Delighting World Ⅲ
ヒューシュタット山脈の中腹で一泊を過ごしたビライト、キッカ、ヴァゴウの3人は朝食を取り、再び山を登り始めた。
「ビライト!上だ!」
「よし、食らえ!」
襲い来る魔物を迎え撃つビライトたち。状況で武器を切り替えるヴァゴウ。キッカのフォロー魔法とビライトのエンハンスで一気にとどめを刺す。
昨日旅に出始めたばかりとは思えないバランスの良い連携でビライトたちは襲ってくる魔物を討伐しながら山を登る。
「なんだか耳が変になって来たな。」
ビライトは耳に違和感を感じた。
「気圧が変わったんだな。でも頂上までもう少しだ。頂上まで行けばあとは下るだけだが、山は降りる時も大変なんだぜ。足を踏み外さないように気を付けろよ?」
「天気も変わりやすいしね!」
「そ、そうだな。気を付けないとな。」
山は天気も変わりやすい。それに足場も不安定だ。下りこそ油断してはいけない。
そして襲う魔物を倒しながらビライトたちは頂上へたどり着いた。時刻はまだ朝。
朝日が眩しく、雲海がとても美しい。
「わぁ…綺麗…!」
キッカは感動して震えている。
「良い景色だなぁ。」
「ヒューシュタットに山を登って向かう者の特権だなっ。苦労して登った先に絶景が待っている!ガハハ!良いもんだ!」
ヴァゴウは腕を組んで高く笑う。
そしてビライトもまた、その景色に感銘を受けた。
「…凄いな。世界ってこんなに綺麗なところがあるんだ…なんだかホント、目的を忘れてしまいそうだ。」
「うん、そうだね…でも私、お兄ちゃんとこの景色を見られて嬉しいよ。」
「俺もだよ。今度また、ここを見るときは…お前の身体と一緒だ。」
「うんっ。」
山の頂上の景色を堪能した3人は山を下る。
山を下ればまもなくヒューシュタットの領地だ。
下ってる途中にも魔物は居る。だが、こちらのヒューシュタット側は比較的おとなしい魔物が多く、戦闘はほとんどなく簡単に山を下りることができた。
山を下り、平地になったと思えば、すぐに見えてきたのはアスファルトと呼ばれる整備された地形。
しかしあるのはそれだけ、アスファルトの外は一面見渡す限りの荒野。荒れ果てた大地にゴロゴロと置かれた石、そして地面には何か隕石でも落ちたのか、大きなクレーターが点在している。
まるで昔、ここで戦争でも起こったのかと思うぐらいに、荒れ果てた大地である。
空はやや薄暗く、黒い雲が点在している。
さっきまで山の上にいたから気が付かなかったが、天気はあまりよくないようだ。
そして、アスファルト。コンクリートを固めて作った近代的な道だ。
「もうここからヒューシュタットの領域なんだよな。でもヒューシュタットって大きな建物…ビル?だっけか。それがたくさんあるんだろ?」
「この固い道以外は何も無いね。でも所々に鉄の塊とか転がってるね」
ビライトとキッカはヒューシュタットに来るのは初めてで、そもそもコルバレーの町の外に出ることがほとんどなく、全ての生活がコルバレーだけで完結していた。
なので、ビライトとキッカにとっては見るものすべてが新しい。特にヒューシュタットは世界の中でも機械業や科学業が発展している都市であり、他の地域とは大きく異なり、まるでここだけ違う世界なのかと思うほどに、特殊な場所なのだ。
「オッサンは初めてじゃないんだろ?」
「おう、ここには変わった武器もあってな、剣先が光ったりとか、ビームとか魔法を発射する”銃”って呼ばれてる武器とか、変わったもんが多くてなァ。」
「銃?弓みたいなものなのかな?」
「おう、そんな感じだな。でも銃はすげぇぞ?ここに引き金って呼ばれてるもんがあってな…!」
ヴァゴウは楽しそうに特殊な武器の説明をキッカに語る。
