Delighting World Brave 一章 四幕 ~イビルライズと旅行者さん~
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―――知っている天井だ。
視界がぼやけるが、意識はハッキリとしている。
不思議だった。どれだけ意識が無かったのか覚えていないぐらいずっと眠っていたような気がする。
そして何よりも―――
「…力が…出ない…」
自分の中に在った力。それが完全に抜け落ちてしまったことはすぐに分かってしまった。そして、それと同時に絶望が少しずつ自分の心を巣食っていくことが分かる。
ぶるっと震える身体。押し寄せる不安。
身体が震える…
「大丈夫?」
「…!」
目の前がふぁっと開く。閉じかかっていた視界が一気に晴れ渡るように鮮明に見える。
目の前には人間の少女が居た。
「…君は―――キッカ・シューゲン…だね…?」
「はい、私のこと…分かりますか?」
「…うん、分かる。分かるよ。だって…僕は君と…ずっと一緒だったのだから。」
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「エテルネルッ!!」
「ヴァ、ヴァジャス…!」
エテルネルが眠っていた寝室の扉から顔を覗かせるヴァジャス。
エテルネルとヴァジャスでは体の大きさが
5倍ぐらい異なる。
エテルネルの寝室の扉は2m程度のものだ。ヴァジャスが入れるわけもなくヴァジャスの顔がなんとか通るか通らないかぐらいだ。
しかし、ヴァジャスはグッと扉を押しのける様にエテルネルの様子を見ている。
そして、ヴァジャスの瞳からはボロボロと涙が零れる。
「嗚呼…よく…よく生きていてくれた…」
「…ごめんね、迷惑をかけてしまった。」
エテルネルは身体を動かそうとするが…
「…ごめん。僕を運んでくれるかい?」
「あ、それはボクがやるよぉ。」
エテルネルは身体をまだ動かすことが出来ないようだ。
ナチュラルがエテルネルの身体をすくうように持つ。ヴァジャスは扉から離れその場に居たキッカとシヤンと一緒に外に出る。
そしてナチュラルはエテルネルの小さい身体をヴァジャスの手の平へとゆっくりと置いた。
「ごめんね…僕がもう少ししっかりしていればこんなことにならなくて済んだのに…」
エテルネルは申し訳なく頭を下げる。
「自分ばかりを責めないでエテルネル。僕らも対処が遅れちゃったことにも原因はあるよ。」
「シヤンの言う通りだエテルネル…私も君が身を隠してからというもの…本当に何も出来なかった。結局我々は…外の者たちに任せることしか出来ていないのだ…今もなお…君のことが心配で…ならなかったというのに…!」
ヴァジャスは涙を流しながらエテルネルに言う。
「泣かないでヴァジャス。僕は今こうして生きている。キッカや、今遠くで戦っているビライトたちのお陰で。」
「あぁ…そうだ。ビライトたちには感謝している…」
エテルネルは微笑み、ヴァジャスも笑顔をここで始めて見せた。
そしてエテルネルはキッカの方を向き…
「キッカ。改めて自己紹介をさせて欲しい。僕はエテルネル・シンセライズ。この世界の原初を生み出した創生者であり、神々を束ねる者…だった。」
「だった…」
「うん、僕の神力はほとんど残っていない。全部イビルライズに奪われてしまったからね…今の僕は君たちとほとんど変わらないいち生物。抑止力でも、神様でもない、無力な男だよ。」
エテルネルは苦笑いをしているが、とても悔しそうに見えた。手が少し震えているのが分かる。
「エテルネル、そんなことはない。君は私たちの頂点に立つべき存在なのだ。君は…こんな言葉で片付けたくはないが…抑止力序列…1位の名を冠しているのだ。」
「でも、今の僕には世界を創りだす力も、全ての神々を束ねられる力はない。これが現実だよヴァジャス。」
「くっ…しかし…しかし…」
ヴァジャスはよっぽどエテルネルを気にしているようだ。
「ヴァジャスさんは本当にエテルネルさんのことが大好きなんだね…」
「だ、大好き…そう、そうだとも…私は誰よりもエテルネルのことが…!」
「はいはい、ヴァジャス落ち着いて。エテルネルがキッカと話したがっているよ。」
シヤンはヴァジャスが段々と興奮してきているのを感じて話を一旦切り上げた。
「…キッカ、君にずっと謝りたかった。僕たちとイビルライズの因縁に君と、君の兄、ビライトを巻き込んでしまったことを。」
「そんな…だって私はエテルネルさんが居なかったら死んでいたんだよ。エテルネルさんが居たから私は今生きているんだよ。」
「キッカ…」
