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Delighting World  作者: ゼル
第五章  ジィル大草原編~望まれなかった命と王となる男~
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Delighting World ⅩⅩⅠ

Delighting World ⅩⅩⅠ







ドラゴニアを出て竜の鍾乳洞を抜けたビライトたちは、ジィル大草原をラプター便で走る。


野営地の1つであるクローライト野営地で1泊することになったビライトたちの前に現れたのは酒に酔った獣人たち。

魔蔵庫を奪われてピンチだった時、背後から現れたのはなんとドラゴニアの次期王となる竜人、ボルドー・バーンであった。

友人であったが故、再会を喜ぶヴァゴウ。そしてボルドーに妻のメルシィと生まれたばかりの息子のブランクを紹介される。


ワービルトまで行くという目的を同じくしたボルドー一家はビライトたちに同行することを決めた。


そして夜。

酒を酌み交わし語り合うヴァゴウとボルドー。


そんな中ビライトは悩んでいた。

自分たちの旅に多くの人が関わっている。それが原因で誰かが傷ついたりしないだろうかと。

ボルドーはヴァゴウに頼まれて、ビライトの元へ行き話を聞く。


誰もが義務でやっているわけではない。皆がやりたいから一緒に居る。一緒に旅をしている。


だからもっと周りの好意に甘えるべきだと言うボルドー。

ビライトはその好意にちゃんと報いるべく、もっと頑張らなければと立ち直った。


ビライトにとって、この日は特別な夜となった。

ビライトが今まで考えていた悩みは解けていく。


自分のために一緒に旅をしてくれるみんなの為にも必ず目的を成し遂げようとするビライトの気持ち。

そして友との再会を喜び酒を酌み交わすヴァゴウとボルドー。


彼らにとって特別な夜は更け、朝を迎える。


ワービルトまであと3日。

ビライトたちのジィル大草原での旅はボルドー一家を加えて始まる。


---------------------------------------------------------



「よう、準備は出来てるか?」


朝の支度をしている時、ボルドーがやってきた。


「おはよう、ボルドーさん。」

「おうボルドー。もうちょっとで終わるぞッ」


「よぉーし、なら、先にラプター便の厩舎の前に居るからな。ま、ゆっくり来な。」

ボルドーはそう言い、ラプター便の厩舎へ向かって歩いて行った。


「なんというか、何度見てもでかいわね~…ヴァゴウさんより50cm以上はでかいと思うけど…ヴァゴウさん身長どれぐらいだっけ?」

レジェリーが聞く。

「んあ?さぁ?自分の身長なんて把握してねぇからなぁ~」

「でも、2mは確実にあるよな。」

ビライトが言う。

「ねぇねぇ、クライドは知ってるの?」

レジェリーがクライドに聞く。

「知っているが…それは知る必要があることか?」

「まぁ…必要は無いけどさ。」

(知ってるのか)

(知ってるんだ)

(ワシも知らないんだけど。)


