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Delighting World  作者: ゼル
Brave 第一章(前編) ~三大国家防衛戦~
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Delighting World Brave 一章 十幕 ~最悪の勇者~

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Delighting World Brave 一章 十幕(~最悪の勇者~)


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「…チッ、やはり死者に心を持たせたのは失敗だったか?」

ギールとサベージは倒れ、ワービルトは死者の脅威から少しだけ抜け出すことができた。


「実験の為行ったことですがやっぱり余計なことをしちゃいますねぇ。」

旅行者は嬉しそうに微笑む。


「楽しそうだなお前。」

「ええ、面白いですよ。世界を滅ぼそうとする貴方、世界を救おうとするシンセライズの者たち。果たしてどっちが勝つのでしょうねって想像するととても面白いです。」

旅行者はまるでこの戦いをゲームか何かだと思っているのだろうか。


「…お前は、どっちだと思ってるんだい?」

イビルライズは興味本位で旅行者に問う。


「そうですねぇ~…今はなんとも。って所ですかねぇ。」

「…ふぅん、ま、お前がどう予想しようがボクには関係ない話だったな。」

「そうですとも、聞かないでも分かるじゃないですかコノコノ~」

(調子狂うなコイツ…本当に分からない奴だ。)

旅行者はずっとこのようになれなれしくて、胡散臭くて、ニヤニヤしていて、ふざけているような態度を見せる。


「だってまだ貴方が生み出そうとしているヤバイ奴らは復活待ちですし。今ドラゴニアに呼ぼうとしているみたいですけど…抑止力に感づかれちゃってますよ。」

「感づいたところで防げはしないさ。それにもう少しだ。」


イビルライズは復活の準備をしつつ、世界各地にも死者を派遣しているが、抑止力はビライトたち一行の勢いが強く死者たちは正直あまり役に立ってはいない。

死者の襲来で多くの生物が殺されてしまったが、それでも世界に住む生物たちは圧倒的に多い。

100人、いや1万人が死んだところで世界には大きな影響は及ばないのだ。


「やはり狙うは王。ドラゴニアは疲弊しているからねぇ。一番狙いやすい獲物だ。」

「しかしドラゴニアにはボルドー・バーンとカナタ・ガデン、そしてそこに向かうビライトたちやクライド、ガディアルも居ます。“勇者”だけでなんとかなりますかねぇ。」

「ガディアル以外は敵じゃない。カタストロフでも勇者には勝てないだろう。つまり、ガディアルがドラゴニアに着くまでに全部終わらせればいい。そのために“災厄の竜王”の復活も急いでいるんだ。」


イビルライズの言う勇者とは、ガディアルが言っていた最悪の勇者のことだろう。

しかし、“災厄の竜王”という新たな脅威が生まれようとしているようだ。


「しかしこの“災厄の竜王”とやら、かつてアトメント・ディスタバンスが世界を滅ぼす為に生み出した高度テクノロジー文明を持つドラゴンであり、“死竜”を束ねし存在…とのことですが、やはり復活には大きな時間と労力がかかりそうですねぇ。」

「勇者の方が早く出来上がりそうだから奴は先にドラゴニアに召喚しておくさ。」

「心はどうされますか?」

「コイツには心は植え付けておいていいだろう。ギールと違って最悪の勇者は名の通り“最悪”だ。ギールのような善意なんてものはひとかけらも無いからね。むしろコイツは言葉でも人を惑わす。心は持たせておいた方が都合が良さそうだからね。」


