Delighting World Break ⅩⅩⅩ
「今日からボクらハ…トモダチだね。」
「…うん!トモダチ!!」
心を閉ざした幼い俺の唯一の友達であったクロ。
その正体は世界の脅威である存在、イビルライズ。世界の負の感情をエネルギーとして成長していく存在。
そいつは事故で失われた俺の命を蘇らせ、そして俺の中で潜伏していたんだ。
でも、クロは両親を事故で失った俺の前に現れたんだ。
竜人の子供の姿だが、モヤモヤと黒い靄がかかっていて実体が良く見えない不思議な存在だった。
細長く、赤い目が2つ。
大きい目と小さい目が左右に2つずつ。4つの目を持つ不思議な存在。
これは今の…
クロ・イビルライズにもある、この世の者ではない証のようなものだ。
でも、そんなことはどうでもよかった。
何も知らない俺は、クロと友達になったんだから。
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「…朝だ!」
―――13年前。ビライト当時4歳。
―――――――
クロと友達になったビライトは早朝から元気に起き上がり服を着替えて外に飛び出す。
「おいおいビライト!」
「あっ、何だよぉ!」
外へと飛び出すビライトを引き留めるのは若き頃のヴァゴウ・オーディル。当時28歳。
20歳からドラゴニアを飛び出してコルバレーにやってきた。
コルバレーに武具屋を開業して8年が経過した彼は当時、仕事が楽しくて日々武器造りに力を入れていた。
しかし、ビライトとキッカの両親が亡くなり、ヴァゴウはビライトたちを引き取った。
ビライトとキッカがある程度育って家に戻っても生活していけるようになるまでは、慣れないながらもビライトたちを育てようと決意していた。
町の人々も時折手伝いにきてくれることから、ビライトたちは大変恵まれていたと言える。
しかし、これはシューゲン夫妻の人徳によるものだ。貴重な行商人として多くの人から重宝されていてかつ、人当たりの良かった夫妻だったが故、評判もとてもよかったのだ。
行商人だったビライトの両親、シューゲン夫妻はヴァゴウとは取引先でとても親しいご近所関係を築いていた。
行商で遠くに行くときはビライトの面倒を引き受け、キッカが生まれてからも同様だった。
「ったく、昨日とは大違いだなァ。けど、先に飯食ってから行きな。」
「ちえ~!」
そう、昨日までビライトは両親を失ったショックから立ち直れず酷く落ち込んでいたのだが、クロと友達になり元気を取り戻したのだ。
クロはビライトにしか見えない存在だった。故に、ヴァゴウにはクロは見えない。昨日紹介されたが、どうしてもビライトの隣には誰もいなかった為、話を合わせるしか無かったのだが、ヴァゴウはこの時はビライトが元気になったのならばなによりだと思っていたのだ。
「ヴァゴウさん!今日はクロと一緒におにごっこするんだ!約束したんだよ!」
「そ、そっか、良かったなッ。」
ビライトは朝ごはんを食べながら元気に語るのだが…
(…空想の友達…ビライトが元気になったのは良いけどよ…それで、良いのか…?)