身長までも把握しているクライド。やはり情報屋の名は伊達ではないようだ。


「なんならお前の身長体重スリーサイズ、好きなものから嫌いなもの、誰にも言えない恥ずかしい話まで全て知っているが。」

「なっ、なによそれーーー!!」


顔を真っ赤にしてクライドに怒るレジェリー。クライドはレジェリーの顔すら見ることなく荷物をまとめている。


「ははは…クライドはなんでも知ってるんだな。ホント、頼もしいな。」

「そうだね~」

「あんたたちはのんき過ぎるのよー!!」


ビライトとキッカはそんなやりとりに笑い、ワイワイと出発の準備をした。



---------------------------------------------------------



「よし、準備完了だなッ」

一行は荷物をまとめ、それぞれ魔蔵庫にしまう。

「行くぞ。ボルドーが待っている。」

ビライトたちはラプター便の厩舎に向かった。

歩いて数分、昨日受付をした場所へ到着。

クライドは受付に行き、出発の手続きを。


ビライトたちはラプター便の厩舎に行き、ラプターの元へ。




「ラプターおはよう。今日も頼むな。」

ビライトの声に喉を鳴らし、答えるラプター。

「よーし、見様見真似だが…」

ヴァゴウが操縦席に乗りラプターを表に出す。

「ガハハ、案外出来るもんだな。」

「ヴァゴウさんかっこいい!」

「ガハハ、もっと褒めて良いぞ!」

昨日のクライドを見て見様見真似でラプターを外に連れていくことに成功したヴァゴウをキッカは褒め称えた。


「受付は終わった。」

クライドも受付を終えたようで、ヴァゴウと操作を交代した。


「さて…ボルドーは何処だ?」

クライドが辺りを見る。

「おーい!こっちだ!」


入り口に別のラプター便が居た。その乗り物の中にはボルドー、そして妻のメルシィとメルシィの持つ揺りかごの中に居る息子のブランク。


「準備は出来たみてぇだな。ほんじゃ、出発だぜ!」

「行こう。ラプター。」


ボルドー側はボルドーが。

そしてビライト一行側はクライドが操作をし、再びジィル大草原を駆けだした。


「へぇ、なかなかうめぇじゃねぇの。情報屋。」

「当然だ。ワービルトには何度も行っている。移動手段としてラプター便を使いこなさねばならんからな。これも仕事だ。」


「ヘヘッ、飛ばすなよ?俺様には妻と子が居るからな。」

「俺にも依頼者が居る。」

クライドはそれだけ言い、前を向きラプター便を操縦する。


---------------------------------------------------------



「今日のルートはどんな感じだっけ?」

ビライトが地図を広げる。


「ここがクローライト野営地だ。」

ヴァゴウは地図のクローライト野営地を指す。

クローライト野営地はジィル大草原の南部に位置している野営地の一つだ。


「ワービルトはジィル大草原の最北部に位置しているんだ。だから竜の鍾乳洞からだとワービルトは南端から北端に行くに等しい。だからラプター便でも4日かかっちまうんだ。」

「なるほど、で、俺たちが今日泊まる予定の野営地は?」

「予定ではここだな。」


「ハイアライト…野営地?」

「おう、ハイアライトはオパールの仲間だ。」


「へぇ~!オパール!綺麗な宝石だね!」

「地域によって色が異なる性質があって、このワービルト地方で取れるハイアライトは明るい緑色をしているんだぜ。」

ヴァゴウの鉱物知識を興味津々で聞くキッカ。


「で、そのハイアライト野営地には夕方ぐらいに着くの?」

レジェリーが尋ねる。

「そうだな、少し日が暮れるかもしれんがここが一番ちょうどいい。」


「ラプターを休ませなくてはならん。ハイアライト野営地まで直接行くつもりはない。昼になったら最も近い野営地、もしくは魔物が少ない場所で休憩は取る。」

クライドが操作席から声をかける。


「そうだよな、ラプターたちも走りっぱなしだと疲れるもんな。」

「そういうことだ。」


あちこちに魔物は点在しているがどの魔物も非常に大人しく、ラプター便には近づこうともせず、自分たちの餌を求めて歩き回っている。

見渡す限りの草原で山も無し。

時々湖が見えるぐらいでそれ以外は本当に草原と青空しか見えない。

大きな木も生えておらず森も無い。このジィル大草原は名の通り大草原であり、草原以外はほとんど無いに等しいのだ。

野営地のある場所にだけ石垣や鉱脈があるが…


「だがな、この草原の西部は荒地が広がってるって話だ。ワシも詳しくは知らんが。」

「荒地?そこもジィル大草原なのか?」


「そうだぜ。今から40年ほど昔、恐ろしい魔物がそこを支配していたらしくてな。もうその魔物は居ないが、その影響で生物が暮らすのも難しいほどの荒地や毒の霧が充満しているって話だ。」


「そんな場所があるの、なんだか不気味だね…」

キッカは西の方を見る。勿論この場所から見たら大草原しか無いが…

「でもその恐ろしい魔物がもう居ないなら、なんとか元に戻せないのかな。」

「自然を元に戻すのは大変なんだ。ワービルトが進入禁止にして人が迷い込まないようにするしか対策が無いんだとよ。今や西部は恐ろしい魔物が多く生息している荒地と毒沼、そして廃街、廃村があるだけだ。」


