Delighting World Break ⅩⅩⅩⅧ
神の領域で休息をすることになったビライトたち一行。
それはシンセライズの主神エテルネルの代理を務めているヴァジャスから言い渡されたことであった。
一刻も早くキッカを救い出し、イビルライズをなんとかしなければならないこの状況だというのに、足を止めても良いのだろうか、自分たちは何故まだイビルライズに行けないのだろう。
そんなことを考え、落ち着かないビライト。
そんな中、ビライトはヴァジャスが命を懸けてイビルライズから溢れる負の力を正の力に変える仕事をしているところを見る。
神様は決して楽な暮らしなどしていない。神々もデーガやカタストロフのように思い罪を抱えて必死にシンセライズを守っている。
ビライトの心はただ、焦りをふつふつと心の中に溜め込んでいるばかりであった。
そしてそれは、ヴァジャスの意図している経過とは反しているようだった…
第九章 神の領域編Ⅱ
~決戦前の休息 失ったカケラ~
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「…う~ん…駄目だ。落ち着かないよ。」
じっとしていることが苦痛だと感じる。
ビライトは天井をボーっと眺めながら深くため息をついた。
レジェリーとヴァゴウ、そしてカタストロフがこの神殿を一緒に探検したいと誘ってくれたというのにビライトはそれを断ってしまい、それも尚更「何で断ったんだろう」と思っていた。
(うーん…駄目だ。すっきりしない…)
こんなところで立ち止まっている場合じゃないのに。
早くキッカを助けに行きたい。
そんな気持ちがよぎるばかりのビライトだが、ビライトはそれと同時にイビルライズの入り口のあの真っ黒な巨大な渦がうごめくあの海岸を思い出し、背筋をゾクッと凍らせた。
(イビルライズ…パッと見ただけなのに感じたあの大きなプレッシャー…俺は…あの中でも正気を保つことなんて出来るんだろうか。)
心の中に揺らぐ不安。そして…恐怖。
「…ハァ~……」
ビライトは声が出る程に深いため息をついてしまった。
その時だ。
「よう!ビライト居るかッ?」
「わっ、びっくりした!…なんだオッサンかぁ。」
「お?驚かせたか?ワリィワリィ!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのはヴァゴウだった。
「オッサン、レジェリーたちと探検してたんじゃ…」
「あ~そうなんだけどよォ。ビライトが少し元気ねぇってカタストロフが言ってたからよ!来ちまった!」
「そっか…カタストロフには悪い事しちゃったなぁ。」
ビライトはカタストロフの誘いを断ったことを気にしているが…
「あァ、それなら心配はいらねぇぜ。カタストロフの奴、ビライトの元気がねぇことも気づいてたし、一人になりたかったのかもしれないって言っててよ。こういう場合どうしたら良いかって律儀にレジェリーやワシに相談するんだ!ほーんと見た目に反して可愛い奴だよなァ。」
ヴァゴウは笑いながらビライトの隣に座る。
「んでだ、やっぱ落ち着かねぇか?」
ヴァゴウはビライトに本題を持ちかける。ビライトは「はは、そうだな。オッサンには分かっちゃうよなぁ」と苦笑いする。
「まぁ、気持ちはわかるぜ。ワシだって早くキッカちゃんを助けにイビルライズに突っ込みてぇ!って思うしなッ。」
ヴァゴウはずっと笑顔でビライトの顔をしっかり見て話をする。
ビライトはその笑顔を見ているとなんだか心が落ち着くようだった。きっとヴァゴウは心配になってビライトをなんとか元気づけてやりたいと思っているのだろう。
「これまでの旅で足を止めたことは何度かあったけど…でもこれだけ前に進みたくて仕方がないのに前に進めないって、初めてだからさ。」
「そうだなァ。なんだかんだでワシらは急ぎ足だった。」
これまでビライトが本当に足を止めたのはヒューシュタットでの戦いの後に心が折れてしまった時だけだ。
そういえば、この時もビライトの足を進ませてくれたのはヴァゴウだった。そうビライトは思いながら、ヴァゴウの目を見て少しだけ微笑んだ。
「ん?どうした?」
「あぁ、いや、何かさ。俺がいつもモヤモヤしてる時、オッサンはこうやって向き合ってくれるよなぁって。」
「ガハハ、長い付き合いだからな。分かっちまうンだよなァ。」