ヴァゴウはそんなことを考えながらビライトを見る。
それだけではない。ビライトの目は今までに見たことなないほど汚れているように見えたのだ。そこには光も、未来も感じないほどに暗かったように見えたのだ。
「うえええーーーー」
「おお、キッカちゃんどうした?」
赤ん坊のキッカが泣く。
「ミルクだな?よーし、作ってるからよ。」
ヴァゴウはキッカにミルクを飲ませながら頭をゆっくりと撫でる。
「…」
ビライトはこの時、キッカのことを良く思っていなかった。
自分がこんなにも辛い気持ちだったのに、キッカは純粋だったからだ。
そして、ヴァゴウもそちらに気を取られることがどうしても多かったのでビライトはヴァゴウの事情は分かっているとはいえどうしても憤りを感じていたのだ。
「クロのところ行ってくる!」
「おう、2人分の弁当作ってるからよ。一緒に食えよ!」
「うん。」
ビライトはヴァゴウの作った2つの弁当を持って玄関を勢いよく飛び出す。
「夕方になるまでには帰れよ~!」
「分かってるよ!!」
ビライトを見送ったヴァゴウはキッカにゲップをさせて、揺りかごに戻す。
「…ビライト、友達も大事だけどよ…お前にはもっと見なきゃいけねぇ子がいるんじゃねぇのか…?」
ヴァゴウはそう呟きながらも、仕事の準備を始めるのだった。
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「よう、差し入れ持ってきたぞ。」
「おぉ、悪いなマスター。ありがとよ。」
「最近忙しいんだろ?うちにも来ないから心配してるんだぞ。」
開店からしばらくし、コルバレーで酒場を運営しているマスターの牛獣人がヴァゴウの仕事場を訪ねてきた。大柄でコワモテだが、とても大らかで優しいマスターだ。
ヴァゴウはビライトたちを受け入れる前は夜はよく酒場で酒を飲んで町の人と交流したり商売の情報を集めたりしていたが、今は世話に仕事に忙しく酒場に顔を出せずにいた。
ヴァゴウはマスターから食材と、キッカで食べられる柔らかいものや、ミルク粉を受け取り、玄関にひとまず置いた。
「ハハッ、ホント父親みたいだなぁお前。」
「様になってんだろ?」
「あぁ、ホントな。」
ヴァゴウはキッカの揺りかごを背に背負いながら仕事をしている。
流石に武器作るときは作業場が灼熱になるため、その時は背負ってはいないが、基本的にはキッカを孤独にさせないようにしているのだ。
「ビライトは?」
「アイツは…友達と遊んでるよ。」
「友達…?」
「あぁ、ワシもまだ会ったことは無いんだがな。良い友達らしいぞ。」
「へぇ…そっか。ビライト、辛いだろうけど立ち直ってくれたらいいな。」
「おう。」
(流石に仮想のダチと遊んでる…は言えねぇしな…)
ヴァゴウはそう思い、マスターには嘘をついた。
「キッカちゃんも良い子に育てばいいけどな。お前次第だぞ~?」
「ガハハ、シューゲン夫妻の子だ。きっといい子に育つし、ワシも預かったからにはしっかり責任持つぜ。」
「時々手伝いに行ってやるからよ、時間がつくれそうならまたウチにも顔出せよな。」
「おう、ありがとなマスター。」
「じゃぁな、キッカちゃん。」
「うあ!」
キッカはコワモテの牛獣人であるマスターにも怯えず笑顔で返す。
「ハハッ、こんなに可愛い顔されちまうと照れるな。」
「度胸あるんだよなぁキッカちゃんはよ。ワシにもマスターにもビビらねぇんだからよ。」
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「クロー!何処?」
コルバレーから少し離れた場所。
小さな森で待ち合わせをしていたビライトはクロを呼ぶ。
「ここだヨ。」
「あっ、クロ!」
「おはよウ、ビライト。」
ビライトの後ろに居たクロは小さく手を振る。
「えへへ、クロ!あそぼっ!おにごっこ!」
「ウン、遊ぼウ。」
ビライトは笑顔を取り戻していたが、その目はまだ光を得ていない。クロはそんなビライトの表情を見て小さく笑みを浮かべたのだった。
「じゃぁボクが鬼をやるヨ。」
「分かった!よ~し!逃げるぞ~!」
ビライトは元気よくクロから離れていく。
「…フフ、元気だネ。そうでなくちゃ。」
