Delighting World Ⅹ
Delighting World Ⅹ
第三章サマスコール編~情報屋と狙われた一行たち~
「うわぁ~!」
バサッ、バサッと翼を羽ばたかせる音。
大きな音と吹き抜ける風が全身に染み渡る。
空から見るいつも自分たちが歩いている大地。
何もかもが初めて見る景色。
大空を飛ぶ。ビライトたちはドラゴニアから、古代人・ドラゴンのフリードの30mを超える巨体の背に乗って飛び立った。
「すごい…!ドラゴン便は初めてだけど…でも、たぶん普通のドラゴン便と違う。それよりもっと凄いと思う!」
比較するものがないから、分からない。しかし、凄い。この一言に尽きる。
「ハハハ、ドラゴン便はどうだ?」
フリードが飛びながら声をかけてくる。
「はい!凄いです!!」
「綺麗な景色!凄い!」
キッカとレジェリーは興奮してありとあらゆる場所を指さして楽しんでいる。
「落ちないように気をつけろよぉ?」
ヴァゴウはそれを見守っている。
ビライトはビライトで一点を興味深そうに見ている。
「どんどん遠くになり、小さくなっていくドラゴニア…凄い。」
(いつも見ているのと違う景色…こんな体験なかなか出来ることじゃない!)
目を輝かせるビライト。
「楽しんでるなァビライト。」
「ドラゴン便なんてなかなか乗れるもんじゃないしな!それに…フリードさんみたいなこんな大きいドラゴン…何処探しても居ないからさ。俺たち今、とんでもない経験してるんだって感じるんだ。」
「そっか。久々に見たな。お前のその目の輝き。」
ビライトはキッカとは違う好奇心旺盛な性格だ。
キッカが、目につくものなんでも興味を示すタイプならば、ビライトは1つ何かに惹かれると誰よりもその気持ちを強く持つ、一点集中タイプだ。
今ビライトはめったに出来ないこの体験そのものに惹かれているのだ。
「楽しいね!お兄ちゃん!」
「あぁ、最高の感じだよ。」
ここからサマスコールまで、ドラゴン便で1日。
この1日を貴重だと感じるヴァゴウ以外の3人はその景色をしっかり焼き付けるために堪能した。
「ヴァゴウ、ベルガは元気にしていたか。」
「あー…王か。」
「…良くは無いか。だろうな。」
「かなり弱ってるな。もう年だからな。無理もねぇよ。」
「そうか…儂もベルガが来なくなってからちと退屈でな。子のボルドーは今は遠征で世界中を旅しているから余計にな。」
「ボルドーのオッサン、居ねぇと思ったら旅の道中かァ。」
ボルドー・バーン。
ベルガの子であり、次の王だ。
次期の王妃候補の竜人の女性と共に旅に出ている。
ベルガが随分と長生きな為、すっかり中年に近い年になったとても大柄で気さくな人物だそうだ。
「ボルドー様、会ってみたかったなぁ。」
レジェリーは目をキラキラ輝かせて言う。
「その人も凄い人なのか?」
ビライトが訪ねる。
「凄いわよ!ボルドー様はね、クルトさんと同じく超一流の魔法使い!しかも英雄バーン様と同じ魔法を使えるのよ!」
「へぇ~!凄い!英雄さんの血を強く受け継いでいるのかも!」
「ううん、その逆。ボルドー様の凄いところはね。“努力の人”ってところなの!」
「努力?」
レジェリーはウキウキで「そうよ!!」と声をあげる。
「ボルドー様はドラゴンの血をほんの少ししか受け継がなかった。ほぼ竜人の純血に近い亜血なの。だから歴代王の中でも一番魔限値が低いって周りから散々馬鹿にされて育ってきたらしいの。」
竜人は最も魔限値が低い。
本来ならばあまり魔法を駆使できるような種族ではないのだ。
「でもボルドー様は死ぬ気で努力した。本当に命をかけて全力で魔法の研究と勉強をしたって言われているわ。」
「ボルドーにはホントに手を焼いた。」
フリードが会話に入り、やれやれと笑う。
「アイツめ、飛行しか魔法の使い方を知らん儂のところにまで来て古代の魔法知識まで吸収しおった!」
「古代の魔法?」
