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ブラックゴブリンとの戦い

 討伐当日、僕とディークマンは早い朝食を終えると、屋敷を後にした。


 僕は緊張のあまり昨晩はほとんど眠ることができなかった。


 ディークマンが操る馬の後ろに乗せてもらい、ネンベルク平原を風と共に駆け抜ける。僕たちは屋敷から、東北に向かい小高い丘の上にある【ブロータオールの村】に向かった。


 ブラックゴブリンの被害が一番大きい村だ。村に到着するやいなや、村人たちから大いに歓迎を受けた。


 どうやら、ディークマンと村人たちとは普段から交流があるらしい。


 僕たちが、馬から降りて厩舎の前で馬をつないでいると、小さな女の子が僕の足元にまとわりついてきた。


 頭のてっぺんで髪をくくった、目の大きな女の子。この村の子のようだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。まほうつかいなの?」


「え、うん……まぁ、見習いだけどね」


「かっこいいな、わたしね、しょうらい、まほうつかいの人と結婚するの」


 僕は少し笑った。僕はその大きな瞳の女の子に伝える。


「そうか、夢がかなうといいね」


「うん、将来、およめさんにしてくれる?」


「ええ!? 初めて会ったのに?」


 僕はその子からの突然のプロポーズに驚いた。


 その時、ディークマンの声が後ろから聞こえた。


「こら、ユッテ。お兄ちゃんを困らせるんじゃないよ」


「えー、だってわたし、まほうつかいの、およめさんになるのがゆめなのに。まったくもう、じゃましないでよ」


 ユッテと呼ばれた女の子はそういいながら頬を膨らませて去っていった。僕はユッテの小さな背中を見送った。


 僕たちは、馬を厩舎につなぎ終える。森まで馬を連れていくとブラックゴブリンに狙われてしまう為、ここからは徒歩になる。


 僕たちは、村を出て歩き始める。


 ほどなく村のすぐ北に位置する【ブロータオールの森】についた。


 ネンベルクの集めた情報によると、この森の奥に新しくできたような洞窟があるらしく、そこが奴らの巣になっている可能性があるのだ。





森の中。


 僕の少し前、ザクザクと雑草を踏みしめて歩くディークマンの背中には長い槍が斜めにかけられている。上の先端が銀色に光る。


 僕の背丈くらいの長さの槍だ。それだけでディークマンがいかに怪力で、いかに大きな男かがわかる。


 その大きな背中からは、どことなく余裕が感じられた。戦い慣れしているようなそんな空気感がある。


 そのおかげで、僕は初めての討伐ながら、どこか安心することができた。


 僕はふうっと深呼吸して、険しい道のせいで乱れはじめた自分の息を整えた。


 ふと、来た道を振り返る。もはや出口はみえない。随分と森の奥深くまで来ているようだ。


 大地からまっすぐ伸びた木々がはるか上で枝葉をひろげ、まるで緑の天井のように空を覆いつくしている。


 まだ日の照る時刻だというのに周囲は薄暗く、ひんやりとした空気が頬をなでる。



 僕は前に向き直り、自分の着ている白のローブを眺めた。今日の為に、フロレンツさんが準備してくれたローブだ。


 話によると、このローブは水の魔力を持つ、羊に似た獣【カイチ】のたてがみを編み込んでいるらしい。見た目以上に強靭で、獣の歯も通さないと聞いた。


 腰巻きには樫の木でつくった杖を装備している。僕は自分の装備品を確かめる。


 そして心の中で、大丈夫だ、準備は万端だ、と何度も繰り返し、自分を落ち着かせていた。


 ふと、僕の目の前でディークマンが立ち止まり、手を横にかざした。彼の少しこわばった声がひびいた。


「いました」


