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Delighting World  作者: ゼル
第六章 ~Episode ヴァゴウ・オーディル ~
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Delighting World ⅩⅩⅥ

Delighting World ⅩⅩⅥ







「改めて、俺はゲキだ。よろしくな!ヴァゴウ!」


リハビリを終えるとゲキが待っていた。


ヴァゴウ6歳。

リハビリを始めて1年が経過したときのことだった。

ゲキ・アルグレイ。当時5歳。ヴァゴウとは1つ年下だ。


竜人は最初の成長が早い。そして老化が遅い生物だ。

5歳ともなれば、人間で言うと10歳程度の精神年齢を持ち合わせている。

ゲキは特にその中でもやんちゃだが、随分と大人びているところも見受けられる。


「…」

ヴァゴウは何も言わずにすれ違おうとした。

「おいおい!なんだよぉ。なんか言えよ~」


ゲキは再びヴァゴウの前に出る。何を言えばいいのか分からない。

そもそもこいつは誰だ。何故自分に話しかけるのか。

何故友達になってやるなんて言っているのか。

意味が分からなかった。


「…やめて、くだ、さい。」

ヴァゴウの目は酷くやつれ、まさに死んだ魚の目というのが相応しい表現であるほどに、輝きの無い目をしていた。


ヴァゴウはそれだけ言い、ゆっくりとした足取りでふらつきながら病室へ戻っていく。


「…ふ~ん…」



--------------------------------------------------------


生きる意味が分からない。


クルト先生は言う。

“生きる意志があったからあなたはここまで生きてこられた”