「そうだ、古代の魔法に何かヒントがあるかもと睨んで儂の元まで来たのだよ。知る限りのことは教えたがな。それから奴は古代の魔法を研究し、魔限値が無くても強い魔法を発動できる術を身につけたんだ。」
「そう!それこそがボルドー様の凄いところなのよ!ボルドー様は使える魔法すべてを、本来使う魔力の半分以下の魔力で発動できるようになったの!しかも魔法自体が劣化することなくね!」
つまり、ボルドーが発動できる魔法は、本来消費する魔力を抑え、制御している。だが、それで魔法の質が落ちるわけではない。
デメリット無しで消費する魔力を半分以下に抑えることが出来るという離れ業を会得したのだ。
「凄い人物なんだな。会ってみたかったな。」
「世界中を旅しているからどっかで会えるかもしれんな。その時はたまには帰ってこいって伝えてくれ。」
フリードはビライトたちに笑いながらお願いした。
「さて、ではお前たちの旅のことも聞かせてくれ。」
「あ、はい!そうだな…まずは…」
ビライトたちはこれまでのことを話した。
旅の目的、キッカの身に起きたこと。
そしてヒューシュタットで体験した悲劇と現実。
ドラゴニアで体験した優しさに包まれた話。
まだ短い旅の途中だが、ビライト、キッカ、レジェリー、ヴァゴウ。
4人はワイワイと旅のことをフリードに聞かせた。
「なるほど、その短期間でたくさん経験をしたものだな。」
「良いことも、悪いこともたくさんありました。でも…俺たちは前に進まなきゃ。」
ビライトはヒューシュタットでのことを思い出していた。
目の前で起こった人の死。そしてヒューシュタットの現状。
初めて見る外の世界。
そこに待ち受けていたのは、美しい世界と汚れた世界。その両方を持つ世界の現実。
抜けきらないあの時の思い出。
ビライトだけではない。ここにいる全員があの時のことを忘れずにいる。
だが、時にそれは思いつめることになるし、足かせにもなる。
「世界を見て回ることが目的ではないだろう。だが、旅をするというのは世界を見て回ることと同じ。世界の汚れた部分を見るのは辛いだろう。けどそれも含めてこのシンセライズだ。」
フリードは翼をはためかせ、風を感じる。
「だが、世界は美しい。」
フリードは「今見ている景色を見ろ」と言う。
「シンセライズは美しい世界だ。儂らが生きてきた古代の世界よりよっぽどな。こんな景色を見られるんだ。」
今見ている光景は実に美しい。
生い茂る緑、輝く太陽。綺麗な青空に吹き抜ける風。
全身で感じ、それを身に浴びる。
「ビライト、キッカ、レジェリー。世界は広い。ヒューシュタットのような場所もあればドラゴニアのような場所もある。だがそれはすべてこのシンセライズにある形なのだ。」
「はい。」
「我々はこの不完全な世界で生きている。辛いことも悲しいこともある。だがな。“楽しめ”。」
「楽しむ…」
「そう、この世界には楽しいことに満ちている。せっかく旅をしているんだ。辛いことも、悲しいことも。そして嬉しいことも、笑えることも。全て経験だ。そしてそれを経て旅をしてよかった。楽しかった、そう思えたら最高だよな。楽しんだ奴こそ人生輝ける。」
楽しむこと。
辛いことも悲しいことも乗り越えて全ての経験を経て、最終的に“楽しかった”。
そう言えることが人生を輝かせたことにつながる。
「まだまだ旅は続くのだろう。なら、本来の目的を忘れない程度に楽しむがいい。続けていれば世界の何かが変わるかもしれないからな。」
「古代人のお言葉、染みるねぇ~」
「からかうんじゃないヴァゴウ。良い話してんだ。」
「ガハハ、ワシもちゃーんと忘れてないさ!全ては人生の経験!全ての出来事は血肉となる!何事も楽しんだもん勝ち!そうだろッ?」
「そうさ、笑い飛ばしてしまえ。」
「おうッ!」
暑苦しい2人。
「ははは…でも、その通りだと思う。アトメントも言ってた。経験が全て自分たちの力になる…それを身に宿して進めって…フリードさんの言うことはアトメントが言ってたことと同じだ。」