ヴァゴウとビライトは笑いあう。
「なぁビライト。今お前は焦ってんだよな。落ち着かないってことはそういうことだ。」
「そう、だな。俺は焦っている、と思う。」
「クライドなら言うぞ。“焦りはミスを招くぞ”ってなッ。」
ヴァゴウはクライドっぽい少しクールで知的な感じの喋り方をして見せた。
「あはは!何だよそれ!クライドの物真似か?」
「ガハハ、似てないよなッ!」
「ホントだよ!全然!」
全然似てない物真似にビライトには段々と良い笑みが零れるようになっていた。
「あんだよ、ちゃんと腹から笑えるじゃねぇか!」
「あっ…あはは…」
元気づけようとしてくれているんだ。ビライトはヴァゴウの明るさに感謝を覚えた。こういう時だからこそ心を穏やかに、そして焦りや不安、恐怖を打ち払って行かなければならないんだ。ビライトは何となくそう言われているような気がした。
「オッサン、ありがとう。」
「ん?」
「なんだかすっきりしたような気分になった。完全に焦るなって言うのは難しいかもしれないけど、それでもさっきよりは全然苦しくない。」
「そっかッ!それなら良かったぜ!」
ヴァゴウはビライトの頭をガシガシと撫でる。
「部屋閉じこもってても仕方ねぇ!少しその辺ぶらついて見たらどうだ?誰かと話をしてりゃもっとリラックスできるかもしれねぇぞ?」
「…そうだな。うん、そうするよ。」
ビライトはベッドから降り、ヴァゴウと一緒に部屋を出る。
「オッサンはレジェリーたちの所に戻るのか?」
「ん?そうだな。すぐ戻るって言っちまったからな!ビライトはどうする?」
「…そうだな、俺も一緒に行っても良いかな。」
「おう!んじゃ行くかッ!」
ビライトはヴァゴウと一緒にレジェリーたちの所に行くことにした。
ビライトがさっきまで抱えていた重苦しい気持ちは大分緩和されたようで、ビライトは自然に笑みが零れるようになっていた。
(オッサン、ありがとう。)
ビライトは改めて心でそう思い、ヴァゴウの頼りになる背中の後ろを見て、そしてヴァゴウの隣を歩くのだった。
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「よー待たせた!」
「あ、ヴァゴウさん!それにビライトも来てくれたんだ!」
レジェリーが手を振って嬉しそうに言う。
一緒に居たカタストロフも微笑んだ。
「ごめん心配かけちゃって。」
「良いわよ!落ち着かないってのはあたしもそうだし!だからこそ動いてないとねって思っただけだから!」
レジェリーも内心では落ち着かない気持ちではあった。だが、じっとしていると余計に考えてしまうだけだと思い、せっかくだから探検してみたいかと提案を持ちかけていたのだ。
「ビライト、焦る気持ちは理解できる。だが今は考えたところで何も解決はしないが故、ヴァジャスの言う通り羽を伸ばしてみようではないか。」
カタストロフもビライトに改めてさっきと同じような誘いを持ちかける。
「うん、そうするよ。ごめんなカタストロフ。せっかく心配して迎えに来てくれたのに。」
「構わぬ。一人になりたいときもあるとレジェリーも言っていた。」
「無理に誘い出してない?大丈夫?」
レジェリーはビライトに尋ねるが…
「そんなことないよ。一度は乗り気じゃなかったけどさ。カタストロフやオッサンが来てくれたから。」
「そっか!良かった!よーし、じゃもうちょっと皆でこの辺り探検しよっ!見たことないものたくさんで結構楽しいわよ。」
レジェリーはそう言い、すぐ近くにあった部屋に入っていく。
「レジェリー、はしゃぐと転ぶ。」
「もうそんな子供じゃありませーん!!」
カタストロフは心配そうについていく。
「行こうぜビライト。」
「うん、行こうか。」
ビライトを加えた4人は広い神殿の中の探検を再開した。
―――
「はー楽しかった~!この神殿ってばホント何もかもが白銀で出来てて凄かったわね!」
時刻は夕方。
白銀の神殿も夕陽に照らされて美しいオレンジ色に輝きだしていた。
「俺たちの住んでいる世界では絶対に見られないものばかりで凄かったな!」
「おう!素材少し貰って帰りたいぐらいだぜ!」
レジェリーたちはすっかり神殿中を歩き回って満足していた。
「ねぇねぇ、ちゃんと食事やお風呂もあるんだって!まるで宿屋みたいね!」
