Delighting World Brave 二章 一幕 ~ドラゴニア防衛戦 静かなる悪の手~
イビルライズが完全体となり、世界は赤い空に覆われた。
そしてそれから間もなく、世界中からかつて死亡した者たちが復活して世界中で暴れ始める。
ヒューシュタットではヴァゴウとザイロン、ファルト、そしてアーチャルが死者たちの侵攻を食い止め、アーチャルが結界を張ることでしばらくの間は危機から免れる結果となった。
ホウたちヒューシュタットの者たちは体勢を立て直すために動き出し、そしてヴァゴウたちもしばしの休息を取ることになった。
トーキョー・ライブラリではデーガ、アトメント、ルフ、そしてレクシアが町をなんとか守り抜き、デーガやオールドで動くカタストロフの魔物たちを動かすことが出来る権能を使い、レミヘゾル全体は魔物たちに守られつつ、アトメントとレクシアが残ることでこちらも少しだけ死者の侵攻を抑え込むことができるようになった。
ワービルトにはクライドとガディアルが向かい、クライドはそこでかつての仲間であり、友であったヴォールのメンバーたちと戦うことになってしまう。
そしてクライドはヴォールを壊滅させたサベージ、そしてクライドが最も尊敬する存在、ギールと戦い…クライドは涙ながら勝利し、そしてギールと別れの言葉を交わすことができたのだった。
そして、三大国家残りの1つである、ボルドーたちがいるドラゴニアにも死者の手が襲い掛かろうとしていた。
しかし、ドラゴニアに訪れた死者は他の場所で生まれた死者たちとは比べ物にならないほど大きくて、恐ろしい魔の手が忍び寄っていることを、まだ誰も知らない。
知っているとすれば、その可能性を危惧していたカタストロフや、デーガ、ガディアルたち抑止力たちだけであった。
かつてカタストロフの心を徹底的に叩き潰した最悪の勇者“ウルスト・ハーツ”の存在をカタストロフから聞かされるビライトとレジェリーは今向かっているドラゴニアに起こる悪い予感が外れることを願いつつ、ドラゴニアを目指すのだった。
だが、イビルライズは既にウルストを目覚めさせており、ウルストはカタストロフとまた戦い、痛めつけることができると喜び、そして自分がこれから向かうシンセライズという世界に胸を躍らせていた。
そう、彼はまたこの世界でもかつてのレクシア世界の時と同じように最悪の勇者として動くのだから――
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Delighting World Brave 二章 一幕(~ドラゴニア防衛戦 静かなる悪の手~)
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赤い空に覆われてから、ドラゴニアでは死者の存在が確認出来るようになるまでそこまで時間はかからなかった。
だが、ドラゴニアに現れた死者たちはワービルトのように国の内部から急に現れず、現在死者たちはドラゴニアの国を囲うように現れ、じわりじわりと城下町を目指している。動きはとても遅く、まだ猶予はありそうだ。
ドラゴニア城下町は円形であり、勾配が多い。そして中央に城がある構造になっている。
死者たちが最終的に行きつく場所は間違いなく城だろう。
「ボルドー様!謎の黒い生物はやはりこちらに向かってきているようです。」
「やっぱそうか…どう見てもあれは良くないものだが…」
城の屋上からその存在たちはしっかり確認出来ている。
全ての包囲から現れ、じわりと追い込むように、囲うように接近する黒い死者たち。急ぎ迎え撃つ準備をしなければならないが、ドラゴニア全体をカバーできるほどの人数はいない。しかも相手の実力は未知数だ。もしあれらがとてつもない力を秘めていたら多くの被害が出てしまうかもしれない。
ボルドーは策を練ろうと考えるが、やはり全体を満遍なくカバーするのは困難であった。
「クソッ、国の周りにはある程度の壁はあるが恐らくあんまり意味はねぇ。今までの平和ボケが裏目に出てしまっているぜ…」
散々平和ボケだの言われていたヴォロッドの言葉を思い出すと耳が痛い。
だが、今は後悔している暇はない。
「避難所と病院方面は兵を固めよう。そして魔法学園にも要請をし戦力を増やす。」
「畏まりました。」
ボルドー自身も戦いに参加したい気持ちがある。元よりそのつもりだ。だが、今のボルドーはまだ本調子ではない。歩くこともやっとの状態では足手まといかもしれない。
