Delighting World ⅩⅩⅤ
Delighting World ⅩⅩⅤ
アメジスト野営地。
ここは廃草地から最も近い野営地として有名だ。
もちろん危険な場所の近くなのだからよっぽどのもの好きしかこの場所には来ない。
この野営地は関所に近い役割を担っている。
迷い込んで廃草地に入ってしまう人が居ないように…
故にこの付近では多くのワービルトの獣人兵たちが監視をしている。
このアメジスト野営地自体も“野営地”ということにはなっているが、そもそもここを訪れる者も居ない為、本当に関所のようなものなのだ。
そんなアメジスト野営地に1つのラプター便が到着した。
「止まれ!」
ラプター便を停止させるワービルトの獣人兵たち。
騎手はラプターを停止させる。
「ここはアメジスト野営地。この先の廃草地の立ち入りは禁止されている!何故ここに来た!」
その声を聴き、ラプター便を降りたのは超大柄の竜人。
「おわっ、でかっ!」
「ひっ。」
つい本音が出てしまう獣人兵。
「おーう、門番ってか。ご苦労さん!ならこいつを見せておくぜ。」
その手にあったのはハイアライト野営地で受け取った許可証だった。
「そ、それは廃草地へ入るための許可証!」
「へっ、わりぃな。通してくれるか?」
「…偽物でない…か。わ、分かりました。どうぞお通りください。」
「ありがとよ。」
竜人はそれだけ言い、すぐにラプター便に戻り、走らせた。
「いや…でかかったな…」
「それもそうだけど…許可証持ってるなんて何者なんだ?あとさ…」
「あ、あぁ。あの竜人…“凄く怒ってるように見えた”…目が笑ってないっていうか…」
門番の獣人兵は困惑しつつも、元の仕事に戻った。
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「ここがアメジスト野営地か。」
荷台から顔を乗り出すビライト。
「おう、廃草地はもう目と鼻の先だぜ。」
だが時刻はもう夜を迎えようとしている。
外は夕日が沈みそうで辺りは暗くなっていく。
「もう夜になる。このまま廃草地に行くのは非常に危険だ。」
クライドが言う。
「夜は魔物が活発になりやすいからねぇ…特に廃草地は超強い魔物だらけなんでしょ?」
レジェリーはぶるっと体を震わせて言う。
「そっか…じゃぁここで一泊しないといけないのか。」
「すぐに行きたいけど…そういうわけにはいかないんだね。」
ビライトとキッカも廃草地の方角を見てため息をつく。
「いんや。行くぞ。」
「「え!?」」
ボルドーが言う。
「残念だがもう一刻の猶予もねぇ。夜だろうが立ちふさがる魔物は全て捻じ伏せる。」
ボルドーの表情は険しいままだ。ヴァゴウのことが心配でならないということもあるが…
ヴァゴウには拒絶反応という危険な状態がある。
何をされているかは分からない、そしてヴァゴウが拒絶反応に陥っているかどうかも分からないが、ボルドーは嫌な予感しかしていないのだ。
「そんな、危険よ!夜の魔物は弱い魔物でも強魔物並みになることもあるのよ!」
「…レジェリー、無駄だ。一度決めたことは曲げん。コイツはそういう男だ。」
レジェリーは反対するがクライドは諦めろと言う。
「ビライト、キッカ、レジェリー。」
ボルドーは3人に言う。
「ついてきて欲しいとは言ったが、この先はマジで危険だ。引き返すなら今だぜ。」
ボルドーの顔はとても真剣だ。
その強い瞳に隠されたとてつもない怒りと覚悟が伝わってくる。
ビライトたちも覚悟を決めなければならなかった。
「それでも…行く。」
「私も。」
ビライトとキッカが言う。
「えっ、本気なの!?」
レジェリーは驚いてビライトたちに言う。
「大丈夫。なんとかなるよ。ボルドーさんも居る。だけど…レジェリーも一緒だともっと安心かな。」
ビライトは遠回しにレジェリーにもついてくるように言った。
「~!!分かったわよ!どうなっても知らないんだからねっ!」
レジェリーも覚悟を決めたようだ。
「ありがとな。」
「ありがとう、レジェリー。」