「うん、お兄ちゃん。私たちも見習わないとね!」
「あたしも見習わなきゃ!」
「そうだな、イビルライズを目指すついでだもんな。」
胸のつかえがとれた気がした。
気になって頭から離れなかったヒューシュタットの出来事。
忘れられるわけではない。忘れてはいけない。
だがそれをいつまでも抱えていては先に進めない。
自分に出来ることをする、目的を忘れずに。
前に進む。そして世界を知り、そして楽しむ。
それが全て自分たちの経験になり、血肉となり、人生となる。
(それが生きるってことなんだ。)
ドラゴニアを出て3時間。
景色は変わりつつあった。
先ほどまで広大な平原が続いていたが、段々森が増えてきた。
「暑くなってきたな。」
「サマスコールはドラゴニアよりも暑い地域でな。生態系とかも変わるんだ。」
サマスコールは所謂熱帯と呼ばれている地域。
ドラゴニアほど温暖ではなく、夏季は過酷なほどに高温になることもあり、雨もよく降る。
冬季も比較的暖かく、極寒の地域の人々の中には冬季だけここで過ごすなんて金持ちも居るぐらいだ。
「深い森だね。徒歩だったら結構大変だったかも…」
キッカが下を見て言う。
「だな、フリードさんが居て助かったよ。」
「ここからしばらくは密林だ。もう数時間したら夕方になる。」
時刻はお昼時。
ドラゴニアから譲り受けた食料をヴァゴウは魔蔵庫から取り出し、食事を取る。
「これがドラゴニア名物の…!」
「ドラゴニアは果実が有名でな。うめぇんだぞ。」
ドラゴニア産の果実が並ぶ。
見たこともないものから、よくあるものまで。
まるで観光に来ているような気分にさせられそうだ。
目的を忘れてしまいそうになるぐらいに。
「「甘い!」」
「でもおいし~!」
甘い果汁とほのかな酸味が口に広がる。絶品だ。
「ほいよ、フリード。」
「おう、サンキュー。」
ヴァゴウは果実をフリードの手のひらに落とした。
「ウム、相変わらずの甘ったるさだ。」
ワイワイと食を囲みながら空の旅を堪能するビライトたち。
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時刻はまもなく夕方。
深い森はまだまだ続く。
ドラゴニアを出発して7時間。
「雲行きが悪くなってきた。この地域だと急に雨が降ることも多い。」
フリードは高度を少し下げて飛ぶ。
ゴロゴロと音を鳴らせる暗雲が広がっていく。
「一雨来そうだ。どうする?フリード。」
「そうだな、いったん降りれる場所を探そう。」
フリードは周囲を見渡した。
と、次の瞬間だった。
「!伏せろ!」
「えっ!?」
咄嗟に身体を伏せるビライトたち。
空を通るは光線。
黄色い光線がフリードの頭上を通過した。
「何!?雷…じゃない?」
レジェリーは立ちあがり周囲を見渡す。
「!」
森からだ。
森から光線が1発、2発。
とてつもないスピードで迫っている。
「いけない!」
キッカは防御魔法を展開した。
光線からフリードを守る。
「キッカ!」
「フリードさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ、しかしなんだアレは…」
「オッサン、あれって!」
「あァ、まちがいねェ。」
ビライトとヴァゴウは森を眺める。
森の木々の隙間に人影が複数。
「ヒューシュタットのオートマタ!」
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「あいつら…フリードさんを狙っているのか!いや…それだけじゃ…!」
光線が縦横無尽に飛び交う。
ビライトたちにもその光線は飛んでくる。
キッカは防御壁を張るが、フリードの巨体を全てセーブできるだけの巨大な防御壁は張れない。
「うっ…!」
それを分かっているのか、光線は防御壁が薄いしっぽや腕などを狙い始める。
光線が当たるフリード。
顔を歪めて旋回する。
「わっ!」