と。


そんな意志は無い。それはきっと本能だ。

ただの生理行動のようなものだ。そうでなければこの虚無感に説明がつかない。

本当に自分が生きたいと思っているならばこんな虚無感はあり得ない。


だから、その意志は本当の自分の意志ではない。




自分は…死にたいのかもしれない。





「!」


その時、手に何かが触れた。

「…あの、なに…?」


ゲキだった。

ゲキは追いかけてきてヴァゴウの手を掴んだ。


「来いよ!良いところ連れてってやる!」

ゲキはヴァゴウの手を引っ張り走る。

「わ、わ!」


ただ引っ張られるヴァゴウ。

そしてそれを絶対に離さないと笑顔で笑うゲキ。


階段を上り、たどり着いたのは病院の屋上だ。

この病院はドラゴニアでもかなり大きい病院で、屋上からはドラゴニアの城下町を一望できる。

時刻は夕暮れ。間もなく陽が沈む。



「…!」

ヴァゴウは目の前の景色に驚いた。



これが外の世界。

今まで見向きもしなかった病院の外。

吹き抜ける風がゲキとヴァゴウに吹き付ける。胸がドキドキする。

これが気持ちいいという感情なのだろうか。


「綺麗だろ!ここに入院している俺たちだけの特権さっ!」

ゲキは指をさす。そこにはドラゴニアの城。


「あそこがドラゴニアの城!ボルドー様やベルガ様、カルラ様、そしてフリード様が住んでるんだ!」


ボルドー以外は知らない名前ばかりだ。

しかしヴァゴウは城だけでなくこのドラゴニアを一望できる景色に見惚れていた。

「おっ、なんだお前笑えるんじゃん。」

「え?」


ヴァゴウの目には光が。

そしてその顔は確かに小さく微笑んでいた。


「…」

「へへっ、俺さ。武器職人目指してんだけどさ。」

「ぶき、しょくにん」


「そう。みんなを守るための武器を作る仕事さ!親父に色々教えてもらってる!」

「…」

ヴァゴウは静かに聞いている。


「で、練習中に腕の骨折っちゃってさ!それで入院してるってわけ。」

ゲキは武器職人を目指していた。

まだ5歳だというのに既に父親の元で修行をしているのだ。


「でさ、ずっと前から気になってたんだ。お前の存在をさ!」

「…?」

ヴァゴウは小さく首をかしげる。

「なんだよ~自覚は無いんだな。ヴァゴウ、お前はこの国では結構有名人なんだぞ?」


自分が有名人?意味が分からなかった。


「ボルドー様がさ、お前のことをみんなに伝えたんだ。聞こえなかった?お前を応援する声が毎日病院に響いていたんだぜ。」


ボルドーの声明活動はヴァゴウが病床から動けなかった時に始まった応援運動だ。

その応援の力をヴァゴウは確かに聞いていたはずだ。

だが、その記憶すらも今の自分には辛い思い出で塗りつぶされてしまっている。


「一度でいいから会ってみたいなって思ってたんだ。だからここに入院出来たのはラッキーだったぜ!」

ゲキはヴァゴウに会いたかったと言っている。

ヴァゴウは分からなかった。

こんな自分に何があるのか。何をもってして会いたいなど思うのか。


「ボルドー様が言ってたんだ。ヴァゴウは自分の重い運命に抗い続けられる強い男だって。俺は強くなりたいんだ。だからお前に会いに来た!」

ゲキはまるで自分が凄い存在であるように言うが、ヴァゴウには意味が分からない。


「つよくなんて、ない。」

ヴァゴウは言う。

「つよくなんて、ない。りはびりだって、やろうっていわれているからやってるだけ。」

下を向いて身体を震わせる。

「なんで、生きているかなんて、わからない。うんめいとか、わからない。」

「ヴァゴウ?」


「かってに、期待しないでよ。ボクは…つよくなんてない。あらがうとか、知らない。ボクは、なんで生きているかなんて、わからないから。」


最初の記憶は病床の上。こびりつく思い出は拒絶反応に死にそうになる日々。

それが治まったと思ったら意味も分からずリハビリの毎日。


周りの応援があるのは知っていた。

だがヴァゴウにとってはそんな声は邪魔でしかなかった。

何故皆、自分が生きて欲しいと願うのだろう。何故こんなにも応援され、期待されているのだろう。


そんな声を受けても自分には何も出来ることなどない。


「もう、やめてよ。ボクに、構わないで。」

ヴァゴウは小さな声でゲキを拒絶した。


「生きている意味なんて、誰も知らない!俺も知らない!」

「え?」

ゲキは言う。


「だから探すんだよ。俺はなんでここに居るのか。なんで生きているのか。一生かけて探すんだよ!ヴァゴウ!お前だってきっと!生きる意味があるんだよ!」

ゲキはヴァゴウの肩を掴み、言葉を伝える。


「ボルドー様は言ってた。例えそれが本能によるものだったとしても、ヴァゴウは生きようとしたんだって。アイツの未来はこれからなんだって!」

「未来…」


「そうだよ!俺たちなんてまだ子供だ!これから何十年も生き続けるんだ!その中で自分が生まれた意味、生きる意味を探しながら歩き続けるんだよ!」

「…ボクにも、生きる意味があるの?」

「あるさ!意味の無いものなんてないって!俺もそう思うし、ボルドー様も言ってた!」

「…こんな身体でも?」

「身体なんて関係あるもんかよ!」

ゲキはヴァゴウの手を握る。


「決めた!俺はやっぱりお前の友達になってやる!」

「…友達…」

「そうだ!友達だっ!」



「俺はもうお前を特別扱いしない!」

「…?」

「今話して分かったんだ。お前は特別なんかじゃないんだって。俺たちと何も変わらないんだって。」


「…」


ゲキはヴァゴウを特別な存在として認知することを辞めた。

ヴァゴウは何も変わらない。自分たちと何も変わらない、特別でもないただの子供なんだと。



「そうだな。そうかもしれねぇな。」

「おっ?」


声がした。

屋上の扉を開けたのはボルドーだった。


「おお~ボルドー様だ!」

「ボル、ドー…」


「王の仕事がひと段落ついたんでな。会いに来たぜッ。久しぶりだなヴァゴウ。それと…ゲキだよなっ。アルグレイの。」


「そうそう!覚えててくれたんだ!」


「アルグレイ印の武器が万能なんだって兵士たちも言ってたからなァ。」


ボルドーはゲキと会話を挟み、ヴァゴウの前に座る。


「ヴァゴウ、すまなかった。」

ボルドーはまず第一声で謝罪した。

突然の謝罪に驚くヴァゴウとゲキ。


「お前の話は聞かせてもらったよ。俺はお前に変な重荷を背負わせちまったみたいだ。」

ボルドーは話を続ける。


「お前が重い病気で苦しみながらも生きているところを見て俺は心を打たれた。こいつは事実さ。だからこそ俺はお前の為に何かしてぇと思って人を集め応援した。やがてそいつは大きく広がり、今でもその期待と応援は続いている。」