「そうなのか…そんな場所もあるんだな。まるで…ヒューシュタットのスラムみたいだ。」

ビライトはヒューシュタットのスラムを思い出した。

あそこもひどく汚れており、人が暮らすには厳しい場所であったからだ。

しかし話を聞く限りだと、その荒地の方が酷そうだ。


(昔はそこにも人が大勢住んでたんだろうな…そこで住んでいた人たちは…どうしているんだろう。)


ビライトはそんなことを考えながら外の景色を眺めていた…


(西部の荒地…か。他人事のように解説しているが…お前は決して他人事の場所ではないのだがな…)


クライドはヴァゴウをチラッと見て、すぐに振り返る。


クライドはヴァゴウの知らないことを知っている。


しかしクライドはそれを口に出すことは無い。

本人が望まない限りクライドの口から真実が語られることは無いのだ。


--------------------------------------------------------


雑談に華が咲くビライトたち。

そしてボルドー側では、メルシィがブランクと一緒にのんびりと外の景色を眺めていたが…


「メルシィ、ジィル大草原は変わりないようだな。」


「ええ、そうですね。この辺りには…“彼ら”の影響は無さそうです。」

「そのようだ。だが、“奴ら”は我がドラゴニアにも侵攻してきている。」


「この子の…ブランクの旅はブランクの為だけの旅であって欲しかったです…」

「…だな。だが、今は…こういう時だけはブランクに見せてやれ。この世界の輝きをな。」


「ええ…そうね。」


ボルドーたちにはまた別の旅の目的があるようだ。



(…なるほど…王として、今のこの世界の問題を見つめているようだ。)

クライドはボルドーとメルシィの会話を盗み聞きしている。


(…ドラゴニアは既に危機に侵されている。このワービルトも…いいや、今は考えるな。俺たちの前に立ち塞がったら…押し通るだけだ。)