「ごめんなさいフリードさん!私の防御壁じゃかばいきれない!」
「気に病むな、仕方ない。」
フリードはグラつき、高度が下がっていく。
「くっ!このままだと墜落する!」
「あたしに任せて!」
レジェリーは魔法を唱えた。
速度の速い光魔法を光線のように1体1体狙って撃つ。
何体かのオートマタに当たったのは確認出来たが光線の数にさほど変化はない。
ここから攻撃出来るのはレジェリーだけ。ビライトやヴァゴウに遠距離攻撃できる武器は無い。
キッカは守りと治療で精いっぱいだ。
だが、オートマタが撃つ光線の数はレジェリー1人の魔法では及ばないぐらい多い。
「ウオオッ…!」
「きゃぁっ!」
防御壁が破られた。
無数の光線がフリードに襲いかかる。
「キッカ!フリードさん!くそっ!」
ビライトは何も出来ない自分を責めるが…そんなことをしている場合ではない。
「不時着だ!これ以上空から狙われたら不利だぜッ!」
ヴァゴウが声をあげる。
「…衝撃に注意しろ!」
フリードは深い森の中に不時着した。
激しく揺れる身体に吹き飛ばされそうになるビライトたち。
「っ!!」
「~~~!!!」
勢いよく森をなぎ倒し、地面を削り、フリードは不時着した。
「っ…みんな!フリードさん!無事か!?」
ビライトは周囲を確認する。
「なんとかな…」
「いたた…もうなんなの…?」
レジェリーとヴァゴウはフリードの巨体に生える大きな鱗に守られていて、吹き飛ばされずに済んだようだ。
「フリードさんは!?」
キッカが声をかける。
「あぁ…無事だ。」
フリードはゆっくり顔をあげる。
「お前たちも無事なようだな。良かった。何かあったらベルガに顔向け出来んからな…ッ…」
ズシンと大きな音を立てて再び蹲るフリード。
「フリードさん!」
ビライトはフリードから降りて、フリードの顔元へと走る。
フリードの全身は光線が当たった火傷でいっぱいだった。
「フリードさん!怪我してる…!」
「私の防御壁が弱かったばかりに…ごめんなさい…」
キッカは自分を責める。
「自分を責めるなキッカ。ありがとう…なに、この程度…と言いたいが…今また空を飛ぶと狙われるな…」
今空を飛ぶのは危険だ。
またオートマタの砲撃に遭うかもしれない。
「…オートマタを倒さないと。でないとこの空を飛べない。」
ビライトは森の奥を見る。
「でもこんな広大な森に何体居るか分からないオートマタを倒し切るのは難しいよ…」
キッカはフリードの火傷を見つめて悔しい気持ちを見せた。
「でも俺たちはサマスコールに行かないと…だったらやるしかない。あいつらの狙いはきっとフリードさんだけじゃないかもしれない。」
「えっ?」
「かもなァ。」
ヴァゴウが降りてきてビライトに言う。
「ど、どういうこと?」
後ろから追いかけてきたレジェリーが言う。
「やけにフリードさんの頭上…つまり俺たちが居る位置も狙われていたんだ。」
ビライトが言う。
「あいつらはオートマタ、機械だ。機械ってのは情報を共有したり瞬時に伝達が出来るものなンだよ。オートマタはワシたちと一回戦っている。」
ヴァゴウが説明を補足する。
「その情報が全部のオートマタに伝達されているってこと?」
「可能性だがな。オートマタ全部にワシたちは敵視されている可能性がある。そしてドラゴニアの生きる伝説…古代人のドラゴン、フリードもまた、ヒューシュタットにとっては狙うべき対象であるかもしれねぇってことだ。」
考察が正しければこれは由々しき事態だ。
今ここにいる全員がオートマタに狙われている可能性がある。
「…でも俺たちは進まないと。」
「ビライト…」
「キッカの身体を取り戻さなきゃいけないんだ。それだけじゃない。王とも約束したじゃないか。」
真剣な目つきで森の奥を見るビライト。
雨が降ってきた。
徐々に強くなっていく。
「皆。儂の傍に。雨除けにはなるだろう。」
フリードの傍に寄るビライトたち。
大きな音を鳴らす雷雲と激しい雨がビライトたちを余計に憂鬱にさせる。