武器職人なだけあり、武器の話になると大盛り上がり。素材も大好きだが、なんだかんだで武器も好きなのだ。
「ここから中心地までどのぐらいなんだ?」
ビライトはヴァゴウに聞く。
「そうだなァ…そのまま歩いていけばあと2日ってところか?」
「「2日!!!?」」
ビライトとキッカは驚いて転びそうになる。
「まァそういう反応になると思ったぜ。歩いていけばの話だぞ?」
ヴァゴウはあれを見てみな。と指を目先の機械に指す。
「あれは?」
「あれは”転送装置”って言うらしくてな。原理は分からんがアレを使えば、転送装置間を行き来できるんだぜ。」
「なるほどぉ…アレを使えばすぐに中心地に行けるんだね。」
キッカは興味津々に転送装置を見つめる。
転送装置には”東部⇔中央”と書かれている。
どうやら同じ名前同士を繋いでいるものらしく、移動先には同じものがあるらしい。
つまり何度でも好きなだけ移動することが出来るのだ。
「そういうこった!んじゃ行くかっ」
ビライトとヴァゴウは転送装置に乗る。
「でもキッカも移動できるのかコレ」
「「あっ…」」
見つめ合う3人。
精神体で、肉体の無いキッカはこの転送装置を使うとどうなるのか。
それをふと思ったビライト。
「…考えてなかった!」
「「えぇ…」」
清々しく答えるヴァゴウ。そして転送装置は待ってくれるわけもなく起動。
気づいたらビライトとヴァゴウは全く違う場所に居た。
「おお…!」
見渡す限りの高層ビル。
機械の乗り物が行き来し、ビルには映像が映し出されている。空には機械が飛んでおり、自然という自然は人工的に作り出された庭園、公園が点在している。
まさに近未来という名にふさわしい大都市だ。
このような情景があるのは世界中探してもこのヒューシュタットのみ。他の地域とは完全に異なる場所なのだ。
「…キッカは!?」
「おにいちゃ〜ん」
すこし気の抜けたような声が聞こえる。
「ど、何処だ?」
「ここだよ〜」
キッカはビライトの身体からフワッと現れた。
「キ、キッカ!?」
「なんか入れちゃった。でも変な感じがするよぉ〜…」
キッカは転送の際、ビライトの体内に入っていた…というより、完全に憑依していたというのが正解か。
キッカはなんだか疲れた様子だ。どうやら転送装置自体はキッカにはあまり良くないもののようだ。
「俺の中に完全に憑依したからか?」
「うーん…違うと思う〜…多分、コレかも…」
キッカは転送装置に目を移す。
「フム、キッカちゃんにはあまり良くないモンだったかもしれねぇな。ワシらもこれを使うのは控えんとな…すまんことをしたな、キッカちゃん。」
「大丈夫だよヴァゴウさん…皆分からなかったんだし…」
「キッカ、大丈夫か?」
「う、うん。平気。でもちょっと休みたいかも〜…うーん…なんだか頭痛くて気持ち悪い〜…」
キッカは本当に調子が悪そうだ。
「キッカちゃんが心配だ。今日は宿を探したほうが良いかもしれねぇ。」
「キッカ、もう少し辛抱してくれよ。」
「うん、ごめんね…」
「気にするなよ。俺たちも知らなかったんだ。」
「よし、宿を探すぞォ!機械の乗り物に気を付けろよっ。」
ビライトは内心焦りながらもなんとか冷静でいられた。キッカのことが大切なビライトは多少過保護なところがあるが、ビライトはそれでもキッカが心配なのだ。
それに今は状況が状況だ。キッカの身体がどうなっているかなど、医者に見せたところで分からないだろう。
そもそもキッカが見えるかどうかすらも怪しい。キッカの身体が見えていない人もいることはコルバレーの町で体験済みであるからだ。
ヒューシュタットの都市に行き交う機械の乗り物は”車”という名前らしい。
