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情報収集①

 トトが髑髏馬車の座席で突然口を開いた。


「ふぅ、疲れた。もうすぐ、着くわ」


 僕はすっと視線を上げて、窓の外を眺めた。


 地平の向こうから朝焼けの光が照り始める。太陽が昇ってしまうとトトの死霊魔術は極端にその力が弱くなってしまうはずだ。


 僕たちの乗る髑髏馬車(どくろばしゃ)は、街近くの大きな橋の前でその姿を解いた。


 さほど、広くはない川に石橋がアーチを描いて向こう岸につながっている。


 川向うには平坦な屋根が並び、そのさらに奥、小高い丘の上にレプテンタイン城がそびえている。城は横からの朝日を受けて白く輝いている。


 ウワズル―が橋の向こうを眺めてつぶやいた。


「橋の向こう、街の入口あたりに男どもがいるな」


 僕も同じく目を凝らす。


「たしかに、数人の人影が見えますね……」


 トトが急に口をはさんだ。


「ね、ここはアタシに任せて」


 僕はトトに向きなおって聞いた。


「何をする気なんだい?」


「アイツラは見る限り衛兵でもないし、魔術師でもないわ。アタシについてきて」


 トトはそういうと、黒いローブをたなびかせてすっと前に出た。臆することなく橋に向かっていく。


「お、おい」


 引き留めようとした僕の足を、ウワズル―が引っ張った。


「ここは、任せてみようぜ」


 僕とウワズル―は、トトのあとを少しの距離を置いてついていった。


 橋の向こう正面に大きな石の門が口をひらいている。その前には剣を脇にかかえた3人の男たち。笑い声をあげながらふらふらと肩を叩きあっている。


 橋を渡る僕たちに気が付いたようで、男たちが先頭のトトに向かって声をかけてきた。



「おうおう、こりゃどこの美人さんかな?」


「おいあの頭を見ろよ。角が生えてるぜ。ありゃなんだ? エルフじゃねーよなぁ?」


「朝じゃなけりゃ、お相手してほしいくらいのかわい子ちゃんだぜ!」



 男たちは下卑(げび)た笑い声をあげた。よく見るとひとりの男は片手に酒瓶を握っている。


 トトは歩を休めることなく、泳ぐように入口までたどり着いた。そして軽く手を上げて口を開く。


「門番さんたち、ごきげんよう」


 坊主頭の一番ごつい体格の男が前に出てきた。


「お前ら、よそ者だな? どっからきた?」


「南の街からよ。魔物討伐の帰りなの。ちょっと一休みできる宿を探していてね。すぐ出て行くわ」


 男はトトをまじまじと眺めてから、今度は僕たちに近づいてきた。


 僕たちは少しうつむいて、黙った。そして男からのぶしつけな視線に耐える。


 男は気が済んだのかくるりと向きを変えた。


「ふん、行きな」


 僕とウワズル―は何となくお互いに目を合わせてトトについていく。


 僕たちが頭上に近づく門をくぐり抜けようとした時。ふいに男が後ろから声をかけてきた。


「おい! ちょっと待て!」


 僕たちはびくりと足を止める。ザッザッと男の足音が近づいてくるのを僕らは息をひそめて待った。


 男は僕たちの前に回りこむと、右手をひろげて前にさし出した。


「通行料をもらい忘れていた、気持ちでいいぜ」


 トトがすかさずローブの腰につけていた袋から銀貨を抜き出して男に手渡す。


 男はニヤニヤと笑いながら、ありがとよ、と言ってまた門の方に向かっていった。


 僕は男の背中を横目にトトの隣まで行くと、小声で聞いた。


「街に入るときに通行料を取られるなんて、初めてきいたけれど」


「銀貨1枚ですんでよかったわ。商人なんかだと、もっと大金を吹っかけられるのよ」


「ふうん……」


 僕が後ろを振り返ると、男たちはまた、さっきみたいに門前に立ちゲラゲラと笑いあっていた。






 僕たちは街で宿を見つけて、ひとまず部屋を借りた。


 トトはローブを脱ぎもせず、そのままベッドにもぐりこんで寝入ってしまった。一晩中あの骨の馬を走らせていたのだから、疲れもするだろう。


 ウワズル―は仲間と情報交換をしてくると言い残して、出かけていった。


 僕はひとりで、街にでた。こんな大きな街に来るのは初めてだ。






 石畳(いしだたみ)にはじけるひかりが目に痛い。朝が早いせいか、石造りの街並みには人通りがない。


 なんとなく歩いていると、ふと小さな路地に迷い込んだ。少し先に目を向けると建物の壁際に座り込んだ女性がいる。


 その前の地面に何かが並んでいる。


 近づいていくと、やがて見えてきた。そこには小さな宝石や、イヤリング、ペンダントが茣蓙(ござ)の上に並べられていた。宝石の露天商のようだ。


 良く日に焼けた顔の女性が笑顔でこちらを見た。頭の上に猫のような耳がぴんと張っている。【猫耳族】のようだ。


「いらっしゃい。あんた旅人かい?」


「はい、南の街から来ました」


「今日一番のお客さんだ。安くしとくよ」


 僕はしゃがみ込んで眺める。小さな貝殻のイヤリング、赤い石のついた指輪や、水晶らしきブレスレット。手作りのようなかわいらしい小物が並ぶ。


 その中、青い涙のような形をしたイヤリングが目についた。僕はそれを手に取る。


「これは、何の石なのですか?」


「魔鉱石をスライムが濾過(ろか)したものだよ」


「へぇ、すごい」


「だろ? このあたりのスライムはエサとしていろんな魔鉱石を飲み込んで自分の体に魔力を取り込むんだよ。その途中で出来上がった残り物を吐き出す。その残り物の石が不思議とこんなにも綺麗な宝石なるんだよ」