クロは笑みを零し、30秒数えてからビライトを追いかけるのだった。
―――
「は~!凄いやクロ!僕が隠れてもすぐ見つけちゃうんだもん!」
「ビライトは隠れるのが下手だネ。」
「え~!そうかなぁ~!」
ビライトはすぐにクロに見つかってしまうが、クロの動きはあまり早くはないようで、ビライトは見つかってもすぐに逃げることができる。
「クロは走るのが遅いね!」
「ム~…」
「えへへ、楽しいね!」
「ウン。たのしイ。」
笑いあいながら追いかけっこする2人。
これが端から見ると一人に見えているビライトだが、今2人が遊んでいる場所は基本的には誰も通らない外れの方である為、人に目撃されることもほとんどなかった。
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「お~~い、ビライト~~」
「ヴァゴウさんの声だ。」
遊びまわっていたビライトとクロ。気がつけばもう夕方だった。
弁当も食べずに空腹を忘れて遊びまわっていたビライトのお腹がグゥと大きな音を立てた。
「あはは、お腹すいちゃった。」
「もう夕方だヨ。ビライトは鈍いネ。」
「クロは、お腹すかないの?」
「ウン、ボクは平気。それより、お迎えだかラ、行った方がいいヨ。」
クロはヴァゴウの声がする方を向く。
「え~やだなぁ。もっとクロと一緒に居たいよ。」
「…ボクも、一緒に居たいケド…デモ、帰らないとダメだヨ。」
「そうだよね…クロ!また明日も遊ぼうね!」
「ウン。明日も一緒だヨ。」
ビライトはクロと手を振りあって別れた。
一人立つクロはニヤリと微笑んだ。
(ソウ、日常は大事ニしないとネ。キミの幸せを壊し、ボクを成長させるニハ、アタリマエの日常も必要なんだからネ。)
クロ…イビルライズはビライトの中に核を残して今ここに実体を見せている。
それはとても歪で不安定な存在だ。
そんなクロがより存在を明確に確固たる存在へと至る為に必要なのは、宿主や、世界全体の負の力なのだ。
そのなかでも前者は特に必要なことである。故に、クロが最も欲しい物。それは…“ビライトの絶望”だった。
ビライトと唯一無二の最高の友人となることで、ビライトにとって自分は居ないと生きていけなくなるほどに依存させる。
その上で急にクロが消えればビライトはどうなるだろう。
きっと全てに絶望し、大量の負を生み出すだろう。そうすればイビルライズの覚醒がより早まるというクロの計画だった。
その為ならば、ビライトの全てを受け入れ、ビライトとは良いことも悪いことも、冗談も言い合えるほどに最高の友人にならなければならなかった。
「ボクの復讐の為、協力してくれるよネ。ビライト…君は…ボクの、トモダチなんだからネ。」
クロはそう呟き、フッとその場で姿を消した。
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「ヴァゴウさん。」
「おお、ビライト。探したぞ~…夕方になる前には帰ってこいって言ったろ?」
「ご、ごめんなさい。夢中になってちゃって…」
ビライトは素直にヴァゴウに謝った。
ヴァゴウはキッカの揺りかごを背負っており、そこではキッカが気持ちよさそうに眠っていた。
「良いよ。それだけ楽しかったってことだろ?お前が無事ならそれでいいや。」
ヴァゴウはビライトの手に持っていた弁当箱を受け取る。
「…?食ってねぇじゃねぇか。クロの分も。」
「あ、あはは…夢中でご飯食べるも忘れちゃって。」
「マジかよ!腹減ったろ!すぐ帰って飯にするかッ!」
「う、うん。ゴメン、ヴァゴウさん。せっかく作ってくれたのに…」
「良いって良いって!でもよ、飯はちゃんと食わねぇとな!」
「うん。」
ヴァゴウとビライトは手を繋いでヴァゴウの家に帰る。
―――
(ヴァゴウさんはとても優しい人だ。)
ビライトたちを引き取り、仕事が忙しくてもしっかりと面倒を見てくれる。
そして、今日のように心配して探しに来てくれる。
(…僕がまだ小さいから…)
ビライトは心の何処かで自分に対する強い劣等感を感じていた。
子供の自分には何も出来なくて。
(クロも…一緒に住めれば…良いのに…)
ビライトはより、クロへの依存心を高めていく…そして…
(…僕とクロだけで良いのに。)
