「友達になろうぜ。」」
正直なまっすぐな目に心を動かさたヴァゴウは小さく頷いた。
「生きてりゃきっと楽しいことも辛いこともあるッ。だけどな。それを支えあえる力が。思いがあるんだよ。」
「誰かの辛さや悲しみは誰かが埋めてあげればいいんだ。だからお前の悲しみや辛さは俺たちが埋めてやんよ!ヴァゴウ!」
「でも…ボクは、キミたちに何もあげられない…」
ヴァゴウは小さくつぶやく。
「ばーか。もらってるよ。」
「そうだぞヴァゴウ。」
「…何を?ボクは何を与えたの?」
ボルドーとゲキは顔を見合わせて同時に言う。
「「友達になってくれたじゃんか。」」
「ともだち…」
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「俺様も…今ドラゴニアに居るゲキも…お前の友達なんだ…!夢も、喜びも、悲しみも、みんなで分け合った友なんだよ!」
ボルドーは起き上がり、ヴァゴウの肩を掴んだ。
「なぁヴァゴウ…お前が苦しんでたのはよくわかった。お前が連絡をよこさなくなって…便りがねぇのは元気な知らせだと思って俺様もゲキも静かに見守っていた!武器の納品で生存は確認出来てたからなァ。そして今お前が何故ドラゴニアを出たのかもわかったさ。でもなぁ…ンなもんは…クソくらえよ…」
「…は…?」
「俺様は…お前を見捨てねぇ!お前を諦めねぇ!だってよ…!友達じゃねぇか!それだけでいいんだよ!お前は!俺様の友であり、家族なんだ!それで…それだけで良いんだよ!」
ボルドーは大きな声で叫ぶようにヴァゴウに言う。
「望まれて産まれてこなかったからなんだッ!重血だからなんだッ!特別だからなんだッ!!そんなモンは全部いらねぇ!俺様は!!!」
圧倒されてうろたえるヴァゴウ。
ボルドーはヴァゴウを強く抱きしめた。
「お前の友達であり、ドラゴニアの家族である。それだけで…十分なんだよ…!40年もずっとずっと難しく考えてんじゃねェ…馬鹿野郎…!」
ボルドーのまっすぐな気持ちはヴァゴウの心に溶け込んだ。
(あァ…そうだ。いつだってコイツはそうだった。)
「お前の気持ちに気づけなかった、すまねぇ…けどな…!」
忙しい癖に何かあったらすぐに駆け付けてくれて、あの病院を出てから何度もバカやって遊んだ。はしゃいだ。
悩んでる時はいつだってお前やゲキが居た。
それは“友達”だったからだ。
“特別”だからじゃない。“友達”で“家族”であったから。
ヴァゴウは“特別な愛”を受けていたのではなかった。そこに義務感などは無かった。
そこにあるのは純粋な“友情”と“家族愛”だったのだ。
「俺様は…ぜってぇ…見捨てねぇからな…!お前の拳も気持ちも全部受け止めてやる…こいつは王としてじゃねぇ…お前の友達として受け止めてやるんだ…!」
「…」
ヴァゴウにはもう何も返す言葉は無かった。
何度も繰り返された拒絶反応の疑似体験や、見せられた偽物の光景。そして今まで自分が隠してきた心の闇も重なり、自分を完全に見失ってしまっていた。
そして、隠してきた自分の本質を。本音を。ボルドーは全て受け止めてくれた。
きっとゲキだってこの場に居たら同じことを言うだろう。
「…ボルドー…ワシは…生きてていいのか?」
「あたりめぇだ。二度と生きることを諦めるとか…死んでもいいなんて言うんじゃねぇぞ…そうなっちまった時は俺様がお前をまたぶん殴ってやる。それでも死にてぇというならば…俺様も一緒に心中してやる。」
「…ハ、ガッハハ…言ってることが狂ってやがるぜ…」
「うっせぇ。クッ、ククク、ハーーッハッハッハ!!」
「ガッハハハハハハハ!!」
ボルドーとヴァゴウは血だらけの身体でも笑い続けた。
やがてこの心の世界が音を立てて崩れていこうとしていた。
「…もうここも保たねぇな。」
「…ボルドー。きっとワシは死にかけてる。助かるかどうかも分かんねぇ。でも…信じて待っててくれるか?」
ヴァゴウは言う。
「ハッ、お前を信じねぇなんてあり得ねぇ。」
ボルドーは手を前に出す。
「待ってるよ。絶対帰ってこい。俺様や、ビライトたちを悲しませんじゃねぇぞ。」
「…おう。」