「ぅ~…ホント怖いもの知らずっていうか…なんというか…」
レジェリーはため息をついた。
「すまねぇ。俺様の無茶に付き合ってくれてありがとな。」
ボルドーはビライトとレジェリーに、そして姿は見えていないがキッカにもそれぞれお礼を言った。
「うん、俺も助けたいからオッサンを。行こう!ボルドーさん!」
「おうっ。頼んだぜ!」
全員は頷いた。
「あなた。」
「メルシィ…」
メルシィがボルドーに声をかける。
「必ず、帰ってきて。ヴァゴウさんを連れて。」
「おうっ、お前を悲しませるようなことはしねぇ。ブランクもな。」
ブランクはすやすやと揺りかごの中で眠っている。
ボルドーとメルシィは静かに抱き合い、再会を約束した。
その時だけ、ボルドーの表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。
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「入り口の門番から話は聞いています。しかし…本当に今から向かうつもりですか?」
関所の獣人たちに許可証を見せるボルドーたち。
獣人たちは心配している。当然だ。
夜になるというのに廃草地に向かうなど普通はあり得ないからだ。
「あぁ、俺様たちはやらなきゃいけねぇことがある。大丈夫だ。」
「そこまで言うならば…分かりました。お気をつけて。」
獣人たちはボルドーたちの意志を尊重し関所を開いた。
「行くぜ。」
「はい。」
「あぁ。」
「頑張ろうね。」
ボルドー、ビライト、キッカ、レジェリー。4人は関所を抜け、ついに廃草地へと足を踏み入れた。
その扉が閉まるまで見届けたクライド、メルシィ。
「…あなた、どうか無事で…」
「…依頼相手を護衛出来ぬとは…全く、俺もまだまだ未熟だ…情けない…」
クライドは怪我で何も出来ない自分を責めていた。
「クライドさん、自分をお責めにならないで。」
「…」
「あなたは命がけで皆を守ったのだから。」
「…俺は情報屋であり、今はアイツらの…ビライトたちの護衛をする身だ。何も出来ぬとあらば自分を責めたくなるものだ。」
クライドは小さくため息をつく。
「でしたら、信じて待ちましょう。帰ってきたらしっかり迎えてあげましょう。どんと構えて…ね?」
「…随分と肝の座った姫様だな。アンタは。」
クライドはメルシィを見て小さく微笑んだ。
「あのボルドー・バーンの妻ですから。フフッ。」
「…アイツの傍に居たらそうなるか…」
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「これが…」
「廃草地…なの?」
関所の向こうはまるで別世界だった。
さっきまで美しい緑色の草原が広がっていたのに、廃草地に入った途端草原は黄色く枯れており、奥に行けば行くほど草の色は段々と黒みを帯びていく。
あちこちには毒が溢れているような沼が点在しており、鼻が曲がるような激臭が漂ってくる。
「うげっ…なんて臭い…あの沼には近づくことすら出来ないわ…!」
レジェリーは鼻を押さえて深くため息をついた。
「予想以上にひでぇ場所だな…さてレジェリー。魔力感知を行うぞ。」
「はぁい…」
ボルドーとレジェリーの周囲に魔力の風が吹く。
全身がほんのり光り、意識を集中させる。
「…あっち…あっちの方角に魔物じゃない魔力を感じる。」
レジェリーが言う。
「…だな。」
ボルドーも同意し、魔力感知を終える。
「あっち?」
キッカが聞く。
「うん、ちょっと距離あるかもしれないけど…」
「よし、魔物が多いかもしれんが切り抜けるぞ。休める場所があったら少しだけ休憩しつつ先に進むぜ。」
ボルドーの声に皆頷き、廃草地を進んだ。
陽も沈み、辺りは毒素の沼がボコボコと音を立て、あちこちで魔物の鳴き声が聞こえる。
「!」
ビライトが殺気に気づいた。
「魔物だ!」
現れたのはまるでゾンビのような姿をしたリザードマンだった。数は3体。
「ひっどい臭い…ゾンビじゃん!」