明るく会話しているビライトたちとは別。クライド、そしてボルドーとメルシィは強い決意のようなものを抱えているようだ。



「見えて来たぞ。新しい野営地だ。」

クライドがビライトたちに言う。


ビライトたちは外を見る。

今までの野営地よりは小規模のようだが、何人かの冒険者たちが滞在しているようだ。

「あれがここにあたるな。」

ヴァゴウが地図を広げる。


「これ?」

「そうだ、ゲーサイト野営地。」


クローライト野営地とハイアライト野営地の中間辺りに位置するゲーサイト野営地。

ここで休憩を取るようだ。

ラプター便を止め、ビライトたちは一時的に休憩を取る準備をする。


「よっしゃぁ飯だ!」

ここでもヴァゴウの魔蔵庫が大活躍。

だが、それにも負けず劣らずボルドー一家の食事もかなり豪華。


「せっかくだし。」

「「混ぜるかー!!」」

ヴァゴウの食事とボルドーの食事が混ざり合い、あらゆる高級食材から平凡な食材まで多種多様の豪華な昼飯の出来上がりだ。


「わぁ…!凄い!良いなぁ~!!」

キッカは今までにないぐらいに豪華な食事に目を輝かせる。

食べられないのがとても残念そうだ。


「こ、これ、昼食ってレベルじゃないわよー!太っちゃう…でも食べるー!」

レジェリーは美味しそうに食事をする。


「この時だけはホントに旅をしているのか疑いたくなるけど…今回はより一層それを感じるよ。」

ビライトは苦笑いしながらも、いただきますと一礼して食事をする。


「ガハハ!たーんと食え!」

「そうだそうだ!遠慮すんじゃねぇぞ!」


飯をガンガン振舞うヴァゴウとボルドー。

「たくさん食って強くなれー!!」と、一行にたくさん食わせようとする。

ちなみに、クライドには「押し付けるな。」と速攻で一蹴された。



「うふふ、にぎやかですわね。ブランク。」

「あうー」

マイペースにブランクにご飯を与えるメルシィ。


--------------------------------------------------------



「はーーー!もう食べられない!!」

腹を膨らませて幸せそうなレジェリー。

「レジェリー、食べすぎじゃない?」

キッカが聞く。

「言わないで~…次に体重計乗るの怖いわ~…」



「よ~し、夕方までにハイアライト野営地まで行くぞっ。出発だ!」

一行は荷物をまとめ、ラプター便に乗り、ゲーサイト野営地を後にした。



--------------------------------------------------------



大草原を駆ける一行。



陽が夕日の方角へと傾き始める。

「あと2・3時間ほどで着くだろう。もう少しだ。」

クライドから伝達が入る。


「最初は見るもの全部が新鮮だったけど、こうも同じ風景が続くと流石に飽きてきちゃうわね~…」

「まぁ…そうだな。特別景色が目まぐるしく変わらないしなぁ…」


ジィル大草原の風景はずっと変わらない。

たまに魔物や野営地、湖がちらっと見えるぐらいで、それ以外はずっと草原だからだ。


「ま、あともう少しの辛抱だ。ハイアライト野営地に着いたらまた変わったもんが見られるさ。」

「私はまだまだ見てて楽しいけどなぁ~」

ヴァゴウとキッカは平常運転のようだが、ビライトとレジェリーは少し飽きが見えてきているようだった。


クライドはビライトたち、そしてボルドーたち、更には周囲の様子も念入りに確認しながらラプターを操縦する。

「…」

クライドは少し違和感を感じていた。

(…妙な気配を感じる。)

「おい、情報屋。」

ボルドーのラプター便が近寄ってきた。

「なんだ。」

「なんか…感じねぇか?」

ボルドーも違和感を感じているようだ。


「…あぁ。さっきから妙だ。」

クライドはそう答えるが…

「なんつーかな…こう、変な感じがすんだよ。なんだかアツーい視線を向けられているような!」

「なんだその例えは…まぁ良い。言いたいことは分かる。警戒しろ。」

「おう。」

クライドとボルドーが感じている気配。

ビライトたちとメルシィたちは気が付いていないようだ。



(視線と言っても…視線ではないような…まるで何か無機物に見られているような…まさか…?)