ヴァゴウはボルドーの手に触れた。
やがてヴァゴウの赤い涙は白い涙へと変わっていき、微笑んだ。
ボルドーの意識がかすんでいく。ヴァゴウの心から離れようとしているのだろう。
薄れゆく意識の中でヴァゴウは続けて言った。
「ありがとな…ボルドー。」
「へっ、いいってことよ。」
それがこの心の中で交わしたボルドーとヴァゴウの最後の会話であった。
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現実でもその崩壊は起こっていた。
時刻は早朝になろうとしている。
あまりに強いエネルギーが暴発したものだから、普段曇り空の廃草地に雲はかかっていなかった。
まもなく朝日が昇る。
「!見て!」
ボルドーが心の中に入っている間も暴れていた、ドラゴン化ヴァゴウの様子がおかしい。
身体が徐々に縮んでいくのが分かる。
「オオ…オオオオオオ……」
やがてヴァゴウの胸から光が溢れ、そこから吐き捨てられるようにボルドーの身体がビライトたちの元に飛んできた。
「どゥおわッ!?」
「ボルドーさん!」
ビライトはエンハンスをかけてボルドーが落ちるポイントに立ち、自分よりも倍ほど大きいボルドーの身体を受け止めた。
「ぐぐ…おっも…い…!」
どうにか間一髪でボルドーを受け止めたビライトはボルドーを地面に座らせた。
「ハハ、助かったぜビライトッ。」
「あ、あはは…ってそうだ!オッサンは!?」
「あぁ、ひとまず…はな。」
ボルドーはヴァゴウを見て言う。その表情は少しだけ穏やかだ。
レジェリーたちも駆けつけてヴァゴウを見ている。
ヴァゴウの身体はやがていつもの大きさに戻り、ふらっと身体を揺らし、地面に倒れた。
「ヴァゴウさん!」
「オッサン!」
かけつけるビライト、キッカ、レジェリーの3人。
ボルドーはゆっくり立ち上がり、クライドとメルシィたちは遠くから様子を見ている。
「オッサン!オッサン!」
ビライトはうつぶせになって倒れているヴァゴウを仰向けにした。
ヴァゴウは全身自傷した傷でいっぱいだった。
血は少量しか流れていないが、何よりも意識が無い。呼吸も弱い。
「私の魔法で…少しでいいから…お願い!」
キッカが回復魔法をヴァゴウにかける。
傷は回復していくが、意識は戻らない。それに傷から出る血は止まっても、拒絶反応による流血は続いている。
このままだと非常に危険であることがうかがえる。
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「ボルドー様!いったいどうしたら!」
「言ったろ。ひとまずは…ってな。そろそろだ。」
「あっ!」
レジェリーは東の方角を指さす。
朝日が昇る。
その逆光で見える影…あれはドラゴンだ。
いや、そのドラゴンは普通の大きさではない。とてつもなく大きい。
よく知っている。あの大きさのドラゴンなど、彼しかいない。
「あれは…まさか!」
「おう、そのまさかだぜ。」
ボルドーはここでようやく安堵の微笑みを見せた。
「ビライトさん!皆さん!ボルドー様!」
「フリードさんだ!クルトさんも居る!それに…ゲキさんも!」
「良かった!良いタイミングだわ!」
キッカは驚いて笑顔になる。
レジェリーとボルドーは違う意味でホッとしているようだ。
そう、そこに居たのはドラゴニアの象徴。古代人のドラゴンであるフリード。そしてドラゴニア魔法学園の長であるクルト・シュヴァーン、そしてヴァゴウの友人であるゲキ・アルグレイであった。
「どうして3人が!?」
ビライトも驚きを隠せない。
「ヴァゴウがもし拒絶反応を起こしていたら俺様たちじゃどうにもならんかもしれねぇからな。ハイアライト野営地で事前にワービルト兵に頼んでおいたのさ。」
「高速のドラゴン便でボルドー様の御手紙を頂いたときは驚きました。私はすぐにフリード様にお願いし、ここまでやってきたのです。」
クルトは説明をした。ボルドーが事前にドラゴニアと連絡を取り、いざという時の為にクルトに応援を要請していたのだ。
「クルト、時間が無いぞ。今すぐ治療をせねば。」