ビライトたちには原理がさっぱり分からないが、移動の際、足を使わずに機械に乗り込んで操作することで早いスピードで移動することが出来る代物のようだ。
この広大なヒューシュタットには無くてはならない必需品だろう。
きちんとルールが決められているのか、あちこちにはルールを表示する標識が並び、多くの車がそのルールを守り、衝突しないように円滑な移動を可能にしている。
このヒューシュタットには、他の地域には存在しないもので溢れている。
キッカが元気であれば観光に胸が躍るだろう。
だが今はキッカを休ませなくてはならない。
ビライトから離れられないし、足があるわけではないキッカの身体だが、ビライトが行動するとその行動による体力の消耗などはキッカにも少なからず響いているようで、ビライトが休むことでキッカも休むことが出来るのだ。
故にキッカの調子が悪い時はビライトが休まなくてはならないのだ。
キッカの状況とその対処については、コルバレーの町に居た時に、お互いが理解をするために色々試していたらしい。その中で分かったことの1つに過ぎない。
しかし、今の状況からの最善策を導き出せているのだ。決して無駄ではなかったということだ。
歩いていたら見つけた宿にビライトたちはすぐにチェックイン。キッカが見えていないようなので、そのことについては黙っておくことにした。
「さぁ、キッカ。宿に着いたぞ。」
「うん、ありがと…」
キッカは眠ることは出来ない。キッカはベッドに倒れ込み、そこから離れられないビライトはベッドの傍のソファーに座り、キッカを見守った。
「さて、とにかくキッカちゃんが元気になるまでは待機だなっ」
「キッカ…」
キッカは目を瞑り、少し息苦しそうにハァハァと荒い息をしている。顔も真っ青だ。
「ビライト、回復呪文は?」
ヴァゴウはビライトに聞くが、ビライトは首を横に振った。
「そうかァ。ワシも回復呪文は専門外でな…ダメ元だが医者を探すのも手だな。ちょっくら病院探してみる。」
「悪いなオッサン、頼んでいいか?」
「おう、任せろ!安心しな!流石に寄り道はしねぇよ!」
ヴァゴウはニカッと笑って出かけた。
「…不安だけど、今はオッサンを信じるしかないな…キッカ、無事に良くなってくれよ…」
不安が募る中、キッカの状態は変化が無い。良くもならないが悪くもならない。
ずっと同じような症状がキッカにある。
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ヴァゴウはホテルから出て真っ先に病院を探した。
普段ならばこういう時寄り道帝王なのがヴァゴウだが、キッカの病気だ。流石に寄り道帝王ではなく、真面目に道行く人に病院の場所を訪ねていた。
「おう、すまないが病院が何処か教えてくれないか」
ヴァゴウが訊ねるが…
「…さーせん今急いでるんで…」
「話しかけんな人外」
道行く人間たちは皆相手にしてくれないどころか、人間以外の種族を小ばかにしたような態度を取る人たちばかり。
よく見てみるとこの都市には人間しか居ない。
稀に獣人や竜人を見かけるが、大体家がないホームレスだったり、見た目がとてもボロボロな見ていられないような者ばかりだった。
(種族差別…ってやつか。気に入らねぇな…)
不愉快だが病院を探さないといけない。ヴァゴウは諦めずに周囲の人間たちに聞いて回った。
しかし返ってくる返事はどれも同じ。
「参ったな…」
途方に暮れるヴァゴウ。キッカが危ないかもしれないのに。いつもはおおらかで豪快で前向きなヴァゴウだが、ここまでうまくいかないと流石に焦りを見せる。
「おいおい、頼むぜ…」
自力で探すしかない。そう判断したヴァゴウはとにかく行動あるのみ。しらみつぶしに病院を探そうとするが…