「そ、そこまで用意されてるのか…!」
「我々は食事を必要とはしないのだが、今回はお前たちのためにレクシアとシヤンが食材を仕入れて来ているようだ。アトメントも色々と隠し持っていたようだから没収したとか…そんなことも言っていた。」
「そ、そうなんだ…あはは…」
「食料ってのはアレか。未調理だよなッ!それならワシの出番だなッ!」
「「おお~!」」
ヴァゴウ飯がビライトたちの脳内に過る。
久しぶりのヴァゴウ飯にビライトたちは目を輝かせた。
「よし!厨房に行くとすっか!カタストロフ!案内してくれよ!」
「ウム、分かった。」
ヴァゴウはカタストロフと一緒に厨房へと足を運ぶ。
「ビライトとレジェリーちゃんはどっかで時間潰しといてくれよ!出来たら呼ぶからな!」
「うん、分かった!」
「ありがとうオッサン。」
ビライトとレジェリーはいったんヴァゴウとカタストロフと別れ、2人になった。
「少しは気が楽になった?」
レジェリーはビライトに尋ねる。
「あぁ、お陰様で。レジェリーもありがとな。」
「いいのよ!あたしも楽しかったし~!」
レジェリーは夕日が輝く白い岩場が連なる神の領域をすぐそばにあったバルコニーから眺める。
「夕日は何処行っても変わんないわね~夜になったらきっと空も綺麗よね!」
「そうだな。きっと綺麗だと思う。」
2人は外の景色を見ながら風に当たる。
「なんか二人きりってあんまり無かったよね。師匠と戦った時ぐらいな気がする。」
「確かに。俺たちなんだかんだでずっと皆で一緒に行動してたし…ストレンジ砂漠で分かれた時も俺はデーガと一緒だったし。」
ビライトはこれまでの旅を振り返ってみても、やはり団体で行動することが大半だったこともあるが、レジェリーとビライトは実は2人切りになることはほとんど無かった。
「ずっと旅してるのになんだか不思議だな。」
「そうね、でもそれだけあたしたち、ずっと急ぎ足だったんだなって思うな。」
これまでビライトたちは足を止めることはあったが、基本的にはずっと一直線で急ぎ足で旅をしていた。
そして、ゆっくり出来る時間は修行して鍛えたりしていたものだから、尚更こうやって落ち着いてゆっくりと話す場面というのもなかなか巡り合わなかったのだろう。
「でも、急ぎ足になるのは分かる。あたしもキッカちゃんが心配だもん…今もイビルライズに苦しんでいるかもしれないって思うと心が締め付けられる。」
「…うん。俺も同じだよ。キッカは…キッカは俺の大事な妹だ。家族だから。」
「うん。そうだよね…だからビライトが焦るのも分かる。あたしも焦ってないって言えばウソだもん。」
2人はバルコニーに植えられている花壇のレンガに座る。
「あたし、ずっとアーデンでは独りぼっちだった。師匠やカタストロフが居たけど、でもあの時はカタストロフのことは師匠だと思ってたし、師匠は友達じゃなくて師匠だから。修業してない時はずーっと独り。寂しかったんだ。」
「…そっか。でも、今は違うよな。」
レジェリーは頷いた。
「あたしね、最初はキッカちゃんの状況を見てなんとかしてあげたいなっていう気持ちは勿論だけどね…えへへ、友達、欲しかったんだ。キッカちゃんもヴァゴウさんも、ビライトも皆友達だよ。」
レジェリーは恥ずかしそうに言う。
「うん、俺もそう思うよ。それに、レジェリーには感謝してるんだ。何も分からなかった俺たちのために一生懸命でいてくれたから。」
「えへへ、あたしも皆に感謝してるよ。」
ビライトとレジェリーは笑いあう。
「あたしね、みんなと一緒ならイビルライズなんて怖くないよ。」
レジェリーは立ち上がり、風を感じる。
長い髪が大きく揺れる。
「あたしがビビっても震えちゃってもみんなが居る。そう思うと震えなんて止まっちゃうんだから。それにあたしは…ずっともっと大事な人、見つけたからね!」
レジェリーは満点の笑みで微笑む。
「カタストロフだな。」
「うん。あたし、カタストロフとずーっと生涯の友で居るって約束したもの!そのためにはイビルライズをなんとかしなきゃ!」
「そうだな。俺もキッカと、みんなとこれから楽しく生きていきたい。だから俺は、イビルライズを止めなくちゃ。」
これからの未来を語る2人。
目指す楽しい未来を目指す為、ビライトも、レジェリーも決心を強く持つ。