「ヴァゴウを助けてやってくれよ、クルト様。」
フリードとゲキがクルトに言う。
「そうですね…では皆様、ヴァゴウさんを安全な場所へ移動させましょう。ラプター便も含めて全員フリード様にお乗りください。」
クルトの指示で、ビライトたち、そしてラプター便、メルシィたちやクライドも乗せ、フリードは大空に羽ばたいた。
そして向かう場所はアメジスト野営地だ。
ここから最も近いアメジスト野営地だが、廃草地に迷い込んだ者を手当てするための簡単な医療施設がある。
そこでヴァゴウを安静にし、クルトは治療を行うことにしたのだ。
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早朝。アメジスト野営地に辿り着いた一行。
ボルドー、クルトの2人はすぐにアメジスト野営地の獣人たちに説明をし、医療施設を開放してもらった。
すぐに緊急治療室へと運ばれるヴァゴウ。
「ボルドー様、あとは私にお任せを。」
「あぁ、頼んだ。俺様の家族を…友達を、助けてくれ。」
ボルドーは頭を下げた。
「…えぇ、必ず。」
クルトも頭を下げ、緊急治療室へと入って行った。
「…ヴァゴウ、負けんじゃねぇぞ。」
ボルドーはガラス越しで魔法陣に囲まれ、治療を受けるヴァゴウを見て、そう言った。
昔、よく見た光景だ。
全く同じ。ヴァゴウがいつも拒絶反応で苦しんでいた時代。いつもあの魔法陣が囲ってあった。
だがあれから40年。ドラゴニアの技術はもちろん発展している。
かつてヴァゴウを助けたクルトの父、名は同じくクルト・シュヴァーンはその重血の治療技術を残し、他界した。
その技術、そしてその容姿までもが全て子である現在のクルト・シュヴァーンに引き継がれている。
悪い言い方をすれば実質クローン技術に近いレベルで酷似しているが、またそれは別の話である。
緊急治療室のガラス越しから見守るボルドーとゲキ。
そして部屋の外ではビライト、キッカ、レジェリーがヴァゴウの治療を見守っていた。
外では大きすぎて施設に入れないフリードと、クライド、そしてメルシィとブランクが待機していた。
「ヴァゴウさん、助かるよね。あたしたち間に合ったんだよね…」
レジェリーは不安を隠しきれずにいる。
「大丈夫だよ、クルトさんならきっと…でも、私たちには見守ることしか出来ないんだよね…私の回復魔法なんて何も役に立たなかったの…なんだか悔しいなぁ…」
キッカは酷く落ち込んだ。
キッカの回復魔法はあくまで応急処置に近いものだ。
故に、大怪我などには対応が出来ないのだ。故にキッカは力が不足しているのではないかと自分を責めた。
「キッカ、落ちこんじゃ駄目だ。少しでも状態悪化を遅れさせることが出来ただけでも十分じゃないか。」
「…うん、ごめんね。お兄ちゃん。」
ビライトの励ましで少しは立ち直るが、それでもやはり気にはしているようだ。
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一方外では、クライドたちが待機している。
「フリード様、わざわざ来ていただけるなんて…」
メルシィとフリードが言葉を交わしている。
「ウム、ヴァゴウは儂らの家族のようなものだからな。家族の為にかけつけるのは当然だ。」
「私はヴァゴウさんのことはお名前でしか聞いたことがありませんでした。でも重血という重い運命を背負っていながらも明るく振舞っていたそのお姿に元気を頂けましたわ。」
「そうだな、だがその明るさがアイツの心の闇を見透かせずにいた原因だった…と考えると一概にも良かったとは言えんよ。」
「そう…ですわね。ヴァゴウさん…心の中できっと主人と対話したはずです。だから、きっともっと良い方向に歩んでいけるはずです。」
「あぁ、信じよう。彼らの友情をな。」
クライドはその話を聞いている。
「…友…か。」
小さくつぶやき空を見上げるクライド。
(…俺にはそんなものは居ない。だが…ずっと昔、遥か昔…そう呼べる者たちが居たような…)
クライド自身ではない、何か分からない漠然としたもの。その正体は分からないが、友情というものに何か引っかかる部分があるようだ。