「よう、お困りかい?」
「んん?」
話しかけられたほうを振り向くとそこには獣人が居た。
テンガロンハットを被った獣人で、あまり見慣れないタイプの顔をしていて、牛のような尻尾が生えているが牛獣人ではない。まるで色々と混ざっているか、それとも獣人とは似て非なるものか…
「誰だ?」
「病院を探しているんだろう?さっきから断られまくってるの見てたが、流石に見てられなくてなぁ」
テンガロンハットの獣人は周りを歩いている人間たちを見る。
「すごい街だろ。これがヒューシュタットの常識さ。たとえ人間同士だったとしても人助けなんて間違ってもやらない。みんなまるでロボットのように死んだ目で歩いてやがるんだ。滑稽だろ。」
「ムム…滑稽…とまでは思わないが…それに昔ワシが来たときはこんなんじゃ…って、それより病院の場所を知ってんのか?」
ヴァゴウは病院の場所を訊ねる。
「悪いが俺は知らない。ただアンタの仲間を治すためのカギはここにある」
獣人は魔蔵庫を展開した。
そこから出現したのはなんと人間の女性だった。
「なっ、人間!?魔蔵庫に人間なんて一体…!」
人間を魔蔵庫に入れようものなら途方もない魔力が必要だ。それをあっさりやってしまう獣人。
「まぁこまけぇことはいいじゃねぇか。それよりホレ。」
女性をほいっと投げてヴァゴウに渡す。
「っとと、お、おい。これでどうしろって…」
「まぁとりあえずそいつ連れてさっさと行きな。じゃぁな。」
獣人はかったるそうに女性を預けて何処かへ行ってしまった。
「…アイツ…なんでキッカちゃんのこと知ってるんだ?とにかく戻ってみるか…」
半信半疑のままヴァゴウはビライトたちのいるホテルへと戻ることにした。
道中、女性をかついで歩くヴァゴウの姿が周りにどう映っていたかを考えるとお察しではあるが、ここはヒューシュタット。道行く人間たちはそんな奇妙な光景にすら目を移そうとしなかった。
(ホント、気味が悪いな…最後にヒューシュタットに来た時はこんなんじゃなかったんだがなァ…)
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宿に戻って来たヴァゴウ。
「戻ったぜ、ビライト。」
「おかえりオッサン。病院は?」
「わりぃ、見つからなかった。キッカちゃんは?」
「苦しそうにしている…」
「そっかァ…」
「…ところでその子は…ってどっかで見たことある顔だな…」
ビライトは女性を見る。
つい最近会った気がする。
「あっ、思い出した!この子、俺らが旅立つ前に来た予約の子だ!」
「んあ?そうなのか?いや、この嬢ちゃんがキッカちゃんを助ける鍵かもしれねぇんだ。」
「え?その子が?何で?」
ビライトは状況が呑み込めずにいる。
「いや、ワシもよく分からんが」
「分かんないのに何で連れてきたんだよ…」
「実はな……」
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「…なるほど、見慣れない獣人がそう言ったって…胡散臭いんだが…」
「ワシもそう思うが…とにかく嬢ちゃんが目を覚ましたら何か分かるかもしれん。」
ヴァゴウはなんだか疲れたのか、軽くため息をつく。
「…ヒューシュタットは変わってしまった、ワシの知っているヒューシュタットはもっと活気に満ちていたんだがなァ。」
「窓から歩く人を眺めていてもわかるよ。なんというか…活気がないよな。」
「それに道行く者皆が死んだ目をしててな…そして種族差別もあるようでな。人間以外の生物の居心地は最悪だぜ。」
ヴァゴウは道行く人に断られ続けてちょっと疲れたようだ。いつも元気で豪快なヴァゴウを疲れさせてしまうほど、このヒューシュタットという都市は暗く、沈んでいるということだ。
