Delighting World ⅩⅦ
Delighting World ⅩⅦ
ヴァゴウの目の前に広がっていたのは洞窟の深部。
最初に見せられた光景は、竜人の男性がドラゴンによって竜人の女性と引き離されたという光景。
それから空間がゆがむように、舞台が変わり洞窟の深部になった。
「ワシは…何を見せられているんだァ…?」
目の前に広がっていたのはとても恐ろしい光景であった。
先ほどのドラゴンがさらった男性の竜人と性行為をしているのだ。
それも同意のもとではない。ドラゴンに無理やり押さえつけられた竜人の男性はその違いすぎる大きな体格に押しつぶされ、気が狂いそうなほどに叫び、無理やりソレをこすりつけられて身体をバタバタと動かしている。
「フフッ、たくさん出たじゃないか?嗚呼、感じる…良い子が出来そうだよ。」
「…ゴフッ……ガッ…」
もはや生きているのかも分からないぐらいに屍のように仰向けで倒れる竜人の男性。見ていられないほどその姿は無残だった。
まるでおもちゃのようにずたずたにされたその身体はもはや使い古した人形のようだった。
酷く痩せ、傷だらけ。小さく呼吸し、その虚ろな目は死んだ魚のような目だった。
「なんなんだこれは…ワシにこんなものを見せて…どうなるというんだ?胸糞悪いだけじゃねぇか…」
ヴァゴウはこれが幻想だということは理解していた。
しかしこの幻想はなんだ。
自分とは何の関係も無いと思われるものを見せられている感じだからこそヴァゴウは困惑している。
そして歪みがまた襲い、舞台がまた変わる。
「!」
次に見た光景は見覚えがある光景。
そう、ドラゴニアだ。ドラゴニアの入り口付近であることがすぐに分かった。
ドラゴンとドラゴニアの魔法部隊が戦っている。
あのドラゴンはさっき竜人の男性と性行為をしていたあのドラゴンだ。
「こいつァ…!」
撃ち合う魔法同士の戦い。
「トドメだ!”魔竜グリーディ”!」
「クッ、もう少しで最強の魔力を手に入れるところだったのに!シャクだね!実にシャクだよ!」
魔法の撃ち合いをヴァゴウはただ見ていることしかできない。
「魔竜グリーディ…聞いたことがあるぞ。最強の魔力を求めるメスのドラゴンで、性と力に貪欲だったと言われている…40年ほど前に死んだと言われていたが…」
「グアアッ!おのれぇっ!」
「いけっ!総動員で打ち倒せっ!この2人を魔竜から守るのだ!」
そんな中ドラゴニアの兵士たちの中に誰かが蹲っている。
「!!」
蹲っていたのは先ほどの竜人の男性だった。
その胸の中には何かが居た。
それはヴァゴウにとっては衝撃を強く与えるものであった。
「…オイオイ………」
子供だ。
それもよく知っている。この子供は…
「…そっか。そういうことかよ…クソッタレ…」
目を閉じるヴァゴウ。
パキン。
何かが砕けるような音がした。
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そして、ヴァゴウの次の視界に映ったのは竜の鍾乳洞だった。
「…」
「ヴァゴウさん!」
レジェリーはいち早くヴァゴウが戻ってきたことに気づき、近寄った。
「よかった!大丈夫だった…?」
レジェリーが心配して顔を覗き込む。
「…あ、あぁ。大丈夫。ダイジョブ。ガハハ…」
明らかに大丈夫ではなかった。
表情は…とてもひきつっていて、青ざめており、今までに見たことのないような顔をしていた。
「ヴァゴウ…さん?」
「あ~…っと、すまん。何かよ…頭こんがらがっちまった。少し頭冷やしてくるわ…」
ヴァゴウは力なく言い、ゆっくりと歩き出し、源泉のそばに行き、座り込んだ。
「ヴァゴウさん…」
「…何か心に酷く突き刺さるようなものを見たのかもしれん。あの魔法はそういう魔法だ。」
「…あたし、そっとしておくことしか出来ないのかな…」
「奴は誰よりもしっかりした大人だ。自分の気持ちは自分で整理する。それより問題はこいつらだ。」
クライドはビライトとキッカを指さす。
「ビライト…キッカちゃん。」
「こいつらが一番未知数だ。俺にも分からないことが多い。」
「どういうことよ。」
「お前とヴァゴウの情報はアトメントから大体聞いている。」
「えっ、ちょ!なっ!どういうことよそれっ!!」
慌てるレジェリーにクライドはため息をつく。
「俺は情報屋だ。お前らが言っていないことも把握している。生まれた場所や、過ごしてきた場所、そして今までの生い立ち、年齢から身長体重、好きな食べ物もだ。」
「うっそでしょ…アトメントってホント何者なのよ…」
完全に素性を暴かれているレジェリーとヴァゴウ。
ヴァゴウはあまり気にしなさそうだがレジェリーは軽くショックを受けていた。
「だが、俺からは何も話すつもりはない。お前たちが言うべき時に明かせばいい。」
「それを聞いて少し安心したけど…ってそうじゃなくて!ビライトたちが未知数ってどういうことよ!」
レジェリーは話を戻してクライドに説明を要求する。
「こいつらの情報はほとんど無いということだ。俺たちが受けた魔法は恐らく“かけられた者、またはその身内の誰かの記憶を引っ張り出し脳内で幻想を見せられる魔法”だろう。」
「過去…つまりあたしたちは、あたしたち自身か他の身内の誰かの記憶を見せられていたということ?」
「そうだ、そしてそれは的確にかけられた者の心に傷を残すようなものが多い、タチの悪い闇の魔法ということだ。」
(だからあたしはあんなものを見せられた…だったらあれは真実だったというの?)