最悪の勇者と、死竜を束ねる災厄の竜王。

この2つの存在は、これから起こる戦いにおいて、イビルライズ側の大きな切り札となるのだろう。


そしてそれは間もなく、ドラゴニアへと降り立つ。



最悪と災厄。2つの脅威がやってくるその時は―――近い。




----------------------



そんな最悪と呼ばれる勇者は今、魂と肉体を形成されようとしている。


「―――ン…?」


視界が見える。うっすらと暗く知らない景色。

自分に肉体が無いのが分かる。だが意識が少しずつハッキリしていくのが分かる。


「…そろそろ会話ぐらいは出来そうかな?最悪の勇者。」


「…あんた、何だ?」

「フフ、ボクはイビルライズ。この世界を滅ぼそうとしている存在さ。そして君を復活させた者だ。」

「復活ゥ…?だから急に意識がハッキリしてきてるのか…」

「そうさ、君はもうじき肉体も魂も復元される。また自由に動くことが出来るようになるよ。」


勇者の声は青年のような若めの声だ。

少し口は悪く、やや低めの声だ。


「ふぅん…俺なんかを復活させようだなんてどういうつもりだ?俺が生きていた時に何をしていたか知らないわけじゃねぇだろ?」

「勿論。知っているからこそだ。」

最悪の勇者は自分を復活させたイビルライズに問うが、イビルライズはもちろん最悪の勇者の所業を知っているからこそ復活をしようとしているのだ。


「というか自覚あるんだ。」

「まぁ…生きてる時は無かったけど?」

「そういうところが“最悪”と呼ばれる所以だね。で、君は自分のやっていることを自覚しているようだけど…」


「それをもう一度やってみる気は無い?」

イビルライズは微笑んで囁くように言う。

「ほう?」


「ボクの知る限りのこの世界の情報を君に与えよう。」

イビルライズは最悪の勇者に情報を送る。これはギールとサベージに行っていたことと同じもののようだ。


「…ふ~ん……世界がたくさんあってそれが統合されて1つに。んでもって…へぇ~。」

最悪の勇者は少し声が高くなる。


「どうだい?」

「面白いな。魔王カタストロフが生きていることとか最高じゃん。」

「魔王カタストロフはボクの邪魔をする抑止力の一角。ボクにとってはとても都合が悪い奴だ。でも魔王カタストロフを討伐した君ならもう一度奴を倒せるんじゃないかな?」

「へへっ、魔王カタストロフをもう一度ぶっ殺すか…面白そうだな。」

最悪の勇者はカタストロフの話になると嬉しいようだ。それは勇者と魔王という決して切り離すことの出来ないものがあるからだろう。

そして、最悪の勇者は魔王カタストロフを一度倒している。

「魔王カタストロフはマジで倒しがいのあるやつだったからな。何度ぶっ殺しても飽きないと思うぐらいだ。」


「君の知っている魔王カタストロフはもう居ないかもしれないけどね。」


「何かちょっと良い奴になってるってことな。脳内に情報としてあるが…ま、誰か人質にでもすりゃやる気になるだろ。」

「フッ、君は本当に勇者名乗るの辞めた方がいいよ。」

「ばーか、俺は勇者なの。これは絶対な。」


最悪の勇者は勇者らしからぬことを平然と言ってしまう。通り名の如く本当に正義の味方でもなんでもないのだろう。


「奴はドラゴニアという国に向かっている。そこには厄介な奴やボクの邪魔をする奴らも大勢いるから一網打尽にするチャンスさ。君にはドラゴニアを拠点として魔王カタストロフとその仲間たちを討伐し、国そのものをめちゃくちゃにしろ。それが君が再び蘇った理由だ。」