レジェリーは杖を魔蔵庫から出して構える。
「お兄ちゃん、援護するから。」
「あぁ、頼んだキッカ!」
「うし、行くぜ。」
ボルドーの合図でビライトは前に飛び出した。
レジェリーは魔法陣を展開し、魔法の準備を始める。
ボルドーも前に出た。
「魔法使わないんですか!?」
「魔法なんていらねぇよッ!こんな奴らこの拳で十分だッ!」
ビライトが対峙したゾンビのリザードマン。
うなり声を上げながら襲い掛かる。
「お兄ちゃん!」
キッカの魔法で動きが軽くなったビライト。
「はっ!やっ!」
大剣とゾンビリザードマンの爪がぶつかる。
手もひどく腐っていて、簡単に吹き飛んだが、すぐに再生した。
「再生能力!物理攻撃はあまり効かないかもしれない…!」
「おらぁっ!」
ボルドーの大きな拳がゾンビリザードマンに命中。
だが、吹っ飛ばず、まるでスライムのようにその拳は身体を貫通した。
その隙に鋭利な爪で引き裂こうとするリザードマンだが、ボルドーはそれを察し後ろへとバックステップして回避。
「なるほどなッ…!ビライトォ!こいつら魔法で対処するしかねぇようだぜッ!」
「みたいだ!レジェリー!」
「オッケー!くっらえええっ!!」
ビライトと対峙していたゾンビリザードマン。レジェリーがよく燃えそうな炎魔法を撃った瞬間にビライトは横に回避し、ゾンビリザードマンの背後へと回った。
魔法は命中し、ゾンビリザードマンは激しく燃え上がり絶命した。
「やるねぇ!レジェリー!」
「もういっちょ!」
レジェリーはさらにもう一発。自身に迫ってきていた3匹目のゾンビリザードマンを魔法で燃やした。残るはボルドーと対峙しているゾンビリザードマンだ。
「はっはァッ!おもしれぇ!なら魔法の出番よ!古代魔法“極限圧縮術”(エクスリストレイ)!」
ボルドーは例の古代魔法を発動。
全身から紫の禍々しいオーラが発生し、その身体を包み込む。
「よぉく刻んどきなァッ!」
ボルドーの拳に灼熱の炎が現れる。炎魔法を拳に宿しているのだ。その拳はゾンビリザードマンの顔に思いっきり放たれ、炎が全身に広がり、爆発した。
ゾンビリザードマンの身体は跡形も残らずに炎に消えていった。
「跡形もない…流石ボルドー様!」
レジェリーは感激している。
「しかも魔力が全く減ってないわ!古代魔法のお陰ね。」
「コイツが俺様の力の源ってわけだ。」
ボルドーの古代魔法、「“極限圧縮術”(エクスリストレイ)」は、あらゆる魔法がほとんど魔力を消耗せずに使えるようになる魔法。
魔力がかなり低いボルドーでも熟練の魔法使いの何倍も多く上級魔法クラスの魔法を使うことが出来る。
「うっし、先に進むぞッ」
ビライトたちは先に進んだ。
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「うらっ!」
「エンハンス!うおおっ!」
「あたしの魔法はこんなもんじゃないっ!」
「サポートします!」
休む間を与えずに魔物がコンスタントに現れ、ビライトたちを襲う。
その度に一行はどうにか倒す。
「はー!ホント魔物ばっか!これ目的地に着くまでにボロボロになりそうだわっ…!」
「大丈夫?レジェリー。」
「今のところはね…」
心配するキッカ。だがレジェリーはもうここまで来たら引き返せないことを知っている。だからやるしかないのだ。
「いざとなったらキッカちゃんが回復してくれるもんね。」
「うん!任せて!」
「魔力反応が近づいている。」
ボルドーが言う。魔力感知を使用しているボルドーに続いてレジェリーも魔力感知を使用。
「…そうね、ざっとあと数十分ってとこかしら…」
「そうか、オッサン…無事だと良いけど。」
「無事だよ!絶対!」
「あぁ、そうだな。オッサンがそう簡単にくたばるわけないもんな。」
「そうだよ!」
気持ちで押し負けてはだめだ。ポジティブに考えろ。ビライトはそう思い歩き出す。
「…少し休憩を取るか。俺様は平気だが、お前らは休んだ方が良い。」
ボルドーが提案。
「まだまだいけるわよ!あたしは!」
レジェリーは見栄を張って言うが…