「クライドさん、肩の怪我は?」
メルシィが声をかける。
「問題ない。回復魔法が効いているようだ。」
「そうですか。良かったです。皆さんも安心しますよ。」
「…色々、迷惑をかけた。」
「いいえ、お気になさらないで。」
「なんだクライド。お前、随分と丸くなったな?気持ち悪いぞ?」
フリードがクライドに対して笑いながら言う。
レジェリー同様、謎に素直なので気持ち悪いと言われてしまうクライド。
「やかましい。」
小さな声を発し、すぐにそっぽを向いてしまう。
(全く…どうしたというのだ…)
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治療を継続しているクルト。
ヴァゴウの状態を確認しながら慎重に治療を続けている。
「…潜血覚醒…まさかこのようなことが起こるとは。」
クルト自身も潜血覚醒が起こった者を診るのは初めてだった。
これまでのシュヴァーン家のデータにも存在しない全く持って未知の状況だ。
身体の組織が大きく損傷している。
細胞が今もまだ後遺症としてなのか、暴れている。それは拒絶反応と同じものではあるが、その規模がまるで違う。
これまでの拒絶反応であれば、集中的に治療すれば数時間で落ち着いていたが、今回は明らかに状況が違う。
長い戦いになりそうだった。
「…」
治療を静かに見守るボルドー。
「ボルドーさん。ゲキさん」
ビライトとキッカだ。
「ん?おお、ビライトか。」
「どうした?ビライト。」
「いや、特にこれと言って用があるわけじゃないんだけど…お礼が言いたくて。」
「お礼?」
「うん、オッサンを助けてくれてありがとう。」
「ハッ、良いんだよそんなこと。家族を助けるのは当然のことじゃねぇか。」
「それでも、ありがとう。俺たちにとってもオッサンは家族だからさ。」
ビライトは微笑んだ。
「だが、状況はあまりよくねぇかもしれねぇ。」
ボルドーは顔をしかめてガラス越しにヴァゴウを見る。
「…潜血覚醒…のこと?」
「そうだ、俺様も潜血覚醒については無知だ。情報屋も詳しいことは知らないと言っていた。クルトもきっと行き当たりばったりの手探り状態だろう。」
「俺も話を聞かせてもらったが…あまりよくない状況だ…何も出来ないのが歯がゆいぜ…」
それだけで状況が芳しくないことがうかがえる。
「…ビライト、キッカも居るんだろ?」
「?あぁ。」
キッカは小さく頷いた。
「言うまでもねぇと思うが…信じて待ってやってくれ。アイツは戻るって約束した。だから絶対に死なねぇ。だからお前らも信じてやってくれ。」
「も、もちろん!なっ、キッカ。」
「うん、私信じてる。」
ボルドーは微笑み、再びガラスの向こうを眺める。
「キッカ。ボルドーから聞いてるよ。俺にも見えないけどさ、一緒に見守っててくれよな。」
ゲキはここで初めてキッカの存在を聞いた。
だからこそゲキもキッカの存在を信じ、そして声をかけた。
キッカは頷いた。ビライトもそれを伝え、ゲキもまたボルドーと同じく微笑んだ。
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治療が始まって10時間が経過した。
クルトはずっと治療室に缶詰状態であり、ボルドーもずっとヴァゴウを見守っている。
ビライトたちもずっと見守っていたが、流石に戦いの後だ。
やがてレジェリーも含めて、眠りに落ちた。
そしてそれから更に5時間が経過。
治療開始から15時間。
ビーッ、ビーッ
警告音のような音が鳴る。
その音によって目を覚ましたビライトたちは慌てて治療室へと向かう。
「ボルドーさん!ゲキさん!この音は!?」
「…ヴァゴウ…!」
ボルドーはビライトの質問には答えることなく、ガラスの先を見ている。
「ボルドーさん…やばいんだな?クッ、オッサン…!」
「ボルドー、こいつぁやべぇんじゃないのか…!」
ゲキも焦りを見せている。
ゲキはボルドーほど、拒絶反応の瞬間を見てはいないが、何度か目撃はしている。
そして、今の状況が危ないということも分かっている。