イビルライズは最悪の勇者に命令する。


「俺に命令すんの?言っとくけど俺はアンタには従わねぇぞ。魔王カタストロフはぶっ殺してやるけどその後は俺のやりたいようにやらせてもらうぜ。」

最悪の勇者はイビルライズの命令を素直に受けなかった。だが、カタストロフを殺すことだけは同意し、その後は自分のやりたいことを赴くままに行うと宣言するが…


「フン、君のやりたいことなんて分かっているさ。でもそれは結果的に世界に“最悪”の名を轟かせることだろう。で、あれば好きにすると良い。」

「へへっ、決まりだな。」

そう言っている間にも、肉体はどんどん復元していった。

金髪の長い髪とやや高身長でスタイルも良い、まさに好青年のような姿だ。

綺麗な緑色の瞳をしているが、目つきは悪く更に白目ではなく真っ赤に染まっている。


「ハハッ!久しぶりだなぁ身体動かすのなんて!」

身体も動かせるようになり、人間としての機能もそのまま備わっており、とても死者と思えないほどだった。

イビルライズは彼に対してはより精密に復元を行ったのだろう。


「さぁ、ドラゴニアの近くまで送ってやろう。精々楽しむことだね。」

「へへっ、言われずともな。どんな女が居るのか楽しみだぜ。」


最悪の勇者の笑みを浮かべる。それはとても歪んだ笑みであり、それはイビルライズすらも少し引くほどに。

口角がグッと上がり、舌が前に飛び出す勢いで荒い呼吸を見せる最悪の勇者。


イビルライズはそんな最悪の勇者をドラゴニアの近くに送るべく転送魔法を唱える。


「君の満足いく余生が送れればいいね。最悪の勇者“ウルスト・ハーツ”。」


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時は少しだけ戻り、イビルライズが世界全体に衝撃波を与え、空が赤く染まって間もなく。


世界各地で大きな混乱が巻き起こっている時のドラゴニア―――



「…ッ…ハッ…!」


気を失っていた。目を覚ますと辺りは薄暗く、そしてやや赤みがかかった部屋に驚く竜人は空を見る。


「な、なんだこりゃ……ッ…」

ドラゴニアで療養中のボルドー・バーンは驚きを隠せずにいた。

冷静に自分は気を失っていた。そして何故気を失っていたかを思い出したボルドーはハッとし、フラフラとしながらも部屋を出た。


「メルシィ!ブランク!――オヤジ!カナタ!!」


名前を叫びながら歩くボルドー。

「ボ、ボルドー様!」

「おお、無事か?どうなってやがんだこれは…!」

兵士が2人、ボルドーを見つけて慌てて声をかけた。


「わ、分かりません。突然衝撃波のようなものが国を襲って…そして空が…!」

「あぁ、衝撃波のようなモンは感じた。どういうわけか気を失っちまったらしいがな…って、そうだ!オヤジやメルシィたちは?」

「ご心配は無用でございます。皆、無事です。」

「そ、そうか。」

ボルドーはホッと強張っていた肩を落とした。


「我々はメルシィ様からボルドー様の部屋に行くよう言われまして…万が一のことがあっては大変ですので、メルシィ様たちはエントランスにいらっしゃいます。」

「そうか、ありがとよ。」

ボルドーはエントランスに向かおうとするが、まだ身体を上手く動かせないようで足取りが不安定だ。


ボルドーは忘却の惑星から帰ってまだ日がそんなに経っていない。ナチュラルが言うには徐々に離れていた身体と魂が重なり合っていき、身体も少しずつ動かせるようになってくるとは言われているがそれが何日かかるかは分からないらしい。