考えを巡らせるクライド。

「!まさか…!」

「おう、どうした情報屋?」

「おい!ボル…」

クライドが言いかけた瞬間だ。

クライドの頬に何かが通過した。


「…!」

「!情報屋っ!」


「ボルドーさん?」

ボルドーの声にビライトたちも気が付き顔を乗り出す。

「ダメだ!頭を出すんじゃねぇ!」

ボルドーの声に驚いて頭を隠すビライト。

その瞬間ビライトの頭上を何かが通過した。

「な、なに!?」

驚くキッカとレジェリーもしゃがむ。

ヴァゴウは外を見る。

「なんか見えるな…」

「ヴァゴウさんしゃがんで!」

「お、おう!」

全員がしゃがんで様子を見る。


「お前たち、戦闘の準備をしろ。」

クライドはビライトたちに言う。

「せ、戦闘準備って…あんたどういう…」

「そのままの意味だ。敵襲だと言っているんだ。」

クライドは異常事態に困惑するラプターたちを落ち着かせながら言う。

「敵襲って…ここの魔物は大人しいんじゃなかったのか!」

「ここの魔物…はな。」


「それってどういう…きゃっ!!」

キッカが言いかけた時、ラプター便が大きく揺れる。

「な、何々!?何なのよっ!!」


「クッ!キッカ!防御魔法を展開しろ!」

「えっ、あっはいっ!」

キッカは防御魔法を全員にかけた。

淡い光に包まれたビライトたち。


「メルシィ!」

「ええ!」

ボルドー側も異常事態に対応すべく、ラプター便を止める準備をしていた。

そしてメルシィは防御魔法をかけ、ボルドーとブランクを守る準備をした。


「うわっ!!」

ラプター便が大きく揺れる。

「何が起こってんだァ!?」

やがて体は宙に浮く。

「倒れるぞッ!」


大きな音と共にドシャァとラプター便は砂煙を巻き上げて倒れる。

「っ…みんな!大丈夫か!」

「私は大丈夫!」

「び、ビックリした…!」

「…ボルドー!メルシィ!」

倒れた荷台からビライトたちは砂煙の中、辺りを見渡す。

ヴァゴウは真っ先に外に飛び出した。


そしてよく見るとクライドとラプターの姿が見当たらない。

操縦席にもその姿を確認出来ない。


「とにかくこの砂煙から抜け出さないと…!」

ビライトたちはヴァゴウの行った方向に走り出す。


しばらく走ると砂煙から抜け出し、いつもの大草原が見える。


何やら金属のような音と、爆発音が聞こえる。

「なんだこの音…」

「誰かが戦ってるのかも!」

「ビライト!キッカちゃん!あれ!」

レジェリーが何かに気が付き指をさす。


「!クライド!ラプターも!」


数十メートル離れた場所でクライドが倒れているのを見つけたビライトたち。

クライドの元に駆け付ける。

「クライド!大丈夫か…って…!」

「大変!」


クライドは気を失っていた。

ラプターは心配そうに慌てふためいているのか、クライドを見ながら顔をきょろきょろとさせる。

それだけじゃない。クライドの右肩から血が流れていたのだ。

何かに貫かれているように、大きな穴が開いており、そこからどくどくと血が流れている。


「キッカ!回復魔法を…!」

「うん…!せめて血を止めないと…!」

キッカは回復魔法を展開。クライドの右肩に手を当てる。ほんのりと暖かい光でクライドの右肩を治癒していく。


「レジェリーはここに居てくれ。キッカとクライドを頼みたい。」

「あ、あんたはどうすんのよ!」

「ボルドーさんとオッサンが心配だ。探してくる。あの金属音と爆発音も気になる。クライドを攻撃した奴と戦ってるかも。」

「危険よ!だって、あのクライドがやられたのよ!」

レジェリーはビライトを止めるが、ビライトは首を横に振った。


「それなら尚更だ。オッサンとボルドーさんがもし戦っているなら…助けないと。キッカ、頼めるか?」

「うん、私は大丈夫だよ。でもあまり離れすぎないようにしないと…だよね?」

「どこまでキッカと離れられるのかは分からないけど…でもこのままじっとしているなんて出来ないから。」

ビライトは音のする方に身体を向ける。

「ビライト…」

「レジェリー、頼んだぞ。」

そう言ってビライトは走り出す。


「ビライト!」

「大丈夫、私はお兄ちゃんを信じる。」

キッカはそう言い、魔法をかけ続けるが、少し手が震えているのが分かった。