クルトはすぐに応急処置を施していた。
ヴァゴウの心臓が弱っている。
拒絶反応が重症化した時の状態と同じだ。
「…細胞の暴走が治まらない。このままでは…!」
額に汗が流れ、焦りがうかがえるクルトの表情にビライトたちは不安を覚えた。
「ヴァゴウさん…!あたしたち…本当に何も出来ないの?信じることしか出来ないっていうの?」
レジェリーも、キッカも、ここに居る皆が何も出来ない。
ヴァゴウをただ見守り、クルトに全てを託すことしか出来ない。
「ヴァゴウさん、ボルドー様や、皆が待っている…だから…耐えてください…!」
クルトは魔法陣を増設し、更に集中的に治療を施す。
今までに無いほど多くの治療用魔法陣がヴァゴウの身体を包み込む。
だが、警告音は鳴りやむことは無い。
「クッ、潜血覚醒の後遺症が…強すぎる…!」
ビーッ、ビーッ、ビーッ
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・
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音はやがて心臓が止まったことを示す音へと変化した。
「…まだです!」
クルトはすぐに心肺蘇生を行う。
これまでも心臓が止まることなど、いくらでもあった。
だから今回も、今回だけは。
クルトは精いっぱい蘇生術を施した。
ガラスの向こうではビライトたちが絶望していた。
「オッサン…!」
「あたしたち、間に合わなかったの!?そんなの嫌よ!絶対嫌ッ!」
「…お兄ちゃん…」
「キッカ…ッ…」
皆が悲しんでいる時、ボルドーは…
「ざけんなよ、ヴァゴウ。」
ボルドーはより怖い顔を見せるが、その目には涙が溜まっていた。
「約束しただろうが…信じて待ってるって、約束しただろうが…!!」
ボルドーは居てもたってもいられなくなり、ガラスの向こう。クルトとヴァゴウの元へと駆け出した。
扉も閉めずに突撃していったボルドーを追いかけてビライトたちも治療室へと入ってしまった。
「ボ、ボルドー様!なりません!」
焦るクルトだが、ボルドーは聞く耳を持たなかった。
「ヴァゴウ!お前、約束しただろうが!帰ってくるって!死ぬなんて認めねぇ!認めねぇぞ!」
ボルドーは大きな声でヴァゴウに向かって叫ぶ。
だが、ヴァゴウには何の変化も無い。
「…ボルドー様…」
「…ンなこと、認められっか…!」
蘇生術も効かない。
心臓は動かない。
「ボルドー、落ち着けッ!」
「落ち着いてなんていられるかッ!」
ゲキはボルドーを制止し、落ち着かせようとする。
「オッサン、俺は嫌だ…オッサンが死ぬなんて考えたくない…!」
「ヴァゴウさん…あたしだって嫌よ!お願いよ!目を覚ましてよ!」
ビライトとレジェリーも声をかける。だがヴァゴウに変化はない。
「…」
(私の回復魔法じゃ話にならない…どうして?どうして私は…こんなにも弱いの…?私…私は!)
キッカが前に出る。
「キッカ…?」
キッカは回復魔法をヴァゴウにかける。
「キッカさん…あなたの力では…」
クルトがそう言うが、キッカは首を横に振る。
「私だって…私だって…ヴァゴウさん助けたいもん…!だから…今だけでいいから…強い力を…!!お願い…!奇跡でもなんでもいい!私の…大事な人を…死なせたくない!!」
キッカの身体が淡く光りだした。
「!これは!」
キッカの雰囲気ではない。
これはまるで違う力が働いている。
「…シンセ…ライズ…?」
ビライトが呟く。
「!キッカちゃんはシンセライズと繋がってるってアトメントが言ってた…アレのこと!?」
「かもしれない!キッカ!頑張ってくれ!」
「お願いッ!お願いッ!誰でも良い、なんでもいい!だからヴァゴウさんを助けてーーーッ!!」
キッカの叫び、願いはより強い光を生み出した。
キッカの力とはまた違う別の力。
これがシンセライズの加護なのか、それは分からない。
強い力を感じ取ったクライドとメルシィがブランクをフリードに託し、やってきた。
「こ、この光は…!」
「凄まじい光の力を感じます…!」
(君の仲間を助けよう)
(あなたは…誰?)