「怖いことも辛いことも痛いこともたくさんあったけど…それでも私、今ここで生きていてよかったって思うの。だから大丈夫だよ。むしろエテルネルさんは私の恩人なんだよ!」
「それでも僕は、君をこの戦いに巻き込んだことに変わりはないよ。だからそこだけは謝らせて欲しい。本当にごめん。」
エテルネルはキッカに謝り続けた。
「…エテルネルさんは優しいね。」
「…」
「戦いは怖いけど、でもこの世界がなくなってしまうのはもっと嫌。私がもし今の戦いと無関係だったとしても、嫌だって思うよ。だから…みんなで戦おうよ。」
キッカはエテルネルの手を持って微笑んだ。
「…うん、ありがとう。キッカ。僕に出来ることを探してみる。みんなで…この世界を守りたい。」
「うん、私も!みんなで頑張ろうね!」
「共に戦おう…皆で。」
キッカ、ヴァジャス、シヤン、ナチュラル。そしてエテルネルが加わった5人は、再びイビルライズの所在を特定するための作業に入るのだった…
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Delighting World Brave 一章 四幕 ~イビルライズと旅行者さん〜
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「―――ふーん。」
ゆっくり閉じていた目を開く紫色の禍々しい鱗を纏いし竜。
魔竜グリーディの姿を模したクロ・イビルライズは現在、誰にも見つからないであろう空間に居た。
そこは深い青色で、辺りは白や緑、赤などの様々な色をした星のようなものがキラキラと輝いており、まるでそれは夜空のようだった。
それは渦を巻くようにぐるぐると動いており、そしてこの空間自体もまるで渦のように回転しているようだった。
「…ヒューシュタットに適当に送り付けた死者の気配が消えた。ビライトたちが動き始めたようだね。」
イビルライズは空間に文字を書くように指を縦に動かした。
するとイビルライズの目の前には映像のようなものが浮かび上がる。
「それにしても便利だねこれは。ボクの所有している魂たちを可視化して見ることが出来る。」
イビルライズはニヤリと微笑み…
「お気に召して何より。」
「お前の持つ力は得体がしれないけれどこれは上手く使えそうだよ。“旅行者”さん。」
「フフ。是非ご自由にお使いください。」
イビルライズの足元に立っているのはフードによって顔の見えない謎の人物。
しかし、足が獣の姿をしているため、獣人であろうと予想出来る。
少し濃いめの水色の長い髪をしており、フードの中から見える瞳は緑色に不気味に輝いている。
イビルライズは“旅行者さん”と呼んでいるようだが、その正体はイビルライズにも分からないようだ。
「しかし、偶然いい場所を見つけたと潜り込んだ先に先客がいたとは。ここは世界の狭間よりももっともっと深い場所。シンセライズにもイビルライズにも、今はない忘却の惑星にも属さない。そして世界の何処からも手が届かないほどに小さくて暗く、そして奇妙だ。君はこんな場所でただ一人。何者なのかな?」
イビルライズは尋ねるが…
「フフ、名乗るほどのものではありませんよ。」
獣人は名乗ることをしない。
「フン、まぁ良いけどね。でも良いのかい?ボクがどういう存在か知っていてこんな便利なものを提供するなんて。」
獣人はイビルライズの存在を知っていたらしい。それを承知のうえでこの獣人はイビルライズに手を貸すような動きをしている。
「私は“面白いこと”が好きなのです。貴方と、シンセライズの者たちが戦っている今の状態はとても面白い。そして、戦いの果てに何が起こるのか。それにとても興味があります。」
「ボクが勝ったら世界が滅びるけど?」
「ご心配なく。私は死にませんので。フフフフ。」
獣人はそう言い小さく微笑んだ。
「変な奴だなお前は。まぁ良いさ。お前は確かに得体がしれないけど弱そうだ。」
「ええ。私は弱い。貴方の足元にも及びませんが…ちょっと人と違う力があるってだけですよ。」
獣人は自分の弱さを認めるが、しかし今イビルライズに与えている能力、そしてこのような場所にただ1人、“旅行者”という名が語るまだ見えない底がより奇妙さを醸し出している。
「さて、ヒューシュタット領はアーチャルの奴が結界を貼ってしまったから死者を呼び出せなくなっちゃったね。ヒューシュタットの国土はとても広い。ビライトの故郷であるコルバレーも襲えなくなっちゃったよ。」
イビルライズは魂のリストを眺めるが、やはりその中には特別な力を持っている者や、世界の為に活躍したり世界を滅ぼしかけた善人も悪人も存在する。