「いんや、ヴァゴウを連れ去った奴が居る。ヒューシュタットの人間の可能性が高い。」
「!」
ヒューシュタットの人間が居る。
サマスコールで町長を襲ったあの人間を思い出したビライトたち。
だが、それとは別人かもしれない。
また新たな敵が居るかもしれない。
それは戦いの予感を感じさせるものだった。
「少しでも体力を回復させとけ。レジェリーとキッカは魔力も大事にしとけよ。」
ボルドーは魔蔵庫からエーテルを取り出し、レジェリーに渡した。
「そうね…そうします。ありがとうボルドー様。」
「おうっ。」
レジェリーはグイッとエーテルを飲み干した。
「キッカちゃんは…飲めないもんね。」
「うん、でも振りまいてくれるだけで何か変わるかも。多分だけど…」
「そう?じゃやってみましょ!」
レジェリーはエーテルをキッカに向けて振りまいた。
「…どう?」
「うーん…あっ、でもちょっと良いかも。」
「ホント?良かった~!」
キッカもレジェリーも魔力を蓄えることが出来た。
ビライトは座り身体を休める。
ボルドーは立ったままずっと魔力の方を向いている。
「ボルドーさんも休憩しよう。」
「いんや、大丈夫だ。気にすんな。」
ボルドーは誰の顔も見ることは無く、ずっと魔力の方向を向いていた。
「…」
キッカはボルドーが気になり、ボルドーの横に行き、ボルドーの表情を見る。
「…ボルドーさん…」
ボルドーの顔はいつになく複雑だった。
だが、その顔のほとんどは怒りであった。
「…ボルドーさん。気負わないで。一緒に頑張ろうね。」
ボルドーには聞こえないが、キッカはそう言ってボルドーの大きな身体に寄り添った。
2倍近くあるその巨体に小さな人間の身体がぴたりと寄り添う。
「…なんか、あったけぇな…ビライト。キッカ、ここにいんのか?」
ボルドーが暖かい場所を指してビライトに言う。
「あっ、うん。気負わないで一緒に頑張ろうって。」
「そっか。へっ、そうだな。ありがとよッ。」
ボルドーは暖かい場所を見て微笑んだ。
「えへへ。」
その視線はピッタリキッカの目線と一致していて、キッカは偶然とはいえ、それが嬉しく微笑んだ。
その様子を見てビライトとレジェリーもつい笑みをこぼしてしまった。これから戦いが待っているかもしれないが、一時のリラックスをすることが出来た。
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およそ15分ほどの休憩を取った。
時刻は深夜。
廃草地の空はいつも雲がかかっている。
それもただの雲ではなく、身体にはあまりよくない微毒な雲だ。
ここに長居すること自体が身体に毒なのだ。
「行こう。」
一行は再び歩き出す。
もうすぐヴァゴウが居る場所だ。
あちこちで魔物の気配を感じるが、これまで何度か戦ってきたことが功を奏しているのか、魔物たちは警戒するばかりで襲ってこなくなった。
魔物独自のネットワークがあるのか、コイツらは強いということを魔物たちが理解をしたのだろうか。
真相は分からないが魔物と戦わなくてもいいのは都合がいい。
「…建物…ではないな。洞窟か?」
奥の方に何かが見える
それは四角状の建物のようなもの。
しかし外は岩石で出来ている。
中は鉄製のようなので、恐らく人工的に作った洞窟か何かであろう。
「…感じる。ヴァゴウはここだ。」
魔力感知でヴァゴウの魔力を感じた。
「…あっ、確かにもう一つある…」
レジェリーはここでようやく2つ目の魔力を感知することが出来た。
それほど微弱な魔力ということだが、油断はできない。魔力を調整することなど、魔法使いであれば誰でもできるからだ。
その人間も魔力を抑えている状態なのかもしれない。
「…どうする?中の状況を確認してからじゃないと危険だぞ。」
ビライトが言う。
「…私、行ってみる。」
「キッカ!?」
キッカが様子を見に行くと名乗りを上げた。
驚くビライトだが、キッカは首を横に振る。