「透き通っていて、本当に美しいですね」


「通称”スライムの涙”と呼ばれている宝石さ。イヤリングやペンダントなんかに重宝されてるよ」


 僕はそのイヤリングを朝陽に透かす。そしてなぜか、ネンベルクの妹である、ラウラの目を思い出した。海のように青いまなざし。


 その女性は宝石に見とれる僕に言った。


「好きな人へのプレゼントかい?」


「え? あぁ、いや……そういうわけでは……」


 その時、ふいに隣に気配を感じた。僕はびくりと顔を上げる。


 そこには、部屋で寝ていたはずのトトが黒いフードをすっぽりかぶって突っ立っていた。


「わぁ、きれい」


 トトはそういいながら、僕の隣にしゃがみ込む。手を伸ばして目の前の小物をあれこれと自分の顔の前に持っていき眺めはじめた。


 その女性はトトに話かけた。


「綺麗なお嬢ちゃんだね。もしかして、あなた達、恋人なのかい?」


 トトはきゃはは、と笑った後、こういった。


「実はこの人ね。アタシの命の恩人なの。うふふ」


「あら、素敵じゃないか」


 その女性は意味深に笑った。


 僕は宝石を見比べているトトに言った。


「何か買ってあげるよ」


「うそ? ほんとに?」


「ほんとに」


「じゃ、アタシそれがいい」


 トトはそう言って僕がつまんでいた涙の形をした青いイヤリングを指さした。


 僕は一瞬戸惑って、これは、ラウラに。と言いかけた。けれど、思いとどまった。別にラウラと会う約束をしているわけでもない。


 僕は、小さくうなずいて、そのイヤリングをトトに買ってあげた。トトは小さく、ありがとう、と言って僕に軽く微笑んだ。


 僕はその女性に代金を支払うと、立ち上がり背を向けた。来た道をもどり、曲がり角にさしかかった時。


 とつぜん後ろから小さな悲鳴が聞こえた。僕たちが慌てて振り返ると2人組の男たちがさっきの露天商の女性を見下ろしている。


 男たちはなにか強い口調で女性に伝えると、突然、ひろげていた宝石を蹴り散らかした。


 すぐさま、トトがすっと向かう。僕は肩を掴み、それを引き留めた。トトが仮面の下から僕を睨む。


「なによ? ほうっておけっていうの?」


「目立つとまずい。君は追われている身だろ」


「それがあいつらを放っておく理由?」


「そうじゃない」


「え?」


「僕がいく」


 僕はそういうとトトをその場に残して、男たちを目指して歩いていく。


 2人組の男たちの片方が女性に向かって高圧的に話しているのが聞こえた。


「ここで商売するんだったら、俺たちに金を払えって言ってんだろーが!」


 女性は地面に散らばった宝石をかき集めながら、消え入りそうに答える。


「……すみません、すみません」


「俺たちは、ゲルル様お抱えのギルド団員様だぞ?」


 男の1人が膝を上げたのが見えた。瞬間、僕は杖を小さくかざし詠唱した。




風膜(ヴィエント・フィルム)




 その女性の周囲にうっすらと風の膜が張り巡らされる。


 男の足が女性を蹴ろうと振り上げられた。しかしその足が膜に触れた途端、突風にはねかえされる。男は後ろに弾き飛ばされた。