「キッカちゃん…」


レジェリーは魔蔵庫から服を取り出した。

「これで…」

レジェリーは所持していた古い服をやぶいてそれを包帯代わりにして、クライドの右肩に巻く。

すぐに血がにじんできたが、その出血もキッカの魔法により少しづつ治まってきていた。

「クライド…しっかりしなさいよ!」

「クライドさん、頑張って…!」


--------------------------------------------------------


ビライトは音のする方へ走る。

すると間もなくその音の正体が分かった。


「オッサン!ボルドーさん!」


「ビライトかッ!」

「ボルドーさん!」


音の正体。それはボルドーと敵との戦いだった。

「こ、こいつは…!」

ビライトはその敵の姿に見覚えがあった。

全身が金属で覆われたその姿。

「オートマタ!しかもこんなに!」

オートマタだ。しかもその数、10体以上は確実に居る。

5匹ぐらいは再起不能になっている。恐らくボルドーが倒したオートマタだろう。


ビライトは魔蔵庫から大剣を取り出し、エンハンスをかける。

「でやあああっ!!」

ビライトの大剣がオートマタを吹き飛ばし、ボルドーの隣に立つ。


「メルシィさんとブランクは?」

「無事だ。ラプター便も無傷だ。危険だから先にハイアライト野営地に向かわせている。」


「そっか…無事ならよかった。こっちは…」


「わーってる。情報屋が怪我してんだろ。差し詰め誰かが治療に回ってる。キッカかレジェリー辺りか?」

「その通りだ…流石ボルドーさんだ。」


そしてビライトは気づいた。ヴァゴウが居ないことに。


「ボルドーさん!オッサンは…ヴァゴウのオッサンは一緒じゃないのか!?」

「ヴァゴウ?見てねぇぞ?」

「オッサン、ボルドーさんを探しに一人で駆け出して行ったんだ!なのに…」

「…ビライト、ヴァゴウを探しに行け!」

ボルドーはオートマタからの光線攻撃を躱し、物理攻撃で応戦しながらビライトに言う。


「えっ、でも…!」

「嫌な予感がすんだよ。ここは俺様一人で十分よ。だから行けッ。」

「…分かった!必ずオッサン連れて戻ってくる!」

「おう!頼んだ!」


ビライトはヴァゴウを探しに再び砂煙の中へ。


「さて、俺様もてめぇらに付き合っていられるほど暇じゃねぇんだ。ちょっくらブーストかけさせてもらおうかねェ!」

ボルドーは足で強く大地を踏みしめた。

全身から紫色のオーラがあふれ出し、大地に見たことのない魔法陣が浮かび、それがボルドーの身体を下から上へと通過していく。

「さーて…古代魔法の力、とくと味わいな!ヒューシュタットォ!」


--------------------------------------------------------


「ボルドーさん、大丈夫だろうか…」

ビライトはボルドーの方を心配しているが…


次の瞬間、ド派手な爆発音や、魔法のはじける音が後ろから鳴り響く。

オートマタの破片がビライトの方にまで落ちてくる。

「…心配するまでもなさそうかも…」

恐らくボルドーの反撃が始まっているのだろう。




ボルドーの古代魔法は全ての魔法の消費魔力を大幅に削減して発動できる。

ボルドーの魔限値は非常に低い。


例えばボルドーの魔限値が50だとする。

上級魔法を発動するときに必要な魔力が60だとする。ボルドーの魔力は最大値でも50なので上級魔法を撃つことは出来ない。

だが、ボルドーの古代魔法はどんな魔法でも必要魔力が1、もしくは1を下回るごくわずかな数値になる。


つまり、例え優秀な魔法使いで魔限値が500ぐらいある人だとしても上級魔法を撃つのは8~9発程度が限界。

だがボルドーは上級魔法であっても50発、60発、いやそれ以上は余裕で撃てるというトンデモ性能を発揮することが出来る。


最弱の王と呼ばれていた存在がこの古代魔法1つで最強の王と呼ばれるようになったのだ。




「オッサン、何処行ったんだ?」


ビライトは辺りを見るがヴァゴウの姿は見えない。

明らかにおかしい。ビライトに汗が伝う。

もっと奥に行こうとするが…

「っ!」

ビライトは突然地面に崩れ落ちた。

