槍使い ディークマン
ネンベルク家に来てはや数日。ついに明日、僕とディークマン2人きりのギルド団である【ロンギヌス】の初出陣となる。
ネンベルク家の屋敷の2階にある食堂で僕たちとネンベルクは夕食を終えた。10人は座れる大きなテーブルの中央に3人で寄り添うように座っている。
領内にある村々の巡回から戻ったネンベルクは、あちこちの村の状況を話してくれた。
しばらく、3人で明日の事について話をしていた。数少ないろうそくの灯で、オレンジに照らされたお互いの顔を眺める。
僕はブラックゴブリンとの戦いについてディークマンに聞いていた。
僕の隣に座るディークマンの語りを、僕は愛用の手帳に書き記していた。
僕の正面に座るネンベルクが茶化すように話した。
「小僧。お前は、随分と勉強熱心だな」
「これは僕の仕事なのです」
「仕事? ディークマンの話を伝記にでもするのか?」
「かもしれません」
隣のディークマンが、すこし驚いたような口調になった。
「アルフレート様。冗談はよしてください。わたくしなんかの話は、何の役にもたちませんよ」
「そんなことは無いです。それにフロレンツさんからもよく言われているんです。大切なのは実戦経験者の話だと」
ネンベルクが、ふいっとディークマンに目をやる。
「確かに、ディークマンも昔は勇ましかったな。こんなところで庭の手入れをしているような男ではなかったのだが」
ネンベルクはどこか寂しそうな声でそう言った。僕は、すこし踏み込んだ質問をしてみた。
「おふたりはどういう関係なのですか?」
一瞬、ろうそくの灯がゆらりと揺れた。つられて周囲に伸びる影が踊る。
ネンベルクが口を開いた。
「あのフロレンツ爺さんの事だ。ある程度は俺たちの事など調べているのだろう。見ての通り、俺は前領主である亡き父の遺産相続に失敗したのだよ」
ディークマンが慌てたように割り込む。
「ネ、ネンベルク様。そのようなことを部外の者に……」
ディークマンは、僕をちらりと見てから、困ったような顔で口をつぐんだ。ネンベルクは話を続ける。
「まぁ、いいではないか。小僧1人に話したところで、何がどうなるものでもない。俺は4人兄弟でな。他の兄弟たちからは腹ちがいの子という疑いをかけられている」
「母親が、違うという事ですか?」
「そうだ。目の色も髪の色も、俺だけがほかの兄弟たちとは違うのだ。俺以外は皆、母を継いで髪はブロンド、瞳の色はブルーアイズだというのに、俺は目も髪も深茶だ。その疑いを理由に、このような荒れ地のみを切り取られ、与えられてしまったのだよ。兄たちと協力すればまだうまく統治できそうだが、協力など望むべくもない。いずれこの領地も取り上げられるだろう」
ディ―クマンが肩を落として話を継いだ。
「わたくしは、とうの昔にネンベルク家との雇われ契約を解消されていましてね。本当はここにいられる身ではないのです」
「ディークマンとは子供のころからの腐れ縁というやつだ。お前には本当にすまないと思っている。俺なんかの従士になったばかりに」
「そんなことはございません。ただわたくしは、悔しくて仕方がないのです。腹ちがいの子だなどと噂を流しあなた様をこのような辺境の地に追い込んだ者を突き止めたいのです。先代の後を継げる資質持っているのは、あなた様です」
「何を言っている……」
重くなりかけた空気。僕のように身一つで生きている人間とはまた違ったしがらみがあるのだろうか。
僕は、この話を切り出してしまった事に少し後悔しつつ、すっと顔を上げた。二人に伝える。
「ネンベルクさん、ディークマンさん」
2人が同時に僕に顔をむけた。僕は二人の顔を交互に見ながら精一杯の言葉を伝えた。
「僕にはおふたりのつらさというものを計り知ることはできません。でも、今この領地の人たちがブラックゴブリンに困っているんです。ならば、とにかく今できることを」
ネンベルクが、微笑んで小さく肩をゆすった。
「その通りだな。大の男二人が、こんな小僧に励まされるとは」
ディークマンがうなずいて、力強く言った。
「確かに。いま、できることを」
僕は頷いた。
アルフレートの手記より①――――――
僕は様々な人たちの語りを、この手帳に書き記そうと思う。どこかでこれを読んでくれる人の為に。
ネンベルク家の食卓にて。
すこしばかりの豚肉と根菜類のスープとパン。戦いの前夜、僕たちはそんな質素な夕食を終えた。
夕闇の中、テーブル上の燭台にならぶ蝋燭の火が、僕の隣に座るディークマンの潤んだ瞳の奥で揺れている。
ディークマンは彼の性格同様に、控えめに口を開いた。
アルフレート様。わたくしの知っていることでよろしければ、お話しましょう。