ビライトはキッカを睨んでいた。
「…」
そして、そんなビライトの様子にヴァゴウもまた小さくため息をつきそうになるが、ビライトの手前だ。グッと堪え、ビライトに声をかけ続ける。そしてビライトは今日の楽しかった時間をヴァゴウにたくさん話すのだった。
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それからもクロとビライトは遊んだ。毎日のように遊び、笑い。
笑顔でヴァゴウの元へ帰り、また次の日になったら遊びに行く。
いつしか、ヴァゴウも心配になってくるほどに、ビライトはクロのことばかりを言い、クロのことだけを考えるようになっていった。
それが、5年間も続いたのだ。
しかし、ビライトにとってのクロは心の支え。
ヴァゴウからビライトに何も言うことは出来なかった。
何故なら、ビライトにとってのクロは生きることの全てになっていたのだから。
それだけではない。ビライトには大事な妹がいるというのに、ビライトは一向にキッカに方にも目を向けないのだ。
「ヴァゴウさん、私ね、お兄ちゃんと一緒に遊びたい…」
「…だよな。そうだよな。お兄ちゃんだもんな。」
キッカは独りぼっちだった。
ヴァゴウや町の人たちがキッカのことを気にして遊んでくれることはあるが、皆がキッカとずっとつきっきりで居られるわけではない。
キッカの傍にいなければならないのは、ビライトなのだ。
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「一緒に暮らしたイ?」
「う、うん…」
それから数日、ビライトはついにクロに自分の気持ちを打ち明けた。
ビライト、9歳。これはビライトにとっても運命の年だ。
「…ごめんネ。それは出来ないヨ。」
「ど、どうして?」
クロはビライトに謝った。
「ビライト、ボクはネ。キミと同じで家族も居ないシ、ヒトリボッチだヨ。」
「じゃ、じゃぁ一緒に…」
「…」
クロは首を横に振る。
「ボクは行けなイ。でもネ、キミの為ならなんだってやってあげるヨ。それだけは約束だヨ。」
「……クロ…」
クロは小さく微笑んだ。
「――ごめんネ。ボクは…“生まれてはいけない存在”だかラ。」
クロは小さく呟いた。
「え?何?」
「ウウン。なんでモ。」
クロはビライトに聞こえないように呟いた為、なんでもないと首を横に振る。
―――
―――今だから分かる。
クロは…イビルライズだから。この世界の……敵なんだから。
それからもビライトとクロは毎日のように遊んで過ごした。
楽しかった。クロは色んなことを知っていて、クロは寂しい心を…温めてくれた。
でも、これは全て…クロの策略だったんだ。
それだけじゃない。
クロは…「なんだってやってあげる」と言った。
その言葉だけは嘘じゃなかったのかもしれない。
だって俺は小さい頃、クロと一緒だった頃に望んでいたこと。
それは―――俺とクロだけの世界だったんだから…
この小さな願いが…始まりだったのかもしれない。
―――
「…あーあ、クロとずっと一緒に居たいなぁ。何で僕はクロの家族じゃないんだろう。」
「…家族、カァ。イイネ。家族。素敵だネ。」
「そうだよ、だって僕はクロのためならなんでもしたいもん。クロが僕のためならなんでもしてくれるって言うなら、僕だってなんでもしたいもん。」
「…嬉しいヨ。ありがとウ。」
クロは微笑んだ。
「この世界がみーんな僕とクロだけのものだったらさ!クロとずっと一緒に居られるかなぁ。」
「アハハ、スケールが大きすぎるヨ。」
「あははっ、そうだよね!」
笑いあう2人だが、クロは不敵な笑みを浮かべる。
「ビライト、もシ…本当にこの世界が2人だけのものになったら…嬉しイ?」
「うん、嬉しい!僕にはクロしかいないもん!」
純粋な心であるが故に、世界にとってはとても残酷な願いだ。
何故なら相手はその世界を滅ぼそうとしているイビルライズなのだから。
「…そっカ。じゃぁボクがかなえてあげル。」
「えっ、本当に!?」
「ウン。いつかきっと、ボクが君と一緒に…永遠に居られるようにしてあげるネ。」
「わぁ!あはは!嬉しいなぁ!楽しみだなぁ!」
ビライトは、クロと約束をした。