「ま、それも時間の問題だ。いくらアーチャルでもずっと結界を張れるわけがないからね。」
「…さて、これからいかがいたしますか?ネームドを呼びますか?」
「そうだなぁ。せっかくだからアイツらにかかわりのあるやつを呼ぼうかなぁ。」
イビルライズはリストを見ながら微笑む。
「…」
イビルライズは世界各地の様子を世界中に散らばった残滓を元に情報を集めている。故にビライトたちが今どういう動きをしているのかは大体把握することが出来る。
「…ワービルトにはクライド・ネムレスと…チッ、ガディアル・グロストも一緒か。めんどくさいね。」
「懐かしい名前ですねぇ」
「知り合いなんだね。」
「ええ。もうめっちゃ憎らしいほど知り合いです。」
獣人の目はきっと笑っていないのだろう。少しばかりそこにはちゃんとした言葉の重みがあったのだ。ふざけたような喋り方をしているように感じるが、確かにその重さを感じ取った。
「ガディアル・グロストには何をしても効かないだろうね。アイツは覚悟が決まり過ぎている。そして奴は世界最強の名を冠するだけあって念入りに計画を練っておかないと厄介だ。と、なるとやはりクライド・ネムレスか。」
イビルライズはリストでクライドとゆかりのある人物たちの名前をサーチする。
「クライド・ネムレスは…ほう、結構な人数の知り合いを亡くしているようだね。」
イビルライズは手首を不気味にぐるぐると回す。そして手を前に出し、目がギラリと輝いた。
「…よし、ワービルトに死者を送り込んだ。クライド・ネムレスの反応が楽しみだ。ついでに…」
イビルライズはクライドと特に馴染みの強い存在を呼び出そうとする。
「基本的に死者には自我を奪って送り付けてるが…精神的に揺さぶれそうだったり自我がある方が面白そうなやつはそうしちゃおうかな。余計なことをすればボクの方から圧力をかけやすいしね。」
「貴方、性格悪いですねぇ。えげつないですねぇ。」
「誉め言葉だよ。」
「まぁ私の方が性格悪いですけどね。」
「―――一言多いなお前は。」
「おや、これは失礼。」
獣人はからかうような言い方をするが、なんとも楽しそうだ。今彼にとっては都合の良い暇つぶしが現れたぐらいの感覚しかないのだろう。
「レミヘゾルの方は…抑止力しか居ないな。魔王デーガにも揺さぶりは効かなかったし、時間稼ぎに大量の死者を送り込んでおくか。」
イビルライズはレミヘゾルの方にも同じように死者を送り付ける。
しかし、その数は非常に多く、それらをトーキョー・ライブラリを中心に広げる。
「さて、あとは……ドラゴニアはどうしようかな。おや、そっちにはビライトが居るね。それに…ははぁ…」
イビルライズは微笑んだ。
「魔王カタストロフ。コイツは使えるぞ。とびっきりの奴をくれてやろう。」
イビルライズは先ほどのように死者を送り込もうとする。だが…
「……チッ、コイツは強すぎるか。呼び出すのに時間がかかりそうだ。それともう1体…コイツも時間がかかる。」
どうやら呼び出そうとしてる存在はとても強い力を持っている存在のようで、呼び出すのに時間を使うようだ。
それも2人。それはかつて世界を大きな混乱に陥れた存在なのだろう。
「おやおや…ほ~う…この方々は…」
「最高のショーになるんだけどなぁ。まぁ良いや。それまでの間は…」
「世界をかき乱した強力なネームドや大型の魔物ばかり。全く、貴方は手加減を知りませんね。」
「手加減なんてするものか。ボクはとっととこの世界をぶっ壊して全てを終わらせるんだ。」
イビルライズの顔は憎しみに溢れていた。全てを滅ぼし、そして自分も消える。それがイビルライズの目的だ。
「生きる価値のない自分。しかし自分だけが死ぬのは腹正しい。だから全てを消して自分も消える。ゼロにしてしまいましょう…ということですね。」
「そうだ。全ての死が…ボクの希望さ。」
「それもまた、美しき命の使い方。私は否定しませんよ。肯定もしませんがね。」
「それで結構さ。」
「まぁ、私にとってはどちらでもいい。どう転んで私は死なないので。」
獣人はそう言うが、世界が亡くなってもここは亡くならないのだろうか。謎の多い獣人の発言だが、イビルライズにとってもそれはどうでもいい情報だ。
イビルライズの送り出す死者たちはビライトたち一行にとってはとても大きな戦いになるだろう。
ビライトたちは果たして乗り越えることが出来るのか。
そして、イビルライズの隠れているこの謎の空間をヴァジャスやキッカたちは見つけることが出来るのか。
そして、この謎の獣人“旅行者”とは何者なのだろうか…
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