「ん。ん〜〜〜…」
呻き声。女性が目を覚ましたようだ。
「お。」
「ん〜…?起きたのか?」
ヴァゴウは女性の顔を覗き込んで見つめる。
「ん、ん…ん?あひっ!!?」
目を覚ますと大きな竜人の顔が眼前に迫っている。
当然のごとく驚き、頭がヴァゴウの顔にゴツンとぶつかり、痛そうな音を鳴らす。
「っ〜…な、なにィ…?」
「おお〜起きたなァ。」
ヴァゴウは全く痛くないようでピンピンしているが女性は頭を抱えて痛そうに蹲る。
「お、おい、大丈夫か?」
ビライトは声をかける。
「あ、うん…平気〜…って、あーーっ!あなた武器屋の!そしてあなたは店長のヴァゴウさんでしょっ!?」
女性はビライトを見て驚き、叫ぶ。
「あ、あぁ。えっと、レジェリーさん…だっけか。」
「あんたたちを探して来たのよ!店員さん!!!はいっ!!!」
女性の名はレジェリー。レジェリーはビライトに金銭袋を渡した。
「これ…お金か?」
「そうよっ!あんたたちが旅に出るとか言うからお金払えなくて困ったじゃないの!だからヒューシュタットまで追いかけてきたの!」
「なんだ、金ならカウンターに置いとけばいいじゃねぇか。」
ヴァゴウが言う。
「鍵も閉めずに何言ってんのよ!カウンターにお金なんて置きっぱなしにしたら盗られちゃうに決まってるじゃない!仕方ないからあたしが鍵魔法で鍵かけてあげたんだから感謝しなさいよね!」
レジェリーはビライトとヴァゴウのことなどお構いなしにガンガンと言葉を投げつける。
「わ、分かった分かった。お金はオッサンが受け取るよ、な?オッサン。」
「お、おぉう。まぁワシの店の収入だからなァ…」
「分かればよろしい。」
納得したレジェリーはひとまず周囲を見渡す。
「…あたしなんでこんなところに居るの?その子なんで透けてるの?」
レジェリーはようやく寝転がっているキッカにも気づいた。
「…」(こっちが聞きたいんだが…)
ビライトたちはレジェリーがキッカが見えるということもあり、事情を説明した。
自己紹介、キッカの現状、そしてビライトとヴァゴウの目指すべき場所、イビルライズ。
「はぁ〜…なんだか突拍子もない話ね。で、あたしなんでここに居るんだっけ。」
ヴァゴウが謎の獣人からレジェリーを預かったことを伝えるが、レジェリーは少しだけ頭をひねらせる。本当に自分がヒューシュタットに居るのが信じられないようだ。
何故なら本人は山脈を登っていた。というのが最後の記憶だからだ。何度か戦闘した記憶もあるが、どのタイミングで意識が飛んだのかは分からない様子。
「山脈の途中ぐらいから記憶が無いんだけど、どっかで行き倒れちゃったのかな?」
「軽いな…あの山に女の子一人で登るなんて危ないだろ。」
ビライトは呆れてため息まじりに言う。
「あら失礼ね。あたしこう見えてもなかなか有能な魔法使いなんだから!魔物なんてちょいちょいよ!」
「じゃなんで行き倒れたんだよ?」
「魔力切れ?多分!多分ね!」
あてにならない適当な感じしかしなく、ビライトはヴァゴウを見つめる。
ヴァゴウは「そんな目で見るな」と言わんばかりの顔をしている。
本当にキッカの状態がよくなる鍵になるのか。ビライトとヴァゴウは不安要素しか感じなかった。
「まぁ、そのあたしを連れてきたっていうよく分かんない獣人も気になるけど…まずはこっちかな。その子がキッカちゃん?」
「あぁ、事情は話した通りだ。」
キッカは相変わらずしんどそうにしている。周りの声も聞こえていないようだ。完全に寝ることはできないが、半分眠っているような状態だ。
「ん〜…これ…”魔限値欠乏症”じゃない?」
「「魔限値…欠乏症?」」