重たいものが背中にズシンとのしかかるような痛みだ。

「ここまでが限界か…!」

キッカだ。

ビライトとキッカは遠く離れることが出来ない。

キッカの下半身が見えるようになってから、行動範囲が広くなったが限界はある。

それでも超えてしまうとキッカが吸い寄せられてしまう。


キッカはクライドの治療をしていて身動きが取れない。故にビライトはこれ以上先に進むことは出来ない。


「クッ…」


一方キッカの方でも異変が起きていた。

「あっ…!!」

キッカもガクッと体勢を崩して地面に身体を打ち付けてしまった。

「キ、キッカちゃん!?」

一緒にいたレジェリーが突然のことに驚いて、キッカを触ろうとするが、キッカの身体をすり抜けてしまう。

「だ、だいじょぶ…多分お兄ちゃんが遠くに行き過ぎたんだと思う…」

「なにやってんのよアイツは…!」

直ぐに状態は元に戻ったので、恐らくビライトも引き返したのだろう。キッカは気を取り直してクライドに回復魔法をかけ続けた。


「なんか向こうから色んな音が聞こえるし…砂煙のせいで全然分からない…!」

レジェリーからは周りがどうなっているかは分からない。

音がする方ではボルドーが無双しているのだが、ビライトとヴァゴウ、そしてメルシィたちの乗っていたラプター便の行方がレジェリーたちのところからは分からない。


「…ッ…」

「あ、クライドさん!?」

クライドの声が聞こえる。

眼をゆっくりと開くクライド。


「…キッカ…」

「クライドさん、大丈夫?」

「あぁ…俺としたことが…油断した。」

クライドはけがをした右肩を左手で押さえながら起き上がる。


「クライド、何があったのよ!」

「…ヒューシュタットのオートマタだ。」

「「!!」」


ヒューシュタットのオートマタ。

その言葉に衝撃を受ける2人。


「ラプターを失うわけにはいかなかった。奴らはラプターを狙っていたからな…」

起き上がったクライドを見て心配そうにあたふたとするラプターだが、クライドが左手をラプターの顔に添えて落ち着かせた。

「でも何でヒューシュタットのオートマタが…」

キッカが煙の向こう側を見て心配そうに言う。


「分からん。俺たちを狙っていたのか。もしくは…」

「ボルドーさん…たち?」

レジェリーが言う。

「あるいは両方かもしれん。俺たちも素性は割れているからな…」

クライドはゆっくり立ち上がろうとするが足がふらつく。

「だ、ダメだよ!まだ立ち上がったら!」

「この程度…大した事は…ッ…」

クライドはふらっとバランスを崩す。

それをレジェリーが支える。

「馬鹿。無理して倒れても困るから大人しくしてなさい。」

「…」

クライドは観念して座りこみ、ため息を吐く。

「…ならばレジェリー。ビライトを探してこい。ボルドーたちと…ヴァゴウが居ないな。探しに行ったのだろう…?」

「はいはい。キッカちゃん、クライドとラプターを頼めるかしら?」

「うん。任せて。」

レジェリーは走り出す。ビライトは遠くには行けないのですぐに見つかるだろうが…


「お兄ちゃん、ヴァゴウさん…ボルドーさん…無事でいて…!」


「…それに関しては…悪い知らせがある。」

「えっ?」







--------------------------------------------------------



「そんな…!」

「事実だ…気配を感じない。」


「…何処に行ったの…?」

「分からん。だが…この砂煙が晴れれば…何か分かるかもしれん…」

キッカは酷く落ち込む。それでも回復魔法を止めない。クライドを回復し続けるキッカ。

「…キッカ。迷惑をかける。」

クライドは少し小さな声でキッカに言う。


「いいの。私に出来るのは…このぐらいだから。」

「…直に砂煙が晴れる。」

「…うん。」


(クライドさん、弱ってる。私の回復魔法だけじゃ外傷を完全に塞げない…)


あくまでキッカがかけているのは痛みを抑えるのと、出血を抑えるだけの応急処置の回復魔法にすぎない。

クライドの傷は右肩を貫通している。いくら布を巻いているとはいえ、ちゃんとした場所で安静にさせなければ危険になるかもしれない。

(ううん、私だって…私だって…しっかりしなきゃ…!)