「…ボクは、そんなすごいひとじゃない。」

「分かってる。お前は特別なんかじゃねぇ。俺たちと同じだ。お前はお前だ。」


ヴァゴウは自分が特別な存在であることを嫌がっていた。

周りから勝手に期待されて勝手に応援されて。うんざりだった。


「ほんとうのボクは、なにもない、からっぽで、なんのためにいきているのかもわからない、つよくもない。」


「からっぽ…か。だったらそのからっぽ、俺が埋めてやる。ヴァゴウ。」


「俺も!俺も埋めてやるぞ!」

ボルドーとゲキはヴァゴウに手を差し伸べる。


「「友達になろうぜ。」」


夕日に照らされたまぶしい二人の笑顔にヴァゴウの閉じている心の扉が動き出す。

止まっていた時間が動き出す。




--------------------------------------------------------


一方、ビライトたちはシルバーと対峙。


怒りに任せて攻撃をしたビライトを制止し、ボルドーが怒りの形相でシルバーの前に立つ。

その圧倒的身長の差はもはや歴然である。

途方もない圧力を感じる。


「フフフ、ボルドー・バーン。貴方をここにおびき寄せる為この竜人を利用させてもらったが…随分お怒りのようだ。よっぽど大事な人物だったのかな?」

「うるせぇよ。いちいち神経を逆撫でするような言い方だな…虫唾が走る。」

ボルドーはシルバーのわざと挑発しているかのよう高い声を一蹴し、前に一歩出る。


「返してもらおう。そいつは俺様の大事な家族だ。」

ボルドーのエクスリストレイによる紫色のオーラがより一層強くなる。


「ええ、あなたをここにおびき出せればこいつはもう用済み。私を退けれたなら好きにすると良い。」

「なら遠慮なくやらせてもらおうか。」


ボルドーは拳を突き出し、構えを取る。

そこには魔力ではなく、強い闘気を感じた。

そのピリピリとひりつくような力の波動は、周囲にいるビライトたちをも圧倒した。


「凄い力を感じる…!」

「ボルドーさん…相当怒ってる…!」

ビライトとキッカは唖然とするしかなかった。

これだけ見るとシルバーには勝機など無いように見える。だが、あの余裕を持った表情が気になる。


「ボルドー様!気を付けて!アイツ、何か企んでる!」

レジェリーがボルドーに向かって声を出す。

ボルドーは振り向かず、小さく頷いた。



「…フンッ!」

ボルドーが足を大きく踏み込み、飛び出す。

何かの強化魔法がかかっているのか、その飛び出した場所の地面が大きく揺れ、土がはじけ飛ぶ。


「ほう。」

かなりの速度だ。その大きな巨体から繰り出されるものとは思えないほどの動きの速さ。

シルバーは余裕の表情でそれを躱す。


「なるほど。」

その時だ。シルバーの背中から何かが生える。


「なんだあれは!」

シルバーの背中から何やら鉄製の翼のようなものが生える。


「私は肉体の一部を機械化している。故に魔力を消費せずともこれで空を飛べるのだ。」

背の翼が黄色く光り、ジェット機のように煙が噴き出している。


「空中戦ってか。」

ボルドーも魔力を消費し、空を飛ぶ。


本来、竜人やドラゴンの翼というのはほとんど飾りでしかなく、飛行は主に魔力の消費によって行う。


だが、その魔力の消費量はかなり高く、ドラゴンであれば問題なく扱えるが、竜人は元々魔力の魔限値が低いため、飛行はほとんど不可能だ。

だがボルドーのエクスリストレイは全ての魔法を魔力をほとんど消費することなく使える。

故にボルドーにとって飛行はたやすいことなのだ。


「ビライトッ、ヴァゴウを頼む!」

ボルドーの声に、唖然としていたビライトとキッカは我に返る。


「あ、あぁ!分かった…!」

ビライトはキッカの回復魔法もあり、立てるまでに回復していた。

「ビライト!キッカちゃん!行きましょう!ボルドー様が時間を稼いでくれている間に!」

レジェリーが合流し、3人はヴァゴウの元へ走る。



「…よし、ヴァゴウはこれで安心か、ようやくてめぇを心置きなくボコることが出来るぜ…覚悟しろよこのクソ野郎。」


「汚い言葉を使いますねぇ。王族が聞いて呆れる。あなたには気品というものがないのでしょうか?」

「知るかボケ。んなもんクソくらえだッ」


ボルドーはシルバーの煽りなどものともせずに、格闘で果敢に攻めるが、シルバーはそれをなんなく回避してしまう。

「ふーん、やるじゃねぇか。だが躱してばかりじゃ勝ち目はねぇぞ。」


「フフッ。」

「…」(気味が悪いやつだぜ。何か企んでやがるのは分かるが…コイツの目的はなんだ?)