ナチュラルの言う通り本当に少しずつではあるが調子も戻ってきてはいる。


だが、まだ走ったりすることは出来ず、足取りも不安定だ。


「ボルドー様、我々も肩を貸します。」

「す、すまねぇな…まだ身体が万全じゃねぇんだ。」

「いえ、お気になさらず…」

ボルドーの方が身体は圧倒的に大きいが、2人の兵士は近くの兵士たちを呼び、複数人でボルドーを支えながらエントランスへと向かった。



―――


「あぁ、あなた!良かった…無事でしたのね!」

「おう、すまねぇメルシィ。心配かけたな。」

「ぱっぱ…」

「ブランク、怖い思いしたか?よしよし。」

ボルドーはメルシィたちを見てホッとする。そして泣きそうなブランクの頭を撫で、優しく微笑んだ。ブランクはそれを見てホッとしたのか少しだけ笑って見せた。


そして辺りを見渡す、深くの知り合いでここに居ないのはクルトとゲキのみだ。

「クルトは無事か?」

「クルトは病院だ。生きているから安心しろ。ゲキ殿もきっと無事だ。」

「そうか…」


「ボルドー…」

カナタは何か言いたげにボルドーを見ている。


「ボルドー、これはもしや…ビライト殿たちの目指すイビルライズと何か関係があるのではないか。」

そしてベルガはボルドーに尋ねるが…ボルドーは首を横に振る。


「俺様にも分からねぇ。だが…間違いなくこれは異常だ。きっとビライトたちに何かあったに違いねぇ。城下町の様子は?」

「衝撃波で多くの建物が倒壊するなどの被害が出ており、怪我をした者も大勢いるようです。」


「…ッ、せっかく皆が頑張って復興してるってのに…!」

兵士たちの報告を聞き、ボルドーは拳をぎゅっと握り、悔しさを嚙み締めた。


「幸い死者の報告は来ておりませんが…」

「ヒューシュタットやワービルトも心配だが…この状況では何が起こるか分からぬ…使いを送ることも危険であろうな…」


今の状況は極めて危険だ。もしビライトたちの冒険が失敗し、イビルライズが何かをしたというのなら…

ボルドーはそう思うと不安になりそうになるが…


(いや、ビライトたちがしくじるなんてあり得ねぇ。そうだ…俺様は…ビライトたちを信じるんだ。)

「国内の警戒態勢を強めろ。油断するんじゃねぇぞ。病院のフォローも頼んだぜ。」

「ハッ!」


兵士たちは分散し、何人かを残し、残りは城下町や病院、城の警備に戻って行った。


「…どうなってやがんだ…」

「あの、ボルドー…」

「んっ?どうしたカナタ。」

カナタはボルドーに何か言いたげだ。


「えっと…その、あまり不安にさせたくないんだけど…」

カナタは少し言いにくそうにしているが…


「カナタ、聞かせてくれ。何か分かるのかい?」

ベルガはカナタに問うが…


「えと…なんだか良くない気配を感じるの…とても……」

「良くない気配だってェ…?」

カナタは元々忘却の惑星で僅かな神力を持った神様であり、その前は死竜であった。

ボルドーたちとは違う特殊であるカナタには何か分かることがあるのだろう。


「フム…カナタよ、それは何処から感じる?」

ベルガは話を進める。


「えと…全部。この国だけじゃない…世界中…な気がする。」

「せ、世界中…?それって一体…」

メルシィは恐る恐る訊ねるが…


「えと、命は感じなくて…でも生きていて…死人のような…そんな気配が色んなところから感じる…なんだか…気持ち悪いわ…」

カナタはよく見ると少し顔色が悪そうだ。

ボルドーはフラッとするカナタの身体を優しく抱えた。

「大丈夫かカナタ。」

「うん…大丈夫だと思う…ちょっと気分が優れないだけ…」

カナタはボルドーび支えられながら、ゆっくり床に座り、小さくため息をついた。


「ボルドー、カナタが言うことが本当だとすれば決して油断は出来ぬぞ…」

「おう、この国は俺様が守る。」

ボルドーは王としてこの国を守らねばならない。だがボルドーの調子は決して万全ではない。


「あなた、でも身体が…」

メルシィは不安そうだ。


「確かに万全ではねぇ。けどやらなきゃならねぇんだ。」

ボルドーは覚悟を決めている。自分は王だ。だからこそ国を守るため全てを兵士に任せて自分だけが安全な場所にいるわけにはいかないと思っているが…メルシィは万全ではないボルドーが心配だった。


