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夜の襲撃

 ブラックゴブリンの討伐から帰り、村人たちとの夕食を終えて、僕たちは案内された小屋で休むことになった。


 ブラックゴブリンたちの死骸が消えていたということは、ひとまず村人には伝えられずにいた。明日、あらためてディークマンが話すらしい。


 部屋のすみに置いたランタンのあかりが、壁に僕たちの影を大きく映す。


 就寝の準備を終え、僕は布団の上にゴロリと寝転んだ。その僕のとなりで、ディークマンは床に座りこみ、槍の先を小さな石で丁寧に磨いている。


 僕はふと視線でディークマンの周囲をなぞる。ディークマンの荷物はすべて丁寧にたたまれている。装備していた革の鎧はふき取りを終えて壁に立てかけてある。


 本当に、感心するくらいに物を大切に扱っているのが伝わってきた。


 その時、ディークマンが口を開いた。


「ユッテはずいぶんアルフレート様の事が気になるようですね」


 僕はユッテの顔を思い出した。ユッテは大きい瞳がかわいらしい女の子だ。


 さっきの夕食のあいだ中、僕の隣に座り込み、根掘り葉掘り僕の事を聞いてきいた。


「さっき、求婚されちゃいましたよ」


 僕の言葉にディークマンが小さくふき出す。


「この村にギルド団員がくるなんて珍しいですからね。それだけこの辺りは平和だったのです」


「最近はギルドでも魔物の討伐依頼が増えていると、フロレンツさんが言っていました」


「あの……ひとつ、聞いてもよろしいでしょうか。アルフレート様は、どうして魔術書店で雑用係をされていたのですか?」


「自然に……という感じですね。自分では覚えていないのですが。僕はある村の孤児だったらしいのです。そこでフロレンツさんに拾われて育ててもらっていたので……」


「孤児、という事は戦争があったのですか?」


「さぁ、よくわかりません。フロレンツさんが言うには、僕の街は丸ごと1つ、焼けつくされていた、と」


「その中で、アルフレート様のみが生き残っていたと?」


「そのようです」


「おつらい過去がおありなのですね……」


 ディークマンは小さくため息をついて、ぽつりとこぼした。


「それにしても……複数属性の魔術を扱えるというのはごく限られた者のみと聞きますが。あなた様は、すごい才能の持ち主のようですね」


「僕も、不思議です。なにせ最近まで自分が……あ」


 僕は慌てて口を閉じた。考えてみれば、ディークマン達には、僕は魔術師見習い、と伝えているのだ。


 最近まで、自分に魔術適性がある事すら知らなかったとは言えない。


 僕は話しながら、なんだか嘘をついてしまったような複雑な気分になった。正直、フロレンツさんの話も、まだどこまでが本当かはわからないのだ。


 僕はフロレンツさんが魔術を使えることも知らなかった。ほんの数日前まで。


 フロレンツさんは、まだ僕に伝えていなことが山ほどあると言っていた。何が嘘で何が本当なのか。この討伐が終われば教えてくれるのだろうか。


 僕は枕元のカバンに手を伸ばす。そこから手帳を取り出して顔の前にもってきた。ページをいくつかめくる。そしてあるページにたどり着く。


 ある日のフロレンツさんの話を書きとめたものだ。これを聞いていた時は、ただの作り話だと思っていたのに。









アルフレートの手記より②――――――





 ある日の魔術書店にて。


 太陽が沈むころ、この魔術書店は店じまいをはじめる。雑用係の僕は本棚のズレた本たちを綺麗に並べなおしてから、ほうきで店内の床掃除を始める。


 そんな僕を横目に、店主であるフロレンツさんは、カウンターに売上金を並べて上機嫌だ。そんな時、彼はきまぐれに物語る。


 むかし話は誰のものであっても不思議とどこかなつかしい。


 フロレンツさんは楽し気に口を開いた。







今日は何の話がいいかの。


この話もきちんと書き残しておくのだよ、アルフレート。前途多難な若者よ。


そう確か、あれは氷の大地に佇む【ルーベック湖】での出来事だったかのう。




そこは、白銀の世界じゃった。唸るような風が雪を真横に飛ばし、目の前に広がるのは凍りついた湖。


その氷の湖を膜のように突き破り、下からゆっくりと竜が首を伸ばした。ぐっと顎を引いて、周囲を睨みつける。鋭い目つきの奥は蒼く澄んでいた。


その竜は、生まれたばかりの赤子ように咆哮(ほうこう)を上げ、氷のしぶきを上げてふわりと浮かびあがった。距離感のつかめない灰色に濁った空を背に、吹雪を身にまとったその姿。