ボルドーは警戒を解くことなく、シルバーを睨みつける。

「…もうすぐか。」

「何?」

「じきに分かるとも。」



「オッサン!」

ビライトたちがヴァゴウの元に辿り着く。

両手両足を鎖で縛られ身動きが取れないまま、拒絶反応で少しずつ身体から血が流れているのが分かる。

身体のあちこちの穴という穴から血が流れ落ち、その血が地面にぽたぽたと止まることなく流れている。


そして、なにやら魔法がかかっていることも窺える。


「これ…竜の鍾乳洞であたしたちが受けた魔法に似てるわ。ヴァゴウさんは…もしかしたら今怖いものを見ているかもしれない。なんとかならないのかしら…!」


レジェリーが感じとった魔法は竜の鍾乳洞で受けた、自分の記憶の中や遺伝子のどこかにある誰かの悪い記憶を見せつけられる魔法だ。


ヴァゴウは自分にとって都合の悪いものを見せられているに違いない。


「キッカ!」

「うん…やってみる。」

キッカは回復魔法をヴァゴウに放った。


「おっと、それは困るな。」


それを見ていたシルバーはポケットから何かのリモコンを取り出し、ボタンを押した。


するとこの洞窟自体から謎の磁場が発生。辺りが妙な空間で包み込まれた。

「!」

キッカの手から放たれていた回復魔法の光が消えた。

「ど、どうして!?」



「ッ!」

ボルドーにも異常が。

飛行の為に使っていた魔力が突然発動しなくなったのだ。


咄嗟に壁に手足を当て、地面に着地したので落下によるダメージは無いようだがボルドーにも異常が出ていたのだ。


「魔法が使えねぇ。そいつが余裕の秘密か」

魔法が封じられている。

先ほどシルバーが発生させた磁場が原因のようだ。

「最強の魔法使い、ボルドー・バーンを始末するのに対策をしていないわけがないだろう。あなたの魔法は封じさせてもらった。」

「チッ!つくづく嫌な野郎だぜ…!」



「そして…」

シルバーの魔力が高まる。


「ちょっ!自分だけ使えるってワケ!?ずるい!!」

レジェリーは魔力の高まりを感じて叫んだ。


シルバーは磁場の影響を受けないようだ。

「フフ、当たり前だろう。私まで使えなくなっては本末転倒だ。」


シルバーは周囲の岩を魔法で集め、雷をまとわせる。

その数は十数。

「では、いかせてもらおうか。」

まずは1つ。ボルドーに向けて放たれた。

「はえぇ!」

ボルドーは咄嗟に後ろに下がり、岩を回避。しかし岩が落ちた衝撃で辺りは砂煙が舞う。

「視界が…!」

「そう、目的はそれだ。」

シルバーが後ろに回り込んでいる。

「やべっ。ガッ!」


無数の雷をまとった岩がボルドーの背に直撃する。

「魔法が使えぬボルドーなど敵では無い。」

余裕の表情で岩を撃ち続ける。

「ボルドーさん!」


ビライトは大剣を構えてボルドーの所に行こうとする。

「待ってビライト!あんたのエンハンスも使えないんでしょ!?無茶よ!」


「それでも!」

「あたしたちはヴァゴウさんを助ける。ボルドー様を信じなさいよ!」

「…ッ、分かった…」

レジェリーに説得され、ビライトはヴァゴウ救出を優先することにした。


「おう、その通りだぜレジェリー。ここは任せな。」

ボルドーは砂煙から声を出す。

ダメージはあり、頭部から血が流れているのを確認したがボルドーはまるでぴんぴんしている。


「ほう、結構当たったつもりだったのだが。」

「生憎俺様はタフなもんでな。それに…魔法が使えずとも、俺様にはこの肉体がある。」


ボルドーは拳を突き出し、構える。

「伊達に身体鍛えてねぇぞ。」


「フム、魔法が使えずとも高い戦闘能力を備えているというわけか。やはり手強い。」

ボルドーの拳がシルバーを纏っている防御壁と衝突する。


「…!これはなかなか…!」

予想以上に強い力が防御壁にかかってシルバーの表情が歪む。


「ようやくいい顔になってきたじゃねぇか…」

「なるほど、その力の強さは多少想定外だったかもしれない。」


シルバーは少し距離を取る。


その一方、ビライトたちは鎖を外そうとしている。

「これどうやって外すんだ!?」

「わ、分からないわよ!」

鎖を外すのに苦戦している。


「こうなったら壊すしか!」

「でも魔法が使えないわよ!」

「くそっ!」

ビライトはエンハンスが使えないので力が出せない。

鎖に大剣を叩きつけるが鎖はビクともしない。


「フフ。」

その時だ。シルバーの不敵な笑みがこぼれる。


「!危ない!」

キッカの声にビライトたちは後ろを向く。岩が迫っていた。シルバーが放ったのだろう。

「うあああっ!」

「きゃああっ!」

「お兄ちゃん!レジェリー!」


直撃は免れたがその衝撃でビライトとレジェリーは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ビライト!レジェリー!」

「お兄ちゃん!!」

キッカがかけより、ビライトたちに声をかける。


「…ッ…クッ…!」

ビライトたちは気絶こそしていないが、強いダメージを負ってしまった。

キッカは咄嗟に回復魔法を出そうとするが、魔法が使えず、ただ見ていることしか出来なった。


「フフ。」

シルバーはヴァゴウの元へと着地する。

「てめぇ…!」


「ボルドー・バーン。あなたの力は思った以上に強大のようだ。故に私個人での勝利は確実のものではなくなった。」


「ああん…?」

「私は確実な勝負しかしない主義でね。故に私は引かせてもらおう。」

「んなことさせると思ってんのか?」

「フフ。」

シルバーはヴァゴウの身体に触れた。

「始めよう。」


ヴァゴウの身体が黒く染まる。

「てめぇッ!それ以上ソイツに触れんじゃねぇ!」

ボルドーはシルバーの元へ走り、拳をぶつけようとする。

「無駄だ。」

黒い魔力はボルドーの拳をはじき返した。


「なんだこいつは…!」


「さぁ、目覚めろ。呪われし、混ざり合う血の中に眠りし隠された力よ。」

シルバーの声に反応するかのようにヴァゴウの身体から大きな心音が鳴り響く。


--------------------------------------------------------





「あ、あ。あ。」

ヴァゴウの見ていたものは先程とはうって変わって全く違う光景だった。


おかしい。

自分はゲキとボルドーの手を掴んで、友達になったはず。



なのに、何故今目の前で…






2人は死んでいる?



「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


恐怖のあまり叫ぶヴァゴウ。


“ち、違う!こんな思い出、こんな思い出ワシの中には無い!”