「突然襲ってくるなんて汚い…!なんなのよ!」
レジェリーは苛立ちを隠せない。
「とにかく今は様子を見るしかないな…こんな激しい雨じゃまともに動けない。」
ビライトは冷静に周囲を見渡す。
キッカはフリードに回復魔法をかけ続けている。
「機械は水に弱いって聞いたことがある。ならこの雨では身動きは取れんはずだ。今は警戒しつつ体力を回復させるしかなさそうだなァ。」
「そうなのか…分かった。悔しいけど…」
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あれから数時間。雨は弱くなってきたがもう太陽は沈み、夜になった。
月の光も届かない真っ暗な森で小さな火を囲み、ビライトたちは野宿することになった。
「フリードさん、痛いところは?」
「大丈夫だキッカ。長い時間回復魔法を使わせてすまないな。」
「いえ、私の力がもっとあればこんな怪我させなかったのに…」
「自分を責めるな…儂は感謝しとる。」
「はい…ごめんなさい…」
皆寝静まった中、キッカはフリードに回復魔法をかけ続けていた。
キッカは責任を感じている。フリードはよくやってくれたと感謝しているが、自分の力不足でフリードが怪我をした。それは事実だ。
「キッカも休め。明日は晴れる。この森を抜けなくてはならんからな。」
「はい…」
キッカは眠ることは出来ない。
魔法を使うのをやめ、大人しくビライトに寄り添った。
「ありがとう。」
フリードはそれだけ言い、眠りについた。
(…お兄ちゃん、私…もっと強くならなきゃ…誰も守れないよ…)
キッカは自分の無力さを嘆く。
いっそ眠ってしまって頭をすっきりさせたい。
だが眠れないキッカは孤独の時間を過ごさなくてはならない。
「…私、みんなに守られるだけなんて…嫌だよ…」
虚しく、誰にも聞かれない声でキッカは小さくつぶやいた。
雨の音に包まれながらやがて夜が明け、朝になった。
雨はすっかりやんで、木の葉の隙間から木漏れ日が差し込む。
「フリードさん、動けますか?」
「あぁ、キッカが回復魔法をかけてくれたお陰だ。」
怪我の痕は残っている。だが動けるようになるまで回復したようだ。
「しかし、これからどうする?ワシらにはオートマタが何処に潜んでいるか、何体居るかが検討がつかない。」
「うーん…困ったわね…魔力だって感じないし。」
レジェリーは魔力を認知出来る。だが、相手は機械。魔力なんてあるはずもない。
「…困っているようだな。」
声と共にガサッと音を出す茂み。そこに人影。
「誰だ?」
「…!あんたは…!」
目の前にいたのは獣人。
「武器屋に来ていた…!」
そう、コルバレーで武器を買いに来た獣人だ。
そしてイビルライズの名前を初めて語った者。
ビライトたちの旅のきっかけになった獣人が今目の前に立っている。
頭に被っていたフードを取り、顔を見せる。
狼獣人で、青紫の毛並み。額には三日月の形をした傷。
そして顔より下はボロボロのフードに隠れていて見えない。
「えっと、クライドさん…ですよね?」
キッカが言う。
「覚えていたか。」
クライドという獣人は歩き出し、指をさす。森の奥だ。
「…10体。」
「え?」
「10体だ。オートマタを感じる。」
「!」
「分かるの…?あんた…!」
目を大きく開き驚く一行。
「奴らは熱を持っている。それを感じ取ったまでだ。」
獣人は冷静に答える。
「…そのドラゴンは置いていけ。俺とあと2人ついてこい。残った1人はここで見張りだ。」
獣人は言う。
「ちょ、ちょっと何なのよ!あんた急に出てきて!」
あまりに淡々と話を進めるものだから、レジェリーは慌てて間に入る。
「お前たちの道を切り開いてやるつもりだ。依頼だからな。」
「い、依頼って…誰の!」
レジェリーは一瞬クライドの何かの良くないものを感じ取ったのか少したじろいだ。
(なんなのこの獣人…!一瞬何か感じた…!これは…殺意…?)