レジェリーは自分の見たものを思い出す。
師匠と呼ばれていた竜人に腹を貫かれ殺されたことを思い出す。
「…おい、大丈夫か」
「あっ、うん、続けて。」
いったん思い返すのをやめにしてレジェリーはクライドの話を聞き続ける。
「…ビライトとキッカの情報は正確性が無いのだ。」
「正確性が無い…?聞いた情報が嘘かもしれないってこと?」
「そうだ。アトメントでさえも奴らの情報を多くは取れなかったと言っていた。自信が無い情報だから当てにするなとも言われている。何故かは分からんがな。故にこいつらの事情は俺にも分からんのだ。」
「ヴァゴウさんなら何か知ってるんじゃ!ヴァゴウさんはビライトたちの保護者みたいなもんだし…」
「今のヴァゴウにそれが聞けると思うか?それにヴァゴウの情報と俺の情報は異なる可能性もある。当てにはならん。」
「うっ…それもそうなのかも…」
ヴァゴウは酷い顔をして源泉をボーッと見つめている。よっぽどひどいものを見たのだろう。
「ともかくだ。ヴァゴウやお前が見たことは大方絞り出せるがこいつらは全く分からん。そもそも過去を見ているのかどうかも分からん。何せこいつらは今、他の人とは違う異常な状態だからな。」
「大体絞れるって…なんかアンタが怖くなってきたわ…」
「俺からは何も言わんと言ったろう。」
念を押すクライド。素性などをほぼ知られていると言われて怖いと思うのは当然だが、クライドはそれを利用して悪いことをしようだとか、脅迫をしようだとかは微塵も考えていない。
「コルバレーの町から得た情報にも矛盾や虚言が含まれているほどにこいつらは未知数だ。何を見て、どう戻ってくるのか…」
「ビライト、キッカちゃん…ちゃんと戻ってきなさいよね…」
ビライトたちを見て、レジェリーは言う。
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「…ん~…」
調子の出ないヴァゴウ。
どうしても見たものが気になっているようだ。
ずっと源泉をボーッと見続けているヴァゴウ。
「…アレは…どう見ても…あ~!!考えてもキリがない!」
ヴァゴウは頭を掻きむしる。
「あー…」
ため息をついて思い返す。
誰の記憶なのか。恐らく出てきた竜人の男性、もしくは魔竜グリーティの記憶。
(あの男が最後に抱えていたもの…アレは間違いなく……ワシだ…)
そう、ヴァゴウが最後に見たのは赤ちゃんだった頃の自分だったのだ。
(てことは…必然的に……そういうことだよなァ…)
あまり信じたくはなった。
確かにヴァゴウは両親の記憶がない。自分が覚えている記憶の中にその姿はない。
幼少期にある記憶はあまり思い出したくない辛い思い出が多い。
だが、その中にあった優しい思い出も確かに存在する。それだけで十分だと思っていた。
しかし、あのようなものを見せられてしまっては…気になってしまうのも仕方がない。
が。
「今は考えても仕方ねぇな…」
と、いう結論に至った。
「でも、いつか分かるときが来るかもしれねぇな…」
その時はどんな真実でも受け入れなければいけない。その時、自分がそれに耐えられるかは分からない。
だが、今は考えている場合ではない。ヴァゴウはそう思い、ゆっくりと立ち上がった。
「考えはまとまったのか?」
「おう。」
クライドが声をかける。ヴァゴウはそれに空返事をする。
「恐らく…お前の知りたいことを俺は知っている。話してやってもいいがどうする?」
「いンや、今は遠慮しとくわ。なんだったら知らないままでも良い。知る機会があれば、そんときはそんときだ。」
ヴァゴウはクライドの提案を断った。
「そうか、ならばいい。」
クライドはこれ以上何も言わなかった。
さっき言った通り、クライドは知っている情報はあまり出さないし、不都合な情報も開示しない。そして望まないのであれば黙っている。
ヴァゴウがそう望むならば何もしなくてもいい。クライドはそう考える。
「わりぃな。変なところ見せちまった。」
「ヴァゴウさん、えっと…あたしも結構キツイもの見せられちゃったの。身に覚えもない怖いものだった…でも…」
「わーってるよ。心配してくれてありがとな。」
「うん…」
ヴァゴウは優しくレジェリーの頭を撫でる。
「さて…ではこいつらが戻るのを待つ続きだ。今回の旅はこいつらの旅だ。俺たちはいつでも見捨てることもできる。それでも待つか?」
「「もちろん!(当然!)」」