思い出が変わっている。記憶が。知らない記憶がぐるぐると支配する。


頭が壊れそうだ。激しい動揺がヴァゴウに伝わり息苦しい。

何度目を閉じても同じだ。

空は赤く染まり、ゲキとボルドーは全身を爪で引き裂かれた状態で無残な死を迎えていた。


「…あ?」


ヴァゴウが自身の身体の異変に気が付いた。

明らかに見ている目線が違う。さっきよりも高い場所が見えていた。

「…は…?」


揺れる視界の中、自分の手を見る。

そこには血が付着し、ゲキとボルドーの服の布切れが指の間に血まみれで残っていた。

「グ、ア、グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


咆哮が病院の屋上に響き渡る。


その咆哮は空を裂き、大地を震わせる。


“う、嘘だ、嘘だッ!こんなことありえねぇ、ありえねぇッ!”


“それがあなたの呪い。”


“!”


シルバーだ。


“お前…ワシの記憶に何をした!?”

“そんなことより自分の姿を見たらどうなんだ?”


姿だと?ヴァゴウは自身の身体を、顔を触った。

明らかに大きい。

おかしい。さっきまで見えてた視界より5mは高い。

それにこの鋭い爪と牙、大きな尻尾。

これは紛れもなく…ドラゴンだった。


“な、なんだこいつは…!ワシは、ワシは…こんな…!”


“それが貴方の真の姿。貴方はその爪で友を殺したのです。”


“バ、バカな…だって、ボルドーもゲキも、現実では…生きてるじゃねぇか…そうだ、こいつは夢だ。悪い…夢…だろ……”


“この魔法はあなたの現実を追体験している。つまり、事実。”


“う、うおお、ワシは、ワシは…!”

“フフッ”

シルバーはヴァゴウに向かって言う。

“疲れたでしょう?もう楽になってはどうだ?”


“あ、ああ、もう…嫌だ。ワシは、ワシは…もう、こんなこと…”


ヴァゴウの心が砕けていく。


これまでずっと無理をして明るく振舞っていた自分が崩れ落ち、本来の繊細で、臆病で、生きることが辛い自分が殻を破って飛び出してくる、



“あなたは凶悪な存在だ。そして誰よりも特別で、誰にも分かってもらえなくて、自分から国を去った。”


“ち、ちが…”


“あれだけの友情を交わしておいてあなたは成人してすぐにドラゴニアを飛び出した。それはなぜか。”


“…!”


“自分が特別だからだ。誰もあなたを特別扱いしなくても、あなたは自分自身が特別であることを否定出来なかった。だから逃げた。ドラゴニアでも武器は作れるというのに…”

“そうだ…ワシは……全てを裏切って…逃げて……誰かの気持ちを蹴飛ばして…ないがしろにしたんだ…ワシは…最低の男だ……”




“辛いでしょう、苦しいでしょう。でもその気持ちを解き放てば楽になるとも。”




“さようなら、ヴァゴウ・オーディル。心を解き放つ時だ。”

“―――皆…ワシはもう…ダメだ。”