 男は片足を大きく空に向けて尻もちをついた。


 それを見ていたもう一人の男が指をさしながら腹を抱えて笑った。


「ひゃっははは。おめー何してんだ? こんなババアに跳ね返されてやんの」


 尻もちをついた男がくそっ、とつぶやき顔を真っ赤にしながら立ち上がった。と同時くらいに、僕はその女性の前に立った。


 男たちは僕をぎろりとにらんだ。



「なんだ、小僧?」


「ママから朝一で、指輪のおつかいでも頼まれたのか?」



 僕は男たちに告げた。


「あなた達、いまギルド団員っていいましたよね? ギルド団員証は持っているんですか? 正式な団員は所持しているはずですが」


 男たちは顔を見合わせ、と、当然じゃねーか、と苦し紛れに答えた。


 嘘つき確定だ。ギルド団員証なんてものは存在しないのだから。僕は言った。


「ギルド団員じゃないですよね?」


 男たちの目つきが途端に険しくなり、腰に装備していた剣に手をかける。男のひとりが口を開く。


「なんだ、てめーは? 切り殺されたいのか?」


「ギルド団員の名誉を傷つけるような事はしないでほしい、それだけです」


「ギルド団員の名誉? そんなもん知るかよ」


 僕の心がチリチリと揺れた。


 男たちはお互いに顔を見合わせたかと思ったら、一気に剣を抜いて僕に振り下ろした。


 僕は詠唱した。



風反射ヴィエント・レフレクシオン



 金属音が響いたと同時に、男たちの剣は空高く舞い上がった。


 剣はたてに回転しながら上に飛びあがり、男たちの目の前に落ちてきた。石畳にガラン、とはねる。


 男たちは、目を丸くして、くそう、魔術師か、と悪態をついて剣を拾うと、一目散に逃げていった。


 僕は後ろを向いて、しゃがみ込むと、露天商の女性と一緒に宝石を拾い集めた。集め終わった後、女性が口を開いた。


「すまないね……昔は、もう少しまともだったんだ、この街も。今じゃ、あんな、ならず者たちが大きい顔をして、街を闊歩するようになってしまった」


「赤マントの衛兵たちの姿が見えませんね……【レプテンタインの赤マント】といえば僕の住む町でも有名ですよ。領民を守る規律正しい守護者として」


「それも先代の領主様がいた頃の話さ。ゲルル様が領主になってからというもの、とんと見なくなったね」


「え? どうしてですか?」


「領主のゲルル様が、おかしな占い師を城に引き入れてからというもの、長年仕えていた兵士たちが次々に首になっていったって噂だよ。中には汚名を着せられて処刑された兵士もいるって話だ」


 女性は声をひそめて話した。


 この街で、何かが起きているのかもしれない。僕はもう少しこの街を探索してみることにした。





レプテンタインの赤マント:ネンベルク家衛兵の呼称。特にレプテンタイン城の衛兵に配布される赤いマントを羽織った衛兵の事を指す。規律、礼儀正しく領民の為に尽くすという尊敬の意味も込められた敬称になっている。今ではその赤マントを羽織った衛兵の姿も、あまり見かけなくなっているという。

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