2人は聞いたことない病名に首を傾げた。
「何らかの理由で魔限値が大きく下がっちゃう病気よ。魔限値が下がっちゃうと魔力を保有できる量が減っちゃうでしょ?」
「…体の中にある魔力が魔限値を超えてしまってる…ってことか?」
「そうそう、つまり今キッカちゃんは”持てる魔力が少ない状態なのに魔力が病気になる前と同じ量持ってる”。つまりキャパを大幅に超えているの。」
魔限値を超える魔力を保有している状態。
魔限値を超える魔力を身体に溜めることは身体には毒だ。様々な症状が現れ、最悪魔力に呑まれて死んでしまうこともあるという。
本来この魔限値が下がることというのは極めて稀なことである。あるとすればこの魔限値欠乏症のような病気によるものなのだ。
魔限値が下がってしまったことで、本来使えるはずの魔力が使えず、それが放出されることなく身体に残っている。故にその魔力は毒になりキッカを蝕んでいる。
「原因は?」
「普通は私たち魔法使いでいうところの生活習慣病みたいなものなんだけど…さっきまで元気だったんでしょ?」
「あぁ、転送装置でここに来てからおかしくなったんだ。」
「原因は間違いなくそれね。転送装置ってその転送者の魔力を使って発動するものだし。その証拠に…ヴァゴウさん、あなたの魔力、大分減ってる。症状が出るほどじゃないけど。」
「ん?そうなのか?」
ヴァゴウは自覚は無いようだ。
「魔力が見えるのか?」
ビライトが聞く。
「うん、あたし天才だもーん。」
「「…」」
(自分で天才とか言ってる)
ビライトは心の中でつっこんだ。
「なーにその顔…ほんとなんだからね。まぁいいわ。で、ビライトだっけ?あんた全然魔力が減ってないのよ。」
「えっ?」
「そしてキッカちゃんの魔力も減ってないわ。でも魔限値欠乏症の症状が出てるってことは…」
うーんと考えるレジェリー。しばらくして出た答えは…
「多分だけどあの転送装置…なんかエラー吐き出したら魔限値を削っちゃうとか…?」
「なるほど…可能性はなくはないか…?」
「あの転送装置、安全措置みたいなのがあったはずなのよ。身体に負担がかかるほどの魔力を取るようであれば使えない構造になってるはず。でも安全装置は起動していないとしたら、なんでだと思う?」
「…キッカは身体が無い。精神体だから転送装置の安全措置にひっかからなかった…とか?」
少し考えた結果、ビライトは結論を言う。
「それが正解かも?キッカちゃん、安全措置に無視されてビライトの分と合わせて2人分の魔力を吸われようとしたけど、それで異常だと判断されて魔限値を取られちゃったのかも。」
あくまで予想でしかないが、まとめると、転送装置によって取られるべき魔力を、キッカの影響でどういうわけか魔限値を取られてしまい、なおかつキッカがビライトの分まで吸われてしまい、結果魔力だけが体内に残り魔限値欠乏症になったという予想だ。
キッカの魔限値は今ほとんどないらしい。
魔力だけが残っていて魔限値を超えているのだ。
「俺の魔限値を肩代わりしていたなんて…」
ビライトはキッカを見つめて申し訳なさそうに見つめる。
「でもそれでなんで嬢ちゃんがキッカちゃんを治す鍵になるんだァ?」
ヴァゴウが言う。謎の獣人は確かにレジェリーが鍵になると言った。病名と原因が分かっても治療法が分からなければ意味が無いからだ。
「あー散々引っ張っておいてなんだけど…魔限値戻すの簡単よ。」
「「え?」」
二人はレジェリーを見る。
「魔法使い同士で魔力や魔限値は分け合ったり出来るのよ。魔力を分かち合うのは簡単だけど、魔限値を分かち合うのは結構技術いるけど、あたし出来るから大丈夫!天才だし!」
レジェリーは自称天才を名乗りつつ、キッカの手を握る。