―――すまねぇ…



--------------------------------------------------------



「…フフッ、さらばだボルドー・バーン。次は必ず始末してやろう。最も、これから起こる状況によっては…私の不戦勝かもしれんがな。フフハハハハハ!」



ドックン



大きな心音が洞窟内に響く。

「な、なん…だ…」

「…」

ビライトとレジェリー、キッカは周囲を見るが、その音がヴァゴウから聞こえることを理解した。

「…なんだこの魔力は…!ヴァゴウ…!」

ヴァゴウの元にかけよるボルドー。

しかし、そのあふれ出る魔力でボルドーは近づけずにいた。


「てめぇ!ヴァゴウに何をッ!」


「少しだけ心に干渉しただけさ。助かりたくば止めてみることだな。でなければ…グリーディ2世の誕生と…なるかもなぁ。ハッハハハハ!」

シルバーはそう言い、鉄製の翼を広げ、洞窟の外へと飛び出した。


ヒューシュタットの脅威は去った。


だが、ヴァゴウが今、ただならない状態になっている。


「ボルドーさん…これは…!」

ビライトとレジェリーがボルドーと合流する。


「分からねぇ…だが…こいつは…あのクソ野郎より遥かにヤベェぞ…」

冷や汗を掻くボルドー。

ボルドーの表情が穏やかではない。それほど今ヴァゴウに起こっていることは未知であり、そしてとても強い力だということだ。

「ヒッ!」

レジェリーも身体を小さく震わせている。


「レジェリー?」

「や、やばいわよこれ…!おかしいってこんなの!なんなのよこの魔力!」

レジェリーがここまで言うほど今、溢れている魔力は異常だということだ。


--------------------------------------------------------


その魔力の強さはアメジスト野営地の方まで強く伝わっていた。


「…!この力は…」

アメジスト野営地に残っていたクライドはその強い魔力を感じていた。


「ああー!ああーー!」

「よしよし、ブランク。大丈夫ですからね。」

同じくメルシィと、赤ん坊であるブランクまでもが感じ取っているようだ。

アメジスト野営地に居るワービルトの獣人兵士たちも動揺を隠せずにいた。

警戒態勢が取られ、殺伐とした野営地でクライドは立ちあがる。


「クライドさん…」

「悪いが止めないでくれ。俺は…行かねばならん。」

クライドは歩き出す。

大分休んだつもりだ。走ることはままならないが動ける。


「クライドさん。任せてください。」

メルシィはブランクをなだめながらラプター便の厩舎に走り出す。

「…全く、とても一国の姫とは思えんな…」


厩舎からラプター便を連れ出し、メルシィはそれを操縦していた。

「クライドさん、行きましょう。それが貴方のやりたいことなのでしたら、私もお手伝いします。」

「…フン、お人よしめ。」

「あの人の妻ですから。」


「だが…助かる。」

クライドはラプター便に乗り込んだ。

「場所は分かる。嫌でも分かるぐらいにとんでもない魔力だからな。」

「ええ、私も感じますわ。行きましょう。」


ワービルト兵士たちは困惑していてあわただしい。

その隙に乗じてメルシィとクライドを乗せたラプター便はアメジスト野営地を飛び出し、廃草地を走る。




「クライドさん、あの魔力の正体は…」

「…恐らくだが…ヴァゴウだ。」

「ヴァゴウさん…?どうして?」


「…行けば大体分かる。だが、俺の予感は…よく当たる。外れて欲しいと思うがな…でなければ…」

クライドは小さくため息をついて手を頭に当てる。

「で、なければ…?」







「…ヴァゴウは…死ぬ。」






--------------------------------------------------------



心音が激しくなる。

大きく響き、そして洞窟内が大きく揺れ瓦礫が降り注ぐ。

「こいつは崩れるかもしれねぇぞ…!」

「ど、どうするのよ!」


「脱出だッ!」

「で、でもオッサンが!」


「チッ、魔法が使えれば…!」


ドックン


その大きな音で状況はまた一変した。


「!!」


ヴァゴウの身体に変化が起きた。

「な、な…何!?」

「オッサン…!!」

ヴァゴウの身体がなんと巨大化していく。

腕や足についた鎖がみるみると巨大化された身体によってはじけ飛び、その身体はどんどん姿を変えていく。


「う、嘘…だろ!?」

「とにかくここは危険だ!出るぞ!」

ボルドーに先導され、ビライトたちはヴァゴウを置いて外に出ることになった。

だが、ヴァゴウの身体がみるみる大きくなり、やがて洞窟を内部から破壊しそれと同時に魔法が使えなくなっていた磁場も消失した。


「魔法が使える!」

「しかし、一体何が…起こっているってんだ…?」


暗い廃草地を照らす月の光がその姿を映し出す。


「グ…ルルル…グルオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

激しい咆哮と途方もなく強い魔力がビライトたちの身体の芯まで響く。


絶句するビライトたち。

目の前に居たのはどう見てもヴァゴウの姿をしたドラゴンであった。

3m、いや、それ以上か。5mはあるであろうその巨体の咆哮は周囲の空気を一気に切り裂き、周囲の瓦礫がはじけ飛んだ。


「こ、こんなの聞いてないわよ!ヴァゴウさんいったいどうしたっていうのよ!ていうかそもそもあのドラゴンがヴァゴウさんなの!?」

レジェリーはあまりにも意味が分からな過ぎて動揺している。

ビライトとキッカはただ絶句している。


「俺様にも分からねぇ…だがあれは間違いなくヴァゴウだ。アイツの血が何か関係してんのかもしれねぇが…」