わしはその姿に、死の存在を間近に感じたよ。奴の全身はクリスタル細工のように繊細で、透明で、しなやかじゃった。


氷竜(ひょうりゅう)ケルブルスク】じゃ。わしが奴を見たのはあれが最初で最後じゃった。


おや、お前は何を笑っておるのだ。この話が嘘だって?


今は頭も禿げ上がり、こんなにも細い手足のわしにも、何を隠そう青い時代というものがあったのだよ。


あの頃は髪もふさふさじゃったのに。おっと、そんなことはどうでもいいのじゃ。



とにもかくにも、数十という冒険者たちが、氷竜ケルブルスクを取り囲み、それぞれのパーティで隊列を組んでいた。


緑や青に輝く魔術の炎が宙を舞い、渦を巻いて奴を追い詰める。


しかし、幾重にも飛び散る明滅に囲まれてもなお、奴は慌てもせず、悠然と翼を広げてもう一段高く飛び上がった。


ふっと吐き出す【氷のひといき】で、近寄る冒険者たちをゴミ粒のようにはじき飛ばした。


わしはなんとか身をかがめて防御魔法で持ちこたえた。


わしの周囲の木々は瞬時に凍り付き、ガラスのように粉々に砕け散った。目の前で、すぐ横で、稲妻を含んだ竜巻がいくつも発生し、雪を巻き込み白く天までうねり始める。


戦うもなにも、もはや足を踏ん張り立っているのがやっとのくらいだ。




仲間たちは皆懸命に戦った。それでも奴に触れる事すらかなわない。


奴の翼の一振りで、わしらの魔術はうち破られ、まるで【無効化】してしまうのじゃ。


その時、一人の剣士がどこから飛びこんだのか、奴の背中に回り込み、垂れ落ちた尻尾に決死の一撃を食らわせたのじゃ。


痛みのせいか、怒りのせいか、奴はその尾を高く振り上げて縦にぐるりと一回転した。


轟音が響き渡った瞬間、何が起きたのかわからなかった。


わしは痛みを感じて、ふと、自分の腹を見た。おそらく、奴の尾からなにかが放たれたのだろう。太い棘のようなものがわしの腹を貫いていたのだ。


喉元からこみ上げる血が、口からこぼれたとたん、瞬く間に赤黒く凍っていく。


わしは喉が痛くなるほどの冷たい空気を吸い込み回復魔術を唱えた。




光治癒法陣ヒーリング・タウバクライス




じつは、恥ずかしながら、その魔術を詠唱した後の事は全く覚えてはいない。


その魔法一つでわしは全魔力を消耗し、その場に倒れ込んだらしいからのう。その代わりに多くの仲間をすくうことができた。


気が付いたのは数日後だったかの、野営地のこぎたないベッドの上でな。本当に、今生きているのが不思議なくらいじゃよ。


あれは本当に現実だったのか。幻だったと言われても、それはそれで納得できてしまうのじゃ。


氷竜ケルブルスクはどうなったかって? 奴が死ぬはずないじゃろう。奴こそが死の化身なのじゃから。





   ――――――魔術書店の店主 フロレンツからの聞き取り












 何かが動く気配で目が覚めた。僕はいつの間にか眠っていたようだ。


 ふと隣を見ると、ディークマンの姿がない。僕は起き上がり、杖を腰に装着すると、目をこすって外に出た。肌寒さに両の肩をさする。


 この家の前にある松明に照らされてディークマンの背中が浮かび上がって見えた。僕は周囲を見渡す。


 簡素な木で組まれた村の家々の前には、それぞれに松明がたてられ、赤と黄色が順繰りに混じりながら、煌々(こうこう)と光っている。空は底抜けに遠く、松明の明るさで星があまりよく見えない。