「私だって役に立ちたい。もし私が見えない人間だったら私は透明人間みたいなものだもん。隠密魔法が使えるクライドさんが居ない以上、私が適役だと思う。」
「キッカ…」
「で、でも危ないわよそんなの!」
「キッカ、なんだって?」
ボルドーが尋ねる。
「キッカは見える人と見えない人が居る。その人間がキッカが見えなければ一番様子を見に行くのに適してるって…でも、俺キッカをそんな危険な目に…」
「…なるほど、確かに適任かもしれねぇな。」
「ボルドーさん…」
「わーってるよビライト。」
ボルドーはキッカは何処だ?と言い、ビライトは場所を教える。
ボルドーはそこに立ち、しゃがんだ。
「目の前に居るかは知らねぇからここに言うぜ。なぁキッカ。本当に行ってくれるのか?」
「うん。私、みんなの役に立ちたい。」
「みんなの役に立ちたいって言ってる。」
ビライトが通訳をする。
「そうかい。」
ボルドーはこの辺か?とビライトに言い、ビライトは頷いた。
「生憎俺様は隠密魔法は使えねぇ、その代わり…効くかどうかは分からねぇが…」
ボルドーは“極限圧縮術”(エクスリストレイ)を発動。
その後、魔法をかけてみた。
するとキッカの身体はほんのり光る。
「わっ、なにこれ!」
「どうだ?ビライト。キッカに何か変化は?」
「ほんのり光ってる。」
「そうかい、ならば成功だ。その魔法はあらゆる攻撃を3発だけ無効化出来る。“三重防壁”(サードプロテクト)だ。」
「“三重防壁”(サードプロテクト)って…超上級魔法だよ…?」
キッカもサポートの魔法が使えるからこそ知っている。“三重防壁”(サードプロテクト)はかなり強力なサポート魔法で、相当の熟練を積まないと会得出来ない魔法だ。
「もしヒューシュタットの人間がお前を見れる体質だったらお前は間違いなく襲われる。だからこその魔法だ。そして、こいつの効果が切れるまでに戻ってこい。いざとなったら俺様たちもお前を守るために前に出る。」
「…分かった。絶対状況を把握して戻るから。」
キッカは頷いた。
「分かったって言ってる。」
「そうかい。無理はすんなよ。」
「うん!」
「キッカ、ホントに行くのか?」
「うん、お兄ちゃん!私、役に立てるかもしれないから!見た感じあのぐらいの距離だったらお兄ちゃんと離れてても大丈夫そうだし!」
「…でも危なくなったらすぐに戻るんだぞ。絶対無理したらダメだからな。」
「そうよキッカちゃん、いざとなったらあたしたちも行くからね。」
「分かってるって!じゃ行ってくるね!」
キッカはそう言って洞窟に向けて歩き出した。
「…キッカ…」
「心配だよな。けど、キッカは勇気を出して言ってくれてんだ。その気持ち、汲み取ってやろうぜ。」
「…うん。でも危ないと判断したらすぐに助けに行く。」
「それでいいさ。俺様もそのつもりさ。だからそうなったら教えてくれよな。見えねぇからよ。」
「うん。」
キッカは単独で人口洞窟に向かう。
距離はさほど離れていないので、ビライトと距離が離れても問題は無いだろう。
あとキッカが有力な情報をもって無事に帰ってこれるかだ。
“三重防壁”(サードプロテクト)があると言え、相手の人間の存在が未知数だ。
緊張が続く。
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「…」
キッカは人口洞窟のすぐ傍まで来ていた。
壁に身体を寄せて入り口を見る。
(暗くてよく見えないけど…人の気配は感じない…)
キッカはそろりそろりと入り口から忍び込む。
(中は…明かりついてるみたい…)
中は人口灯が灯っていて明るい。
(あちこちに柱がある。ここに隠れながら進んでみようかな…ドキドキ……)
ドクンドクンと心臓を鳴らしながらキッカは奥に隠れながら進んでいく。
しばらく進んでいると、大きな鉄の扉が見えてきた。
(ここまで一本道だった。ということは……)
キッカは鉄の扉に耳を当てた。
すると奥から叫び声が聞こえてきた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
(!!)