「グルアアアアッ!」

ドラゴン化したヴァゴウは叫びながら暴れている。

崩れた洞窟の瓦礫に八つ当たりをするように大暴れし、周囲に居た魔物までも巻き添えにただ狂ったように暴れ散らかしている。


「あんなの…どうしたらいいっていうんだよ…!」

「止めるしか…!」

「止めるってどうやってだよ!」

キッカもビライトも困惑しすぎてて、正常な判断が出来なくなっている。

「わ、分からないけど…」


「ビライト、キッカ。落ち着け。」

ボルドーが声をかける。

「とにかく様子を見る。少し距離を取るぞ。」

ボルドーに先導され、近くにあった廃村に入り、遠くから暴れるドラゴン化したヴァゴウを見る。


「あれがなんなのかは俺様にも分からねぇ。だがあのままではヴァゴウが危険だということは間違いねぇだろうな。」


「その通りだ。」


「!」

眼前には見覚えのあるフードを着た獣人。

「クライド!あんた怪我は!?」

「もう大体良くなった。それより…嫌な予感が当たったようだ。」


クライドはヴァゴウを見て顔をしかめる。


「あなた!」

「メルシィ!おま、何で来たんだ!」

後にメルシィとブランクを乗せたラプター便が到着。驚くボルドーにメルシィは頭を下げた。

「ごめんなさい、クライドさんがどうしても向かうというから…手伝ってしまいました。」

「…ったく、お前ってやつは…あぶねーから中で待機してろよッ。」

「ええ、気を付けて。」


「クライド、オッサンのあれはなんなのか…分かるのか?」

ビライトはクライドに尋ねる。

「俺も噂でしか聞いたことが無いが…あれは“潜血覚醒”だ。」


「潜血…覚醒…?」


潜血覚醒。聞いたことのない単語だ。

クライド以外は誰も知らない言葉に一行は戸惑う。



「ンだそりゃ…そいつが何故ヴァゴウに?」

ボルドーがクライドに質問する。


「潜血覚醒は混血者のみに発現すると言われる“血の逆転現象”のことを言う。」

「血の…逆転現象って…?」

キッカが恐る恐る尋ねる。


「混血は名の通り2つ以上の血を引いている。亜血、双血、重血…それらには“主たる血”と“付帯の血”がある。血の濃い側が“主たる血”だ。」

クライドはビライトとキッカを指す。


「お前たちの見た目は人間だ。だがわずかに獣人の血が流れている。」

「あ、あぁ。クルトさんにドラゴニアで聞いたよ。俺たちは人間の亜血獣人だって。」


「お前たちの主たる血は人間、そして付帯の血が獣人ということになる。」


「それの逆転現象ってことは…付帯の血が主たる血よりも濃くなるってこと?」

キッカがクライドに言い、クライドは頷いた。


「仮にお前たちが潜血覚醒を発現すると恐らくお前たちの見た目は獣人の姿になるだろう。つまりヴァゴウは今、本来主たる血の竜人の血と付帯の血であるドラゴンの血が逆転している状態なのだ。」


「そ、そんなことがあるの…!」

レジェリーは聞いたことも無い話に驚いた。

誰も知らない混血の秘密に一同は息を呑む。


「潜血覚醒の発現条件は分からない。だが発現すると身体からとてつもなく激しく強い力が溢れ出し、とてつもない力を得るだろう。だがそれは身体に重大な負担がかかる。」

クライドは再びヴァゴウを見る。


ドラゴン化したヴァゴウはとても苦しそうだ。

全身からは血が流れ、自身の爪て身体を自傷したりしていて、非常に危険な状態だ。


「それって…やべぇんじゃねぇのか。」

「その通りだボルドー。このまま潜血覚醒を鎮めないまま放置すると…ヴァゴウは死ぬ。」


「「「!!」」」

ビライトたちに伝わった事実。

それは、このままだとヴァゴウは死ぬということ。


「…どうしたらいい?」

「ビライト…」

「どうしたらオッサンを助けることが出来る?教えてくれ!クライドッ!」

ビライトはクライドに懇願した。

「俺は、俺はオッサンを死なせたくない!だって…俺にとっても、キッカにとっても…!」

「そうだよ!私たちはヴァゴウさんのこと、お父さんみたいに思ってるもん!だから…助けたいよ!」


キッカもクライドにお願いした。

「助ける方法を教えて!」


クライドは静かに頷いた。


「…奴は魔法により精神を大きく乱され、損傷している。故に方法は1つ。奴の精神を落ち着かせ、我に返させることだ。」

「…分かった。でもどうやって?」

「奴の記憶に、奴の心に語りかけるしかなかろう。奴の心を侵食する…という形になるが、それさえ出来れば心の中のヴァゴウを説得し、我に返させることができるかもしれん。」

心の侵食。

聞くだけだと悪いことのように聞こえるが、これが出来れば暴れているヴァゴウの心に、記憶に語りかけ、干渉出来るかもしれない。


「なるほど…あのクソ野郎も恐らくその魔法でヴァゴウの心をかき乱しやがったんだな…!」

ボルドーはシルバーが使っていた魔法を思い出した。


きっとシルバーがヴァゴウの心をかき乱し、嫌な記憶を目覚めさせ、様々な負の要因が重なり、このような事態を招いたのだろうと予測した。


「良いか?俺の魔力では心に干渉できるのはわずか10分程度。そして入れるのは1人だ。」

クライドは右手の人差し指を出した。


入れるのは1人。


ここに居る全員が行くことは出来ないのだ。

「…」


誰が向かうか。


その答えは聞くまでも無かった。


「ボルドーさん。」

ビライトは言う。

「…俺様で良いのか?お前だって行きてぇだろうがよ。」

ボルドーは確認を取る。


「俺はキッカと離れられないから…多分俺は行けないよ。だから単独で入れて…オッサンのことをよく分かってて…オッサンの為に無茶を通してここまで引っ張ってくれたボルドーさんに託したい。みんなもそれでいいか?」