「ほらほら、あたし一人の魔限値を分け与えるつもり?あんたたちも手伝いなさいよ。」
ビライトとヴァゴウは一度見つめ合う。
「俺たちは良いけど、レジェリーの魔限値が下がるんじゃないのか?」
「あたしはいいのよ、どっかその辺の魔物やその死体から回収するわよ。あんたたちのもそれで戻してあげる。」
「「…」」
しれっと恐ろしいことを言う。
しかし、キッカを救う手段として上等だ。
「分かった、信じるよ。」
「おう。」
ビライトとヴァゴウは手をつなぐ。そしてビライトの手がレジェリーの手に触れる。これでキッカに全員がつながった。
「一応魔力も戻したいからそれはビライトから取るわね。むしろビライトから魔力取っておかないとあんたが魔限値欠乏症になっちゃうしね。…さーていっくわよ〜」
レジェリーがそう言った瞬間魔方陣のような円形の模様が床に浮かぶ。
「〜…」
何を言っているのかは分からない。だが見たことのない魔法だ。不気味な赤色をしているが、確かに感覚はあった。
「おおっ…」
「あー…力が抜けてく感じがする。」
ビライトとヴァゴウは多少の倦怠感を感じていた。
魔力を吸われていく感覚が確かにあった。
しばらくし、魔方陣が消えた。
「終わったわ。大分魔力と魔限値持っていかれちゃったから明日、魔物退治付き合いなさいよ。」
「あ、あぁ…キッカは?」
「見てのとおりよ。」
キッカの顔色は良くなっていた。気持ちよさそうにしているが、まだ半分眠っているようだ。
「「良かった…」」
ビライトとヴァゴウはホッと一息して床に尻餅をついた。
魔力と魔限値を吸われた後遺症のようなものだろう。
「明日の朝には元気になってると思うわよ。とにかく今日はおとなしくしておいてね。あたしも寝るわ〜…」
レジェリーはベッドで寝転がり、眠ってしまった。
後で確認をしたが、勝手に宿泊人数を4人にされていた。
仕方なくビライトとヴァゴウは正当にじゃんけんをし、結果ビライトは床に寝る羽目になった。
「…キッカ、無事でよかった。」
キッカが回復した。それだけでビライトは床で寝ることなど何の不幸でも無かった。
そして夜が明けた…
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「…そっか…そんなことがあったんだね。」
起きたキッカはビライト、ヴァゴウ、そしてレジェリーから事情を説明された。
「ありがとう、レジェリーさん!私を助けてくれて…!」
「良いのよ、あたしも人助けして気持ちいいし!あとレジェリーで良いわよ。」
「うん、でもありがとう、レジェリー。」
キッカは笑顔で感謝を伝えた。
「俺からも礼を言うよ。ありがとうレジェリー。レジェリーが居なかったらキッカがどうなっていたか…」
「良いのよ。さて!」
レジェリーはビライトの顔に人差し指を立てる。
「魔物退治よ!あたしに付き合うって約束!忘れないでよね!」
「わ、分かってるよ。」
「じゃヒューシュタットの北部へ行きましょ!スラム街を抜けた先にドラゴンの集落に繋がる山地があるんだけど、そこの魔物ならそんなに強くないからたくさん魔限値を回収出来るわ!」
レジェリーは意気揚々と部屋を出る。
「出発〜!」
元気よく声をあげるキッカ。
元気になったキッカを見て嬉しそうにするビライトとヴァゴウ。
少しにぎやかになった一行は宿屋を出てヒューシュタットの北部を目指す。
転送装置を使えば楽なのだが、またキッカが魔限値欠乏症になってしまっては大変なので、陰鬱としたヒューシュタットの都市を歩き、北へと歩く。
すると景色は段々変わっていく。
ビルだらけの都市から、建物の高さが低くなり、建物の配置も点々とするようになってきて、やがて建物の構造もお粗末なものになっていく。