それにボルドーがまた無茶をして万が一のことがあればとメルシィは恐怖を感じていたのだ。


「無理はしねぇ。約束したもんな。もうお前を悲しませるようなことは絶対にしねぇ。だから…守らせてくれ。お前たちを。みんなの国を。」

「…私、考えていました。私はあなたを再び失うことが怖くて仕方がありません。今もそうです。でも……あなたはきっと行くだろうって思っていました。」

メルシィはブランクと一緒にボルドーの身体に寄り添った。


「メルシィ…」

「怖いです。とても…だけど、それじゃ駄目なんだって気持ちもあります。だって私は王であるあなたの妻なんだから。」

メルシィは震える身体を静止させようとする。

そんなメルシィの手を掴んだのは…

「カナタ…」

カナタだった。


「怖いのは私も同じだよ、だから…私にもその恐怖、一緒に背負うから。」

「…ありがとう、嬉しいです。」

メルシィはカナタの頭を撫で、微笑んだ。そして、震えは止まっていた。


「あなた、私…怖いけど弱音を吐きません。でも、最後に我儘を言わせて。」

「おう。」


「…絶対に生きて。もう二度と死なないで。」

「おう、約束だ。今度こそ絶対に約束は守る。」

ボルドーはメルシィを指切りを交わし、絶対の約束を誓った。


「さて、お前らッ!何が来ても絶対に守り抜くぞッ!!」

「「「ハッ!!!」」」


ボルドーの声に兵士たちは気合を入れる。


そしてそれから間もなくして世界各地に死者が現れ…各国は再び大きな混乱に巻き込まれることとなる。


ドラゴニアのそれからは、まだ誰も知らない、未来の話だ―――



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「…」


再び時間は流れ、ちょうどクライドがドラゴニアに向かう直前のこと。


ビライト、レジェリー、カタストロフはもう少しでドラゴニアに辿り着くというところまで来ていた。


そして、ドラゴニアが近づくたびに、カタストロフの口数が少しずつ少なくなっていることにレジェリーは違和感を感じていた。


「ねぇ、カタストロフ。」

「…」

カタストロフはビライトとレジェリーを連れて空間移動を繰り返しドラゴニアに向かっているが、カタストロフはレジェリーの言葉が届いていないほどに何か違うことを考えてしまっているようだった。


「カタストロフってば!」

「ム…?ムム、あぁ…すまない。」

「ねぇ、やっぱり何か気になることがあるんだよね?」

レジェリーは心配そうにカタストロフを見つめるが…


「…いや、杞憂だ。」

「カタストロフ、あたしたちをもっと頼って。」

レジェリーは真剣な目でカタストロフを目を見る。

カタストロフは何かを隠しているのは明白だった。それはカタストロフの優しさであることはレジェリーにもビライトには分かっていた。


だからこそ、レジェリーはその優しさで自分だけが悩もうとするカタストロフに自分たちを頼るように言うのだった。


「…そう、であったな…我はまた心配をかけさせてしまったようだ。すまない。」

「カタストロフ、何か気になることがあるなら話してくれよ。そろそろ休憩の時間だしさ。」

ビライトたちの魔力が少し減ってきている。ドラゴニアまでもう少しということもあるため、力を温存しておくためにもそろそろ空間移動をやめて徒歩で向かわなければならない時だ。


ちょうど良い機会であるため、ビライトたちは歩きながらカタストロフの心配事を聞くことにした。


―――


「ドラゴニアに近づくほど、よくない気配を感じるのだ。」

「よくない…気配?」

カタストロフは頷く。


「その気配はおそらくだが…今までお前たちが出会ったものの中でも、最も邪悪で、質の悪いものだ。そして、そんなものを持っている者を我は1人だけ知っている。」


「…その気配がするってことか?」

「…確証はない。我の杞憂であれば良いのだが、死者を操れるイビルライズは歴史上の最悪や災厄、そして…我々が過去に死に別れた者たちまでもを我々の前に立たせるかもしれぬ。」

「でも、俺たちは負けない。負けるわけにはいかない。そうだろ?」

ビライトは心配そうなカタストロフを励ます。


「ビライト…お前は恐怖を感じぬのか?」

「魔王・カタストロフがそこまで言うんだ。きっと凄く強いやつだ、そう思うと怖くないと言えばウソだよ。」

「あたしもちょっと怖いけど…でも、そんなこと言ってられないもん。あたしたちは世界の命運背負ってるんだから!」


「それにさ、それってドラゴニアが危ないってことだろ。だったらなおさら俺たちは臆してなんかいられない。だって、ドラゴニアには大切な人たちがたくさんいるんだから。」

「そうか…お前たちは本当に強いな。」

カタストロフはビライトとレジェリーの真剣な言葉に感銘を受けていた。


「我は怯えてばかりだ。特に我が杞憂している邪悪な者は…我にとっては天敵であり、我がこの世で最も恐れる者だ。だが…我が怯えていてもお前たちが我を支えてくれる…ありがたいことだな。」