だが、ボルドーは正式にベルガから王の座を受け継ぐ約束をしている。そしてベルガも老体だ。故に、今一番頑張らなければならないのは自分だと、ボルドーは自分にできることをするため兵士たちに指示を出したり、魔法学園にも応援要請を出し、避難所や病院の安全確保を優先したりと大忙しであった。
そしてメルシィもボルドーの妻としてボルドーをサポート。カナタも出来ることをしている。
「…」
しかし、カナタはずっと煮え切らない顔をしている。カナタは人よりも良くないものを受け止めやすいようで、先程も調子がよくない様子を見せていた。
カナタは屋上で死者たちをずっと見つめている。
「カナタ、こんなところに居たのね。居なくなって心配しましたよ。」
メルシィがカナタを見つけて話しかける。
「あっ、ごめんなさい。勝手に何処かに行っちゃって。」
「謝らなくても大丈夫ですわ。それより…」
メルシィはドラゴニア付近で蠢く死者たちを見て不安そうな顔をしつつ、カナタを見る。するとカナタも不安そうな顔をしている。
メルシィはそれを見て余計に不安にさせてはいけないと思い、カナタを優しく撫でる。
「わっ。」
「大丈夫。ドラゴニアはこんなことで終わるほど弱い国ではありませんわ。だって、こんな状況でも国民の皆さんは一生懸命頑張っています。」
メルシィは城下町を見る。
戦えない者たちでも病院前や学園前、避難所に集まって兵士たちの武器を用意したりしている。
手薄の場所に簡易的ではあるが魔法で発動するトラップを設置したり、扉を封鎖したり。
これは兵士たちだけではなく、動ける国民たちが力を合わせて行っていることだ。
「…うん、凄い。私なんて何も出来ないのに。」
カナタはそう言うが、メルシィは「大丈夫」と言う。
「カナタに出来ることがあります。あなたは元は小さいながらも神様だったのでしょう?きっとあなたにも出来ることがありますわ。」
「…うん、ありがとうメルシィ。」
カナタは遠くを見つめる。
(とても暖かいよ。だけど…ずっとこの心がザワザワするのはなんでだろう…とても……悪い予感がする。)
カナタは目を閉じ、深呼吸する。
「私に出来ることを探したい。」
「えぇ。私も出来ることを探しています。だから、一緒に探しましょう。」
「うん。」
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「対策はしっかり出来つつあるようだな。」
「はい、順調に進んでおります。」
「ヨシ、しっかり警戒しておこうぜ。何が起こるか分からねぇからな。」
ボルドーは城のエントランスに座り、兵士たちに指示を出しながら報告を聞いては新たな指示を出したりしている。
自ら外に出たいのは勿論だが、ボルドーは自分の立場を自覚しているからこそ城に待機している。
ベルガの代わり…ではなく、今自分は王としてこの国の最後の砦なのだから。
「ボルドー様。城下町の様子を見て参りました。」
「おう、どうだ?」
兵士の1人がボルドーに報告を入れる。
「国民の皆様とてもよく動いて頂いております。特に今他国から応援に来てくださっているヒューシュタットやワービルトの皆様が一生懸命頑張ってくださいまして。」
「それは嬉しい限りだし本当に助かるな。後でしっかり礼をしないとなッ。」
「そうですね、それと…1つ気になることが。」
「…?」
先程までは良い話だったが、兵士の顔が少し雲りを見せた。
「実は、何名かの国民から聞いたのですが…何人かの国民が行方不明になっていると…」
「なんだと…?」
ボルドーは目を細めて顔をしかめる。
「えぇ…それも我が国民だけでなく、他国からの人間や獣人たちも何人か行方を眩ませているようなのです。」
「…ンだそりゃ…?俺様たち竜人だけじゃねぇってことか。」
兵士は頷いた。
「確認出来ている行方不明者は7名ですが、皆最後に見たのは避難所のようです。」
「…避難所に何かあるのか…?」
「分かりません。ただ、1つ共通点が。」
「共通点?」
「…行方不明者は全員“女性”です。」
「…あァ…??」
避難所で何かが起こっている。
行方不明者は全員女性だが、種族を問わない。これが何を意味するのかは分からないが…
「たまたまなのか、女性だけを誰かが狙っているのか…何にしても行方不明者がいるなんて見過ごせねぇ。避難所周りを手隙の男性兵士たちで調査を頼めるか?くれぐれも気を付けろよ。」
「ハッ、畏まりました。」
兵士は男性の兵士たちを募り、避難所へと向かった。
「…どうなってやがんだ…?」
