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ひとりきりの凱旋


 ギルド団【ロンギヌス】の仕事を立て続けにこなし、僕はつかの間の休息を手に入れた。


 ネンベルクは、僕への報酬が金銭で支払えないかわりに、屋敷の地下倉庫に眠っている装備品を提供すると申し出てくれた。


 僕にとってはありがたい。僕はいくつかの品物を手に入れた。丈夫な革靴やベルトなんかは地味にありがたいのだ。


 僕は【グナの街】へ戻ってから、またしばらく魔術書店の仕事にもどり、ゆっくりと過ごした。


 魔術書店に訪れてくる魔術師学校の生徒達や、冒険者たち。


 彼らをどこか卑屈な目で眺めていた昔の僕は、もうそこにいなかった。


 いままでは趣味のつもりで呼んでいた魔術書を真剣に読みあさり、時間のある時は冒険者たちの話に耳を傾け、魔術の練習を繰り返した。僕の中で、何かが変わっていく。そんな気がしていた。






 数日後、時間のできた時に、僕は冒険者ギルドへ向かった。


 フロレンツさんにも色々と話を聞きたかったし、トトが冒険者ギルドの生活に馴染んでいるのかも気になっていたのだ。


 僕はどこか懐かしい気持ちで、冒険者ギルドの正面玄関から中に入った。


 ここは今日も盛況だ。いやというほどに息づいている。隙間なく折り重なる人々の喧騒。鎧の擦れる音。踏まれてきしむ床。


 肩あてを揺らして横切っていく戦士、黒いマントを羽織った魔術師が奥の受付でなにやら係員と交渉している。あちこちでせわしなく動き回るギルド雑用係たち。


 右手の巨大掲示板をぼんやり眺める一向。掲示板から契約書をはがして、何やら相談しているエルフの集団までいる。


 僕は周囲を見渡しながら、ゆっくりと進む。


 まさか自分が冒険者としてこのギルド内を見渡すだなんて、少し前までは想像もしていなかったのに。


 その時、受付の端に立っていたフロレンツさんの姿を見つけて、僕は駆け寄った。


「フロレンツさん!」


 フロレンツさんは、僕を見るなり微笑んだ。そしてこういった。


「冒険者様、今日は何のご用件でしょうか?」


 そのせりふを聞いた瞬間、僕は言葉を失った。


 僕が、魔術書店の雑用係の時に、何度も何度も、嫌というほど口にしたお決まりのフレーズ。


 僕は唇をかみしめた。フロレンツさんの声が優しく響いた。


「アルフレート、見違えるようじゃよ」


 僕はかすれた声で、はい、と言うのがやっとだった。


 少しうつむいて、目をぎゅっと閉じて、何かが零れ落ちるのを必死でこらえた。


 僕はふうと息をついて、気持ちを切り替え、フロレンツさんに聞いた。


「トトは大丈夫ですか?」


「追われている身の上じゃから表の仕事はさせられん。掃除や裏方の作業を頼んでおる。今は二階にある休憩所の準備でもしておるかの」


 僕はその足で、ギルド2階へ向かった。


 このギルドは1階が受付、2階は冒険者たちの簡易宿泊施設になっている。いくつかの小部屋が設置されているのだ。


 僕が2階に上がり廊下を歩いていると、ふいに横の部屋のドアが開いた。そこからギルドの制服を着た女の子が飛び出してきた。両手に白いシーツを抱えて顔が隠れている。


 僕はその子に聞いてみた。


「あの、すみません。ここに新人のトトって子はいませんか?」


「は?」


 その子はシーツをくっとおろして顔を見せた。


 僕は、そのぶっきらぼうな返事に驚いた。よく見ると、いや、よく見なくてもあの黒い呪いの仮面がその子の顔にはりついている。


 ただ、その仮面みても、目の前の女の子はトトではなくほかの誰かではないかと思った。


 それほどに印象が違う。


 青い膜が張ったように輝く髪は丁寧に後ろに束ねられ、そこから見えた首筋は白く発光している。


 ギルド係員の真っ白い地味な制服。そのはずなのに、妙に体のラインが服にはりついて見えるのは制服が小さいせいだろうか。


 大きく、ほそく、大きい。僕が呆気にとられているとトトがつぶやいた。


「アンタ、アルフレートよね? それとも双子のもう1人とか?」


「あ、ああ……ごめん、あまりにも違うから」


「違うって何が?」


「いや、いろいろと」


 きゃはは、と、トトは肩を揺らした。笑い声は健在だ。


 トトは各部屋のシーツ交換に回っているようだった。僕は一緒に付き添いベッドメイキングを手伝う。


 僕はベッドの横にしゃがみ込んで、隣のトトにベッドシーツのはりかたを指導する。


「違うって、端っこのシーツの織り方はこう」


「ん? ん? こうじゃないの?」


「逆だよ。それじゃシーツがズレるだろ」


 トトは何度も僕の手元を確認している。


「こう? え? ちがうな……ああこっちか、いや違うぞ。あーーーーーーもう、イライラする!」


 トトは苛立ちながら、妙なシーツの折り方でベッドメイキングを終える。もはや不器用を通り越して、独創的といってもいい域に達している。


 一応、表面的には綺麗だからそれはそれでいいのかもしれない。


 次は拭き掃除のフルコースだ。


 隣で窓を拭きながらトトが僕に聞いてきた。


「やけに、こなれてるわね」


「僕は、ずっと、このギルド横の魔術書店で雑用係として働いていたからね。ここの掃除の手伝いもよくやってたんだよ」


「え? アンタ、ギルド団員でしょ?」


「そうだけど。まだギルド団員になってからほんの数日だよ、ランクだって最低のGランクだし」


 トトは窓を拭く手を止めて僕の顔をじっと見つめている。僕は窓を拭きながら横目でトトを見た。


「なに?」


「あれでGランク?……アタシ今まで何人かギルド団員見てきたけど、アンタより弱そうなやつでも、もっと高いランクだったわよ」


「ギルドでランクを上げるにはランクアップ試験を受けなきゃダメなんだよ。僕は受けたことないから」


「へぇ、そうなんだ」


 僕はちらりとトトの横顔を見た。こうして小奇麗にしていると、死霊を扱う闇の魔術師とは到底思えない。


 僕は思い切って聞いてみた。


「トトは、どうしてゲルル・ネンベルクに雇われていたの?」


 トトはぞうきんを絞り、ふたたび窓を拭きながら何とはなしに答える。


「アタシさ、行く当てもないし。あちこちで適当に日銭を稼いで暮らしてたのよ、ゲルルは報酬がよかったから、あ……」


 トトは少しいいあぐねたようにうつむいた。そして続ける。


「そういえば、あの村の人たちは?」


「幸い死者は出なかったよ」


「そう」


 トトはそっけなく答えると、そのまま口をつぐんでしまった。やはり、まだ聞くべきではなかったのかもしれない。僕は自分の早まった失言を後悔した。


 その後、トト一緒にギルドの雑用をこなしていった。今度は、何気ない会話をしながら。


 この後、フロレンツさんにいろいろと聞きに行こうと思っていた。







冒険者ギルドランクアップ試験:冒険者ギルドには団員個人に対するランク制度がある。(A~Gまで、Aが最高峰)最初は皆Gランクから始まり試験をクリアするたびにワンランクずつアップしていく制度となっている。試験は学科試験と実技試験両方。あまりにも実力があるという場合には飛び級も存在する。ディークマンのように槍術を極め、かつ剣技の知識や教養も高い人物などは、おそらく一気にランクアップする可能性がある。アルフレートの能力は未知数の為、現時点での推測はむつかしい。


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