カタストロフは微笑んだ。そして、カタストロフも少し心が落ち着いたように感じたビライトとレジェリーも微笑んだ。


「カタストロフ、あなたが恐れる者って何なの?それはあなたにとって何なの?」


レジェリーは尋ねる。


「ウム、我が恐れる存在…それは、“勇者”だ。」

「勇者…!」


勇者は魔王と対極にある存在だ。

かつてのレクシアの世界では勇者と魔王の対立が何世代にもわたって行われていた。

勇者は世代が変わると人物が変わっていたが、魔王は違う。

初代魔王カタストロフは今のカタストロフであったが、初代勇者に敗れてからは、適正のある魔族を器として魂だけを生き永らえさせてきた。


「歴代の勇者は皆、平和な世界を目指してかつての絶対悪であった我と命を懸け、ブレイブハーツを纏って戦い、平和な世界を維持し続けていた。それは今の我ならば分かる。彼らにも守るべきものがあったのだ。それはとても素晴らしいことだと、今の我には理解できる。」


善の心を得たカタストロフには、今までの勇者が守りたかったものが理解できている。

「我は今までの勇者たちのことを恨んだり、恐れることはしない。」


だが――


「しかし、“最悪の勇者、ウルスト・ハーツ”だけは違った。」

「最悪の勇者、ウルスト…」

「ウム。その最悪の勇者こそが我が最も恐れる存在…我が最後に戦った勇者だ。」

カタストロフは語る。


「最悪の勇者、ウルスト・ハーツは我を倒した後、世界を救った英雄であることを利用して悪行の限りを尽くした。」

「悪行だって…?」

「ウム…それは…その、なんだ。とても言葉では言い表せぬほどに劣悪なものだ…」

カタストロフは言葉を選んでいるような言い方をしている。

カタストロフも引くほどにウルストが行ったことは劣悪極まりないということなのだろう。


「ちょ、ちょっと気になるけど…」

「ウム…では、少しだけだぞ…」

カタストロフはウルストが行ったとされる劣悪な行為を話す。



―――


「ウルストは見境なくあらゆる―――を我が物としたが、その中で最も気に入っていたのはある獣人の少女であった。ウルストは力で分からせ、服従させ…」

「…」

「…」


「そしてついにウルストはその少女の身体を――して…」

「あ、えっとカタストロフ。もう、大丈夫。」


「ム、そうか…まだ序の口ではあるのだが…」

「あ、えと、ちょっと刺激が…その。」

「そ、そうか。」

カタストロフから聞かされた内容はあまりにも酷いものだった。


ビライトとレジェリーはその内容に吐き気を催しそうになっていた。

これで序の口というのだから、ウルストが行ったことは本当に酷く劣悪なのだろう。


「オホン、とにかくだ。ウルストは世界の平和のためではなく、世界を自分の思いがままにするために戦っていたのだ。そして…それは我との戦いのときにも表れていた。」

カタストロフは少し怯えているように見えた。


「奴は我を倒す時もその劣悪さを見せつけた。今までのどんな勇者よりも強かったウルストはその力一撃で我を倒すことはしなかった。」

「それって…どういう…?」

「徹底的に相手を苦しめ、死んだほうがマシだと思えるほどにウルストは命を苦しめる方法を知っていた。故に我はすぐには殺されなかった…我の器となってくれた者にはとても気の毒であった。四肢を捥がれ、急所をわざと外して限界まで命を奪わなかった。」


「酷い…!」


「痛めつける際にもどこが一番辛いかをウルストは知っていた…当時絶対悪であった我の野望すらも打ち砕くほど、ウルストの残虐さは恐ろしいものだったのだ。」


カタストロフはこの戦いの後、酷く疲弊してしまった。

そして、この戦いは次の器であったデーガの父、ラドウにも刻まれていた。

ラドウは元々穏やかな性格であり、疲弊したカタストロフと共に、魔族は平和志向へと移行していく。


「ウルストは最終的に多くの者から恨みを買い暗殺された。その前にウルストは多くの子孫を残したが…それはどれも種族が混ざった混血。中には重血の運命を負わされて死に至った者も大勢居た。勇者の血は薄くなってしまい、世界平和を掲げる強い勇者はそれ以降現れることはなかった。」


「恐ろしい奴だ…そんな気配がドラゴニアから感じるなんて…大変だ…!」

「うん、なんとかしなきゃ…みんなが危ないよ!」


「…ウルストは強い。我らやドラゴニアに居る者たちが力を合わせても勝てるかどうか分からない。ただ唯一勝てるかもしれないとすればやはりブレイブハーツだ。イビルライズから生まれた死者はイビルライズの因子がある。つまりブレイブハーツに弱いはずだ。」