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避難所は多くの国民や他国からの応援者たちが仮設住宅で暮らしている。
人口密度がかなり多くなっており、ここで何かあったとしても人ごみに紛れて悪さをする者が現れる可能性はゼロでは無さそうだ。
「失礼、ここで何か変わったことがありませんでしたか?」
兵士たちは行方不明者たちの手がかりを探す為避難所を調査していた。
その中で1つの手がかりを聞くことに成功したようだ。
「えっと…昨日の夜なんだけどね…」
証言をしたのは竜人の子供の女の子と大人の竜人の女性だ。まだ幼く、グリーディ襲来後は孤児院で暮らしており、今は避難所でお手伝いをしながら仮設住宅に孤児院の人と一緒に暮らしているようだ。
「その、お外にあるおトイレに行いった帰りにあっちの林の方に男の人と何人かの女の人が歩いて行くの見たよ。」
「その中の1人の女性は私もよく知っている竜人のお友達なんだけど…今日は姿を見ていないのよ。それで聞いてみたら行方不明だっていうから…あの林の向こうに何かあるのかしら…」
不安そうな女性。
そして林。
ドラゴニアは自然豊かな国で、城下町にも小さな林が点在している。
避難所はドラゴニア国の南西に位置しており、北に進むと魔法学園だ。
南西の端には小さな林があり、昔使われていた建物が廃屋として何軒か残っていたはずだ。そこに何か手がかりがあるかもしれない。
「種族は分かりますか?」
「ううん、暗くてよく分からなかった。でも男の人、髪の毛が長かったよ。」
「なるほど…教えて頂き感謝致します!」
兵士たちは林の中に入っていき、廃屋を調査することにした。
―――
「気を付けろよ、何があるか分からない。」
林の中は少し薄暗い。今空は赤く染まっているが故に余計に醜く、そして不気味だ。
廃屋を1軒見つけた兵士たちだが、家の前に人間の男性が座っているのが見えた。
「おい、こんなところで何をしている?」
兵士は男性に話しかける。
「え?休憩ですよ~」
男性は金髪で長い髪をしており、目が赤く染まっており、なんとも不気味だった。
「そうか、でもここに休むような場所は無いぞ。休むなら避難所で休んだらどうだ?」
兵士は男性の腕を掴もうとするが、男性はするっと立ち上がりそれを躱して立ち上がる。
「あぁごめんね~俺人に触られるの嫌いでさ。自分から触るのは良いんだけどさ~」
男性はそう言い、兵士の顔に近づき、ジッと見つめる。
「な、なんだ…?」
驚く兵士に男性は小さく微笑んだ。
「へぇ…さっすが竜人さん。良い身体つきしてるね。」
男性は兵士の手を触り臭いを嗅ぎ始めた。
「な、なっ…?」
困惑する兵士とその周りの兵士たちもその異様な光景にザワつき始めた。
更になんと、その手をペロリとひと舐め。
「…!?」
「いいね、獣の味と鉄の味が混ざり合って実に汚れている。愛おしい戦いの味だ。」
「な、何だお前は!何をして…!?」
咄嗟に男性から距離を取る兵士。
「良い味だった。お礼をしよう。」
男性は竜人が気づいた時には目の前に居た。その右手には見るからに高そうな立派な剣が握られていた。
「何!?」
「君たちには俺に殺される義務をあげよう。」
「ハ…!?」
何が起こったのか分からなかった。
手を舐められた兵士だけではない、周囲に居た他の竜人兵士たちも同時だった。
全員の視界が宙に舞う。
ゴトッと地面にそれは落ち、そして首からは大量の血が吹き飛んでいた。
「ン~、血の味もやっぱ人間と違うんだ。良い味がする。」
「さ~て、続きを始めますか。」
男性は廃屋の中に入る。
「さて、続きやろっか。」
「―――!!―――!!!!」
男性の前に居たのは行方不明になっていた女性たちだった。
全員口をふさがれ、手足を縛られている。
身動きも喋ることも許されない状態になっており、男性は返り血だらけだ。今まさに外で兵士たちが数人無残な遺体で転がっていることなど知る由も無いが、その返り血を見て女性たちは酷く怯え身体をブルブルと震わせる。
「君たちは良い女だからねぇ、俺の子を産んでくれよ。」
荒い息と興奮する身体、心に身を任せ、男性は女性の服を破り…その裸体を見て歪んだ笑みを見せ、舌で女性の身体をペロリと舐める。
「――ッ!」
「今回は君だ。さぁ、俺を満足させてくれよな。」
ドラゴニアの誰も行かない林の中、いともたやすく行われる殺害と――。
そう、もうドラゴニアの中で行われていた。
最悪の勇者による、“最悪”の行為が、起こっているのだった・・・