 ディークマンの真剣な声に、僕の全身がキュッと引き締まる。ついに来た。この瞬間が。


 僕らは同時にすっと腰を落として、それぞれ一番近くの木を盾に身を隠した。


 僕は木から顔を出し、目を凝らした。数メートル先、確かにいる。僕は心の中で数をかぞえた。


 ……5匹。黒いゴブリンが、何かを囲みそれにむさぼりついている。ぐいぐいと綱引きのように口で何かを引っ張りあっている。


 見る限り手に武器を持っているような気配はなさそうだ。本物のブラックゴブリンを見るのは初めてだ。


 僕の鼓動が早く脈打ち始めた。僕は小刻みに息をして、からだ中の神経を研ぎ澄ませる。


 ディークマンが小さくつぶやく。


「武器の所持はありません。鹿を食っているようです。援護を頼みます」


 ディークマンの声の冷静さに、僕は少し落ち着きを取り戻した。


 僕はディークマンに目くばせし小さくうなずいた。ディークマンもうなずき返す。


 来るときに話し合っていたディークマンとの連携はとても単純だ。僕が先に出て、魔術で奴らの目をくらまし、その後、ディークマンが槍で一気にとどめを刺すというものだ。


 上手くいくのだろうか。僕の鼓動がつよく脈打つ。


 僕は足音を立てないように、木々を伝ってジグザクに近寄る。じわりじわりと徐々に距離をつめる。その後にディークマンが続く。


 次第にはっきりと見えてくるブラックゴブリンの黒く盛り上がった背中。肉をかみちぎるいやらしい音が聞こえる。そして、鼻をつく腐臭。


 これだけ近寄っているというのに、奴らはまだこちらには気が付いていないようだ。奴らは尻を突き上げて唸り声をあげながら獲物を取り合うのに夢中のようだ。


 僕は奴らの背中に一番近い木の陰にしゃがみ込んで、深く息を吸い込んだ。右手に杖を握り、ゆっくりと左手を上にかざす。そして、拳をつくる。これはディークマンへの合図だ。


 いち、人差し指をのばして、に、中指を伸ばし、さん、薬指。


 僕はすっと立ち上がり、木から躍り出て、杖を奴らに向けた。



閃光(ディスティロ)



 僕が小さく詠唱した途端、奴ら全員が首を回転させ一斉にこちらを見た。10の真っ赤にゆがんだ目玉から、強烈な悪意が放たれ、僕を突き刺した。


 僕の肌がびりりと揺れた。僕は負けじと右手の杖を奴らに向かって突き出した。小さな雷鳴のような音の後、杖の先端から真っ白な光が広がり、一瞬で周囲を包んだ。


 ぎゃ、っと押しつぶしたような悲鳴。同時に僕の後ろから一陣の風が流れた。


 ふっと僕の髪が前に揺れ、光が次第にうすれていく。


 光が消えるころ、僕は右手の杖を降ろして、薄く開いた目で視界を完全にとりもどした。


 目の前、右手に槍を握ったディークマンの足元に、すでに絶命したブラックゴブリン5匹が仰向けに横たわっていた。あっという間の勝利だった。


 フロレンツさんの言葉通り、ディークマンは、そこらのギルド団員たちよりも遥かに強いといってもいいレベルだ。


 ディークマンがこちらを振り返って、色付きガラスのゴーグルをくいっと上にもちあげた。


「これほどまでにうまくいくとは。しかし、アルフレート様、今のはブラックゴブリンに近づきすぎです。次からはもう少し奴らと距離をとってください」


 僕は全身の力が抜けてその場に座り込んだ。足がまだ少し震えている。


「はぁ、奴らの首がぐるりとこちらを向いたとき、どうなるかと思いました」


 ディークマンは、小さく笑った。そして僕に近寄り手を差し伸べた。


「なかなかに、勇気のあるお方だ」


 僕はディークマンの手を掴み勢いよく体を起こした。


「あなたがいるという安心感があるからですよ」


「アルフレート様とギルド団を組むという提案がなければ、わたくしは1人でこの討伐をするつもりでした。しかし、1人では、おそらく今の戦闘だけでへとへとになっていた事でしょう」