ブラックゴブリンと通常のゴブリンとの違いはまず、その【残忍性】です。
通常のゴブリンが家畜を襲うのは食料の為と言われていますが、ブラックゴブリンは食料としてだけではなく、いたぶる為に家畜を襲う事もあるようです。
明日わたくしたちが向かう【ブロータオールの村】周辺では、首のない牛や豚の亡骸が、数多く発見されていると聞きました。
奴らの身体的な特徴としては、全身を覆う、所々泡のように盛り上がったどす黒い皮膚。真っ赤に吊り上がった両の目。
耳元まで裂けた口です。その口のなかには鋭い牙が不格好に並んでいます。特に上あごの二つの牙が大きく、目立ちますね。
ブラックゴブリン討伐の証拠品として、その牙の提出を依頼主が求めることが多いと聞いています。それは牙がきれいで高値で売れるからだと思われます。
では、なぜブラックゴブリンの牙が綺麗なのか。
通常のゴブリンたちは、知能が低く道具というものを理解できません。
攻撃は爪でひっかくか、牙での噛みつきです。ですから、通常のゴブリンの爪や牙は欠けが多く、武器や防具の素材としては価値が低い。
それに対して、ブラックゴブリンは攻撃に道具を使います。
尖った石、獣の骨、なかには人が作った武器を拾い、それを使いこなす奴らまでいるのです。
それらの道具を使う為、奴らの牙は食べる事にしか使われず、牙は比較的綺麗で鋭利なまま。
そのために、通常のゴブリンの牙より見た目もよく、売買価値が高いとされています。
そしてなんといっても、奴らの最大の特徴は【夜目】が利くこと。
暗闇ではほとんどの動物が視界を奪われ行動がおそくなりますが、奴らは暗闇の中でも虫一匹見分けると言われています。
奴らもそれを知ってか、夜に行動を起こすことが多い。半面、光や火に弱いとされています。急激な光を顔に近づけると、目くらましくらいにはなるでしょう。
あとは、弱点と言えるかどうかはわかりませんが、奴らは大きな目や口に反して、耳がとても小さいのです。おそらく見ればすぐに気が付きます。
音を聞き分けずらいと言われていますし、体の軽いものだったら真後ろを通り過ぎても足音にすら気が付かないこともあるようです。
もともと洞窟などに住み着いていた為に、そのように変化していったとも言われています。洞窟などは音の反響がすごいですからね。耳がよく聞こえることが逆に仇となるのでしょう。
ネンベルク様の集めた話によると、最近は村の家畜、牛や豚などの被害どころか、田畑を荒し、人までも襲い始めているそうです。
いいですか。ブラックゴブリンと対峙した時、まずはその手を確認する事、武器の有無を確認することが重要です。
武器を持っていなければ通常のゴブリンと同じです。距離をつめない事です。リーチの差で勝てるでしょう。すでにご存じでしょうが、ゴブリンは皆、我々よりもかなり小柄ですので。
ちょうど、そうですね。人に例えるならば3、4歳の子供くらいの大きさです。しかし筋力は発達している為に十分にご注意ください。小動物の首くらいならばへし折るような奴らです。
武器を持たないブラックゴブリンは、引っかくか、かみつくか、しかできません。
奴らは自分の口におさまりそうなものにかみつこうとします。ですから胴体ではなく、首筋、手首、足首など体の細い箇所を狙って噛みついてくるのです。そのあたりの防具は必須ですね。
近接戦の基本として、まずは間合いを取り、相手が攻撃態勢に入り飛び上がった瞬間、喉もとの少し下にある柔い急所を狙うのです。人でいう心臓を一突きすれば、ほぼ即死です。
もう一度言います。まずは間合いを取り、とびかかってきた瞬間に急所を一突き。
これで大丈夫でしょう。槍やレイピア、サーベルなどが有効でしょう。
力技ならば斧などで両断もできますが、効率がわるい。それに奴らは大抵群れで攻撃してくる為、振り下ろす武器ではこちらにスキができてしまうのです。
わたくしは魔術にはあまり造詣が深くありませんが、魔術でしたら首元を突き刺すような貫通攻撃の魔術が有効でしょう。
そして最後に。万が一武器を持ったブラックゴブリンを見たら、決してたち向かわず逃げてください。
奴らは剣術の訓練など受けていません。予想外の武器の使い方をする為、手を出すのは非常に危険なのです。
いいですね、逃げるという事は負けるという事ではないのです。勝機を掴むための重要な過程なのです。
――――――ネンベルク家従士 槍術使い ディークマンからの聞き取り
ゴブリン:人間の子供程度のおおきさの小魔獣。複数の種類が確認されている。グリーンゴブリン(一般的なゴブリン)の他、レッドゴブリン、ブラックゴブリン、ブルーゴブリンなど肌の色で大まかに選別されており、それぞれに違った特徴を持っている。