二匹のバジリスク
僕は少女の亡骸を抱きかかえて、部屋のすみに寝かせた。
ネンベルクと死闘を繰り広げていたディークマンは魔術が解けてからは死んだように眠っている。
僕たちはひとまずディークマンを柱の後ろに横たえ安全を確保してから部屋の外に出て、皆の援護に向かった。
しかし、城の中を回ったけれど、城の内部すでに反乱軍に制圧されているようだった。
縛り上げられた小汚い男たちが、兵士に連れられて、どこかに連行されている。
兵士たちは、ネンベルクを見ると敬礼した。
ネンベルクが兵士の一人に聞いた。
「おい。こいつらを一体どこへ連れて行く気なのだ?」
「はい。ひとまずは、街の一番広い公園である【チェルクの広場】へ連行する手はずになっております」
「そうか、頼んだぞ」
「はい」
その兵士は改めて敬礼をした。
僕とネンベルクが、城門を出るとチャウニーがこちらに駆け寄ってきた。
「おふたりさん!」
チャウニーはあちこち擦り傷だらけの体で僕たちに告げる。
「騒動はだいたいおさまったようだ。なにせ反乱軍に加担する方が圧倒的に多い。ただ、街の入口から入ってきた大きな蛇に苦戦している」
僕はネンベルクと顔を見合わせると、先導するチャウニーについて街の入り口に向かった。
奇妙で甲高い泣き声が遠くから聞こえ、それと同時に大きな地響きが足から伝わる。
先に走るチャウニーの背中が曲がり角を右にまがる。続いて僕たちが曲がった道のその先。
噴水を囲む大きな広場に、2匹の大蛇バジリスクが絡み合うように首を上に伸ばしていた。
ふいに2匹のバジリスクは大きな体をくねらせて、周囲の建物をなぎ倒した。
粉々に砕け散った石つぶてがあちこちにふりかかる。
チャウニーとネンベルクは手をかざして、立ち止まり、大きく見上げる。
ネンベルクがつぶやいた。
「なんだ、あれは……あんなバケモノをどうやって」
僕は杖を握ると、前に進み出る。
すっと大きな蛇を睨みつけながら、噴水のある広場に近づいていく。
チャウニーが僕を呼び止める声が聞こえる。けれど、僕はさらに進んでいく。
不思議と怖くはなかった。それは勇気というよりも、感情の麻痺に近かいのかもしれない。
さっき体験した、トトの死のせいかもしれない。僕の心は、周囲の出来事と自分の感情を切り離そうとしていた。
2匹のバジリスクの目がぎょろりとこちらを向いた。僕をとらえたのがわかった。次の瞬間、大きな牙をむいてこちらに向かって来る。
僕は杖を身構えて、詠唱した。
【聖光重槍】
天のどこかからか一筋の光が降りてきた瞬間、2本の光の槍がバジリスク二匹の頭を上から下に突き抜けた。
バジリスクはつかの間、痺れたように、ぶるっと体を震わせたかと思うと、首をゆっくりとおろし石畳に打ち付けて動かなくなった。
舞い上がった砂埃をかきけ分けるように、周囲から人が集まってきた。
みな、それぞれに感嘆の声を上げている。
僕の隣にネンベルクが現れ、つぶやいた。
「……すさまじいな。お前は」
「でも、僕には、彼女を救えませんでした」
「自分に、全ての選択権が与えられているわけではない。覚えているか? ”できることをするべきだ”これはお前が俺に言った言葉だぞ」
じっとうつむいた僕にネンベルクが優しく話しかける。
「あちこちに怪我人がいる。力を貸してくれないか?」
「……はい。もちろんです」
僕はネンベルクと共に怪我人の救出に向かった。