「でも!今はどっちみち先には進めないんだからさ!のんびりしようよ!ヴァジャスって神様が何考えてるかは分かんないけどさ!クライドが言うようにきっと意味があるんだと思う!きっとすぐにヴァジャスがあたしたちにイビルライズへの道を示してくれるわよ!」
レジェリーは今の状況を前向きに考えていた。
「そう、かもな。」
「そうよ!きっとそう!だって神様だってこの世界が大好きだもの!今イビルライズをなんとか出来るかもしれないあたしたちを意味も無くただここに留まらせるだなんて変だし!きっと意味があるんだよ!」
レジェリーの言葉にビライトの不安は少しずつ消えていく。ヴァゴウやカタストロフがビライトを外に連れ出し、そしてレジェリーはビライトを更に前向きな気持ちにさせる。
「ありがとう、レジェリー。レジェリーがいっつも元気にそうやって言ってくれるからさ…俺も前向きになれそうだよ。」
「なれそう、じゃなくてなるの!!いい?」
「あぁ、その通りだな。」
笑いあう2人。風がまるで背中を後押しするかのように吹き抜けていく。
「…ところでさ。」
「ん?」
「…あれ。」
レジェリーはほんの少し先にある雲の方を指さす。それはただの空なのだが…
「……」
「あれ、何?」
「…あ~…多分…」
空には黒い空間のようなものが現れており、そこからチラッと顔を覗かせるカタストロフが見えた。
「「やっぱり…」」
「…ジー…」
現れるタイミングを頑張って考えているのだろうか。顔をちらちらと覗かせながらソワソワしているカタストロフ。
「あ、えーっと、カタストロフ?」
ビライトはカタストロフの名を呼ぶ。
それに反応して何事も無かったかのようにスッと空間から顔を見せ、ビライトたちの元へ行く。
「す、少しタイミングを考えてみた。どうだろう…?」
カタストロフはビライトとレジェリーを一度急に現れたことで驚かせてしまっている。
だからカタストロフは今度こそ驚かせないように普通に現れようとタイミングをコッソリ…とはいいがたいなんともわかりやすい位置で見計らっていたのだ。
「…ぷっ、あっはははははは!!!」
レジェリーはカタストロフがあまりにもおかしいものだから爆笑してしまった。
「ア、アハハ!カタストロフ…ほんとあんた面白いなぁ…!」
ビライトもレジェリーに釣られて笑ってしまった。
「ム、ムム…そこまで笑わなくても良いではないか…」
カタストロフは顔を赤くして目を細める。
「あははは!ご、ごめんごめん!おかしくって!あっはははは!!!」
レジェリーは笑いをこらえきれずに涙が出る程笑ってしまった。
「カタストロフ、普通に自分の足でここに来れば良かったんだよ!」
ビライトは笑いながらカタストロフに伝える。
「そ、そうか、言われてみればその通りだ。ウムゥ…食事の用意が出来そうだから呼んできてくれとヴァゴウに頼まれたのだ。早い方が良いと思ってしまったが故…」
カタストロフは恥ずかしそうに言う。
「カタストロフってホント魔王っぽくないよなぁ。」
「ほーんと!なんかもう一周回って可愛く見えてきちゃった!」
「ムゥ…褒めているのか、馬鹿にされているか分からぬぞ…」
「誉めてるのよっ!愛嬌があっていいじゃん!ね、ビライト!」
「そうだな。カタストロフはずっとこのままで居て欲しいって思うよ。」
カタストロフを励ますレジェリーとビライト。
「ウ、ウム…だがしかし…やはり我はあまりにも知らないことが多いようだ…こうやって学習していかねばならぬということだな…?」
「そうね!大丈夫!イビルライズをなんとかできたらさ!その後の時間はたっぷりあるんだから!ね?」
「ウム…そうだな…」
レジェリーはカタストロフの手を繋ぎ、歩き出す。
「ホラ、みんなで歩いて行こっ!」
「ム…」
笑顔で微笑むレジェリーを見てカタストロフは顔を赤らめる。
「カタストロフ?」
「…ムゥ…この感情は…ハズカシイ…だ。」
「あはは、良いじゃないか!嬉しいってことだよ!」
「…そうだな…そうとも、言う。」
ビライトはそう言うが、カタストロフは恥ずかしいことでもまんざらではないようで、分かりにくい表情ではあるがとても笑っているように見えた。
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―――間もなく陽が沈む。
神の領域での初めての夜が訪れる。