--------------------------------------------------------



「ビライトー!ビライトってば!何処ー!?」

レジェリーはビライトを探して走り回る。

音のする方角ではボルドーがオラオラ言っている声とオートマタがぶっ壊れているような破壊音が聞こえるだけだ。

ビライトが居る感じはしない。


「レジェリー?」

ビライトだ。奥の方から声が聞こえる。


「ビライト!あんたなんでこんなところに!」

「レジェリーこそ!キッカとクライドはどうしたんだ!」

「クライドは目を覚ましたわ。キッカちゃんが治療を継続してる。」

「そっか…クライド、目を覚ましたのか…ってそうだ!オッサン見なかったか?」

ビライトはレジェリーに聞く。


「えっ、ヴァゴウさん居ないの?一緒じゃないんだ…」

「あぁ、俺は遠くに行けないからこれ以上進めないんだけど…ここまで探して見つからないのはおかしい…」

途方に暮れるビライトとレジェリーだが、奥の方ではお構いなしに爆発音や機械音が響いている。


「ラストォ!!!」

大きな声と共に大きな爆発が起こる。

「…なんというか…容赦ないっていうかなんというか…」

「流石ボルドー様…ってところかしら…」

ラストということは、最後のオートマタを倒したのだろう。

ビライトとレジェリーはボルドーの元へと戻る。

そして砂煙は徐々に消えつつあった。




--------------------------------------------------------


「そうか…ヴァゴウが見つからねぇか…」


「最初は一緒に居て…ボルドーさんたちを探しに行ったはずなんだけど…」

ビライトとレジェリーはボルドーと合流。

ビライトは事情を説明し、ボルドーは顔をしかめて西を見つめる。

「ボルドーさん?」

「いんや、なんでもねぇ。情報屋とキッカが居る場所へ戻ろうじゃねぇか。話はそれからだ。」


ビライトたちはキッカ、クライド、ラプターが居る場所へと戻る。




そして戻ってきた一行に、クライドから発された言葉はビライトたちに衝撃を与えた。



「ヴァゴウさんの気配が…無いだって!?」


「あぁ…気配を感じない。」

「…ホントだ…魔力も感じないわ…」

クライドは気配、レジェリーは魔力を感知しようとしたが、何も感じないようだ。


「…西だ。」

ボルドーが言う。


「西?」

「そうだ、わずかだが、魔力が西に流れていくのを感じる。」

「あたしは感じないけど…でもボルドー様の方がその辺り強いもんね…」

ボルドーは西を見て眉をひそめる。深刻な顔だ。

「マズイな…」

ボルドーはそう呟き小さくため息をついた。

「何がマズイんだ?」


「あぁ?情報屋から何も聞いてねぇのか?」

ボルドーはビライトたちに首をかしげて言うが、ビライトたちには何のことなのかが分からない。

「ボルドー。その話は後にしろ…」


クライドは目でボルドーに語る。


その目を見て「なるほどな」と言う。


「とにかくだ。もしヴァゴウが西へいるなら…明らかに罠だ。」

ボルドーはそう言い、腕を組む。

「だろうな。」

クライドもそれに同意する。


「罠って…どういうことだ?」

ビライトが尋ねる。


「…ヴァゴウにとってここから西…廃草地は特別な場所なんだよ。」

ボルドーが言う廃草地とは、ジィル大草原の西部にある荒地のことだ。

40年ほど前に恐ろしい魔物が居た場所で、現在は危険な場所として立ち入りは禁止されている。


それがヴァゴウと何かつながりがあると言うボルドー。

もちろんビライトたちはそんなこと知るわけもない。


「オッサンと繋がりのある場所…でもどうしてオッサンは急にそんな場所へ?」


「ヴァゴウの意志ではないだろう。」

クライドが言う。

「あぁ、ヒューシュタットが何かしたんだろう。そして何らかの手段でヴァゴウを連れ去った…西の廃草地へな…」

ボルドーは舌打ちする。

「チッ、俺様たちをおびき寄せて始末しようとしてんだろうな…卑怯な奴らめ…」


「砂煙が晴れたら辺りを探って情報を集める。確認してから改めて作戦を練る。」



クライドがそう言い、ビライトたちは頷いた。


「分かった。クライド、ボルドーさん。落ち着いたら…知ってること教えて欲しいんだ。オッサンのこと。」

ビライトがボルドーとクライドに頼む。

「…いいだろう。」

「おう、アイツの知らない話も俺様と情報屋は知ってる。故に、その情報は大切にしてくれ。想像を超える重い話になる。」

ビライトたちは頷いた。

ヴァゴウにとって、それはとても重く、辛い物語。

それでもビライトたちはヴァゴウの為に、ヴァゴウを助けるために知らなければならない…





突然のヒューシュタットの襲来。

その騒動の中でケガをしたクライド。

そして突然行方をくらませたヴァゴウ。

ヒューシュタットの罠に落ちたのか、それを餌にビライトたちを誘っているのか。

事実は分からないままであるが、ヴァゴウが居なくなってしまったことに変わりはない。


まもなく砂煙が晴れる。

元の青空が戻るが、ビライトたちには暗雲が漂う…


果たしてヴァゴウは何処へいってしまったのか。

そして、ヒューシュタットの狙いは…?

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