いつか、クロと一緒に、クロと自分だけの世界が訪れる様に。
とても途方もない夢物語だ。
ビライトも薄々分かっていた。そんなことは不可能だと。
だけど、ビライトはそんな夢物語を語るほど、クロに依存していたのだ。
「…でもネ、ボクとキミの夢を邪魔をするやつがいるヨ。」
「え?」
「それは――ウウン、やっぱりいいヤ。なんでもなイ。」
「えっ、なんだよ!教えてよ!」
「時が来たら教えてあげル。今は内緒。」
「…分かったよ。」
ビライトはクロに話してもらえなくて落ち込むが…
「で、でもさ!時が来たらさ!必ず教えてね!僕、クロのためなら…!」
「ウン。わかってるヨ。わかってル。」
(キミは、ボクのトモダチだから。そう、ボクの、大好きナ、トモダチ。)
(トモダチの願いのためニ、ボクは…トモダチを利用させてもらうヨ。だっテ、なんでもしてくれるんだよネ、ビライト。)
そしてビライトは…
(クロと一緒に居る為に…クロと一緒に居たいときは…どうしたら一緒になれるかな…僕が……―――――――独りぼっちになれば…良いのかな…)
僅かに残ってた光すら消え失せ、その瞳はより深く、闇に染まっていくのだった…
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「なぁヴァゴウ、ビライトの奴変じゃねぇか?」
「…だよなァ…」
ビライトがクロと友達になってから5年が経過したが、ヴァゴウも2・3年ほど前からビライトのことを心配していた。
日に日に、ヴァゴウの家に帰ってくる時間が遅くなり、晩御飯を急いで食べて、入浴してすぐに寝る。
ヴァゴウともあまり話さなくなり、キッカには目もくれない。
毎日、毎日そんなことの繰り返しだ。
話を持ち掛けようにもビライトは全く聞く耳を持たなくなっていたのだ。
ビライトのそんな様子は町の方でも話題になっており、酒場の牛獣人のマスターもヴァゴウに話を持ち掛けた。
「アイツよぉ、ずーーーっと友達と毎日遊んでるんだ。」
「…妙だと思わねぇか。ビライトの友達を見た奴は誰もいねぇんだぞ。」
「確かになァ…正直よ、本当に居るのかすら…怪しいんだよ。」
「なんだそれ、幽霊とでも仲良ししてるってか?」
「…」
ヴァゴウも、流石に疑いを持ち始めていた。
もし、ビライトが一人でそんなことをしているのならば…それは確実によくないことだ。このままだとビライトは完全に孤独になって、しまいにはヴァゴウやキッカとも縁を切ってしまうかもしれない。
「…明日、尾行でもしてみっかなァ…」
「お、面白いじゃねぇのそれ。混ぜろよ。」
「遊びじゃねぇんだぞ?」
「分かってるよ。ビライトの為、だろ?」
「そうだぞ。頼むぜマスター!」
ヴァゴウとマスターは明日、ビライトの尾行をすることになった…
―――
「行ってきます。」
翌日、ビライトはそう言い、扉を開けていつものようにクロとの待ち合わせの場所へと走り出す。
「おう、気を付けてな。」
ヴァゴウはそう言いつつも、ビライトの走っていく方向を見る。
「…キッカちゃん。ワリィ。留守番しててくれるか。」
「…あっ、はい…」
「ワリィな、すぐ帰るからよ。」
ヴァゴウはキッカに留守を頼み、走り出す。
キッカ当時5歳。
ヴァゴウの世話が良かったのか、とても大人しく、礼儀正しい子へと育っていた。
しかし、あまり外に出歩かず、家で1人で遊ぶことが多い。本来一緒に遊んで欲しいはずの兄への思いを押し殺しているのだ。
そして酒場の前を通るビライトを見るのはマスターの姿。
「ようビライト、今日も友達と遊ぶのか?」
「急いでるから行くね。」
「おう、気を付けてな。」
マスターの呼びかけには一応反応は見せるがすぐに何処かへ走り出してしまうビライト。
「どうだ、ビライト。」
「あぁ、ありゃ重症だな。」
「…そうか…クッ、情けねぇな…ワシはアイツの親代わりだっつーのによ…」
ヴァゴウはビライトがどんどん良くない方向に向かっていくことに責任を感じていた。
「悔やんでも仕方ねぇよ。ホレ、見失うぞ。」
「お、おう!」
ヴァゴウとマスターはビライトを見失わないように距離を置いて尾行する。
「…随分遠くまで来てんだな…子供1人で危なすぎだろう。」