聞いたことある声だった。ヴァゴウだ。ヴァゴウの叫び声が聞こえる。
心臓の音が激しくなる。
(…ヴァゴウさん!?ヴァゴウさん…!)
キッカはただならない声に呼吸が荒くなる。
「苦しんでいるな。いいぞ。己の過去に藻掻き、苦しんでもらおう。我らヒューシュタットに逆らう愚か者を1人始末出来るのだ。ガジュール様もお喜びになろう。」
(…ヴァゴウさんが苦しんでいる…己の過去に藻掻き…?まさか拒絶反応!?い、急いでみんなに知らせなきゃ…!)
キッカは状況を伝えるために戻ろうとする。
「…さて、そこに居るのは分かっている。」
鉄の扉が開く。そこに立っているのはヴァゴウを苦しめているヒューシュタットの人間“シルバー”。
長身で眼鏡をして、スーツを着ている。
(!私が…見えてる!)
最悪だ。
キッが見える人間だったようだ。キッカは慌てて出口に向かって走り出した。
「おっと、逃がさない。」
ゾクッと背筋が凍る感触がした。
魔力が急に大幅に上昇したのか、シルバーは魔法陣を展開し、雷をまとった岩石をキッカに向けて放出した。
無数の雷岩石がキッカを襲う。
「ハッ、ハッ…っ!!」
岩石がキッカに命中。
だがサードプロテクトのおかげでキッカは無傷だ。
「防御壁か。なるほど、ならばその防御壁を全て砕き、あなたを捕獲します。」
「そう簡単に…やらせない!」
キッカは自身も魔法を発動。
防御魔法を展開する。
しかし、その防御魔法は力不足だ。
「っ!防げないっ!キャァッ!」
防御壁はあっという間に壊れ、サードプロテクトの効果もあと1発で終わってしまう。
「案外大したことないのだな。我らヒューシュタットに仇名す者と聞いたからなかなかの腕だと思っていたが…興醒めだな。」
先ほどまで笑みを浮かべていたシルバーは冷めた目をしており、キッカの目の前に立ち、見下した。
「ではあなたもヴァゴウ・オーディルと同じく囮になってもらうとしよう。そうすればすぐ近くにいる他の奴らも出てくるだろう。そいつらもまとめて私が始末してやろう。」
シルバーは巨大な雷岩石を形成。キッカに向けて放とうとした。
(っ…お兄ちゃん…みんな…!)