ビライトは全員に提案した。

「うん、あたしもそれが良いと思う。残念だけどあたしじゃ力不足だわ。」

レジェリーは賛成。

「私はお兄ちゃんと離れられないから…でも、行けなくても私たちの気持ちも託していけるから。」

キッカも賛成。


「よし、決まりだボルドー。それでいいな?」

「…分かったぜ。必ず連れ戻す。」


「ではまずは奴の動きを止める。ビライト、キッカ、レジェリー。覚悟は良いか?」

「う、うん。怖いけど…頑張らなきゃ…!」

「あぁ、オッサンを助けるためだ。」

「うん、頑張ろう!」


「っし、行くぜ。」


ビライトたちはそれぞれバラバラに行動し、4方向に別れ、ヴァゴウを囲うように移動した。


「エンハンス!」

ビライトはエンハンスを発動。

少し距離が離れた場所にいるキッカがビライトに補助魔法をかける。

簡単な防御魔法と速度上昇魔法だが、ビライトにとっては十分だった。


走り、足元まで来てジャンプする。

「オッサン!」

ビライトは剣を使うと深い傷をつけてしまうため、ヴァゴウの目をかく乱させる誘導員としての役割を担った。

「こっちこっち!」

キッカも同じくヴァゴウに声をかけ続けて意識をかく乱させた。


「レジェリー!」


「ごめんね!ヴァゴウさん!」

レジェリーは水魔法を展開した。

「それっ!!いっけぇ!中級魔法!バブルシュート!」

無数の弾丸のように飛んでいくバブルがヴァゴウの身体にヒットしていく。

水だがそれはかなり速いスピードで当たるので、それなりの威力にはなる。

ヴァゴウを牽制するには十分であった。


「更に!」

レジェリーは風魔法を繰り出す。

「とっておきよ!!上級魔法!グランドウインドッ!」

地面に強い風と地震を起こし、大地を揺るがす。


「グウウッ!」

バランスを崩し転倒するヴァゴウ。


「今だ!」

「おうッ!」


最後にクライドとボルドーが走り出す。

ドラゴンの巨体となったヴァゴウの胸元にクライドが片手を当てる。

「ボルドー!つかめ!」

「おうッ」


クライドのもう片方の手をボルドーは掴む。




「ボルドーさん!」

ビライトはボルドーに声をかける。

ボルドーは振り向いた。そしてビライトは大きな声で言う。


「俺たちの気持ちも!託すから!!」

キッカとレジェリーも頷いた。

皆で手を高く突き上げ、気持ちを全てボルドーに託した。


「おう!やってやるぜッ!」


「行くぞ。闇魔法、マインド・バイオレート。」


クライドの周りに黒色の魔法陣が展開。

その黒い魔法陣がボルドーとヴァゴウを囲い、やがて2人は黒い闇に包まれた。


「…オッサン、ボルドーさん…お願いだ。無事に帰ってきてくれよ…!」


「…あとは、お前たち次第だ。ヴァゴウ、ボルドー。」

手負いで強めの魔法を使ったため、クライドは足元をふらつかせる。

「…ッ…」

「っと、危ないじゃないのよ。」


倒れそうになるクライドを支えたのはレジェリーだった。


「…フン、お前に助けられるなんて最悪だ。」

クライドは小さくため息をつき、レジェリーに言う。

「ホント、素直にありがとうって言えないのかしらね。」


呆れるレジェリーにクライドはまたため息をつき、顔を少しだけ逸らして小さく言う。

「……フン、礼を言う。」


「やだ、ホントに言わないでよ。キモいわよ。」

やけに素直でちょっと嫌そうな顔したレジェリーにクライドは頭を手に置き、呆れた。


「…前言撤回だ。」


「べーっだ。」

いつものように歪み合うが、2人ともどこか笑っているように見えた…

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暗い。


暗く、なにやらうごめくような妙な音。

これが精神の中、ヴァゴウの心の中なのか。


侵食という形で侵入したボルドーはヴァゴウの身体にとっては害獣のようなものだ。

だが、ボルドーは底も分からない精神の奥深くへと潜っていく。


「…ヴァゴウ、お前を俺様が必ず助けてやる。絶対にだ。絶対に見捨てたりしねぇ。必ずだ…だから待ってろ。」


ヴァゴウの心を探しにボルドーは心の深くへと潜っていく。


やがて、夕焼けのようなオレンジ色の景色が視界に広がるようになっていった。





「こいつは…我が国、ドラゴニアじゃねぇか。」

広がっていたのは夕方のドラゴニア。

夕日が非常に綺麗で美しい光景が広がっていた。


「…!病院かッ!」

ボルドーがいた場所はドラゴニアの入り口。

走り出し、バーン像の北をまっすぐに走り、坂を上る。

その先に病院はある。


階段を上り、たどり着いた先は屋上だ。


夕日、ドラゴニアが一望できるその場所にヴァゴウは居た。


「はは、見つけたぜ。ヴァゴウよぉ。」


「…ボル…ドー…?」


弱弱しく言葉を吐くヴァゴウ。

壁に身体をもたれかけ、力の無い呼吸。そして死んだ人のような光の無い目でボルドーを見る。


「…なん…でここに…いンだよ…」


「ばーか、おめぇを助けに来たんだよ。」





さぁ、帰ろう。一緒に。


皆が待っている。


その言葉にヴァゴウは、首を横に振るのだった。



「ワシは…もう、駄目なんだよ。」


赤い涙を流しながらヴァゴウはずるっと地面に身体を預け、力無く項垂れた…



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