「…昔はもっと近くで遊んでたんだ。ワシも帰りが遅い時は何度か迎えにいってたけどよ、段々遠くなってるぜ。」
町の外れを超えてもっと先の森まで来ていたビライト。もはや子供が一人で来て良い場所ではない。
完全に町から外れているのだ。この地域にまでなってくると、魔物だって居るかもしれない。
魔物は基本的に生物が住む場所には入ってこないのだが、ここは完全に町の外。あまりにも危険だ。
ヴァゴウもここまでとは思っておらず、胸をぎゅっと締め付ける。
「お待たせ!」
「ヤァ、ビライト。」
ビライトはクロと出会ったようだ。
しかし―――
「…オイ、何か見えるか?」
「……」
ヴァゴウはマスターの声を聞き、首を横に振る。
「…オイオイ、ありゃやべぇぞ。誰も居ねぇのに一人で会話してんぞ…」
ヴァゴウとマスターにはクロの存在が見えていないのだ。
端から見ればビライトは一人で会話して一人で遊んでいるのだ。
それから、しばらくビライトたちを遠くから観察するヴァゴウたちだが、どう見てもビライトは1人で遊んでいるようにしか見えないが、誰にも見せたことのない明るい笑顔を見せて笑っていた。
「…楽しそう、だな…」
「あぁ…ビライト…お前には、何が見えてるってんだ…?」
「ねぇビライト。」
「ん?」
「ちょっとここデ待ってテ。」
「え?うん。」
クロはそう言い、ゆらりと身体を動かす。
そして、遠くから見ているヴァゴウたちの方を見ていた。
(邪魔だナ…アイツラ…)
クロはビライトから離れ、ヴァゴウたちの元へと歩き出す。
「ん?ビライトのやつ急に黙ったぞ。」
「あぁ、どうしたってんだ…?」
と、不思議に思っていると…
「ボクタチノ邪魔ヲスルナ」
「!!?」
「なッ!?」
急に目の前から現れた黒い靄がヴァゴウたちを覆う。
「―――!!」
黒い靄に包まれたヴァゴウたちはその靄を吸い込み、意識が飛ぶ。
バタンと倒れる2人を見つめるクロ。
「…」
クロは2人が気を失ったのを確認し、再びビライトの元へと帰っていった。
「オマタセ。」
「何処行ってたの?」
「ちょっとネ。」
「えー何々?気になる~」
「フフ、内緒だヨ。」
「なんだよそれ!あはは!」
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「…ン、あれ?ワシは…って、マスター、オイ!マスター!」
時刻はすっかり夕刻だった。
あれからかなりの時間眠っていたらしい。
ヴァゴウは傍で眠っていたマスターを起こす。
「…んあ?あれ?ヴァゴウ…?」
「マスター、良かったぜ…ってなんでワシはマスターと一緒に居るんだ?」
「そりゃこっちのセリフだぞ。何でお前と俺はこんなところに…っておいおいもう夕方じゃねぇか!急いで戻らねぇと酒場を開けられねぇじゃねぇか!」
「…キッカちゃん!やっべぇ…やっちまった…何でワシはこんなところに…!」
ヴァゴウとマスターの記憶は操作されていた。
クロの力によってビライトを尾行していた記憶自体が消え、何故か2人でこんなところで眠っていたという意味の分からない事実だけが残ってしまったのだ。
急いでコルバレーまで戻ってきたヴァゴウとマスターだが、頭がボーッとして落ち着かない様子だ。
「…」
「大丈夫かマスター。ボーッとしてんぞ。」
「お前こそ…ホレ、早く帰ってやんな。」
「あぁ、じゃまたなマスター。」
「おう、またな。」
ヴァゴウとマスターは別れ、ヴァゴウは急いで家に帰宅する。
「すまんキッカちゃん!遅くなった!」
「あ、おかえりなさい。」
キッカはずっと1人で遊んでいたようで、ヴァゴウが遅くなったことなど特に気にしていないようだった。
「…ワリィ。」
「…大丈夫です。私。」
ヴァゴウは今日一日何をしていたのかが全く思い出せずにいるが、キッカを1日放置してしまったことを悔やんだ。
そして…ビライトはまだ帰ってきていない。
「…ビライト…なんでなんだよ…」
自分にも責任があるとはいえ、ヴァゴウはビライトの無責任さにも少しばかり苛立ちを感じてしまった。
「…っ、いけねぇな。ワシは。すぐ飯にするからな!」
ヴァゴウは無理矢理笑顔を作り、皆の食事を作り出す。
「…ごめんなさい。」
キッカはそう、小さく呟いたのだった。