クライドは2人に問うが、レジェリーたちは即答。
「良いだろう。」
レジェリー、ヴァゴウ。2人には身に覚えのない何か重い過去や記憶がある。
だが、それを今はまだ知ることは出来ない。
これから知ることになるのか、はたまた、知らずに一生を終えるか。それは分からない。
だが今2人がやることは過去を掘り返すことではない。まだ戻ってこないビライトたちを信じて待つことだ。
そしてこの旅を続け、先に進むこと。それが今やるべきことだ。
そしてクライドにもまた、何かがあるのかもしれない。しかしクライドはそれには全く動じない力を見せた。それは決して揺らぐことが無い強い決意。
クライドの強い意志は過去になど屈することは無いのだ。
残されたビライトとキッカ。
真っ暗な世界で起こるキッカの身体を取りもどせるかもしれない戦い。
ビライトとキッカはそんな場所でまだ戦っている…
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「ダメだ…ビクともしない…!」
「ビライトビライトビライトビライト」
「くっ、さっきから聞こえる俺を呼ぶ声はなんなんだ!」
キッカを縛る茨は全く解けない。ビクともしない。
「くそっ!キッカの身体が目の前にあるのに!」
「私は…何も出来ない…!」
キッカは何にも触れることは出来ない。故にただ見ていることしか出来ない。
「くそっ!くそっ!解けろっ!!」
「無駄だヨ…」
「!」
声が聞こえる。頭にではない。はっきりと耳から聞こえた。
フッと姿を見せたのは人間に角が生えたようなシルエットの真っ黒な姿の何かだった。
物体なのかも分からず、ただそれは無機物のようにそこに居た。
「誰だ…お前は…!」
「やっぱり…覚えていないんだネ。ビライト。」
「お、俺は…お前なんか知らない…!」
「…まぁ、いいヤ。何の作用が働いてここに来たのか知らないけド…こいつの身体は渡さなイ。」
「ふざけるな!お前がキッカの身体を…!」
ビライトは大剣が出せない。なので走り、拳を構えてその存在にパンチした。
だが、それをすり抜けビライトの拳は空振りに終わった。
「ボクには実体は無イ。無駄サ。」
「くっ…キッカを…妹を返してくれ!何の恨みがあってこんなことするんだ!」
ビライトは訴える。キッカが何故こんなことになってしまうのか。理由も分からずに突然肉体を奪われたキッカは一体何故こんなことになったのか。
そんな気持ちをビライトは叫ぶ。
「決まっていル。ビライト。ボクは君だけを愛しているからサ。」
「俺…を…愛してるだって…!?」
「そうサ、キミはボクの友達…だからね…だからね…邪魔なのサ。その女がネ…」
黒い何かは精神体のキッカに触れようとする。
「…ひっ!」
「!キッカに触るな!」
ビライトは後ろにジャンプし、キッカを守る。
「本当は全て奪ってやろうとしたんだけどサ…シンセライズがボクの邪魔をしたのサ…」
「シンセライズが…シンセライズってこの世界の…」
「その女はシンセライズに守られていル…ボクの最大の敵…シンセライズのネ!!」
「私が…シンセライズに…ど、どういう…」
キッカは分からずに動揺する。
ビライトにも何を言っているのかは分からなかった。
だが、キッカの身体を奪ったのは間違いなくコイツ。
それが分かっただけでもビライトの気持ちはただ一つ。キッカを取り戻す。
「ボクの邪魔をする?ビライト。」
「キッカは俺が守る!」
「そう、なら…仕方ないネ。」
黒い何かの中から強い力を感じた。
それはとてつもない闇。
深い深い闇。
「!!」
「お、お兄ちゃん!これ…マズイよっ!逃げないと!」
キッカは察した。今勝てる相手ではないと。それほどまでにとてつもない力が今、この空間を支配している。
「くっ…でも、キッカの身体がこんな目の前にあるのに!」
ビライトにもそれは分かっていた。それぐらいにとてつもない力が黒い存在に集まっている。
目の前にあるキッカの身体。
しかし立ちふさがるのはとてつもなく強い力を持った、ビライトとキッカを知る謎の存在。
この2人は明らかに過去を見ていない。現実を見ている。何故他の3人と違ってビライトたちはこんな場所に迷い込んだのかは分からない。
だが、目の前に間違いなくあるキッカの身体。
ビライトたちはキッカの身体を取り戻せるのか。そしてクライドやレジェリー、ヴァゴウたちの所に戻ることが出来るのか。
絶体絶命の状況が続くのであった・・・