引っ越し
あの商談から数日間、フロレンツさんの指導のもと僕は基本的な魔術の練習を繰り返し、それなりにコツをつかみ始めていた。
そして、僕は約束通り、ディークマンと2人のギルド団を立ち上げる為、馬車でネンベルク家にたどりついた。
ディークマンに案内され、屋敷の2階の廊下で立ち止まる。
僕の横にまっすぐに立つディークマンが口を開いた。
「ネンベルク様よりのご伝言です。部屋はいくらでもあるから好きな部屋を使え、だそうですが……どの部屋にされますか?」
しばらく、僕はこの屋敷に住まわせてもらえるらしい。僕は少しだけ思案した。ここは控えめに。
「じゃ、一番小さな部屋を」
「申し訳ありません。一番小さな部屋はわたくしが使用しております」
僕は出鼻をくじかれて、あせって言い直した。
「あ、じゃ、二番目に小さな部屋を」
「申し訳ありません。二番目に小さな部屋はネンベルク様が使用しておられます」
好きな部屋を使えって言わなかったっけ、と僕は心のなかでつぶやいた。
「じゃ、三番目に小さな部屋を」
「かしこまりました」
どうやら最初から僕の部屋は決まっていたみたいだ。
ディークマンは、僕をある部屋の前まで案内してくれた。
ぎぃ、ときしみながらディークマンが開いたドアの向こう。レースのカーテン越しにはいり込んだ光の中でほこりがキラキラと舞っている。
僕はせき込んだ。ディークマンは大きな歩幅で進み、窓にかかる薄いレースのカーテンを全部開いて回った。部屋がさらに照らし出される。
天蓋(屋根)のついたベッド、壁際には光沢のある棚。ほこりをかぶっているけれど、きちんとふき取ればおそらく見違えりそうな高級感のある家具が並ぶ。
僕は手元の袋に詰め込んだ自分の荷物を見つめる。棚の引き出し一つにすべてがおさまる量しかない。僕は少し恥ずかしくなった。
「こんなにいい部屋、僕にはもったいないです……」
「なにをおっしゃるのです。ここはちょうどお客様をもてなすためのお部屋なのです。アルフレート様の普段のお住まいは?」
「僕の家は、僕の働く魔術書店の二階にあるのです。本当に小さな部屋なので……こんなに広い部屋は、なんだか落ち着きません」
僕は室内に進み、部屋の中央にあるベッドに荷物を置いた。周囲を見渡す。僕がいつも住んでいる部屋の5、6倍の広さはあるように見えた。
没落貴族といっても貴族は貴族なのだ。僕はどことなく場違いなところにいる気分になった。
ディークマンは僕の表情で何かを察したのか微笑みながら僕に視線を向けた。
「この部屋は、今は、あなた様のお部屋なのですから、気兼ねなくお使いください」
「はい、ありがとうございます」
「実は、わたくし。我々の団名を一晩中考えていたのです」
「冒険者ギルドに登録する、僕たちのギルド団名の事ですか?」
「そうです。ところが……ネンベルク様に提案してもことごとく却下されてしまいまして。私にはセンスがないそうです」
「例えば、どんな名前が?」
「ネンベルク黄金の鷲団、ネンベルク光のつばさ団、ネンベルク騎士団か、それに、ネンベルク……」
「えと、ネンベルクからは離れた方がいいかもしれないですね……」
「やはりそうですか。アルフレート様は何かいい案がおありですか?」
「ディークマンさんは、確か槍をお使いになるんですよね?」
「ええ」
ディークマンはそういいなが、両手を持ち上げて頭の上で手首をくるりと回して見えない槍を身構えた。
そして少し気取った感じでこちらに顔を向けた。
「槍術の事ならば、わたくしにお任せください」
すこしおどけたディークマンを意外に思いつつ、僕は提案をした。
「僕は色々と書物を読むのが好きなのですが……」
ディークマンは姿勢をもどした。
「はい」
「その中に伝説の槍の記述がありました」
ディークマンの肩が嬉しそうにピクリとはね、ほころんだ口元でつぶやく。
「聖なる槍の事ですね。その名はロンギヌス」
僕は小さくうなずいた。実は僕も一晩中ギルド団名を考えていたのだけれど、どうやらこの名前で正解だったようだ。
僕らのギルド団名は【ロンギヌス】に決まった。
さっそく、その場でギルドの手続きの書類を準備し、団名の欄に【ロンギヌス】と記す。
僕が書類を記入しているとき、ディークマンが横からたずねてきた。
「アルフレート様、わたくしはギルド団というものをよく知らないのですが、何人の団体になるのですか?」
「ギルド団によっていろいろな形があるのです。同じ少数のメンバーだけのギルド団もあれば、受ける依頼ごとにメンバーを募集するギルド団もありますし」
「なるほど……」
「数十人規模の大所帯のギルド団もあります。でも、どのギルド団も組んだ当初はメンバーが安定しないようです。その中から次第に固定メンバーに決まっていくというのが流れですね」
「わたくしたちのギルド団も最初はメンバーが入れかわる可能性が高いのですね」
「ええ、一時期、同じギルド団のメンバーを追放するっていうのが流行っていたみたいですけど」
「そのようなことが……仲間は大切にするべきなのに……」
ディークマンは僕の話に耳をかたむけながら何度もうなずいていた。
一応は手順通り、ギルドに登録しなくてはいけない。ひとまずは僕たちの冒険者ランクは最低ランクのGから始まる。
冒険者ランクは、ギルドでの試験での成績をもとに総合的に判断され、GからAまで徐々にランクアップしていく仕組みだ。
ギルドとの行き来はディークマンが買って出てくれた。駿馬(足の速い馬)でひとっとびだそうだ。
ネンベルク屋敷の雑務はほとんどがディークマンが行っているようだった。毎日の雑務に忙殺されて、槍術の稽古ができていないと嘆いていた。
あとは、ネンベルクがギルドに正式に討伐依頼を出すまで、この屋敷で待機となる。
冒険者ギルド団:冒険者ギルドで仕事を受けるための集団。個人どうしで仕事を受けることも依頼することも可能だが、トラブルが発生することも多い。大抵の仕事の仲介に冒険者ギルドが介入している。
団名変更もメンバー変更もいつでもできるが、あまりに変更が多いギルド団には仕事の依頼は来なくなる傾向。