目を瞑るキッカ。
だが、次の瞬間だ。
「!」
大きな火球がその雷岩石を打ち砕いた。
「ほう、そちらから出てきてくれたか。」
入り口に立っていたのはレジェリーだった。
杖で魔法を放ち、雷岩石を打ち砕いたのだ。
「キッカちゃん!大丈夫!?よかった!急に魔力が高まったのを感じたから!」
「レジェリー…!私は大丈夫!」
「フッ、1人か?いいや、まだ居るな。」
大きく天井が揺れている。
鉄の天井は激しく音を立てて崩れ、上からビライトが飛び出してきた。
「うおおおおおおっ!!」
エンハンスをかけた状態から空から強く大剣を振り、シルバーはそれを防御魔法で受け止めた。
「ビライト・シューゲン。」
「うあああああああああっ!!!」
「フッ!」
シルバーの防御壁は壊せず、ビライトは弾かれ、地面に足をつけた。
「くっ!キッカ!大丈夫か!?」
「お兄ちゃん!平気だよ!」
「レジェリー!キッカを頼む!」
「オッケー!」
レジェリーが駆け寄り、キッカを連れて少し距離を置く。
ビライトはエンハンス状態を維持しながらシルバーと対峙する。
「フッ、私の防御壁すら打ち破れないか。そんな存在が何故立ち向かう?」
「俺は…仲間を…家族を助けに来たんだッ!!」
「仲間ね、それは彼のことかな?」
シルバーは示す先には鉄の鎖で両手両足を拘束され、全身血まみれになって苦しんで暴れているヴァゴウの姿があった。
「…オッ…サン…!」
「滑稽でしょう?」
あまりにも無残な姿と、シルバーの煽りにビライトはブチ切れた。
「貴様ァーーーーッ!!!」
ビライトは2段階目のエンハンスをかけた。
勢いよく飛び出しシルバーに大剣を叩きこむ。
「オッサンに…何をしたッ!!!」
「私は少し言葉と魔法をかけただけさ。」
「ふざけるなァッ!」
「ハハッ、傑作だったさ。少し言葉をかけてやるだけで簡単に拒絶反応を引き起こして勝手に自滅したのだ。今、彼は悪夢の中だ。」
「うおおおおおおおお!!」
防御壁が破れない。
2段階のエンハンスが今のビライトに出せる限界だ。
だが怒りに満ちたビライトにはそんな限界など関係無かった。
「お前は…許さないッ!!」
ビライトは3段階目のエンハンスをかけようとした。
「落ち着きな。」
後ろから何かの気配。
その声にビライトの手が止まり、防御壁に弾かれた。
「ッ…!」
弾かれたビライトを受け止めたのはボルドーだった。
「現れたな?」
シルバーは笑みを浮かべた。
「ビライト、下がってな。」
ボルドーはいつになく冷静だ。
ビライトは後ろにふらつき、しりもちをついた。
「お兄ちゃん!」
キッカが駆け寄り回復魔法をかける。
2段階エンハンスで大きく疲弊したビライトだったが、キッカの魔法でなんとか回復は出来たようだ。
「フフフ、あなたを待っていた。ボルドー・バーン。きっと来ると思っていた。」
「…ヴァゴウ…」
ボルドーはヴァゴウの現状を目の当たりにして下を向く。
そしてグッと拳を強く握る。
「おう、てめぇ…」
「俺様の家族に何しやがる」
顔が上がる。
怒りがボルドーの力を大きく高める。
“極限圧縮術”(エクスリストレイ)発動。
ボルドーはシルバーと対峙する。
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“…ボル…ドー………”
人生の追体験をさせられているヴァゴウは拒絶反応の時期である5歳までの人生を乗り越えたが、己の生きる意味を見いだせない時期に突入していた。
王になるための勉強に追われ、顔が出せない日が増えて行ったボルドーの存在も薄れていき、孤独にただ医師やクルトの言う通り、リハビリをしているだけの毎日。
たまに拒絶反応にもなり、今までと違い、“辛い”“苦しい”“痛い”の感情が飛び出すようになってきて、余計に1つの拒絶反応が辛いものとなっていたヴァゴウはもはや生きる意味を無くしていた。
だが、変化は起こる。
「お前、ヴァゴウ・オーディルだろ?」
「…」
毎日続くリハビリに変化が起こるときが来た。
ここからヴァゴウ・オーディルの生きる世界は大きく広がる。
「俺はゲキって言うんだ。お前、俺の友達にしてやる!」
突然の出会いだが、これがヴァゴウ・オーディルとゲキ・アルグレイの出会いだった。
そして現実のヴァゴウには異変が起きようとしていた。
ドクン。
ドクン。
心臓が、胸が熱い。
まるで身体の組織が暴れているような。
何か“進化しているような”。“違うもの”になろうとしているような。
あまりにも異常な状態が現実のヴァゴウを襲っていた。
それは誰も知らない重血の能力であることを…本人も、ここに居る誰もが知らなかった。