「そうか…つまり…」

「うん、あたしたちが頑張らないといけないってことだよね。」

「…そう、だな…」


カタストロフはもう1つ、言えないことがあった。


それは…

(レジェリー、我はお前を絶対に失いたくない。ビライトや世界も奪われてなるものか。ウルストは我ら魔族が産み落としてしまった災厄のようなものだ…だから我が責任を取らねばならぬ。)

カタストロフは、絶対に守り通すことを決意していた。

だからこそ、レジェリーを、世界を守るため…カタストロフは静かに、孤独の戦いを決意していたのだった。




―――


そして、同じころドラゴニアに向かって飛ぶデーガもまた、カタストロフを心配しながらもドラゴニアへと急ぐ。


(チッ、やっぱカタストロフと同化してた時よりも遅いな…)

デーガはカタストロフと同化していた頃に比べると弱体化している。それはカタストロフも同じなのだがデーガはカタストロフの同化が無ければただの魔族と竜人との混血者だ。

元々魔王の器であるデーガは普通の魔族よりは遥かに高い力を保有しているが、それでも他の抑止力と比較するとやはり多少の劣りが見える。


しかしデーガにはブレイブハーツがある。

その劣りをブレイブハーツで補完しているためカタストロフと同化していた頃と比較したら少しだけ弱体化している…という状態に落ち着いてはいる。

だが、それはやはり身体能力や魔力に大きく響いており、前に比べてスピードも出ずにいるため、ドラゴニアまではまだまだ時間がかかりそうだ。


(…レクシアやアトメントと話していたようにもし、奴が…勇者ウルストが復活するとしたら狙われるのはカタストロフだ…そして、奴はカタストロフにとっては恐怖の対象でしかないはずだ。)


デーガはカタストロフがウルストに受けた虐殺を知っている。だからこそ、カタストロフにとってはトラウマといっていいほどに魂に深く傷を付けた存在であることは間違いない。そんな存在がカタストロフの前に再び現れたら逃げ込む器も無いカタストロフは今度こそ本当に…

(…絶対避けなきゃならねぇ。カタストロフは…アイツはやっと生きることに前向きになったんだ。これからって時に奪われてたまるか。)


デーガは急ぎ、ドラゴニアを目指す。


(勇者ウルスト…もし復活するとしたら奴はカタストロフの前に必ず現れる。そうなったら…絶対に潰す。奴だけは…)

勇者ウルストは絶対悪だったカタストロフをこれでもかと痛めつけては笑い、そしてこう叫んだという。




―――


【てめーを傷めつけるのは世界一楽しいなぁ!死ぬまで!いいや、死んでもずっと切り刻んでボロボロにやりてぇなぁ!!】


【どうしててめーの命は1つなんだァ!?何個でも何百個でも何万個でも持っとけよ!そしたら一生痛い目に合わせてやんのにさぁ!!】


―――



(ウルストはカタストロフに対して異常なまでの執着を見せたとオヤジから聞いた。身の毛もよだつほど恐ろしい話だ…だから奴は絶対にカタストロフをまた傷めつけようとしてくるはずだ。そして…俺も奴には個人的な恨みがある。)



デーガにはウルストに恨みがある。

それはウルストが最強から最悪とされ、暗殺されるまでに起こった数々の悪行の被害者たちにあった。

(…アイツはリュグナを不幸にした。その罪を俺が裁いてやるッ…!)