 僕はどこか誇らしげな気分になった。


 その後、僕らはディークマンの持参した地図をもとに順調に森の奥へと進んでいった。


 ある時は草むらの陰から、ある時は川辺で、何匹かのブラックゴブリンに遭遇したものの、大抵は4、5匹の群れだった。


 僕たちは、ほぼ無傷で討伐をこなしていった。戦闘よりも、むしろ険しい林道のほうに体力を奪われたくらいだ。






 いくつかの戦闘をこなし、僕は少しづつ慣れていった。


 目の前に現れた小さな川を左手に見ながら木立を避けて進んでいく。先導しているディークマンがちらりと僕に振り返った。


「もう少し行けば、この川を渡る橋があります。そこを渡ると【オーク岩】と呼ばれる大きな岩があるので、そこで休憩しましょう」


 僕は額の汗をぬぐいながら聞いた。


「随分と、この森の事に詳しいんですね。僕はもう帰り道すらわからないです」


 ディークマンは、ふふっと笑った。


「実は、わたくしは、先ほど訪れたブロータオールの村の出身なのですよ。この森はわたくしの庭なのです」


「どおりで」


 ディークマンの迷いのない足取りにはそういう理由があったのか。僕は納得した。


 ほどなく、ディークマンの言葉どおり、橋を渡った先に突如として視界に入りきらないほどの巨大な岩が姿を現した。


 僕たちはその岩陰で、簡単な食事を済ませて体力を回復する。そして再び進む準備を始めようとした時、ディークマンがたずねてきた。


「アルフレート様」


「はい?」


「その、胸にかけているものは、ペンダントか何かですか?」


 僕は自分の胸元に目をやる。拳よりも小さな袋にひもを通して、首からかけている。フロレンツさんから受け取ったお守りだ。


 実は中身については、僕自身も詳しくは知らされていない。これを手渡してきたときのフロレンツさんの眼差しが、妙に真剣だったことは覚えている。


「ああ。これは、フロレンツさんからもらったお守り袋です。この小さな袋の中に、おまじないが書かれた紙が2枚入っているそうです」


「魔術の呪文か何かですか?」


「さぁ。よくわかりません。僕らが危機的状況になった時に開けと言われています。それまでは絶対に開くな、ともね。とにかく、杖とこのお守り袋は、肌身離さず身に着けるよう言われています」


「なるほど……さぁ、目的の洞窟はすぐそこです。暗くなると厄介なので、少し急ぎましょう」


 ディークマンはそういいながら、槍を担いで背中にぐるりと装備した。


 僕も出立の準備をした。




 再び進んでいくと、急に道が険しく勾配が急になりはじめた。森から山へ続く道だろう。


 ほどなく、僕の前を歩くディークマンが、あ、と声を上げて大きな木の根元に駆け寄った。僕も慌てて続く。


 そこには、木の根っこを下から押し上げるように真っ黒い穴があった。ぱっくりと口を開いている。


 ディークマンは片ひざをついて、顔をくっと前にして中をのぞき込む。そして、僕の方に顔を向けた。


「村人たちがゴブリンの巣かもしれないと言っていたのは、どうやらこの洞窟ようです」


 僕も隣にかがみ込んで、中を見る。人が一人通れるくらいの細い穴。不気味に奥まで続いている。


 僕は吸い込まれそうになる体にぐっと力を込めた。


 僕たちは顔を見合わせた。ディークマンがつぶやく。


「思った以上に狭いですね。中に入り込めば広いかもしれませんが……しばらく入口を張り込みましょう」


 ディークマンがそういって立ち上がりかけた時、僕は思い切って提案した。


「僕が中に入ってみます」


 ここまで、ブラックゴブリンとの戦闘では、はっきり言ってずっとディークマンに頼りきりだった。


 ここで、僕も役に立つ何かをしなければいけない。


 しかし、僕の提案にディークマンは難色を示した。


「いけません。中はブラックゴブリンの巣なのかもしれないのです。穴の中は、いわば奴らの領域なのです。戦闘は圧倒的にこちらが不利になります」


 僕はディークマンの視線を真正面に受け止め、ゆっくりと話した。


「でも。夜になればさらに危険が増します。暗闇になれば、穴の中だけでなく、この森の中全体が奴らの領域になるのですから」


 ディークマンは目を細めた。瞳がかすかに左右に振れて迷いが見てとれた。僕はもう一押しした。


「大丈夫です。何かの気配を感じたら、すぐに戻ります。それに僕は魔術で灯りを作り出せるのです。ひとまず任せてください」


 ディークマンは、しぶしぶという感じで承諾した。


「わかりました。危ないと思ったらすぐにおもどりください」


 僕は頷くと、荷物をおいて身軽になり、杖を片手に漆黒の穴に滑り込んだ。







ブロータオールの村:ネンベルク屋敷から東北にいった小高い丘の上にある村。人口は300人程度。ディークマンの出身地でもある。なぜか身体的に優れた若者を輩出しやすく、この村からネンベルクの私兵に選ばれる人物も多い。



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