それからしばらくし、ビライトが帰ってきた。
「ただいま。」
「おう、遅かったな。」
「ごめんなさい。いただきます。」
ビライトはそれだけ言い、晩御飯を食べる。
「美味いか?」
「うん。」
「今日も楽しかったか?」
「うん。」
「…」
ビライトはまともに会話をしなくなっていた。
日に日におかしくなっていく。ビライトはこのままだともう戻れないところまで来てしまう。
ヴァゴウは…勇気を振り絞って声を出した。
「なぁビライト。お前よ…本当に大丈夫か?」
「何が?僕は平気だよ。」
ビライトはきょとんとした顔を見せる。
「…平気じゃねぇだろ。」
ヴァゴウは顔を顰めて言う。
「…どうしてそんな怖い顔をしているの?」
ビライトはそう呟くが、そこには恐れも無い顔だった。ビライトはもう誰の声も届かなくなっていて、誰のどんな顔を見ても臆さなくなっているのだ。
それほど、周りに興味がなくなっているのだ。
「ビライト、友達のことが大事なのは分かる。ワシだってドラゴニアに大事なダチが居る。けどな…お前が大事にしなきゃいけねぇのは、それだけじゃねぇだろ?」
「何を言ってるか分からないよ。僕の大事なものはクロだけだよ。」
ビライトは淡々とそう言うものだから、ヴァゴウは驚くが…
「…お前は…キッカちゃんが寂しそうにしてることを知らねぇだろ。あの子は…お前の唯一の家族なんだぞ。なのに…」
「知らないよ、そんなやつのこと。」
「ッ!ビライトッ!!」
ヴァゴウはついに怒りを見せる。
「ビライト、お前がそんなんじゃキッカちゃんがあまりにも不憫じゃねぇか!お前は…お兄ちゃんなんだぞ!家族は大事にしなきゃ駄目だろッ!」
「…」
ビライトはそっぽを向いてしまう。
「ビライト…もう分かるだろ。これ以上逃げちゃダメだってことぐらい。」
「ごちそうさま。」
ビライトはそれだけ言い、風呂も入らずに布団に閉じこもってしまった。
「…クソッ…」
ヴァゴウは自分がビライトに怒ってしまったことだけでない、自分がもっとちゃんとビライトのことを見てあげていればこんなことにはならなかったのではないかと酷く後悔をした。
だが、ヴァゴウ自身にもドラゴニアから離れた理由がある。それは自分の境遇から来る特別感から逃げる為。
(ワシだって…人のことはあまり言えねぇよ…ワシだって逃げてきたんだからよ。けど…お前には…ワシと同じようになって欲しくねぇんだ…それだけなんだよ…ビライト…)
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翌朝の早朝、誰も起きていない頃、ビライトは一人飛び出す。
「ハァ、ハァ…!」
ビライトはいつもの場所へと走り出し、クロを探す。
「クロ!クロ!」
ビライトは声を荒げながらクロを呼ぶ。
「ドウシタノ?ビライト。」
クロはいつものように後ろから現れた。
「クロ!一緒にここから離れようよ!」
「…どうかしたノ?何があったノ?」
「…実は…」
ビライトは昨日あったことをクロに話した。
「そうカ、辛かったネ。」
「みんな嫌いだ。僕にはクロさえいれば良いんだよ。クロ以外の誰かなんていらないんだ!!」
ビライトは涙を流してクロに懇願する。
「…ウン、ボクも、キミだけが居れば良いと思ってル。」
「クロ…」
「ビライト、君の辛い顔は見たくなイ。だから…ボクと一緒に…行こうカ。」
「…うん!ずっと一緒に…!」
「一緒ニ。明日、またここに来テ。そしたらネ、ずーっと誰も知らない場所へ行こウ。」
「うん!僕準備してくるね!明日またここで!」
「ウン。」
今日はビライトは町でここを離れる準備をすることにした。もちろんヴァゴウに気づかれないように実家へ戻って支度をするつもりだ。
「ビライト。」
「?」
町へ帰ろうとするビライトにクロは声をかける。
「―――アリガトウ。」
「…うん!また明日!」
「マタ明日ネ。」
(機は熟した。そろそろ良いだろウ。)
クロ…いいや、イビルライズの計画は5年の時間をかけて、次のフェーズへと移行するのだった。
今回で100巻目となります。
まさかここまで続くことになろうとはと、最初の頃は想像もしておりませんでした。
これからもマイペースに更新していきますので、よろしくお願いいたします。