「同じヒューシュタットなのに全然違うんだな。」
「ここからスラム街ね。ヒューシュタットの国民の中でも混血や人間以外の種族が大体ここに掃きだめのように集まっているわ。」
ヒューシュタットの差別問題は相当深刻なようだ。確かに見渡しても明らかに血の濃い姿が多少歪な混血と、獣人や竜人ばかりだ。人間も居るが、とてもまともな生活をしているとは思えない容姿をしている。
「酷いな…貧困差が激しい国なんだな、ヒューシュタットは。」
「いんや、ワシが最後に来たときはスラム街なんてものは無かった。多少の貧困差はあったかもしれんが、少なくともこんな差別が激しく、貧困差が激しい国じゃなかったはずだ。」
ヴァゴウは目を細めて言う。
「あたしも詳しくは知らないんだけどね〜。さ、早く外に出ましょ。しっかり財布守りなさいよ。泥棒されたら大変なんだから。」
ここはスラム街、確かに金目のものが強奪されてもおかしくない。
ビライトたちは注意してスラム街を抜ける。
そしてその先にある山地に辿り着いた。
「さ〜て!狩るわよぉ〜」
レジェリーはやる気満々だ。
それからというものの、迫りくる魔物を倒しては魔限値を回収した。
やがてそれはビライトとヴァゴウにも分けられ、3人の魔限値は元通りになった。
「レジェリー、すごいな…色んな属性の魔法が使えるんだな。」
「あったりまえよ。あたし天才だもん!」
レジェリーの魔法の力は大したものであった。
地水火風だけではない、光も闇も雷も氷までも。
色んな属性をふんだんに使っていた。それに魔限値も相当高いらしく、いくら使っても疲れ知らずなほどに魔法を使っていた。
「ワシも今まで武器屋に来た魔法使いを色々見てきたがここまで色んな属性を使える魔法使いは初めて見たなァ」
ヴァゴウは感心していた。あながち天才を名乗っているが間違いではないかもしれない。
「うん、十分回復したわ!さぁ次はあんたたちの目的地に行きましょ。」
レジェリーはまた意気揚々と山地を降りていく。
「ちょ、ちょっと待てよ。」
ビライトはレジェリーを引き留める。
「なーによ?」
「なーによじゃなくて…もう俺たちに対する役目は終わっただろ?目的のお金もオッサンに払えたんだし。」
「終わったわよ?だからあとはあたしの自由にさせてもらう!」
レジェリーはキッカを指さす。
「あたしもキッカちゃんの身体を探すの手伝ってあげる!」
「えっ!?」
驚くキッカ。
「遠慮なんていらないのよ?なんだかおもしろそうだし!あたしも魔法の修行をするために旅に出てるわけだし!あんたたちについていけばきっと良い修行になるわ!」
レジェリーははい決まり〜と言い、再び意気揚々と歩き出した。
「あー…どうする?」
ビライトはヴァゴウとキッカに意見を聞く。
「まぁ良いんじゃねぇの?賑やかなほうが楽しいしな!ガハハ!」
ヴァゴウはいつもの前向きポジティブ豪快精神で大歓迎の様子。
「私も賛成。なんだかお友達ができたみたいで嬉しいし。」
キッカも賛成の様子。レジェリーにも聞こえていたようで
「うんうん、あたしもキッカちゃんと友達になりたいよ!」
「えへへ、よろしくね。」
キッカとレジェリーは笑いあう。
「ん〜…ま、いっか。」
ビライトもあまり深く考えずに、レジェリーを仲間として受け入れた。
騒がしくなったビライト一行のキッカの身体を探す旅はまだ始まったばかり。
目指すはヒューシュタット中央に位置する図書館。
世界中の知識が集う図書館へビライトたちは向かう。イビルライズにつながる手掛かりは果たして存在するのだろうか。
ビライトたちの旅はまだ始まってもいない。これから始めるための一歩を踏み出した。