キッカの心の深い底、何かが語り掛けたような気がした。
「うわあああっ!」
まぶしすぎて目も開けられないほど光が強くなり、それはヴァゴウの身体を包み込む。
やがて光は小さくなり、辺りはいつもの光景に戻った。
------
「…」
キッカはフラッと身体を傾かせ、やがて倒れてしまった。
「キッカッ!」
ビライトがすぐに駆け寄った。
「…魔力が大分枯渇してるみたいだけど…気を失っているだけみたい。」
レジェリーがキッカの魔力を感知して、ビライトに無事を伝えた。
「そうか…オッサンは!?」
警告音が聞こえない。
さっきまで鳴り響いていた音が消え、辺りは静寂になっている。
「…!細胞の暴走が…治まっている…!」
クルトは心音を確認した。
「…動いてます。わずかですが…心臓が動き始めた…!」
クルトはすぐに蘇生術を再開した。
「キッカさんが命を繋いでくれた。ならば私も全力で応えます。」
クルトは再び治療を開始した。
「キッカ…お前…何をしたんだ?」
ボルドーがビライトに尋ねるがビライトは首を横に振り「分からない」と言った。
「そっか…でも…命、繋いでくれたんだよな。ありがとな。また恩人が増えちまったぜ…」
ボルドーも、ビライトたちもホッと一息つき、治療室を出た。
「ここに居ると邪魔になる。俺たちは外で待とうぜ。」
ゲキが提案し、一行はクルトに託し、外に出た。
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それから更に4時間。
キッカは目を覚まし、再び見守りに戻った。
それからしばらくして。ようやくクルトが治療室から出てきた。
「…」
「クルトさん!」
ビライトたちが駆け寄る。
「…治療は成功です。あとは安静にしていればよくなるでしょう。」
その声を聴いたビライトたちは顔を合わせ…
「良かった…!良かったーーーーッ!」
「うおおおおお!!」
声をあげて喜んだ。
ゲキとボルドーは特に抱き合って叫んだ。
「ボルドー!」
「ゲキッ!」
「「よかったァ!」」
外で待っていたクライドやメルシィたちもそれを聞き、小さく微笑んだ。
治療は成功した。19時間にもわたる長い治療の末、ヴァゴウは奇跡的に一命を取り留めた。
「キッカさん、あなたのおかげです。あなたがあの時…ヴァゴウさんの運命を決めたのです。」
クルトはキッカにお礼を言う。
「わ、私も何が起こったのか分からなくて、ただ夢中だっただけで…!」
「それでも、ありがとう。」
「俺様からも言わせてくれ。ありがとうなキッカ。お前最高だぜ!」
ボルドーにはキッカが見えていないが、クルトの目線の先に向かって精いっぱいのお礼をキッカに言う。
「…私、守れたんだね…」
「キッカ、身体は何ともないんだよな。」
「うん…何か分からない力だったけど…でも、ヴァゴウさんが助かった。それだけで私はとっても…嬉しい。」
「そうだな。オッサン…ホント良かった。」
「クルト様、本当にありがとう!」
レジェリーがクルトお礼を言う。
ビライトたちもクルトに次々とお礼を言う。
「いえそんな…しかし、助けられてよかった。」
「大丈夫か?クルト。」
「ええ、大変でしたが…無事に終わってよかった。」
クルトは、ボルドーとフリード、そしてメルシィに介抱されていた。
19時間にも及ぶ長い治療でクルトは疲労困憊だった。
「でも、助けられてよかった。本当によく頑張りましたね。」
「メルシィ様…」
「ウム、クルト。よく頑張ったな。」
「フリード様…」
「クルト、ホント、ありがとうな。」
ボルドーは深く頭を下げた。
「ボルドー様、よしてくださいよ。」
治療は終わった。
ヴァゴウの身体はそれから徐々に回復していった。
意識が戻ってきたのは治療を終えて、3日が経ってからだった。
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「…ン…」
ゆっくりと目が開いて、視界が開けていく。
まだぼんやりとしているが、自分が生き延びたことを実感できた。
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「…ここ…は…」
「おはようございます。」
「よっ、お目覚めか?」
声が聞こえる。
よく聞いた声だ。
「…ボルドー…そして…クルト…?ゲキまで…」
「えぇ、クルトですよ。ヴァゴウさん。」
「よっ!ヴァゴウ!」
「へっ、なんて顔してんだよ。」
キョトンとした顔をしていたヴァゴウにボルドーは笑顔で声をかける。
「おかえり。」
「…おう…ただいま。」
ヴァゴウ、ボルドー、ゲキ。3人は手を合わせ、お互いの熱を感じあう。
生きている。
ワシは、生きている。
第6章、~Episode ヴァゴウ・オーディル 呪われた血~ 完
第7章に続く…