リュグナ・ハーツ。

それはデーガが愛した人間の少女だ。

世界統合前、デーガは暴走の果てにリュグナを始めとする仲間たちを殺してしまうという悲しい事件があった。

リュグナは薄くなった勇者の血と、微弱なブレイブハーツの力を引き継いでいた重血の少女であり、ヴァゴウと同じく重血の運命を乗り越えた稀有な存在だった。


リュグナの祖先は辿ればウルストに辿り着く。

ウルストは世界を救ったあと、無差別に女を娶り無差別に子を産ませていた。種族問わずに行っていたいた為、双血や重血の勇者の血を引く混血児が多く生まれ、その大半が混血病や拒絶反応で死んだ。


リュグナはそんな呪いと言える勇者ウルストの血と混ざりあった無数の種族の血を一身に受けて生まれてきた。ヴァゴウと同じように何度も生死を彷徨いながらも奇跡的に生きている少女だった。

デーガはひょんなことからリュグナと出会い一緒に仲間たちと共に冒険をした。

その中で自分の運命と、デーガ自身の運命がお互いに重いものであることを分かち合い、そして絆を深めていくと共に、デーガはリュグナを好きになった。

リュグナもそれを自覚しており、2人は相思相愛となったのだ。


そんなリュグナを暴走の果てに殺してしまったデーガ。


死ぬ直前のリュグナは笑顔で微笑んだ。楽しかった。大好きだと伝え、そしてデーガならばきっとやり直せると…これからのデーガの為にブレイブハーツを託した。


それからデーガの世界統合戦争という罪滅ぼしの為の戦いの果て、魂の道の向こうでリュグナや仲間たちに許され、瘴気の毒問題も全て受け入れた上で罪の形としてデーガは抑止力として生きることとなった。


その後は瘴気の毒の問題を受け止めながらもカタストロフと共にただいずれ訪れる死を待つだけの時間を過ごしていたが、レジェリーやビライトたちと出会い、カタストロフも罪を仲間たちに許され、そして再びブレイブハーツの力を取り戻したデーガは今、動き出した時間を生きてみようとしているところだ。



―――そして、デーガが愛したリュグナの不幸な生まれはウルストから始まったことなのだ。

デーガはリュグナの人生を終わらせてしまったが、リュグナは生まれてデーガに出会うまでの不幸だった時間はウルストの悪行から始まっている。



混血病で苦しんでいたリュグナを知っている。


重血で他の人とは異なる見た目と不気味さから石を投げられることも多かったという。


デーガはずっと、こんな不幸な少女を生んでしまった元凶を許せないと思っていた。そしてその元凶がもしかしたらイビルライズの手によって蘇り、また不幸な者たちが大勢生まれてしまうかもしれない。

そう思うとデーガには大きな苛立ちを感じてしまうのだった。


(リュグナのような不幸な子を生んじゃならねぇ。リュグナ…お前の人生…俺も背負ってるからよ。見守っててくれ。)

デーガはイビルライズの世界で囚われている仲間たちを見せつけられている。その中にリュグナの魂もあることを確認している。

もしかしたらまたしても目の前に見せつけてくるかもしれない。だが、デーガにはもうそこで動揺する程度の生半可な覚悟は何処にも無い。


捕らわれているのなら、解放するまで。デーガの覚悟は揺るがないのだ。


(待ってろカタストロフ。俺もすぐ向かうからな。そして、俺の杞憂が外れることを願うしかねぇが…何も起ってくれるなよッ…!)


デーガは急ぎ、ドラゴニアに向けて翼を広げ、レミヘゾルの空を飛ぶのだった――――





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次回の【Delighting World Brave】


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赤い空に覆われたシンセライズ。

抑止力たちやヴァゴウやルフの行動によりなんとか防衛することができたトーキョー・ライブラリとヒューシュタット。

そして、クライドとガディアルの活躍で死者からの恐怖から一時的にだが解放されたワービルト。



そして、ビライト、レジェリー、カタストロフが向かうドラゴニアでは今まさに最悪の勇者が訪れようとしていた。

急ぎドラゴニアに向かうクライドとガディアル、そしてデーガ。


ドラゴニアは警戒を続けるボルドーたち。

そしてドラゴニアで不気味な赤い空を眺めるゲキやサーシャやドラゴニア国民たち。




そんなドラゴニアの前に立つ勇者は悪行の限りを尽くし…そして、ついに因縁の相手と邂逅する。




次回、Delighting World最終章


第二章(中編)、ドラゴニア防衛戦 ~悪の勇者対善の魔王、そして新たなる災厄~





「もう怯えぬ。我は守るのだ。

愛する者たちが笑顔で過ごせる未来を。」


「やってみろよ、三下が。」

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