「…アトメントだ。」
「!」
「アトメントさんが…!」
更に驚く。特にビライトとキッカはアトメントと面識も会話経験もある。
「奴からの依頼で俺はお前らと行動を共にすることになった。報酬は前払いで頂いた。断る理由も無かったので引き受けた。それだけだ。」
獣人は森の奥へと足を進める。
「早く決めろ。1人は残れ。」
「…どうする?」
ビライトは皆に聞く。
「し、信じるの!?絶対罠よ!」
レジェリーは疑いの目を持つ。
「俺も完全に信じたわけじゃない。でも…何も無いよりはマシだと思う。」
ビライトが言う。
「オッサンとキッカ、フリードさんはどう思う?一応皆の意見を聞いておきたい。」
ビライトは冷静に皆に賛否を聞いた。
(落ち着いてるなァ…ビライト。)
ヴァゴウは不思議に思ったが…
「ワシはお前の行く道についていくぞビライト。」
「オッサン…」
「私はお兄ちゃんと一緒じゃないとダメだし…任せるよ。でも、私は信じてもいいと思う…悪い人じゃないと思う。」
「キッカ…」
「儂は皆で決めたことならば文句は言わんよ。信じるも信じないもお前たち次第。」
ヴァゴウ、キッカはビライトの決めた道に従うと、フリードは皆の意見を尊重した。
「レジェリー。確かに罠の可能性はあるけど、そうだったら俺たちと一緒に切り抜ければいい。どうだ?」
ビライトは唯一反対のレジェリーに言う。
「…分かったわよ!だったらヴァゴウさんが残って!あたしとビライトで行く!!」
「お、おう…!」
レジェリーは覚悟を決めた。
「ちょーーーーっとでも怪しいことしたら丸焦げにしてやるんだから!」
「ははは…ありがとな。レジェリー。」
「ふんだ!」
レジェリーは先に走ってクライドを追いかけて行った。
「…てわけなんだ。オッサン。フリードさんを任せても良いかな?」
「おう、任せなッ!絶対に守って見せるぜ!」
「頼んだ!」
「行ってきます!」
ビライトとキッカはレジェリーを追いかけた。
「…なかなかの覚悟。ビライトを動かしているのはやはりキッカの存在か。」
「そうだな、アイツにはキッカちゃんしかいねぇのよ。たった一人の家族ってやつだからな…たとえ罠でも可能性があるならそれに縋りたいんだろ。」
迫るヒューシュタットへの攻撃。
そして現れた謎の獣人クライド。
果たして彼の言うことは真実なのか。疑いが晴れることは無いが、今はそれに縋るしかない。
ビライト、キッカ、レジェリーの3人はクライドと共にこの森に潜伏するオートマタを掃討すべく動き出す。
サマスコールを目指すビライトたちの戦いは続く…