 僕は監視兵のように首を回すディークマンに声をかけた。


「どうかしました?」


「どうにも……嫌な感じがするのです。何かがこちらを見つめているような。そんな不快感が消えないのです」


 僕はその言葉にぞくりとした。なぜなら、僕も同じ事を思っていたからだ。


 その時、静寂の隙間を縫って、確かに声が聞こえた。


 僕たちは互いの目を見合わせた。誰かの悲鳴。僕たちはほぼ同時に、同じ方向に駆け出した。


 いくつかの家を通り過ぎると、また同じ方角から声が聞こえた。間違いない、これは女性の悲鳴だ。


 僕たちは声の発生源と思しき家の前までくる。ディークマンは勢いのままドアを開け、滑るように室内にはいった。


 少し遅れて僕も飛び込む。


 目の前に、真っ黒に盛り上がったブラックゴブリンの背中が2つ見えた。その向こうの壁際に女性が2人、追い詰められている。


 目の前にいる、ディークマンの動きは素早かった。腰を落として1匹の背後に覆いかぶさったかと思うと、両腕を逆に回し首をへし折る。


 僕はもう1匹の足元に杖を向けて、詠唱した。



風刃(ヴィエント・エスパダ)



 ひゅっ、と風がおこり、もう1匹のブラックゴブリンの足首に命中した。大きな裂け目ができ、そいつは膝から前にどさりと崩れ落ちた。


 壁際の女性2人は、腰が抜けたようにそのまま座り込んだ。


 僕たちは急いで、彼女たちのそばによる。僕が声をかけた。


「大丈夫ですか!?」


「ええ……で、でも! また!」


 女性の一人が、目を見開く。僕の後ろを指さして。


 僕とディークマンは、振り返った。


 顔が肩につくほどピッタリと真横に折れ曲がり、変な方向に舌をだらんと垂らして、ブラックゴブリンらしきものはふらふらと立ち上がっている。


 もう一匹はというと、ちぎれそうな足首で不安定なまま、どうやっているのか、やはり立ち上がっている。


 そして、2匹ともの手には、どこから拾って来たのか、大きな肉切り包丁が握られていた。


 僕の中に強烈な違和感が生じる。


 この2匹は、どうにも何かがおかしい。その不自然な動きはまるで上から吊り上げられた人形みたいに見えた。


 2匹は、ズリズリと足を引きずるようにゆっくりと迫ってくる。


 ディークマンが、僕に目くばせをして下がるように手をかざした。そしてつぶやいた。


「アルフレート様、奴らの首元を見てください」


 この状況で何を、と思ったけれど、僕は奴らの首元に焦点を合わせた。


 2匹の首元には大きな空洞があった。たしかディークマンがブラックゴブリンの急所と言っていた箇所だ。ディークマンが小さく話す。


「あれは、わたくしの突き刺した槍の(あと)です。おそらくですが、奴らはすでに死んでいます」


 目の前のブラックゴブリンはまるで、目を開いたまんま夢でも見ているかのように、おぼつかない足取りでゆっくりと近づいてくる。


 ぼくは思わずつぶやいた。


「ど、どうすれば?」


 僕は杖をどこに向ければいいのかわからないまま、奴らにひとまず向ける。


 ディークマンは静かに話す。


「奴ら自体はもはや倒すことができません。けれど、戦闘不能にすることはできそうです。アルフレート様、先ほどのように奴らの足首を狙い動きを止めてください」


 僕はコクリと頷いて、杖を奴らの足首に向けて真横に切りながら詠唱する。



突風刃(レフェイジ・エスパダ)



 横に切った杖の軌道にそって、風が巻きおこり二匹の足首に命中した。動きの鈍い二匹は力なく前に倒れ込んだ。倒れてからも、両手で這ってこちらに来ようとする。


 奴らが倒れたのを確認したディークマンが、女性たちを両腕に抱え込み軽々と持ち上げて走りだし、奴らの頭を飛び越える。そのままドアに向かった。


 奴らは寝ころびながらも、まだうねうねとうごめいている。僕は奴らを避けながら思わずつぶやいた。


「ひえぇ……気味が悪い」


 僕らが外に出ると、あちこちで怒号や悲鳴が聞こえてくる。逃げ惑う人たちの足音が響き渡る。うようよと、そこら中にブラックゴブリンたちが徘徊している。


 眠っていたはずの村が一変している。


 ディークマンは女性たちを降ろして伝えた。


「村の中央にある教会へ! すぐに逃げてください!」


 女性たちは頷いて、顔を見合わせると走り去った。


 ディークマンは近くの家の壁に立てかけてあった鎌を手にすると、刃を確かめるように眺めてしっかりと握った。


「わたくしは槍を取りにいってから、とにかく全員を村の中央にある教会へ誘導します。アルフレート様もお願いします。ひとまず二手に分かれましょう」


 僕は頷いて、近くの家々を回り教会へ行くように声をかける。


 ブラックゴブリンはどこから湧いてくるのか、物陰からふらふらと現れては襲い掛かってくる。


 応戦しながら、視線を上げるとあちこちの屋根の上、無数のブラックゴブリンが四つ這いでかさかさと動きまわっていた。


 焦げ臭いにおいが立ち込める。どこかの家の屋根に火が付いたのか、夜空がぼうっと赤く染まる。まるで戦場だ。


 その時、少し先の通り道に何かが横たわっていた。それは、とても小さな背中だった。


 僕は周囲を警戒しながら、近寄る。その小さな背中はざっくりと切れ、服は真っ赤に染まっていた。


「まさか……そんな」


 僕は一瞬、確かめることを躊躇してしまった。見たくないものを見てしまうかもしれない、という恐怖がよぎる。


 立ちすくんだ僕の鼓動が内側から早鐘のように鳴り響く。僕はしゃがみこんで、その小さな肩を抱きおこした。


 くるりとこちらを向いた、小さな女の子の顔。ユッテの小さな口から、とぎれとぎれの短い息がもれている。頬は(すす)けた黒い線で汚れている。


「ユッテ……」


 僕はユッテの小さな体を優しく揺らした。その時、ふとユッテが目を開いた。目が合うとユッテは微笑んだ。


「きてくれた……わたし……今、お兄ちゃんの名前、呼んだ……」


 言い終えたユッテの目が閉じる。そして、小さな手がだらりと落ちた。


 僕の腹の底から何かがこみ上げる。怒りなのか、悲しみなのか。とにかく何かが湧き上がった。


 僕は、ユッテを抱えながら、自分の胸にずっとかけていたフロレンツさんからもらったお守り袋をこじ開けた。


 危機的状況になった時に開け、と、いわれていた秘密の手紙。


 袋には、二つの紙切れが入っていた。そこにそれぞれ「回復」と「攻撃」と書かれている。


 僕は迷わず「回復」を選び、震える指で小さな紙を開いた。


 フロレンツさんの文字が並ぶ。





『こちらを開く時、お前の命の保証はない。お前にはまだ早い魔術かもしれぬ、しかし周囲は助けられるだろう。お前にはすでに伝えている。広範囲を包む光の魔術じゃ。さぁ、唱えよ。




光治癒法陣ヒーリング・タウバクライス




 僕が杖を天にかざして詠唱すると、地面からわき上がるような真っ白な光が現れ、そこらじゅうが白く包まれた。そして薄れていく意識の中、僕はユッテを優しく抱きしめた。







氷竜ケルブルスク:北方の大地に住む幻の竜。生態はなぞに包まれており、その姿はほとんど見かけることができない。そのため、多くの時間を水中ですごすとされている。一見透明のように見えるのは、鏡状の鱗が周囲の景色を反射している為と言われている。その鱗は希少価値が高くかなりの値がついている。

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